未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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39.覗く問題

 海斗は暗い世界にいた。まるで水に漂うかのような浮遊感があるが、どこなのかわからない。そんな所に声が響く。

 

「よくぞやってくれた黒化(ニグレド)よ。お前の働きにより杖は完成した」

 

 聞き慣れない声だ。厳かで尊大だが、明確にこちらを見下しているのが嫌というほど伝わる。

 

「なんだこの声は? 姿を見せやがれ」

「私は既にいるさ。お前がわからないだけだ」

 

 海斗は周囲を見回すが、やはり暗いだけで影も形もない。含み笑いのような人の気分を逆なでにするような笑いが聞こえる。

 

「私はこれでも君たちにもわかるようにしているのだよ? 例えばだ……広大な宇宙に点在する星と星を観測するのに天体望遠鏡を用いる。光年単位で離れた星を見るのに優れた機材だ。因みに光年という単位を時間の概念と勘違いする輩がいるそうだが、君は違うかな?」

 

 よく漫画にある「お前には一万光年早い」みたいな馬鹿キャラの事を指しているのだろう。海斗はそんな馬鹿ではない。

 

「話が逸れた。なぜ天体望遠鏡を使うかと言うとそこまで拡大しないと見えない距離にあるからだ。星を見るのに虫眼鏡を使う馬鹿者はおるまい。やってみるといい。歪んだ空を見上げていると何をしているかわからなくなるだろうから」

 

 説明の間に人をおちょくらないと気が済まないようで海斗を煽ってくる。最初から苛立っているが流石に付き合っていられない。

 

「結局、何が言いたいんだァ?」

「本来の私と君の居場所は遥かな距離がある。私が労いの念を伝えようと気まぐれを起こし、それなりに距離を縮めてやったのだが、生憎君は天体望遠鏡を持ち合わせておらず、通常の望遠鏡で私を見ようとしている。そんなところだ。わかったか黒化(ニグレド)

「よくわかんねェよクソが」

 

 距離に置き換えられて説明されたが完全に理解した訳では無い。ただ、何かが離れていてソレを向こうがどうにかしたいと思ったからこうして会話できているのだと思える。それだけでなく先ほどは虫眼鏡でこちらのことを馬鹿にしてきたが「望遠鏡を使って」ということから、海斗は望遠鏡は持っている(●●●●●●●●●●●●)という事が推測できる。

 例え話の法則がわかった所で正体不明なことは変わらない。

 

「大体お前はなんだよ? こんな訳のわからないところで訳のわからないことベラ回しやがって」

「私は……か……いや、厳密には違うな。とにかく君たちをフラスコに投下した者だな」

「フラスコ? なんだそりゃ? それにさっきから黒化(ニグレド)ってなんなんだァ? もし俺の事を指してんなら大違いだぜ」

「いいや。黒化(ニグレド)とは君の事だよ新夜海斗。私の実験道具だ」

「実験? 道具ゥ?」

 

 誰であろうが見知らぬ者に自分の事を道具扱いされるのは不快なはずだ。会った覚えもない奴の為に生きている訳では無い。そんな尊大な思考をするのは組織のトップか、頭のイカレタ奴だ。

 

「ああ。五つの道具のうちで君はいち早く役目を果たした。本当に優秀だよ。黄化(キトリニタス)はゆっくりとだが確実に仕上がっており、一番期待している白化(アルべド)はようやく始めようとしたところだ。赤化(ルべド)はあと少しで、翠化(ウィリディタス)は未だに目覚めない。そんな中で君は素晴らしいよ」

 

 僅かに興奮の色が入った声が意味のわからない横文字の羅列を並べている。海斗には何を称賛されているのかもわからないし、わかったところで恐らく喜ばない。

 

「別に君が意味を理解しなくてもいい。私は自己満足で道具としてのお前に労いを言いに来ただけだ。もう会う事はないだろうよ」

 

 その一言から世界が離れていき、上下もわからない感覚が浮遊していく。

 

 

 

 

 

「痛っ!?」

 

 いきなり背中が叩き付けられたと思いきや生い茂った葉の隙間から曇天が広がっていた。揺れる視界の原因が荷車に横たわっているからだと気付くと上体を起こした。

 

「すいません海斗さま。道が悪くて……大丈夫ですか!?」

 

 御者をしている男が慌てて振り返り黒い少年に平謝りする。周りには海斗が寝ていた荷車の他にも米俵や武具が収められた箱を運んでいるのがわかる。どうやら行軍中らしい。

 

