「全艦戦闘体勢!!」
「合戦準備、対艦・対空戦闘配置に付けッ!!」
戦闘配備の号令とサイレンが艦内の空気を鋭く切り裂いた。
ワープ酔いでダウンしていた者たちもこうなればそれどころではない。
第二哨戒配備で休息していた半数の乗組員たちがそれぞれの部署に走る。
「艦種詳細解るか?」
艦長席で愛用のタバコを咥え揺らしながら私は尋ねた。
火を付けていないため物足りなさを感じるが、一応香りはする。
「艦種出ました、戦艦一、駆逐艦三を確認」
「それだけか?」
太田気象長からの報告は私の予想に反して小規模なものであった。
これまでの経験上、ガミラスは基本的には大規模な艦隊単位で運用されていることが多く、このように少数で行動していることは殆どなかったからである。
「敵艦隊、左舷より駆逐艦を前衛に接近中」
森船務長からの報告と共に天井大パネルに敵艦隊の姿が映し出される。
なるほど、既に嫌というほどに見慣れたその艦影は「ガ軍宇宙戦艦TYPE A」及び「ガ軍宇宙駆逐艦TYPE A」であり、数はどう見ても四隻だけだ。
「艦長、機関の修理が終わらないと、主砲にエネルギーを伝導できません」
しかし、たった四隻とは言っても、今の『ヤマト』には難敵である。
古代戦術長の報告に私は艦長席の艦内電話を取り上げる。
「機関室、修理状況知らせ」
『はぁ、溶けたエネルギー伝導管の修理がまだ掛かります』
「・・・・・・ショックカノンは使えんか」
自分を納得させるつもりで呟く。
機関故障中で実質“浮き砲台”の上、主要兵装となるショックカノンが使えないのでは、ちとキツイ。
「三式弾なら実体弾なので射撃可能です」
南部康夫砲雷長が意見を具申する。
確かにメインエンジンが停止していても、電源さえ動いていれば三式弾の射撃は可能である。
それは地球での敵空母撃沈で既に証明済みだ。
―――が、
「三式は射程が短い、敵に初手を与えることになる」
古代戦術長の反論は事実だった。
『ヤマト』の主砲である四八センチ砲は、三式弾では射程五万メートルを超える。
嘗ての『大和』に、アウト・レインジ戦法を前提として搭載された四六センチ主砲の射程が約四万メートルであることと比較すれば驚異的な射程距離である。
――が、それは古き大艦巨砲主義時代の話である。
二十二世紀の現在では、フェーザー砲、ミサイル技術の発達で射程数百~数千キロが当たり前であり、こと重力下におけるフェーザーと実弾の射程距離の差はライフルとピストル程に違う――宇宙空間ではフェーザーはエネルギーが減衰してしまうのに対し、実弾は障害物に当たらない限り進み続けるため逆となる――。
唯一、フェーザー砲は真っ直ぐにしか進まないため、今回のように起伏の多い場所ではある程度接近しなければならないのが救いだが、それでも三式弾よりは手が長い。
「ショックカノンならロングレンジで叩けるのに・・・・・・」
古代戦術長の口調には悔しさが滲んでいた。
位置的には盆地の多い地上に着陸している『ヤマト』は、低空を浮遊して接近するガミラス艦に対しては有利だ。
何故ならば『ヤマト』を下方に臨むガミラス艦は、ある程度高度を上げて斜め前につんのめる体勢にならなければならないのに対し、我が方から見るガミラス艦は水平よりやや上方という実に狙いやすい位置にあるのだ。
これでショックカノンが使用出来れば、敵の射程圏外から一方的に叩くという『大和』本来の運用方が実宣できるのだが・・・・・・。
と、このとき真田副長から、
「艦長、バイパスを通せばショックカノンも数発は撃てるはずです」
との意見具申があった。
元々ショックカノンは『キリシマ』にも決戦兵器として搭載されていたように、波動エンジンが動かなくとも、二基の補助エンジンが無事であればバイパスを繋ぐことで一応の使用は可能だ。
ただし、エネルギー量が事実上無限に等しい波動エンジンと異なり、補助エンジンではショックカノンで喰われるエネルギーが膨大ですぐ空になってしまうため、通常はこのような使用法はしない。
咄嗟に発想の転換をした真田副長の提言は僥倖であったが、実はこれにも頷けない理由が一つあった。
「既に一番、二番主砲には三式弾が装填済みです。これを除かなければ切り替えられません」
この時『ヤマト』は第二哨戒配備を発令した際に主砲に三式弾が装填済みであった。
ショックカノン使用が不可であるという前提で不意の敵襲に備えた措置だったのだが、それが裏目に出てしまったのである。
―――しまったなぁ・・・・・・。
既に装填されている砲弾を砲鞍から抜くことは出来ない――正確には出来なくはないのだが、時間と手間が掛かりすぎる上に危険度が高い――。
前世での軍艦でもそうだが、こういう場合は早く使い切るために早々と斉射を行うのがセオリーだ。
西暦1943年11月の『第三次ソロモン海戦』では実際に戦艦『比叡』、『霧島』がそうしている。
しかし、現状では、そのやり方でもちと時間が足りない。
幸いと言うべきか、後部の三番主砲と二番副砲は直下に格納庫が存在するために実体弾使用が不可のため、すぐにでもショックカノンは使えるが、一番、二番は完全に遊ぶことになる・・・・・・。
――いや、待てよ。
『修理はあと五分ほどで終わります、それまで何とかなりませんか?』
機関室では必死の修理作業が行われている。
あまりグズグズしてはいられない。
――よし、これで勝負を掛けよう!!
