「アアアッ!!」
晃助は何度目かの斬撃を目の前の敵に打ち込む。
「ハハハッ!!」
その攻撃をジャージの男は巧みに躱していく。躱した後は蹴りか殴りの打撃。それを頭を振ったり受け止めたりする。先ほどからこの応酬だ。[晃助の一部にされた]と言うからに、恐らくジャージの男は晃助の剣術レベルを知っている。剣では駄目だ。そう判断した晃助は夢の中のフィールドとなった主要館の出入り口に飛び退く。
「そらよ!」
「!?」
戸を開けると夜の世界だった。月明かりが寂しく光源となっていたがそれは今はいい。戸を無理やり外しソレを投げた。ジャージの男はそれを受け止め、動きを停める。好機到来と思いきや戸がこちらに倒れ、そこから刃が突き出てきた。辛くも胴から外れてくれたが、危なかった。ジャージの男は戸を跳ね除けて逆に利用してきた。
「ギミック解放か……甘いぞ!」
晃助は刀を前に突きだし突進するが軽く受け止められる。
「ならば!」
刀を離し、後ろへ大きく退く。そこには有事の際のいつでも戦えるように槍が立てかけてあった。一番短い槍を取ると構える。
「お前は刀の修練しかしてないだろ? 槍は手に余る。やめ……」
「フン!」
言い終わる前に晃助は槍を水平に振るう。刃に当たれば上々。柄に当たっても打撃になる。晃助は渾身の一撃を籠めて振ったが。
「ほい」
ジャージの男は容易く屈んで避けた。槍を振り切った体が流れて大きな隙となる。晃助は焦ったが、男は動かなかった。代わりに口元を歪めて楽しそうに言う。
「ほら駄目だ。いいぜ、今度はどう使う? やってみろよ」
遊ばれている。頭に血が上りかけるが堪えて次の動きを考え、一度息を吐いて槍を振るう。今度は左下段から右上段へ。これなら飛び躱すことはできない。ジャージの男は普通に刃が来たから受け止めた。晃助はそのまま前進する。
「ドラァ!」
「っ!」
槍で刀を抑え込んでいるうちに接近し蹴る。これには堪らずジャージの男は仰け反り、主要館から飛び出す。位置取りを探しているが、その足は覚束ない。このままいけば倒せる。晃助がそう思った矢先、槍が動かなくなった。その切っ先は柱に突き立っていたから。
「オラッ!」
「つッ……おお!?」
防ぐ必要が無くなったので、男は刀を振るう。晃助はギリギリで身を引いたが、胴を庇った左腕を斬られた。痛みに顔をしかめるも、続く頭部への足刀を右腕で防ぎ、距離を離す。
「格闘の連撃で補ったが、槍の扱いじゃねぇ。見せてやるよ」
ジャージの男はそう言いながら柱に突き立った槍を引き抜く。晃助は先ほど捨てた刀を拾うと槍を大きく振り回しずらい主要館へ逃げようとするが、刀が飛ぶ。
「見せてやるって言ったろ!」
「クウッ!」
退路を刀で遮ると男は宣言通り槍を突き、薙ぎ、叩き付ける。晃助は誘き出された前庭で躱し、逸らし、弾く。まだ一番短い槍だから良かったモノの、距離からして刀が攻撃できない範囲なので防戦一方だ。
「これが槍の使い方だ! 指無し!」
「……ッ!」
大きく槍を振り回すには右と左の手を入れ替えるように槍を繰り出さなければならない。左手二本の指を無くした晃助は左手で[槍の重さ+遠心力]をしっかり支えられない。特に小指を無くしたのはデカい。
日常生活でよく使うのは人差し指と親指かもしれない。信号機やエレベーターのボタン。ライターやペンをノックするときが簡単に思い浮かぶ。字を書いたり箸を持つのも小指以外の指だ。だが、鍋を持ったり、何かを抱えたりする時に気付けるが、小指は案外大きな力を発揮する。その大事な指がないため、左手だけで刀を握れないなどと現在進行形で晃助は不利だ。
槍を躱し、弾きながら晃助は考える。このまま防戦を続けても勝ち目はない。武器を使う上で不利ならば、どうすればいいか。その答えを出して晃助は行動した。
土橋傭兵団は叡山の麓でかがり火を焚いていた。その一団を統率する女とその親友は口論をしていた。
「待ってよ透子! このまま見過ごすの!?」
「ええ。それが計画の第一段階だから」
事の発端は透子が初めて真喜に日ノ本を平和にする計画を話したところからだ。
