活動報告にも書きましたが、小説タイトルを「アルガユエニ」で一本化しました。
改めてよろしくお願いします。
敵の超兵器による攻撃を受けた『ヤマト』は冥王星の海に沈みつつあった。
ゴゴゴッ……ドロドロ……ゴゴッ……。
時ならぬ海鳴りが遠雷の様に伝わってくるのだが、内部に水が入り込んでくる音はしない。
冥王星の海は水ではなく液体窒素や液体メタンなので、破孔から浸水してもすぐに気化してしまうのだ。
即ち、『ヤマト』は攻撃による浸水によって沈下しているわけではない。
「深さ90……100……」
艦橋内には10メートル置きに大田気象長が深度を報告する声が響き、私は艦長席でそれを聞いている。
「メインタンクちょいブロー、ネガティブ注水、釣り合い前部へ移水、姿勢を戻せ」
私の命令で島航海長が微妙な調節を行い、転覆し、艦首を上にした状態で沈んでいた『ヤマト』の姿勢が徐々に戻っていく。
そう―――『ヤマト』は海に沈みつつあったが、まだ死に絶えてはいなかった。
「深さ345、着水します」
「総員、衝撃に備え」
間もなく艦は”ドスンッ”と鈍いショックと共に艦首から着底し、左舷に仰角二度の傾斜で停止した。
それと同時に、それまで”ジッ”と息を潜めていた艦内が慌ただしくなる。
応急員達は艦の被害の探求と応急修理に当たり、衛生士達は艦内各所の負傷者の応急処置に入った。
これこそが「『ヤマト』を沈める」と言った沖田提督の真意、”擬死作戦”であった。
その要領は、敵の高出力ビームを波動防壁の上方集中展開によって防ぎ、着弾と同時に潜航を開始し、94式爆雷・艦底ミサイルを海上・海中で時限爆破することで、あたかも爆沈したと見せかけて敵を欺こうという作戦なのである。
宇宙艦でありながら潜水艦としての機能も備えている『ヤマト』だからこそ取れる手段だ。
この”擬死作戦”を仕掛けて敵を油断させておいて、航空隊による敵基地発見と艦の補修の時間を稼ごうというのが狙いだった。
実はこの作戦は真田副長が事前に考案し、私を飛び越して直接沖田提督に具申したものであった。
これは俗に”バイパス”と言って、組織にあっては指揮系統を乱す行為として本来戒められるものだが、今回の状況は一刻一秒を争う命に関わる事態であり、私を通している時間など無かった――――そもそも
「上手く騙せたんでしょうか?」
太田気象長が不安げに問いかけてくる。
予期せぬ敵の戦法への動揺を引きずっているのが分かった。
「あれだけ派手に演出してやったんだ。大丈夫だよ」
私はそう言って返したが、実際はどうだろうか?
