人材管理めんどくせー。
近江・小谷城――――――
「長政。織田信奈は我らとの約定を無視し朝倉家を攻めていると知らせが入った」
浅井久政は息子、浅井長政を広間に呼び出し事の次第を問うている。約定とは浅井家が長年同盟してきた朝倉家と戦をしないという内容だ。今それが破られている。
「今すぐ織田と手を切り、朝倉を救え」
「ま、まさか父上!? それはご容赦を!」
戦に弱く凡庸な男だが、長政にとっては父だ。
長政が天下人としての器が信奈に一歩劣るのは、親孝行という美徳故だ。美徳は人々の関心を集める力なれど枷でもある。
「何を言うか! 織田信奈は関白:近衛前久さまを゛わごれ゛呼ばわりし、卑弥呼さまに向けて『この国から身分を無くす』と宣言したと言う。あれは恐るべき謀反人ぞ!」
久政は凡庸ではあるが、身分秩序や格式を重んじる男だ。隠居した身でもその事は許せずにいた。何度も言葉を尽くして反抗する長政に、久政は言い放った。
「そなたに譲った家督を、しばし返してもらおう」
「なんですと!?」
「者ども、長政を
浅井家臣は親朝倉派が多く、久政の言葉に従い長政を連れて行く。かつて愚鈍な久政から長政に家督を変えようと浅井家臣達は久政を琵琶湖に浮かぶ竹生島に幽閉したことがある。長政は衰退していた浅井家を盛り返すためとはいえ父を幽閉したことを未だに悔いている。それもあり長政はどうしても久政に逆らえなかった。
良晴は越前へ向けて五右衛門が操る馬で駆けていた。京の留守居を命じられた彼が飛び出したのは理由がある。
浅井家、裏切りの恐れあり。
未来人たる良晴はゲームで越前の朝倉家を攻めた織田軍が同盟者、浅井家に裏切りを受けて。北は朝倉、南は浅井と挟撃されて死地に陥る【金ヶ崎の退き口】を知っていた。知っていながら止められなかったのは良晴が織田軍は若狭を攻めると聞いていたからだ。
体調を崩して臥せっている軍師・半兵衛と何気なく話していた時に信奈の思惑を聞かされたのだ。
「浅井家が本当に裏切っていれば、織田軍はヤバい事になる急いでくれ!」
「二人乗りでは速度がつかないでごじゃる」
「うっ……練習しているんだが、まだ慣れていなくてな……」
「相良氏! アレを!」
「ん? アレは……」
五右衛門が指さす方向にいたのは、艶やかな着物を着た……。
「信澄!? いや、お市か……!」
「おお。サル君! よくぞ来てくれた!」
浅井長政の妻:お市御寮人として小谷城にいた信奈の
その信澄は浅井家の家臣に追われていた。
「お前がここにいるって事は、まさか……!?」
「サル君! 何も言わずこれを姉上に届けてくれ!」
「これは……わかった必ず届けてやる! 五右衛門あいつ等を止めてくれ!」
「承知」
投げ渡された物は小豆袋だった。ゲームのイベントにあったので良晴はコレの意味を瞬時に理解し、浅井家臣の追っ手を止める為に五右衛門を残し、拙い手綱さばきで馬を駆けさせた。
良晴が信奈に追いついたのは織田軍が金ヶ崎城を攻略し木ノ芽峠を越える前だった。峠を越えれば朝倉の本拠地:一乗谷城は孤立し有利になるところだが、逆に言えば相手がどうとでも転がせる懐に入るという意味でもある。良晴は間に合ったのだ。
「良晴!? どうして此処にいるのよ! 京の留守番はどうしたのよ!」
「それどころじゃねぇ! 浅井家が裏切った! 今の織田軍はこの小豆袋だ」
前後の口をきつく縛られた袋は、小豆は織田軍、両端の結び目は朝倉・浅井軍。逃げ道がない事を意味している。
「これは……」
「お市からだ。あいつはこれを届けようと城を抜け出して囚われた」
「じゃあ……決定的じゃない……」
ここに布陣している全軍が、死地に取り込まれたことになる。信奈は姫大名なので降伏すれば出家して命を助けられるかもしれない。だが他の者達は?
