アルガユエニ   作:佐川大蔵

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一部オリジナル解釈があります。


第一章「遥かなる旅立ち」篇
第一話 「メ一号作戦」


 無限に広がる大宇宙。

 

 静寂と光に満ちた世界。

 

 死んでゆく星もあれば、生まれてくる星もある。

 

 生命から生命へと受け継がれる大宇宙の息吹は永遠に失われることはない。

 

 そうだ、宇宙は生きているのだ。

 

 そして今――

 

 大宇宙の片隅で、終末の時を迎えようとしている惑星があった。

 

 宇宙において様々な呼び名があるが、現地に住む生命体は、その惑星を『地球』と呼んでいた。

 

 

―――――

 

 

 ―――それは突然やってきた。

 

 今から八年前、人類は永きに渡って抱き続けてきた一つの疑問に結論を得た。

 

 “地球外に知的生命体は存在しているのか”

 

 その答えが“是”とされたのである。遠き宇宙からの来訪者によって。

 

 西暦2191年4月1日。エイプリルフールの日に太陽系外縁に現れた謎の宇宙艦隊に対し、国連宇宙海軍は史上初となる太陽系外からの侵入に対する防衛行動に入った。

 

 出動した国連宇宙海軍・太陽系外周連合艦隊は、地球人類有史以来の悲願であった外宇宙知的生命体の来訪に対し、可能な限り穏便に対処するべく、交流を求めるための交信を試みた。

 

 多くの人々は不安とともに、異星人との友好関係の構築が出来ることを期待した。それは地球人類の新たなる進歩の始まりになるであろうと・・・・・・。

 

 だが、その思いは異星人と初めての接触を行なった宇宙巡洋艦『ムラサメ』の撃沈という最悪の形で裏切られた。

 

 彼らの答えは、友好の言葉ではなく、一切の情け容赦のない攻撃だったのだ。

 

 この事件を持って国際連合は、この謎の異星人――"ガミラス"を宣戦布告も降伏勧告すらなしに攻撃を掛けてきた一方的な侵略者と断定し、全面戦争にまで発展した。

 

 最初の接触時に指揮不手際の責任を問われた当時の太陽系外周艦隊司令長官・沖田十三宙将の解任と同時に、人類は太陽系内周艦隊及び、外周艦隊残存艦から成る連合艦隊の総力を挙げて火星宙域で報復戦に臨んだが、この「第一次火星沖海戦」は、地球人を遥かに凌駕する高度な科学力・軍事力を有するガミラス艦隊にまったく歯が立たず、ことごとく返り討ちにあった。

 

 それと前後するようにガミラスは地球に対して隕石型爆撃兵器――遊星爆弾と命名――によるロングレンジでの本土無差別爆撃を行い、結果世界の主要都市は破壊され、廃墟と化してしまった。

 

 二十一世紀に、とある宇宙物理学者が唱えた警鐘通り、彼等はかつてのアメリカ大陸におけるコロンブスよろしく、先住民を虐殺し始めたのだ。

 

 西暦2198年には、地球本土に直接攻撃を加えんと襲来した大艦隊及び上陸部隊に対し、火星軌道を絶対防衛線として迎え撃つ連合宇宙艦隊との間に「第二次火星沖会戦」が勃発。この戦いに於いて残存戦力を全て結集させ、沖田十三宙将を再び司令長官に迎えた連合宇宙艦隊は、奇跡的とも言える大勝利を得、以後ガミラス艦隊による本土上陸作戦は断念させることに成功した。

 

 しかし、その後彼等は攻撃法を遊星爆弾に絞って徹底的に行い、地球全土を生物の生存が不可能になるほどに破壊し尽くした。

 

 そして西暦2199年、たて続いた遊星爆弾の攻撃によって、大地は焼き尽くされ、海が干上がり、大気を汚染された地球。かつてソ連の宇宙飛行士Y・ガガーリンが語った青い地球の姿は既になかった。

