アルガユエニ   作:佐川大蔵

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何だかとんでもないことしてしまった気がします。
ただ、沖田提督を排除する気はありません。念のため。


第三話 「邂逅」

 この時代で目覚めた時から、私の心には“何故”という疑問が付き纏い続けていた。

 

 西暦1945年 4月7日 14時23分。

 

 それが、私を含めた戦艦『大和』乗組員の人生の終着のはずだった。

 

 御国の為だと、愛する者の為だと信じて闘い、死んだ者の魂は、靖国へと送られ護国の英霊となったはずだ。

 

“靖国で会おう”

 

 私も最後にそう言って『大和』で出撃したのだ。

 

 だというのに、私は今靖国でも冥府でもなく、ここにいる。

 

 なぜ私だけ250年もの時を経た世界で、生き恥を晒しているのだろうか?

 

 三千人もの部下を生還を期さない作戦に参加させ、死なせてしまった罰なのか?

 

 あるいは護国の鬼となった自分に八百万の神々が与えた使命なのか?

 

 ――それとも・・・・・・。

 

 貴様が俺を呼んだのか――

            ――『大和』。

 

―――――

 

 トンネルを抜けると、雪国だった。などということは無論なく、私と沖田提督を乗せた車が出たそこは、一面の工場地区であった。

 

 地下都市の照明は地上の昼夜に合わせて調整されていおり、この時間は夕焼けを意識した照明が点いているはずだが、この一帯はまるで深夜の如き暗闇だった。周囲に立ち並ぶビル群にも照明は最低限しか灯っていない。

 

 そんな暗闇の中で野球場のナイター照明のような明かりに照らされる場所を私は正面に認めた。車はどうやらそこへ向かっているらしい。

 

 なんだろうと、不思議がりながら凝視していると、近づくにつれて段々と形が見えてきた。何かが天井から突き出しているように見える。

 

「長官、あれは・・・・・・」

 

「『方舟』特設ドックだ」

 

 『方舟』。旧約聖書の創世記にあるノアの方舟伝説にあやかって呼ばれるそれは、『イズモ計画』における地球脱出の移民船として建造され、沖田提督曰く一年前に決定された『ヤマト計画』におけるイスカンダル派遣船となる船である。

 

 こんな所で建造されていようとは聞いたこともない。

 

 しばらくして、車は武装した歩哨が立っているゲートに到着した。

 

 付近には装甲車や大型輸送車などがギッシリ駐車していて物々しい。極東管区総司令部以上の警備体制だ。

 

 ここで我々は車を降りて、徒歩で前へと進む。

 

 緑色の戦闘服に機関銃を持った警備兵があちこち配置されているが、沖田提督を見ると皆挙手の礼を送っている。沖田提督にとっては何度も足を運ばれた場所なのだろう。

 

 それでもゲートをくぐる際には、私共々厳重なセキュリティチェックが行われた。いかにこの場所で行われていることが重要機密か分かろうというものだった。

 

「おお・・・・・・っ」

 

 特設ドック内に足を踏み入れた瞬間、私は思わず感嘆の声を漏らした。

 

 車から遠目に見えていたものが一気に視界に入った。それはなんと巨大な宇宙船の艦尾だったのである。

 

「どうだね?」

 

「でっかいですなァ」

 

 半ば呆れるような思いで私は呟いた。

 

 まったくもって大きい。エンジンノズルが三つ付いているのだが、補助用と思われるノズルでも戦艦『キリシマ』のメインノズルとほぼ同サイズである。まだ艤装段階なのかノズルにはカバーが掛けられている。

 

 しかし妙な点が二つある。

 

 一つは艦の全容が見えないということだ。

 

 大きすぎるために視界に収まらないというわけではない。

 

 車から見た時に「天井から突き出しているように見えた」と言ったが本当に艦底部より上の部分が天井に埋まっているのである。

 

 まさかこの先がまだ出来ていないなどと馬鹿な話があるわけでは無かろう。

 

 外部から見えない部分で建造が進められているのだと思われる。

 

 もう一つはこの艦、不思議なことに水平ではなくやや右側に傾いているのである。

 

 ピサの斜塔じゃあるまいし、新造の艦が傾いた状態で建造されているとはこれ如何に?