「今すぐ撤退しろ! ここで前後から敵を受けて戦えば、全軍玉砕するしかないぞ!」
「なら……わ、わたし自身が囮になる。殿をつとめて…」
「だめだ信奈! 清水のようにはいかない。晃助は他勢力を巻き込んだから助かったんだ。でも今回はここら一帯がもう敵の懐だ。うまくいかない……」
「でも。わたしには、みんなが必要なのよ。誰も死なせたくない……!」
織田家の家老、丹羽長秀がその言葉を遮る。
「なりません姫。この退却戦の殿は、全軍玉砕する他はありません!」
他の家臣たちも信奈自身の退却を勧める。
「織田家、いいえこれからの日ノ本は姫なくして立ちゆきません。家臣の誰か、その手勢の足軽どもに、殿の役を……天下布武の大号令を発した以上、犠牲は出ます。お覚悟を!」
「……そんな命令……」
信奈にとって家臣は家族。だれも死なせたくないはずだ。主に負い目を生涯負わせてはならない。家臣一同がそう思い。いっせいに「自分が殿を」と名乗り上げようとしたときだった。
「ここは当然俺だろ!」
良晴が誰よりも早く志願した。
「今は……ねねっていう家族ができちまったが、未来から来た俺は元からいなかったんだ。けど、藤吉郎のおっさんの代わりにお前を助けるためにこの時代に呼ばれたなら、俺はまだ死なない」
「馬鹿じゃないの!? 僅かな兵だけで戦うなんて、死んじゃうに決まっているでしょう!」
信奈は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、良晴の頬を叩く。
「私の夢を叶えるまで……天下布武が成って、その先へ……一緒にいてくれるって言ったじゃない! まだ、何も成し遂げていないのに……」
更に信奈は小声で何か言ったが、良晴は聞き取れなかった。代わりに泣きじゃくる信奈を抱きしめた。
「!?」
「俺はお前と同じで神なんて信じていない。何でこんな時代に来たかわからないし……でも、これだけは自分に誓ったんだ。お前を悲しませるような事はしない」
身分違いだとかそんな野暮なことを言う者は周りにいなかった。
暫く、良晴の腕の中にいた信奈がポツリと零す。
「じゃあ、約束して。必ず帰ってくるって……」
「ああ、約束する。そうだ帰ったら今度こそ天下一の恩賞をくれ」
「……うん」
信奈は小さくうなずくといつの間にか回していた手を解き良晴から離れる。
「それじゃ、行くね」
「ああ。京でまた……」
その後、残った諸将と別れの挨拶をしていく。その中で。
「……」
「あ、えっと……姉小路のとこの……」
「新夜海斗だ」
ぶすっとした顔で挨拶に来たのは海斗。良晴は彼の異名を知るだけであまり交流がなかったので、やや引き気味だ。
「お前も未来人だったのか?」
「え?」
驚きの質問だった。お前
「あんたも、未来から……」
「海斗でいい、そうだな
「驚いたな。晃助の他にもう一人いたなんて……」
「やはりあの白カラスも未来人か……さっき『藤吉郎のおっさんの代わり』とか言ってたな。ならあのカラスは誰の代わりなんだ?」
良晴はゲームで学んだ史実で、当てはまる人物がいないか考えたが、誰も浮かばなかった。
「……わからない。そもそも俺自身どうして何のためとかわからない。自分に都合のいいように納得させているだけで、本当におっさんの代わりかわからない」
「そうか……」
海斗はそこで黙考すると。
「だが、誰かの代わりなんて考えるな。俺達の命は自分の物だ。他の誰でもない」
「それはわかっている。ここに残る意思は俺が決めたんだ」
誰も手を上げないなら自分がやろうと思っていた殿を良晴は名乗り出た。その行動になにか使命感を感じたが、誰かの代わり云々の物でなくて良かった。海斗自身が嫌いな戦いに赴くのは誰に言われた訳でもなく。自分のために自分が嫌だからやるからだ。
「それならいい。ところで確認したいんだが、浅井家が裏切ったのは隠居ジジイの仕業ってどうゆうことだ?」
「ああ、浅井久政は保守的な考えで信奈の政策が気に食わないらしくて……」
海斗は「ケッ」と悪態をつくと、闇夜でも溶けることなく黒い輝きを持つ槍を一振りした。
「くだらん。そんな理由で戦を起こしやがったか」
様々な体制に不満を覚えることもあるだろうが、血を流す戦を起こす程の事だろうか?