「ここは今どのあたりだ?」

「は、はい。もうすぐ飛騨に着きます」

「光……頼綱はどこだ?」

「姫さまはここより先の中軍におられます」

 

 傍らには自分の黒い槍が置いてあった。いくら人を刺して血や脂を浴びても切れ味が落ちず、欠けることもない。名槍の枠組みとしても異常だと常々思っているが、海斗はそれを握ると荷台から降り中軍まで走る。追い抜いて行く兵たちは海斗の復活に驚きながら、喜んでいた。無茶苦茶な行動をとるが軍団でも最強な人物が起きれば期待するものだ。

 

「おはよう海斗」

「……よう」

 

 息が上がる程度に走り抜けた先に馬に揺られる主を見つけた。いつものような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 京での信奈の拠点:本能寺で晃助は不貞腐れた顔で長秀に右手を出していた。

 

「お金ください」

「こら!」

 

 保存食や水などを馬に乗せ、旅支度を整えた晃助と頼隆は信奈の書状通りに仕事の資金を受け取りに来たのだが、開口一番の無礼を早速怒られている。

 

「挨拶もせずにいきなり何てことを言うのよ。長秀さまがいくら温厚な方でも主筋である織田家の家老を務めていらっしゃるのよ。礼を失するわ!」

「痛え! 耳引っ張るな! じゃあお前が受け取れよ」

「書状にはあなたが直接受け取るようにあったでしょう。ちゃんとした作法の通りに申し出て……」

「どっちみち智慧が管理するんだろうが。だったら手間だから受け取れよ」

 

 晃助は耳を必死に守りながら頼隆に反論する。その言い草に頼隆は更に口を開こうとするが、クスクス笑う長秀がやんわりと止めた。

 

「頼隆どのが管理されるなら安心して預けられますね。では、こちらへ」

「申し訳ありません。うちの馬鹿が……」

 

 長秀が本能寺の中へ頼隆を招き入れ、晃助は馬の番をすることになった。本能寺の一室に案内される途中で長秀は頼隆に耳打ちする。

 

「他に共連れがいませんが、お二人で紀伊までですか?」

「ええ、人数を増やすと経費がかかるので」

「二人きりですか……まるで旅行ですね」

「な!?」

 

 長秀は普段政務をする部屋の戸を開き、既に用意されてあった金子入りの袋を顔を赤くした頼隆に手渡した。

 

「そ、そそそ、そんなつもりはありません!」

 

 金子を受け取ったまま頼隆は言われてから気付いた仕事内容に口をあわあわさせる。覗きがばれて命令された時は変な想像をしていたのに仕事だと言われて安堵したが、二人きりの旅行と思えばまた変に意識してしまう。頭がぐるぐるして動けない頼隆を長秀は背中を押して晃助の待つ門まで連れて行く。

 

「ふふ、そうですか。しかしこれは妙案です。素直になりきれない姫さまもこのようにすれば素直になれるかもしれません。報告を期待していますよ」

 

 ここにはいない良晴はただ伊勢へ左遷されたのではない。伊勢の攻略・統治をしているが気まぐれ屋で動かない織田家の重臣:滝川一益(たきがわ かずます)を対武田戦に動かすという仕事があるのだが、それでも嫉妬のあまりに良晴を伊勢へ左遷してしまった信奈の恋路を長秀は憂いていた。

 そこに図らずして晃助と頼隆が旅行(仕事)をするという。いつか良晴と信奈でやるために報告を期待したのだが、頼隆は更に狼狽する。

 

「ほ、報告ってなんですか!?」

「ふふ、お仕事の内容は書類で、道中の出来事は口頭でお願いします」

「ど、どどど、道中!? 出来事!?」

「金は受け取ったか? さっさと行こうぜ」

「うるっさいわね! あんたのせいでしょうが!」

 

 待ちくたびれていた晃助は頼隆に手綱を渡すと自分の馬に跨る。長秀の見送りを受けながらチラリと顔を赤くして怒った様子の頼隆を見やる。最後に長秀が耳元で「礼儀をしっかり教えろ」とか嫌味になりそうなことをやんわりと言われたのだろうと予想する。

 

 晃助自身もこんなはずじゃなかったのだ。風呂で湯を浴びているときに塀の戸板が鳴った時から誰かに覗かれていると気付いていた。何故なら、あの戸板が簡単にずらせるように細工していたのは良晴で、その話を本人から聞いていたのだ。