「いい真喜。何度か仕事してきて叡山の僧兵が如何に堕落しているか知っているでしょう? 今の日本に彼らは邪魔なのよ」
「それは!? ……わかっているけど」
仏法を掲げながら、自分たちは守るべき戒律を守らない。そんな叡山の僧兵達を真喜は嫌っていた。国人衆や商家の依頼などで彼らと撃ち合ったりもしているくらいだ。
「でも、なんとか説得とかできないかな……?」
「無理よ。今の日本に彼らの考え方は古い。長続きしないわね」
透子は真喜に説明する。
叡山は長らく日ノ本を守ってきたが、力を持ちすぎた。仮に彼らの残った平和な世が来ても為政者は保守的な政治を強いられてしまう。保守的な政治が崩れたから今の乱世があるので、一段階革新的な統治が必要なのだ。
「だから、創造的でも保守的でもない。中道的な統治が一番平和になりそうなの」
「難しいヨ」
「南蛮船が来るくらいだから、この日本も変わらなきゃならない。その為の革新は必要だけど、大勢の人々がソレを受け入れるには時間が必要よ。だからあまりにも創造的だと……」
「ゴメン。もうちょい簡単に」
「……高い所からいきなり落ちたら痛いでしょ? 少しずつ降りていけば?」
「痛くない!?」
「そういうこと」
真喜はポンと手を叩き納得する。だが、問題は振り出しに戻る。
「でも、お山が焼けていたら僧兵達死んじゃうよ?」
織田軍は叡山を焼き討ちするために包囲しているのだ。準備をしているのか、まだ実行していないがこのままでは焼かれる。止めるにはどうしたらいいか真喜は透子に聞いていたのだ。
「言ったでしょう? 僧兵達は邪魔だから消えてもらいたいの」
「でも中道的な統治がって……」
「増長しすぎた破壊僧たちが賛同するわけないじゃない。自分たちは守らない仏法で神の代行者を気取っているんだから」
「じゃあ、どうするの?」
「史実通り織田家に燃やしてもらうの。そして批判が集まった織田家を叩くために連合が結成されるから、その人達に中道的な世を統治してもらうの」
「そんなのって!?」
頭では叡山の僧兵達が中道的な世を創るのに邪魔なのはわかっている。だが透子のやり方に真喜は非難の声をあげる。自分たちは手を出さずに他者に汚れ仕事をさせて、それを粛清させようという真喜にとって[卑怯]なやり方は彼女の感情を揺さぶった。
「気持ちは察せられるわ。だけど史実で信長は比叡山を焼いたわ。そして目の前ではそれが行われようとしている。私達は何もしていないし、何もできやしないわよ」
「……今から織田軍に攻撃したら……」
「今、織田軍も追いつめられているのよ。どちらかが倒れるかしかない。それに依頼破棄になるわ」
真喜は頭の中でこれまでの経緯を振り返った。たしかに追いつめられているのは織田家だ。首を締め上げている縄を絶とうと必死に刃を振り回しているのだ。その縄が比叡山の僧兵達なだけであって、お互いに生き残るためにやっているのだ。真喜はそこまで理解して自分が感情的だったのを恥じた。
「でも、おかしいのよ」
「何が?」
「織田軍はとっくに包囲を完成させている。それなのに山に中々火をかけない。なにかあったのかしら?」
「……見張りを出そうか?」
焼き討ちに否定的な真喜だが、織田軍の動きは気になる。強硬な手を使わない手段を探しているのか、それとも何かトラブルがあったのか? 配下の傭兵に指示を出そうとしたところ、織田軍の本陣から歓声があがった。
「オオオオッ!!」
突き出される穂先を弾かず、前へ進む。最小限の動きで避けて懐に飛びつくためだ。この位置なら頭の右に槍を通せば避けられる。仮想の月光を跳ね返して輝く切っ先が迫り、足が竦みかける。止めては死ぬ。晃助は恐怖を殺す為に右目を閉じる。
生き物は目を失う事を恐れ反射的に行動するが、それが最適な回避となるとは限らない。自分の理性で選んだ回避をしなければならない。
穂先に一番近い目を閉じては距離感を掴むのが困難だが、代わりに左目を瞬きもせず開く。
(左目から拳およそ一個分が顔の輪郭。そのくらいの距離を開けば回避に成功する!)