せっかく収束に向かっている乱世を更に乱し、騒ぐというなら。
「オーケー。久政の首は必ず上げてやる。ここで死んでも仇は討ってやる」
「いやいや。死ぬ気はないから」
その後、良晴は去りゆく人達に今生の別れのような挨拶を次々とされた。
(これ。生きて帰ったら、この先ずっとネタにされそうだな)
良晴は志願兵として残った手勢に振り返り。見回す。
「ははっ! 見事に男だらけだな! モテモテの夢がどこで間違ったのやら……」
肝の据わったモノ言いに殿軍は士気を上げる。良晴の頭の中には大まかな戦術があった。そのカギになるのは去り際に光秀から借り受けた鉄砲五十丁なのだが。
「あれ? 鉄砲が多いな」
「これは俺らの自前の得物です」
百人程だが、鉄砲を持った傭兵が殿軍に参加してくれていた。
「ありがてえ! この苦しい戦況でアンタらが頼りだ」
「気にするな。仕事を放り出しちゃ俺達の矜持が許さねえ。それにアンタの心意気に打たれたんだ」
そう言って男達はどっと笑い出した。
「面白い人だね」
「そうね。噂で聞くほどサル顔じゃなかったわね」
真喜と透子は織田の撤退軍の中にいた。織田軍が若狭を攻めると聞いて織田軍に売り込んだからだ。最初は晃助を襲った暗殺者の武器が銃剣だったことから、その容疑を疑がわれて断られるところだった。透子は疑いに対して「土橋傭兵団は様々な土地で戦い、その時に戦死した兵の武器が使われた可能性がある」そう言って否定し、通常よりも安い報酬で戦力提供することで疑いを晴らそうと申し出たところ雇ってもらえた。織田軍は鉄砲の配備が進んでいるが、その扱いに長けた雑賀衆・土橋傭兵団の戦力は魅力的なモノだった。
「お姫様の窮地に京都から飛んでくるなんて、まるで王子様じゃない!」
「王子を名乗れるほどの顔かしら? でもあのまま来なかったら程ほどのところで離脱していたわね」
織田軍が若狭を攻めると調べられたときに歴史を知る透子は金ヶ崎の退き口が起きると予見した。ならば木下藤吉郎の代わりをする良晴が命がけの殿をすることも読めた。行軍中に京の留守居役だと聞いたときは読みが外れるかと心配したが、舞台に間に合ったようでなによりだ。
「でも男気のある人じゃない? 兵の中に女の子がいたのに殿部隊から抜けさせるなんて」
「おかげで私たちが支援できないけどね。人の気づかいを……」
「でもあっちは佐竹さんが残ってくれたじゃない。あの人に任せよう」
木下藤吉郎の代わりだとしても相応の苦労をしなければ生き残れない。透子はあまり実戦に出ていないのであまりわからないが、真喜は「ちょっと訓練しただけでゲームみたいに無双できない」と言うのでこうして傭兵団を率いて助けにきたのだが、真喜たちは追い出されたので代わりに佐竹義昌に良晴の身を任せた。任された義昌は安全な京からやって来て激戦になる金ヶ崎に残ると言った良晴に感心を示しているので大丈夫だろう。
「それよりも新しい情報よ。もう一人未来人の疑いのある人物がいる」
「新谷海斗って名乗っていたね。ワイルド系のイケメン」
「……姉小路家はあまり有名じゃないから特別な武将とかあまり知らないのよ。だからあの人も誰の役割を担っているかわからない」
「あの人も殺しちゃうの?」
透子が晃助襲撃を考えたのは歴史を知る未来人が本来の歴史を曲げて透子が画策した大きな計画に支障を出さないようにするためだ。ここで大事なのはどのような歴史を変えるかだ。