 その後の鳴き真似をされた時から長頼と頼隆が隠れていると当たりをつけることができたのだが、覗かれている時には「何故、智慧が?」と疑問に思った。だが深く考えずにこれをネタに仕事を押しつけようと閃いたのだ。

 だから、早めに上がってこっそり逃げようとする二人の背後に回り、肩に手を回しながら二人の髪を入手したのだ。それからの追い込みはしっかりできたのに書状を読まなかったばかりに押し付けは失敗。自分は何をやっているんだと溜息を漏らす。

 

「ね、ねぇ晃助……」

「なんだよ?」

 

 突然頼隆が話かけてくる。

 

「今日までに大和に入ってそこで宿をとるのよね?」

 

 顔が赤く、俯いているところを見るに、まだ怒っているが旅の工程確認をしようとしていると晃助は判断し、火に油を注がないように注意しながら答える。

 

「そうだな。少し山を登るが多聞山城を訪ねないか?」

「? どうして松永久秀の居城に?」

「宿代が浮くだろ?」

「…………」

 

 同じ織田家の家臣の城なら民間の宿を借りなくても寝床が確保できる。旅の経費は千早家が持つのでそう言ったのだが頼隆は黙りこくる。

 

「どうした? もしかして山城を登るのが嫌か?」

「……いいえ。経費節約は大事なことよ。多聞山に行きましょう」

 

 何か言いたげだったが頼隆は了承して馬に揺られる。その道中ずっと頼隆は晃助と目を合わせようとしなかった。

 

 

 

「これはカラスさん。ようこそ我が城へ」

 

 天守閣そびえる多聞山城を訪ね一泊の宿を願い出ると松永久秀は快く迎え入れてくれた。

 

「急に押しかけてすまないな」

「いえいえ。同じ織田家の家臣ですもの。それに信奈さまの主命があるならばお助けしますわよ。食事の用意ができるまで時間がかかりますが……」

「なら、城を見学してもいいか?」

 

 現代ではいろんな城に天守閣があるが、この時代ではここ多聞山城にしかまだない。これは松永久秀が最初に考案したからだ。この壮大で美しい建築美を信奈は絶賛しており、坂本に城を築こうとしている光秀もこれを参考に導入しようとしている。

 晃助は一人の歴史好きとして、またあり得るかもしれない未来で久秀が裏切った時に城を攻められるように構造を把握しておきたかった。

 

「構いませんわよ。信奈さまがこの城をお褒め下さったおりから、様々な方がこの城を訪れますから。そうですわ頼隆さんはその間に私と茶を……」

「私は晃助と一緒に城を……」

「そんな事をおっしゃらずに、是非」

(カラスさんについてお話があります)

「?」

 

 晃助と共に城を回ろうと思っていた頼隆に声がかけられた。一度は断ろうとしたが耳元で気になる事を言われ、少し悩んだ末。茶に応じることにした。

 

「これ全部黄金!?」

 

 頼隆が案内された茶室は天井も壁も床も金色(こんじき)の輝きを放っていた。振り返った部屋の主は柔和な笑みを向ける。

 

「全て金箔ですわ。純金だけで彩るほどに財がありませんの」

「それでも……これは……!?」

 

 質素倹約を貫く千早家ではできない雅で思い切った部屋に絶句する頼隆の様子に久秀は満足そうに頷く。

 

「これでも未完成ですわよ」

「これで!?」

「ええ。障子の桟も金色にしたいのですが、擦れて駄目になってしまうのです。ですから完成した部屋は一番迎えたい人が来る日だけですわね」

 

 久秀は今しがた跨いできた桟を見つめている頼隆に「こちらへ」と誘いながら、平蜘蛛の茶釜で茶を用意する。頼隆は茶室の輝きに圧倒されたが何かと油断ならない相手と二人きりなのを思い出すと無礼にならない程度に警戒する。

 

「それで? お話とは?」

「そう焦らずに……」

 

 妖しくほほ笑む久秀は茶を差し出す。頼隆はそれを作法通りに飲んだ。数々の人を毒殺した経歴を持つと言われる久秀の茶だが彼女が心酔する信奈が家臣を毒を盛ってはならないと命じられているので、疑いも無く飲み切った。

 

「ふふ、カラスさんの傷はどうですか?」

「驚くほど早く治っていくわ。そう言えばあなたにはお礼を申し上げるべきでしたね」

 

