アルガユエニ   作:佐川大蔵

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本日は、戦艦大和68回忌。
大和乗組員の遺族でもなんでもない私ですが、一人の日本人として謹んで哀悼の意を表します。


第十話 「エンケラドゥスへの道」

 2月11日。

 中央作戦室で木星からの航路検討のための会議が催された。

 

 出席者は先のワープテストブリーフィングから、加藤航空隊長と徳川機関長を除いた面々である。

 

 真田副長が会議を仕切る形で発言する。

 

「国連ヤマト計画本部が立てた航海日程には、冥王星での日数のロスは含まれていません。つまり、『メ二号作戦』の発令は我々の判断に委ねられているわけです」

 

 今回の会議の大きな検討事項は、太陽系を脱出するにあたって冥王星をどうするか?ということだった。

 今更説明するまでもないが、冥王星には開戦時よりガミラスの大規模な前線基地が存在している。

 『ヤマト』の航路を決めるに当たって、謂わば関門とも言えるこの冥王星基地は避けては通れない事案であった。

 

 先のワープテストブリーフィングは“大人の会議”で極めてスムーズに進行したのだが、この会議では、取り分け古代進戦術長と島大介航海長の意見の対立が目立った。

 

「やるべきですよ!! 後顧の憂いを断つという意味でも、冥王星は叩くべきです!!」

 

 古代進戦術長は断固やるべし、と勢いこんで発言した。

 これには、南部康雄砲雷長も当然でしょうとばかりに頷いている。

 戦術科のほぼ総意と言っていい状態だ。

 

「航海長、意見は?」

 

「航海科としては、このコースで太陽系を突破するのが最短だと考えます」

 

 対して、沖田提督から下問された島大介航海長以下の航海科の意見は戦術科のそれとは異なっていた。

 

「待ってくれ、このコースだと冥王星を叩かずに行き過ぎることになるぞ」

 

 島航海長の示した案に、古代戦術長が異論を述べる。

 

 太陽系惑星の並び順というものは、子どもでも知っている常識であるが、その惑星が近いか遠いか、ということは地球上からでは実感しにくいだろう。

 

 地球の海上においては島や大陸は動かない。

 日本列島で言えば、沖縄から北上していけば最初に九州、さらに進めば四国、本州、北海道の順でたどり着くことになり、これは如何なる場合でも不動である。

 

 だが、宇宙ではこれがまったく異なる。

 

 何故ならば太陽系の惑星の並び順というのは、あくまで太陽からの距離の問題でしかなく、直列に並んで存在しているわけでないし、常に移動している。

 

 木星から出発するからといって、必ずしも土星、天王星、海王星、冥王星に到達するわけではないのである。

 

島航海長の示した航路は冥王星を大きく避けるものであった。

 

「気持ちはわかるが、現実問題として日程に余裕はないんだ」

 

 今現在の状況では、『ヤマト』が大マゼラン銀河の方向に向けて航行する場合、その進路上からは冥王星は大きく外れている。

 

 木星での日程のロスを取り戻すという観点で言えば、島航海長の意見は正論である。

 

「しかし――」

 

 古代戦術長が反論を述べようとしたとき、第一艦橋で当直に就いている相原通信長から至急報が入った。

 

『救難信号を捉えました、国連宇宙軍標準コード、出力微弱』

 

 思いもよらない報告に、沖田提督以下全員が一斉に顔を見合わせる。 

 

「艦名は?」

「特定できません。発信地点は土星の衛生“エンケラドゥス”南極付近」

 

 ―――土星だと?

 

 ガミラスとの開戦以来、太陽系宙域で散っていった国連宇宙軍艦艇は数知れないが、土星は早々とガミラスの勢力圏に落ちており、ここ数年で土星付近を航行した国連宇宙軍鑑定は皆無だ。

 三ヶ月前の『メ一号作戦』の往復時に土星軌道を通過した際も土星本星は遥か彼方だった。 

 そんな場所から救難信号とは、ハテ? と、訝しくなる。

 

「土星かぁ、冥王星とは反対方向ですね」

 

「そっちで作ったコースからもな」

 

 作戦室のディスプレイに表示された宇宙図を見て、太田気象長と古代戦術長がそんな応酬をしている。

 太田気象長はともかく、古代戦術長の言葉は明らかに皮肉だった。

 

「エンケラドゥスに上陸した場合、日程のロスは?」

 

「二日の損失です」

 

「二日、か・・・・・・」

 

 日程のロスを取り戻そうとしている矢先に、二日間のロスは正直痛い。

 

 この一件について、再度古代戦術長と島航海長の意見が対立した。

 

「戦術長、意見具申します。―――ここで貴重な日数を失うべきではないと思います」

 

「何を言うんだ古代!! 船乗りが船乗りを見捨てるって言うのか!?」

 

「居るがどうかも分からない生存者のために貴重な時間を浪費すべきじゃない!!

