アルガユエニ   作:佐川大蔵

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 ようやく本編に戻れました。


第十二話 「『メ二号作戦』実施決定の頃」

 追想の中の『銀河航路』が遠くなるにつれて、私の意識も『ユキカゼ』から『ヤマト』へと戻る。

 

 随分と長く回想に浸っていたようで、既に艦は土星本星の全体を視界に収めることができる程の距離まで離れていた。

 

「艦長」

 

 呼ばれて振り向くと、何時の間にか古代戦術長が戻ってきていた。

 

「提督がお呼びです。至急提督室に来るようにと」

 

「そうか、分かった」

 

 応じて、立ち上がる。

 

 古代戦術長の横を通り過ぎる時、私は彼の顔を見た。

 

 毅然として、ひたむきな目は、見知ったあの男とよく似ていた。

 

「……なぁ、古代」

 

 この時、私は一体、彼に何を言おうとしたのだろうか?

 

 ほとんど無意識に、声を掛けていた。

 

「⁉ 何か?」

 

 唐突に”戦術”ではなく、”古代”と親しげに呼ばれた為か、若干驚いた様子だった。

 

 彼は、その仕草にも声音にも、哀しみを滲ませることは無かったが、その瞼は、僅かに腫れていた。

 

 そのいじらしさが、私の胸を衝き、言葉を詰まらせる。

 

「……いや、良い。しばらくここを頼む」

 

 結局、何を言うこともなく、私は提督室へと向かった。

 

 

 ―――古代、貴様、本当に死んだのか……?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「艦長入ります」

 

 提督室のドアを開けると、沖田提督は何時もと同じように、室内前面に後ろ手を組んで立っていた。

 

「提督、何か?」

 

 沖田提督は振り向く。

 

「艦長、今後の行動についてだが……」

 

 その顔を見た瞬間、私は内心で身構えた。

 

 沖田提督の表情には、何時にも増して強い決意が湛えられていた。

 

「冥王星にあるガミラスの前線基地を撃滅する」

 

 ある程度予想していた言葉だったが、それでも聞いた途端、それまでの感傷的な思考が吹き飛ぶほどに身体中の血が騒ぎ始める。

 

「よろしいのですか? 相当の時間をロスすることになりますし、敵の情報も未確定のものが多くありますが……」

 

 私はその騒ぐ血を抑え、敢えて反対の意見を述べる。

 

 現状の『ヤマト』は、エンケラドゥスでの作業によって既に予定よりも二日の時間をロスしている。

 

 また、現在位置から冥王星は、先の航路会議で古代戦術長、太田気象長が指摘したように最短コースからは正反対の方向であり、向かうとなれば少なくとも更に二日。冥王星での戦い次第では、もっと日数をロスすることになるだろう。

 

 血で沸騰しそうな私の頭脳であるが、一寸の冷静な部分が、それを正しく認識していた。

 

 認識している以上、それを基に反対意見なり次善の献策なりをすることは、司令官を支える幕僚としての権利であり、また義務である。

 

「分かっている。わしとて無駄な戦闘を望むものではないが、未だ地球に遊星爆弾を降らし続けている冥王星基地だけは捨て置くわけにはいかん。後顧の憂いを断つ意味でも、『メ二号作戦』は多少の時間ロスやリスクを冒してでも行うべきものであると、わしは判断する」

 

 これまた予想通り、沖田提督の決意は固く、私も本音の部分では全くの同意見であり、異論はない。

 

 提督の決定は下った。

 

 となれば、後は戦いに向けて、艦の戦闘準備を乗組員に指示し、整えるのが私の仕事だ。

 

「分かりました。では早速、戦術長に『メ二号作戦』の創案を命じ、明日には各長を交えての作戦会議としましょう」

 

「頼む」

 

 敬礼をして提督室を退室した私は、即座に艦橋に取って返す。

 

 都合の良いことに、艦橋当直の幹部要員の他に、機関部及びエンケラドゥスで受けた損傷の補修作業を指揮していた真田副長の姿もあった。

 

「おぅ副長、ちょうど良かった。艦の修理状況はどうなってる?」

 

 私が出し抜けにそう尋ねると、元々その報告の為に上がってきていたようで、すぐに回答があった。

 

