アルガユエニ   作:佐川大蔵

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※今回、一部有賀艦長のプライベートに触れています。


第十八話 「父のこと、兄とのこと」

 そうですね。最初は艦長付の主計士という立場でした。

 

 お恥ずかしい話ですが、その頃の私は自分が主計科に配属されたという事にどうしても納得できなくて、我ながらひどく無愛想だったなと思います。

 

 ただ、当時の私から見た有賀艦長は、それ以上に愛想のない人に見えました。

 

 確か「主計科は不満か?」と聞かれて、「いえ」と答えたのが最初の会話だったと思います。それまでは給仕をしたり、声を掛けても「うん、うん」とカラ返事だけで、あまり話を聞いてくれていないように思えて、正直少し反感を持っていたのは事実です。

 

 私が航空隊異動を直訴したのはエンケラドゥスの直前で、当然ながら艦長には断られましたが、それで意地になってしまったという面もあったかもしれません。

 

 ……えぇ、今思えば本当に馬鹿だったなと思います。後悔はしていませんが。

 

 艦長室に呼び出されたときは当然処分されるものと思いましたし、実際処分がありましたが、同時に航空隊への異動を認めていただいたことには非常に驚きました。

 

 その時の艦長は今までの不愛想な感じではなく、何というか、いたずらっぽく笑っていたことを覚えています。有賀艦長の印象はそれから変わりました。

 

 そう言えば、随分後になってから聞いた話ですけど、実は艦長は私の兄と一度会ったことがあるそうです。それも古代さんのお兄さんも一緒だったとの事で。

 

 話の内容は正直ショックでした。

 

 いえ、艦長がどうという事ではなくて、兄は私の前では常に明るく振舞っていて、そういう目にあっている素振りは見せなかったので。

 

 それはそれとしても、何だか不思議なご縁があったんだなと感じましたね。

 

 

『辺見 洋著「女たちのヤマト」 『ヤマト』航空隊 山本 玲三尉(当時)の証言より抜粋』

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 予備通信室を一通り見て廻ってから、右舷側展望室に向かう。

 皆それぞれの場所で赤道祭を楽しんでいると見えて、通路の人通りは疎らだ。

 

 そこへ私の横を急ぎ足で抜き去って、展望室に向かう者がいる。

 見ると、南部 康雄砲雷長だ。

 

「おい、砲雷長」

 

「え? あっ、艦長!?」

 

 後ろから呼び止めると、初めて私だと気付いたのか、少し慌てた様子で敬礼してきた。

 普段ならば欠礼を叱るところであるが、何しろ今は女物の浴衣を羽織っているから、分からなくても仕方ないなと考えて、不問とする。

 

「どうした、そんなに急いで」

 

「いえ、森さんを探していて」

 

「船務長に何か用事か?」

 

「えっと、その……」

 

 歯切れ悪く言いながら、南部砲雷長の頬に赤みがさした。

 

 ──―ははぁ。

 

「野暮だったようだな?」

 

「い、いえ、別に、僕は」

 

 私の顔は、多分意地の悪いものだったのだろう。南部砲雷長はありありと狼狽した。

 

 ──―成程、砲雷長は船務長に"ホ"の字か。

 

「船務長なら、あっちで通信の整理をしていたぞ」

 

「あぁ、そうですか。ありがとうございます」

 

「おう。そう言えば砲雷長はもう通信は終わったのか?」

 

 予備通信室の方から歩いてきた様だったので、そう尋ねると、一瞬、南部砲雷長の顔に暗い影が差した。

 

「親御さんとは話せなかったのか?」

 

「いえ、話しました」

 

 そう答える南部砲雷長の顔には笑みはなく、寧ろ苛立たしいといった様子だった。

 

 私には思い当たることがあった。

 

 一千名もいる『ヤマト』乗組員は、家庭の事情も様々で、中には特殊な立場にある者もいるが、南部砲雷長は、『ヤマト』の建造にも大きく関わった大手軍需企業『南部重工大公社』の一人息子、つまりは御曹司という、とりわけ特異な身の上である。

 

 そんな南部砲雷長が、宇宙軍士官の道を選び、『ヤマト』に乗ることになった経緯については、私の介入するところではない。

 