「戦術長、後部砲塔バイパスを繋げ。前部砲塔は現状のまま戦闘」
「しかし艦長――」
「提督、
古代戦術長の言葉を遮って私は沖田提督に具申した。
その内容に一瞬艦橋に“うん?”“えっ?”といった具合の困惑した空気が漂った。
「よかろう」
だが、沖田提督は私の言わんとしたことを察して頷かれた。
それに頷き返して私は古代戦術長に顔を向ける。
「おい戦術、『ヤマト』の武器は大砲だけか?」
そう言うと、古代戦術長は気づいたようで、即座に指示を出した。
「南部、後部
そう、『ヤマト』の武装は何も大砲だけではない。
八連装の煙突ミサイル、艦首、艦尾、両舷側魚雷など実に四十四門ものミサイルを搭載しているのだ。
艦首、艦尾、両舷の魚雷は射程が短く、元より現在の位置からでは発射できないが、大型の
忘れてもらっては困るが、元々私は大砲撃ちの“鉄砲屋”ではなく、車曵きの“水雷屋”である。
強力な砲撃力を持った戦艦に乗っていようとも、雷撃という攻撃法の存在を忘れることなどない。
古代戦術長、南部砲雷長の必要最低限の言葉とパネル操作の音が艦橋内に響く。
沖田提督の方を見ると、身じろきもせずに前を見据えておられた。
こういった時に、細々とした指示をこの人物が出すことはほとんどない。
ここに居る全員を信頼し、自身の責任のもとですべてを委せきっている。
そんな度量の大きさを感じさせる。
と、なれば我々もそれを裏切るわけにはいかないと意気に燃える。
細かい作業が終わるまで命令することのない私は双眼鏡を構えた。
まだぼやけてはいるが敵はなお接近し、徐々にその姿を鮮明なものにする。
三隻の駆逐艦がさながら獲物に向かう狼のごとく突進し、その後方を旗艦であろう戦艦が悠然とした動きで『ヤマト』の背後に回ろうとしている。
――まるでヤクザの親分気取りだな。
何となく子分を最前線に殴り込ませて、遠くにふんぞりがえっている親分というのを連想させて、一人“ニヤリ”となる。
我が心中は余裕であった。
「主砲エネルギー来ました、ショックカノン撃てます!!」
既に砲塔が鎌首のように持ち上げられ、自分たちに向けられていることは見えるはずだが、敵に回避行動等の対応する様子は見られない。
たかが地球の戦艦一隻と思って舐めているのか、或いは被害覚悟で必殺の肉薄攻撃を加えるつもりか。
――まぁ、どちらでもいい。
やることは変わらないのだ。
「
「目標補足した、自動追尾よし!!」
これまでの地球艦ならばいざ知らず、この『ヤマト』をあれしきで仕留められると思っているならば、その考えの甘さを教えてやるだけだ。
「射撃用意よし!!」
――悪いが授業料は命で払ってもらうぞ。
「左砲雷戦、戦術長指示の目標――撃ち方始めッ!!」
「後部砲戦!!主砲、撃ち方始めッ!!」
戦闘開始。
三番主砲が咆吼し、敵戦艦を目標に青白いショックカノンが吐き出される。
螺旋を描くように絡み合いながら進んだ衝撃エネルギ―は敵戦艦中央部に命中し、直後あっさりと艦体を分断させ、敵戦艦は紅蓮の炎に消える。
「
「
ほとんど間髪入れない古代戦術長の命令を南部砲雷長が応じ、パネルの発射ボタンに触れる。
『ヤマト』艦橋後部の煙突状の八連装ミサイル発射塔から、煙とともに発射された対艦ミサイル八発が一直線に上空に飛翔する。
一旦上空に上がったミサイルは即座に“ククッ”と軌道を変えて敵駆逐艦に逆落としに突っ込んでいく。
だが、敵も間抜けではない。
「敵艦、対空戦闘始めました」
迫り来るミサイルに対し近接防御火器が応戦しているのが確認され、結果八発のうちの半数は迎撃された。
それでも残る四本は寸分違わず目標に命中した。
敵にとって幸か不幸か、二隻の駆逐艦の命中は片方に三発、もう片方に一発であった。
運のない三発命中の一番駆逐艦はひとたまりもなく叩き折られたかのように艦体がねじ曲がり、やがて大爆発を起こして消えた。
