アルガユエニ   作:佐川大蔵

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ハーメルンよ、私は帰って来てしまった……。


第十七話 「衛生、主計と通信と」

 有賀艦長と初めて会ったのは、確か「第一次火星沖会戦」からしばらく経ったころだったかのぉ。

 

 わしは当時月面にあった病院の医師で、その頃の艦長は第十一護衛隊の司令を務めておったが、とにかく熱心な男でな、ほぼ休みなく輸送護衛の任に当たっておった。

 

 その無理が祟って火星で熱病を患ってな、急ぎ入院が必要じゃったが、本人がどうにも艦を離れたがらずに籠城してしまっての。どうにか引っ張り出して病院に担ぎ込まれた時には、もうどうしようもない状態で、苦痛を和らげる為の処置ぐらいしかできなかったよ。

 

 絶望と言って差し支えない中で、突然意識が戻ったのは確か6月6日じゃったか。

 

 その直前にバイタルの激しい乱れがあっての、慌ててモニターで確認したら意識が混濁しておる中で、何やら「万歳」やら「艦を離れろ」やら、しきりに譫言を言っておったのを覚えておる。

 

 意識が戻って、そこで初めて彼と話したんじゃが、いきなり敵意を向けられたことには驚いたの。

 

 生死の境を彷徨った人間の精神錯乱や記憶の混濁は珍しくはないが、彼のは少し奇妙での、物言いや価値観に至るまでまるで別人になったようじゃと、皆が言っておった。

 

 ……ここだけの話じゃがの。

 

 後に『ヤマト』の航海中に、ある理由で乗組員の一人の脳波や神経系の精密検査をしたんじゃが、その症状がこの時の有賀君によく似ておったんじゃ。

 

 詳しくは言えんが……、実はあの時の有賀君は何者かに取り憑かれておったんじゃないかと思っとるんだが、お前さんどう思う? 

 

 これっ‼ 笑い事じゃないわい。

 

 

『原 純著 「遥かなる星イスカンダル」 衛生長 佐渡 酒造思出話より抜粋』

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 始まった太陽系赤道祭の様子は、私から見ると随分とお上品なものであった。

 

 軍艦に於いて俗にいう男の三大道楽"飲む、打つ、買う"のうち、"打つ、買う"が禁じられているのは今も昔も、少なくとも表向きは同じである。

 

 従って唯一残った”飲む”だけが楽しみとなり、日頃の鬱憤を散じる為、顔色を真紅にし、仕事の自慢話、上司の悪口、家庭の悩みを語り、やがて歌が出て、皆が蛮声を張り上げ床を踏み鳴らし、腕を組んで回る大騒ぎ。

 

 そんな”海賊の宴”に慣れている私から見ると、『ヤマト』の宴会の印象は”立食パーティー”と言って差し支えない。『ユキカゼ』ではもう少し荒れていたものだが……。

 

 ──まぁ、無理もないか。

 

 抜錨以来、ほとんどの乗組員が初めてとなる実戦を経験し、緊張の連続であった上、『メニ号作戦』では戦死者まで出した後である。

 

 それを思えば、あまり飲んで騒いでという気持ちになりにくいのも解らないではない。

 

 ──とは言え、折角の宴がこれでは面白みもない。

 

「何だ貴様たち、もっと愉快にやらんか。よし見てろ」

 

 大声でそう言って、私は大食堂へと入る。

 

「えっ、艦長?」

 

「あの恰好……」

 

 会場内でお行儀よくしていた乗組員たちが、私を見て呆気に取られる。

 

 そりゃそうだ。この時私は普段のパリッとした艦長用軍服の上から、桃色に花模様があしらわれた女物の浴衣を羽織っていたのだから。

 

 つい先ほど主計科に行って貰ってきたものである。

 

 ざわつく会場内をツカツカと進んで壇上に立つと、皆何事かと私を見つめている。

 

 その中で私はおもむろに扇子を拡げて、踊り始めた。

 

「に~んげ~んごじゅ~ねぇ~ん‼」

 