 ただ、今は"前"と異なり、性別に関わらず一人っ子という家庭が多く、精々二人で打ち止めというのが大半の時代である。

 

 そう言う状況下で、大企業の御曹司が後を継がずに、軍人になる。事業家である親がどの様な反応をするかは想像に難くない。──―後に聞いたところによると、南部砲雷長の『ヤマト』乗艦に当たっては、『南部重工』側から、取り消しの陳情が何度も寄せられていたとの事だった。

 

 少なくとも彼に取って、家庭の話題は好ましいものではないのだろう。

 

「貴様は一人息子だったろう」

 

「はい」

 

「後顧の憂いはないのか?」

 

「心配ありません」

 

「本当にないのか?」

 

 敢えて"御曹司"という言葉を使わずに聞いてみたが、南部砲雷長は私の質問の意図が分かっていたのだろう。

 

「僕は、自分の意思でこの道に入りました。『ヤマト』にも自分で志願しました。誰が何と言おうと、僕の人生は僕が決めます。後悔はしません」

 

 そう、ハッキリと言い切った。

 

 その姿に、何故か私は既視感を覚えた。

 

「何処かで聞いたな……」

 

「艦長? はっ?」

 

 つい呟いた私の言葉は、幸い南部砲雷長には聞こえなかったようだ。

 

「いや。それより船務長に用があるんじゃないのか?」

 

「あっ、はい。では失礼します」

 

 そう言って、南部砲雷長は去っていった。

 

 ──―そう言えば船務長はそろそろ交代だったか? すれ違いにならなきゃいいが……。

 

 そんなことを考えながら、右舷展望室に向かった私だが、その途中で、ふと先程の既視感の正体に気付いて、思わず苦笑した。

 

 ──―何だ、俺じゃないか。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦(ぎゃーてい ぎゃーてい はらぎゃーてい)……」

 

 右舷側展望室へ入ると、いきなりそんな読経が耳に入ってきた。

 

 声のする方に目を向けると、相変わらず托鉢僧姿の加藤航空隊長が、周囲から好奇の視線を浴びながら、"無念無想‼"とばかりに『般若心経』を唱えている。

 

 隣の篠原副隊長は、「何とかしてよ、この人」とでも言いたげな顔をしている。

 

「よぉ坊さん、やっとるな」

 

 声を掛けると、加藤隊長の読経が止む。同時に篠原副隊長が「やれやれ終わった」といった体で一息吐く。

 

「流石に本職だな。中々様になっていたぞ」

 

「からかわないでください」

 

 加藤隊長は、北海道のさる寺院の生まれであり、本人は僧侶の資格こそ無いものの、軍に入る以前から坊主見習いをしていたという変わり種である。

 軍人でありながら、どこか刹那的な一面を持った性分は、そのことも無関係ではないだろう。

 

「まぁ隊長、飲め」

 

「あぁ、いえ自分は……」

 

「何だ? 遠慮するな」

 

 とりあえず一献と加藤隊長に勧めたのだが、加藤隊長は両手を上げて困惑顔になってしまう。

 

「止めた方が良いですよ艦長、隊長に飲ませると、頭を木魚にされちゃいますから」

 

「おい、シノ‼」

 

 篠原副隊長の茶々入れに、何時か(・・・)を思い出して懐かしくなる。

 

「うん? 別に構わんぞポクポク叩いても、ご利益がありそうだ」

 

 そう言って「ほれっ」と頭を傾けると、「あぁ、そう来ますかぁ……」と篠原副隊長も困り顔になる。

 

 種明かしをすると、この好漢 加藤 三郎二尉は戦闘機パイロットとしては珍しく、──私の知る限りだが── 一滴の酒も飲めない下戸であったのだ。

 

「何だ隊長は甘党か? なら饅頭でも食うか?」

 

「……後で頂きます」

 

「艦長、甘いものもいけるんですか?」

 

 少々恥ずかし気な加藤隊長の横で、篠原副隊長が少し意外そうな顔になる。

 

 酒が苦手な人間は、代わりに甘いものが好きという事が往々にしてあって、両者は両立しないものであるという俗説があった。

 