「右舷の損傷については間もなく完了します。機関部の方もコスモナイト90への改装を含めて、明日には完了します」

 

「うん、それは良かった」

 

 それならば、次の作戦に支障はないだろう。

 

「……何かありましたか?」

 

 私の様子が少し違うと思ってか、古代戦術長が聞いてくる。

 

 否、恐らく私が提督に呼ばれた時点で、それが何を意味しているのか薄々分かっているのだろう。古代戦術長だけでなく、艦橋要員全員が、緊張して私の言葉を待っているのが分かった。

 

「沖田提督から『メ二号作戦』実施の命令を受領した」

 

 私の言葉はおそらく予想通りだったのだろう。全員息を飲む気配はあれど、声は無い。

 

「従って、これより本艦は作戦準備に掛かる。戦術長」

 

「はっ‼」

 

「急ぎ『メ二号作戦』の具体案を作成、24時間以内に提出せよ」

 

「分かりました」

 

「航海長、進路変更、艦を冥王星へ向けよ」

 

「はっ、冥王星へ艦を向けます。とぉーりかーじ」

 

「戦術長の作戦案が纏まり次第、中央作戦室にて作戦会議を行う。それまでに各科は準備作業を実施。以上だ」

 

 私がそう締めくくると、真田副長から細かい指示が飛び、関係各科は不用品の各科倉庫への格納、隔壁・防御被蓋の点検・閉鎖や、兵器、機関、諸装置の調整等の為に、ある者は艦内電話に向かい、ある者は直接担当部署へと走る。

 

 当の私はというと、実はこの時点でもう仕事は無い。

 

 艦長というのは、一度命令を下すと、後は部下から何かしらの報告が来るまでは暇であることが多い。

 

「艦長」

 

 準備完了まで艦長席の配置に就こうと思っていた私に、真田副長がやや神妙な面持ちで―――ほとんど変わらないのだが―――声を掛けてきた。

 

「もう一つ報告があるのですが―――」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふーん、これが貴様たちを襲ってきた敵兵か」

 

 技術解析室。

 

 初めて訪れた時と変わらず、青白い照明の室内中央に設置された解析カプセルの中を見て、私は驚きを努めて押さえた声を漏らす。

 

 真田副長から「エンケラドゥスにて敵兵を収容した」という報告を受けた私は、すぐに確認へと訪れた。

 

 何故、捕虜収容用の留置室ではなく、技術解析室なのかというと―――

 

「まさか、ロボットとはなぁ……」

 

 そう、エンケラドゥスの敵兵は人間ではなかったのである。

 

 私の眼前のカプセル内に入っているのは、体長は170㎝程で、銀色の金属外郭の下に赤い筋肉のような構造を持った、人間で言えば華奢な体型をしたロボットだった。

 

「正確に言えばアンドロイドです」

 

 ―――どう違うんだ? と喉元まで出かかったのを飲み込む。

 

 色々と定義はあるのだろうが、私のような素人からすれば、所詮、言葉の違いであり、そのうんちくを副長から聞く気は無かった。

 

 ただ、アナライザーのようないかにもなロボット然としたものでなく、全体的に人間に近い構造をした姿は、確かにアンドロイドと言った方が正確かもしれない。

 

「死んでるのか?」

 

「死んでいる。と表現すべきかどうかはともかく、現状では三体とも機能を停止しています」

 

 あくまでも機械的に淡々と答える真田副長。

 

 部屋の奥の新見情報長は、コンピューターに向かって、アンドロイドの分析に夢中になっている。

 

「ナノマシンで構成された人工オルガネラなんて、とんでもないテクノロジーね。表面構造は軟性テクタイトラバー……」

 

 等という言葉が聞こえてくるが、ハッキリ言って私には、その意味が半分もわからない。

 

 こういうことは沖田提督の方が理解が早いと思われ、私などは完全に畑違いだった。

 

「それで、何か情報は引き出せそうか?」

 

 気を取り直して、私は肝心と思われる部分を聞く。

 

 もし、このアンドロイドから、何かしらのガミラスの情報を得ることができれば、この先の航海もだいぶ楽になるのだが。

 