 それはさっきお前が言ってた事じゃないか!!」

 

 古代戦術長、島航海長はこの会議の場では互いに同列だから、双方とも頑なでやや喧嘩腰である。

 

 沖田提督は黙って二人のやり取りを見ている。

 私も、今のところは必要かつ重要な議論なので口は挟まない。

 

 周囲の他の幹部もやりとりを見ているが、特別ハラハラしている様子はない。

 森船務長などは「まったくもう・・・・・・」と言わんばかりに額に手を当てているし、新見情報長は「さっきと逆ね」と言って苦笑を浮かべている。

 女性の目には、二人のやりとりは子どもの喧嘩のように見えるのだろうか。

 

「我々が今すべきことは――」

 

「イスカンダルへ行くことだ。冥王星を叩くことじゃない!!」

 

 そこまで言ってから、島航海長は古代戦術長との議論を打ち切って、私と沖田提督に裁断を迫ってきた。

 

「例え生存者がいる確率が低くとも、救助には行くべきです!!」

 

 断固とした口調で述べた島航海長の意見に私はしばし腕を組んで考えた。

 

 正直言うと、私は“メ二号実施”、“エンケラドゥス回避”派で、古代戦術長と同様の意見だ。

 

 確かに島航海長の意見は正論である。

 

 世界中に、遭難し助けを呼ぶ声を聞いて、それを無視する船乗りはいない。

 

 古来より船乗りというものは、救難信号を受けた場合、国籍も業種も超えた船乗り仲間として、何を差し置いても救助に駆けつけることが義務であり、また美徳であった。

 

 すでに何度か述べているように、艦というものは一蓮托生、運命共同体であるが、それは一艦に限った話ではない。

 

 海というものは大陸と異なり世界共通、どこまでも果てしなく続いていて、一度船を出せばどこへでも行けるのだと、多くの人々と繋がっているのだというリベラルな心を育ててくれる。

 

 その広大な中では自分一人などというものはちっぽけな存在であり、力を合わせなければ生きていけないのだと知っている。

 

 海の上では年齢も性別も民族も関係のない、同じ船乗り仲間なのだという意識が自然と培われるのだ。

 

 故に一度救難信号受信となれば「スワッ! 仲間の一大事!!」とばかりに駆けつけるのである。

 

 それは海から宇宙へと移っても変わらない、否、むしろより広大で漆黒の闇が拡がる宇宙ではさらにその精神は増していた。

 

 ・・・・・・が、それは平時の船乗りとしての話である。

 

 今の私は船乗りであると同時に作戦行動中の軍艦の艦長である。

 

 現在の『ヤマト』は予定外の時間ロスと、冥王星という二つの問題を抱えている。

 

 私は冥王星作戦は断固としてやるべきだと考えていた。

 

 島航海長の言うように冥王星を無視して出ていくことは、なるほど確かに日程ロスを取り戻すことはできるだろう。

 だが、我々が素通りしたあと、冥王星のガミラス軍が何もしてこないことなどありえない。

 追撃の部隊を送り出してくれば、最悪行く手に待つガミラス軍と挟み撃ちにされる可能性がある。

 否、それよりも無傷で残ったガミラス基地は引き続き地球への遊星爆弾攻撃を続けるだろう。

 そうなれば、さらに多くの人々が犠牲となり、しかも一年という地球の寿命をさらに縮めてしまうことになる。

 そうなればロスを取り戻すどころか、タイムリミットを自ら短くしてしまう。

 

 故に私としては多少時間がかかることは承知の上で『メ二号作戦』は実施するべきであり、またその分エンケラドゥスでの時間消費は避けるべきとの考えに達していた。

 