一発の被弾で済んだ二番駆逐艦は流石に誘爆を起こすほどではないが、それでも艦体からは黒煙をあげ、速力は見る間に低下していった。
「左舷、魚雷接近、数六!!」
森船務長の落ち着いた声が告げる。
初撃で旗艦を含む僚艦を一気に屠られたにも関わらず、敵三番艦は果敢に肉薄攻撃を加えてきた。
更に損傷した敵二番艦も「ただではやられん」とばかりに生き残った発射管から二本の魚雷を発射してくる。
「対空防御、弾幕射撃始めッ!!」
迫り来る空間魚雷に対し、左舷の高角速射砲群が一斉に猛射し、弾幕を張る。
光線のシャワーに突っ込んだ魚雷は次々と破壊されていく。
だが、六本の魚雷は、皮肉にも損傷した敵二番艦が同三番艦からやや離れた位置から発射したために攻撃範囲が広がり、『ヤマト』の弾幕を薄いものにした。
「一発すり抜けた、来ます!!」
結果、六本中、速射砲の俯角限界を超えて破壊を免れた一発が『ヤマト』左舷後部に命中した。
「左舷後部甲板に被弾!!」
「機関室は大丈夫か?」
命中箇所は機関室にほど近い場所だった。
『何やら銅鑼のような音がしましたが、何かありましたかな?』
徳川機関長からの惚けたような返事に思わず苦笑する。豪胆な爺さんだ。
「甲板にレベル1の装甲剥離、戦闘、航行に支障なし」
さすが『ヤマト』。魚雷の一発など、ものの数ではなかった。
敵三番艦はなおも接近してくる。
敵ながらあっぱれな闘志である。
「敵艦、三式弾射程に入った!!」
だが、それはこちらの思う壺だ。
「主砲三式弾、撃ち方始めッ!!」
「
号令一下、ショックカノンとは異なる轟音と震動が起こる。
前甲板を一番、二番主砲六門から吹き出た火が赤々と照らし、艦橋視界を煙が覆う。
そしてその砲身から放たれた六発の三式弾は、果敢なる二隻の敵駆逐艦にほぼ水平に直進し、その装甲をいとも容易くぶち抜き、突き刺さる。
“ゴーン”という鐘の音でも聞こえてきそうな具合に敵艦はバランスを崩して地面に墜落。その刹那大爆発が起こり、炎があがった。
「敵艦隊撃破!!」
『こちら機関室、修理完了しました』
「よろしい、よくやったッ!!」
古代戦術長が報告するとほぼ同時に機関室から上がってきた修理完了の報告に、私は思わず大声で賛辞を述べた。
「艦長、砲撃やめ。機関始動、錨上げッ!!」
「了解。航海長、両舷前進強速、上舵三十二度、発進」
「
『ヤマト』は波動エンジンを始動させる。
大陸の楔が解き放たれ、左弦を向いていた砲塔が正面の位置に戻る。
『ヤマト』が力強い勢いで前進し、艦首に掻き分けられた水が“ドドォー”っと前甲板に落ちてくる。
だが、『ヤマト』が勢いそのままに空中に浮かび上がるとやがてそれも消える。
『ヤマト』は“
「提督、このままガミラス基地を叩きますか?」
大陸外縁部に達しようというところで、私はそう具申したが、
「いや艦長、まずは脱出が先だ、このまま直進せよ」
と、言われたので『ヤマト』はそのまま直進し、浮遊大陸を離れた。
―――――
「艦長、回頭180度。艦首を浮遊大陸に向けよ」
浮遊大陸との距離が二万三千キロまで離れ、或いはこのまま三十六計を決め込むのかと思った矢先に沖田提督が下令された。
流石に私も沖田提督の真意を測りかねた。
「これよりガミラスの基地を攻撃する。但し敵の規模が分からない中であるし、時間的ロスは許されん、一気に叩く」
ここまで言われて、私も沖田提督の意図を察した。
「波動砲、ですな?」
私が確認するように言うと、沖田提督は頷かれた。
「うむ、波動砲の試射を兼ねて敵基地をここで討つ」
『ヤマト』最強の武装である“波動砲”。
ワープ航法と並んで、まだ未知の存在であるこの兵器の使用については通常と異なり、艦長である私ではなく、計画総指揮官たる沖田提督の決定に委ねられている。