敵の目に映ったのは、『ヤマト』後甲板に降り注いだ閃光が真っ赤な爆炎となったことと、周囲の海面に水柱が上がった模様だろう。
そして、炎が消えると同時に『ヤマト』は海面下へと姿を没し、直後に海中爆発まで起こったのだ。
敵将が能天気な楽観主義者であればこのまま誤魔化せるかもしれないが、念には念を入れるタイプの指揮官であれば、熱源探知なり、とどめの部隊を送るなりしてくる可能性がある。
もしそうなれば、その瞬間にこの”擬死作戦”はご破算となり万事休す、『ヤマト』は袋のネズミと化す。
我々に与えられた時間は限られたものであると考え、もしも不測の処置がとられるようであれば、その時点での浮上決戦も覚悟しなければならないだろう。
『
『現在被弾箇所周辺の火災はほぼ鎮火。しかし第三デッキ、内火艇格納庫にて浸水中です』
「なに、浸水だと?」
私は思わずどうして? と首を傾げる。
先程も言ったように冥王星の海は水ではなく、常温では即座に気化してしまう液体窒素や液体メタンなので、破孔があるからと言って浸水するはずがないのに……。
やがて、この浸水は艦内を循環している冷却水の配管が破損したことによるものと判明した。
被弾によって破孔ができた際、その部分の配管が零下200℃以下の外気によって一瞬で凍結してしまい、そこに圧力が加わった結果、末端部やエルボ、T字管などの部分で破損し、漏水してしまったのである。
結果としてこの浸水は周辺で発生していた火災に対する消火の働きをしてくれた為、被弾箇所の火災は次第に下火となったのは良かったが、水は火災を飲み込んでなお溢れ続け、格納庫ではコスモシーガルが既に水に浸かってしまうほどになっており、現場の榎本掌帆長達も手が付けられない状況だと言う。
「補強できそうか?」
『浸水の箇所が多すぎる為、応急の排水では追いつかないと思われます』
「駄目なら乗組員を退避させたうえで隔壁を閉じろ。無理はさせるな」
宇宙艦に乗ってまで部下を溺れ死にさせるなど冗談ではない。あんなことは二度と御免だ。
「負傷者の方はどうだ?」
『多数につき、現在集計中です』
「よし、急げよ」
―――畜生めっ!!
通信を終えた私は自分を落ち着かせるように息を吐く。
敵のビーム砲による攻撃を三発も受けた『ヤマト』の被害は決して軽微とは言えない状況であった。
抜錨以来、地球、木星、土星と敵襲を受けはしたものの、さしたる損傷を被ることも死傷者を出すことも無かった『ヤマト』であったが、遂に損害を受けてしまった。
艦体の損傷もさることながら、人的被害を思うと気が重くなってくるが、まだ戦いはこれからである。指揮官たるもの冷徹でなければならないのだ。
「艦長、敵は一体どうやって攻撃してきたんでしょうか?」
「さて、なぁ……」
島航海長の発した疑問は、この時の艦内全員の疑問だったであろう。
無論、私とて例外ではなく首を捻る。
先程の三度目の敵ビーム砲は、これまた先の二度の攻撃とは別方向からのものであり、更に衛星軌道上にとどまらず地表に向けても撃てるということが判明した。
常識で考えれば複数の砲台が存在していると見るべきなのだろうが、三度も攻撃されながら、その発射地点が一つとして捉えられないというのは流石におかしい。
あれほどの威力の超兵器ならば砲台の設置場所も限られてくるはずで、冥王星本星かカロンを初めとする衛星群ぐらいしかないが、弾道解析の結果、そのいずれとも違うことが分かっている。
軌道上に衛星砲として配備されている可能性もあるが、それにしたって相当に巨大なはずであり、先行偵察機や『ヤマト』のレーダーに反応しないわけはない。
考えれば考える程に奇妙である。
果たして敵はどこから、どのような手段で攻撃してくるのか。これが我々が一番知りたい情報となった。それが分からない限り、次の一手を打つことはできないのだ。
『
「どうした?」
再び
『先ほどの敵のビーム兵器の攻撃方法が判明しました』