 無論、私とてエンケラドゥスで助けを呼ぶ声を無視したくなどない。すぐにでもすっ飛んでいきたいのは、私のみならずここにいる全員が同じはずだ。

 

 だが、船乗り気質と軍人の使命は時として全く相反するものとなってしまう。

 

 そしてその場合優先されるのは後者であった。

 艦長として情に溺れることは許されない。

 

「航海長―――」

 

 私が断腸の思いで島航海長の意見を退けようとした、まさにその時、“ドォォォン”という音と共に激しい振動が艦を襲った。

 

「うおっ?!」

 

「きゃっ?!」

 

 予期せぬ振動に、乗組員達がバランスを崩して転倒する。

 

 なんとか踏ん張った私が「どうした!?」と尋ねるより早く、真田副長が艦内電話を手に状況を確認する。

 

「艦長、機関部から報告です」

 

 原因は程なく判明した。先の波動砲の発射の影響で、波動エンジンのコンデンサーの一部が溶けかかっていたのである。

 発射前に真田副長や島航海長の危惧していたことが起こってしまったのだ。

 

 これは放置しておくと、ワープや波動砲どころか通常航行すら危うくなるほどの重度の損傷であった。

 

「補強できそうか?」

 

「一時的な応急修理は可能ですが、完全修理にはコスモナイト90が大量に必要となります」

 

「ふぅん・・・・・・」

 

 コスモナイト90は、先の内惑星紛争終結後の太陽系開発の過程で発見された、地球には存在しない特殊な鉱物である。

 地球上のあらゆる鉱物よりも丈夫かつ軽い性質を持っており、これが発見されてたことで地球の宇宙船はエンジン強度、出力上限が飛躍的に増大し、冥王星から地球までを僅か二月足らずで往復できる、当時としては夢のような機関の完成にこぎ着けたと聞く。

 

 厄介なことになった。

 大量に必要とは言っても、あれは太陽系全域を見ても採掘量の少ない稀少鉱物だったはずだ。

 

「平田君、備蓄の方は?」

 

「装甲に使用する混合製のものならともかく、純正のものとなると、コンデンサー修理に必要な十分量にはとても・・・・・・」

 

 無理もない。

 ただでさえ稀少鉱物なのに加え、対ガ開戦早々に太陽系の制宙権を奪わてしまったために、コスモナイトの採掘はここ8年間行われていなかった。

 

 そのため、『ヤマト』建造の際には備蓄は既に“雀の涙”。残り少ない備蓄を地球中からかき集めても足りず、本来は純正であるべき機関部でさえ、一部には『大和』の残骸と組み合わせた混合製を使用している有様だった。

 

 そんな状態だから純正コスモナイト90の備蓄に余裕などあるわけがない。

 

 とは言え、常時膨大な波動エネルギーに晒される機関部に混合製では強度が足りないのは、今見ての通りだ。

 何処かで補充しなければならないが・・・・・・。

 

「新見君、太陽系内のコスモナイト採掘場を至急リストアップしてくれ」

 

 と、真田副長、行動が早い。

 

 少しして、タブレットを操作していた新見情報長が表情を明るくした。

 

「ありました!! ちょうどこのエンケラドゥスにコスモナイトの採掘所が放棄されたままになっており、補給が可能です」

 

 何というグッドタイミング!!

 今まさに見捨てざるを得ないと考えていたエンケラドゥスに向かうための、この上ない口実ができた。

 

「副長、エンケラドゥスまでの航行は可能か?」

 

 私が聞くと、真田副長が艦内電話で問い合わせる。

 

「艦長、エンケラドゥスまでであれば、現状維持で何とかなりそうです」

 

「よし、わかった」

 

 真田副長を介した機関室からの報告を受け、私は沖田提督に向き直り、

 

「提督、エンケラドゥスに向かいましょう」

 

 と、進言した。

 

 先程エンケラドゥス行きに反対していた古代戦術長を含め、反対の声を上げるものはいなかった。

 やはり皆、本音は同じなのだ。

 

 短い時間俯いて熟考していた沖田提督だが、やおら顔を上げキッパリと決断した。

 

「進路変更、これより本艦はエンケラドゥスに向かう」

 

 かくして、『ヤマト』はまたしても予定を変更し、コスモナイト確保と友軍救助のため、土星圏に向けうことと相成った。

 

