アルガユエニ   作:佐川大蔵

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不覚にも真珠湾の日には間に合わず、しかも出航まで書けませんでした。
申し訳ありません。

ちなみに今日12月10日は『マレー沖海戦』の日。
大東亜戦争における戦艦の運命が決まった日ですね・・・。


第五話 「艦長巡視」

 私が『ヤマト』艦長に着任して、最初に行ったことは、これから乗り組んでくる計画参加者、即ち自分の部下になる者の顔と名前を覚えることであった。

 

 「士は己を知る者のために死す」と言うが、この「己」の第一歩は名前と顔だ。

 こと戦場という場において、己の命を預かる指揮官が自分の名前を覚えているか否かでは、与える士気は大きく違う。

 

 私は着任早々、沖田提督から『ヤマト計画』参加者名簿を受け取り、第一、第二艦橋のちょうど間―『大和』では艦長休憩室のあった場所―に位置する艦長室に閉じこもって、貼付されている顔写真と合わせて名前を覚えることに労力を費やした。

 

 とは言ったものの、これが難行だった。

 

 何しろ998名もいる上に、ほとんどが初めて組むものばかりなのである。しかも着任から出航まで僅か48時間という慌ただしさの中である。

 

 それで千人近い人数の顔と名前を覚えることは不可能なので、差し当たって、自分と必ず顔を合わせる者――即ち各部科長から覚えることにした。

 基本的に艦長が統率するのは各部科長で、その下にいる者を直接統率するのは各部科長であるから覚えなくてもいいのだが、覚えておくに越したことはない。

 

 真珠湾攻撃の時、南雲機動部隊の飛行機乗り達は操縦技能訓練と合わせて、アメリカの戦艦、空母の艦影を描いたパネルを見て、即座に艦名を言い当てる訓練をしていたというが、ちょうどその要領で丸暗記し、目を瞑って、顔が浮かべば即座に名前が一致するように努めた。

 

 其の甲斐あって、総員乗組時には艦橋要員や各部科長の名前と顔を一致させることができるようになった。

 

 それにしても疲れた・・・・・・。

 こんなに頭を集中して使ったのは、こちらに来たばかりの頃以来かもしれない。

 

 

―――――

 

 

 2月10日。

 

 いよいよ、『ヤマト』乗組員の乗艦の日がやってきた。

 

 『ヤマト計画』の政府公式発表以来、果たせるかな、各地で反対デモや暴動が発生しているというニュースがひっきり無しに流れている。

 

「政府も軍も民意を無視するなァ!!」

 

「俺たちを見捨てて逃げようってのか!?」

 

「軍部の横暴、独裁を許すなァ!!」

 

 艦長室内のテレビには、ヘルメットを被り、プラカードや横断幕を持った市民が引きつった表情で、声を荒げている様子が写っている。

 前世であったならば、“治安維持法”によって、即時憲兵がやってきて強制排除になるだろうが、この時代ではデモや抗議行動は法的に認められた権利だ。

 それを否定するつもりはないが、当の言われている方としては愉快であるはずがない。

 

――何だよ、ギャアギャア喚きやがって。

 

 と、悪態の一つも突きたくなってくるが、民衆とはいつでも感情的で無責任なものであると諦めるしかない。

 

 こんな情勢下なので、『ヤマト』乗組員は、軍用の装甲バスに分乗し、秘密通路を通ってやってくることになっている。

 

 計画発動で意気揚々のところに、デモ隊に捕まってタコ殴りのリンチに会いました。では笑い話にもならない。

 

 私はテレビを消し、軍装に着替える。

 今までの『チョウカイ』で着ていた物ではなく、『ヤマト』着任時に支給された新品で、今日初めて袖を通すのだ。

 

 『ヤマト』乗組員専用の錨マークが特徴の軍装については、もはや説明不要なほどに有名であるが、沖田提督と私にはこのタイプの軍装は支給されず、従来通り黒のロングコートタイプの士官服である。

