嫌な雲が垂れこめている。
漆黒の空の下にある、鉛色の海。
その黒い空間に浮かぶ巨大戦艦『大和』の防空指揮所に、私は仁王立ちして空を睨んでいる。
幅約二メートルの防空指揮所には、どういうわけか私一人しかおらず、さらに舳先が波を蹴る音も、航行中に必ず聞こえる機関音も全く聞こえない。真夜中の無風の墓場の如き状態なのだが、私はそれを気に止めていなかった。
やがて漆黒の空に、“ポツポツ”と数え切れないほどの流星が現れたと思えば、それらの星々はどんどん大きくなり、同時に遠雷のような轟音が近くなってくる。
だが、私の心に恐怖は微塵もわかない。
『大和』の四六センチ主砲を始め、すべての武装はその流星群に向けられている。
何を恐ることがあろうか。
唸りを上げて迫り来る紅き凶星群を前にして、私は腹に力を込め、裂帛の号令を掛けようとした瞬間――ふっと暗転した。
「夢、か」
巡洋艦『チョウカイ』の艦長室で、私は少しボンヤリとした意識で身を起こした。
時計を見ると間もなく当直に立つ時間だ。
――いつまで『大和』を引きずるのかな、俺は。
私はこうして、しばしば『大和』の夢を見る。
あの日、あの時から既に254年の月日が経ってしまっている。『大和』は既に大昔のものとなり、ただの伝説だ。
今ここにあったとしても、宇宙からの侵略者には何の役にも立たないだろうに・・・。
――所詮俺は古い人間ということか。
事実だけに笑うしかない。
艦長室内の艦橋直結電話から“ピーッ、ピーッ”と呼び出し音が響いた。
いかん。もう時間だ
私は黒の艦長用軍装に制帽を阿彌陀被りにして、艦長室を出た。
―――――
西暦2199年 2月7日。
「まもなく、地球周回軌道に入ります」
冥王星での激闘からはや三週間。
『チョウカイ』は戦艦『キリシマ』と共に地球周回軌道に入ろうとしていた。
「遊星爆弾二、型式MN3。地球衝突コース。まもなく右舷通過」
――定期便か、畜生め。
苦々しい思いでいて、それでいて何も出来ない『キリシマ』、『チョウカイ』の右を、その燃え盛る凶星――私が夢に見たのと寸分違わぬ――は通過し、いずれも何の抵抗も受けることなく地球へと落下していく。
否――最早あれを防ぐだけの戦力など我々にはないのだ。
二年前の「第二次火星沖海戦」での本土直接攻撃に失敗して以来、ガミラスはかつてのB-29の焼夷弾よろしく(一々の威力は広島・長崎型反応弾を遥かに凌ぐ)、遊星爆弾を冥王星から雨あられと降らし続けているのだ。
私が「定期便」と呼んだのもそう言う理由である。
人道など知ったことかと言わんばかりの無差別爆撃を繰り返し、遂には地球を火星さながらの赤茶けた渇ききった星にしたソレに、何も感じない訳はなく、我々は見るたびに激しい戦意を燃やしていた。
後に確認したところ、二つの遊星爆弾は一つはミッドウェー島近海、一つは小笠原諸島沖合に落下したとのことだった。
「何度見ても痛ましくてなりませんな」
水谷航海長が表情をこの上ないほどに歪ませて呟いた。
それは我々も、恐らく『キリシマ』でも同じだろう。
眼の前に浮かぶギラギラとした赤い星。この星が嘗ては青く輝き、数多い種の生命に満ちていたなどと、我が母なる星でなければ信じられないだろう。
「しかし艦長、何だったのでしょうか?」
「何がだ?」
「何って、火星のことですよ。あんなところで何をしていたのでしょうか?」
艦橋に上がってきていた三木副長の質問に
「さてな」
と、私。
というのは、『キリシマ』と『チョウカイ』は冥王星から真っ直ぐ地球に向かったのではなく、途中、火星に立ち寄り100式空間偵察機を一機収容していた。
火星は、かつて行われたという地球からのフロンティア計画によってテラフォーミングが施され、人の住める惑星へと変わっていたが、二十年程前に勃発した地球―火星の内惑星粉争と、現在のガミラス戦役において既に壊滅し、築かれた都市も全て廃墟となり無人のはずなのだが。
