アルガユエニ   作:佐川大蔵

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第二章やっと終了です。

2202でも太陽系出たのに、私は何をモタモタしているのか……。


第十五話 「悲願実る時」

 ここで状況を整理するため、少しばかり時系列を遡り、視点を古代 進戦術長、山本 玲三尉ペアの『コスモゼロ』に移してみよう。

 

 加藤隊長達『ブラボー隊』が南半球を探索している頃、古代戦術長が率いる『アルファ隊』は北半球を飛んでいた。

 

 古代、山本両名共に正式な航空隊としては初めての任務だったが、二人とも気負うことなく―――山本三尉に至ってはむしろ鼻歌を唄うぐらいに高揚していたそうだ―――任務に当たっていた。

 

 しかし、残念なことに指定されたポイントに目的の敵基地を確認することはできず、その代わりにポイント近くの峡谷上空にオーロラを発見した。

 

 ―――綺麗……。

 

 火星出身で、地球移住後は極東管区で育った山本三尉は、直にオーロラを見たのはこれが初めてで、任務中ながら思わずそんな感想を漏らしたという。

 

 そんな時、加藤隊長からの至急電が彼らの通信インカムに入った。

 

『こちら"ブラボー1、ガミラス基地を発見。地点"オブジェクト5"。敵の迎撃を受く!!』

 

 ―――何だ、こっちは外れか。

 

 若干の落胆と共にオーロラから目を離そうとした山本三尉だったが、咄嗟に"ハッ"と気がついた。

 

 ここが地球であるならば、別に北極圏にオーロラが発生しても不思議ではないのだが、冥王星でオーロラが出るはずがない。

 

 例によって私は門外漢なので小難しい理屈はさっぱりだが、そもそもオーロラというのは、太陽から発生した電子や陽子が、惑星全体を包む磁気圏の磁力線に沿って高速で入射し、大気中の原子や分子と衝突することによって発生すると言われている。

 

 従って、一定の磁場と大気があれば地球以外の惑星でもオーロラは発生するのだが、冥王星は大気がほとんど無いに等しい上、地球のような磁気圏も持っておらず、オーロラが発生する条件を全く満たしていないのである。

 

「おかしい」と感じた山本三尉は、即座に古代戦術長に報告した。

 

 "オブジェクト5"へ向かおうとしていた古代戦術長も山本三尉の報告で、眼前のオーロラに違和感を覚えた。

 

 このとき彼は事前の作戦会議での、「敵は何らかの遮蔽幕を展開して、基地全体を覆い隠している可能性がある」という真田副長の言葉を思い出していた。

 

「もしかして」と思い、オーロラを慎重に観察していた古代戦術長は果せるかな、オーロラの中から多数のガミラス機が出現するのを確認した。

 

 ―――あの奥に、敵の基地がある‼

 

 そう確信した古代戦術長と山本三尉は迷うことなく、オーロラの方に機首を向けた。

 

 このオーロラは、基地を覆い隠すと同時に、敵の侵入を防ぐ防御シールドの役目を持っていたことが後に判明しており、ストレートに侵入しようとすれば、古代、山本両機はオーロラの壁に衝突して木端微塵になっていたところであるが、両機は驚くべきことにオーロラの下にあった小さな峡谷に飛び込み、右に左に曲折する奇岩の間―――並のパイロットであれば、直に衝突してしまいそうな狭い谷あいを、高度なテクニカル飛行によって進み、オーロラと岩壁の僅かな隙間を縫って、敵の遮蔽帯を突破することに成功したのである。

 

 そして、オーロラを突破し、開けた視界の先に古代戦術長は見た。

 

 広大なクレーターの中に点在する、キノコとアメーバを組み合わせた様な形をした多数の建造物、長大な滑走路、戦艦が余裕で入れるほどの巨大なハッチ、無数の対空火器……。

 

 間違える余地のない大規模軍事基地だった。

 

 ―――でかい……。

 