 

 だが、人類はまだ屈しなかった。

 

 人類は、先の内惑星戦争時に築かれていた地下都市へと避難し、抵抗を続けていたが、もはや連合艦隊は壊滅寸前であり、民衆はエネルギー不足、飢餓、暴動により苦しみ喘いでいた。

 

 しかも、地表の汚染は着実に地下をも侵し始めており、科学者によって、およそ一年で人類の生存可能な場所は無くなってしまうという分析結果が出るなど、地球は四面楚歌の状況であり、断崖絶壁に追い込まれた完全にお先真っ暗、打開不可能な状態に置かれていた。

 

 国連宇宙海軍・極東方面空間戦闘群・連合宇宙艦隊・第一艦隊が最後の艦隊決戦を挑むべく出撃したのはこのような情勢下であった。

 

 

―――――

 

 

「レーダーに感。艦影多数、右舷四時方向、距離十万キロ、高速接近中」

 

「敵艦隊速力27Sノット」

 

 おいでなすったな、ガミ公。

 

 艦橋直下のCICからの報告に総員に緊張が走る。

 

「電波管制解除、艦種詳細知らせ」

 

 努めて冷静な声で、私は命令を下す。

 

「超弩級宇宙戦艦一、戦艦七、巡洋艦二十二、駆逐艦多数」

 

「複数の単縦陣で接近してきます」

 

 スクランブルで出てきたにしては随分と多い。待ち伏せされたか。

 

 戦力差は主力艦で8:1、中小艦で10:1、まるで話にならない。

 

 敵さんはどうやら本気で、我々を叩き潰す気で来たようだ。

 

「合戦準備!!」

 

 宇宙巡洋艦『チョウカイ』の艦内は迫り来る驚異に対抗するべく、殺気と恐怖が充満している。

 

 ――さて、俺たちはどう動くのか。

 

 CICからは絶え間なく敵艦隊の動きが報告されてくる。

 

 四時方向。即ち我が艦隊の右舷後方から接近してくる敵は、このまま進み続ければ、丁度「イ」の字を書く形になる。

 

 そうなれば我が艦隊は、文字通り尻を撃たれる格好になる。

 

 我々の立場からすれば、少なくともその陣形は、逆でなければならないが・・・・・・。

 

「CICより艦橋。旗艦より通達、艦隊進路、右三十度一斉回頭」

 

「よろしい。航海、旗艦に続け。面舵三十、第五戦速なせ」

 

「おもーかーじ」

 

「第五せんそーく」

 

 水谷寛雄航海長の間延びした復唱とともに、『チョウカイ』は右舷へと転舵を開始し、増速する。

 

 前方の『キリシマ』や後方に続く艦も、同様の航路をとっているだろう。

 

 転舵することでせめて「丁」字でありたいと思っていたが、敵もさるもので即座に右舷へと転舵を開始した。

 

 どうやら、一定の距離を置いての同航戦となりそうだ。

 

 ――それだと、ちと困るのだがな。

 

「艦長、敵艦隊旗艦より本艦隊への通信傍受」

 

 ――何だ、何だ。敵からの通信?

 

「『地球艦隊ニ告グ、直チニ降伏セヨ』以上」

 

 読み上げられた通信内容に、私は頭に血がのぼってくるのを感じた。

 

 何を言うか。黙れ黙れ、何が降伏せよだ。こちとら戦わずして頭垂れに来たんじゃないんだ!!

 一体敵将はどんな面してこんな勧告をマイクに向けて喋っているのか。今すぐマイクのスイッチから手を放しやがれっ!!

 

 そう叫んでやりたいが、敵艦隊の通信に関しては旗艦に一任されているから、我々は歯軋りしながら聞いているしかない。

 

「『キリシマ』より敵艦隊へ返信『バカメ』以上」

 

 心なしか愉快げな古川勇通信長の声に、私も全く同感だった。

 

 さすがは沖田提督。艦隊乗員全員の気持ちをそのままぶつけてくれた。

 

 ちなみに相手からの返事は“ザーザー”という雑音と、CICから砲塔の回転を伝えてきた。

 

 トサカに来たかな、こりゃ?