「呼び出しの方は、何となくわかるのですが・・・・・・」
「・・・・・・うん」
それと前後して『キリシマ』より信号にて、
「『チョウカイ』艦長・有賀一佐ハ地球帰還後、直チニ国連宇宙軍司令部ニ出頭セヨ」
と送られてきていたのである。
「まァ、今回の独断についてだろうな」
『メ号作戦』において旗艦に指示を仰がず、単艦突入し、その後も旗艦からの指示を意図的に無視したことについて、お偉方から叱責でもあるのだろう。
指揮命令を無視して勝手に部隊を動かして、それでいて敗北とくれば、私らの時代なら間違いなく軍法会議ものだ。
「大隅諸島地下軍港より誘導波受信。まもなく大気圏に突入します」
「よし、航海もらうぞ、入港準備」
私はそれがどうしたと開き直るつもりで、操艦を受け継ぎ、『チョウカイ』を地下軍港へ入港させるべく、指示を下した。
―――――
「じゃ、あとは頼むぞ」
入港手続きを済ませ、諸事項を三木副長以下の面々に申し送った私は、『チョウカイ』のタラップから極東管区大隅諸島宇宙軍港に降り立ち、その足で総司令部に向かうべく、深地下に向かうリニアスロープカーに乗り込む。
極東管区は、嘗ての日本を中心として形成された国連ブロックであり、その首都は旧来通り東京に置かれていたのだが、地上施設はガミラス襲来の初頭に、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ、北京、リオデジャネイロ等の世界の主要都市同様、真っ先に攻撃対象とされ既に壊滅しており、現在は皇室及び、政府・軍部の中枢から民間人に至るまで、全て九州の地下都市へと移っている。
この地下都市は、元々は二十一世紀の末頃に新天地として計画され、実際に第一段として九州方面で着工したが、宇宙開拓時代の幕開けとともに廃れ、やがて凍結されたのを、二十年前の内惑星紛争時、敵による焦土作戦が想定された際に、避難用都市として再開発されたものである。
膨大な巨費を投じ、いざ完成したは良かったが、その時には内惑星紛争は既に終結しており、万里の長城、ピラミッド、戦艦大和と並び、“世界四大無用の長物”などと笑いものになったが、現在のガミラス戦役において、まさに人類最後の砦となっている今、そんなことを言う者はいなくなっている。
スロープカー内は無人で他に乗り込む者もいそうにない。
私は運転席(と便宜上呼ぶ)まで歩むと、ボタンを押し、席に着く。すると扉が閉まり、私のみを乗せたスロープカーは地下に向かって走り始めた。
この時代では当たり前どころかかなり古い機能なのだが、懸垂式のモノレール、ドン亀のケーブルカーしか知らなかった私にとっては、まさに未知の機械だった。
そのために、私は初めてこれに乗ったときボタン操作により自動的に作動することなど知るはずもなく、席に座って運転手を延々と待ち続け、後から来た部下に「何してんだこの人?」という目で見られ、恥をかいたことがあった。
「また汚染深度が深くなったか」
スロープカー内の電光掲示板に「汚染区域通過中」の文字と共に記されている深度計を見て、暗澹となる。
六週間前に艦隊が抜錨した時よりも、汚染が進んでいた。
窓の外を見れば、廃棄されて久しい鉱山のような光景が広がっている。
とても少し前まで人が生活していたとは思えない街並みだった。
このまま何もしなければ、近い将来すべての都市がこうなってしまう。
スロープカーがさらに進んで「汚染区域通過中」の表示が消えて、ニュースであろう文字の羅列が一つ一つ表示されていく。
暴動発生区域、計画停電情報、食糧配給状況、国連軍各戦況。
どれもこれもが情勢の悪化を伝えるものばかりだった。
こればかりでは民衆の不安をいたずらに煽るのではと思えば驚くなかれ、これでも幾らか控えめなのだという。
情報を公開するにあたって、恐怖や不安を必要以上に煽るような報道はある程度抑えなければならないということだろう。