 違いを挙げると、軍装全体の筋や錨マークが沖田提督は金筋なのに対して、私が銀筋。

 またズボンは、沖田提督はベージュ、私は黒であった。

 もっとも分かりやすいのが軍帽で、沖田提督が白の制帽型、私は黒の略帽型だった。

 この略帽は嘗ての帝国海軍第一種戦闘帽に似ていて、私はこれがすぐに気に入った。

 軍装の上腕部には所属・階級・氏名が記されていて、私は「CAPTAIN/ARUGA」、沖田提督は「ADMIRAL/OKITA」である。

 

 軍装は“ピン”とアイロンがきいていて、まっさらな代物だ。

 出撃に際し“死装束”の意を込めて、清潔な軍服を着用する伝統はこの時代にも受け継がれていた。

 

 軍服の着方に違いはないから、程なく『ヤマト』艦長の格好が出来上がった。

 

 

―――――

 

 

 軍装を整えてから程なくして、艦長室に士官が一人入ってきた。

 白地に青のラインの技術科の制服を着ていて、ピシッとした短髪と細い眉毛が特徴的で、一本線に〉の三佐の階級章を付けている。

 

「失礼します、有賀幸作艦長ですね。技術長の真田志郎です。副長を兼務します。以後よろしくお願いします」

 

 真田三佐はニコリともせずに、淡々と挨拶の言葉を述べる。もっとも、着任申告で笑う奴はいない。

 

「おお、副長か。ご苦労」

 

 人事表では、前任地は統合幕僚監部作戦九課で、『ヤマト計画』の中枢に携わったとあり、沖田提督や藤堂長官らが右腕とも、懐刀とも頼りにする男だと聞く。

 

 なるほど如何にも切れ者といった雰囲気だ。

 

「副長は長野出身らしいな」

 

「ええ」

 

「じゃあ、同郷だな。俺も長野だ」

 

「艦長とはお会いしたことはありません。それ程意義ある話ではないのでは?」

 

「・・・・・・」

 

――こりゃ、いかん。

 

 話が進まない。

 どうやら怜悧な外見通り、無愛想な性格のようだ。

 或いは、嫌われているのかもしれないが・・・・・・いやいや。

 指揮官の基礎として、第一印象でその人と成りの全てを判断するのは愚の骨頂だ。これから一年の付き合いになるわけだし、気を長くしていこう。

 

 

―――――

 

 

 真田副長の着任報告の後、私は副長と『ヤマト』艦内を歩き、艦内部署及び性能の説明を受けた。

 

 嘗ての『大和』がそうであったように、『ヤマト』もその巨大さと複雑な艦内機構のために、事前にこうして“艦内ツアー”をしておかないと、いざとなった時に迷ってしまう。

 平時なら「迷子かよ、しょうがねえなァ」で済むのだが、戦闘時の配置に付かなければならない時に迷おうものならば、大変だ。

 軍艦とは、広い宇宙にあって行動をともにする、謂わば運命共同体としての側面が強い。一人のミスが艦全体の危機にも繋がることがあり得るのだ。

 

 まず、艦長室直下にある第二艦橋に入った。

 『大和』では夜戦指揮所、及び作戦室のあった位置―訓練以外で私は入ったことがなかった―だが、『ヤマト』では戦闘指揮所(CIC)が置かれていた。

 

――まるで別物だな。

 

 一歩足を踏み入れると記憶との違いに思わず苦笑がこぼれた。

 

「真っ暗だな」

 

「電源が落ちていますので」

 

 真田副長の言うとおり、CICには照明が付いておらず、暗いが室内の幾つかの座席と、戦況表示板をはじめとする多数のモニターが確認できた。

 稼働すれば、ここには艦のあらゆる情報が集められ、戦況把握には最適の場所になるだろう。

 

――でもここは嫌だな、俺。

 