 クレーター内の数キロに及ぼうかという大きさの基地を見た古代戦術長は、即座に自分達だけでは基地の殲滅はできないと判断したが、この時点ではオーロラ―――敵の遮蔽フィールドによって外部との通信は不可能だった。

 

 ―――それなら‼

 

 古代、山本両名共、反射的に今取るべき行動を実行に移した。

 

 ―――あのオーロラが人為的な物である以上、それを発生させている装置があるはず。それさえ破壊できれば……‼

 

 そのように考え、基地上空を旋回し、敵のステルス装置の探査に入ったのである。

 

 敵は突然侵入してきた『コスモゼロ』に慌てたのか、散発的な対空砲火を打ち上げたものの、戦闘機による迎撃は無く、二人にとってほとんど妨害にならなかった。

 

 やがて、彼らの視界に数本の巨大な鉄塔が目に入った。

 

 目算300m程の高さの鉄塔は、先端にピンク色の光を放つボールのようなものが付いており、基地を取り囲むように建っている。

 

SID(シド)‼」

 

「対象尖塔、ステルス発生装置ノ確率98%デス」

 

『コスモゼロ』に搭載されているナビゲートコンピュータ『SID(シド)』の返答に、二機は一気に加速を掛け、鉄塔に狙いを定める。

 

「"アルファ1"、フォックス3‼」

 

「"アルファ2"、フォックス3‼」

 

 両機からほぼ同時にミサイルが放たれ、一旦降下した後、弾かれたように前へ進みだした。

 

 レーダーを頼りに、僅かにカーブしながら誘導されたミサイルは、寸分違わず目標に命中。僅かな間をおいて、支えを失った鉄塔は次々と倒壊し、それと同時に空を覆っていた遮蔽フィールドが闇に溶けるかのように消失した。

 

 以上の経緯を以って古代戦術長は、『ヤマト』へ例の通信を入れたのである。

 

「"アルファ1"は偽装した敵基地を発見した。こちらの装備では殲滅は困難」

 

 

 

 ――――――

 

 

 

『艦砲による支援を要請する』

 

 古代戦術長からの予想外の報告と要請を受けて、『ヤマト』では誰もが困惑の色を隠せなかったが、私はすぐに戦闘指揮所(CIC)に命じた。

 

「砲雷長、ミサイル発射中止。まだ撃つな、まだ撃つなよ‼」

 

 続けて相原通信長を介して、古代戦術長へ「座標、詳細を知らせよ」と指示した。

 

 古代戦術長はこの命令に応じて、まもなく発見した施設の座標と、詳細―――即ち発見施設の規模が大である事と、遮蔽フィールドとクレーターによって巧妙に隠されていたという事実を、簡潔に送信してきた。

 

 ―――こっち、だな。

 

 送信された情報を確認した私は、こちらの方が本命の敵基地に違いないと判断した。

 

 ―――すわ、一大事、急ぎこれを叩かなければ‼

 

 と、誰もがそう思った。

 

『艦長、ミサイル目標を変更します‼』

 

 南部砲雷長から進言が入る。

 

『ヤマト』の"オブジェクト5"に向けたミサイル発射準備は既に完了していたが、新たに発見された目標の方が本命ならば、当然、こちらへの攻撃を優先しなければならない。

 

 ―――いや、待てよ。

 

 南部砲雷長の進言に許可を与えようと口を開きかけた私だったが、ほんの一瞬浮かんだ疑念がそれを止めた。

 

 ―――この敵基地に、例のビーム砲台は含まれているのか?

