アルガユエニ   作:佐川大蔵

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ご報告とお詫び。

2月17日に投稿済みであった本話ですが、改めて読み直したところ、我ながら有賀艦長の行動があまりに能天気に過ぎると感じたため、誠に勝手ながら加筆及び一部修正を加えました。
大変申し訳ございません。

                                  2月19日 佐川大蔵


第八話 「浮遊する大陸」

 〇一二〇。

 

「重力非干渉宙域に入る」

 

「テスト開始十分前」

 

 第一艦橋では既に沖田提督を含めた全員が船外作業服を身に付けて、それぞれがワープテスト実施の最終チェックを行っていた。

 徳川機関長の姿はない。

 彼は直接エンジンの調整を行うため、機関室に降りている。

 

 艦長席に座る私も船外作業服に気密へルメットという完全装備姿だ。 

 艦長用コートを脱いでいるとは言え、少しかさばって身体の動きが悪い。宇宙での通常活動服が身体のラインに合わせた薄いものであることの意味がわかる。

 

 ――否、この息苦しさはそのせいだけではあるまい。

 

「司令官より総員達する。これより『ヤマト』は人類初のワープテストを行う。このテストに失敗すれば我々はもちろん、地球人類の破滅に結びつく。各人気持ちを引き締めて任務を遂行せよ。以上」

 

 沖田提督より訓示が行われ、いよいよピリピリしてくる。

 

 何しろ人類史上初めてとなる超光速航行を実施するのだ。

 これまでSFの世界でしかあり得なかった未知への挑戦、しかも失敗すれば破滅というウルトラハイリスクだ。古参、若手問わず緊張しきっている。

 

「ワープテスト最終フェーズに入ります」

 

 特に舵を握る島大介航海長などは、横目に見ても身体に力が入っているのが分かる。

 

「おい航海、力が入りすぎてるぞ。もっと楽にしろ」

 

「肩の力でしょう?わかってますよ」

 

 硬めの声で返事をしてから、しきりに肩を上下させている。

 ――ダメだこりゃ。

 

「バカモン。貴様肩の力抜いてどうやって操舵する気だ。力抜くなら膝にしろ、膝」

 

 スポーツの世界などでもよく言われることだが、実際には肩の力は抜こうとすると却って力が入るものであるし、そもそも肩の力を抜いたら腕が動かない。

 身体全体の力を抜いてリラックスするときは膝が良い。

 前世でほとんど立ちっぱで操艦を行い、やたら足が疲れていた時に膝を少し曲ることで力を抜いていたことからの経験則だった。

 

「あっ、ホントだ」

 

 島航海長と一緒にワープシークエンスを確認していた太田健二郎気象長が実際にやってみたのか納得の声を挙げた。

 この艦橋内では太田気象長が一番気楽なように見える。実際には彼とて航海責任者の一人なのだから緊張もひとしおだろうが、大阪出身者特有の陽性な態度でムードメーカーの役割を果たしていた。

 

「気象長、リラックスするのはいいが、座標は大丈夫だろうな?」

 

「大丈夫です。もし何かあれば腹切る覚悟です」

 

 太田気象長の半分以上は本気の冗談に私は苦笑して応じる。

 

「貴様の腹を切ったって出てくるのは食いモノだけだろうが、せめてウィスキーが出るようになってから切れ」

 

 この太田気象長、見れば分かるのだがやや肥満体で、事実大食漢として有名だった。

 

 このブラックジョークの応酬には思わず皆が苦笑したが、これで“ピーン”と緊張していた艦橋の空気も少しはほぐれた。

 

 これでいい。後は人事を尽くして天命を待つのみだ。

 

「テスト開始二分前」

 

「ワープ明け座標軸確認」

 

「確認した。天王星軌道S8630の空間点」

 

「座標軸固定する」

 

「速度12から33Sノットに増速」

 

 島航海長と太田気象長が最終シークエンスを次々と消化していく。

 

『両舷増速、出力40から99まで上げ。波動エンジン室圧上昇中』

 

 機関室の徳川機関長からも刻々と報告が入り、同時に『ヤマト』の速力が急激に上がっていくのを感じる。

 今まで経験したことがないほどの急加速と共に『ヤマト』は乱気流に突入した航空機のように“ガタガタ”と音を立てながら不規則に揺れる。

 

 ――どうもこの感覚は苦手だな。

 

 揺れの大きさは荒天の水上駆逐艦に比べれば屁でもないが、どことなく落ちる寸前の予感を感じる不規則な揺れは、今生にあっても未だ慣れない。

 