「目下解析を進めていますが、現状ではアンドロイドの構造のみです。内部の情報を引き出すには、まだ時間がかかります。残念ですが、『メ二号』には間に合わないかと」

 

「そうかぁ……」

 

 世の中そんなに甘くは無いようだ。

 

「まぁ、仕方ない。何かわかったらすぐに報告しろ」

 

 そう言って、後のことを真田副長に任せて、私は解析室を出た。

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 日付の変わった2月13日。

 

 艦が当初の予定の二日遅れで天王星軌道を通過している頃、『ヤマト』艦長室で、私は古代戦術長を迎えた。

 

「できたか?」

 

「はい、こちらに」

 

 そう言って戦術長は、私にタブレットパソコンを手渡した。

 

 画面には”メ二号作戦案概要”とある。

 

 古代戦術長、だいぶ頑張ったと見えて、私が想定していたよりも早い作戦案の提出である。

 

 昔は、このようなタブレットパソコンの扱いには手こずったが、今は慣れたもので”チョイチョイ”と指を動かせる。

 

 冥王星基地攻略の為に主な問題となるのは、

 

 一、敵基地の位置及び攻撃法。

 

 二、基地に駐留しているであろう敵艦隊への対処。

 

 この二つである。

 

 特に前者は、開戦以来、国連宇宙軍が幾度に渡って強硬偵察を行い、幾つかの候補地を挙げたものの遂に特定には至っていない。

 

 幕僚監部及び軍務局では、何らかの遮蔽幕を展開し、基地全体を覆い隠していると推定しているが、何にしても、まずはこれを見つけなければならない。

 

 また、後者の敵艦隊については、先の『メ一号作戦』での敵戦力から推定して、百隻前後の規模と思われた。

 

 古代戦術長の”メ二号作戦案”は、まず第一の敵基地ついては、秘密裏に航空隊を発進させ、二手に分かれて敵基地の位置を探索、基地を発見次第、攻撃を開始することとし、第二の敵艦隊については、航空隊索敵の間、『ヤマト』が囮となって衛星軌道上まで引き付け、航空隊の攻撃開始と同時に敵艦隊の包囲を突破、冥王星沖合に達した後は、航空隊と連携し、艦砲射撃にて基地を攻撃、とどめを刺す。というものであった。

 

 私は作戦に際して、疑問に感じたことは次々と質問した。

 

「基地と艦隊の両方を相手取るとなると、忙しいことになるな。先に艦隊の方を全力で始末した方が良いんじゃないのか?」

 

「定石ならばそうでしょうが、今作戦の主眼は地球への遊星爆弾攻撃の阻止にあります。また、敵艦隊の撃破後に敵基地を探索するとなると時間が掛かりすぎます。今回の我々の航海の目的を考えれば、極力戦闘は早期に終わらせなければなりません」

 

「なるほど。では次に、この作戦案だと『ヤマト』のみで最大百隻近い大艦隊を相手に殴り合いをすることになるが、勝算はあるのか?」

 

「それに付きましては、冥王星外周のカイパーベルト帯に敵を引き付け、それを盾にすることを考えています。また、真田副長に確認したところ、波動防壁の展開によって敵の陽電子ビームをほぼ無力化することができるようです」

 

「あぁ、あれか。それで、時間はどれぐらい持つ?」

 

「約二十分」

 

「うむ……後は『ヤマト』の砲撃力で勝負というわけだな」

 

「はい」

 

「よろしい。では次に―――」

 

 と云った具合に、一つ一つ入念に確認していく。

 

 こうした細かい点を詰めておかないと、いざ本番となった時、予想外の事態や些細なヒューマンエラーによって、計画に破綻が生じて大混乱となるのである。

 

 大方の確認事項が済んだところで、私は最後にこう切り出した。

 

「戦術長、これで最後だが、もし万が一、これらの作戦そのものが完全に破綻した場合はどうする?」

 

 完全な破綻というのは、この場合、航空隊が敵の基地を特定することができなかった場合。または、『ヤマト』がそれ以上の作戦続行が不可能な状態になった場合を指す。

 

「その、場合は…………」

 

 古代戦術長はしばらくの間、言い辛そうに口を噛む。

 

「……波動砲、か?」

 