 我ながらひどいダミ声・調子っぱずれの放歌高吟をしながら、ひたすらに踊る。

 

「げぇーてんのぉ~うちにぃ~くらぶれぇばぁ~」

 

 初めは「殿、ご乱心か?」という声が聞こえそうな顔つきの乗組員たちだったが、段々と表情に笑みが浮かび、手を叩く者も現れる。

 

「ゆ~め~ま~ぼぉ~ろしのぉ~ご~と~く~な~り~」

 

 私も調子に乗って、更に踊り続ける。

 

「ひぃと~たびぃ~しょうをぉ~うけたらば~」

 

 トコズンドコズンドコ、トコズンドコ。

 

「めぇっせ~ぬ~もぉのの~あ~る~べぇ~きぃ~やぁ~‼」

 

 そんなこんな織田 信長気取りで踊り終わった時には、「ウワァー‼」という歓声と拍手が起こった。中には「艦長、アンコール‼」なんて声もあった。

 

 中々良い気分であるが、私としてはここまででいいだろう。

 

「あとは貴様たちでやれ」

 

 そう言って私はそそくさと壇を降りた。

 

「何だ何だ~」と若干のブーイングはあったものの、中々に気分は盛り上がったようで、会場は賑やかになった。

 

「いやぁ~なかなかに粋じゃのぉ艦長」

 

 そんな中、一升瓶を片手に持った佐渡 酒造衛生長がニコニコしながら近寄ってきた。

 

「まぁ何はともあれ艦長、まずは一献」

 

 そう言って一升瓶とコップを差し出してくる。

 

 普段はともかく、今日は無礼講。待ってましたと遠慮なくいただく。

 

「っ~~~~」

 

 二級酒、カストリ焼酎の全盛時代にあって、佐渡大先生自慢の「美伊」は極上の美酒だ。五臓六腑に染み渡る。

 

「う~ん、流石いい飲みっぷりじゃ。やっぱこうでなくてはのぉ」

 

 そう言いながら、佐渡先生も手に持ったコップ酒を一気に飲み干す。

 

 既に相当呑んでいたと思われるのだが、まるでサイダーのごとくゴクゴクとのどを鳴らして上手そうに美酒を仰ぐ。

 

 これでいて仮に今この瞬間に急患が発生しても、その手元は寸分たりとも狂うことはない。

 

「浴びる程酔っていようと佐渡 酒造、目も手も狂わんわい」が口癖の真に大先生である。

 

「折角なんじゃから、アンコールに応えてもよかったんじゃないかの?」

 

 酒がひとまず落ち着くと、佐渡先生から声が掛かる。

 

「もう充分みんな盛り上がってただろう。後は若いもんで騒げば良いんだ」

 

 会場内の乗組員たちを見ながら、私はそう返す。

 

 最初こそ物珍しさから盛り上がっても、二度三度と続けてやれば白けてしまう。それでは意味がない。

 

 それに私は自分が飲んで騒いで遊ぶのも良いが、若いものたちがにぎやかにやって楽しんでいるのを見るのも好きだった。

 

 部下の前で浴衣姿で踊るのもこれが初めてではない。率先して自分が騒いで、周りを盛り上げるのも、まぁ昔からの私の楽しみ方の一つと言えるだろう。

 

「しかし艦長、最近は評判が良くなったぞ」

 

「うん?」

 

「ほれ、初めの頃は正直嫌なことを言う者も多かったじゃろう?」

 

 赤くなった顔を撫でながら佐渡先生が言う。

 

「まぁ、敗軍の将だったからな」

 

 初めての訓示を行った時の、乗組員達の疑念混じりの表情や目つきを思い出す。

 

 実際、航海が始まったばかりの頃、戦闘による負傷者はほとんど無かったものの、張り詰めた日々によるストレスから救護室を訪れるものが多かったようだ。

 

 そうした者達が鬱憤晴らしに上官の悪口雑言を並べるのは世の常であるが、主なやり玉に上げられたのは私だった。

 

「有賀艦長は冥王星から逃げ帰ってきた人だ」

 

