アルガユエニ   作:佐川大蔵

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最早、何も言い訳はいたしますまい。

終戦70周年に何とか間に合いました。


第十三話 「飛んで火に入る夏の虫」

 『冥王星』

 

 西暦1930年に歴史上初めて海王星軌道の外側―――現在で言う太陽系外縁部―――に存在が確認された天体であり、前世に於いて二等駆逐艦『夕顔』で人生初の艦長勤務に励んでいた私も、”太陽系9番目の惑星発見”というニュースを見聞きした記憶がある。

 ―――無論、当時の私は、よもや自分がそんな所へ行くことになるなど夢想だにしていなかった。いわんや、そこで宇宙人相手に戦争をする羽目になろうとは……。

 

 それが転生してみると、何時の間にやら”準惑星”に降格されていて、この時代で初めて太陽系図を確認した際に少し困惑したものだった。

 

 直径は地球の約1/6。大気は主に窒素で構成され、厚さは地球の1/10万と非常に薄い。地表は窒素、メタン、アンモニアなどが霜のように積もっていて、内部は岩石構造の中心核の周りを厚い氷の層が覆っている。

 

 当然ながら生物の生存などとてもとても…………と言うのは過去の話で、ガミラスに占領されて久しい現在では、彼らの手によって環境が操作され、海を擁し、生物の生存も可能な星へと変貌している。

 

 その冥王星の沖合約40万キロの宙域に『ヤマト』はあった。

 

 時に2月14日 午前6時45分。

 

 艦内には既に第一戦闘配備が発令され、沖田提督以下、戦闘、技術、船務幹部は第二艦橋の 戦闘指揮所(CIC)。私以下、航海幹部は第一艦橋の所定配置に就く。

 

 艦内の空気は緊張と闘志に満ち満ちている。

 

 私自身も、昨日は作戦準備の詰めの為に夜更かしして睡眠不足気味だが、身体中にアドレナリンが沸々と湧いて気分は爽快である。

 

 まして、この場所は先の『メ一号作戦』に於いて、国連宇宙軍艦隊が全滅した場所である。

 

 思えば、彼らはこの『ヤマト』の為に囮となり死んでいったのだ。

 

 私とて本来であればその一人となるはずが、図らずも退却することとなったあの時の悔しさと「仇を討つ」と誓ったことを忘れていない。

 

 その誓いを果たす機会がこうして巡ってきたのだから、気持ちも昂ろうというものだ。

 

 少し気持ちを落ち着けようかと懐から煙草を取り出す。

 

「艦橋ハ禁煙デスヨ、艦長」

 

 火を点けようとライターを取り出すと、すぐ隣のアナライザーがすかさず諌言する。

 

「固いこと言うな。俺はこれがないと戦にならんのだ」

 

 が、今回は私も譲らない。

 

 平時ならばまだ我慢できようが、これから一大決戦を挑まんとするときに、口に煙草がないなどあり得ようか?

 

 少なくとも私にとってはあり得ないことである。

 

「シカシ計器類ニ影響ノ恐レガ……」

 

「艦内の空調システムは完璧だ。心配いらん」

 

 そう言って、私はライターのフリントを弾く。

 

 一緒にいる島航海長、太田気象長は、既にここ数日で私のへビースモーカーぶりを知ったためか、”しょうがないな~”という顔をしつつも、特に咎めるようなことはしない。

 

 茜色の灰を作り出しながら肺に吸い込んだ煙を、体内の緊張諸共に一息で吐き出す。

 

 当然紫煙が発生するが、それは空気を汚すよりも早く消えてしまう。

 

『ヤマト』艦橋内は常に微弱な空気が隈なく循環している。今私が吐き出した煙は、空気洗浄装置を通して既に清潔になっていることだろう。

 

 これでは計器に影響も何もなかろう。

 

 そもそも往復33万6千光年の旅をしようという宇宙戦艦の精密機械がタバコの煙で壊れたら、それこそ笑い話だ。

 