 密かに私は思った。

 この時代で宇宙艦の指揮を採るようになってからだいぶ経つが、私は窓一つない、薄暗さ、息苦しさの中、レーダー光点と映像だけを見るCICが好きになれないでいた。

 『チョウカイ』時代も私は一貫して艦橋で指揮を採り、どんなに薦められてもCICには入らなかった。

 やはり古い人間なのか、自分の眼でしっかり見ないと、今いち信用できないのだ。

 

――沖田提督に相談してみるかな。

 

 

―――――

 

 

 CICを出てから中甲板にある、中央作戦室を巡視。

 ここは、いわゆる会議室であり、作戦行動時の主要メンバー招集も基本的にはここで行われる。

 

 そこを出て、続いて案内されたのは、技術解析室だ。

 ここは、真田副長の技術長としての責任部署でもある。

 

 最低限の青白い照明に、大きなガラスケースやら、コンピューターが置かれていて、中央には分析のための電子テーブルが置かれている。

 

 その電子テーブルのコンピューターに向かっている女性士官がいるが、作業に夢中なのか、我々の入室に気づいていないようだ。

 

「新見君、艦長だ」

 

 真田副長が声をかけるとようやく顔を上げた。

 

「あっ、艦長」

 

 私を認めた、女性士官は直ぐに立ち上がって敬礼する。

 

「失礼しました。技術科情報長の新見薫一尉です」

 

 ミディアムの髪型に、下縁のメガネを掛けていて、知的なインテリといった雰囲気の女性士官。

 ――中々の美人だ。

 

「忙しいようだったが、邪魔したか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 新見情報長からはその後、解析室の説明を受けた。

 

 元々この部屋は『イズモ計画』の際に、探査惑星の土壌、水質、大気等のあらゆる情報の調査、分析のために作られた部屋だそうだ。

 『イズモ計画』は破棄され、『ヤマト計画』となってからも、この部屋は残され、この後の航海でも存分に活用されることになる。

 

「新しい惑星の探査となればもっと有効に使えるかと思いますが」

 

「流石にそんな時間はないだろうな」

 

 部屋を出る際に新見情報長からそんなことを言われた。

 

 この時私は軽く笑って流したが、今思えばもう少し慎重に聞くべきであった・・・・・・。

 

 

―――――

 

 

 分析室を見終わってから乗組員居住区を見て廻る。

 

 ここは『大和』の士官室、兵員室とほぼ同じ配置である。

 

 嘗ての『大和』が、その居住性の高さから羨望と皮肉を込めて「大和ホテル」などと呼ばれていたことは有名だろうが、『ヤマト』は元々が地球脱出用の移民船として建造されていただけあって、その居住性は豪華客船の如くで、様々な設備が整えられていた。

 

 広めの図書室、大人数がゆったりと入浴できる広さの大浴場、マシーンの揃ったトレーニングルーム、研修から娯楽まで活用できる映写室―――。

 

 いずれも『大和』は無論のこと、当時、日本有数の豪華客船であった『氷川丸』すら凌ぐ贅沢な設備である。

 

 乗組員が寝起きする居室も、士官が個室であることは無論、准士官以下の者でも、共同部屋ではあるが、広めの二段ベッドが備えられ、居室面積もゆったりとしていて、シャワー室付き、当然冷暖房も完備されている。

 

 少なくとも、内地での仮設住宅よりは数段快適だろう。

 

 そこを進んでいくと、医務室に到着する。

 

「おォ、有賀君・・・・・・おっと、今は艦長とお呼びしなきゃならんか」

 

 衛生長の佐渡酒造二佐相当官が、椅子の上にあぐらをかいた状態で迎えてきた。

 小柄な身体に河童を思わせる禿頭。小さい目鼻に小さな丸メガネがちょこんと乗った、芋のような顔が愛嬌を感じさせる人物だ。

 彼は軍人ではなく、軍属の民間人で、乗艦前は中央大病院の医師である。

 居室は畳敷き和室で卓袱台までしつらえてある。

 