 

「これより戦闘――右砲雷戦!! 目標、右舷九十度、距離七五〇〇の敵巡洋艦!!」

 

「せんとーう!!」

 

 独特の抑揚が効いた復唱が艦橋に響き渡り、『チョウカイ』の砲塔が動き出す。

 

 ちなみに『キリシマ』は近年実施された改装で第二砲塔が艦橋と連結しており、砲塔と共に艦橋も回転するシステムになっているが、『チョウカイ』他の戦闘艦には備わっていないため、我々の視界はそのままである。

 

 その時、敵側から薄紅色の閃光が光り、真っ直ぐとこちらへ向かってきた。

 

「敵艦発砲!!」

 

 CICからの報告など聞くまでもなく、それはすぐ目の前まで迫る。

 

 見る人によっては、非常に美しく幻想的な光景と写ったかもしれない。

 

 だが、その光は自分たちの命を奪わんとする意志に満ちた破滅の光だった。

 

 幸いとは到底言えないことだが、この攻撃は『チョウカイ』を狙ったものではなかった。

 

「『ユウギリ』轟沈!!」

 

「『クラマ』戦列を離れる」

 

 光の直撃を受けた僚艦が、紙細工のように引き裂かれ、爆散する。

 

「艦長、まだですか!?」

 

 田中一郎砲雷長が怒鳴るように尋ねてくる。

 

「まだッ!! まだまだッ!!」

 

 砲撃は旗艦の発砲とともに開始されることになっており、私もこの時点までは自重を保っていた(沸き立つ血潮と、武人としての本能は別だ)。

 

「旗艦より通達、射撃開始です!!」

 

 やっとか。

 

 既に射撃諸元の算出は完了しており、艦橋では田中砲雷長が、最終的な射撃命令を次々と下し、各砲塔が微妙な調整のために動き・・・・・・。

 

 やがて止まる。

 

「射撃用意よし!!」

 

 田中砲雷長の言葉に、私は裂帛の声で叫ぶ。

 

「撃ち方始めぇ!!」

 

()ぇ!!」

 

 旗艦『キリシマ』の発砲とほとんど寸分違わずに『チョウカイ』も発砲。更に後続の艦艇も次々と発砲する。

 

 大小合計一七四もの黄緑の火線が、七五〇〇先の敵艦隊に向けて一直線に向かう。

 

 つい先程とは攻守逆の光景。

 

 それから数秒後。

 

 一七四発の火線はそれぞれの目標に寸分違わず命中し・・・・・・。

 

 ―――その全てがあさっての方向へと弾き飛ばされた。

 

 軽く“コン”“カン”といった具合にアッサリと、我が火線は漆黒の闇に拡散する。

 

「やっぱりか」

 

 その光景を目にした瞬間、私は思わず舌打ちをする。

 

 指揮官として相応しくない振る舞いとは分かりながらも、心中の負の疼きは抑えられなかった。

 

 周囲を見渡せば、皆似たような顔をしている。

 

 彼らの表情は当然であった。

 

 この光景は、開戦以来何度となく繰り返されてきた結果。それが再現されただけだった。

 

 理由は簡単。

 

 単純に我々の砲撃力が敵の装甲を貫ける威力がないのだ。

 

 言うまでもないが、二十二世紀末の今日の砲撃は主としてフェーザー、光線といった所謂光学兵器であり、実弾砲撃を行うことは稀である。

 

 私自身は素人なのであまり詳しい原理は分からないが、ガミラス艦の装甲は、とてつもなく強固な物質で出来ている上に、光学兵器によるダメージを反射、軽減する何らかのコーティングが施されており、この装甲を破るには、光線・実弾共に、それを上回る貫通力が必要だが、地球製の兵器では、戦艦に搭載されるものですら、ガミラス駆逐艦の防壁を貫通するには威力不足であるそうだ。