「艦長、本当に良ろしいんですか?」

 

「計器にも健康にも異常はない」

 

「いえ、そうじゃなくて、 戦闘指揮所(CIC)に入らなくても大丈夫なのですか?」

 

 と島航海長。

 

 心配して言ってくれているのは分かるが、何度も言うように私は 戦闘指揮所(CIC)が嫌いである。

「いいんだ、いいんだ」と手を振って断る。

 

「貴様らこそ、何も無理して俺に付き合うことは無いんだぞ」

 

 今この場にアナライザーの他に航海幹部二人がいるのは、沖田提督や私が命じたわけではない。

 

 先の会議で艦橋で指揮を執らんとする私に、島航海長達が「艦長を一人艦橋に置いてなんていけません」と、自ら付いてきてくれたのである。

 

 私として有難いと思う反面、「参ったな……」と気まずくもなった。

 

 色々と理屈はこねたものの、本音をハッキリ言ってしまえば、これは私個人の信念と言うか、心意気というか、男の美学によるものである。

 

 そんな東郷元帥気取りのカッコつけに、「一人置いてはいけない」等と大真面目に言われては困るほかは無い。

 

 故に私もそれとなく降りるように言ったのだが、「いえ、付いていきます」と力んで言うことを聞かない。

 

 彼らも彼らなりに覚悟を決めてここにいるのだろう。それ以上は言わずに任せることにする。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 午前7時。

 

 先に発進させた一〇〇式空間偵察機より、『ヤマト』進路上に何の異常のないことを伝えられたことを受けて、 戦闘指揮所(CIC)に陣取る沖田提督は作戦開始命令を発した。

 

『現時刻を以って『メ二号作戦』を発動する。全艦所定の任務を遂行せよ』

 

 艦内無線を通して命令を受けた私は、直ちに航空管制室宛に号令を発した。

 

「艦長より管制室。航空隊、全機発艦始めぇ‼」

 

『メ二号作戦』の要として、既に未明より艦尾の第一、第二格納庫にあって整備に万全を期していた航空隊が、開け放たれた艦尾ハッチから発艦を開始した。

 

 先頭を切って飛び出したのは、言うまでもなく航空隊長の加藤三郎二尉である。

 

 カタパルトより艦尾斜め下方向に向けて後ろ向きに射出された機体は、巧みな姿勢制御の後、前方に向かって飛んでいく。

 

 土星でも思ったが、よくもまあ、あんな状態で上手く発艦できるものだと感心する。

 

 『ヤマト』からは加藤隊長に続くように次々と『コスモファルコン (ハヤブサ)』が発艦し、前方で『ヤマト』右舷の『アルファ隊』と左舷の『ブラボー隊』各十六機ずつに分かれて見事な編隊を組んだ。

 

 作戦では、『アルファ隊』は古代戦術長指揮で冥王星北半球、『ブラボー隊』は加藤航空隊長指揮で南半球の索敵攻撃を行う手筈になっている。

 

 そして最後に、艦尾上甲板の第一格納庫より上がってきた古代進戦術長、山本玲三尉の乗った『コスモゼロ』二機が発艦し、先の『アルファ隊』を追うように合流した。

 

 私はその姿を艦橋から帽子を振って見送った。

 

 私は前世を含めて空母に乗り組んだ経験は無かったが、嘗て菊池朝三君(空母『瑞鶴』、『大鳳』艦長)や渋谷清見君(空母『隼鷹』艦長)といった空母艦長の経験があるクラスメイト達から「飛行機と言うのは一度出ると必ず五割は消耗する」と言う話を聞いたことがあった。

 

 ―――彼らもまた、半数は帰ってこないのだろうか?