「…………判明した?」
不覚にも返事に少々間ができたのは、予想外の言葉であったことと、何時も通りにすぎるあまりに冷静な口調だったので、一瞬「何を言ってるんだ?」と思ってしまったからである。
「攻撃法が分かったんですか?」
隣で聞いていた島航海長が叫び、太田気象長も身を乗り出してくる。
「副長、説明しろ」
そんな二人を―――自身の逸る心も―――制して、私は説明を命じた。
程なくして艦橋の天井パネルに冥王星上空のマップが表示される。
『先ほどまでの三度の攻撃の弾道を分析しますと、計算では敵のビーム砲台はそれぞれこの辺りにあるものと思われます』
パネルマップ上に三ヶ所の紅点が表示される。
いずれも『ヤマト』が冥王星空間に突入してから、今こうして海に沈むまでの航路を狙える位置であり、一番近いものは今現在の我々の真上にあることになっている。
『しかし、これらの地点を何度スキャンしても
それはもう分かっている。
これまで真田副長が口にしたことは既に解析の上、報告されたことだ。彼のこと、重要なのはここからだろうと私は黙って説明の続きを待った。
『ですが、その過程で妙な発見がありました』
一拍置いてパネル上の、冥王星上空を何重にも覆うように存在している
「何だ、これは?」
『
「熱源反応?」
『はい。通常の
「何と、これが全部そうか……」
様々な高度と軌道に表示される数百はある紅点に思わずそんな言葉がこぼれる。
「すると、奴らは衛星砲を使って攻撃しているというのか?」
『少し違います』
声が真田副長から新見情報長に変わった。どうやらここからは彼女が説明役らしい。
『あれほどの高出力のビーム砲ともなれば膨大なエネルギーが必要ですが、
うぅん、確かにその通りだろうが、だとすれば地上から撃った攻撃をどのようにすれば死角なく当てられるのだろうか? まるで見当がつかない。
『艦長、SDIをご存知ですか?』
「SDI? あー……」
どこかで聞き覚えがあるのだが、咄嗟に"パッ"と出てこない。
「それって、スターウォーズ計画のことですか?」
そう、それだ。
横で聞いていた島航海長の発言で思い出した。
SDIとは20世紀の半ば、アメリカとソ連の核開発競争の全盛期にアメリカで考案された大陸間弾道ミサイル迎撃のための
『えぇ、そのSDIよ』
「それが何か関係あるのか?」
私は少し困惑して問い返した。
今なっては、宇宙軍の歴史の教科書に「予算と資源の壮大な浪費」と載っている程度のことでしかないSDIが一体何だというのだろう?
『その中に、我々が受けた攻撃を可能にする内容があります』
その言葉と同時に天井パネルの端に、また新しい映像が表示された。
かなり古いCGで、地上から直線に発射されたビームが人工衛星に取り付けられたミラーに反射して向きを変え、飛来するミサイルを破壊するというシミュレーション映像である。
流石に私も、ここまで説明されて"ピン"と来た。
「まさか、これか?」
『その通りです。冥王星に展開している敵の衛星がビーム射線を誘導するための反射衛星であるならば、『ヤマト』がどの位置にいようと地上から攻撃することが可能です』
なるほど、彼女の話には説得力があった。確かにこれならば敵のビーム砲の発射位置が特定できないことも、どこに回避してもまったく別方向からの正確な攻撃を受けることにも説明が付く。
そしてそれは、我々が敵の"死角なき罠"に嵌っていることを改めて裏付けるものでもあった。
「こんなこと現実に可能なんですか?」
『地球で200年以上も前に実際に検討されたことだ。ガミラスの技術力ならば十分に可能だろう』
私同様に映像を見ていた島航海長の質問に、真田副長が答えた。
「ガミラスも用意周到だなぁ」
頭の後ろに手を組んだ太田気象長が呟く。
「何がだ?」
私は天井パネルからから眼を離して尋ねた。
「いえ、今まであれだけ艦隊戦力で国連宇宙軍を圧倒していたのに、態々こんなものまで作って備えていただなんて、無駄になると思わなかったのかなぁと」