 この人物とは長い付き合いだ。

 何を隠そう、私がこの時代で目覚めた時、最初に関わったのがこの佐渡先生なのである。

 

「気分はどうです、先生」

 

「ミーくんがいないことを除けば悪くないのぉ」

 

 ニンマリという言葉がぴったり似合うような笑顔もこの人物の特徴だ。

 ちなみに“ミーくん”とは、佐渡先生の愛猫で、私も何度か“お会い”したことがある。

 常に佐渡先生と共に―それこそ大病院の診察室にまで―いる猫だが、流石に今回の航海に当たって乗艦は許されなかった。

 

「艦長こそどうじゃ、足の痒みは相変わらずかの?」

 

「うむ、相変わらず」

 

「水虫でもないのにどうしことかのぉ」

 

 前世において、私はひどい水虫持ちで、まともに靴を履くことができず、常に草履ばきであった。

 これは常にずぶ濡れになって働く帝国海軍の水雷屋――所謂駆逐艦乗りには当たり前で、「水虫を持っていなければ海の男じゃねぇ」とも言われた。

 しかし、今生にあって私がいる場所は言うまでもなく宇宙であり、水虫になどなるわけないのだが、何故か痒みに纏わり憑かれ続けている。

 

――俺の水虫は時代まで超えたのだろうか。

 

「しかし、珍しいですな素面とは」

 

 “酒造”という名前を裏切らず、佐渡先生はほとんど依存症とも言える超酒豪。

 診療中に「気付薬じゃ」とのたまって、酒を飲んでいたなどという噂まである。

 嘘か真かはともかく、この人物から酒気を感じないことはあまりない。

 

「気付に一杯やりたいとは思っとるんじゃが・・・・・・どうじゃ艦長、一杯やらんか?」

 

 どこから出したのか、いつの間にか『美伊』と記された酒瓶を抱えて、小声でそんなことを言う。

 

 非常に魅力的な提案だ。

 私も佐渡先生に負けず劣らずの酒豪で、彼とは酒友でもある。

 『美伊』という酒も、何度か一緒したことがあるが、支給品のカストリ酒など話にならない美酒である。

 どこで手に入れたのかと聞いたら、何と佐渡先生特製とのことで、この人物のこだわりに舌を巻いたものだ。

 

 ・・・・・・が、今は艦内巡視中だ。そんな最中に艦長が酒気を帯びているわけにも行かない。

 

 私が残念ながら断ろうとする前に、佐渡先生の手から酒瓶が消えた。

 

「ダメですよ先生、没収です!」

 

 否、奪い取られた。

 

 いつから居たのか、ベージュピンク地に黒のライン、胸にMEDICマークの入った、女性衛生士が問答無用で酒瓶を没収していた。

 

 ボブカットの髪にパッチリとした二重瞼。

 小柄でやや童顔のために美少女と行ったほうがしっくりくるが、反面十二分に成熟したとわかる双乳と、なぜかスカート型の制服から覗く太ももがなんとも眼福である。

 

「あ~、そんな殺生な~」

 

 佐渡先生が悲痛な声を上げて手を伸ばすも、哀れ、酒瓶は片付けられてしまった。

 「まったくもう・・・・・・」とため息をついた彼女が、私に顔を向けたが、

 

「えぇっと・・・・・・」

 

 ・・・・・・咄嗟には誰だか分からなかったようだ。

 

「真琴、艦長じゃよ」

 

「えっ、か、艦長ですか!?」

 

 佐渡先生がやや意地悪げな調子で指摘すると、正しく大慌てといった具合に、いかにも慣れていない、ぎこちない敬礼をしてきた。

 

「し、失礼しました。衛生科衛生士の原田真琴ですっ。よろしく、お願いします」

 

 緊張からか若干震えた声で自己紹介する原田衛生士に、思わず苦笑しながら答礼する。

 

「お前さんも軍属か?」

 

「はい」

 

「そうか、まぁ何かと苦労をかけると思うがしっかりやってくれ」

 