「速度30Sノット・・・・・・33Sノット・・・・・・」

 

 そんな私を余所に『ヤマト』は加速し続け、それに伴って揺れもどんどん激しくなる。

 

 それから時を置かずして、『ヤマト』の進路上正面に空間歪曲の反応が感知された。

 

「正面にワームホールが形成されていきます」

 

 真田副長の報告を聞くまでもなく、既に私の眼は光にも闇にも見える、壁のような穴のようなモノが徐々に拡がっていくのを認めていた。

 

「速度36Sノット!!」

 

「秒読みに入ります」

 

 森船務長の秒読みがスピーカーを通して全艦に響き渡る。

 

「10・・・9・・・8・・・7・・・」

 

 ――いよいよだ。

 秒読みが進むと同時に私も自然と姿勢を正す。

 

「4・・・3・・・2・・・1・・・」

 

「ワープ!!」

 

 島航海長が操縦桿を押し込んだ瞬間、『ヤマト』艦首がワームホールに吸い込まれるように突っ込み、徐々に艦体が飲み込まれていく。

 

 そして、ソレが艦橋にまで迫り包み込んだ時、一瞬ですべての感覚が消失し、私は意識を失った。

 

 ――南無三。

 

 

―――――

 

 

 ――どれぐらいの時間が経っただろうか。

 

 一瞬のことであったような、それこそ何百年もの月日が経ったような、逆に胎児に戻ったような、身体の輪郭がぼやけたような、原形質の海に浸かっているような、新鮮なような、何処か懐かしいような。

 そんな曖昧な感覚を咀嚼していた私はぼんやりと目を覚ました。

 

 ――明けたのか?

 

 そう考えを巡らせると、まどろんでいた思考が鮮明になっていく。

 周囲を見回すと全員意識を失っている様で、皆椅子に座ったまま上半身を前方に突っ伏している。

 

 ――どうやら無事なようだな。

 

 ワープに失敗して“ボンッ”とはならなかったようで、“ホッ”と胸を撫で下ろす。

 

 だが艦橋の外の景色を見たとき、私はそれには少し早かったことを知る。

 

 予定では『ヤマト』は一気に太陽系内周を抜け、天王星圏衛星チタニアの軌道に到達することになっている。

 従って予定通りであれば我々からは青緑色の天王星と白く磨かれた衛星チタニアが見えるはずであるのだが・・・。

 

 ――はて、いつから天王星は褐色になったのだろうか?

 

「これは・・・・・・」

 

「木星!? 何で・・・・・・」

 

 意識を取り戻した他の乗組員たちが予想外の事態に困惑していた。

 

 やはり見間違いでも記憶違いでもなく、我々の目の前に存在している惑星は天王星ではなく、太陽系最大の惑星である木星であった。

 

「おい航海、航路計算に間違いはないのか?」

 

 たまりかねて私は詰問した。

 

「時空座標の設定では確かに正常でした」

 

「再チェックしましたが異常は見られません」

 

 島航海長、太田気象長共に訳がわからないといった様子だ。

 

「艦長、予定ルート上に未知の障害物を感知。回避したのかもしれません」

 

 真田副長から報告が上がったが、その時けたたましく『ヤマト』に異常を知らせる警報が鳴り響いた。

 

「『ヤマト』、木星の重力場に捕まっています!!」

 

 太田気象長の報告に一気に血が引いていくのを感じた。どうやら原因を考察している場合ではないようだ。

 

「航海、最大戦速、直進急げ!!」

 

 私の号令に島航海長がスロットルレバーを押して脱出を試みる。

 

「くそっ、舵が効かない・・・っ。どんどん引き寄せられていきます!!」

 

 島航海長が悲痛な声を上げる。

 

「うろたえるな。艦長、機関室はどうか?」

 

 沖田提督が状況を考えれば静かに過ぎる落ち着き払った声を発する。

 艦長席のコンソールを見ると最大戦速を命じたにもかかわらず、機関出力が一向に上がらず、むしろ少しずつ下がってきていることが確認できた。

 

「機関室、状況知らせ」

 

『主エンジンからエネルギーが上手く廻らんのです。補助エンジンに切り替えてやってみます!!』

 

「よしっ。航海、安定翼展開、艦の姿勢を維持しろ」

 

「了解。補助エンジンに動力伝達、安定翼展開!!」

 

 島航海長が必死で操縦桿を握り艦の安定に務める。

 