 

 恒星間を楽々移動できるほどの出力をもった機関の余波は、ある程度のシールドの役割を果たしていることが、この少し後に『ヤマト』で立証されることになる。

 

 敵艦隊は、そんな我々の貧弱さをあざ笑うかの如く、更なる射撃を浴びせてくる。

 

「『アブクマ』『シマカゼ』撃沈」

 

「『イソカゼ』被弾、戦列を離れます」

 

「『フユツキ』より通信『我、操艦不能』」

 

 新たな敵砲火は、これまたアッサリと僚艦を屠っていく。

 

 負けじとこちらも撃ち返しているが、沈むのは友軍艦ばかりで、敵艦は撃沈どころか装甲に穴を開けることすらできていない、精々かすり傷といったところか。

 

 ――くそぅ、このままじゃダメだ。

 

「副長、どうもいかんな、これは」

 

「いけませんか?」

 

 艦橋の一段下のCICに陣取る三木幹夫副長兼船務長の、少なくとも表面上は冷静な声が帰ってくる。

 

「そうそう、そういう時、タバコを吸うもんなんだよ」

 

 私はそう言ってタバコを懐から取り出し火を点ける。

 

 三木副長のため息が聞こえたが ――ちなみに『チョウカイ』の艦橋は禁煙である―― これなくして戦ができるものか。

 

 昔はみんなこんなもんだったのに・・・・・・。

 

 世の禁煙主義にやや辟易としながら、煙が体内に入ると同時に、自然と笑みが浮かんでくる。

 

 同時に心には余裕、頭は冴えてくる。

 

 ――この乱戦じゃ衝撃砲(ショックカノン)は使えないしな。

 

 衝撃砲(ショックカノン)は、正式には『陽電子衝撃砲』と呼ばれる、『キリシマ』と、『チョウカイ』等の巡洋艦に、単装固定砲として艦首に搭載されている超兵器だ。

 

 『チョウカイ』に搭載された衝撃砲(ショックカノン)は口径二十センチ。通常の光線砲と同口径だが、それに使用される出力は搭載艦の全エネルギーという膨大なもので、理論上はガミラスの戦艦級を一撃で轟沈できるという代物だ。

 

 事実、かの『第二次火星沖海戦』の折、国連宇宙海軍は、この兵器の集中運用を以てして、ガミラス艦隊に勝利を収めている。

 

 しかし弱点として、その構造上、照準を艦自体の姿勢制御にて行なうこと、さらに全エネルギーを使用することの必然として、使用前後は艦の推進をストップさせねばならない。

 

 この乱戦の中で、それをすることは自殺行為に等しく、とても無理というものだ。

 

 となれば、残る手は一つ――。

 

 1/3程吸ったタバコを“ポイッ”と放って(残りはまずいからだ)、私は立ち上がった。

 

 ――よぉし、やるか!!

 

「機関最大戦速。航海、敵中へ突っ込むぞ、面舵三十」

 

「か、艦長!?」

 

「この艦じゃ、それぐらいしないと有効打にはならん」

 

 少なくとも命令違反ではない。

 

 旗艦からは、乱戦にあって隊列を維持しろとは言ってきていない。

 

 三木副長の狼狽も解からんではないが、戦場にあっては常に臨機応変でなければならない。

 

 確かに接近すればそれだけ敵砲火の命中率、被弾の際の被害の増大。また、単独行動艦への集中砲火もあるだろう。

 

 だが、それは今このままでも同じことだ。

 

 現時点で、こちらの光学兵器が通用しないのは見ての通りだし、実弾攻撃にしたところで、まともな運用法では威力不足であることが既に過去の戦いで立証されている。ダメージを与えるには、もっと近づかなければならない。

 

 それに、この艦が集中的に狙われればその分他艦への攻撃は弱まる。本望というもの。

 