 

 一瞬、そんな不安がよぎる。

 

 作戦前、ブリーフィングルームを覗いた時に、明朗にジョークを交わしていた航空隊員たちの顔が浮かんでくる。

 

 ―――神様、もしこの時代に俺を送り込んだあなたがいるならば、あの若者たちをどうか守ってやってください。

 

 内心、そう祈らずにはいられなかった。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋。艦長、波動防壁を展開します」

 

「よし。航海長、面舵一杯、予定通りの進路を取れ」

 

「宜候。おもーかーじ」

 

 航空隊の発艦を終えた『ヤマト』は予定通りに敵の目を我々に奪わせるべく、航空隊の進路より離れたルートへと舵を取った。

 

 かくして、この『ヤマト』によるイスカンダル遠征航海第一の関門とされる『メ二号作戦』の幕が切って落とされたのである。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「現在、ニクスの軌道を通過中。五分後にカロン軌道に入る」

 

 太田気象長の報告が艦橋と 戦闘指揮所(CIC)に響き渡る。

 

 ―――妙だな。

 

 腕時計を見ると午前7時40分。作戦開始から早や40分が経過している。

 

 その間『ヤマト』は冥王星の敵警戒宙域を遊弋しつつ、「我、此処ニ在リ」とばかりに電波を発信していたのだが、敵は迎撃に出るどころか、一機の偵察機すらよこさずに沈黙していた。

 

「静かだ、本当にここは敵地なのか?」

 

 島航海長が不気味そうに呟く。

 

 先の『メ一号作戦』の時には、冥王星の沖合38万キロという地点で百隻近い大艦隊を以って完璧な布陣で待ち構えていた奴らである。

 

 当然、今回もそのような展開になるだろうと気持ちを引き締めていたのに、実際にはここまで何ら障害なく冥王星の衛星軌道に到達し、本星に向けて進撃しつつある。

 

 狐につままれたような気分になっても無理からぬことだ。

 

「船務長、レーダーに反応はあるか?」

 

『現在の所、冥王星近海に敵影は認められません』

 

 些か堪り兼ねて 戦闘指揮所(CIC)に確認すれば、即座に森船務長の報告が帰って来る。

 

「敵さん、『ヤマト』に怖気付いたのかな?」

 

 冗談好きの太田気象長がここでも気楽な事を言う。

 

「そうであってくれれば楽なんだがな……」

 

 私はそう応じたが、内心”その方が厄介だ”と思った。

 

 怖気づくというのは、言い方を変えれば警戒しているということだ。

 

 ガミラスと言う連中は学習能力も非常に高い。

 

 戦役初期こそあまりに力の差が大きすぎたために単純な力押ししかしてこなかったが、かの『第二次火星沖海戦』で地球が大勝利に酔っている間に敵はしっかりと対策を立て、『メ一号作戦』の時には完全にこちらの戦術を封じていた。

 

 敵もいい加減、『ヤマト』がこれまでの地球艦とは次元違いの性能を持っていることは分かっているはずである。

 

 であるならば、敵はそれに応じた対策を講じるであろうことは容易に想像できた。

 

「対空・対艦警戒を厳となせっ‼」

 

 私は改めて命じた。

 

 そう、絶対に油断はできないのだ。

 

 そうこうしているうちに、『ヤマト』はカロン軌道を通過し、いよいよ冥王星本星が視界に入る。

 

 相変わらず敵影は無く、通信機にも何も入ってこない。

 

『艦長、間もなく冥王星を主砲射程に捉えますが……』

 

 暗に「撃たせてくれ」という催促が南部砲雷長から上がって来る。

 

 ここまで来てしまえばそれもまた一つの手だが、戦術の大変更となるので私には決定権がない。

 

 そこで沖田提督に意見を上申し、指示を求めた。

 

 沖田提督の判断は”航空隊の連絡を待つ”であった。

 

『敵艦隊の動向も敵基地の所在も不明の中、闇雲に地表を叩いても意味は無い。古代たちの連絡を待つ』

 

 とのことであったので、私も了承し「鉄砲、もう少し我慢しろ」と伝える。

 

 漆黒の中で青白く輝く冥王星は寂として静まり返っている。

 