 木星重力にいいように引っ張られ、引き廻されていた艦体がなんとか一定の姿勢を保つが、脱出するにはとても出力が足りない。

 このままでは遅かれ早かれ木星のメタンの海に引きずり込まれてしまう。

 

「気象長、近くに着陸できそうな衛星はないか?」

 

 木星は太陽系惑星の中では最多の66個もの衛星を有しており、運良くどれかに乗り上げられないもんかと思い質問した。

 66個あるとは言え、広大な宇宙空間で運良く当たる確率は非常に低いが、ダメで元々である。

 

「ダメです、この付近には――」

 

「レーダーに感あり。前方六万五千キロ」

 

 宇宙図を確認した太田気象長から予想通りの返答が返ってくるかと思いきや、森船務長が予想外の報告をした。

 

「何だ、艦か?」

 

 艦だとすれば敵である。現在の情勢下、我々以外の地球艦船が航行しているはずがない。

 

「船ではありません、大きすぎます」

 

「拡大投影しろ」

 

 艦橋大パネルに前方の映像が投影されるが、木星の濃密なガスや雲に覆われていてまったく解らない。

 

「赤外線映像に切り替える」

 

 パネル映像が切り替わり、その巨大な物体の形を鮮明に映し出した。

 

「島、だと?」

 

 その映像を見た時に自分の目を疑ったのは一人私だけではあるまい。

 

 だが、今我々の視界に入っているのは船でもなければ衛星でもない、紛れもなく島・・・否、大陸であった。

 念のため言っておくが、ここは宇宙である。

 

「この浮遊物体はほぼオーストラリア大陸と同程度の面積を持っている模様です」

 

「イレギュラーの物体です。おそらくこれに反応してワープ回避したのでしょう」

 

 太田気象長がレーダーを確認し、さらに真田副長も確認の上で報告する。

 幻でも見間違いでもないということだ。

 しかしなんとも異様な光景である。サファリパークで鯨が空を飛んでいるのを目撃すればこんな違和感を覚えるだろうか?

 

「艦長、この浮遊大陸に『ヤマト』を軟着陸させよう」

 

 沖田提督の判断は早かった。

 怪しいという域を遥かに超えている大陸に近づくことは危険を孕むが、今は非常時である。

 少なくとも木星のメタン海に永遠に沈むよりはマシだ。

 

「そうですな。――航海、進路そのまま、乗り上げろ」

 

「了解っ!!」

 

 周囲には浮遊する岩塊が多数認められ、『ヤマト』の進路を妨害していたが、見よ!島大介航海長の操艦の精密さ。すべてを紙一重、最小限の転舵で躱していく。

 

 岩塊を抜けるともう目前に大陸の岸が迫ってきていた。

 大陸上部の部分が、のしかかるように近づいてくる。

 

「総員、衝撃に備え!!」

 

 そう命じて、私自身も椅子の手すりに手を据えた数秒後、“ズシーンッ”“ドスンッ”と大きな音と共に激動が襲った。

 陸地に艦体を乗り上げるという経験は初めてだが―――前世でそれをやったら査問委員会に引っ張られる―――、魚雷命中かと思わんばかりの衝撃である。

 軟着陸とは言ったものの実際には強行着陸で、『ヤマト』は胴体着陸した航空機のごとく、艦底を“ガリガリ”と音を立てて引きずりながら勢いよく直進し続けている。

 

「後進いっぱい!!」

 

号令をかけて前部ノズルから逆噴射で制動をかけるがまだ足りない。

 

「錨撃ち込めぇ!!」

 

沖田提督が大声で号令をかけた。

突然のことで皆があっけに取られるが、私は即座に叫んだ。

 

「航海左だ!!左の山に撃ち込めぇ!!」

 

()えっ!!」

 

連続しての怒声に島航海長は反射的に投錨レバーを引いた。

左舷から射出された錨は真っ直ぐに山に向かっていく。

 

「何かに掴まってろ!!」

 

 私がそう言った直後、艦全体が一気に右に振られ、急激に傾く。

 錨が山に突き刺さり、猛スピードで進んでいた艦体が強制的に引っ張られて強力なGが総員に掛かった。

 『ヤマト』は急速で振り回されながら、最後は前方に迫っていた湖に右舷から突っ込み、ようやく停止した。

 

「・・・・・・ふぅ~」

 

 思わず大きく息を吐く。

 

「航海長、よくやった。見事だぞ」

 

 無論航海長への賛辞を忘れなかったが、当の島航海長は流石に性根尽き果てたのか、小さく会釈するのが精一杯だった。 

 