「いくぞ、当たらなければどうということはない!!」

 

「おもーかーじ!!」

 

 覚悟を決めたらしい水谷航海長の復唱と共に、『チョウカイ』は右舷へ転舵し、同時に『キリシマ』へ『我、突撃ス』という信号を発すると猛然と突撃を開始した。

 

「砲雷、距離二〇〇〇を切ったら撃ちまくれ」

 

「二〇〇〇!? いくらなんでも近すぎます!!」

 

 田中砲雷長の抗議は、ほとんど悲鳴に近かったが、私は動じない。

 

「肉薄攻撃やるんだからそれぐらいでいいんだ。なァーに、天運ってのは仕掛けた方に味方するもんだ。為せば成る!! 思いっきり逝けぇ!!」

 

「えぇい、了解ィ!!」

 

 田中砲雷長の半ばヤケクソ気味の復唱に、私はニンマリとしつつ、前方を見遣る。

 

 敵艦隊はこちらの意図に気づいたと見えて、すぐさま『チョウカイ』目掛けて射撃を開始した。

 

 光がすぐ脇をすり抜け、時折艦が振動するが、驚く程当たらない。

 

 だが私からすれば別に驚くに当たらない。

 

 敵に向かって攻撃姿勢を取る艦は正面が小さくなる。逃げようとして動くと横向きになって大きくなる。

 

 前世からの経験則で私はそれをよく理解していた。

 

 とは言え、このままではそれも時間の問題だし、今指揮しているのは小型の駆逐艦ではなく巡洋艦だ。

 

 どうしても機動性という点で劣ってしまう。

 

「前甲板VLS開放。空間照明弾、発射始めぇ!!」

 

 距離二〇〇〇まであと少しというところで、私は命令を下す。

 

 これは、攻撃ではなく敵の照準を妨害することが目的だった。

 

 空間照明弾は、文字通り空間を照らすためのもので、本来はかつての信号弾、目視での光学測定補助用のものだが、この至近距離で放てば相手の目視照準だけでなく射撃レーダーの妨害すら可能で、下手なレーダー妨害よりよほど有用だ。

 

「空間照明弾、弾着。敵艦隊の動きに乱れあり」

 

 狙いはあたり、一時的ではあるが敵は混乱している。

 

 その隙を見逃す私ではない。

 

「艦首魚雷全管、()ぇ!!」

 

 かつての駆逐艦とちがい、魚雷発射時に転舵しなくていいのは私にとって大きな強みだ。

 

 私の号令とともに放たれた魚雷は、無限の加速をつけながら敵駆逐艦後部に全弾が命中。後部エンジン部の隔壁を突き抜けて内部に浸透、誘爆を起こし、粉微塵にする。

 

「敵艦に四発命中、撃沈!!」

 

 やったぞ!! 地球製の貧弱魚雷といえども、これだけ接近すれば、如何なガミラスと言えども平気ではいられなかったようだ。

 

「十時の方向より敵艦接近、距離三七〇〇」

 

「主砲斉射、()ぇ!!」

 

 一隻撃沈に沸き立つ暇もなく、敵は文字通り上下前後左右至る方位から向かってくる。

 

 だが、数頼みの密集陣形に斬り込まれた身。到底統制のとれた動きではなく、我が『チョウカイ』は敵の真っ只中を縦横無尽に走りまくり、主砲、魚雷を撃ちまくった。

 

 至近距離での殴り込み戦法のため、魚雷は元より殆ど成果のなかった主砲も効果を上げてきている。

 

 この最中私は正直楽しんで戦っていた。

 

 撃たれっぱなしだった我々は今、ただ一艦にて敵大艦隊を翻弄しているのだ。

 

 よし、いけるぞ―――。

 

 そう思った次の瞬間、“ピカッ、ピカッ”と至近で閃光がきらめくとともに、凄まじい衝撃が走る。

 