「おい、太田……」
島航海長の咎める言葉に太田気象長も「あっ……」と気まずげに口を閉じる。
先の太田気象長の発言は、私を含めたこれまでの国連宇宙軍への嘲笑とも取れるが、彼にそんな気持ちが微塵もないことは分かり切っていたので私もムキになることはない。
それに、太田気象長の疑問も分かる。
確かにこれまで国連宇宙軍はガミラス艦隊に悉く圧倒され、敵基地には指一本触れるどころか、その所在を確認することすらできない有様だったのだ。
そんな状況下で態々基地防衛用の巨大砲台を作る意味があるのだろうか? まさかこの『ヤマト』の出現を予測していたわけでもあるまいに。
「敵の司令官がどんな奴かは知らんが、相当の浪費家なのは間違いないだろうな」
そう冗談めかして言ってやると、二人とも"ホッ"と安心したような顔になった。
余談ながら、後にこの反射衛星砲が、本来は遊星爆弾の加速と軌道角調整のための点火システムである大口径長射程陽電子砲であり、それをビーム兵器として転用したのは、偏にガミラス冥王星基地司令官 ヴァルケ・シュルツ中将(当時大佐)の柔軟な発想によるものであったことが判明し、私は「敵ながら天晴れ、見事なり」と脱帽することになる。
『艦長、衛星の制御信号を掴めば、敵の攻撃のタイミングを把握することができるかもしれません。我々は解析を継続しようと思いますが?』
声が再び真田副長に戻った。
「よし、頼む」
そう命じてから私は略帽を被り直した。
敵が反射衛星を使って攻撃してくるという話が正しければ、現状、我々は反撃どころか浮上することもできないという事になる。
パネルに表示された敵の衛星群を見れば、一つや二つ破壊したところで"焼け石に水"であることは容易に分かる。大元である基地砲台を潰さなければならないが、我々の"魚の目"ではそれを見つける術はない。
「通信長、航空隊から連絡はないか?」
こうなれば頼りになるのは"鳥の目"である。
『ヤマト』は海に沈んだが、航空隊は冥王星の上空にあるはずだ。
『いえ、まだ何も』
相原通信長の力ない答えが返ってくる。
「何だ通信、元気がないぞしっかりしろ。そんなんじゃ空の連中が連絡を入れた瞬間にやる気を無くすぞ」
そう声を励まして言ったものの、元気がないのは一人相原通信長だけではないだろう。
『ヤマト』には優秀ではあっても、まだ若く経験の浅い乗組員が多い。敵の新兵器の登場や、敵地の海深くに沈むといった事態は、そんな彼らの神経に予想以上の負担を与えていた。
こうなると、先の見通しが立っていない、未だ太陽系も出ていない、出たとしてもイスカンダルは遥か彼方……と云った具合に、何事にも悪い考えばかりが浮かび、今の苦悩が何時までも終わらずに、ずっと続いていくような錯覚に陥ってしまいがちだ。
『艦長』
そんな極限状況にあっても崩れることなく、あくまでも冷静かつ厳正な規律を保つことができたのは、古参のベテラン達の貢献もさることながら、やはりこの人物の存在によるところ大だった。
「はっ、提督」
『通信が無いという事は、航空隊が未だ敵との戦闘を行っていないという事だ。彼らは今も敵基地を求めて飛び回っている。我々は彼らが敵基地を発見するまでに体勢を立て直し、反攻に転じる。『ヤマト』も航空隊も健在だ。まだ負けてはおらん。その旨、乗組員達に徹底させてくれ』
沖田提督の優れた自己統制能力によって終始冷静さを保った言葉は、常に周囲の者たちの動揺する心を抑え、新しい勇気を沸き立たせた。
「了解しました」
私は艦内マイクを手に取る。
「艦長達す。今更言うまでもないが本艦の任務は重大である。本艦に力がある限り如何なることがあろうと任務を続行する。敵基地は航空隊が必ず見つけ出してくれる。それまで各人それぞれの持ち場で全力を挙げ、最後まで頑張れ」
そう通達してから、椅子に深く座り直す。