 

 そんな私の疑問を余所に沖田提督は艦底部の下を通り、正面に見える搭乗口(第三艦橋)に向かって歩を進められた。

 

 私は艦底部を見上げつつそれに続く。赤く塗装された艦底部の上には濃紺色の塗装が広がっている。何だか宇宙艦というよりは水上艦のような塗装だ。

 

 タラップを登ると、艦が右に傾いているため少し歩きづらいが、無重力状態の宇宙艦内の移動に比べれば何ということはなく、そのまま中央に設置されているエレベーターに乗り込む。

 

 エレベーターが上がって行き、付いた場所は最新機器がびっしりと並んだ宇宙艦橋であった。

 

 『キリシマ』の宇宙艦橋と比べてもかなりゆったりとしたスペースだ。何となく初めて『大和』に乗った時と似た感慨を覚える。

 

 ただ、艦橋の窓は全て赤茶色のカバーに覆われ、外が一切見えないため、どうも息苦しい。

 

「長官、この艦はもう飛びたてるのですか?」

 

「いや、さっきも言っただろう。まだエンジンの核となるコアの取り付けが終わっていない。それができなければ飛び立つことはできん」

 

 それはそうだ。

 

 沖田提督に言われて少し急いていた自分に気づく。

 

「だが、完全に動けんというわけではない。今日は主砲射撃のテストを行うのでな」

 

「射撃テスト?」

 

 はて?それはどういうことだろうか?

 

 沖田提督の言葉には些か矛盾がある。

 

 先にも述べたように、今日の宇宙艦の主砲は光学兵器。すなわちエンジンの直接出力を砲塔に伝達してそのまま発射する。当然エンジンが動いていなければフェーザー等撃てるわけがない。

 

「いや、今回行うのは次元波動エンジンを使用してのものではなく、主砲塔実弾射撃をドック内の電力を使用して行うものだ」

 

「実弾射撃ィ?」

 

 驚いた。まさか二十二世紀も末になった時代に、前世で行なっていた古典的な攻撃法を聞くことになるとは。

 

 主砲から砲弾を撃ち出す艦砲射撃など、それこそ私の“死後”50年程後までの「アイオワ級」以来ではなかろうか。

 

 だが、確かに砲撃で発射するエネルギーが必要ないのであれば、使用する出力は砲塔を回転させるだけのもので済む。それぐらいならばドックから供給される電力で賄える、ということか。

 

 ついでに言えば、先の「メ号作戦」での戦いでも分かる様に、ガミラスの艦船は光学兵器には極めて強くとも、実弾防御に関して言えば比較的弱く、場合によっては実弾砲撃も役に立つというわけだ。

 

「射撃については、テスト目標を狙うことになるが、詳細はこの後乗り組んでくる、砲雷長に説明してもらう」

 

 今回の計画で各部署の責任者となる予定の乗組員達は、この時、所定のシェルターにて待機中であったが、私は結局彼らと対面することはなかった・・・・・・。

 

「それにしてもこれだけの艦の建造をよく極秘裡に行えたものですな」

 

 かつての『大和』、『武蔵』の建造も極秘事項として徹底的な機密保持が行われていたが、それでも地元市民の間で「世界最大の巨艦を造っている」程度の噂が公然と囁かれていたものだが、『方舟』に関して言えば、そうした噂すら全く聞かれなかった。

 

 まして今はガミラスに制宙・制空権を完全に奪われている状況だ。少しでもそんな兆候があれば即攻撃、撃滅されるだろう。事実、地球にある工廠、ドックは尽く破壊されている。

 

 地下に中枢を移したとは言え、外部に飛び立っていくという性質上、宇宙工廠、ドックは、深度の浅い場所に置かれているため、攻撃の対象になりやすいのである。

 

「それについてはちょっとした工夫があってな・・・・・・」

 

 沖田提督が何か言おうとした時、突如艦橋内に警報が響き渡った。

 

「総司令部より緊急情報。敵偵察機と思われる機体、防衛ラインを突破。衛星軌道上より侵入し、本艦へ接近中!!」

 

 本部との通信要員が緊張した声で報告し、同時に艦橋上部に設置されている大パネルに映像が表示される。

 

 六発の無尾翼に、機首下面の目型の発光部。過去にも何度か見た艦上偵察機だ。

 

「司令部より入電。『防空隊、スクランブル発進。処理は任されたし』以上」

 

 ――流石に動きが早いな。

 

 地球側の航空機戦力は、八年間の戦争によって損耗し、現在では機動部隊を編成するだけの戦力がなく、本土防空が主な任務となっている。

 

 しかし、生き残っているパイロットたちは、嘗て源田実大佐が率いた『剣部隊』さながらの精鋭たちと聞く。偵察機一機程度ならば問題はないだろう。

 

 救援が来るまで息を潜めていようかと思った矢先に、早すぎる来援の報告が入った。

 

「・・・・・・単機だと?」

 

 通信員からの報告に思わず沖田提督と顔を見合わせる。

 

 防空隊出動の報告が入ってからまだ五分と経っていないのに、いくらなんでも早すぎる。しかも単機とは一体?