織田家に加担する未来人がまず恐れるのは[本能寺の変]だろう。
これは織田家の当主:織田信長が死亡し織田家が没落するからだ。だが、詳しい者からすれば他にも信長の危機はある。最初に桶狭間があったが、それはクリアされている。その次がこの[金ヶ崎の退き口]だ。これは今対処している。
透子が恐れるのは
透子は晃助が歴史に詳しいと知らなかったが、美濃攻略が早すぎることは間違いなく晃助の活躍が影響しているだろうし、その他の戦績から見るに今後の織田家の躍進を助けるのは間違いないと考えた。説得をしようとも思ったが彼らは織田家で立場を固めている。簡単に抜けられないだろうし最後の見極めとして清水寺の変事を見守っていたときに命がけで織田家に尽くしていることも証明された。だから、計画の障害になりうると考え真喜に撃たせた。
「新谷海斗についてはとにかく戦が強いという事ぐらいしかわからない。まずは情報を集めましょう」
「了解ー! けど、あの人達に接触しなくてもいいの? 同じ未来人じゃない?」
「話しをしてどうするの?」
「うーんと……元の世界でどうしていた? とか?」
真喜らしい考えだが少し考えが足りない。
「真喜は今回の織田家による朝倉攻めをどう考えているの?」
「えっ……そりゃ朝倉さんは朝倉さんでやっている政治を割り込もうってんでしょ? 話し合いも十分にせずに攻めるなんて、そんなの賛成できないね」
「彼らはその織田軍に所属しているのよ。それでも仲良くなるの?」
「あっ……そうか……」
真喜は直感やその場の感情で動こうとするが、それによって行動の軸が定まらないことが多々ある。今回の織田家に戦力を売ったのも透子に言われたからという理由だろう。それでは本人が思っている理想や目的に遠のいてしまう。未来にいたときも透子が考え真喜が行動するというコンビでやってきた。恐らくこれからもそうなるだろう。
「じゃあなんで今、織田家を助けちゃうの?」
「織田家はまだ役割があるの。それをある程度こなしてから滅んでもらうわ。今はまだ滅ぶときじゃない。だから助けるの」
「じゃあいつ滅ぼすの?」
「それはもう少し機が熟してからよ。そろそろ部隊をまとめましょう。私たちも死地にいる事は間違いないのだから」
「そだね。透子は私の傍を離れないでね。皆がいるから今回私は指揮官として振る舞わなきゃいけないから一番安全だから。でも正直、武器を使って自分の身は自分で守りたいけどね」
真喜は赤い髪を翻し背後に控えていた傭兵達に振り返った。その表情は日が浅いながらも部隊指揮官としての顔になっていた。
「さぁ皆! 任務は織田軍を京まで護衛することだ! 背後は佐竹少尉に任せてあるが、正面は我らで切り開くことになる。覚悟はいいか!」
「「「 おおお!! 」」」
傭兵団の士官から訓練され、畿内各地で小競り合い程度だがいくつもの戦場を渡り歩いた彼女は傭兵達からの信頼を得ている。南近江で斃れた土橋重治の後継として必要とされ、土橋重隆・守重親子の後押しもあるが彼女の努力で得た力でもある。若輩ではあるが真貴のカリスマと透子の未来知識は傭兵団を最強たらしめている。
「火縄に火を灯せ。出発!」