もっともそれもほとんど焼け石に水になってきているが、前世「大本営発表」よりはましである。
やがてスロープカーは、トンネルを抜けて国連宇宙軍・極東管区総司令部前に到着する。
「赤レンガ」と呼ばれた嘗ての海軍省と違い、ガラスを多用して僅かな光を反射している建物はさしずめ「青ガラス」と言ったところだろうか。
その建物の前には四台の防弾警備車が停車しており、銃を携行した歩哨が物々しく警備をしている。
ガミラス戦役における滅びの足音が日に日に近づいてくる状況下、民衆のパニックは必然であり、デモや抗議集会は日常的なものになっているし、一部では暴徒化して、政府、軍、警察などを狙ったテロ行為も頻繁に発生していた。
この極東管区総司令部も当然の如くその対象で、抗議、脅迫は当たり前。長官や局長クラスに対してカミソリや銃弾が送られ、遂には火炎瓶や小包爆弾が投げ入れられる事態まで発生していた。
事ここに及んでは、厳重な警備をつけるのもやむなしとなり、日々武装した兵が歩哨に立っているといった次第だ。
歩哨にIDを示し、建物内に入り、受付事務に名前を告げ、用件を話す。
「沖田長官は現在手当のため病院です。しばらくお待ちください」
と言われ、私は「長官が、俺を?」と訝しくなった。
てっきり査問のための会議室か、異動のための人事部を指示されるかと思ったら、呼び出しは連合宇宙艦隊司令長官直々のものだとは。
ともあれ、お呼びの長官がいないとなると仕方がない。
普段なら呼び出しといていないとなれば「お呼びでない? こりゃまた失礼いたしました」といくところだが、先の負傷の治療とあれば話は別。待つとしよう。
一服しようかと思うが、どうも空気が悪い。
否、空気の濁りを言っているのではなく、私への視線の話だ。敵意とまではいかないが、どことなくわだかまりを感じる。
理由は分かっている。
実は宇宙港入港後、『キリシマ』の山南修艦長と
「内地で君のことを腰抜け呼ばわりしてるのがいるらしい。気をつけろ」
聞くところでは、『キリシマ』から本土へ戦況を報告した際、『チョウカイ』の戦闘顛末を、抗命であり敵前逃亡だと言うものが司令部内にいると言う。
山南修一佐は私より二つ上の48歳で、何事にも冷徹で、良くも悪くも人を特別扱いしない硬骨漢として知られているが、決して非情の人物ではなく、嫌な噂を司令部出頭前の私にわざわざ教えてくれたのだ。
それにしても、何とも心中を濁らせる噂で、文字通り砲煙弾雨をくぐり抜けて帰ってきた者に対するあまりの酷評だった。
気が立っている現場の人間にはこういう噂はあっという間に伝播するもの。今頃『チョウカイ』では三木副長以下激昂しているかもしれない。
山南一佐は今回の私の行動について、責めも庇いもしなかったが、ここまで来るにあたって非難するような雰囲気が向けられているのを私は感じていた。
こんなところじゃタバコがまずくてしょうがない、外に行こう。
―――――
司令部施設のエレベーター横で一服することにする。
物資の尽くが品薄になる昨今、タバコも例外ではなく、段々と一般市民の手には入りにくくなってきているが、最前線で戦う軍人へは、前世同様士気に関る必需品として融通が利いた。
ちなみに、前世において私は自他共に認めるヘビースモーカーで、一日に六、七箱は吸って、部下から「エントツ男」と呼ばれたものである。
現世においてもその習慣は変わらないが、そんな私から見て、この時代のタバコははっきり言うと味気ない。
前世に私が愛飲していたタバコと今現在のタバコの大きな違いは、タバコ成分が無害物質であるということだ。
元より世間の嫌煙、禁煙の風潮が強くなっていたことに加え、ガミラス戦役勃発後に生存圏が地下に移り、その環境上、以前のように有害物質入のタバコは軽々しくは吸えなくなってしまった。
第一、タバコの大元たるタバコ葉がほとんど取れなくなってしまったのである。