 

 首を捻るうちに、大パネルに来援した戦闘機の姿が映る。

 

 シルバーの胴体に、真紅の機首が鮮やかな、主翼と上下の垂直尾翼で構成される十文字翼が特徴的な機体だ。主翼に日の丸を付けてはいるが、初めて見る戦闘機である。

 

「あれは、『コスモゼロ』・・・・・・何故?」

 

「新型機でありますか?」

 

「『零式五二型空間艦上戦闘機 コスモゼロ』。極東方面宙技廠が開発した、最新鋭の『全領域制宙戦闘機』だ」

 

「『零式五二型』ですか・・・・・・」

 

 思わず、脳裏に『零戦五二型』、前世の私が最後に見た、日本海軍航空隊の姿が浮かんだ。

 

 形はまるっきり別物だが、『零戦』の名を戴く戦闘機とは何とも頼もしい響きだ。

 

 「しかし、あれは艦上戦闘機だ。防空戦闘には使用しないはずなのだが・・・・・・」

 

 無論私も、沖田提督も、まさか先ほどの古代進三尉、島大介三尉両名が、整備中の『コスモゼロ』を無断で持ち出してきたなどとは夢にも思わなかった。

 

 それはともかく、『コスモゼロ』の動きは傍から見ていても、なるほど素晴らしい。

 

 名だけでなく、運動性能も『零戦』を彷彿させる軽やかさで、あっという間に敵高速偵察機の背後を取る。

 

 ――よし、フィナーレだ。

 

 ・・・・・・と、思っていたのに、何故か『コスモゼロ』は一発も発砲しない。

 

 ――何だ、どうした?機銃の故障か?

 

 などと思っているうちに、敵偵察機は反転急上昇して離脱してしまった。

 

 その直後、『コスモゼロ』の左エンジンより火が出るのが確認できた。

 

 ――いかん、堕ちる!!

 

 そう思ったが、どうやらパイロットの腕が良いのか、うまく機体を安定させた状態で、我々の左舷前方に不時着したようだ。

 

「長官、至急救援要請を・・・・・・」

 

 私が、意見具申しようとした時、悲鳴のような報告がもたらされた。

 

「大変です!! 先ほどの偵察機の後方より敵と思われる編隊――攻撃隊が向かいつつあります!!」

 

「何っ!?」

 

 偵察機のすぐ後ろに攻撃隊など通常ではありえない。まるでこちらの正体を知られているような・・・・・・。

 

「・・・・・・気づかれたな」

 

 沖田提督の呟きが私の耳に届くのと、敵攻撃機のミサイル攻撃が始まったのはほぼ同時だった。

 

 どのようにこちらが見えているのかは分からないが、正確に狙ってきている。至近弾による衝撃が何度となく艦体を揺らしたが、こちらは反撃しない、否、できない。

 

 畜生。エンジンが動かないのでは、まるで「擬死の狸」ではないか。

 

「報告、衛星軌道上、本艦上空に敵空母発見!! 盛んに艦載機を発進させている模様!!」

 

 大混乱の中、私は歯噛みする思いでパネルを睨みつけた。敵の空母は衛星軌道上から我々を見下ろしている。まったくいけ図々しい、憎らしい野郎である。

 

 あの位置に居られたら、この後航空隊が駆けつけても、手が届かない。

 

 いよいよまずい状況で、突然提督から「有賀君、至急戦闘指揮を執れ」と下命された。

 

「はっ? 私が・・・・・・です、か?」

 

 全く予期していなかった命令に、困惑の言葉が出る。

 

「今この艦には最低限の艤装要員しか乗り組んでおらんのだ。至急戦闘指揮席へ付け」

 

 ――そんな無茶な・・・・・・。と思わず心の中で呟く。

 

 指揮を執れと言われても、私の現時点での肩書きはあくまで『チョウカイ』艦長であって、この艦では部外者に過ぎず、指揮権はない。

 