 然るに私はどうかと言えば、どちらも大好物である。

 

「酒飲みは甘いものがダメだなんてのはウソだ。両方では金が廻りかねるというだけのことよ」

 

「他人に恨まれますよ、艦長」

 

 と、篠原副隊長は呆れ顔。

 

 金銭の値打ちがほとんどないに等しいご時世であるが、それでも"貧乏少尉、やりくり中尉、やっとこ大尉"という、若手士官の俸禄の低さを表す戯言は、国連宇宙軍に於いてもそう変わりはない。

 

 ただ、嘗ての私は、実家が周囲の山林や田畑等の土地をそれなりに所有していた事、営んでいた金物商も順調であった事、父が日清・日露戦争の功績によって、金鵄勲章と年金を授けられた身であったこと等の事情があって、若いころからあまり金銭に困るということが無かった。

 

 海軍に入ってからも、金のやりくりに苦労している同期生達を尻目に、日々実家からの仕送りで飲み遊んでいたものである。

 ……我ながら、これだけだと苦労知らずのお坊ちゃんのようで、確かに顰蹙を買うかもしれない。以後気を付けようと思う。

 

「ところで、心の整理はついたか?」

 

 そう言うと、加藤隊長も篠原副隊長も沈痛な面持ちで、深く俯く。

 

「すまん、そんなすぐつくわけがないな」

 

「死ぬならばまず自分だと、あいつにもそう言っていたんですがねっ‼」

 

 "メ二号作戦"で杉山 宣彦三尉を死なせてしまった責任感と罪悪感からか、加藤隊長が呻くように悲痛な心中を吐露した。

 

 ──俺もそうだ。

 

 彼の肩を叩きながら、私もまたやりきれない気持ちになる。

 

「杉山隊員はひとり者だったか?」

 

「えぇ、ただ地球にご両親がいます」

 

「うぅん……」

 

 地球には既に"メ二号作戦"の報告と共に、戦死者四名のことも伝えていた。

 

 息子が無事に帰ることを必死で祈っていたであろうご両親は、その死を伝えられて、今どうしておられるのか。それを思うと心が重い。

 

 大事なご子息をお預かりした立場として、お悔やみを申し上げなければならないだろうが、それは3分間の私的通信によるものでは無く、直接この足で出向いて行うべきものだろう。

 

 私はそのように考えていた

 ……私が生きて帰れればの話だが。

 

「貴様達、家族は?」

 

「父は実家で住職をしています。母は……」

 

 加藤隊長が少々表情を歪めて答える。

 

「そうか、もう通信はしたのか?」

 

「いえ、自分は退路を断っていますので、問題ありません」

 

「本当か? 戦死したら、親父さんは悲しむんじゃないのか?」

 

「父は話しても「寺を継げ」としか言いません。悲しみはしません」

 

 加藤隊長はキッパリとそう言った。

 

 ──―こっちもか。

 

 南部砲雷長がそうである様に、代々続く家柄特有の家庭事情があるのだろう。それは、私にも覚えのあるものだった。

 

「副隊長、貴様は?」

 

「最初の遊星爆弾で、両方とももうあの世です」

 

「うん。良いご両親だったか?」

 

「正直母はともかく、父とは喧嘩ばかりで、あんまり上手くいかなかったですよ。怒鳴られ、殴られで。……ただ」

 

 そこで、篠原副隊長はチラッと加藤隊長に目をやって──私にはそう見えた──から、

 

「妙なもので死んじまうと、時折懐かしくなることがあって、生きてたら何時か上手くやれるようになってたかも、って考えるんですよ」

 

 そう言った。

 

 ──―父、か。

 

「着替えてきます」

 

 しばしの沈黙の後で、加藤隊長がそう言って歩き出す。

 

「加藤隊長」

 

 その背中を私は呼び止めた。

 

「余計な事かもしれんが、親父さんと話せるならば、ちゃんと話しておけ。わだかまりを残したままで、二度と話せなくなった時というのは、結構堪えるぞ」

 

 加藤隊長は軽く会釈して、展望室の外、予備通信室の方へ向けて出て行った。

 