暴発の危険がある行動をさせても部下は躊躇なく実行し、当然ながら誤って火を落としたり暴発させたりしない。傭兵団は評判通りの武勇で追撃軍を討ち払っていった。
「撃て!」
「「「 うおあああ!? 」」」
良晴は既に五回にわたり朝倉の追撃部隊と交戦し、怯ませては逃げていた。
「すげえよ。佐竹さん! 流石、雑賀衆だ。三段撃ちをこうも再現するなんて!」
「なぁに、いつもやっているからね」
傭兵を含めた良晴の撤退部隊は五百。その程度の軍勢がおよそ二万の朝倉の追撃を振り切っているのはこの時代ではまだ使われていないはずの戦法[三段撃ち]によるものが大きい。射程・威力共に弓を上回る飛び道具だが、一発撃ったら再射撃に時間がかかる鉄砲を[弾込め]・[火縄の点火]・[射撃]の三工程を担当ごとに分けることで流れ作業よろしく迅速で間断なく攻撃ができるようにしたのだ。
「鉄砲を本州に持ち込んだのは根来衆。そしてその根来衆と付き合いの深い
もっとも銃剣の発想は最近だけどね。と義昌は付け加えるが、その練度は極めて高く朝倉の兵は浮足立っている。
「服部党、参るぞ」
抑揚のない声で配下に告げて敵陣に乗り込んだのは、織田家の同盟者、松平元康配下の服部半蔵だ。彼は良晴に桶狭間の戦いで松平家を今川家の従属状態から解放したことに恩義を感じており殿に参加してくれた。服部党はクナイ・鎖鎌で朝倉兵を殺傷し、まきびしを巻いて進軍を遅らせる。
「霧よ集え」
そこへ京へ出る際に半兵衛が護衛に付けてくれた式神・前鬼が妖力で霧を作り朝倉兵の視界を奪う。朝倉兵は足元のまきびしに気付けず足を痛め混乱する。
「それ逃げろ!」
「相良良晴。このまま進めば若狭に入るぞ」
現代のドッチボールで鍛えた良晴の逃げ足の速さはこれまでの修羅場で更に磨きがかっている。忍びの半蔵達と同じ速度で走るほどだ。
「俺達は一度若狭に入ってから京を目指す」
「ふふ。カラスの真似事か? しかし若狭武田家は朝倉と同調しているぞ」
実体の無い前鬼はふわふわ浮きながら良晴と話す。今は眠っている晃助の策は織田家でも有名になっている。あれは丹波の波多野家を利用した策だが、これから向かう若狭は敵地だ。真似することはできない。
「真似じゃない。少しでも本体から気を引くんだ!」
朝倉への対応ではなく陽動。あくまでも追っ手から信奈を守ることを考えての行動らしい。だが、彼は自分と配下の命も諦めていなかった。
「若狭に続くこの山道は難所で俺達の逃げ足にも響くが、大軍が通るにはもっとキツイはずだ」
殿を突破した先に本隊がいると相手は考えるので、朝倉軍はこちらを追ってくるだろう。大軍が通るには時間がかかり、少数の部隊で来たならば先ほどと同じように対応する。被害が手酷くなれば追撃を諦めるかもしれない。良晴なりに考えての賭けだ。だが、前鬼が警告を発す。
「ふむ。土御門が朝倉についたようだな……この先に陰陽師の結界を感じる。どうやら我らを狙っているようだ」
「土御門?」
どこかで聞いたことがある気がするが良晴は前鬼に尋ねる。
「かつては安倍家を名乗っていた者達だ。古より魑魅魍魎から京を守護してきたが、戦乱を避ける為に若狭に隠棲していたのだ」
「どうしてそんな奴が俺達を?」
「本人に聞いてみるがよかろう。近づいてくる」
説明ができないが、良晴は僅かに何かが迫ってくるのを感じた。他の足軽や忍びの半蔵には解らないようだが、前鬼はともかく陰陽術を修めた訳では無い良晴がソレを感じるのは