 私の言葉には沈黙で帰ってきたが、戦術長のその苦虫を噛み潰した顔は”是”という答えを示していた。

 

 波動砲によって敵基地を冥王星諸共に破壊する。

 

 一見、最も手っ取り早く、簡単な方法のようだが、実は大変なリスクを孕んでいる手段である。

 

 太陽系惑星というのは、太陽を始め、各惑星の重力がそれぞれ複雑に作用しあって存在しているが、冥王星を破壊するということは、その重力バランスの一部を破壊することを意味している。

 

 理論としては、仮に冥王星のような小さな星を破壊したとしても、直ちに地球そのものに影響の出る可能性は低く、あったとしても非常に微々たるものとされているが、それはあくまでも天体としての話。

 

 天体としては細かい隕石が降り注いだり、微妙に環境が変化する程度のことは、ちょっとした怪我や風邪を引いた程度のことだろうが、その一部に乗っかっているに過ぎない生命にとっては、最悪の天変地異である。

 

 冥王星を破壊した結果、遊星爆弾が降り注ぐよりもひどい結果になるという本末転倒なことになる可能性も低いとは言え、ゼロとは言い切れないのだ。

 

 また、先の浮遊大陸と異なり、冥王星は太古より存在する太陽系の共有財産であり、それを破壊することには道義的な責任も伴う。

 

 できることならば採りたくはない、正に最後の手段だった。

 

「戦術長、この話、今すぐ忘れろ」

 

「え?」

 

「俺も貴様からは聞かなかったことにする。作戦会議でも波動砲は使用しないことを前提としろ。いいな?」

 

 私は古代戦術長にこう言い含めた。

 

 真意を測りかねたのか、古代戦術長は困惑顔だったが、私はそれ以上は何も言わなかった。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 私は話を打ち切り、古代戦術長を伴って提督室を訪れた。

 

 報告・説明の結果、”メ二号作戦”案は沖田提督の採用するところとなり、実施が決定した。

 

 それを受けて、予ての通り、中央作戦室で各長が集合しての最後の大作戦会議が開かれた。

 

「諸君、これから本艦の向かう冥王星には、今更言うまでもなくガミラスの大規模前線基地が存在し、遊星爆弾の発射もここから行われている。我々が最優先とすべきはあくまでもイスカンダルへの到達であり、戦闘は極力避けるという方針に変わりはない。しかし、冥王星基地を放置するということは、地球に更なる遊星爆弾が降り注ぐことを許すということを意味する。断じてこれを見過ごすわけにはいかん。従って明14日を期して『メ二号作戦』を決行する。諸君の敢闘を期待する」

 

 沖田提督から以上のような訓示が行われ、その後、戦術長から先に提案した通りの具体的な作戦計画、戦術についての説明が行われた。

 

 作戦そのものや計画についてはすんなりと各科に受け入れられたのだが、戦術の説明に移行した際、南部砲雷長と加藤航空隊長の間で、激しい対立が起こり、会議の場がにわかに緊張した。

 

 戦術説明が行われた際、南部砲雷長が、

 

「波動砲によるロングレンジ攻撃で、一気に殲滅するべきです」

 

 という意見を、強硬に主張し始めたのだ。

 

 私は一瞬、戦術長の顔を見たが、彼はほとんど間髪を入れずに、

 

「波動砲は使わない」

 

 と、キッパリ宣言した。

 

 先に私に命じられたからと言うよりも、本人のできれば使用したくないという気持ちが強かったのだろう。私の顔を窺うような仕草は全く見られなかった。

 

 しかし、南部砲雷長は、波動砲による冥王星破壊の事実やリスクを説明されても、納得できない様子で、尚も強硬に波動砲使用を主張する。

 

 挙句、

 

「あんな小さな星の一つや二つ、吹っ飛ばしても問題ないでしょう‼」

 

 なんぞというとんでもない発言まで飛び出して、戦術長に一喝される一幕もあった。

 

「戦術長が使わないって言ってるんだから良いだろ」

 

 流石に見かねたのか、加藤航空隊長が口を挟む。

 

 ところが、

 

「僕は君たち航空隊の損害も防げると言ってるんだ。そもそも『ヤマト』に航空隊なんか要らないと思うけどね」

 