「艦長も、何かあったんですか?」

 

 篠原副隊長がそう聞いてきたが、私は答えられなかった。

 

 私がつい口にしてしまったのは、この時代ではない、"前"の父のことだったからだ。

 

 地元の名士で、日清・日露戦争の勇士であった父は、明敏で指導力のある人として慕われていたが、私にとっては厳格で、不正を絶対に赦さず、折檻を加えることも辞さない強く、怖い存在であった。

 

 そんな父と私は、私が海軍兵学校を志望するにあたり、激しく衝突した。

 と言うのも、父は私に家業である金物店を継がせようと考えており、取り分け職業軍人になるという事には断固反対だった。

 

 今にして思えば、陸軍下士官として二百三高地攻撃を含む旅順攻防戦や、奉天会戦に参加して、戦争というものの残酷さが骨身に沁みていた父は、息子をその道にやりたくはなかったのだろう。

 

 しかし、私は父の意思に背き、無断で海軍兵学校を受験して、合格通知を受け取った。

 父は私の入学を許さず、私も海軍士官になるという意志を曲げなかったので、最終的には親族会議が開かれて、私の海兵入校は賛成多数の形で認められた。

 

 それから18年後に父は他界したが、その直前の遺言により、当時少佐で、駆逐艦『芙蓉』艦長だった私には訃報が知らされなかった。

 

 曰く「幸作はお国に捧げた子。俺が死んでも絶対に知らせるな」と。

 

 結果、私は父の臨終への立ち合いも、葬儀に出席することも出来なかったのである。

 

 父の最期の言葉に込められたその心中は、今となっては解らない。

 自分が死んでから聞くしかないかと思ったが、実際に死んでから今ここにいることを考えると、或いはもう二度と父と会うことはないのかもしれない。

 

 そんな事情があったので、加藤、篠原両君の話を聞き、先程の南部砲雷長との話の余韻も手伝って、ふと父を懐かしんでしまったというわけである。

 

「まぁ、俺のことはいいだろう」

 

 無論、それは誰にも言うことはできないが。

 

 そろそろ他所に行こうかと思いながら窓の外に目をやると、艦外で補修作業をしている乗組員の姿が映る。

 榎本掌帆長を初めとする甲板員達は、この赤道祭の間も修理作業に従事しなければならず、宴への参加はほとんど出来ないことになっていた。

 

 ──―後で労いに行かないとなぁ。

 

 そんなことを考えながら見ていると、何やら仲良さげに寄り添って作業をしている者がいる。

 目を凝らしてよく見ると、何と古代戦術長と山本三尉ではないか。

 

 ──―あいつら、何処に行ったのかと思えば。

 

 思わず口元が緩むが、ふと先程の平田主計長との会話を思い出した。

 

「そう言えば副隊長、ちょっと聞きたいんだが」

 

「何です?」

 

「うん、実は山本三尉のことで、兄貴がいたという事を聞いたんだが知ってるか?」

 

 本当は加藤隊長に聞こうと思っていたのだが、既に出て行ってしまったので、或いは知っているかもしれないと、篠原副隊長に聞いてみた。

 

「……えぇ、知ってます。第二次火星沖会戦の時、自分は同じ部隊にいましたから」

 

「そうなのか?」

 

 駄目元で聞いてみたのだが、何という偶然か。

 

「"カ二号"での貴様の所属というと……」

 

「火星方面軍の第343航宙団です」

 

 その答えに私は"ピンッ"と来るものがあった。寧ろマーズノイドでは珍しい"山本"という名字を聞いて、何故今まで思い当たらなかったのだろうか。

 

「もしかして、山本 明生、か?」

 

「えっ!? えぇ、そうです。艦長ご存じだったんですか?」

 

 今度は篠原副隊長が、驚きの声を上げる。

 

「あぁ、名前はな」

 

 西暦2198年2月20日、地球圏への直接攻撃を狙って、大挙して押し寄せるガミラス艦隊と、それを阻止するべく、全力で迎え撃つ連合宇宙艦隊が激突した第二次火星沖会戦。

 