ちょうど、嘗て核兵器使用の権限が現場の軍人ではなく、その国の最高指導者(大統領、首相等)に委ねられていたのと同じである。
「波動砲の威力は未知数です。効果が不確定な状況下での使用はリスクが高すぎるのでは?」
「下手をすると『ヤマト』自体がダメージを受ける危険があります。ここは自重するべきです」
真田副長と島航海長が反対意見を述べる。
ワープで、予期せぬトラブルが発生したということもあって、やや慎重だ。
「やってみようじゃないか、ここでダメだったら先に行ってもダメなんだ」
艦橋に戻って来ていた徳川機関長は賛成のようだ。
「敵の基地が目の前にあるんです。どんなことがあっても叩き潰すべきです」
更に南部砲雷長もやや好戦的な意見を以て賛成する。
どの意見も正論である。
沖田提督は口を挟むことなく、黙って部下たちの意見に耳を傾けている。
「戦術長、貴様の意見は?」
私は古代戦術長に意見を求めた。
波動砲を発射する際、実際に引き金を引くのは彼なのだ。
「戦術長としましては波動砲の使用に賛成します。この先の戦いのためにも自分は『ヤマト』の力の全てを把握する必要があります」
「うむ・・・・・・。」
軽く頷いてから私は沖田提督の顔を見る。
「艦長、君はどうか?」
沖田提督の問いかけを受け、私は言った。
「艦長としましても、『ヤマト』のあらゆるテストを今のうちに済ませておく必要があるものと思慮します」
私がそう言うと意見が一通り出終わったと見て、艦橋クルーが提督の決断や如何に、と注目する。
沖田提督は全員の顔を見渡してから口を開いた。
「総員、波動砲発射準備にかかれ!!」
決定は下った。
意見具申や反対していた者も、こうなれば命令に服従し、全力を尽くして任務を達成するのみだ。
「航海長、取舵反転、艦首を浮遊大陸に向けろ」
「了解、艦首を大陸に合わせます」
右舷スラスターが噴射し、『ヤマト』が左向きに回り、浮遊大陸を正面に取る。
「艦内の電源を再起動時に備え、非常用に切り替える」
真田副長が必要措置を採り、艦内の照明が全て切られ、艦橋を含めた艦内が真っ暗になる。
従来の地球艦船におけるショックカノン使用時同様、『ヤマト』の波動砲使用時は波動エンジンの全エネルギーが開放されるため、発射後は推進力が失われてしまう。
前者の場合はエネルギーが再充填されるまでその場に留まるようになっていたが、後者では波動エンジン再起動までの間は補助エンジンで航行することになる。
そのため、波動砲発射時はこの補助エンジンにエネルギーを蓄えておく必要があるため、補助エンジンで賄われている艦内の照明設備はこのように全て止められる。
この先は私が艦長としてやることはない。
波動砲発射プロセスは沖田提督の管理下にあるからだ。
「航海長、操艦を戦術長に回せ」
「戦術長に回します」
「戦術長いただきました」
古代戦術長の前に、波動砲の発射トリガーがせり上がってくる。
この発射トリガーは波動砲発射時には操縦桿にもなる。
波動砲はそのシステム上、照準を艦事態の姿勢制御にて行うため、この瞬間は操艦も戦術長の管轄となるのだ。
「森、大陸の熱源は?」
「大陸中心部の盆地に集中しています」
この場合、熱源というのは敵基地を指す。
「座標を送れ。――古代」
「了解、艦首を大陸中心に向けます」
さらに森船務長が解析した情報も戦術長へと渡る。
それを基にして、照準を合わせる。
「波動砲への回路開け」
「回路開きます、非常弁全閉鎖、強制注入器作動」
徳川機関長が応じ、波動エンジンのエネルギーが波動砲に充填され始める。
「安全装置解除」
「セーフティロック解除、強制注入器作動を確認、最終セーフティ解除」
波動砲にエネルギーを充填する音がゆっくりと聞こえてくる。
「ターゲットスコープオープン」
「薬室内タキオン粒子圧力上昇。・・・・・・86・・・・・・97・・・100・・・・・・エネルギー充填120%」