「何だと?」

 

「本当の事だろ。敵の基地を探索すると言っても、君たちに見つけられるのか疑問だよ」

 

 と南部砲雷長、あろうことか、航空隊を侮辱するような暴言を吐いたのである。

 

 調停を試みた加藤隊長だったが、こんなことを言われて怒らないはずがない。

 

「貴様ァ‼」

 

 元より血の気が多い男だから、拳を震わせて今にも殴りかからんばかりに激昂する。

 

 事ここに及んで、私は沈黙を破った。

 

「やめえェェェェいィッ‼」

 

 腹に力を込めて、帝国海軍仕込みの銅鑼声で怒鳴った。

 

 すると、南部砲雷長も加藤隊長も、”ピタリ”と動きを止める。

 

 他の各長達も、ビックリして私を見ている。

 

 こういう時は、変に言葉を探して説得するよりも、一言の”号令”の方が効果がある。

 

「作戦会議の場だぞ。大砲と飛行機の喧嘩なら他所でやれ」

 

 私が声を落として言うと、二人とも「は、はい……」と引き下がった。

 

「冥王星の攻略は波動砲を使わずに行う。これは決定した方針だ」

 

 と沖田提督。

 

 私のすぐ隣に立っておられたのだが、流石と言うべきか、全く動じてはいない。

 

 南部砲雷長も、もうこの沖田提督の言葉には反論しなかった。

 

 同時に緊張していた空気が元に戻る。

 

 その後、作戦会議は詰められ、航空隊発進に先んじて、一〇〇式空間偵察機での進路上の索敵を行うこと。戦闘指揮は第二艦橋の 戦闘指揮所(CIC)で行う等のことが決定され、更に沖田提督より古代戦術長は今作戦における航空隊の陣頭指揮を執るように命じられた。

 

 これに私は反対意見を述べた。

 

 本来、戦術長という役職は、肩書通り艦の戦術(砲雷・航空)を統括指揮するものであり、その配置は全体を見渡せる場所にいる必要がある。

 

『ヤマト』で言うならば、第一艦橋、もしくは第二艦橋の戦術長席にあって、砲雷・航空二つの部隊の連絡調整、情報処理、戦力の運用等を行うのが、戦術長の”陣頭指揮”である。

 

 航空隊の陣頭指揮をするということは、即ち艦を離れるということであり、艦の状態を把握しての戦闘指揮が行えないことを意味する。通常ならば”誤れる陣頭指揮”と言えた。

 

 しかし、今作戦の成否は航空隊に掛かっており、無線封止を行う中で戦術長が戦闘の統括一元指揮を正確に行う為には、前線の実情を直接把握する必要があるとのことで、私の反対意見は却下された。

 

 これにより『メ二号作戦』に於ける『ヤマト』戦闘指揮は南部砲雷長に一任される。波動砲こそ使用できないが、その他の全武装を任されて砲雷長は満更でもなさそうだった。

 

 ついでにその際、沖田提督から、

 

「艦長、わしは 戦闘指揮所(CIC)に入るが、君はどうする?」

 

 とご下問があった。

 

 私は苦笑した。

 

 まったくこの人には敵わない。私の気質などお見通しだったようだ。

 

「私は艦橋で指揮を執ろうと思いますが、どうでしょう?」

 

「うむ、良かろう」

 

 アッサリと承認した沖田提督に私は感謝した。

 

 乗組員たちは、慌てて危険であると反対したが、私は、一所に全員が集まると、万一やられた際に指揮系統が断絶すること、第一艦橋の設備でも必要な指揮は執れる等と言って、押し切った。

 

 尤も、” 戦闘指揮所(CIC)では戦争する気にならない”という非合理かつ気分的な本音が、理由の大半であったのだが。

 

 後から思えば、”誤れる陣頭指揮”などと、人のことは言えないなと自嘲する。

 

 ともあれ、作戦会議は終了。

 

「提督」

 

 各々が配置に戻ろうとする中で、私はこっそり沖田提督に声を掛けた。

 

「作戦の進行次第ですが……」

 

「艦長」

 

 沖田提督が私の言葉を遮って、静かに口を開く。

 