 ――まさか“捨錨上手回し”とはな。

 

 “捨錨上手回し”というのは先程行った投錨しての急旋回のことで、緊急回頭のテクニックの一つだが、これは遠く帆船時代に行われたもので、鋼鉄でできた艦では艦体に亀裂が生じる可能性があり、近代では行われなくなった技法である。

 前世の私も一回もやったことがなかったが、沖田提督はとっさの機転で考えついたのである。

 

 ――1本取られたな。

 

『艦長、エンジントラブルの原因がわかりました。主エンジンの冷却装置がオーバーヒートしとります』

 

 機関室の徳川機関長から疲れを感じさせない声で報告が来る。

 

「修理できそうか?」

 

『四時間もあれば何とか』

 

「よし、急いで修理に掛かれ」

 

 時間のロスは正直痛いが、四時間ならばむしろ短い時間と言うべきだろう。

 

「しかし、何やここは?」

 

 太田気象長が素の口調で呟いた。

 

 見れば見る程、今我々の立っている下が大陸であるという認識が濃くなる。

 大陸上の山々には樹木が繁茂し、湖や河まである。

 こんなものが宇宙図に載らないはずがないのだが。

 

「実に興味深い環境だと言えるね」

 

「そない冷静に・・・・・・」

 

「いや、かなり驚いているよ」

 

 表情に微塵も驚きを感じさせない真田副長が太田気象長とそんな応酬をしている。

 

「艦長、この大陸のサンプル採取と分析を行ってはどうでしょうか?」

 

「う~む・・・・・・」

 

 真田副長からの意見具申に私は少しばかり悩んだ。

 

 無論、真田副長は単なる興味本位でこんなことを言っているわけではない。

 

 太陽系七不思議の一つとして好奇心を刺激されるだけのモノならば良いが、これがもしも人為的なモノであったとしたら、それこそドッキリでは済まないのだ。

 

 何故ならば、今この太陽系で人為というものは地球かガミラスのどちらかだけ。地球でないとするならば・・・・・・。

 

「提督、ここが何であれ、どの道四時間はここに留まらなければなりません。ならば、今自分たちのいるこの大陸がどうなっているのかを調べることは必要と思慮します」

 

 “虎穴に入らずんば虎子を得ず”。

 

 ここが何であろうと留まらなければならない以上は情報を収集する必要がある。

 

 自然発生ならばそれで何事もなし。仮にガミラスのものであるならばそれはそれで手を打たなければならない。

 

 しかし、これは艦の責任者たる私ではなく、計画責任者の沖田提督に権限があるため、その場で意見を上申した。

 

 沖田提督は「よろしい」と即座に許可を出された。

 私は素人だが、宇宙物理学の博士号を持っているという沖田提督は、真田副長と同じく、この大陸の異質さを感じているに違いなかった。

 

 調査、分析行動が決定したところで、私は真田副長に調査分析を、古代戦術長に船外作業班編成を命じた。

 船外作業班の人選は古代戦術長が直轄する戦術科及び甲板部から人員を出すため、戦術長に一任。

 万一の事態に備え、各人武装の上、集団にて行動、行動範囲を艦周囲のみとし即時に帰艦できるようにした。

 

 ――それから。

 

「AU09、出番よ」

 

「番号ナンカデ呼ブナ、私ハ自由ナゆにっとダ」

 

“ピコピコ”と特有の電子音を放ちつつ、席を離れたアナライザーに艦橋要員がびっくり仰天する。

 

「こいつ、自立型だったのか?」

 

「うん?貴様ら知らなかったのか?」

 

 見廻すと真田副長と森船務長以外は「まったく」と首を振る。

 

 改めてアナライザーが艦橋要員たちに自己紹介をする。

 アナライザーは、正式名称「ロ-9型自律式艦載分析ユニット」とある様に、分析も役目のうちであるが、早速出番が廻ってきたというわけだ。

 

「おいアナ公、下手打つとまずいからな、手早く頼むぞ」

 

「ゴ心配ナク、私ハ天才・・・・・・ッテあな公?」

 

「アナライザーだと長いだろうが」

 

 私がそう言うと、アナライザーはかな~り不満げにブツクサとしばらく文句を言っていたが、森船務長から「いいじゃない」と言われると、即座に機嫌を直していた。

 

 ――ホントにロボットか、こいつ?