 そして、その後の会議でエンケラドゥスにおける作業の検討を実施し、

 

 ・エンケラドゥスに置ける作業は、コスモナイト確保と友軍救出の二班に分けて実施する。

 ・敵による察知を防ぐため、艦はエンケラドゥス上の地割れ等、姿を隠せる場所に着陸する。

 ・作業は極秘を要するため、少数最精鋭の人員にて迅速に実施する。

 ・あくまでもコスモナイト確保を優先とし、補給終了の時点で救助作業を打ち切る。

 ・エンケラドゥス上陸に際し、航空隊による先行偵察を実施する。

 

 ――以上のことが迅速に決定され、『ヤマト』は一路、エンケラドゥスに向けて航行を開始した。

 

 

――――――

 

 

 2月12日。

  

 エンケラドゥスに到着するまでは一日半の日程であったが、その間、我々の航海は極めて平穏に続いた。

 

 現在、『ヤマト』艦内では昼食時であり、非番の士官たちが食堂に集まっているだろう。

 

 昔の海軍では食事は各々が決められた部屋(士官室、兵員室等)で摂るもので、将官、大尉までの上級士官、中・少尉の下級士官、准士官、下士官兵とが明確に分かれていたが、この『ヤマト』では先に述べた通り大食堂制で、階級に関係なく、原則全員ここで食事をする―――無論、持ち場に食事を持ち込む場合もあるが―――。

 

 『ヤマト』の食事は昼食時はバイキングで、個人で食べたいものを盛り付ける形式で、夕食は注文形式となり、飲酒も可能である。

 今頃皆それぞれ“ワイワイガヤガヤ”と騒がしく食事を楽しんでいることだろう。

 

 しかし、軍艦にはこの和やかな空気に入れないものがいる。

 

 他でもない、艦長室で今一人食事をしている私である。

 

 否、嘗ての“変人参謀”こと黒島亀人少将のように好き好んで一人篭っているわけではない。

 

 艦長とは艦におけるオールマイティであらねばならず、詰まらないことに煩わされぬように、という観点から、常に艦長室にあって一人で食事をすることになっていた。

 

 これは前世から変わらない習わしである。

 

 これは中々に辛いものがあるが、これも艦長たるものの仕事のうちというやつだ。

 駆逐艦長の時分ならいざ知らず、戦艦艦長には戦艦艦長としての威厳を保つ義務があるのだ。

 

 艦長室で食事を摂るとなると、一々食事を持ってきてもらって、自分で盛り付けるというわけには行かないから、私の食事は常に注文式である。

 

 先日のワープ前に採った食事は、魚を中心とした和食だったが、今回はガッツリとした洋食を試してみる。

 パンとコンソメスープ、ローストビーフの野菜添えにフルーツ、コーヒーという内容で中々豪華で、味も良かったが、量的にはいささか物足りない。

 

 ―――しかし、この原料が排泄物とは。

 

 本当に知らなくても良かったことだ。

 

 しかし、それを口に出したり、逆に開き直って行儀悪くがっつくわけにはいかない。

 

 食事をしているのは私一人だが、室内には私以外にもう一人いるからだ。

 

「艦長、コーヒーです」

 

「おう」

 

 食事をしている私のすぐ横に立っていた主計科の山本玲三尉が、コーヒーカップを静かにテーブルに置く。

 

 銀髪のショートヘアに褐色の肌、そして紅瞳という、凡そ日本人らしい名前にはそぐわない容姿の持ち主だが、それは彼女が火星の出身だからである。

 

 先の内惑星紛争終結後、敗北した火星の人々は地球へ強制移住させられ、移住先の国籍を新たに得て今は地球人として暮らしているのだ。

 山本三尉が地球へ移住したのはまだ彼女が物心つく前だったそうで、火星人類としての名前は本人も知らないとのことだ。

 

 ちなみに彼女の名前の『玲』は“アキラ”と読むのが正しいのだが、初対面の人は決まって“レイ”と間違えてしまうらしく―――斯く言う私もそう思っていた―――、本人も両方で通しているとのことで、私は少しばかり親近感が湧いたものだ(私の苗字の『有賀』は正しくは“アルガ”なのを、これまた初対面の人に“アリガ”と呼ばれることが大半で、私自身も開き直って“アリガ”と自称している。