また、前世紀初頭に出現した「電子タバコ」なるものも、地下都市の超節電下では、これまた軽々しく使用はできず、姿を消している。
「では、吸わなければいいだろう」等と言う人には「それができれば苦労はない」と返答申し上げる。
そんな中で登場したのが、たばこ葉やニコチンを使用せず、様々な香料物質を配合して効能を代替し、火を加えても身体影響のない食品燃焼性タールを排出する「無害タバコ」である。
従来通りの吸い方で他人に迷惑をかけず、自身の健康を害することもないという「理想のタバコ」だそうだが、愛煙家にしてみれば「子供だまし」で、平時であれば全く物足りない、別物だとして敬遠されるような代物だ。
しかし、けして粗悪品というわけではなく、私としては幸か不幸か、数々の極限状態の際にこれを口にすることが多かったために、今ではすっかり愛用品である。
とは言っても、やはり禁煙・嫌煙の風潮の強さ故か、無害ではあってもやはり喫煙家への視線は厳しいものがある。
事実、極東管区軍人でも嫌煙派は意外に多く、後の『ヤマト』でも愛煙派はかなり少数だった。
もっとも嫌煙派の拒否したタバコはその分愛煙派に廻るので、私としては嬉しいことでもあるのだが。
「おい、今の話は本当なのか!?」
私が一本目のタバコを吸い終わり(例によって1/3程度。残りはまずい。唇に火が点く寸前まで吸う森下信衛とは、そこだけ最後まで気が合わなかった)、二本目にいこうとしたところで、何やら騒がしい。
見るとエレベーター前で、四人の士官が言い争っている・・・・・・というより一人の男が、何やら問い詰めている様子だった。
―――司令部の通路で何だ、まったく。
やれやれと思いながらも、実のところ騒ぎ好きの私はタバコを仕舞い、そちらに向かう。
「おい、貴様ら何をしてる?」
私が声をかけると、四人はこちらに視線を向け、制服(艦長用の黒服)と一佐の階級章が目に入ったのかほぼ一斉に敬礼してきた。
私も軽く答礼するとすぐに下ろす。
見ると四人とも若い。精々二十歳を過ぎたかどうかといったところか。
四人とも三尉で、二人が司令部付、大声を出していた男を含めた二人は、航宙団士官の制服を着ている。
「司令部通路の真ん中で、士官同士の諍いとは一体何事か」
私は別に意識しているわけではないのだが、どうも周囲の人間に言わせると私は地声が銅鑼声で、しかも声が大きいため(海兵仕込みだ)、知らず威圧してしまうらしい。
「諍いをしていたわけではありません。こちらの人が突然詰め寄ってきたんです」
私の詰問に、「心外」とばかりに返答をしたのは、女性士官だった。
話を聞くと、司令部付の二人がエレベーター前で世間話をしていたところ、エレベーターから降りてすれ違った航宙団士官が、突然血相を変えて詰め寄ってきたと言う。
「ふん・・・・・・本当か三尉?」
「・・・・・・申し訳ありません」
「いや、すいません。何分まずいタイミングであんな噂聞いたもんですから」
唇を噛むような表情で三尉が頭を下げると、一緒にいた航宙団士官が少し軽い口調で口を挟んだ。
よく見れば、航宙団士官の二人は宇宙活動服を着用している。
その名の通り、地球外にて活動する際に着用する宇宙軍装で、これを着用して内地にいるということは、戦地帰りかその逆。今回の話だと前者だ。
「一体何の話をしていたんだ?」
「いえその、機密事項だと・・・・・・」
「噂話に機密もクソもあるか。他にも知ってる人間はいるんだろ? なら俺にも話せ」
私が半ば強制的に促すと、眼鏡を掛けた司令部付士官が、恐る恐るといった具合に口を開いた。
曰く「メ号作戦は艦隊決戦が目的なのではなく、実は敵を引き付けるための陽動作戦に過ぎず、真の目的は別にあった」と言う。
「・・・・・・なんだと?」
私は一体その時どんな表情をしていただろうか。
後に聞いた話では、「怒っているとは違う雰囲気だが恐ろしかった」そうだが、この時の心中は真っ白になっていた。
――陽動? 囮? バカな、そんな話は聞いていないぞ!!