 そもそも今初めて乗り込んで、右も左もわからない状態でどうやって指揮をしろというのだ。

 

「急げ、艦橋左側が君の席だ!!」

 

 ――迷っている暇はない。座して死んでたまるか。

 

「総員砲戦用意ッ――!!」

 

 席まで駆けた私は、咄嗟に『チョウカイ』に乗っているときと同様に号令をかけた。

 

 さて、突然の号令に皆従うかな。

 

「了解。火器管制システムオンライン、戦闘態勢ニ移行シマス」

 

 思いがけない場所―私のすぐ右―から発せられた声に、私は思わず顔を向けた。

 

 何故ならば、その声は全体的に赤い色で上部を中心にメーターが多数ついている、私が何かの機器だと思っていた物から発せられたからである。

 

「何だお前は?」

 

「私ハ、「ロ-9型自律式艦載分析ユニット」、略称型番「AU09」、コノ艦ノ自立型サブコンピューターデス。「アナライザー」ト、オ呼ビクダサイ」

 

 “ピコピコ”と電子音を発しつつ、無機質な声で「アナライザー」とやらは宣う。

 

 言うまでもなく艦を動かすには、多くの人員が必要だが、先の沖田提督の言葉通り、現在この艦には艤装員のみである。

 

 昔の艦船であれば、これで詰み、万事休すであるが、この「アナライザー」とやらはサブコンピューターだと言った。

 

「おい、貴様何ができる?」

 

「現在ノ本艦ノ状況。攻撃、航行、レーダー、通信、各機能低下。二番主砲三門ニ「三式融合弾」装填済ミ。システム直結ニヨリ砲撃可能」

 

 ちなみに二番主砲に装填されているのは、本来この後、実施されるはずだった射撃テストのために準備されていたものだ。

 

「撃てるんだな?」

 

「司令部ヨリノ情報ヲ分析シ、各パートニ伝達、照準カラ射撃マデデアレバ可能デス」

 

 ――上出来だ。

 

 要するにこいつは今、本来は砲雷長他の複数の要員が行うべきことを、時間が掛かるものの単独で行えるということだ。

 

 戦闘指揮を中央でコントロールできるのであれば、私は号令を掛け、タイミングを測ればいい。

 

 ――よし!!やってやる!!

 

「右砲戦――目標、右七〇度、距離二万、高度十万の敵空母!! 全自動射撃ッ!!」

 

「上空の敵空母、更に接近!! 対地速度秒速五千キロ!!」

 

 こちらが動かないためか、敵は空爆だけでは飽き足らず、自ら直接降下してくるつもりのようだ。

 

 望むところ。何しろこちらは一斉射で撃ち止めなのだ。一撃必中のためには引き付けねばならないところに自分から来てくれるとは有難い。

 

「二番主砲、仰角九時カラ九時五分へ自動追尾。セット20・45、射撃スイッチヲ渡シマス」

 

 アナライザーの報告と同時にコンソール右側から、“カシャ”と音を立てて、昔ながらの、使い方を間違えようもない拳銃型の発射装置が出てきた。

 

「有効射程距離ニ、入リマシタ」

 

「まだだ、もっと引きつける」

 

 私はコンソールパネルに映る敵空母を睨みつける。

 

 その艦影から我々が「ヒトデ」と呼んでいる敵空母は、何の意味があってか、下から見て逆時計回りに回転しつつ、接近してくる。

 

 その時だった。

 

 ドテッ腹を晒した敵空母の艦底中央部に光が集約したのが見えたのは。

 

 “あっ”と息を呑む間もあればこそ、集約した光が光線となって襲い掛かった。

 

 光線の高エネルギーは地表を薙ぎ払い、凄まじい爆発を引き起こし、艦を大きく振動させたが被害はなかった。

 

 ――大丈夫、威嚇だ。

 

「照準修正――射撃用意完了」

 

「総員、衝撃に備えっ!!」

 

 私は射撃装置を手に取り、モニターを睨む。敵は再度主砲を撃つつもりか、ドテッ腹を晒したままだ。

 

 ――行くぞガミ公!!