「波動砲が必要と判断された際には、わしの責任に於いて使用を命ずる」

 

「なっ⁉」

 

 思わず驚きの声が私の口から出た。

 

 私が正に具申しようとしたことを、沖田提督は先んじてキッパリと言い切ってしまったからだ。

 

 古代戦術長と話していたあの時、私は密かに決心をしていた。

 

 ―――もし必要と判断されたその時には、自分の責任に於いて提督に進言しよう。と。

 

 冥王星を破壊するとなれば、どのような結果になろうとも、後々重大な責任が発生することは必定だ。

 

 その時、誰がその責任を取るのかと言えば、まず波動砲の使用を決定した沖田提督となるが、同時にそれを言い出した人間もまた「唆した」と、批判にさらされるだろう。

 

 戦術長から波動砲の使用を進言すれば、当然それに伴う責任は彼の下へと行くことになる。

 

 冥王星破壊の重い十字架を、若い戦術長に押し付けるわけにはいかない。

 

 元より私は、何時でも死ねると覚悟している身。今更、責任やら何やらの一つや二つに物怖じすることはない。

 

「太陽系の共有財産である冥王星を破壊する権利は本来我々にはない。だが、地球最後の希望であるこの艦を沈めるぐらいならば……」

 

 だが、それは沖田提督も同じであったのだ。

 

 古代戦術長は今度の作戦では航空隊の陣頭指揮を執ることになったから、波動砲発射には責任が無くなり、南部砲雷長は単なる代理であるからこれまた責任は発生しない。

 

「提督……」

 

「全ての責任はわし一人で取るつもりだ。君は『ヤマト』を動かすことに集中してくれ」

 

 ―――敵わんなぁ……。

 

 この人物の不屈の信念にはほとほと感服する。

 

 挙手の礼を捧げながら私は心中でつぶやいた。

 

 ―――その時はお供しますぞ。

 

 艦橋に戻った私は、全乗員に対して作戦命令の伝達と短い訓辞を行った。

 

「冥王星基地及び遊星爆弾の消滅は、開戦以来の全地球人類の悲願である。乗員各員が捨身必殺の攻撃精神を発揮し、地球最後の希望として、全世界の輿望に応えるよう。終わり」

 

『ヤマト』は艦内第二哨戒配備とし、21Sノットに増速。

 

 翌日早朝、決戦を挑む見込みとなった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『メ二号作戦』の準備が進んでいたこの時期、もう一つ思わぬ椿事が発生している。

 

 事の始まりは、作戦会議終了後。艦橋配置に就いていた私は、一旦手洗いの為、一段下の艦長室横にある洗面所に向かった。

 

『ヤマト』の第一艦橋及び 第二艦橋(CIC)は出入口=エレベーターであった為、実は便所が無い。

 

 その為、艦橋勤務の乗組員は用便を済ます際に、一々エレベーターで居住区に降りなければならないという面倒があった(艦橋に一番近い便所は提督室と艦長室であるが、そこへ飛び込んでいく猛者はいない)。

 

 洗面所を出て、艦橋へ戻ろうとしていると、ちょうどエレベーターから降りてきて歩いてくる士官があった。

 

「これは艦長、お疲れ様です」

 

「ん? 保安部長か」

 

 ライトグレー地に黒ライン軍装の保安部長・伊東真也二尉だ。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえいえ、作戦準備とはいっても、保安部は特にやることもないので、艦内の見廻りでもと思いましてねぇ」

 

 伊東部長は、細目に笑みを浮かべた、どことなく狐を彷彿させる表情で言う。

 

 保安部というのは、『ヤマト』艦内における、警備・保安面を担当する謂わば艦内警察であるが、実は艦内組織としては『ヤマト』で初めて設置された部署である。

 

 帝国海軍では、公式には艦内警察のようなものは存在せず、艦内における風紀や規律の取り締まりは各科の古参兵、分隊士、甲板士官の役割だったが、国連宇宙海軍では、警衛士官及びそれを補佐する警衛宙曹というものがある。

 

 警衛士官は専門の役職ではなく、各長の中から選出・兼務する役割と規定されていて、『ヤマト』では古代戦術長がその任に就いており、警衛宙曹には先任伍長を務める榎本掌帆長の他、各科選出の宙曹が充てられ、これが所謂『ヤマト』の”お巡りさん”として規律保持に当たっている。