 

 そう、今の我々にとっての"本命"とは、敵の基地ではなく、一撃必殺の反射衛星砲の方である。

 

 古代戦術長から送られてきた情報は、敵基地が大規模であるということは示されていたが、巨大砲台が存在するか否かということは含まれていない。

 

 そもそも彼らは、『ヤマト』が、予期せぬ超兵器の攻撃によって危機的状況にあるという事実をまだ知らずにいる。

 したがって、基地には言及しても、砲台というものの存在を意識していないのは当たり前である。

 

 もし、発見された敵基地と反射衛星砲台が別々に置かれているとすれば、敵基地を攻撃したところで現状を打破したとは言えない。

 

 ここへ来て、私はようやく自身の逸っていた心に気付いた。

 

 ―――俺としたことが……。

 

 "胆大心小"。即ち大胆にして細心というのが本来の私のモットーなのだ。ここは私の方も現状を一度整理しなくてはならないだろう。

 

「砲雷長、少し待て。通信長、戦術長に連絡……いや、俺が話す。艦橋に繋げ」

 

 私は通信マイクを手に取りながら、そう命じた。

 

 これも本当はいけないのだが、一刻を争う非常時である。"伝言ゲーム"のような形でなく、現場からの一次情報を直接聞くことが肝心だ。

 

「戦術長、有賀だ」

 

『はっ、艦長‼』

 

「発見した基地内にビーム砲台らしきものは見えるか?」

 

『砲台? いえ、それらしきものは何も』

 

 直接私が通信してきたことと、質問の意味が解らなかった為か、返答からはやや困惑している様子が感じられた。

 

 私は、古代戦術長に現状を伝える。

 

「戦術長、『ヤマト』は今、敵のビーム砲台からの攻撃により、無視できない損害を出している」

 

『何ですって⁉』

 

「残念だが、当初の作戦計画は破綻している。今は、その砲台の位置が分からんことにはどうにもならん。本当にそれらしいものは無いか?」

 

 そう聞くと、しばらくの沈黙の後、

 

『……いえ、確認できません』

 

 無念にも、先程と同じ報告。

 

「副長、どう思う?」

 

 私はマイクを切り替えて、CICの真田副長に意見を求めた。

 

『『コスモゼロ』のレーダーにも反応しないことを考えると、あの光線砲は地上には露出していないのでしょう』

 

「ふむ。となると?」

 

『おそらくは、地中か海中に存在しているものと思われます』

 

 やはり、そうなるか。

 

 ある程度予想はしていたが、これは面倒なことになった。

 

 地中と海中。そのどちらにあるにせよ、レーダーで確認できない以上、探す方法は限られている。

 

 この場合、取れる探索手段と言えば―――。

 

『艦長、すまんが、少し通信を代わってくれるか?』

 

 唐突にCICの沖田提督がそう言ってきた。

 

 私は何となく”ピン”と来るものがあって、「どうぞ」と通信を廻した。

 

『古代、沖田だ』

 

『提督⁉』

 

『今、艦長が言った通り、その砲台が現在の我々にとって最大の脅威だ。古代、山本両名は現空域に留まり、その所在位置を確認せよ』

 

『確認ですか? しかし、どうやって?』

 

『目で見るんだ』

 

『目で、ですか?』

 

『そうだ、目だ』

 

 二人のやり取りは艦橋でも聞こえていて、私は思わず”ニヤリ”と笑った。

 

「先に撃たせる気らしいな、提督は」

 

 私がそう呟くと、航海科の二人が”ギョッ”となって、私を見る。

 

「撃たせるって、あのビームをですか?」

 

「他に何がある?」

 

 敵の砲台が地下、海中に隠されている以上、まさか今時堂々と排気筒が突き出ているわけもあるまいし、攻撃の際に生じるであろう発砲炎―――発砲光を目視で追う以外、砲台を特定する方法はない。

 

 その為には、まず相手に撃たせなければならないのだ。

 

「航海長、戦術長の視力はどの程度だったかな?」

 

「……え? 古代の視力、ですか?」

 

 予想外の質問だったのか、島航海長が締まりのない返事をする。

 

「確か、3.0程だったと思いますが……」

 

「ほぉ、流石に大したものだな」

 

 嘗ての零戦乗り達と比べても遜色ない視力である。これならば見落としはあるまい。

 

「しかし艦長、もし今度こそ命中したら……」

 

「心配するな。その為に技術屋連中が頑張ったんだろうが」

 

 既に述べたように、敵の衛星の中継信号の解析はできている。少なくとも初手は何とかなる。

 