 作戦が異常なく進んでいるのか、どこからも、何も言ってこない。

 

 

 "ズオァァァァァン‼"

 

 

 突然、全くの突然に凄まじい轟音と、主砲発射時を遥かに上回る衝撃が『ヤマト』を襲った。

 

「被害報告‼」

 

 不覚にも一瞬、何が起こったのか分からずに呆けたが、艦長として出すべき命令は反射的に口から出た。

 

 艦内には警報が鳴り響き、同時に身体が浮遊しそうになるほどに軽くなるのを感じる。

 

 ふと気づけば、先程まで口に咥えていた筈のタバコが目の前に浮かんでいた。

 

 ―――慣性制御がやられたのか?

 

 ”パッ”とタバコを引っ掴んで間もなく、被害状況の報告が上がってきた。

 

 突然なる敵の攻撃は、『ヤマト』左舷第三デッキに被弾。波動防壁を貫通して左舷高角速射砲群と乗組員居住区を薙ぎ払った他、機関の主推進ノズルを損傷させていた。

 

 後者の被害はかなり深刻であり、これによって波動エンジンの出力が低下した上、慣性制御システムが故障してしまった。

 

「第三デッキ隔壁閉鎖。応急班は消火作業を急げ‼」

 

 歯噛みしながらダメージコントロールを命じる。

 

『ヤマト』乗組員の着用している靴は従来通りの電磁靴であるので、艦内が無重力になっても床に足が着いてさえいれば浮遊してしまうことは無いが、艦内移動や作業には時間が掛かってしまうだろう。

 

 やられた。油断していたつもりは無かったが、まんまと”飛んで火にいる夏の虫”になってしまった。

 

戦闘指揮所(CIC)、どこからの攻撃だ!?」

 

『敵艦影確認できず。これは強力なロングレンジ攻撃と思われます』

 

 普段は冷静な森船務長の報告だが、今回は声に焦りが含まれている。

 

 波動防壁は、先の作戦計画でも述べられたようにガミラス艦の砲撃を十分防ぐことができ、理論上は『ヤマト』のショックカノンでも想定砲戦距離であれば耐えることができる。

 

 それを難なく突破する出力となれば、波動砲とまではいかずとも、それに近しい超兵器だ。

 

 危なかった。波動防壁は作戦宙域に突入した時から展開し、その後、エネルギー上の問題から折りを見て展開と解除を繰り返し、この時はほんの五分前に再展開したばかりだったのだ。

 

 もしも波動防壁の展開があと五分遅ければ、この一撃で『ヤマト』は木端微塵になっていたことだろう。

 

 しかし安堵している暇はない。

 

 こちらが無事な以上、第二撃が来るだろうし、何よりも何処から撃たれたのか分からないのである。

 

 レーダーで艦影を捕捉できないのであれば、要塞砲だと思われるのだが、

 

『艦長、この攻撃は左舷十時の空間から行われた模様です』

 

「何っ、間違いないか?」

 

 真田副長の分析報告に私は思わず問い返した。

 

 何故ならば、真田副長の報告した方向にあるのは細かいデブリばかりで、とても波動防壁を貫通するような大出力の要塞砲を据えられるとは思えなかったからだ。

 

 しかし、機械的とも言える程に正確な真田副長がいい加減な報告をするはずがないし、言われてみれば被弾直前、艦橋からほんの一瞬その方向で何かが光ったように思えた。

 

 ともかく、敵の射程外に逃れなければ撃沈される。

 

『艦長、回避行動を取れ。航空隊の敵基地発見まで敵のビーム攻撃を避けるのだ』

 

「了解。航海長、取り舵急降下、発射予想地点の裏側に向け回避しろ」

 

 沖田提督から下令され、私は島航海長に命じた。

 

 日露戦争の例を紐解くまでもなく、基本的に艦砲と大口径の要塞砲では後者の方が威力、命中精度とも圧倒的に有利だ。

 