「はいっ、頑張ります!!」

 

 快活な笑顔で言ってのけた原田衛生士に、私は心地よい清涼感を感じた。

 どうやら、自然と人を癒すことに長けているようだ。

 

――これじゃ負傷してなくとも医務室に通う輩が大勢いるかもしれんな。

 

 艦長としての悩みが一つ増えた気がした。

 

 

―――――

 

 

 医務室を出て、さらに進むと烹炊所、というにはやはり豪華な食堂に出る。

 優に数百人は収容可能な広さに、ファーストフード店を思わせる内装が気軽な雰囲気を出している。

 

 ちなみに、食事については帝国海軍と国連宇宙海軍で大きな違いがある。

 

 帝国海軍では伝統的に士官の食事はフルコースの洋食、下士官兵は麦飯に煮魚、大根ぐらいの質素な食事だった。

 

 私は前世、重巡『鳥海』艦長だった頃、当時、航海士を務めていた若い少尉から、

 

「兵も士官も一緒に死ぬのに、なぜ別のものを食わねばならぬのですか?」

 

 という訴えを聞いたことがあった。

 ケプ・ガン(第一士官次室長)の彼はその信念から、実際に士官室のフルコースをやめてしまい、食器を全部海に投棄するという徹底ぶりを見せていた。

 

「よし、俺も今日から兵食だ」

 

 当時、私はそう言って、実際に下士官兵と一緒に同じ兵食を食べたものだったが、結局他の士官が納得せず、却って士官の士気低下を招いてしまい、ひと月程で終わってしまった。

 

 国連宇宙海軍では、士官と曹士の食事に違いはなく、しかも献立や量まで注文できるというのだから、贅沢になったものである。

 

「主計長はおるか?」

 

 私が声をかけると、オレンジ地に黒ライン制服に一尉の階級章を付けた男が寄ってきた。

 

「あっ、艦長ですか。主計長の平田一です」

 

 いかにも温厚そうな人物だが、人事記録では先の「メ号作戦」において、旗艦『キリシマ』に座乗しており、戦闘中も戦闘配食を顔色ひとつ変えずに配食していたという豪胆な一面も持っている男だ。

 

 平田主計長の案内で、『ヤマト』自慢の食料供給システム「O・M・C・S」(オムシス)の説明を受ける。

 

「食料を艦内で生産できるのか?」

 

「食料だけでなく、酒や、食品燃焼性のタバコもこちらで生産しています」

 

「それはいいな」

 

 古今東西、船乗りにとって食料の補給ほど頭を悩ませる問題はない。

 実に単純な話だが、燃料がなければ艦は動かず、人が動かねば艦は動かず、食べなければ人は動かない。

 だが、波動エンジンによって無限に等しい航続力を得たのに加え、食料も自力生産出来るとあれば、事実上無寄港で、永遠と航海ができるということだ。

――個人的にはタバコも作れるということが嬉しかったが。

 

「原料は何を使ってるんだ?」

 

「・・・・・・」

 

 何気なく聞いたのだが、何故か平田主計長は口を噤んでしまった。

 

――あれ?なんか変なこと聞いたか?

 

 不思議に思っていると、黙っていた真田副長から一言。

 

「知らないほうが幸せだと思いますよ」

 

 無表情だった真田副長から何故か苦笑交じりに言われ、私は追求をやめた。

 

――後日、答えを聞いたとき、私は「聞くんじゃなかった」と猛烈に後悔することとなる・・・・・・。

 

 

―――――

 

 

 居住区域を過ぎて、艦尾方向へ向かうと、やがて機関室及び艦載機格納庫へ到着する。

 ここは『大和』では、水上機、短艇格納庫があった場所である。

 

「これは・・・・・・」

 