 私の心配はむしろ別の所にあった。

 

『航空隊全機に通達。航空隊は現空域のガミラス迎撃機を釘付けにせよ』

 

 沖田提督からの命令が、相原通信長を通して発せられる。

 

『クソッ、こっちはガセかよ‼』

 

 加藤隊長の口惜し気な声が通信機に入って来る。

 

 後に判明したことだが、この時に加藤隊長が発見した敵施設は、木星の浮遊大陸に見られたようなガミラスホーミングを行う為のプラントの一つであった。

 

 つまり重要施設には違いないものの、軍事的にはそれほど優先順位の高いものではなかったのである。

 

 杉山隊員を失い、自身も苛烈な空戦を繰り広げながら発見した目標が外れ籤では、加藤隊長が毒づくのも無理はない。

 

 だが、問題はそこではない。

 

 ―――やはり、航空隊を無視してはくれんか。

 

 各地の通信からは、敵が『ヤマト』の航空隊を撃墜すべく、盛んに迎撃機を飛ばしていることが判った。

 

 先の加藤隊長も孤軍奮闘しているが、幸いと言うべきか、篠原副隊長の指揮する隊がもう間もなく”オブジェクト5”に到着する見込みであり、こちらは恐らく大丈夫だろう。

 

 心配なのは、古代、山本両名の方である。

 

 何しろ二人が飛んでいるのは敵の本拠地の上空であり、当然ながら、防御火器も航空機も相当の数が配備されていると見るべきだった。

 

 もし敵の司令官が『ヤマト』の目を潰すことを優先するような慎重な人物であれば、反射衛星砲の準備と並行して、その数に物を言わせて古代、山本機に襲い掛かるだろう。

 

 無論、二人とも一流のパイロットであり、そうそう不覚を取ることは無いだろうが、大挙して押し寄せる敵を迎撃しながら砲台の探索をするとなると、流石にちとキツイ。

 

 しかも、敵基地の位置は本来の探査地点を大きく外れた場所である。ほとんどの航空機が”オブジェクト5”に集中しつつある現状では、二人の援護に向かうのは難しい。

 

 ―――なら、嫌でもこっちを向かせてやる。

 

「艦長よりCIC。砲雷長、艦底ミサイルのシークエンスはまだ生きているか?」

 

『艦長? はい、まだ……』

 

「よし、では改めて照準を敵基地周辺に合わせろ」

 

『は? しかし今攻撃したら、”アルファ隊”を巻き込むかも……』

 

「今は当てることはない。周辺に落として脅かしてやれればいい」

 

 要は、敵に『ヤマト』が自分たちの本拠地やビーム砲台を狙って攻撃を開始してきたと焦らせて、早々に『ヤマト』を潰すための攻撃をさせようという挑発行動である。

 

 私の意図を掴みかねたためか、やや逡巡している気配の南部砲雷長に私は怒鳴った。

 

「急げ、敵は待っちゃくれんぞ‼」

 

『はっ‼ 艦底対地ミサイル、目標合わせます‼』

 

 南部砲雷長の復唱と同時に、一度は動きを止めていた艦底ミサイル発射管が再び稼働する。

 

「航海長、ミサイル発射後、艦体を復元させろ。反撃に備える」

 

「了解‼」

 

 敵が反射衛星砲を放つまでの時間を考えると、挑発は最初の一斉射が限度だろう。その後は迎撃と反撃を行うことになるとすれば、手数の多い上部兵装の方が良い。

 

『CICより艦橋。艦底対地ミサイル目標ロック、発射準備よし‼』

 

「発射始めっ‼」

 

『発射初め‼ 斉射(サルヴォー)‼』

 

 号令と共に八発のミサイルが一斉に目標目掛けて飛んでいく。……と言えば威勢はいいが、最初から当てる気はない。

 

 事実、この攻撃は全て基地周辺に着弾。中々に派手な爆発を起こしたが、被害はほとんど与えなかった。

 