最後に鏡を見た時の自分の顔を思い出し、距離を判断する。頭を大きく振りすぎれば胴が振れ、地を蹴る足に響いてしまう。最小限の回避運動をとり、槍が通過するのを左目で凝視する。一瞬だけ自分の顔が写ったのを確認すると刃は見えなくなった。通り過ぎた。回避できたと僅かに油断したところに痛みが走った。
(痛ッ……右耳!? そうか……顔の輪郭より飛び出た位置に耳があった。そこまで頭が回らなかった)
頭の横で火が出たかのような感覚。耳輪を切り裂かれ血が出ているのだと理解したが、聞こえるならば良し。晃助は己の負傷をそう切り捨て、相手が槍を振り回せないように右腕を時計回りに振り、腕と胴で挟むように槍を抑える。だが、目の前の男は嫌らしく笑っていた。その笑みに背筋が凍る思いがした。
自分の傍でいつも体を張って戦う女の姿を思い出す。彼女はどのように槍を使っていた?
(柄が手繰られている。この動きは!?)
右から赤が零れた。
「あ……」
原長頼。頭が悪いが、腕っぷしが強く、いつも子供のように振る舞っていた第一の家臣の槍術。躱させて引き斬る。この状況では効果は抜群だ。切り裂かれた脇腹からは血が噴き出て体の力が抜ける。右腕も痛みだけを感じさせるくせに指の感覚を無くなる。
カシャッ――
刀が落ちた音が虚しく響き、今自分が無手になったのを理解した。
(負ける……?)
武器を無くし、出血も放っておけば致死量に直ぐに到達するだろう。右足の感覚も無くなっていき走ることができそうにない。倒れるしかないのだ。仮想の大地に身を伏して敗北を証明するしかこの体は使えないだろう。
(……ふざけるな)
冗談ではない。自分と同じ顔でニヤケているクソ野郎は傷一つ負っていないではないか。このままでは完全敗北だ。自分はこれまでの戦で多くの兵を戦わせ、死なせてきた。だが彼らの戦った戦場で自分とできる限りの仲間を救い続けた。ただでは死なせていない。
このまま終わってたまるか。右足が動かない? 左足はまだ動くだろう。代わりばんこに大地を蹴れないから走れはしないかもしれない。だが、何もできない訳ではないハズだ。
「ッ――オオッ!」
晃助の左足は今までにないくらいの力で大地を蹴る。一歩に満たなくていい。少しでも敵に近づけるように。そして左腕を懸命に突きだす。何も持っていない三本指にすぎないが、最後まで相手を殺す意思から自然と手を伸ばしていた。目に突き入れば潰せる。首を掴んだら爪で引っ掻いて掻き毟る。なんでもいい。このまま終わるのはあまりにも癪だ。晃助は最後の足掻きをみせた。
「カ……ハッ!?」
ジャージの男は槍を取り落とし、苦しそうに呻いた。
「……?」
何が何だかわからなかった。晃助の左腕は奇しくも顔にも首にも届かず相手の胸をトンと突いただけだ。攻撃にもならない。友人同士でやる簡単な挨拶のような物だ。だが、その左手から刃が出ている。正確にはいつの間にか着けていた手甲から。仮想世界ではあるが、その夜の暗さとは別に黒く在る刃。その特徴から晃助はあの時の光景を思い出した。頼隆を庇い銃弾を受ける前にあの暗殺者が使っていた暗器。それが晃助の左手に顕現していた。
男と晃助は互いに膝を折り、体を支え合ってもたれた。
「ふっ……へへ。それがお前の……殺しに対する恐怖とイメージか……。よっぽどあの暗殺者が……怖かったと見る」
息苦しそうに話しながら男は晃助の左手に手を添える。胸元は晃助に負けない出血で赤く赤く染まっている。
「殺しの……イメージ?」
「ああ。コレはそれが
晃助には自覚がないが、あの時の事を晃助は大きく動揺していた様だ。
「お前が重傷を負ったのは……短筒だが、銃と言うのは……グフッ……向けられても存外、怖くない物なんだよ」
確かに銃弾は食らっても痛みを大して感じる間もなく意識を無くした。だが、刃は突き差し、叩き付け、焼けるような痛みを残す。確かに剣の方が怖い。男はゆっくりと己が胸に刺さった刃を抜くと倒れた。
「なんであれ、お前が……起きることになった」
「結局。お前は何者だよ?」
「へへ……。だからお前の一部になったモノだよ」
「気色悪いな」
晃助の改めての質問に男は力なく笑っているだけだった。
「行けよ。元の……外の世界に」
息も絶え絶えに男が言うと、足元が崩れた。突然の崩落に晃助は驚きの声をあげるが、それが夢から覚めることなのだとなんとなく解った。その暗闇に落下しながら晃助は男の最後の言葉を聞いた。
「だが、覚えておけよ。勝ったのは俺だぜ。プルート!」