「い、いえ。僕も噂で聞いただけで・・・・・・」
私は努めて冷静さを保とうとしたが、全然できなかったようだ。
「あの、もうよろしいでしょうか?」
女性士官が些か憮然とした様子で問いかけてきた。
ちょっと注意するだけのつもりが、かなり時間を取ってしまったらしい。
そもそも階級上「上官」ではあっても、「上司」でなければ憲兵でもない私には、彼らをこれ以上拘束する権利はない。
「ああ、話はわかった。行ってよし」
「――沖田提督なら手当のために病院です」
最後の言葉は私ではなく、航宙団士官の方へのものだった。
では、と言って二人の司令部付士官はエレベーターに乗り込んだ。
その場に残されたのは、私と二人の航宙団士官のみとなった。
「貴様らもメ号帰りか?」
「そうです」
「正確には火星帰りですけど」
火星? ああそうか。冥王星から帰還途中に収容した一〇〇式空間偵察機はこいつらか。
だが、待てよ。そうなるとこいつら自身はあの冥王星での戦いには参加していないことになるが、あの取り乱し様は誰か親族でもいたのだろうか?
私は気になって姓名を尋ねた。
「第七航宙団空間戦術科所属・古代進三尉です」
「第一〇一航宙挺団航宙運用科所属・島大介三尉です」
――古代?
「ひょっとして、古代三佐の身内か?」
「!? そうです、『ユキカゼ』艦長 古代守の弟です」
何とまあ。そう言えば前に古代のやつが、「弟が士官学校に入りましてね」と私に漏らしたことがあったな。
成程、言われてみれば顔立ちがよく似ている。
「あの、一佐はどちらの?」
島大介三尉の言葉で、私は自身が名乗るのを忘れていたのに気づく。
「第一艦隊所属・巡洋艦『チョウカイ』艦長の有賀幸作一佐だ」
そう名乗ると、二人の持つ雰囲気が変化した。
―――こいつらもか。
「・・・・・・艦長にお聞きしたいことがあります」
冷えた空気の中、口を開いたのは古代三尉だった。
「『メ号作戦』で『チョウカイ』は途中で戦線離脱したと聞きました。本当でしょうか?」
「・・・・・・本当だ」
事実なのだから、そうとしか言い様がなかった。
「何故ですか?」
「どう言う意味だ?」
「他の護衛艦が最後まで戦ったのに、何故『チョウカイ』だけ離脱したのですか?」
「おい、古代」
古代三尉の言葉は強く私の心に突き刺さった。
最後までその場で戦い続けての帰還であれば、古代三尉とて軍人だ。納得したかもしれないが、噂では我々は途中で離脱し、逃げ帰ってきたかのようにされてしまっている。
兄を失った彼にしてみれば、私はとんでもない臆病者ということだろうか。
「俺は『チョウカイ』とともに突っ込んで死ぬべきだった。そう言いたいのか?」
「・・・・・・そうでは、ありませんが」
「俺が貴様の兄貴の立場ならそうしただろうな」
私の言葉に古代三尉の表情が困惑に変わる。
それは私の本心だった。もしも、あの時に『チョウカイ』に舵故障が起きなければ、最後に私は自分と『チョウカイ』が艦隊撤退の盾になることを望んだはずだ。
「貴様の兄貴は立派だった。あいつは乱戦の中で孤立しつつあった『チョウカイ』を単身で助けてくれたんだ」
『メ号作戦』での顛末を話していく。古代三尉は唇を噛むように俯いて聞いている。