 それを確認するより早く、我々は次の行動を起こす。

 

「よし、航海長、艦体起こせ‼」

 

「はっ‼ 艦体起こします。フライホイール接続、空間ジャイロ反転。右舷バラスト放出、もどぉせぇー‼」

 

「全艦、艦体復元に備えっ‼」

 

「艦内慣性制御よろし。鉛直線同期よぉそろぉー‼」

 

 島航海長、太田気象長の二人がテキパキと指示を出し。水に浮かぶ艦としては異常な形で浮いていた『ヤマト』が自然な状態へと戻る。

 

 艦橋の窓から見える景色も、冥王星の海中から一面の星空へと変わり、何となく”ホッ”とした気持ちになる。

 

 ―――やはり、星が見えるのはいい。

 

『CICより艦橋。艦体復元完了。各部、水密状況異常なし。防護隔壁開放します』

 

「艦長了解。主砲、三式弾装填。煙突ミサイルは対空迎撃に備えろ‼」

 

 ―――さあて、敵さん伸るか反るか?

 

 その結果は五分もしないうちに出た。

 

『CICより艦橋。ビーム衛星中継の信号を捕捉‼ アナライザーによる解析を開始します‼』

 

 ―――伸ったな‼

 

「迎撃ミサイル発射用意‼ 衛星を特定次第発射せよ‼」

 

『了解‼ 迎撃ミサイル発射管開きます‼』

 

『CICより艦橋。波動防壁を展開します』

 

 南部砲雷長、真田副長共、流石にやや緊張した声である。

 

 これでタイミングが少しずれれば一巻の終わりなのだから無理もない。

 

 しかし、作業の手は冷静の様で着々と準備が進む。

 

「中継衛星ヲ特定シマシタ」

 

 アナ公の分析結果がそのまま艦橋にも上がって来る。

 

 一番近いのは、やはり真上だ‼

 

『迎撃ミサイル発射初め‼ 斉射(サルヴォー)‼』

 

 砲雷長の号令から一瞬の後、八連装煙突ミサイルから一斉にミサイルが発射された。

 

 発射されたミサイルは、白煙と閃光を引きながら天空を駆け上がっていく。

 

『高エネルギー体接近‼』

 

 その森船務長の報告より早かったのか遅かったのか。ともあれそのタイミングで、『ヤマト』のミサイルは全弾が目標の衛星に命中した。

 

 八発のミサイルの集中攻撃を受けた敵衛星は当然一溜まりも無く爆発し、粉々になった。

 

 直後、その爆炎を巨大なピンクの光線が通過していった。

 

 危機一髪‼

 

『命中‼ 撃墜を確認‼』

 

「よし‼」

 

 ―――だが、次は当ててくるぞ。

 

 最も近い位置の衛星でさえこのギリギリのタイミングである。更に遠くの衛星を経由されれば、もう間に合わないだろう。

 

『"アルファ2"山本より『ヤマト』へ。敵砲台の位置を特定。位置――氷結した湾内、地点”AF3-102”‼』

 

『"アルファ2"直ちにデータを送信されたし』

 

 遂に待ちに待った、この作戦何度目になるか分からない、しかし、今度こそ本物の待望の報告が『ヤマト』にもたらされた。

 

「おい鉄砲、いけるか?」

 

『いけます‼ 絶対に一発で仕留めます‼』

 

 CICに声を掛けると、南部砲雷長が興奮した声で答えた。

 

「よし、その意気だ‼ タイミングは任せたぞ‼」

 

 尤も高揚しているのは私も同じか。

 

 そんなことを思いながら、私は次の命令を下す。

 

「これより戦闘―――右砲戦‼ 目標、敵反射衛星砲砲台‼ 外すなよ‼」

 

『せんとーう‼』

 

 間延びした復唱が行われた。

 

 同時に『ヤマト』前部の一番、二番主砲塔が右舷側に旋回し、六門の、まるで男性の攻撃性の象徴のような太く長い砲身が持ち上げられる。

 