男の意味深な言葉を最後に晃助は夢から覚めた。
「あ……れ?」
夢の中で屋外に居たせいか、天井に戸惑う。晃助はだるい体を起こして自身の左手を見る。やはり小指と薬指が無く三本しかない。だが、傍らの桐の箱から感じる気配が夢が夢でない事を知らせた。
「指を無くして戦力低下した俺の装備か……」
箱を開けてみればあの暗器が収められていた。試しに着けてみると不思議と使い方が解る。飛び出た刃は薄暗い室内でもハッキリとわかる黒。魂が惹かれるといった風に晃助はその刃に魅入られた。
「晃助さま!?」
「よう」
声を聞きつけたのか定勝が晃助の寝室に入ってくる。顔は相変わらず編み笠を被っているので表情はわからないが、声が驚きと喜びに弾んでいる。
「目を覚まされたのですね!」
「ああ。智慧はどこだ? 寝過ごしたこと謝りに行かないと叱られちまう」
「それが……」
晃助は冗談を言うが、定勝は編み笠を捻る(中で首を捻った)。そして深刻そうな声色でこれまでの経緯を話し始めた。織田軍が若狭を攻めると偽り越前を攻め、浅井家に裏切られ挟撃されたこと。辛くも本隊は逃げ延びたが浅井・朝倉連合軍は女人禁制を掲げる比叡山に立て籠もっている。四国に逃げた三好一党や伊賀に隠れた六角が再起して織田家を包囲している事。そしてソレを打開するために信奈が叡山焼き討ちを唱え、出陣している事。
「というわけで頼隆さまや長頼さまは出ております」
「……そっか」
晃助は思案する。ゲーム風に考えるなら[金ヶ崎の退き口]並びに[叡山焼き討ちの]イベントが発生している。この事態を想定できた良晴は自身が「木下藤吉郎の代わり」と言っていたので殿を買って出たのは予想できた。
「良晴はどうした? 戻っていないのか?」
「はい。残念ながら救助に赴いた犬千代さま、松平元康さまによりますと、敵の陰陽師の術に追いつめられ配下の助命と引き換えに爆死されたそうです。その後、陰陽師により光秀さまも……」
「……陰陽師? そういや半兵衛ちゃんもそうだったな。そんで死んだ?」
史実にない出来事や事象のせいで良晴は展開を読み切れなかったらしい。晃助自身も清水寺の変事で応手を出せたが、その後狙撃され、今まで寝ていた。良晴の死を聞いて一瞬思考を止めたが、晃助は直ぐに考えを進める。
かつて討伐した軍が再起し包囲を縮めているが、叡山という京の喉元に浅井・朝倉の大軍がいるせいで織田軍は身動きがとれない。山に籠城しているので火を放てば一網打尽にできる。だが、日ノ本の信仰を集め、最高学府でもあるかの山を焼けば、織田家は日ノ本中から非難を浴びる。
「出るぞ。服をくれ」
応手が浮かんだ。後は行動するのみだ。晃助の白装束を準備している定勝の手元を見て晃助は声をかけた。
「なんだその手は?」
「は! これは……」
定勝の左手から指が二本無くなっていた。
「料理で失敗した……なわけないよな。自分で落としたのか?」
「はい。この身は晃助さまに拾っていただいたモノ。主にだけに不自由をさせません」
「他に落とした者はいるのか?」
「いいえ。私が指を落とした事から何人かが同じようにしようとしたところ。頼隆さまが『主と同じ思いをするのは一人で十分。他の者には晃助さまの指に代わる働きをするよう』にと諌めました」
「その通りだ。生えてこない物を無くすもんじゃない。馬鹿者が一人だけで良かった」
わざわざ自分から指を落とす愚かさを晃助は内心怒っていたが、定勝の立場を考えると怒りが引いた。彼は新参の身でありながら、晃助に言われたからとはいえ常に編み笠を被って周囲の不信を買っている。彼なりに忠誠心を示す為に指を落としたのだろう。
「申し訳ありません。そういえば私の髭もそれなりに生えて、人相が変わっていますよ」
「何?」
白装束を着こみ新たに得た暗器を着けていると定勝がそんな事を言った。編み笠の下から手を突っ込み、中にある顎を撫でると、確かにそれなりに蓄えられた髭がある。
「ふむ。確かにな」
「晃助さまも暫く寝て居たせいもあり、無精髭が」
言われて晃助は自分の顎を撫でるとジョリジョリと髭が生えていた。
「あっ……本当だ。全部終わったら剃るか」
「ええ。ところでどちらへ?」
寝たきりだったので体がだるく、少しふらつくが、晃助は千早家の宿舎を出る。
「人の事言えた義理じゃないけど、職務怠慢を注意しに行く」
Dies iraeアニメ化プロジェクトについて思ったこと。
「アクセス――我がカネ。女神の地平を生む礎となれ!!」
生まれて初めて投資してもいいと思った出来事です。