 

「撃ち方始めェ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、えらく軽い感触の引き金を引いた。

 

 その瞬間、轟音こそ聞こえないが、腹部に答えるほどの衝撃が艦全体に響いた。

 

 何処か懐かしい感覚だと思ったのも一瞬。大パネルに投影された敵空母に三発の命中を確認した直後、大爆発と共に粉微塵になり消滅するのを見た。

 

「敵空母エネルギー反応消失、撃沈ヲ確認」

 

「おい、轟沈だぞ」

 

 私は唖然とした思いで呟いた。

 

 これまでにも、実弾(ミサイル)によってガミラス艦を屠った経験があるにはあったが、それは、あくまでも駆逐艦クラスまでの話。

 

 巡洋艦以上のクラスとなると、これまでは戦果皆無であったのだ。

 

 今屠った空母は、地球側が「超弩級戦艦」と識別する敵旗艦とほぼ同サイズの大型艦であった。

 

 それを僅か一撃で轟沈できるということは、この艦はガミラスの艦と互角以上に渡り合えるということにほかならない。

 

「良くやった、有賀君」

 

 沖田提督の言葉に私はようやく我に帰った。

 

「三式融合弾。想定外の事態だったが、有効性は十分に立証することができた」

 

 三式融合弾。

 

 これは、嘗ての『大和』の『九一式徹甲弾』に似た砲弾状の弾丸の中に、陽電子衝撃砲(ショックカノン)同様のエネルギーが封入されており、燃焼薬莢方式で発射するものだ。

 

 射程は短いものの、今回のように、次元波動エンジンが停止中でエネルギー供給が出来ない場合や、重力下での曲射弾道射撃を行う際に使用される。

 

 威力は見ての通りである。

 

「凄い艦ですな、これは」

 

 「肉を斬らせて骨を断つ」戦法でなければ勝てなかったこれまでの艦とは次元が違う。

 

「これが『ヤマト』だ」

 

「『ヤマト』?」

 

「そう、宇宙戦艦『ヤマト』だ」

 

 その名を聞いたとき、この時点での私の心中は苦笑するようなものであった。

 

 ――嘗ての戦艦『大和』の墓場で『ヤマト』を建造するとは。

 

 単なる偶然。そう思っていたのである。

 

「報告、敵艦載機群、我が防空隊により全機撃墜せり!!」

 

 何と、『ヤマト』が初陣で勝利を得たのと同時に、我が防空隊も、敵攻撃隊を全機撃墜、我が方の損害ゼロという大戦果を挙げていたのである。

 

 地上軍の『99式空間戦闘攻撃機‐コスモファルコン』、別名『隼』の威力だった。

 

 ちなみに、この時迎撃に当たったのは、国連宇宙軍航空団トップエースの加藤三郎二尉率いる防空戦闘機隊であった。

 

 彼ら『加藤隼戦闘機隊』は、この後『ヤマト』に乗り組み、共に戦うことになる。

 

 ついでに述べておくと、その前に敵偵察機と戦闘を行なった『コスモゼロ』であるが、これは後に、古代三尉、島三尉両名による、独断専行の結果の大チョンボと判明した。

 

 「敵偵察機出現」の報を受けたとき、この二人は防空隊の格納庫で待機中だったのだが、若気の至りか、居ても立ってもいられず、整備中だった『コスモゼロ』を無断で持ち出して、飛んできたのである。

 

 ところが、何とこの『コスモゼロ』、整備のために武装が外されており、古代三尉がそれに気づいたのは、まさに敵機を撃ち落とそうとしてトリガーを引いた瞬間という、何ともな間抜けぶりだった。おまけに整備中に無理に動かしたことで、システムエラーが発生。オーバーヒートを起こし、不時着ということになったのだ。

 

 場所柄、事柄、笑い事ではないのだが、「悲劇の極致は喜劇」ということか。

 

 まるでコントのような真面目な話に、怒るよりも先に笑ってしまった。

 

 ――話を戻そう。

 

 完勝と言うべき戦果に艦橋は湧いたが、そこへ悲報が飛び込んできた。

 

 それは、『ヤマト計画』実施に当たって、各部署の責任者となるはずだった者たちが、全員戦死したという報告だった。

 

 どういう事かといえば、先の敵空母が威嚇のために放った一撃が、事もあろうに彼らが待機していたシェルターに直撃し、一瞬の間に蒸発してしまったというのである。

 

 私の胸にまた暗澹としたものが広がる。

 

 敵が接近するのを確認したとき、私は必中を期すため、あえて射撃を待った。

 

 その判断が、間違いであったとは思わないが、その決断のために多くの将兵達―これからいよいよ地球を救おうと立ち上がろうとした者たちが、戦わずして死んでしまったということに、責任を感じざるを得なかった。