 機関操縦室件応急室から次元波動エンジン―正式名称「ロ号艦本イ400式次元波動缶」―を見下ろした私は、少しばかり拍子抜けした。

 嘗ての『大和』に搭載されていた機関は、主機関たる蒸気タービン――「艦本式高低圧ギアー度タービン」――四基、ボイラー――「空気予熱機/過熱機付ロ号艦本式重油専焼缶」――十二基、出力十五万馬力という巨大なもので、ある意味では四六センチ主砲以上の威圧感を持っていた。

 

 しかし、今私の目に映る次元波動エンジンは一基のみであり、大きさも考えていたより小さい。

 

「ずいぶん小さいな、これで外宇宙に出られるのか?」

 

「理論上では可能です」

 

 真田副長によれば、真空からエネルギーを汲み上げることで莫大なエネルギーを無補給で生み出すことができるそうで、事実上そのエネルギーは宇宙が存在する限り無限に等しいとのこと。

 

「電力に換算しますと、地球全域の電力エネルギーを賄える程の出力を出すことが可能です」

 

――おいおい。

 

 基本的に軍艦の機関というものはその巨大さ故に、ともすれば地上以上に電力は豊富であることが多い。

 嘗ての『大和』であれば、エンジン発電量は四八〇〇kw。当時の一般家庭一六〇〇世帯分に相当する電気量であった。

 世が移り、原子力機関が誕生してからは、事実上無尽というべきエネルギーがあることも知っている。

 

 実際に艦内に電力を供給するのは、副機関として装備されている『キリシマ』等の従来艦に装備されていたものの改良型「艦本式コスモタービン改」であるとは言え、その気になれば眼前の一基のみのエンジンで、地球全域を優にカバーできるなどとは・・・…。

 

「・・・・・・信じがたいな」

 

「私共も同感ですよ、艦長」

 

 機関操縦室に入ってきた老年に近いと思われる男が言った。

 

「機関長か」

 

「徳川彦左衛門です。どうぞよろしく」

 

 見事な禿頭に、立派な口ひげが特徴の徳川彦左衛門三佐が朴訥とした自己紹介をする。

 髪は白く、上背があるがちと太り気味の好々爺という印象の人物だが、侮るなかれ。

 彼もまた沖田提督からの“是非もらい”によって駆けつけた、国連宇宙軍屈指の特務士官である。

 

 特務士官というのは、士官学校出身ではなく、士・曹からスタートしてこつこつ実績を積み上げて尉・佐官となった者のことだが、士官学校での士官が、万能であちこちの知識を広く浅く求められるのに対し、特務士官は機関なら機関、大砲なら大砲を深く深く一筋に続けてきた、謂わば専門職である。

 

 彼らがいなければ、知識、技量そこそこのものばかりとなり、艦の戦力は激減すると見ていい。

 何故ならば、士官の命令を実際に機械に触れて動かすのは彼らなのだから。

 

 嘗ての『大和』にも村田元輝大尉、奥田政六少佐のように、一つの道に人生をかけて、神業とも言うべき技量を持っていた特務士官がかなりいた。

 

 徳川三佐は宇宙船機関一筋何と四十年の超ベテランなのである。

 ちなみに特務士官は最高でも二佐止まりなので、徳川三佐は随分と出世した方である。

 

「ワシらも正直、ドエライモンだということぐらいしかわからんのですよ」

 

 その徳川機関長をしてこれなのだ。このご老体の場合、ある程度謙遜することはあるだろうが、基本的には正直な方なので、相当にドエライエンジンであることは間違いない。

――事実、この航海中、私はこの機関には何度も舌を巻いたのだ。

 

「まさか、この年になってマニュアルを見直すことになるとは思いませんでしたよ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「なァに、ちょっと躾ければ、自ずとお互い分かってきますよ。任せてください」

 

――これだ、私が好きなのは。

 

 機関科士官にとって、エンジンとは単に自分が担当する機械ではなく、自身の子供のように思っていると聞く。

 機関士は常時エンジンと共にあり、故障があれば全力で作業して完全なものとする。そして、生きて帰ればエンジンに対して、生きた人間に対するように「よく頑張ってくれた、ありがとう」と語りかけるのだ。