 身体が大きく揺れ、軍帽がずれ、視界が遮られ真っ暗になる。

 

 ――あっ、畜生、やりやがったな。

 

「被害報告!!」

 

 急いで軍帽と体勢を整え、状況を確認する。

 

「右舷前部、左舷後部に二発被弾、機関出力低下」

 

「右舷スラスター損傷、使用不能!!」

 

 まずい。これじゃ左舷スラスターを使用しての面舵しか取れない。

 

 片方にしか動けないんじゃ、これまでのような機動性は期待できず、格好の的だ。

 

 いよいよまずいかなと思った時、別方向から黄緑の火線が飛んできた。

 

「艦長、味方艦一隻、敵中に突入しつつあり」

 

「どの艦だ?」

 

「駆逐艦『ユキカゼ』です」

 

 艦隊に先駆けて進撃していたはずの『ユキカゼ』が味方の劣勢を見て引き返してきたのだ。

 

 『ユキカゼ』は『チョウカイ』を甚振らんと余裕を見せ始めていた敵艦隊の隙を見事に付き、敵中に突入していく。

 

「古代の奴・・・・・・」

 

 『ユキカゼ』の艦長は、勇猛果敢で、若さ溢れる古代守三佐だ。

 

 全く味な真似をしてくれる。この俺を隠れ蓑にするとは。

 

 突撃戦法といい誰に似たのやら・・・・・・。

 

 ともあれ、『ユキカゼ』突入に伴い敵艦隊の陣形が乱れ、丁度右舷に穴ができた。

 

「仕方ない、転舵反転、一旦下がるぞ。応急班、スラスター修理を急げ!!」

 

 舵がこのままでは、不利は否めないがまだ他の戦闘システムは健在だ。舵の補修さえできればまだ戦える。

 

 だが転舵を終えた瞬間に『チョウカイ』を襲った衝撃は、『チョウカイ』と私の運命を変えた。

 

「どうした?」

 

「左舷前方に至近弾、左舷スラスター損傷!!」

 

「なにィ!?」

 

 なんと、『チョウカイ』が引き下がるのを見咎めた敵艦の放った攻撃が、こともあろうに左舷に命中。スラスターを故障させてしまったのだ。

 

 両舷スラスターをやられた『チョウカイ』は転舵が完全に不能になり、直進しかできなくなってしまった。

 

 ――冗談じゃない!!

 

「修理急げ!!」

 

 『チョウカイ』は旗艦『キリシマ』に「我、敵弾ニヨリ舵故障、一時避退ス」と信号を送ると、全力で修理作業に取り掛かった。

 

 進路は丁度進撃してきた航路と逆方向であり、このままでは意図せず戦場から遠ざかるばかりである。

 

「艦長、レーダーに感、未確認艦(Unknown)高速にて接近!!」

 

 CICからの報告に、緊張が走る。

 

 畜生め、奴ら追いかけてきやがったか。

 

「データ解析急げ」

 

 未確認艦(Unknown)とするとあるいは初陣の新型艦か、まさか地球の未登録船舶じゃあるまい。

 

未確認艦(Unknown)速力、光速のおよそ30倍超、まもなく本艦右舷を通過!!」

 

 その報告に私も含めて、全員が仰天してしまった。

 

 ――おいおい、惑星間航行速度なんか遥かに超えてるぞそれ。

 

 そう思っていると、迎撃準備もそこそこのうちに未確認艦(Unknown)は我々に見向きもせずに通過してしまった。

 

 どうやらレーダーの故障でも、船務士のミスでもなかったようだ。

 

 あれじゃ数分で内惑星まで行ってしまう。

 

「通信、至急『キリシマ』及び司令部に打診しろ。高速未確認艦(Unknown)、冥王星軌道通過。数分で内惑星軌道に到達の恐れ大――」

 

「艦長、駄目です」

 

 私の言葉を遮るように古川通信長が言葉を発する。

 

未確認艦(Unknown)があまり至近を高速で通過したため、通信用のアンテナが破壊されています」

 