 ここだけの話、沖田提督でさえ、私のことを素で「“アリガ”くん」と呼んでいる)。

 

 彼女は平田主計長からの推薦で、艦長給仕役として私の食事の際にはこうしてここに居るのである。

 

 平時において、給仕付きの食事を摂るのは、この艦では私と沖田提督の特権だ。

 

 うら若き女性と二人きりとは羨ましいと見る向きもあるかもしれないが、実際には一人だけの部屋で常に無駄口一つ言わない彼女に見張られながら、バカ話のひとつもできずに黙々と食事をしているのだから、結構辛い。

 

 この山本三尉は仕事ぶりは真面目でよく気がつき、平田主計長からも高く評価されているのだが、無口で今ひとつ愛想がないのが玉に瑕であった。

 

 私は何となくそれが、彼女なりの不満の表れのようにも思えた。

 

「主計科は不満か?」

 

 以前に私は一度山本三尉にそう聞いたことがあったが、その時の彼女は「いえ」と短く答えただけであった。まぁ当然だが。

 

 しかし、エンケラドゥスに到着直前のこの時は、少し様子が違った。

 

 私がコーヒーを飲み終わったのを見計らったのか、珍しく彼女の方から発言があった。

 

「艦長、エンケラドゥスで、航空隊の先行偵察を行うと聞きましたが」

 

「うん? ああ、そうだが?」

 

 通常、既に決定した作戦に下級士官が言及することは滅多にないが、私は山本三尉が珍しく声をかけてきたことと、別段機密でもないことからそう応じた。

 

「―――私も偵察に参加させていただけないでしょうか?」

 

「なんだと?」

 

 ただし山本三尉の答えは予想外のものであったが。

 

「ちょいと待て、貴様は主計科だろう? なんで航空偵察に主計科が参加するんだ?」

 

「私は元々は航空隊を志願しました。飛行訓練時間も満たしています」

 

「そういう問題じゃない。主計科に所属している人間を戦闘機に乗せられるわけないだろう」

 

「でしたら、航空隊に転属させてください」

 

「無茶を言うな、そんな簡単に転属許可が出せるか。第一今異動したって乗る飛行機がないだろ」

 

 『ヤマト』に搭載されている『隼』(コスモファルコン)は、航空隊員全員に割り当てがあり、余っている機体はこの時点では当然なかった―――実はこの時点で一機だけ乗り手がまだ決まっていない機体があったのだが・・・・・・。

 

 山本三尉が航空隊を志願していたということはこの時が初耳であった。

 

 こんなことを言うと主計科の面々に怒られるかもしれないが、主計科というのはやることは地味な上に種類は多く苦労する。その割に花形ではなく、昔の海軍の戯れ歌に「主計・看護が兵隊ならば、蝶々トンボも鳥のうち」というのがあったように、凡そ軍人の扱いをされない部署だ(軍艦において主計、衛生科士官は如何なる場合でも指揮権を委譲されることがない)。

 当然人気がない。この『ヤマト』の配属にあっても最初から主計科を希望したものは極少数で、他の部署を希望していた乗組員を主計科に廻したというものが多かった。

 山本三尉もその一人であったのだ。

 

 この山本三尉の陳情する気持ちは分からないでもなかったが、これは完全な我侭である。

 私は許さなかった。

 

 ただ、戦力が多いほうがいいのは事実であるし、あそこまで強硬に言い張る山本三尉の腕前が気にもなったので、私はこのエンケラドゥスの一件が終わったら、平田主計長や加藤航空隊長にも相談してみようと思っていた。

 

 もっともその前に山本三尉はとんでもない行動力を発揮して、私を唖然とさせることになるのだが・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

 昼食を終えてしばらく後、再度中央作戦室に置いてエンケラドゥスでの活動班の編成が決められた。

 

 まず、コスモナイト90の採掘班は、真田副長指揮の元、先の浮遊大陸でも活躍した榎本勇掌帆長以下の甲板部員で編成。

 続いて、友軍救難活動班は、森雪船務長を筆頭にアナライザーと医療班を以て当たることとなり、その護衛任務には古代戦術長が当たることとなった。

 

 この時、救難活動班の編成をめぐっては、少々悶着があった。

 