 その代わりと言っては何だが、要塞砲は艦砲ほどの機動性は無いし、あれだけの高出力砲ならばそうそう連射はできないはずである。

 

 であれば、三十六計逃げるに如かずである。

 

 退避に要した時間はほんの数分程の時間であるが、この間、艦内はいつ第二撃がくるかと肝が冷える思いである。

 

 優勢な敵の攻撃から逃げるときに感じるこの恐怖は、どれだけ経験してもぬぐい難い。

 

 こればかりは怯懦とかそういう問題でなしに生物としての本能である。

 

 それだけに漸う死角に入った際には、艦内に”ホッ”っとした空気が流れた。

 

『艦長、ここならば敵のビーム砲からの死角になります。一旦艦を止め、修理作業に専念しましょう』

 

 と、 戦闘指揮所(CIC)の真田副長から進言があった。

 

 もっともな意見であったが、私の心中には何か胸騒ぎがあった。

 

 先ほどの発射予想地点からここが死角であるという真田副長を疑うわけではない。

 

 だが、仮に先ほどと同種の要塞砲が複数存在しているとすれば、或いは、未だ姿を現さない敵艦隊がここで攻勢に出てくれば、機関を止めた『ヤマト』は絶好の標的である。

 

 比喩なしに光速で迫るビーム砲の発射を確認してからの回避などは到底無理な話だが、『ヤマト』の速力と機動性を以ってすれば、固定された砲台の照準をある程度乱すことは可能である―――と言っても、”止まっているよりはマシ”程度の、実の所運任せなのであるが―――。

 

 以上の理由から、私はここで艦を止めるべきではないと判断した。

 

「いや、このまま速度を維持しつつ之字運動に入る。……よろしいですか、提督?」

 

『よし』

 

 沖田提督からの承諾を得て、『ヤマト』は敵ビーム砲の死角範囲を遊弋して様子を見ながら、損害箇所の修復と、冥王星のスキャンを行った。

 

「副長、どうだ?」

 

『まだ探知できません。ただ、相当数のデブリが宙域内に点在しています』

 

 人が手を入れた惑星から宇宙ゴミが大量発生することは珍しくない。

 

 その為、この情報はさして重要なものとは捉えられなかった。

 

 その時、徳川機関長から要請が入った。

 

『艦長、機関出力の低下が続いています、もう少し速度を落とせませんか?』

 

 艦長席のコンソールを確認すると、確かに出力を示すゲージが下がってきている。

 

 このまま無理をすると、敵前でエンコするかもしれなかった。

 

「……仕方がない、戦速落とせ」

 

 そう命じて間もなく、艦の速力が緩んだ時……

 

 

 ”バシュウウゥゥゥン”

 

 

 一筋の色鮮やかなピンク色の光が、『ヤマト』の頭上から降り注いだ。

 

『右舷前方に被弾‼』

 

『舷梯装置大破‼』

 

『作業用装載艇格納庫火災‼』

 

『艦長、先程と同じ攻撃です‼』

 

 各部からの被害報告と、真田副長の流石に動揺した叫びが艦橋に届く。

 

 光はこれまた波動防壁を突破し、『ヤマト』の右舷前方を 掠めて(・・・)その部分を抉り、艦を右に傾かせた。

 

「クソッ、死角だったんじゃないのか!?」

 

 島航海長が懸命に操縦桿を操作しながら、困惑の叫びをあげる。

 

「船務長、発射地点は捉えたか!?」

 

『……特定できません。先ほどとは全く別の方向から発射されています』

 

 ―――畜生ッ、やっぱり複数あったのか!?