 この徳川機関長もそうした人物なのだろう。

 

「よろしく頼む」

 

 私にとっても『ヤマト』はそうした存在なのだ。

 

――本当に頼みますぜ、機関長。

 

 

―――――

 

 

 機関室を出てから、その周囲にある格納庫――第二格納庫を巡視する。

 

 ここには、先の『ヤマト』空爆時に、敵機迎撃に参加し完全勝利を収めた『コスモファルコン』が実に三十八機収容されている。

 前世『大和』の水上機搭載量が最大で七機、小型空母である『瑞鳳』でも三十機であったことを思うと、戦闘機三十八機という航空戦力は心強い。

 嘗ての航空戦艦『伊勢』、『日向』が目指した戦艦と空母両方の能力を持った、全く新しい戦術が可能となるわけだから。

 

「『隼』(私はこう呼んでいた)は地上軍の所属じゃなかったか?」

 

「そうです。しかし宇宙軍開発の『コスモゼロ』の生産が遅れましたので、地上軍から転用となっています」

 

「扱いには注意せんとな」

 

 嘗ては陸軍戦闘機を海軍空母に乗せて運用するというだけで、大喧嘩になったのだから。

 

「しかし、どうやって発艦するんだ?」

 

 収容スペースが、機関室周囲の余剰スペースを利用したロータリー式なのは見てわかるが、どこから出るのだろうか?

 

「発艦は格納庫内を減圧し、一機ずつ発進口の位置まで移動させ、後ろ向きに艦の真後ろ斜め下方向へ射出する仕組みとなっています」

 

「それだと、ある程度高度が必要だな」

 

――着陸時は使えないということか。

 

「その際には上部格納庫の『コスモゼロ』で対処が可能です」

 

 そう言われて、上部の第一格納庫に上がる。

 ここは、先に古代、島両名が無断発進の際に使用したのと同じ『コスモゼロ』を二機を収容している格納庫で、第三主砲塔後部位置に存在している。

 

 こちらは発進の際には、両側のスライド式ハッチが開き、機体を艦外まで移動。その後リフトで上部にある二基のカタパルトまで移動させ、機体をカタパルトにセットする。その後カタパルトを回転させ射出方向を決めて射出という、嘗ての『大和』のそれに近い手順が取られる。

 

 これなら、着陸時でも発艦できるだろう。

 

 私がコスモゼロをジロジロと見ていると、

 

「おい誰だ!? 勝手に触るな!!」

 

 突然の怒声に流石に“ギョッ”としたのだが、その相手も走りよって来て、私の姿を認めると“ギョッ”とした様子で直立不動になった。

 

「失礼しました、艦長でしたか」

 

 黒地に黄色ラインの軍服に、フライトジャケットを羽織った航空士官だ。

 頭は丸刈りで、左眉上には傷痕があり、鷹のように鋭い目をした如何にも航空隊員という風貌だった。

 階級章は二尉だ。

 

「貴様が航空隊長か?」

 

「加藤三郎二尉であります」

 

「ふぅん、貴様が」

 

 加藤三郎の名は、国連宇宙軍航空団では知らぬ者がいないトップエースだ。

 二年前に初陣を迎えて以来撃墜スコアは二桁を数える。

 五機撃墜でエースと呼ばれることを思えば、その凄さは素人でもわかる。

 

「先日は見事だったな」

 

 先の空爆でのことだ。

 

「いえ、艦長こそ、空母を墜とされたと聞きます」

 

――誰が言ったんだそんな話。

 

 どうやら先の空爆の時に、私が戦闘指揮を採って、空母を撃墜したという噂が広まっているらしかった。

 「メ号」の噂の割に、ある程度の不信感を感じても、はっきり敵意を向けてくるものがいないのは、どうやらその噂のおかげのようだ。

 

「『メ号』で逃げ帰ってきたって噂は聞いたか?」

 

「はい。その時はけしからん話だと思いましたが」

 