だが、プロセスが進むにつれてその音は段々と早く、切羽詰ったような音に変わっていく。
下品な言い方になるが、男性の性的興奮~臨界をイメージさせた。
「浮遊大陸、艦首方向二万三千キロ、相対速度36」
「艦首、軸線に乗った。・・・・・・照準、誤差修正プラス2度」
そんなことを思っているうちも、淡々とプロセスは進む。
艦首の波動砲口にエネルギーが充填され、細かい光の粒子が吸い込まれるように集まっていくのが僅かに見て取れた。
「波動砲発射用意、対ショック、対閃光防御」
艦橋の窓に減光の為のフィルターがかかり、さらに乗員は全員対閃光用のゴーグルを着用する。
ただでさえ真っ暗だったのが、最早自分の眼の前に手をかざしても分からないほどになる。
僅かに計器類の光が見えるだけだ。
「電影クロスゲージ明度20、照準固定」
――いよいよ最終段階である。
音だけでもエンジン内のエネルギーが暴発しそうなほどになっているのがわかる。
「発射10秒前・・・・・・9・・・・・・8・・・・・・」
秒読み開始。
「7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・」
誰もが息を飲み、ピクリとも動かない。
「4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・」
「撃て」
沖田提督の声を合図に、古代戦術長は無言で引き金を引いた。
瞬間――二重の減光フィルター越しの視界が眩いばかりの青白い閃光に照らされた。
―――――
――――何が起こった?
眼の前に広がる光景に、私は咥えタバコを落としたことにも気づかず呆然としていた。
つい先程まで、私の目の前にはオーストラリア大陸の大きさに匹敵する巨大な浮遊大陸が存在していたはずである。
だが、眩いばかりの閃光が消えた今、私の目の前にそんなものは存在しない。
代わりに私の眼前に広がっているのは、大陸を遥かに上回る巨大な火球だった。
いや、大陸が燃え上がっているのではない。言葉通り火球しか存在しないのだ。
「艦長!!衝撃波が来ます。到達まで五秒!!」
森船務長の切羽詰った声に“ハッ”と我に返る。
――馬鹿野郎、放心してる場合じゃない!!
「機関始動、上舵いっぱい、全速離脱!!」
命令の復唱が来る前に『ヤマト』を凄まじい衝撃波が襲った。
まるで巨人の手で掬い上げられたかのように、『ヤマト』艦首が上を向く。
その『ヤマト』を木星の重力が再度引きずり込まんとしている。
「島君、焼きついても構わん、限界まで噴かせ、早く!!」
徳川機関長が矢継ぎ早にそう言いながら、機関出力を上げる。
元より島航海長も全力で操艦している。
この必死の頑張りが功を奏したのか、ゆっくりとした沈下が数瞬停止した後、一気に浮上した。
『ヤマト』は何とか木星の重力圏から脱出するだけの推力を出すことができたのである。
「木星の重力圏を離脱しました」
「よし、ご苦労」
どうなることかと思ったが、木星重力圏を抜けて安定航行に入ったところでようやく一息つく。
ふと足元を見るとタバコが一本落ちている。
ようやく口元から落としたことに気づいた私は、それを拾いつつ先程の光景を思い返す。
「・・・・・・艦長、大パネルに木星を投影せよ」
沖田提督の命を受け、改めて木星の様子が大パネルに投影される。
「ひっ・・・!」
艦橋内で誰かが悲鳴を上げたが、それを咎める者はいない。
誰もがその光景に絶句していた。
大パネルは先程まで我々がいた浮遊大陸のあった筈の場所を映している。
だが、そこに浮遊大陸の姿はやはりなく、紅蓮と評すべき巨大な火球が存在していた。
そればかりか、その火球の背後にある木星本星の一部がキレイに抉られてしまっているではないか。
――大陸そのものを吹っとばしただと・・・・・・?