「俺は貴様の兄貴に命を救われながら、逆にはなれなかった。貴様に詫びることがあるとすればそれだ―――すまん」
古代三尉はしばらく沈黙していた。
私も、それ以上は何も言わずに、立っていた。
―――臆病だと言いたければ言うがいい。最もいつまでも甘んじる気はないぞ。
そんな気持ちでいたが。
「もう一つだけよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「有賀艦長は今回の作戦が囮だということは知っていたのですか?」
「・・・・・・いや」
少なくとも作戦前に行われた会議では、そんな話は出ていなかった。
古代三尉は私に敬礼をすると踵を返す。
「どこ行くんだ古代?」
「病院区画」
「沖田提督に会う気か?」
「・・・・・・直に確かめたいんです」
正直、それは私も同じだ。
どの道、私はこの後ここで沖田提督に会うことになるが・・・・・・“ここで”待てとは言われていないな。
「俺は沖田提督に呼ばれていてな。これから会いにいくが、貴様らも来るか?」
待つまでもない、こちらから出向くとしよう。
―――――
若いというのはそれだけで罪、という言葉があるが、なるほどままあることのようだ。
確かに病院まで沖田提督を訪ねようと言ったのは私だが、まさか治療中の診察室に飛び込んでいくとは思わなかった。治療後の沖田提督を捕まえるつもりでいたのに。
「有賀一佐、お前は止めるべきだろう」
おかげで、古代三尉らが去ったあとで、土方提督から叱責される羽目になった。
「いいんだ土方。わしが呼んだのだからな」
軍服を整えた沖田十三宙将は、常と変わらぬ静かで、それでいて凄みのある表情と意志の強そうな瞳で私の顔をまっすぐと見つめてくる。どことなく東郷平八郎元帥を彷彿させる人物だ。
もっとも、「第二次火星沖海戦」において奇跡的勝利を収めた彼は、今や嘗ての東郷元帥以上の英雄とされているのだが。
「わざわざすまんな」
「お呼びと伺いましたので」
「ここではなんだ、車で話そう」
そう言って私は沖田提督について、提督公用車へ乗り込む。これも運転手不要のシロモノだ。
「『メ号作戦』ではご苦労だった」
最初に受けた言葉がこれで、てっきり先の独断専行を咎められるだろうと身構えていた私は、沖田提督の言葉に些か興ざめする思いで、月並みな台詞を吐く。
「傷の具合はいかがですか?」
「なに、大したことではない」
大したことではないとはいうものの、話に聞くところでは、「あなたは不死身か?」と問われるほどの重傷であったとも聞く。
それを艦内での応急処置をしただけで、三週間も宇宙で艦隊指揮を執ったというのだから、恐るべき胆力である。
私はそれに感嘆を禁じえなかったが、今は聞くべきことがある。
「長官―――陽動とはどういうことですか?」
単刀直入な私の質問に、沖田提督は“やはり聞いてきたな”という顔になる。
「すまない」
何に対してのものか最初分からなかった。思い当たる節はあるのだが。
「すまないでは分かりません。冥王星を叩き、敵艦隊戦力を漸減させ、遊星爆弾発射基地を破壊する。私はそう聞いたはずです」
「それは嘘ではない。『メ号作戦』における目的の一つであったことに変わりはない」
「だが、至上目的ではなかった。と?」
その答えは沈黙でもって返ってきた。