 絶対必中を期す為、交互射撃ではなく、一斉射である。

 

『側的よし‼ 方位よし‼ 主砲射撃準備よし‼』

 

 ―――よし行くぞ‼

 

「撃ち方始めぇ‼」

 

「うちぃーかたぁはじめぇー‼」

 

 独特の抑揚で砲雷長が令する。

 

 直後、砲口に閃光が煌き、火焔が迸る。

 

 重量が二t近い三式弾6発の斉射の反動で、水上に浮かぶ巨大な『ヤマト』の艦体が震え、右舷側の海面は爆風でさざ波を立てる。

 

「着弾まで10」

 

 発射後の時間を計測している砲雷長の声が、艦橋に響き、私たちは固唾をのんで着弾の時を待つ。

 

 ―――それ行け、行け、やっつけろ‼

 

 先程まで一方的に撃たれて、耐えに耐えてきた私たちの怒りが凝集された三式弾は、ひたすら目標目掛けて飛んでいく。

 

 そして、その時は来た。

 

「4、3、2、だんちゃぁく―――今‼」

 

 の、砲雷長の声と同時に、彼方の闇の中に巨大な閃光とキノコ雲が発生したのがハッキリと艦橋から視認できた。

 

 やがて、敵基地上空を飛んでいる古代戦術長から報告が入る。

 

『こちら"アルファ1"。敵ビーム砲台の爆破を確認‼』

 

『やった‼』

 

 CICから歓喜の声が響き、私も思わず拳を握り締めた。

 

 ―――ざまぁみろ‼ ぶったまげたかガミ公ども‼

 

 だが、すぐに気持ちを引き締める。

 

 まだ敵の砲台を潰したというだけで、基地も艦隊も健在なのだ。

 

「提督―――‼」

 

 私が具申するよりも早く、沖田提督の口から力強い声で命令が発せられた。

 

『これより本艦は敵基地殲滅に向かう‼ 艦長、右砲雷戦、最大戦速で敵基地に接近せよ‼』

 

「了解。航海長、このまま離水する。上げ舵二〇、前進半速‼」

 

「上げ舵二〇、前進半速、よーそろー」

 

 航海長の復唱と同時に、『ヤマト』は氷海の中を進み始め、速力が増してくるのと同時に、艦首から海を離れていく。

 

「機関室、最大戦速行けるか?」

 

『こちら機関室。最大戦速いつでもどうぞ‼』

 

『CICより艦橋。次元電波探信儀(レーダー)異常なし。現在のところ、本艦前方に脅威目標なし‼』

 

 暗い冥王星の空を進みながら、『ヤマト』は射撃へのプロセスを確実に積み上げていく。

 

 艦橋、CIC、機関室でやり取りが変わされた後、各砲塔の駆動が開始された。

 

 先程の砲撃後に正面を向いていた一番、二番主砲塔が再び右舷側に向けられ、砲身が一門ずつ仰角を掲げていく。

 

 一番副砲も三式弾を装填の上、主砲と同様に旋回。煙突ミサイルも対地ミサイルに切り替えられ、発射準備を整える。

 

『側的よし‼ 照準よし‼ 主砲、空対地ミサイル発射準備よし‼』

 

 いよいよ、作戦の総仕上げである。

 

 今こそ、この冥王星で無念の内に死んでいった、多くの戦士たちの復仇を果たす‼

 

 全ての雑念を振り払い、私は大声で命じた。

 

「一斉撃ち方、始めぇ‼」

 

 先程よりも大きな轟音と衝撃を艦全体に伝わらせながら、一番、二番主砲、一番副砲が一斉に火を噴いた。

 

 同時に煙突ミサイルからも対地ミサイル八発が発射される。

 

 弾着発生まで10秒と掛からず、敵基地周辺より炎が上がる。大規模基地だからこちらが意図しない限りそうそう外れることはない。

 

「よぉーし‼ 次弾急げ‼」

 

 私が銅鑼声で命じるまでもなく、『ヤマト』は第二射を放った。

 