 

 妙に人間臭い野郎である。

 

 

―――――

 

 

『植物採集なんて、小学生みたいなんだなぁ』

 

『ぶつくさ言うな』

 

 船外作業が開始され、後部甲板から古代戦術長陣頭指揮のもと、甲板部員がロープを使って“スルスル”と降りていく。

 

 艦内には現在第二哨戒配備が敷かれ、各員が警戒に当たっている。

 

 ちなみに哨戒配備には第一、第二、第三の三種類が有る。

 

 第一は総員が交代なしで配置についている状態。戦闘配備そのままの即応体勢。

 第二は二直交代で、乗員の半数が配置についている状態。突発の自体には応急的な攻撃が可能であり、即座に戦闘配備に移れる。

 第三は三直交代で、乗員の1/3が配置についている状態。普段の航海中の配備がこれに当たる。

 艦長としては、敵に対する警戒と乗員の休養とを上手く調整し、いざという時に万全を期して全力を発揮できるよう、最善の処置が必要となる。

 

 私は第一艦橋にあって、全体の進行の監督に当たっていた。

 

「ちぇっ、呑気なこと言っちゃって」

 

 同じく第一艦橋で配置に付いている太田気象長や相原通信長がスピーカーから聞こえる甲板部員の愚痴に軽く舌打ちしている。

 

 船乗りにとって何が一番の楽しみかといえばまず間違いなく上陸である。

 戦艦という一種の閉鎖空間はいくら快適に作られていても、長期に乗っていれば参ってくる。

 例え任務であっても外に出て地面を踏むということは船乗りにとっては最高の喜びなのだ。

 

 ・・・・・・とは言え、今回のは休暇ではなく、得体の知れない地への探査任務なのだ。

 今の甲板部員のボヤきも緊張からくるものだろう。

 榎本宙曹長が現場指揮しているので大丈夫だとは思うが。

 

『気温、大気圧トモニ木星表面トハ著シク異ナル。

 大気成分、メタン67%、窒素6%、二酸化炭素21%。

 大気中ニあせとあるでひと、及ビえたのーるヲ検出』

 

 その中で張り切っているのか、アナライザーから早速の調査報告が第一艦橋に齎されてくる。

 

 どうやらこの浮遊大陸は外見上は地球の自然環境に近いようだが、宇宙服なしで活動できる環境ではないようだ。

 

「アルコールかぁ・・・・・・」

 

「何だ通信、貴様いける口か?」

 

 相原通信長の呟きに私は意外な思いがした。

 

 相原義一通信長は、第一艦橋要員の中では最年長の22歳だが、細面かつ華奢な体つきをしているため、どちらかといえば繊細な印象があって酒飲みのイメージが今いち沸かない。

 

「えぇ、昔は故郷でよく飲まされてましたから」

 

「岩手、だったか?」

 

「はい」

 

「成程、岩手の酒は甘いからな」

 

 そんなことを笑い合ってから太田気象長にも話をふろうとしたのだが、見ると太田気象長顔色が悪い。

 

「気象、どうした?」

 

「いえ、自分は下戸で・・・・・・というか、なんだか気分が・・・・・・!」

 

 そこまで言ったところで、限界なのか口元を押さえてゲーゲー言い出した。

 近づいてみると、胃袋が暴走しそうなのかグーグーと音を立てて、今にも反吐が出そうである。

 

 待て待て、いくら何でも酒の話題だけで酔うことはないだろう。

 それにこれはどちらかといえば船酔いの症状だ。

 

「おい誰か、医務室に――」

 

『あーっ、医務室より艦橋』

 

 医務室まで連れて行くように言おうとしたら、ちょうどそのタイミングで、艦内無線から佐渡酒造衛生長の声が響く。

 

「艦長だ、どうした?」

 

『おー艦長、さっきから体調不良を訴えとるモンがひっきりなしでしてな、念の為に報告しておこうと思ってのぅ』

 

 佐渡先生からの報告に眉を顰める。

 

 本来であれば戦闘即応の第一配備としたいところをワープによる乗員の疲労を考え、少しでも休息を取らせるため、思い切って第二配備としたがこれは予想外である。

 

 単なる酔いであれば良いが、もし違った場合今後の航海に差し障ることになる。

 

 ちゃんと自分の眼で様子を見に行ったほうがいいだろう。

 

「先生、太田気象長もこちらでダウンしているんだが、今から連れて行っても良いか?」

 

『構わんよ、やれやれ忙しい』

 

 佐渡先生には苦労をかけるが一応の了承を得たので、私は自ら太田気象長を連れて医務室に降りることにする。

 

「何かあったら艦内放送で怒鳴れ」

 