 夢に関する薬について眠っている間に処方した事を晃助に伝えたが、苦い顔をするだけで何も語らない。それでも晃助の目醒めには久秀の薬が助けになったかもしれないのだ。頭を下げようとする頼隆を久秀は制止する。

 

「おやめください。代償なら櫻井さんから頂いております。それにアレはあくまで手助け肝心なのは本人の意思です……お話とはソレが関係するのですが」

「?」

「目覚める前と目覚めた後でカラスさんに何か変わりはありませんか?」

 

 真剣な表情をした久秀は唐突にそんな事を聞く。頼隆は少し目を瞑ってこれまでの事を振り返るが何も思い当たらない。首を振ると久秀は「そうですか」と呟くと、話を続ける。

 

「わたくしが妖術を操る事はご存知でしたか?」

 

 頼隆は頷く。久秀が清水寺の変事を起こした時にその力を振るったと聞いている。異能については庶民には半信半疑だろうが頼隆はその存在を認めている。今では廃れたとはいえ一昔前の日ノ本は陰陽術の法で守護されてきた。術師も希少だがまだいる。良晴の軍師:竹中半兵衛は陰陽師でありその知識で敵軍の気を計り、それに応じた陣を構築する。金ヶ崎で良晴を追い詰めた土御門久脩は今はどこかに隠れているが彼も術師だ。

 

「少し違和感を覚えただけなのですが……カラスさんの【気】のようなものが変わっている。いえ……【魂】でしょうか……申し訳ありません。どうもわたくしが操る波斯(ペルシャ)の術ともこの国の陰陽術とも系統が違うみたいで……」

 

 久秀は眉根を寄せながらどう説明したものかと困惑しているようだ。

 

「何か悪い事が起きるのですか!?」

「それは正直わかりません。しかし、彼に限らず相良どのと姉小路の黒犬さんも同じような変化が感じられます」

「彼らも何か術を使えるようになったのですか?」

「どうでしょう……そういった変化については黒犬さんが怪しいですわね」

 

 久秀が怪しむのは清水寺の変事では千以上の松永兵を、叡山では孤立無援になりながらも御所の和睦が来るまで戦い抜いた。そしてそれらの戦いで火元も無いのに死亡した兵は焼けただれていた事だ。

 そこで頼隆は三人の共通点に気付く。

 

「全員未来人ではありませんか」

「あら? 黒犬さんもそうなのですか?」

「ええ、晃助から聞きました。間違いなく未来で会った事があると」

「それは……興味深い共通点ですわ」

 

 三人ともこの時代に順応している事から忘れがちになるが、本人も意図せず平和な時代から戦国時代にタイムスリップしてきたのだ。妖術でも陰陽術でも解明できない超常現象の原因もわからずこれまで過ごしてきたが、いったい誰が如何なる法を用いたのやら。それについて久秀は最初に伝えようとしていたことを告げる。

 

「でしたら雑賀の荘にも未来人がいる可能性がありますわ」

「え? 私たちがこれから行く紀伊にですか?」

「はい。先の戦いですが金ヶ崎で撤退することになったとはいえ朝倉征伐の為に雇った雑賀衆の中にも三人と同じような違和感がありました。もしかすると会えるかもしれません」

「そうすると晃助たちがこの時代に来た理由がわかるかもしれない……」

 

 複数の未来人。晃助がこの時代に来た理由。月を見上げる晃助の姿。もしかしたら未来に帰るための手がかりを掴めるかもしれない。当事者たる晃助に伝えるべきか頼隆は躊躇した。伝えたら彼らはどうなってしまうのだろう?

 

「とにかくカラスさんの動向には気を付けて下さい。そして当事者たちに伝えるのはお任せしますが、少なくとも今は控えるとよいでしょう」

「どうしてですか?」

「これは、わたくしや半兵衛さんも解らないような系統の術です。下手に行動しておかしな術が発動しても困ります」

「では何故私にこの事を?」

「注意喚起です。特にあなた達はこれから紀伊に向かうのですから」

 

 やはりまだ見ぬ未来人に気を付けろということだろう。それに紀伊の豪族達と敵対していないとはいえ、味方が誰もいないのだ。旅立つときに覚悟はしていたが、晃助の不確定な情報もあっては少し心細くなる。

 そこで話の終わりを促すように小姓が訪ねてきて食事となった。

 

 

 

 

 

「やっぱり天守があると城って感じがするよ」

「あら、それでは他の城は城ではないの?」

「そうは言わないけど、やっぱり未来で見慣れているからさ」

 