「任務を完遂せよって言っても、あの人が一番だらしないじゃないか」

 

「訓練ばかり厳しくて思いやりがないよ」

 

「だいたい名前からして不吉だよ。確か戦艦『大和』を沈めた艦長と同じ名前だろ」

 

 等々、散々に扱き下ろされていたようだ。

 

「今じゃ冥王星を堕とした艦長じゃからな。皆、大したもんだと言っとるよ」

 

「そうかね」

 

 悪い気はしないが、『メ二号作戦』の功績は私一人ではなく、皆が命懸けで得た成果だ。

 

 それを思うと、私一人があまり胸を張るわけにもいかない。複雑な心境である。

 

「そう言えばアナ公はどうした?」

 

 いつも助手である原田衛生士共々傍にいることが多いアナライザーの姿が会場内に見えない。

 

「あいつはいかん。わしの酒が飲めんと言うて、どっかに行ってしもうたわ」

 

「あー……」

 

 思わず苦笑する。

 

『ヤマト』乗組員一千名と云えど、この佐渡先生の酒の相手が務まるものは多くない。私に寄ってきたのも良い酒の相手がいなかったということもあるだろうが、ロボットにまで酒を勧めようとするとは。

 

 ──"前"の軍医長とはだいぶ違うな。

 

 ふいに、『大和』の第二艦隊司令部附軍医長だった石塚軍医少佐(戦死後中佐)のことが頭に浮かんだ。

 佐渡先生とは対照的にあまり酒を飲まず、常に学術書を読み、物思いにふけることの多かった人物だ。

 

「先生は地球との通信はどうするんだ?」

 

「ミー君を残してきているからの。ついでに預けている大家のババアとでも話そうか」

 

「良い人か?」

 

「冗談でもやめてくれぃ‼」

 

 本気で嫌そうな顔で怒鳴られる。

 

 私も知った上でのからかいだ。

 

 ただ、いざ通信を行うとなったタイミングで急患など起きねば良いがと、"彼"を思い出し、密かに祈る。

 

 佐渡先生がかたわらのテーブルに手を伸ばし、新しい一升瓶を開ける。見ると他に一升瓶が5本ほど並んでいる。他の乗組員たちが手を付けないところを見ると、まさか全部ひとりで飲むつもりだろうか。

 

 ──さすがにそこまでは付き合えん。

 

「先生、折角だがそろそろ他所を廻って来るので、今はここまで」

 

「何じゃい、有賀君までわしの酒が飲めんのか!?」

 

 もう既に飲んでいる……等と酔っ払いに言っても仕方がない。何とか躱して私はさり気なく一升瓶を一つ頂いて食堂を出た。

 

 ──後は若い者に頑張ってもらおう。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 大食堂を離れて、左舷の展望室に向かう。

 

 ここでも約40人ばかりが、意気甚だ軒昂。『銀河航路』が流れる中、テーブルを囲んで楽しげに騒いでいる。

 

 女物の浴衣を羽織った私が入っていくと、皆やはり"ギョッ"とした顔をしていたが、

 

「おいおい、気にしないで楽しめ」と一升瓶を掲げて声を上げると、皆再び各々過ごし始める。

 

 私も近くのだれかれを捕まえては、酒を注いで、しばしの雑談をして廻る。

 

 その中で私は平田 一主計長と山本 玲三尉を見つけた。

 

「おぅ主計長、山本三尉」

 

 赤道祭準備の時の会話を思い出して少し気まずいが、私は二人に声を掛けた。

 

「あっ艦長」

 

 私を認めると二人とも軽く頭を下げる。

 

「どうだ山本三尉、航空隊には慣れたか?」

 

「はい。……その、艦長にはご迷惑をお掛けして」

 

 山本三尉が恐縮した様子で言う。

 

 主計科だったころには見られなかった表情だ。

 

「あぁ、もういい、気にするな。結果として『メ二号』も成功に終わったことだしな」

 

「その代わりに、ただでさえ人手不足の主計科から優秀な若手が一人減ることになりましたけど」

 