 第一艦橋の留守を当直の者たちに任せて、私は急ぎ艦橋を離れた。

 

 

―――――

 

 

 医務室に到着すると、成程戦場とまではいかないが、かなりの数の乗組員たちでごった返していた。

 皆一様にゾンビの様なゲッソリとした顔をしている。

 

「ワープ酔い?」

 

 佐渡先生から話を聞くと、皆が船酔いに見られるような苦しさ、切なさを訴えているとのことで、ワープを行った際に個人差で身体に影響が出たのだろうということだった。

 

「まぁ二日酔いみたいなもんじゃな、命には別状無いじゃろう」

 

 そう言う佐渡先生は影響ないどころか変わらずに一升瓶片手である。

 哨戒配備とは言っても、衛生科は負傷者が出ない限りは暇なので別に良いといえば良いのだが、相変わらずである。

 

 後から考えてみると、このときワープ酔いになったのは人格的に繊細、デリケートな者が大半で、見方によっては性格診断が出来たとも言えて面白かった。

 

 ちなみにイの一番に医務室にやってきたのは意外や意外、加藤三郎航空隊長であった。

 一目見てもうダメ。私が声をかけてもフラフラとしていて、今にも胃の中のモノが逆流しそうな状態だが、そこは宇宙軍魂。神聖な艦内を反吐で汚してなるものかと頑張っている。

 それでも佐渡先生から「どうじゃ迎え酒」と勧められた際にはさらに顔色を悪くして断っていた。

 存外繊細な男である。

 

 逆にこの中にあって一番元気いっぱいだったのは原田真琴衛生士で、ゾンビの集団の中を精力的に走り回っていた。

 

 困ったのは単に様子を見に来ただけであった私にまで、

 

「艦長もちゃんと診てもらってくださいっ!!」

 

「いや、俺は・・・・・・」

 

「ダメですよっ、酔ったまじゃ元気にお仕事できませんよ!!」

 

 そう言って有無も言わさず、強引に腕を抱き込まれてしばらく押し問答になってしまった。

 

 衛生士としての使命感なのか、元々の性格なのか、こと医療行為を行う際の彼女はそれ以外のことが目に入らないようだった。

 

 ・・・・・・抱き込まれた私の腕がちょうど彼女の胸の谷間に挟まれ、手のひらが太腿に当たっていることに全然気づかないぐらいに。

 

 私としては非常に役得であったが、外見の割に存外図太い娘であった。

 

 緊張状態のなかでそんな一幕があったが、ノンビリしている場合ではない。

 非常事態を告げる艦内放送が鳴り響く前に私は第一艦橋に駆け戻った。

 

 

―――――

 

 

 幸いにして、調査・分析中は何事も起こらず、無事に船外作業班の収容が完了した。

 

「やはりこの環境は太陽系外から人為的に持ち込まれたものでした」

 

 第一艦橋にて沖田提督とともに真田副長から報告を聞いた私は文字通り度肝を抜かれた。

 

 まず第一に、アナライザーが計測したこの大陸の大気、土壌は木星は元より太陽系のどの惑星の環境とも全く一致しないものあった。

 

 地球人類が太陽系惑星に進出してから既に一世紀が過ぎ、ガミラス襲来以前に惑星探査はほぼ完璧とされていた。

 ものの数十年で環境が激変した、とは考えにくい。

 

 そして第二に、船外作業班が持ち帰った大陸に繁茂している植物を分析した結果、遊星爆弾に含まれ、地球の環境を激変させた未知の異星植物とほぼ同一のものであることが判明したのである。

 

「将来地球をガミラスホーミングするため、そのテストケースとしてこの大陸ごと木星に移植したと思われます」

「奴らは大陸クラスを移植できる技術があるというのか・・・・・・」

 

 地球でも過去に火星をテラフォーミングしたことはあるが、その環境を維持したまま大陸規模で星系外に移動させることなど、それこそ思いもよらないことだ。

 

 沖田提督にはその凄まじさがよく理解できるのだろう。その口調は重々しくも驚愕が含まれていた。

 

 改めて自分たちの戦っている敵の科学力には戦慄を禁じえない。

 

「となると・・・・・・」

 

 この大陸がガミラスの手によってここに運ばれたモノだということは、ここには――。

 

「レーダーに感あり、ガミラス艦です!!」

 

 森船務長からの報告に艦橋に緊張が走る。

 

 やはり、敵がいたのだ――。

 

 




次回はいよいよ()()の使用ですね・・・・・・。

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