 私自身も参加したこの戦いは、事前の偵察飛行隊が早い段階で敵艦隊を発見して、その動向を通報し続け、連合宇宙艦隊の出動の機を適切にしたことが、歴史的大勝利への大きな布石となったことが知られている。

 

 この日本海海戦における『信濃丸』にも匹敵する功績を上げたのが、空間防衛総隊・火星方面軍・第343航宙団・第4空間偵察飛行隊であり、中でも最期のギリギリまで敵艦隊への接触を続けた末に撃墜されたのが山本 明生三尉(戦死後 一尉)であった。

 

 ──―その意志を継いだ、という処か。

 

 だとすれば、あれだけ航空隊を熱望するのも解る。

 

「加藤隊長とも親友だったらしいな」

 

「えぇ」

 

 そう言って、少し間があってから、篠原副隊長が言った。

 

「ここだけの話ですけど、彼女が異動してきた時、隊長、艦長や戦術長に少し怒ってたんですよ」

 

「うん? 何故だ?」

 

「隊長、乗艦前に彼女が主計科だってことを知った時に、安心してましたからね。それが思いがけず、こっちに来ちゃったもんですから」

 

 私は少し意外な念を抱いた。

 彼女の腕前は一流と言って良いものだということは、門外漢の私でも解るほどなのだが。

 

「隊長は、彼女に不満でもあったのか?」

 

「いえ、腕は認めてますよ隊長も。ただ、明生のことがありましたからね。戦いで妹まで死なせたくないんですよ」

 

 篠原副隊長のいう事も、解る気がする。

 

 戦艦に乗っている以上、命を張っているのは皆同じであるが、特に緊張を強いられるのが航空機の搭乗員であると言って良い。

 

 航空機の搭乗員というものは、今も昔も薄い装甲とキャノピーの内側でただ一人、戦闘の際には真っ先に飛び出していく身であり、少しの間違い、或いは運の悪さによって簡単に死に至る運命が待っている。

 

 嘗ての我が帝國海軍航空隊の、"神様"と称される程の者たちでも、その例外ではなかった。

 

 彼らの持つ一種の自由奔放、天衣無縫な風習は、その裏返しと言える。

 

 少しでも危険の少ない所にいてほしいというのは、一種の親心というものであろう。

 

「副隊長はどうなんだ、その辺は?」

 

「自分としては、今こうなってよかったと思いますよ。彼女に飛ぶなって言うのは、鳥に羽ばたくなって言ってるようなものですから」

 

「だよなぁ……」

 

 主計科にいた頃の暗い表情を知っているだけに、私としては篠原副隊長に同意だった。

 

「まぁ、隊長もそれは解ってると思うんですけど、何しろ二人とも言葉が足らな過ぎて、もう少し何とかならないかなぁ、なんて」

 

「そこは、貴様のそのよく廻る口でフォローするしかないな」

 

「やれやれですね」

 

 そう言って笑い合う。

 

 南部砲雷長と云い、山本三尉と云い、様々なしがらみはあれど、何だかんだで自分の納得できる道を選択している。

 

 私が嘗て、父に背いてまで海軍士官の道を志したのも、出世コースの海軍大学校に目もくれずに、あくまでも海上武人として現場に拘ったのも、別に小難しいことはなく、それが自分の人生をもっとも豊かにするものだと信じていたからだ。

 

 結局人生と言うものは、そう言うものなのだろう。

 

 どうも、私の口出しするところではなさそうだと思い、副隊長との会話を切り上げて、また別の場所に向かう。

 その途中で再び外を見ると、古代戦術長と、山本三尉は反対側に廻ろうと、一緒に移動を始めている所だった。

 お互い、この戦争で軍人である兄を失った者同士、何処か通ずるものがあるのかもしれない。

 

 ──―それにしても。

 

「妙な縁があったもんだな、古代」

 

 篠原副隊長には言わなかったが、実は私が山本 明生という男の事を知っていたのは、第二次火星沖会戦の話ではない。

 

 ──―まぁ、"俺は"ほとんど関わらなかったけどなぁ。

 