 平田主計長が「少しはこっちの苦労も気にしろ」と言わんばかりの目で言ってくる。

 

 ──やっぱり覚えていたか。

 

「こういう時の食事の支度だって、フル回転で……」

 

「わ、分かった分かった」

 

 平田主計長の恨み節に私も両手を上げる。

 

『ヤマト』の寮母たる主計科を怒らせると怖い。

 

「ひ、平田主計長」

 

 山本三尉も流石に戸惑った様子で止めに入ってくれる。

 

「ははっ、冗談ですよ。元々山本君の強い希望でしたし、無下にはできません」

 

 笑って言う平田主計長にホッと一息つく。

 

 もっとも次の私の食事がフケ飯だったら、冗談ではなく本気ということになる。要注意だ。

 

「まぁ、そっちもそっちでおいおい考えるから、まずはこれで勘弁しろ」

 

 そう言って、なみなみと注いだ酒を平田主計長に渡す。

 

「山本三尉……にはそれがあったか」

 

 彼女の手にあるティーカップを見て、私は一升瓶を引っ込める。

 

 ティーカップの中には平田主計長こだわりのレモンティーが注がれている。

 

 佐渡先生の酒へのこだわりに負けず劣らず、平田主計長のレモンティーも絶品と評判だ。

 

 ここで酒の無理強いは無粋というもの。

 

「はぁっ……」

 

 山本三尉は何やら気のない返事をして、展望室内の一点を見つめていた。

 

 その視線の先には壁に寄りかかり、所在なさげにしている古代戦術長の姿があった。

 

 ──ふふーん。

 

「山本君、古代と話したいなら、行っておいで」

 

「えっ? あぁ、いえ……」

 

 中々いいタイミングで平田主計長が提案すると、山本三尉の顔が赤くなる。

 

 本当に主計科時代とは別人のような顔だ。

 

 ふと見ると古代戦術長は壁から身を離して、展望室の外へ出て行こうとしていた。

 

 その姿はどことなく上の空で、元気が無いように見える。

 

 それと同時に山本三尉は紅茶を飲み干すと、「失礼します」と同じく外へ歩いて行った。

 

「主計長もうまいな中々」

 

「山本君の異動には古代の強い推薦もありましたからね。落ち着いて話したいなら今だろうと思いましたよ」

 

 ……なんだか少し私の思っているのとは違うような気もするのだが、まぁ良いだろう。

 

「そう言えば主計長は戦術長や航海長とは同期だったな」

 

「はい。と言っても、私は少し遅れてしまいましたが」

 

 平田主計長は今年で23歳になり、古代戦術長や島航海長よりも3歳年長である。

 

 それが何故同期生であるのかと言えば、別に成績不良ではないし、前世の我が戦友 古村 啓蔵のように病を得たわけでもない。

 

 彼は元々経理学校の出身で、課程修了後に士官学校へ転籍して宇宙海兵隊科目であるCQB(近接戦闘)や陸戦術を1から専攻したという経緯があった為である。

 

 尤もこれは平田主計長に限った話ではない。国連宇宙軍では「第二次火星沖会戦」の後、本土決戦に備えるという名目で主計科、衛生科といった本来戦闘には従事しない者にも陸戦術の訓練が義務付けられていた。

 

「現在のような重大局面に兵科も事務もない。軍人たる者皆が一丸となって決戦に備えなければならない」

 

 そう言ったのは芹沢 虎鉄軍務局長である。

 

 結果として国連宇宙軍では軍属等一部を除いた全員が、ある程度の銃器や兵器の扱いができるようになっており、この『ヤマト』でも、いざとなれば主計科でもミサイルの10発ぐらいは撃ち落とせるだろうと言われている。

 

「貴様はどうして主計科を希望したんだ?」

 

 人事表を見た時から、少しそこが気になっていた私は尋ねた。

 

 確かに主計科員としての腕は良いし、気の利く男であるが主計科は出世コースではないし、花形でもない。その気になれば、別な道を選ぶこともできたはずである。

 

「一時期は戦闘部隊を希望していたこともあったのですが……」

 