「お前が土御門か?」
「そう。僕が土御門家当主、
土御門は十歳ほどの少年だった。格好は同じ陰陽師の半兵衛に似ているが冷たい眼は彼女と対極している。子供ながらも当主を名乗るだけあってその妖力は良晴にもひしひしと伝わる。
「どうして京に戻ろうなんて思ったかは知らないが、織田家を助けても京に戻れるじゃないか! ここを通してくれ!」
良晴は圧力に負けずに説得を試みるが、土御門は一笑して払いのける。
「あり得ないね。京に戻る理由は最近になって天才陰陽師なんて言われている竹中半兵衛を倒すためだよ。彼女が所属する織田家に組するなんてできないね」
「どうして半兵衛ちゃんを狙うんだ!?」
「何が天才陰陽師だ。僕は古より陰陽師を束ねてきた土御門家の当主だよ! その僕を差し置いて持てはやされている。実に不愉快だよ。説明はこれで十分だよね」
どうやら実力はあれど、気質は幼いままに名門の当主に君臨したがためにその性格は歪んでいるようだ。土御門は札を取り出すと宙に放った。すると翼を生やす者、くちばしを持つ者、鋭い爪を持つ者など多種多様な異形の式神が召喚された。
「うわーーー!」
「槍がきかないみゃー!」
「お、お前ら!?」
足軽たちは襲い掛かる式神に応戦しようと槍を振るうが、刃は幻の体をすり抜ける。その一方で式神のかぎ爪は容易に無慈悲に無邪気に男達の体を裂いていく。
「……まずい。式神同士の戦いでは質より量だ。俺一人では支えられん」
前鬼は土御門の式神を妖術で討ち払ってくれるが、結界内ならば際限なく生み出される異形の式神相手では押されていた。前鬼は人の形を成す高等式神らしいが、召還者である半兵衛の体調が悪いのもあって弱体化している。
「クッソー! こんなところでッ!」
良晴の叫びも虚しく。肉を引き裂く音と土御門の年相応の無邪気な笑い声に埋もれようとしていた。
信奈は
「六! 皆は大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫です。鉄砲に長けた傭兵達と姉小路勢が追っ手を抑えているハズです」
途中で浅井勢に追いつかれそうになったが、姉小路勢が火の如く逆襲し逆に追い立てるような場面があった。だが、その後も次々と後続が追いすがるので振り切るのに時間がかかっているようだ。他にも織田軍絶体絶命と聞きおよび、浅井家から懸賞金をかけられて農民が襲ってくることもあったが、そちらは土橋傭兵団が撃ち退けている。
「浅井の大将は戦下手な久政。農民たちは武装していても鉄砲には勝てません」
「デアルカ。なら後ろは心配しなくてもいいわね。全速力で駆けるわよ!」
この危機を脱し、京で体制を立て直せば四国から畿内を窺う三好一党、南近江で隠れている六角家を牽制し、殿をしている良晴を助けに行ける。信奈は馬足を上げ急ぐ。
信奈が一行の先頭に出た時。道の脇の林より鉄砲の轟音が響いた。
二発。
信奈は自分の柔らかな腹に熱い異物がねじ込まれたのを感じた。
(……撃たれた?)
僅かに停滞した時間の中で漠然と自分の状況を感じ取れる。馬の鞍から放り出され浮遊感がある。腹が熱い。勝家や犬千代が自分を追い抜き何かを叫んでいる。
(……よし、はる……)
閉じ行く意識の中で最後に思い浮かべたのは、自分が与えた瓢箪を担ぐ男の笑顔だった。