隣から島航海長や太田気象長の視線を感じるが、私は何も言わずに新たな煙草を一本口に咥え、眼前に広がる冥王星の暗い海底を睨んだ。
―――頼むぞ、古代、加藤。貴様らが敵基地を見つけてくれないことには、俺たちは奴らに怒りの往復ビンタを食らわしてやる機会さえ得られないのだからな。
そんなことを思いながら私は吉報を待った。
――――――――――
事態が動いたのは、『ヤマト』が冥王星の海に沈んでから約2時間半が経過した午前10時30分頃だった。
『こちら"ブラボー1(加藤航空隊長の呼び出し符号)"、ガミラス基地を発見。地点"オブジェクト5"。敵の迎撃を受く!!』
という至急報が入ったのだ。
この一報に第一艦橋及び
"オブジェクト5"は冥王星の南半球にあり、国連宇宙軍の予てからの強硬偵察によって敵基地所在場所の候補地とされていた地点の符号である。
―――遂に探し求めていた奴らを、見つけたぞ。
"オブジェクト5"で、敵基地らしきものを発見したのは、加藤航空隊長及び彼とペアを組んでいた杉山宣彦三尉の二人だった。
加藤隊長、杉山三尉の操縦する二機の『
そして、二機がその正体を確認するため高度を下げようとした瞬間、いきなり下方から紅いパルスレーザーの乱射を受けた。
不幸なことにこの超高熱の死のシャワーは、杉山三尉の『
加藤隊長が気付いた時には、既に杉山機は被弾により火を噴き、断末魔の叫びをあげる間もあらばこそ、一瞬で爆発四散してしまった。この時25歳。壮烈な戦死である。
目の前で僚機を撃墜された加藤隊長は、心中に怒りと悲しみを渦巻かせながらもスロットルを押し込んで建造物へと向かった。
打ち上げられる対空砲火を搔い潜り、必死の偵察を行った加藤隊長は、その防御の熾烈さから探し求めていたガミラス軍基地であると判断。無線封止を破って『ヤマト』へ至急報を送ったのである。
『
「目標ポイント、座標確認した!!」
加藤隊長からの報告は直ちに相原通信長から太田気象長へと廻され、彼によって正確な座標が示される。
それを確認した私は、艦内無線のマイクを取り、機関室の徳川機関長、第三艦橋の榎本掌帆長に質した。
「応急の状況を知らせ」
『こちら機関室。修理完了しています。何時でも全開で廻せます』
『こちら第三艦橋、波動防壁異常なし。慣性制御システムの応急修理完了。ようやく地に足付けられますよ』
「よぉしッ!!」
頼もしきベテラン二名からの返事に私もまたぞろ血が騒ぎ始めた。
「副長、敵衛星の中継信号とやらの解析は終わったのか?」
『先ほど分析が終わりました。どうやらあの衛星は理屈はSDIと同じですが、反射板ではなくリフレクターのような反射フィールドを展開してビームを曲げているようです。したがって反射フィールド展開の瞬間のエネルギー反応を探知することで発射のタイミングを計ることは可能です』
「そうか」
―――それなら初手は凌げるな。
改めて時計を確認する。
既に『アルファ隊』『ブラボー隊』全機が、それぞれの哨戒線の先端に到達しているはずである。
しかし、先の"ブラボー1"以外からは、未だ敵基地発見の報告はない。当たりか?
「提督、やりますか?」
私の頭の中では既に発見された敵施設に対する攻撃方がシミュレートされていたが、沖田提督の前に真田副長からの待ったがかかった。
『お待ちください。まだ"オブジェクト5"が敵基地と断定出来たわけではありません。もし間違っていたら我々は無防備な姿を晒すことになります』
確かに正論である。
先に懸念されていた『ヤマト』偽装沈没後の敵による止めは、この2時間で遂に現れることはなかった。
この事から楽観はできないものの、敵は未だに『ヤマト』の沈没を偽装だとは気づいてはいないと見て良いだろう。
そんな敵も、流石に『ヤマト』が浮上すれば偽装沈没に気付くだろうし、その時の攻撃方はあの反射衛星砲だろう。
もし真田副長の言う通り"オブジェクト5"が敵の基地でなかったとすれば破壊したところで何ら意味はなく、我々は態々撃たれる為に出て行ったような形になってしまう。