 

 私はてっきりそのように考えていた。

 

 幸い、この一撃の被害はこれだけで済み、すぐに姿勢を立て直したが敵の狙いはきわめて正確である。

 

 今の一撃もたまたま運が良かっただけで、もし艦速を落としていなければ、中央あたりに直撃していただろう。

 

 この分では、次弾は直撃を喰らう公算が大である。

 

 悪いことに波動防壁の稼働限界が、もう間もなくに迫っている。

 

 第一撃と第二撃の間を計算すれば、精々あと一撃持つか持たないかという時間しかない。

 

 波動防壁のない状態で、あの光の直撃を受ければ、今度こそ『ヤマト』は宇宙の塵になってしまう。

 

 刻一刻と時間が過ぎる中、私はこうなれば一か八か、出せるだけの全速力を出して、戦闘宙域外への離脱を計ってみる他は無いかと、いよいよ覚悟していた時だった。

 

『……艦長、機関を停止させよ』

 

「はっ?」

 

 艦橋に響いた沖田提督の声に、私は思わず耳を疑った。

 

『降下だ。機関の故障と見せかけて、冥王星の海に着水させるのだ』

 

「しかし、提督……!?」

 

『このまま静止軌道上にいても狙い撃ちされるだけだ。ならば低い位置に逃れる他は無い』

 

 私は僅かに逡巡した。

 

 確かに敵のビーム砲の正確な射程距離が分からない以上、このまま留まろうと、離脱を図ろうと先ほど同様に撃たれるのは眼に見えている。

 

 しかし、それは冥王星に降下したところで同じこと。否、冥王星の凍結した海面に着水してしまえば、氷に囲まれて身動きの取れなくなった『ヤマト』は、それこそ据物斬りの如く容易くやられてしまうだろう。

 

 加えて言えば、エンジン内の出力が下がっている状況下で一度機関を停止させてしまえば、少なくとも降下中に再起動させることは困難である。

 

 ほとんど自殺行為に等しい命令であった。

 

『大丈夫だ、策はある。今はともかく急げ、艦長‼』

 

 決然たる沖田提督の言葉に、私も覚悟を決めた。

 

「機関圧力下げろ、噴射停止。航海長、流れに任せて下降させろ」

 

 この人物は、そんなアッサリとあきらめるような方ではない。策があるというのならばそれを信じるのみである。

 

『……エンジンシリンダー内圧力ダウン。機関、停止します』

 

 徳川機関長の報告から数秒後、艦内に常に響いていた駆動音が止み、艦が冥王星に向かって傾き始める。

 

「艦長達す。本艦はこれより冥王星の海面に向けて降下する。なお現在、本艦は慣性制御システムがダウンしており、着水の際、相当の衝撃が予想される。全乗組員は直ちに身体を固定、不時着の衝撃に備えよ」

 

 艦内にそう通達し、私自身もシートベルトを締める。

 

 重力に従ってゆっくりと落下を始めた『ヤマト』は、時間が経つにつれて艦首を下にして段々と加速し、徐々に角度が増していっている。

 

「艦長ッ、推進力を止めた状態では姿勢が安定しません。このままでは速度と角度が付きすぎて、墜落してしまいます‼」

 

 島航海長が顔面蒼白で叫ぶ。

 

 無論、姿勢制御のためのノズルを焚いているが、それだけではパワーが足りないようだ。

 

「安定翼を使ってグライドさせろ。木星の時と同じだ、慌てるな‼」

 

 と私が叱咤すると、島航海長、太田気象長の操作で、ムササビが飛膜を大きく広げるように『ヤマト』艦体中央の赤いデルタ翼が展開される。

 

 地球のよりもはるかに薄い冥王星の大気が、果たして『ヤマト』を持ち上げてくれるかどうかは分からない。ガミラスの環境改造によって、多少は厚くなっているだろうか?