「何故、仰ってくれなかったんです!?」
思わず私は声を荒げた。
別に私は囮であったということを怒っているのではない。そもそも囮だからといって逃げ出すようなことをしようものなら、あのレイテでの小沢艦隊や西村艦隊の将兵に顔向けできない。
さらに言えば、前世の私自身が、最早囮とすら言えない作戦に参加した身だ。囮ならばむしろ良しというものだ。
ただ、それを隠されていたことが私は不満だったのだ。沖田提督は私――否、第一艦隊の将兵たちが、囮任務だと言えば臆して、逃げ出すような者達だと思っていたのか。
―――そんな思いから、私は言わずもがなの言い過ぎをしてしまった。
「長官は、我々を信用しておられなかったのですか!?」
「そうではない!! 囮であろうと何だろうと、敵を討つ、地球を守るという君たちの闘志を疑ったことなど一度もない!!」
何てこと言うんだとばかりに、凄まじい怒声を挙げて睨みつける沖田提督に、思わず私も鼻白んだが、ならば何故!? という思いは未だ消えず、睨み返す。
しばらくそのままだったが、だんだんと頭が冷えてくる。
今、私を見据える強い瞳に責任逃れの言い訳の色は、ない。
言いすぎたと思った私は、これだけはと思うことを聞く。
「長官、囮と仰いましたが、我々は成功したのですか?」
「・・・・・・うむ。多くの犠牲を払ったが、作戦は成功した」
その言葉にほんの少しだけ救われた気になった。
少なくともあの宙域で闘い、死んでいった者たちは無駄死にとはならなかった。
「一体、我々は何のために戦ったのですか?」
古来、陽動というものを行うときには、本命の別働隊がいるものだ。
「以前、わしが君に話した計画を覚えているか?」
問われて、少しばかり悩んだが、“計画”と言われて、思い当たることがあった。
「・・・・・・『イズモ計画』のことでしょうか?」
『イズモ計画』というのは、近い将来、地球が人類生存不可能な環境になることを想定し、地球を脱出して第二の地球を探索し、移住させようという計画である。
私がその計画について聞かされたのは、二年前の『カ号作戦』後のことで、当時第四駆逐隊司令だった私は、沖田提督から参加を打診されたのである。
しかし――
「あれはあの時にお断りしたはずですが」
一部の人間が種の保存のために地球を脱出するというなら、私よりももっと若い人間をひとりでも多く連れて行ってほしい。私はそう断っていたのだ。
地球脱出計画といっても、地球人全員が脱出できるわけではない。
沈みゆくタイタニック号と運命を共にした乗客・乗員たちのように、脱出船に乗れる人数は少ない。多くの人間が取り残されることは必定だ。
彼らを尻目にして逃げるなど、有賀幸作の選択肢にあるはずもなかった。
私が話しているのはそんな昔の話ではないと言いかけて、私はハタと思った。
―――ひょっとして、今回の陽動というのもそれ絡みなのだろうか。
考えても見れば、この『イズモ計画』の実施のためには、現在太陽系内に展開しているガミラスの目をくぐり抜けることは最低条件だろう。まさか、みすみす見逃してくれるわけはない。
となると、今回の陽動というのは地球脱出のための航路を切り拓くことだったのだろうか。
だとすると、私の知らないうちに、既に地球脱出は実行されたのだろうか?