 

「有賀君」

 

 呼ばれた声に、視線を向ければ、そこには常のごとく静かな表情の沖田提督。

 

「今聞いたように、責任者候補が戦死してしまった。だが、計画の変更は許されない。直ちにメンバーを選び直さねばならないが・・・・・・」

 

 人によっては、多くの者が死んだ状況で、すぐ次の話をされる沖田提督を、何と冷たいのかと思う人もいるだろう。

 

 だがそうではない。沖田提督は死者を気にしていないのではない。

 

 犠牲となった者たちのため、この計画は失敗が決して許されない。その思いを更に確固としたのである。

 

 沖田提督は、勇将という呼ばれるにふさわしい将器の持ち主であり、同時に本質的には人情味豊かな仁将でもある。

 

 “私”はまだ、沖田提督とは付き合いは短く、人間性を理解しきっているとは言い難いものの、犠牲になった軍人、民間人やその家族達に対する万感の思いは分かっているつもりだ。

 

 “仁”という点においては、山本五十六元帥に通ずるものが、この人物にはあると私は思っている。

 

「今一度言う。有賀君、この『ヤマト計画』に参加してほしい。これは命令ではなく、君の意志一つだ。気が進まないのであれば忘れてくれ」

 

 沖田提督も人が悪いと思った。

 

 ここまで信頼されて、戦闘指揮まで執らせておいて、忘れてくれはないだろう。

 

 「士は己を知る者のために死す」だ。こうなれば私の出す答えは一つ。

 

「是非、参加させていただきたく存じます」

 

「・・・・・・そうか」

 

 私の言葉に沖田提督は静かに頷かれた。

 

「しかし、『ヤマト』とは・・・・・・」

 

 私は偶然とは言え、嘗て自分が最後を迎えた艦と同じ名前の戦艦に乗り込むことへの複雑さからそう言った。

 

「偶然、と思うかね?」

 

 沖田提督の質問に私は怪訝となる。

 

 ここ坊ノ岬が、戦艦『大和』の墓場であることは有名だ。肖ったのだろうぐらいには思っているのだが・・・。

 

「付いてきたまえ、渡したいものがある」

 

 そう言って沖田提督は踵を返された。

 

 

―――――

 

 

 ――これは、夢か?

 

 案内されたのは、『ヤマト』の艦首上部に存在する「自動航法室」と呼ばれる場所であった。

 

 なぜこんな場所にと訝しる私は、室内に掲げられているものを見た瞬間、あまりの衝撃に茫然自失の状態に陥った。

 

 そこに掲げられていたのは、直径一.五メートル程のチーク材でできた花びら。

 

 自分の記憶では満遍なく金箔が貼られ、黄金に輝いていたもの。

 

 今はその金箔が剥がれ、青くなったが、変わらず美しく輝く菊の花。

 

 間違えるはずもない。嘗て『大和』の艦首に燦然と輝いていた、帝国海軍軍艦たる証『菊花紋章』であった。

 

「驚いたかね?」

 

 気づけば私は、菊花紋章を覆うガラスに額を押し付けながら、その輝きを見つめていた。

 

 驚いたなどというものではない。本気で己の目と正気を疑ったほどだ。

 

「何故、これが、ここに?」

 

 自分の声とは思えないほどに掠れた声だった。

 

「この坊ノ岬が、戦艦『大和』が沈んだ場所だということは知っているな?」

 

 知らないわけがない。その時、その瞬間、私は正にそこにいた。そればかりか私は『大和』責任者たる艦長だったのだから。

 

「この艦は、この沈没した『大和』の残骸に偽装することでこれまでガミラスの目をごまかしてきたのだ」

 

「そんなことが・・・・・・」

 

 果たして可能なのだろうか?