 

 しかし、既に何度か述べたように、『ヤマト』は元々『イズモ計画』に於ける地球脱出船であり、子々孫々世代を次いで当てのない旅を続ける予定であった。

 

 大昔、コロンブスがアメリカ大陸を発見するまでの旅路で、乗組員が何度も反乱を計画したという史実があるように、長期に渡る過酷な船旅というのは、人間の動物的な原子本能を強くし、理性を後退させ、時として野性的な凶暴性を発揮させる。

 

 そうなっては、とても”お巡りさん”の手には負えないから、暴徒鎮圧のための”機動隊”が必要となってくる。

 

 本来このような場合には、臨時に宇宙海兵隊隷下の空間騎兵隊が派遣されることが多いが、空間騎兵隊は各戦線での損耗が激しく、また本土防衛の戦力や火消し役として温存する必要があり、『ヤマト』へ派遣するだけの余力は無かった。

 

 そこで、代わりに登場したのが国連宇宙軍内の秩序維持に専従する警務隊である。

 

 これは、ちょうど昔の憲兵隊に相当する部隊で、通常は地球本部及び各惑星基地に設けられ、軍内の犯罪捜査や基地警備、交通統制等に当たり、個艦艇内の警備は管轄外であるのだが、その職務上、前線の空間騎兵隊と比べて損耗率が低いことと、各惑星基地からの撤収が行われたことで、必要人員を確保することが可能だった。

 

 また、『イズモ計画』及び『ヤマト計画』では、何れも白兵戦、地上戦が起こることは想定されておらず、歩兵ではなく警備の人員を必要としていたため、警務隊でも十分に任務を果たすことができると考えられた(これが後々、とんだ見当違いになるのだが)。

 

『ヤマト』保安部は、以上のような理由で警務隊からの応援派遣という形で編成され、形式上は警衛士官の協力役として乗艦していた。

 

「それにしても、艦長も大変ですなぁ。この大作戦の前に軍律違反者まで抱えられて」

 

「なに?」

 

 聞き捨てならない言葉に反応した私に、伊東部長は、さも驚いたというように、

 

「ひょっとして、艦長はご存じない?」

 

 もったいぶったように言う伊東部長に、若干の苛立ちを覚えながらも、私はどういうことなのかを聞いた。

 

 それによると、先のエンケラドゥスでの戦いにおいて、出撃させた『コスモゼロ』二機の内の一機に乗り込んでいたのが、何と航空隊員ではなく、主計科の人間だったというのである。

 

「……山本三尉か」

 

 それは、あの時、私に航空隊への移籍を強く求めてきた、山本玲主計士だった。

 

 自身の要望が容れられないと思い、遂に我を通してしまったのか……。

 

「保安部長、この一件、誰かに話したか?」

 

「いえ、私は何も。ただ、艦内ではすでに噂になり始めているようですがねぇ」

 

 まずいな。こういうのはダラダラとしていると尾を引く。

 

 早めに始末を付けなければならない。

 

「ご命令とあれば、すぐにでも拘束しますが?」

 

「いや、それには及ばん。保安部は命令あるまで待機していろ」

 

 そう言うと、伊東部長は「艦長がそう言われるなら」とあっさり引き下がった。

 

 伊東部長が去った後、私は艦長室に戻り、密かに平田主計長と加藤航空隊長を別々に呼び出して、真相を確かめた。

 

 この時の二人の反応は、似て非なるものであった。

 

 どちらも驚きの表情をしたのには違いなかったが、平田主計長が、山本三尉の独断専行そのものに驚いていたのに対し、加藤航空隊長の方は、隠し事がばれた子どものような驚き方であった。

 

 当たり前だが、やはり航空隊の方では把握していながら、報告は避けていたのだろう。

 

 私はそこまで掘り下げて咎めるつもりは無かった。

 

 ―――どうしたものかなぁ……。

 

 二人を退室させた後、私は山本三尉の処遇について考え始めた。

 

『ヤマト計画』に於ける監督責任はやや複雑なところがあり、計画統括官として全体の指揮・人事権を掌握しているのは沖田提督だが、艦や個々の乗組員の問題に責任を負っているのは艦長の私である。