「実はこの件に関して、いや、現在我々が進めているプロジェクトは『イズモ計画』ではないのだ」
沖田提督の言葉に、私は耳を疑った。
私自身は参加する気がないとは言え、現在の状況で人類を存続させる手段は、最早宇宙移民しかないことはわかる。
それを既に放棄しているとはどういうことなのか。
「少し長くなるが、非常に重要な話だ、聞いてくれ」
説明された内容は、私をして驚愕を隠せない内容であった。
話はおよそ一年前、地球はガミラスとは別の外宇宙知的生命体の接触を受けた。
彼女 ――接触してきた異星人は女性であった―― は、イスカンダル星女王・スターシャと名乗る人物からの使者として、女王のメッセージをただ一人で携え、地球へとやって来たのだという。
そして、驚くべきことに、この名も知らぬ見ず知らずの人物スターシャは、地球環境を正常に戻す汚染浄化システム『コスモリバースシステム』を提供する用意があり、受け渡しのためにイスカンダルへ来るようにと言ってきたのである(残念なことにその装置自体を地球へ送るのは不可能だそうだ)。
地球からすれば、半信半疑どころかガミラスの諜略を疑うのが当然の、あまりに荒唐無稽に過ぎる話だった。
第一、メッセージにあるイスカンダル星座標は地球から隔てること16万8千光年、大マゼラン銀河の一角を指していたのだ。
そんな遠くまでたどり着ける宇宙船など、地球には後数世代は存在しないだろう。
そんなに待っていられるかという話なのだが、彼女のもう一つ携えたもの――光速突破を可能とする『次元波動エンジン』の設計図を、何と無償で提供されるに及んで、にわかに現実味を帯びた。
外宇宙を航行する機関などというオーバーテクノロジーを、わざわざガミラスが地球へ送りつけてまでやる諜略など、既にこの時点でありはしない(何しろ放っておいても二年余で絶滅してしまうのだから)。
その間の試行錯誤は置いておくとして、国際連合はこのイスカンダルからの申し入れを受け入れ、『イズモ計画』のために密かに建造中だった『方舟』にこの次元波動エンジンを取り付けて、イスカンダルに存在するという『コスモリバースシステム』を受領するという計画を『イズモ計画』に代えて決定した―――。
「それが『ヤマト計画』だ」
沖田提督から一通り説明されたあまりに途方もない話に、私はしばし呆然としていた。
―――16万8千光年の旅? イスカンダル? コスモリバースシステム?
何がなにやらさっぱりわからん。一体何だってこんな話が出てきたんだ。
「何故、この話を私に?」
混乱の末、何とか出せた台詞がこれであった。
「一つは『メ号作戦』の真の目的がこれと深く関わっているからだ」
イスカンダルから送られてきた次元波動エンジンの設計図は間違いなく本物であったが、これで完成ではなかった。
エンジンの始動には鍵となるもう一つの部品が必要だが、これは一年前にはもたらされていなかった。
イスカンダルからは一年後 ――つまり今―― もう一人の使者に、新たなメッセージと、この『鍵』を預けて派遣すると言ってきていたのだ。
「では、『メ号作戦』における我々が囮となったのは・・・・・・」
「イスカンダルからの第二の使者の太陽系侵入を補助するため。君が報告してきた
なるほど。詰まるところ我々は正に『小沢艦隊』であったということだ。
前世「捷一号作戦」における小沢艦隊の囮作戦は、栗田中将の誤断によって無駄になったが、今回の我々の囮作戦では、イスカンダル第二の使者が誤断しなかったため、無駄とはならなかった。
機密事項であることも頷ける。少なくとも計画発動が確定的でなければ、この情報は混乱を招く恐れが高い。そんな状態では冥王星での戦いに支障が出たかもしれない。
「そしてもう一つが、君にこの『ヤマト計画』に参加してもらいたいからだ有賀君」
「はっ?」
「一部の人間が脱出し、当てのない逃亡の旅に参加できないというのは分かっている。だが、地球と人類の希望のために飛び立つとなれば話は違う。是非君の力を貸して欲しい」
沖田提督の“是非もらい”要請に、私はその言葉を吟味し、しばし考えを纏めようと窓の外を見て―――ようやく気づいた。
―――この車、どこに向かっているんだ?
てっきり司令部に向かっていると思っていた車は、気づけば薄暗い全く人気も建物もないトンネルの中を静かに走っていたのである。
「黙って、連れ出してすまんな」
「長官、一体どこへ・・・・・・」
「九州南東、坊ノ岬沖あたりだ」
何故そんなところに向かうかわからないし、些か狼狽した。
“坊ノ岬沖”
それは、この時代で目覚めてからは一度も訪れなかった、訪れることを恐れた――多くの英霊の魂とともに“あいつ”が眠り続ける場所の名だからだ。
そんな私をよそに沖田提督は言った。
―――君に見てもらいたいものがあるのだ、と。
次回いよいよ