 今度は九門の斉射ではなく、各砲塔の右砲のみの計三門の射撃―――その後、残りの六門が続けて射撃を放つ。

 

 所謂”交互射撃”というやつで、この方が射撃の間隔が短く、一定時間の射撃数が多くなるため、短時間で多数の砲弾を叩き込むことができる。

 

 この砲撃は図に当たり、敵基地にはほとんど間髪入れずに、『ヤマト』の砲弾やミサイルが降り注ぐことになった。

 

 そんな攻撃が、20分間程続けられた頃、突然敵基地にものすごい爆発が起こった。

 

 我が砲弾が、基地内に停泊していた敵艦艇や大型弾道ミサイルに命中し、次々と誘爆を起こしたのである。

 

 敵基地の存在したであろう場所には、ハルマゲドンさながらの大火球が天に冲するばかりに広がっていく。

 

 ―――終わったな……。

 

 不思議と冷めたような心地で、私はそれを受け止めた。

 

『CICより艦橋。右舷上方、敵艦四隻、離脱していきます』

 

 森船務長からの報告に上部パネルを見ると、確かに燃え上がる敵基地上空を、四隻のガミラス艦が撤退しようと遠ざかっているのが映し出されている。

 

 先頭を走るのは、開戦以来一隻だけ確認されていた超ド級戦艦―――『ガイデロール級航宙戦艦』―――即ち、太陽系に侵攻してきたガミラス軍の旗艦である。

 

『艦長、追撃せよ‼』

 

 不倶戴天の敵の親玉である。「逃がすものか」という気持ちは私も沖田提督も同じだ。

 

「了解‼ 主砲、ショックカノンに切り替え。最大戦速‼」

 

 敵は巡洋艦などの艦艇と合わせているためか、『ヤマト』に比べて速度が遅い。

 

 水上艦と異なり、宇宙艦では艦の大小にかかわらず、エンジンの出力が速力を決めるので、小回りはともかくとして、純粋な速度では戦艦の方が駆逐艦や巡洋艦より速い。

 

 この為、『ヤマト』は敵がワープに入る前に射程距離に捉えることに成功した。

 

「撃ち方始めぇ‼」

 

 主砲から、先程までの三式弾の火焔や煙ではなく、ショックカノンの青白いスマートな光線が放たれ、一番、二番主砲のそれぞれ三発ずつが、最後尾の敵駆逐艦二隻に命中する。

 

 戦艦級ですら一撃で轟沈できるショックカノンに駆逐艦が耐えられるわけもなく、貫かれた敵艦は被弾部からバラバラに分断され、爆発四散する。

 

 ―――よぉし、あと二隻‼

 

 しかし、ここで予想外の事態が起こった。

 

『敵艦一隻反転。突っ込んできます‼』

 

 森船務長の焦りを含んだ報告が響く。

 

 残った二隻の内、敵旗艦に随伴していた巡洋艦が、突如向きを変えて、逆落としに『ヤマト』目掛けて突っ込んできたのである。

 

 ―――こいつ、刺し違える気か⁉

 

 私自身も驚愕しながら、緊急回避と迎撃を命じる。

 

 敵は射程圏外にも関わらず、主砲、副砲を狂ったように撃ちまくりながら、速度を緩めることなく突撃してくる。

 

 何か鬼気迫るものを覚え、背筋に冷たいものが走る。

 

 しかし、そんな私たちの心境とは裏腹に『ヤマト』の射撃精度や威力は些かも衰えることは無い。

 

 直後に放たれた『ヤマト』の第三射は、この突撃してくる敵艦を正面から貫き撃沈した。

 

 しかし、その間に随伴の居なくなった敵旗艦はグングンと加速していき、『ヤマト』が体勢を立て直すころには、既に主砲射程の外に出てしまっていた。

 

『敵艦、ワープしました』

 

 やがて、敵艦はワープに入り、我々の視界から完全に消えた。

 

『艦長、追撃を中止せよ』

 