 窓の視界から去っていく二人を見送りながら、私は想い出した。

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 あれは、第二次火星沖会戦から遡ること更に3年前。

 私が『ユキカゼ』で初めて出撃する直前の、あの三笠公園で先任士官の古代 守と合流した後の出来事だった。

 

 あれから横須賀の街で、古代先任と飲んだ私は、富士山麓基地への帰りの為に兵員輸送用の鉄道に乗っていた。

 

 私たちは列車の中よりの車両に乗っていたが──―私は"前"の頃より、列車に乗る時は、事故に会う事を警戒して、前後二車両には乗らない習慣があった──―、比較的空いていて、少し大きな声で会話をすると周りに聞こえそうな状態だった。

 

 しばらく座っていると、何やらトラブっているような声が聞こえた。

 

「おい、見ろよこいつ火星生まれじゃねぇか?」

 

「あん、本当か? ちょっと目ぇ見せてみろよ」

 

 何事かと視線を向けると、私たちの座っている少し前の座席で、一見して酔っぱらっていると解かる二人の男が、嫌な笑みを浮かべながら、座席に座っている者に絡んでいるようだ。

 兵員輸送用列車の座席はボックスシートなので、ここからでは絡まれている者の姿は見えなかった。

 

「マーズノイド、かな?」

 

 古代先任が呟くように言った。

 

 "マーズノイド"

 

 この時代にやって来て、公式に火星人がいるという事を知った私は、初めはそれこそH・G・ウェルズの描いたタコみたいな姿を想像したのだが、実際には、今世紀初頭に地球から火星に移住した人々の末裔のことで、要するに地球系火星人とでもいった処である。

 

 この頃の私は、まだ実際にマーズノイドを見たり、会ったりしたことがなかったので、少し興味を惹かれて、そちらを注視した。

 

「おいこら、寝たふりしてんじゃないよ」

 

「澄ました顔してねぇで、眼を見せるか、さもなきゃ座ってねぇで、さっさと降りろ」

 

 だが、見ているうちに段々と好奇心よりも不愉快な気持ちが大きくなってくる。

 まるで、南アフリカで有色人種だという理由で、列車から放り出されたというガンディーの逸話を目の当たりにしている様である。

 

 地球におけるマーズノイドの立場は、難しいものがあった。

 

 西暦2180年、火星の自治権を巡って、地球と火星の間で勃発した二度にわたる内惑星戦争が終結してから、まだ20年も経っていない。

 

 戦後、火星自治政府が廃止され、地球へ強制的に移住させられたマーズノイド達であったが、戦中に、隕石落下による地球への焦土作戦まで企てていたという火星に対する地球人の怒りは激しく、"敗戦国民"となったマーズノイドは、至る所で差別や侮蔑の対象となっていた。

 

 無論、社会的にはこうした事は禁止されているのだが、人間の心というものはそう簡単には割り切れないもので、巷では子ども達の苛めの原因となっていたり、街を歩いていて罵声を浴びせられる、唾を吐きかけられる等といった話も、"チラッ"と耳にしたことがある。

 

 ガミラス戦役が始まって、マーズノイドも国連軍の一員として共に戦うようになってからは、こうしたことも減ってきてはいるものの、一部では未だにこうした小さな紛争が起きていた。

 

 "バンッ"

 

 突然大きな物音が、車内に響いた。

 

 それまで無言で耐えていた相手側が、シートを思いっきり叩いて立ち上がり、酔っ払い二人を"キッ"と、強い眼差しで睨み付けたのだ。

 

 見れば、航空士官学校訓練生の制服を着た、20歳前後の、濃い銀髪に褐色肌をした青年であった。

 

 航空学生ならば、恐らく富士五湖近くの基地に行くのだろう──―当時は富士山麓の静岡県側に艦隊基地が、山梨県側に航空基地があった──―。

 

 私たちの乗った列車は、航空基地を経由して艦隊基地に廻る路線だったので、もうすぐ到着だったのだが、我慢しきれなかった様だ。

 

 反撃してこないサンドバッグを殴っていたつもりの酔っ払い二人は一瞬たじろいだが、どうも引っ込みがつかなくなったらしく、猛然と噛みつき始める。

 

「見ろ、やっぱり忌まわしい血の紅い色をしてやがる‼」

 