「レーダーにも損傷アリ、長距離レーダーブラックアウト。近距離レーダーに切り替えます」

 

 その船が、絶望の淵にいる我々に最後の希望を届ける船であることは、神ならず、そしてこの作戦の主目標を知らされなかった身では知る由もなかった。

 

 少なくともこの時点では、『チョウカイ』に少なからずダメージを与えていった船だった。

 

「艦長、スラスターの応急修理完了、舵使えます」

 

「よし、転舵反転、戦闘宙域に戻るぞ!!」

 

 待ちに待った報告に『チョウカイ』は直ちに転舵し、戦闘宙域に艦首を向けた。

 

 通信システムが不通の為、戦況は分からないが劣勢であることは疑いないだろう。一刻も早く戻り、たとえ一艦でも戦わなければならない。

 

 戦場に戻るべく猛進する『チョウカイ』だったが、戦闘宙域よりかなり手前の地点でCICから思わぬ報告が入る。

 

「レーダーに感。右舷三〇度、距離八〇〇〇。識別信号グリーン、戦艦『キリシマ』です」

 

 何故?

 

 冥王星で艦隊指揮を採っていたはずの『キリシマ』が、何故戦場からこんなに離れた場所にいる。

 

 驚いたのはどうやら『キリシマ』も同じだったようで、お互いを確認してから信号が発せられるまで少し時間がかかった。

 

「『撤退セヨ』だと・・・・・・?」

 

 『キリシマ』からは『作戦ハ終了、コレヨリ撤退スル、我ニ続ケ』と送られてきていた。

 

 改めて見れば、『キリシマ』は大分ヤられており、さらにその周囲に護衛艦の姿は一隻もない。

 

 自分と入れ替わるように敵中に突入した『ユキカゼ』も――。

 

「ツッ!!」

 

 私は血の味がするほど唇を噛み締めた。この瞬間、全てが遅きに失したことを悟ったのだ。

 

 この時点で私は二つの選択を迫られた。

 

 進むか、退くか。

 

 数秒ほど――数分にも感じたが――視線を宇宙空間にむけて沈黙し、私は艦長として決断した。

 

「・・・・・・『キリシマ』へ返信『了解』」

 

「艦長・・・・・・」

 

「何も、言ってくれるな」

 

 何か言いかけた三木副長の言葉を断ち切り、私は瞑目した。

 

 唯一残った『キリシマ』がここにいる以上、敵艦隊もすでに撤退行動に入っているはず。

 

 今更『チョウカイ』がノコノコ出て行ったところで何にもならず、よしんば接敵しても、もはや何の意味もない戦いとなる。

 

 であれば、もはやこの戦いは「死」ではなく「生」のための戦いに変わったのだ。

 

 艦長として、私は『チョウカイ』と、その乗員を、無事に内地へ帰投させる義務がある。

 

 『チョウカイ』はゆっくりと転舵し、『キリシマ』に続いて自らの故郷の星へと進路を取る。

 

「逃げるんじゃない、俺は逃げるんじゃないぞ」

 

 このままじゃ終わらせない。

 

 ――必ず仇を討つぞっ。

 

 私は、その決意を確固として燃やした。

 

 正直この先どのような道が待っているか見当もつかない。

 

 国連宇宙海軍は事実上壊滅し、いよいよ破滅の様相は濃くなってきている。

 

 残るは本土決戦か降伏か、それとも――噂に聞くあの計画か。

 

 ――まぁ、どれでもいい。俺は例え、駆逐艦の一兵員だろうが、頬かむりして、竹槍一本の身になったとしても戦うさ。

 

 そうでなければ、私はこの世に存在する意味がないのだから・・・・・・。

 

 




『チョウカイ』乗組員の名前については二人がヤマトシリーズ(ゲーム含む)の登場人物。
二人が史実で有賀氏に関わりがあった士官の御名前を拝借しました。

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