 

 言うまでもないが、主計科の人間が命令もなしに勝手に戦闘機に乗り、戦闘行為を行うことは明らかな軍律違反であり、懲罰ものだ。

 

 だが一方で、彼女の行動によって、エンケラドゥスで死者が出すことなく敵を退けることができたということも事実であり、こちらは本来ならば殊勲物の働きである。

 

 つまり、功罪相半ばしているのである。

 

 処分を間違えると、本人ばかりか、周囲の者の士気にまで影響することであり、非常に難しい問題である。

 

 更に困ったのは、この後、古代戦術長が艦長室にやってきて、山本三尉を航空隊に推薦したいと許可を求めてきたことだ。

 

「それはまずいな」

 

 私は言った。

 

 違反と功績、差し引きゼロでチャラにするというならまだしも、航空隊に異動では誰がどう見ても栄転である。

 

『ヤマト』乗組員の中で希望の配置に就けなかったのは、何も山本三尉だけではない。今回のようなことを認めてしまえば「我も我も」と後に続くものが出てきかねない。

 

 私はあまり規則や形式に五月蠅い方ではないと思っているが、艦を統率する艦長としては、到底許容できないことだった。

 

 しかし、古代戦術長も引かない。

 

「確かに彼女のしたことは軍規違反です。しかし、そのおかげで自分も他の皆も全員無事に済んだではないですか。それを考えれば功の方が大きいはずです。それを処分したらそれこそ士気に関わります」

 

 と噛みついてくる。

 

 自身も”『コスモゼロ』無断出撃”の前科があるだけに、今回の山本三尉の気持ちがよく分かるのだろう。

 

 結果だけ見れば彼の言うとおりだが、それはそれ、これはこれ。

 

 ―――いや待てよ?

 

「戦術長、確かに今回の山本三尉の行動には功績もある。だが、処分は処分として行わなければ艦の規律が保てない。違うか?」

 

「……いえ。しかし⁉」

 

「ならば、話は早い―――」

 

 

 

 一時間後、私は山本三尉に艦長室への出頭を命じた。

 

 程なく出頭した山本三尉に対し、私は”航空機の無断出撃”に対する処分として、訓告と始末書の提出を命じた。

 

「今日中に提出するように」

 

「……はい」

 

 普段はクールな表情の山本三尉だが、この時は隠し切れない不満を浮かべていた。

 

 そのまま出て行こうとする山本三尉に私は声を掛けた。

 

「あゝそれから、今この部屋を出たら、もう一回入ってきてくれ」

 

「は?」

 

「いいから」

 

 怪訝そうな顔をしながら、言う通りに一度部屋を出て、入り直してきた彼女に今度は”迅速な行動による敵撃破と仲間救助”の功績として艦長賞を授与した。

 

「よくやった」

 

「は? へ??」

 

 普段はクールな表情の山本三尉、今度はドッキリに引っ掛かったように呆けている。

 

 そう。古代戦術長との話の中で思いついた山本三尉への処遇がこれ。

 

 即ちそれはそれ、これはこれ。功罪両方あるなら、表彰・処分両方やろうという逆転の発想だったのである。

 

 そして―――

 

「艦長賞となれば本来金一封出す所だが、この航海じゃ意味ないだろう。そこで代わりと言っては何だが、艦内生活について、例えば配属先なんかに何か希望があれば俺から提督に言うだけは言えるが、何かあるか?」

 

 そう言うと、やっと事態を飲み込めてきたのか、山本三尉の顔がパァッと明るくなった。

 

 その翌日、山本玲三尉は主計科から航空隊への転属を命じられ、『メ二号作戦』へ古代戦術長預かりの下、出撃することになった。

 

「艦長、ありがとうございました」

 

 作戦前、古代戦術長がやって来て言った。

 

「信賞必罰ってやつをやっただけだ。気にするな」

 

 そう返した後、私はついこんな本音を漏らした。

 

「軍隊って所は、面倒だよな」

 

 

                             ―――人類絶滅まであと362日。

 

 

 




 12月6日 新作映画「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」公開。

 まさかの『大和』登場のようで楽しみです。


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