 酒が入っていた為か、平田主計長はその動機を語ってくれた。

 

 ガミラスとの戦争が激しくなる中で、自分もまた戦場で戦わなければならないと思い、戦闘訓練に励んでいた平田主計長であったが、その中で彼は補給というものが意外に厄介な問題であることに気付いた。

 

 経理学校で主計というものを学んでいたものの、いざ戦場にあって、膨大な量の物資や食料を調達し、それの配布を実践しようとすると、これが至難の業だった。

 

 情勢は常に流動変転し、必要な物資の種類や量は前触れなく変わることなどは日常茶飯事だし、運ぶ時には激しい戦火の中を駆けて行かねばならない。

 

 これを担当する主計は人気がない。多くは戦闘や航海、航空といった道へ行きたがる。

 

「私の同期には古代や島のように優秀で目立つ奴が多かったですからね。それこそ私よりもずっと」

 

 だが、腹が減っては戦はできぬ。主計は誰かがやらなければならない大事な任務だ。

 

 だから自分が志願しようと思ったのだと。

 

「古代や島はそんな私を理解してくれましてね。お互いそれぞれのプロフェッショナルになろうと誓った仲です」

 

 懐かし気な表情で彼は言った。

 

 実際に今それぞれが戦術、航海、主計の責任者として『ヤマト』に揃っている。私としても感心するしかない。

 

「ただ、それでも時々戦えない自分を負い目に感じてしまう事もあるんです。それだけに山本君の気持ちも分かりますし、どこかで羨ましいとも思いますよ」

 

「山本三尉か……」

 

 主計科から航空隊を志願し、そのまま突っ走った彼女は、ある意味"もしも"の平田主計長の姿なのかもしれない。

 

「彼女が航空を志願した理由は知ってるか?」

 

「いえ、詳しくは。加藤隊長なら知っているかもしれませんが……」

 

「加藤隊長?」

 

「えぇ、何でも山本君のお兄さんと親友だったとか……」

 

 そこまで話したところで、「主計長、ちょっと‼」と彼の部下であろう主計士の声がした。

 

「おっと艦長、失礼します」

 

「おぅ。今度俺にもレモンティーを馳走してくれ」

 

「えっ、まだ艦長には飲んでいただいていませんでしたか?」

 

「コーヒーが多かったからな。たまには貴様自慢の紅茶を飲みたい」

 

「では今度是非」

 

 そう言って笑みを浮かべた主計長は去った。

 

 ──山本三尉の兄貴か……。

 

 後でちょいと聞いてみるかと思いながら、私も左舷展望室を後にした。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 右舷側展望室へ向かう途中で、今回の太陽系赤道祭メインイベントともいうべき地球との交信が行われている予備通信室を見て廻る。

 

『大和』では一ヶ所の電信室で全ての通信を管理していたが、『ヤマト』に於いては第一、第二艦橋に通信設備が置かれている他、それらが戦闘等によって使用不可能になった場合に備えて、バイタル・パート内に予備通信室が幾つか設けられている。

 

 本来、非常時以外は閉鎖されていて人気の少ないこの場所には、地球との交信を控えてソワソワしている乗組員たちが列を作って、順番を待っている。

 

 聞けば順番はくじ引きで、一人3分の持ち時間だそうだ。

 

 短いのではと思われるかもしれないが、『ヤマト』には超空間通信に使用できる回線が三つしかなく、通信圏外に出てしまうまでの時間で希望者全員が交信するとなるとこれが限界であった。

 

「調子はどうだ?」

 

 タブレットを持って通信者の整理をしている森 雪船務長に声を掛ける。

 

「皆さん協力的で、とてもスムーズに進んでいます」

 

 と、穏やかな笑みでの返答。

 

 見れば列の中には徳川機関長や島航海長の姿もあるが、特に順番を争ったりするような様子はない。

 

 こういう時には士官も准士官も士卒もなく、皆平等である。

 

 そこで通信室の扉が開き、通信を終えた乗組員が出てくる。

 