あまりの事にさすがに冷や汗が出る。
「これが、波動砲」
古代戦術長が静かに呟いた。
「――すごい武器だよッ!!」
興奮した様子で歓声を上げたのは南部康夫砲雷長だ。
「これさえあればガミラスと対等に、いや、それ以上に戦える!!」
その気持ちはわからないではないが、明らかに場違いなはしゃぎっぷりだった。
「いや、我々はガミラスの基地さえ潰せばそれでよかったはずだ」
真田副長の発言に何人かが“ピクリ”と反応を示した。
「しかし波動砲は大陸そのものを破壊してしまった」
ガミラスの基地だけを潰すつもりが、大陸自体を破壊してしまった。
こちらの意図を遥かに超えた明らかなるオーバーキルであった。
――我々は許されない事をしたのかもしれない。
そんな思いが真田副長の発言から読み取れた。
「――我々の目的は敵を殲滅することではない。
『ヤマト』の武器はあくまで身を守るためのものだ」
沖田提督の静かながら重々しい言葉に、総員寂として声なしも無かった。
―――――
「失礼します」
木星をはるか背後に望むようになった頃、私は第一艦橋直上の提督室を訪れた。
本来であれば天王星に出ているところを、木星への緊急ワープアウトというアクシデントのために急遽航路の再検討を余儀なくされたため、各長に創案を命じて改めて会議を行うことになった。
その準備が出来たことの報告であった。
「そうか、わかった」
沖田提督は難しい顔をしていて、心ここにあらずといった様子だった。
「乗組員たちの様子は?」
先の波動砲による士気のことである。
「皆、少しばかり浮ついておりますな・・・・・・」
私はありのままを報告した。
波動砲のその恐るべき威力に乗組員たちの反応は様々であったが、大まかに見れば二つだ。
南部砲雷長のように敵の殲滅を容易とする兵器に沸き立つもの。
森船務長のようにその常軌を逸したと言うべき力に恐怖するもの。
真田副長などはもう少し広い視野で見ているようだったが。
「宇宙さえ滅ぼしかねない力だ、無理もあるまい」
そう言われる沖田提督共々私は静かにため息をついた。
波動砲がこれまでの常識を超える超兵器であることは既に聞いていたが、たかだか三〇〇メートル程度の戦艦の艦載砲にこれほどの威力があろうとは想像だにしていなかった。
「有賀君はどう思う?」
「正直なところを申し上げれば、我々にとってこの上ない力であるとは思います」
波動砲という、それこそ核兵器すら霞むような兵器は、これまで一方的にガミラスにやられてきた我々にとって頼もしい存在だ。
それは否定できないが―――。
「しかし、もしもあの兵器を撃ち合うような戦をしたら、と思うと・・・・・・」
想像するに恐ろしい。
ガミラスだって馬鹿ではない。『ヤマト』に波動砲という超兵器が存在するのを知れば、何らかの対抗策を講じてくるはずだ。
ガミラスの科学力を考えれば、それこそ同様の兵器を持ってくるかもしれないし、あるいはもっと強力な破壊兵器を持ち出すかもしれない。
「・・・・・・我々は禁断のメギドの火を手にしてしまったのかもしれんな」
――メギドの火。
旧約聖書においてソドムとゴモラを焼き払ったという滅びの力。
人が弄ぶには過ぎたる力だ。
「いや、今は思うまい。有賀君、これが試しであるならば我々はその行動で、良き道を示してゆくだけなのだ」
例え滅びの力であったとしても、我々は既にそのカードを切ってしまった。
一度手にした力を手放すことは残念ながらできない。
人間は本質的には臆病だ。
敵対する相手が現れたとき、より優れた力を持とうとする。
戦艦『大和』も、広島・長崎に落とされた原爆に始まる核兵器もそうした思想から生まれたのだ。
人間にできることといえば、沖田提督の言われたように、手にした強大な力で自らを滅ぼさぬように賢くなっていくしかないだろう。
守るも攻むるも、結局は我々自身が頼みなのだから。
沖田提督の言葉に、私は黙って頷くことしかできなかった。
―――人類絶滅まで、あと364日。
大ガミラスに私は不要のようです。