 

 私はこの時代に来てから、その後の『大和』については目を通していた。

 

 『大和』はあの日、西暦1945年4月7日に沈没した際、転覆後に大爆発を起こして艦体が二つに破断し、主砲塔は艦体から分離して失われ、艦橋付近は粉々となり、原形を留めていない状態となっていた。

 

 思わず目を背けたくなるような惨状であったが、この話には続きがあった。

 

 と言うのは、今から54年前の西暦2145年、"第二次世界大戦終結二〇〇周年式典"の一環として、沈没した戦艦『大和』の復元作業が行われたのだ。

 

 奇しくも"大和計画"と称されたこのプロジェクトは、西暦2141年に南部重工の手によって、沈没した『大和』の残骸を可能な限り回収し、呉の工廠にて破断した艦体、分離した主砲塔、粉々になった艦橋等、極力当時の技術を再現して修復が進められ、西暦2145年に完了した。

 

 夕日を浴びて、22世紀の呉港に浮かぶ『大和』を記録映像や写真で見た時には、思わず胸から熱いものがこみ上げ、涙を禁じえなかった。

 

 そして式典後、修復された『大和』は坊ノ岬沖へ曳航され、海の墓標として再び沈むことになった。

 

「正確に言えばこの艦は『大和』ではない。当然だが、『大和』はあくまで戦争遺構として修復されていて、宇宙艦となる為の技術は使われていない。この『ヤマト』は全くの新造艦だ」

 

 当たり前だ。第二次世界大戦当時の技術や材料を再現して作られた『大和』が、そのまま宇宙艦になるはずがない。

 

 しかし嘗てと異なり、ほぼ完全な姿で沈んでいる『大和』は、偽装の為に纏う外郭としては最適なものであった。

 

 ガミラスからすれば、嘗て海底であった場所から建造物が出てきても、沈没した艦の成れの果てとしか見ないからだ。

 

結果、ガミラスに悟られずここまで完璧なまでに極秘裡に建造することができたというわけである。

 

「だが、『大和』との関係はそれだけではない」

 

 八年ものガミラスとの戦争によって、前述の通り、工廠・ドックをことごとく破壊され、更に重金属が不足した地球では、一から大型艦を建造することは最早できなくなっていた。

 

 そこで世界各国が行った苦肉の策が、沈没船の残骸利用というものであった。

 

 無論、沈没船の鋼鉄をそのまま使用するわけではない。

 

 錆びた鋼鉄を一旦溶解・抽出し、コスモナイト90等の金属と混ぜ合わせることで、量を増やして再生させるという、徳川綱吉の「元禄小判」のような手法を採ったのである。

 

 純正のものには及ばないとは言え、元の金属とは比べ物にならないほどに強固なものに生まれ変わるという寸法である。

 

 ここまで言えばお分かりであろうが、『ヤマト』には紛れもなく『大和』の艦体が使われたのであり、その象徴的なものが、今目の前に御神体の如く設置されている菊花紋章だったのだ。

 

 これは、嘗ての修復の際に取り外された後、博物館にて保存されていたもので、現在唯一存在する『大和』オリジナルの遺物である。

 

「君も見た通り、『ヤマト』は強力無比な宇宙戦艦として蘇る。そして、地球を救う最後の希望として、重大な使命をこの艦は担うことになる」

 

 沖田提督は懐から封筒を取り出し、私に渡された。

 

「君への辞令だ、断るのであればこのままにしておくつもりだったが」

 

 “極秘”と記された、封筒の中身は昔ながらの紙だ。

 

 タッチパネルの時代ではあるが、重要な機密事項に関しては漏洩防止のために現在でも紙が使われているのだ。

 

 私はその場にて封筒を開け、その内容を確認した。

 

「長官・・・・・・」

 

「君ならばと思っているのだ」

 

 沖田提督は、無論私の正体が、嘗て『大和』と共に海に消えた“有賀幸作”本人であることを知っているわけではない。

 

 今目の前にいる“有賀幸作”に対して辞令を出したのである。

 

「・・・・・・謹んで拝命いたします」

 

 深々と頭を下げた後、再び菊花紋章を見つめる。

 

 ――貴様も俺も運が良いのか、悪いのか、分からんなァ『大和(ヤマト)

 

 

 二度と合間見えるはずのなかった邂逅を私は果たした。

 

 再び私は、『大和(ヤマト)』と共に、強大な敵の真っ只中に突っ込もうとしている。

 

 どうやら、私と『大和(ヤマト)』はそのような運命の下にあると相場が決まっているらしい。やれやれだ。

 

 私が受け取った辞令内容は以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「国連宇宙軍 一等宙佐 有賀幸作

 

 西暦2199年 2月7日付 宇宙巡洋艦『チョウカイ』艦長ヲ解任ス

 

 同日付ヲ持ッテ     宇宙戦艦『ヤマト』艦長ヲ命ズル」

 

 




菊花紋章や残骸についてはオリジナルです。『大和』と繋げたかったが故です。

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