――はっきり言う男だ。

 

 これは、先の空母撃墜の噂についても純粋に褒めているのか、あるいは皮肉か微妙なところだ。

 もっとも、噂がなければ本気でまずかったかもしれないが。

 

「加藤隊長、『ヤマト』は確かに強力な戦艦だが、傘がない戦艦の悲劇は知っての通りだと思う。航空隊には存分に働いてもらうぞ」

 

「望むところです、期待してください」

 

 凄みある表情に笑みを浮かべて、加藤隊長は言った。

 

 

―――――

 

 

 格納庫の巡視を終えると、艦中央の第三艦橋に移動する。

 艦底部から下へと突き出した箱型の艦橋、当然ながら『大和』では該当部所はない。

 

「ここでは主に重力制御を行っています」

 

「重力制御だと?」

 

 宇宙空間にあって重力を操作する技術は非常に限定的だ。

 今世紀初頭にバンバン作られたというスペースコロニーとやらには、重力があったらしいのだが、これは大型コロニーの回転を利用した擬似重力であり、宇宙艦では採用不可能であったものだ。

 しかし、今回『ヤマト』第三艦橋に装備された「重力コントロール装置」は正真正銘機械で重力を発生させる、まさに新技術である。

 詳しい原理はチンプンカンプンだが、波動エンジンの恩恵の一つだそうだ。

 

「人員が配置されないらしいな?」

 

「ええ、基本的に、この第三艦橋は重力コントロールのみを自動で担いますので、最低限の管理で済みます」

 

「ふーん」

 

 人間が直接見なくて大丈夫なのかな? と、この時は思ったのだが、後日私はここに人員を配置したときのリスクを知り、ヒヤリとする羽目になる。

 

 

―――――

 

 

 第三艦橋を出ると、搭乗口を降り、艦の外へ出る。

 

 搭乗口付近では既に必要物品の搬入作業が始まっており、濃いオレンジ地に黒のラインのツナギとベスト、キャップタイプの略帽の甲板士官たちが慌ただしく動き回っている。

 

「あとどれぐらいかかるんだ?」

 

「必要な作業は、〇三〇〇までには完了します」

 

 真田副長と話していると、甲板士官が寄ってきた。

 

「すいません副長、搬入物品の確認なんですが・・・・・・っと、これは艦長」

 

 甲板士官からの敬礼に例によって答礼する。

 ガッチリとした体格、壮年男子の精悍な顔立ちに長めのもみあげと、自然に整った顎髭が特徴だ。

 

「掌帆長の榎本勇宙曹長です。よろしく」

 

「彼は先任伍長を務めます」

 

 榎本掌帆長の自己紹介に真田副長が言葉を続けた。

 

 先任伍長というのは、曹士に共通した規律、風紀の維持に係る体制の強化、部隊等の団結の強化、上級宙曹の活動を推進、並びに、精強な部隊等の育成を任務とした者で、謂わば「下士官兵の親玉」である。

 彼には曹士を取り締まるだけではなく、私や沖田提督へ直接意見具申する権利も与えられる。

 

 成程、叩き上げのベテランらしく、自信に満ちた雰囲気だ。

 

「副長に用なら、別に構わんぞ」

 

「はっ、すいません」

 

 そう言って、榎本掌帆長と真田副長は、しばらく顔を突き合わせて話し込んでいた。

 

「それは、自動航法室だな、慎重に頼む」

 

「了解しました。――艦首方向の搬入口を確保」

 

 “自動航法室”という言葉が私の耳に入り、引っかかった。

 

「自動航法室に何か運ぶのか?」

 

 私が尋ねると、真田副長は少し考える素振りを見せ、

 

「・・・・・・艦長にはお話したほうがいいかもしれませんね」

 

 そう言って、私にある事情を話し始めた。

 

 




有賀艦長の軍装は帽子以外は『永遠に』の山南艦長の軍装のイメージ。
略帽に関しては作者の好みです。

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