「薄汚いマーズノイドが‼ おぅ、次で降りろ、売られた喧嘩だ、買ってやる‼」

 

 とうとうオッぱじまったか。

 こうなると、当事者同士では収まるまい。

 周りの乗客はそれなりにいたが、"触らぬ神に祟りなし"の諺通りに、皆知らん顔をしている。

 

「もうその辺でいいだろう。ずいぶんと言いたい放題言ったんだから、もうやめろ」

 

 ……私の隣の男以外は、だが。

 

 私が声を掛けるよりも早く、古代先任が立ち上がり、後ろから酔っ払いの一人の肩を叩いて言う。

 出遅れたが仕方がない。やり過ぎないように、しばらく様子を見ることにした。

 

「何だ、お前。俺の喧嘩、買おうってのか?」

 

「いや、喧嘩は買わない。ただやめろと言ってるんだ」

 

「なに言ってんだ、マーズノイドの肩持つつもりか?」

 

「それは関係ない。ただ、彼に対して余りの言い草だし、そんな大声を出すから、周りもみんな迷惑しているよ」

 

 顔を真っ赤にして、詰め寄る酔っ払いに対して、古代先任は冷静な態度で、淡々と語りかける。

 見たところ、二人とも古代先任よりも幾らか年かさの髭面である。

 加えて、この時の古代先任は私服姿であったから、二人は古代先任を若僧と侮ったのか、傲慢不遜な態度を改めようとはしない。

 

「お前、一体なんだ、警務かなんかか? えっ? 地球に反旗をを翻したマーズノイが一緒なんざ、ここの連中だって迷惑だろ、なっ? お前のような若僧にあれこれ指図される謂われはねぇ、余計な口出ししねぇで、とっとと失せろ‼」

 

 ──―あぁ、こいつら士官じゃないな。

 

 誤解を恐れずに言わせてもらうと、こういった、相手が何者かも知らずに、ぞんざいな言葉遣いと、横柄な態度で喧嘩を売るような奴は、大体が兵卒か、下士官上がりである。

 

 こういった手合いには、お互いの立場を解らせることが一番だが……。

 少しヒヤヒヤしながら見ていたが、古代先任は私が思っていたよりも喧嘩上手だった。

 

「お前たちの言い分は分かった。ところで、お前たちは軍服を着ているから、公務中だな?」

 

「それがどうした?」

 

「階級と氏名、所属を聞こう」

 

「お前に何の関係がある? 聞きたきゃそっちが先に言え」

 

 相手の高飛車の物言いに、古代先任はやおら上着のポケットからIDを取り出すと、彼らの前に"グイッ"と突き出した。

 その瞬間、威勢の良かった二人は、気の毒なほどにビックリして、踵を合わせて直立不動になる。

 

「これで満足か?」

 

「し、失礼しました。まさか一尉とは……」

 

「俺が一尉だから何だ? そんなことを問題にしているんじゃないぞ」

 

 酔っぱらいのうちの一人が、しどろもどろに言うのを、古代先任は一蹴する。

 

「それでお前たち、官姓名は?」

 

「い、いえ、あの、どうか穏便に……」

 

「俺に「失せろ」と言ったのはどうでも良い。だが、彼に対する暴言は無視できないぞ。部隊名を言えないなら、このまま警務に突き出すだけだ」

 

 この時代、人種差別には明確な禁止法が定められており、かなり厳しいものだと聞く。

 警務隊に知られれば、当然部隊に調査が入るだろうから、少なくとも彼らは大目玉だろう。

 それが分っているからか、二人とも益々顔色が悪くなる。

 先程まで威勢が良かっただけに、その狼狽ぶりは惨めですらあった。

 

 ──―まぁ、この辺で良いだろう。

 

 喧嘩を止めるという所期の目的は達成した。古代先任も少し熱くなっているようだし、ここらが潮時だろう。

 そう思って腰を上げたが、意外な所から止めが入った。

 

「待ってください」

 

 古代先任の腕を掴んで言ったのは、当のマーズノイドの青年だった。

 

「君……」

 

「ありがとうございます。でも、もう良いんです」

 