「子どもが生まれたんだ。畜生っ、二人で名前を考えるだけで持ち時間が終わっちまったよ‼」

 

 泣き笑いの表情で、興奮混じりに走り去っていくその乗組員を皆が暖かな目で見送る。

 

「誰だ、あのおめでたさんは?」

 

 私が周囲にそう聞くと島航海長が、

 

「航海科の桜井 健児ってやつです」

 

 と教えてくれた。

 

 ちなみに、この時生まれたのは男の子で、「洋一」と名付けられたと後に聞いた。

 

「次は徳川機関長ですよ」

 

「おぉっ、儂か!?」

 

 森船務長に促された徳川機関長が目を輝かせる。

 

「機関長は誰と話すんだ?」

 

「息子夫婦と、それに孫がおりましてな。あぁ、失礼します」

 

 ウキウキと待ちきれない様子で、徳川機関長は通信室に入っていった。

 

 あの様子だと孫に会いたくて堪らないのだろうなと思う。

 

「公平を期す為に自動的に切れるように設定されていますので、皆さん話し残すことが無いよう、前もって考えておいてください」

 

 森船務長を補佐する船務科の岬 百合亜准尉が後を待つ乗組員たちに注意を促している。

 

「元気だな岬准尉は」

 

 岬 百合亜准尉は、若い乗組員が多い『ヤマト』でも最年少の17歳。まだ学生らしいあどけなさを残す女性士官である。

 

 ちなみに国連宇宙軍に於ける准尉とは、帝國海軍のような最上級下士官の事ではなく、三尉に任官する前の見習い士官、謂わば少尉候補生と同意である。

 

 嘗て『大和』に乗り組んだ候補生は、『大和』の沖縄出撃が決まった時点で乗艦僅か3日。配置にまだ慣れていない状況で訓練も十分ではなく、これではとても連れていけないと判断して退艦させたが、『ヤマト』乗組みの准尉達は、元々"イズモ計画"の為の特殊訓練を事前に受けていた為、艦全体のことはともかく、それぞれの配置については艦長の私よりも詳しい。

 

 見習いとは言え士官である為、一応艦長の直接指揮下であるが、本来接する機会は多くない。

 

 しかし岬准尉に関しては、森船務長の交代要員として第一艦橋のレーダー席勤務がある為、既に顔と名前は完全に覚えていた。また最近になって、ある理由から直接顔を合わせて話す機会が良くも悪くも多くなっている。

 

「そう言えば、あれは今日からだったか?」

 

「あれ、ですか?」

 

「ほれあれだ。確かYMC……」

 

「YRAですっ、艦長‼」

 

 森船務長と話す中で、岬准尉が割って入り訂正される。

 

「あっそうそう、それだ。すまんすまん」

 

 彼女の言うYRAとは、後に『ヤマト』名物の一つとなる艦内限定のラジオ放送 『YRAラジオヤマト』の事である。

 

 イスカンダルへの航海中における乗組員達の貴重な娯楽として愛されることになるこの試みは、この太陽系赤道祭において記念すべき第一回が放送される予定となっている。

 

 この『YRAラジオヤマト』の発案者で、DJを務めるのが誰あろう岬准尉である。

 

「そう言えば今日からだったわね。岬さん、そっちは大丈夫なの?」

 

「はいっ、大丈夫です。準備万端ですっ‼」

 

 森船務長の問いかけに元気よく答える岬准尉に思わず笑みがこぼれるが、このラジオを始めるまでに起こったエピソードを知っていると少し心配にもなる。

 

 例えば、岬准尉から「ラジオ放送を始めたい」という要望を最初に私が受けたのは、あろうことか彼女が准士官以下の者は立ち入り禁止の区画に無断で立ち入ったとして、保安部に引っ立てられてきた時だった。

 

 何事かと思えば艦内放送を行えるような部屋がないか探していたとのことで、事情を聴いた私は、その熱意は買うが規律はちゃんと守ること、一人だけで勝手にやるなと口頭注意をした上で、発想は面白いから艦内活動としてラジオ放送の計画書を正式に作るようにと命じたものだった。

 ──余談ながらこの時以来、彼女は私と顔を合わせる度に何処か怪訝そうな表情をするようになったのだが、何かあっただろうか? 