 私は護衛を付けるのであれば、武装した戦術士なり保安部員なりを10名程同行させたほうが良いのではないかと具申したが、これは退けられた。

 先にも述べたように今回の行動は敵に察知されることを警戒して、密かに行われるものであり、あまり大人数なのは好ましくない。であれば非常時に冷静な判断の下せる者が一人付いたほうが良いとのことだった。

 

 沖田提督は古代戦術長をかなり高く買っているようだったが、今度は森船務長が「必要ありません」と突っぱねる。

 

 ―――そう言えばこいつら揉めてたんだったな。

 

 以前の司令部通路での諍いを思い出す。

 まさか、あの時のことを引きずっているわけではないだろうが、どうもこの二人、あまり仲が良くないようである。

 

 しかし、護衛なしで出て行くわけにもいかないし、第一森船務長はコスモシーガルの操縦ができないため、これも最終的には却下された。

 

 会議終了後、榎本勇掌帆長が寄ってきて面白げに囁いた。

 

「艦長、大丈夫ですかね、古代に騎士役(ナイト)なんかやらせちゃって?」

 

 年少とは言え、直属の上官に当たる古代戦術長のことを気安げに呼んだ榎本掌帆長を訝しんだが、

 

「いえね、昔の訓練学校時代にあいつの指導教官をやってたんですよ」

 

 と、言われて納得した。

 

 訓練学校の学生にとって教官というのは、ヒヨコ時代にはビシビシを鍛え上げる恐ろしい存在である反面、身近な生活の面倒を見てくれる父や兄的な存在である。

 

 アメリカの海軍兵学校では、士官候補生の訓練指導教官は下士官が行うシステムがあり、教官はそれこそ候補生をミソクソにシゴキまくり、それに耐えて卒業し士官になった相手に「Sir(少尉殿)!!」と最敬礼で送り出すのである。

 

 国連宇宙軍ではこのアメリカ式の教育システムが採用されていたのだ。

 

 ちなみに前世の頃の日本では、陸軍の方がこれに近い教育を行っていた―――陸軍士官候補生は俗に“三等兵”とも呼ばれ、下士官どころか、二等兵よりも下の扱い。

 海軍兵学校では建前上、生徒の時点で下士官と同等の待遇で、少尉候補生ともなると下士官よりも上になる。そのため海軍では“教官”と呼ばれるのは兵学校を卒業した先輩の尉官や佐官たちのことを指し、それを補佐する下士官のことは“教員”と呼んだ。

 ―――余談だが、私が少尉候補生だった時代に練習艦『磐手』で“指導教官”を勤めていたのが、対米開戦時の連合艦隊参謀長にして、『大和』の沖縄特攻時には第五航空艦隊司令長官として指揮下の零戦を護衛に出してくれた宇垣纏中将その人である。

 

「成績はともかく、女の扱いがなってませんでしたからね」

 

「さすがに教えなかったか?」

 

「あれは、教えるもんじゃないでしょう」

 

 ―――違いない、と互いにしばらく笑い合う。

 

 最も私の場合は若い頃に散々、先輩たちからありとあらゆる不善、居酒屋の味を覚え、銭湯に引きずり込まれと薫陶よろしく受けて、気づけば手の付けられない“水雷野郎”となっていたが、榎本掌帆長はそういうことはしなかったようだ。

 

 前世の私はともかくとして、何事も実際の経験とあとは慣れ、ということだろうか。

 もっとも、そんな余裕がなかった、ということもあるのだろうが。

 

「まぁ、そっちはそっちで大変だろうから、気をつけてな」

 

「大丈夫ですよ、やばくなったらさっさとずらかります」

 

「土産を忘れるな」

 

「勿論です」

 

 そんなことを言い合ってから、お互いの持ち場に付くために別れた。

 

 途中、視線を合わせないように互いに“ふーん”という顔をしながら、艦橋に向かう古代戦術長と森船務長の姿を見つけた。

 

 何とも子どもっぽく、また微笑ましい姿である。

 こうして見ると、お姉さんぶっている森船務長も大して変わらないように見える。

 

 ―――案外、あの二人合うかもしれないな。

 

 

 そんなことを思っている間も『ヤマト』は進む。

 

 エンケラドゥスで待っているものも知らずに・・・・・・。

 

 




宇宙戦艦ヤマト2199
本日17時よりテレビ放映開始。
皆様、お見逃しなく。

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