 懇願するように言う青年に、古代先任も困惑している。

 ちょうどそこへ、まもなく富士五湖基地に到着するというアナウンスが響いた。

 

「お、おい!?」

 

「おう‼」

 

 それを聞いた件の酔っ払いは、隙をついて、脱兎の如く、隣の車両に向けて逃げ出した。

 

「おい、待て‼」

 

「先任、追うな」

 

 私は、追いすがろうとする古代先任の腕を捕まえて制止した。

 

「しかし、艦長‼」

 

「良い。奴らにはいいクスリになっただろう」

 

 問題行動ではあったが、あの酔っ払い達も遠からずガミラスとの戦争に赴くのだろう。

 それを思えば、これ以上事を大きくする必要性を私は感じなかった。

 

 私は改めて、マーズノイドの青年を見た。

 

 ──―なるほどなぁ。

 

 先程までは遠目だったので見えなかった、鮮やかな紅い瞳が、私の目を引いた。

 聞けば、マーズノイドは皆、この様な紅い瞳をしているという。

 火星と言う、地球とは全く異なる紅い大地で生まれ育った者の、いわば環境に適応した姿であるとの事だ。

 

 私と目が合ったその青年は、すぐに私から目を逸らして俯き気味になる。

 私には、それが意識してのものではなく、反射的な行動だと感じられた。

 

 "忌まわしい血の紅い色"

 

 先の内惑星戦争の後、マーズノイドの人々は、瞳の色をその様に揶揄されることが多かった。

 

 私は内惑星戦争を知らないという事もあって、珍しいとは感じても、忌まわしいとか、醜いとは思えなかったが、先程古代先任を止めたことを含めて、彼の反応は、地球におけるマーズノイドの立場の難しさを表していた。

 

「航空学生か?」

 

「は、はい」

 

「うん、ならここで降りるんだろう。まぁ、気をつけてな」

 

 私はそれだけ言って、軽く彼の肩を叩くと、そのまま席に戻った。

 古代先任も続き、彼は荷物を纏めて降りて行った。

 

「マーズノイドと云うのは、あんな目に会うのか?」

 

「いえ、単にあいつらの八つ当たりが酷すぎるだけですよ」

 

 憤懣やるかたないといった体で、古代先任が答えた。

 

「貴様としてはどう思うんだ? マーズノイドは」

 

「別に。彼は火星の生まれ、僕は神奈川の生まれ、艦長は長野の生まれ。それだけの事ですよ」

 

「そうか」

 

 私の脳裏には、"前"の時に『大和』乗組みだった、日系二世の某士官のことが浮かんでいた。

 彼もまた、その出自故に謂れのない中傷を受けた者であったが、まぎれもない帝國海軍の軍人であり、最期まで己の責務を全うした。

 

 古代先任の言う通り、そこに出自など関係なかったのである。

 

「艦長」

 

 古代先任に促されて、窓の外を見ると、先に降りた青年がこちらに向かって、キリッと挙手の敬礼をした。

 

 その紅い瞳には、涙が浮かんでいる。

 

 ──―おいおい、泣くなよ。

 

 公衆の面前で理不尽に罵倒され、辱めを受けて、それでも時節柄、争いを避けざるを得ずに、耐えなければならない口惜しさと、そんな自分を庇ってくれた見ず知らずの士官に対する感謝の念が、その涙に込められていた。

 

 古代先任と私が答礼すると、彼、もう一度目礼して、去っていった。

 

 さっき逃げた二人はいるかな? と思ったが、その姿は見えなかった。これならば彼も大丈夫だろう。

 

「そう言えば、名前を聞きませんでしたね」

 

 古代先任に言われて、私もうっかりしていたと思う。

 

「まぁ、お互い生きていれば、その内縁もあるだろう」

 

 私はそう言ったが、残念ながらその機会はなかった。

 

 後年の第二次火星沖会戦において、彼が戦死した事を伝える宇宙軍公報で、我々は彼の山本 明生という名前を知った。

 

 

 

 

 




※山本 明生の死について、漫画版では暴徒から子どもを庇った為となっていますが、本作ではアニメ版準拠で戦死としています。

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