 食事も終わり、頼隆に与えられた部屋で晃助は多聞山城を巡った感想を頼隆に話している。食事の席では久秀に未来の話を交えながら多聞山城の出来栄えを褒めちぎったが、天守閣だけでなく異国風の庭園を構え、頼隆が招待された立派な茶室があり「住むための贅を尽くした城」と言えるが、晃助はそういう魅せるための城ばかりな未来から来たので内心特に感動しなかった。

 

「ところで話は変わるが、紀伊で傭兵を雇うとしたら雑賀衆だよな?」

「そうね。いくつか郷が別れているのだけど、お話を持っていくなら土橋がいいわね」

「俺のイメージだと雑賀衆って鈴木家の印象が強いんだが」

「雑賀衆の頭目:雑賀孫市さんは近頃、本猫寺(ほんびょうじ)に入り浸っているらしいけど」

 

 また本描寺かと晃助は毒づく。史実では本願寺なのだが、なぜかこの世界では猫を崇めている宗教になっている。規模こそは本願寺と変わらず、可愛げがあるのだが、戦国ゲームをやりこんだ身としてはしっくりこなくて晃助はあまり好きじゃない。

 

「じゃあ、土橋のところに行こうか。それにしてもこの時代では良く聞くな」

「晃助の知っている未来では土橋傭兵団の事は知られていないの?」

「俺みたいな自称歴史好きでも小耳にはさんだ程度しか知らないな。雑賀衆が活躍するのはもう少し先か? 年表が曖昧だからあんまり語れないけど、孫市が本描寺に入り浸っているのが気になるな」

「どうして?」

「本描寺の立地は海と川で守られている。そこに篭城に有効な鉄砲の名手たちが籠れば……」

「まさか、雑賀衆が一揆を起こすと?」

「今のところそんな動きは無いようだが、そんな事が起きれば厄介だ。だから少しでも向こうの戦力をこちらに抱き込みたいな」

 

 晃助はゲームの黒歴史を思い出して身震いする。まだ始めて間もないころに「騎馬隊最強~! 鉄砲? 足が遅いから囲めば終わる雑魚」と思っていた時期に本願寺・雑賀の同盟と戦ったが、城を壁にされるといくら機動力が高い騎馬隊でも回り込むどころか攻撃することすらできず、攻撃力最強の鉄砲の餌食となり六万の兵を溶かしたことがある。あのときは公家コマンドで無理やり片方と同盟しもう片方を全力で潰す戦法で攻略した。

 要はあの二つの勢力を組ませてはならないのだ。

 

「まぁ向こうは傭兵だ。資金さえ潤沢なら味方にできるだろ」

「そうね。これからも私がしっかり預かるわ」

「頼むわ。明日の出発はさっき久秀に話した時間でいいな?」

「ええ。寝坊しないでよ」

「そん時は起こしてくれ」

「嫌よ。人様のお城に来てまで起こさなきゃならないなんて」

 

 じゃあ頑張って起きる。晃助はそう言うと自分の部屋へ向かおうと立ち上がる。だが、立ちあがった晃助の袖を詰まんで頼隆は引き止めた。

 

「待って」

「ん?」

「晃助は今……幸せ?」

 

 元から戦国の世で戦っている自分たちにはただ奇怪な境遇だが未来人達は生活環境が大いに違う。この生活に何も不安も不満も無いのだろうかと気になったのだ。問われた少年は困ったように眉根を寄せながら苦笑いで答えた。

 

「幸せだよ。どうしたの急に?」

「そう……何でもないわ。おやすみ」

「ヘンな奴だな……おやすみ」

 

 少年が後ろ手で閉めた襖を暫く眺め、やがて行燈の明かりを消して部屋を真っ暗にすると頼隆は布団の上に横になる。聞きたいことがあったのに別の言葉に変えて少年に質問した。答え方次第では彼に有益で自分には不安な情報を話さなくてもいいと言い訳を作った。無関係ではないのかもしれないが彼の問題だというのにソレを先延ばしにした。

 

「……嫌な女」

 

 額に腕をかざし視界を更に暗くする。いずれこの先延ばしは後になって問題を深刻化させてつきあたるだろう。その時に彼は、彼らはどんな選択をするのだろう? 自分には何か選択肢があるのだろうか?

 頼隆は自己嫌悪に思考を曇らされながら、答えの無い問題に頭を回した。

 

 


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