であるならば、リスクを減らすため、今少し様子を見るというのも一つの手ではある。
その事は承知の上で私は答えた。
「副長、航空隊が敵に見つかった以上、俺たちもこのまま海に座しているわけにはいかんぞ」
先程の"ブラボー1"の通信にあったように、敵は既に航空隊の存在に気付き、撃ち落とさんと躍起になっている。
今の『ヤマト』にとって航空隊を失うという事は、自身の"目"を潰されることと同じである。もう少し様子を見て……などという余裕はない。
『艦長、全艦に伝え。これより浮上決戦に転ずる』
沖田提督の力強い声が艦橋に届いた。この人の頭にも消極策は無いようだ。
『提督……』
『真田君、例え不確かでも、それに掛けねば勝てぬ戦もある』
そんなやり取りが聞こえてくる。
『……分かりました』
やがて真田副長も腹を決めたようで、そのような応答が返ってきた。
私は戦闘帽の顎紐を改めて締め直し、気合を入れて叫んだ。
「総員配置に就け!!」
号令が下り、アラームがけたたましく艦内に鳴り響く。
「これより潜水艦行動に移行、浮上決戦に転ず!! 砲雷撃戦用意!!」
3時間近く海底にとどまり、鬱々としていた空気がこの号令で晴れ、艦内は俄かに活気づいた。
『
南部砲雷長から具申が入る。彼も気合が入っているようだ。
「よし、そこは任せる。しっかりやれ!!」
そう言ってから、正面に向き直る。
「ツリム反転、浮き上がれ、右舷メインタンクブロー!!」
「上げ舵35℃、浮上します!!」
島航海長の復唱と操作で『ヤマト』は再び動き始めた。
バラスト調節によって、浮き始めは水平だった『ヤマト』は上がっていくにつれて段々と右側に傾いていき、遂には完全に上下が逆さまになってしまった。
偽装沈没の時と同じような状態だが、あの時と異なり今は慣性制御が働いているため、上下がひっくり返っていても身体を固定する必要はない。
そして、逆さま状態で浮上した『ヤマト』は遂に海面に達した。
海面は『ヤマト』偽装沈没後、再び分厚い氷に覆われていたが、『ヤマト』の装甲の前では薄いガラスも同然で、何ら浮上の障害にはならなかった。
完全に浮上した『ヤマト』は、艦底部の赤い塗装部分のみを海面に出した状態で静止した。第三艦橋があることも相まって、傍から見れば潜水艦に見えるだろう。
『艦底VLS開放。対地ミサイル、目標"オブジェクト5"に固定。発射準備』
『『ヤマト』より"ブラボー1"へ、これより攻撃を開始する。直ちに現空域より離脱せよ』
攻撃準備が進む。
先程までの三発の攻撃の間隔から計算すると、あのビーム砲は波動砲同様に威力が大きい代わりにエネルギーの充填にかなりの時間が掛かる。
敵も既に『ヤマト』の浮上に気付いているだろうが、恐らく最初の一手はこちらから打てるはずだ。
だが、その後は……。
思わず苦笑する。
もしも、真田副長の懸念通り"オブジェクト5"が敵基地でなければ、我々は無防備にあの反射衛星砲を食らい木っ端微塵。ガミ公共は「とんだ間抜け野郎共だ」と我々を嘲笑うだろう。
―――だが、今は千載一遇の好機だ。これを逃したら、もう機は無くなるやもしれん。
確実性のある戦などそうそうあるものではない。
先に沖田提督の言われたように、不確かな状態の中でも動かねならない時があるのだ。
敵前に姿を晒すことを無謀と恐れるよりも、ようやく掴んだ反撃の糸口を手繰り寄せることこそ重要。それが私の結論である。
『発射準備よし!!』
さて、準備は整った。あとは行動あるのみと自分に気合を掛けたその時だ。思いもかけない通信が飛び込んできた。
『こちら"アルファ1"古代。『ヤマト』へ支援要請』
如何に努力しても、裏目裏目という例は世の中に多い。その反対に運が良かった、運がついていたという例もある。
何が言いたいかと言えば、『ヤマト』は強運であったという事だ。
『"アルファ1"は偽装した敵基地を発見した。こちらの装備では殲滅は困難』