 

 ともあれ、このように岬准尉は思い込んだら一直線と言うべきか、若さゆえの真っ直ぐさと、それに逸って色々とすっ飛ばして行動を起こす危なっかしさがある。

 

 その後もこの『YRAラジオヤマト』を巡って、岬准尉は艦内で数々のドタバタ珍騒動を巻き起こして、私や森船務長を悩ませることになるのだが、その話だけで本ができてしまうので、ここでは割愛させていただきたい。

 

 その時、通信室から徳川機関長が出てきた。

 

 入っていくときの浮ついたような様子からは一転して、思い詰めたような表情で俯いて、しばらく立ち尽くしてしまう。

 

「機関長、大丈夫ですか?」

 

 森船務長が声を掛けると、「あぁすまん、大丈夫」と力ない笑みを浮かべ、目を拭いながらその場を後にする。

 

 いったいどんな話を家族としたのかは分からないが、普段陽気な徳川機関長なだけにその姿は痛々しかった。

 

「艦長は通信されますか?」

 

 徳川機関長に代わって島航海長が入ったところで、森船務長から聞かれる。

 

「いや俺はいい。相手がいないからな」

 

 何気なく答えてしまったのだが、それを聞いた森船務長や岬准尉達が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、「しまった」と思う。いらん気を遣わせてしまったようだ。

 

「そろそろ行く。邪魔したな」

 

 どうもこれ以上ここにいない方が良さそうだと思った私は、少し気まずい気持ちでその場を後にした。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 太陽系赤道祭における地球との交信は、様々な話題を生んだ。

 

 当時の乗組員達からの証言や提出された感想文に基づき、本人から了承された範囲内でその胸の内を一部記させていただく。

 

 島 大介航海長は先述したように父親の島 大吾宙将を戦争で無くしており、地球には母親と幼い弟の次郎君を残していた。

 

 通信が繋がった時には折悪しく母親は外出しており、自宅には次郎君のみが在宅していた。若干の落胆を感じながらも、短い時間を無駄にしないよう次郎君と近況を伝え合い、話すことのできなかった母親への伝言を頼んだ。

 

 ところがタイミングが良いのか悪いのか、もう後二十秒で交信終了という所で母親が帰宅。次郎君に呼ばれて大急ぎで駆けてくる母親とせめて一言だけでもと思い、「母さん‼」と大声で叫んだ島航海長だったが、無情にも画面の端に母親の顔が映った瞬間に交信終了という、何とも心が残る形となってしまった。

 

 今回の地球との交信は時間の都合もあり、それぞれ事前に順番を決めて、地球の家族に予め伝えておいて、お互いに準備をするという事が出来なかった。

 

 その為、島航海長のように通信が繋がったは良かったが、相手が在宅していなかった為に何も話すことが出来ず、むなしく終えた者も数多い。

 

 中には在宅していたものの、相手が着信に気付かなくて、遂に話せずに終わった不運の人もあった。

 

 また、上手く交信することができた者も、決して心晴れやかなものばかりではなかった。

 

 戦術科の上条 弘一曹は、生まれて間もない長男の了君が流行り病に掛かり、三九度の高熱を出して、夫人も体調を崩してしまい、大変な状態になっていることを知った。「すぐに病院に行け。俺は大丈夫、必ず帰るから」と伝えたが、病床の妻子の安否を思う上条一曹の心は千々に乱れていた。

 

 この上条一曹のような例もまた多く、中には父親の危篤を知らされて、結局それが最後となってしまった気の毒な者もいた。

 

 地球との交信は、乗組員達の心に悲喜交々様々な想いを植え付けることとなった。

 

 結果として、この内鬱屈した想いを抱えながら外宇宙へと出た者たちの一部が、やがてそれを爆発させてしまう時が来るのである。

 

 この時の私はそのことを知る由もない。

 

 

 

 

 


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