 CICの沖田提督より命令がでる。

 

「しかし提督!?」

 

『もうこれ以上追っても無駄だ。必要もない』

 

 沖田提督の判断はどこまでも冷静だった。実際、これ以上追撃をしようとすると、航空隊を置き去りにすることになるし、ワープしてまで追う時間的余裕もない。

 

『ガミラスの冥王星基地はこれで終わりだ。もう地球に遊星爆弾が落ちる事はない。長年の悲願が、今ようやく実ったのだ』

 

 それを聞いた私は、安堵の感情と共に、急に疲れが出てきたような気がして、艦長席に座り込んだ。

 

 ―――そうだ、我々は勝ったんだ。俺は、あの日の誓いを、果したんだ。

 

 実感としてまだ乏しいが、その事実だけは確かであるという事を噛みしめる。

 

『こちら古代。これより『ヤマト』へ帰投する』

 

 古代戦術長からの通信に、私は緩みかけた気持ちを再び引き締めた。

 

 ―――いかんいかん。まだ終わりじゃない。

 

「航海長、このまま高度7万まで上昇。そこで航空隊を収容する」

 

「了解。高度7万まで上昇します‼」

 

 島航海長が弾んだ声で復唱する。

 

「艦長よりCIC。誘導電波出せ。航空隊を迎えてやるぞ」

 

 私は何時の間にか遥か眼下となった冥王星を見下ろしながら、今作戦の功労者たちの帰艦を待った。

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 ”メ二号作戦”は結果として大勝利に終わったが、喜んでばかりはいられなかった。

 

『ヤマト』は抜錨以来、初めての戦死者をこの戦いで出してしまったからだ。

 

 ”メ二号作戦”の後始末を終えた頃、『ヤマト』では沖田提督を喪主とした、全艦を挙げての宇宙葬が取り行われた。

 

 ”メ二号作戦”での戦死者は、”オブジェクト5”での空戦で撃墜された杉山 彦三尉の他に、反射衛星砲の被弾時に爆発に巻き込まれた甲板部の安藤 早己宙曹長と新田 仁宙士長。冥王星着水後に猛烈な水にのみ込まれてしまった機関科の奥沢 圭助宙曹長がいた。

 

 奥沢宙曹長以外は、死体のない葬儀である。

 

 冥王星基地攻略という大作戦で戦死者四名と言えば、少ないのかもしれないが、死んでしまった四名はそれが全てなのである。

 

 取り行われた宇宙葬には当直に就いている者を除いて全員が参加した。

 

 居並ぶ乗組員は、それぞれの所属科の船外服に腕に喪章を付けている。時折肩を震わせているものがチラホラいる理由は言うまでもないだろう。

 

 ふと見上げれば、無数にある星々が煌き、人間のことなど全く無関心とばかりに輝いている。

 

 ―――『ヤマト』の航海が成功しようとすまいと、どれだけの人間が生きようが死のうが、この星空は何も変わらないのだろうなぁ……。

 

 ちょっと感傷的な気持ちになってしまう。

 

 だが、いくら星々が無関心であろうとも、地球の人々はそうではない。それこそ一日千秋の思いで『ヤマト』の帰りを待っている。

 

 これ以上、この宇宙葬の子細をくどくどと書き連ねることを私は良しとしない。単なる死を必要以上に美化しかねないし、戦死者に失礼であろうと思うからだ。

 

 ただ、最後にこの時の沖田提督の言葉だけは書き記しておきたい。

 

 それは、後に”英雄の丘”にも刻まれた、『ヤマト』戦死者四名のみならず、この太陽圏で死んでいった全ての者たちに対する、沖田提督の万感の想いと決意が込められたものである。

 

 

 

「地球の為に命を懸けた全ての勇士に贈る……君たちの心は、我々の心に蘇り、明日の地球の力となろう……我々は君たちを決して忘れない」

 

 

 

                            人類絶滅まであと360日

 

 

                             第二章 

                             『太陽圏の死闘』篇 完                                            

 

 


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