 

 ―――そらっ、上がってくれよ‼

 

 私はそんな思いで、ジッと見守る。

 

 傾斜は大きく、既に垂直に感じる程である―――後で調べると50°程度であった―――。

 

 慣性制御が切れているから、今頃居住区やら倉庫では器物が冥王星重力によって崩れ落ち、大変なことになっているだろう。

 

「海面までの距離、あと一万‼」

 

 ―――上がれ、上がれ、上がれ……。

 

 声にならない呻き声が上がりそうになった時、ようやく、艦首が上がり始め、姿勢が戻っていく。

 

「艦首、上がりまぁーす‼」

 

 太田気象長のやや上擦った報告を聞いて、私はやや安堵しながら、

 

「戻ぉせー、舵中央‼」

 

 と命じた。

 

 しかしこの時、『ヤマト』は既に冥王星の大気圏を突破し、私の視界には以前に写真や映像で見た冥王星表面とは全く異なる凍り付いた大地と海が広がっていた。

 

 艦は漸く水平に近い姿勢を取り戻したことで多少は減速したものの、それでも相当の速度を維持したまま、冥王星の海に向かって突っ込んでいく。

 

「海面まであと二千‼」

 

 ここまで来て、私は意を決して叫んだ。

 

「総員、衝撃に備えろ。着水するぞ‼」

 

 島航海長は、何とか少しでも艦を減速させようとありとあらゆる努力を試みたが、残念なことにほとんど効果は無いまま、艦首をやや上に向けた『ヤマト』は艦尾から氷の海に落ちた。

 

 ”ドンッ”という底から突き上げるような凄まじい振動を感じ、次いで、前方に落下の感覚があった。

 

 氷の海に叩きつけられた『ヤマト』は、その硬い艦体で氷を砕きながら、慣性の法則そのままに海の上を進む。

 

 その衝撃たるや以前の浮遊大陸の時を遥かに上回り、二度三度と艦体が跳ね上がる度に、我々の身体もそれに伴って吹っ飛ばされそうになる。

 

 ―――くそぅ……

 

 私は心中で毒づきながら、必死で座席にしがみついていなければならなかった。

 

 砕けた氷は、大きい物は『ヤマト』両舷に”ゴツン、ゴツン”と打ち掛かり、細かい物は鋭利な刃となって”ビシッ、ビシッ”と艦橋の窓にまで飛んでくる。

 

 幸いと言うべきか、艦の動きはこの氷によって徐々に制止されていき、やがて『ヤマト』はやや前方に傾いたままに止まった。

 

「……着水、完了」

 

 島航海長が大きく息を吐いて言った。

 

 私も疲労が顔に出そうになるが、それどころではないと気持ちを引き締める。

 

「各部状況報告。総員、上方からの追撃に備えろ‼」

 

 冥王星の海への着水―――というより着氷であるが―――には成功したが、現在の危機的状況には何の変りもない。

 

「提督、一体どうなさるつもりですか?」

 

 敵の攻撃手段すらわからず、次の一撃を受けることが致命的であるこの状況で冥王星に降下する。

 

 これが何を意味するのか。沖田提督の言う策がどういうものなのか。

 

 私にはまださっぱり分からなかった。

 

「艦長」

 

 そして沖田提督の返答は、私の予想だにしないものであった。

 

「『ヤマト』を一度ここで沈める」

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 午前7時53分。

 

「高エネルギー体……真上です‼」

 

 森船務長の悲鳴のような報告から数秒後、洋上にて身動きの取れない『ヤマト』に直上から例のビームが一直線に艦尾を直撃した。

 

 激しい衝撃で艦体が震えると同時に、『ヤマト』は急速にバランスを崩して、あっという間に左舷に転覆した。

 

 あゝ『ヤマト』が沈む。

 

 そんな言葉が最早疑いようのないほどの状態になっていることが、艦内にいても十分に理解できた。

 

 外から見れば、さぞ派手に『ヤマト』がひっくり返ったように見えるだろう。

 

 そんな状況下で、私は思った。

 

 ―――前にもあったな、この感覚は……。

 

 何時か(・・・)のデジャヴを感じた直後、凄まじい大爆発と、それに伴って発生した紅蓮の炎を認めた。

 

『ヤマト』は海の底へと沈んでいく。

 

 ―――畜生、やっぱり嫌な感じだ。

 

 

 


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