京に入った信奈はまず派手な政策を布告した。
「兵の乱暴狼藉は許さないわ! 民に乱暴する兵は打ち首! 町に火を付ける者も打ち首! 銭と米を民から取り立てることも厳禁!」
織田の兵は主に習って派手にかぶいているが、一切の乱暴を働かなかった。そんなことをすれば信奈が種子島を撃ってくると知っているからだ。
その振る舞いに京の人々は織田軍を歓迎した。今まで長い戦乱と陰謀に巻き込まれてきたため、他国の武将を信じないはずの京の人々が涙を流して拝み倒していた。
京に入った翌日から三好の残党が居残っている畿内を平定するべく各将は四方八方に散った。
京に残るのは公家衆と将軍宣下の交渉を行う明智光秀。松永久秀の襲撃により焼け落ちた御所と大通りの再建・補修を担当する丹羽長秀。やまと御所の警護を担当する相良良晴だ。
「御所の警護って正直やることなくね? いいなぁ良晴は長秀さんとお話し放題じゃないか。」
「お前だっていいじゃん。勝家と一緒に摂津に攻め込むんだろ? そっちの方が手柄があがるのにな」
「織田軍が京に入ったら賊なんて逃げ出すから。楽な仕事だぜ」
「勝家は頭悪いけど、脳筋だから戦には強い。付いて行くだけでいいぜ」
晃助と良晴はお互いの仕事を羨ましがる。だが、決定事項なのでどうしようもない。
「そういえばあのカミカミな忍者はどこ行った?」
織田軍が入京してから狼藉者の活動は沈静化しているが、戦闘力が低い良晴一人で御所の警護は危険だ。護衛にうってつけな彼の忍びの不在が気になった。
「五右衛門なら犬千代と野盗退治に行っているよ」
聞けば各将を派遣しても大将である信奈は京で腰を据えて戦況の把握。周辺の豪族を懐柔(脅迫とも言えるかも)をすることに専念するため、小姓衆に治安維持のために京の人々を虐げてきた野盗討伐を命じたそうな、そこで泥棒稼業に詳しい五右衛門に協力させている。
「それなら俺の忍びも貸そうかな」
「いいのか? 戦場の偵察とかあるんじゃ……?」
「摂津の大将は勝家だ。偵察が戻る前に突撃を叫ぶかもしれないし、報告を聞いてもぶっ飛ばすことに変わりないだろう」
「そうかもな」
「じゃあ、行ってくる。お偉いさんに粗相のないようにな」
「いってらっしゃい。無事に帰ってこいよ」
良晴と別れた後、晃助が角を曲がると、
「……櫻井か?」
「はい」
角に立っていた女が後ろを付いてくるので試しに聞いてみるとやはり櫻井であった。
「立ち聞きか?」
「気分を害されたのであれば謝罪します」
正直あまりいい気分ではない。帰り路わからずの未来を思い出せる唯一の友人との会話を聞かれていたのだから。
「……話を聞いていたなら解るな?」
「京に未だ隠れ潜む野盗を見つけ出せと……」
「わかっているなら行け」
「はい……申し訳ありませんでした」
謝罪を要求したつもりはなかったのだが、櫻井は消える前に一言告げて行った。そんなに声が怖かったのだろうか? 晃助は少し反省しながら陣所に戻った。そこでふと思いついた。どうせ戦は勝家の指示に従って戦うのだから、兵を分けたりする場面は少ないだろう。ならば、
「智慧、珠之介、ちょっと来い」
「なにかしら」
「なんでしょうか?」
呼ばれた頼隆と広忠の二人は書類を置いて来てくれる。晃助は今思いついた指示を出した。
摂津――――
三好三人衆は柴田勝家が率いる織田の大軍に攻められ、四国の領地に撤退するところであった。
「三好に賭けてみた私が馬鹿だったかー」
一人の少女――土橋真喜――が鉄砲の手入れをしながらそう嘯く。彼女は周囲にいる土橋傭兵団の指揮官としてここにいる。つい先ほど合流できた副官が真喜に声をかける。
「ただいま戻りました。少佐」
「止めてよー透子にその階級で呼ばれると裏切られた気分になるわー」
「元気ないね。やっぱり戦争嫌でしょ?」
「それもあるけど、透子に会えなかったのが寂しかったー」
真喜は数週間会えなかった親友に抱き付く。
「やっぱり、史実の通りに織田が上洛してきたね」
「うん、足利義昭が何者かに明に追いやられた時は歴史が変わったと思ったけど……」
「三人衆の人達の熱い想いに応えて加勢を決めたけど、ダメダメだ。末端の兵は京の都を荒らすし、協力者だった六角は早々に脱落するし……」
歴史に詳しい透子は織田家が義昭を擁立して天下の実権を握る事を知っていたので、義昭が明に亡命したら、織田の大義名分が無くなると考えた。そんな時に土橋傭兵団に依頼が来た。守重は好きにしろと言っていたので真喜は依頼を受諾。彼らの語る熱い理想を買ったのだ。だが、真喜の言う通り彼らの語る理想と現実はあまりにも違った。さらに悲報がある。
「なによりも、重治姉さんが……」
「……」
六角の援軍に行っていた重治が討ち死にしたのだ。真喜は声を震わせる。
「わかっていた……今までやってきた戦いでも沢山部下が死んだ。いつか自分もって思うこともあるけど……この世界は酷すぎるっ! 戦えない女性や子供はただ虐げられるばかりで、放っておけないよ」
「私は帰りたいと思うけど真喜ちゃんはやっぱり、ここで戦いたいの?」
透子は旅に出る前に真喜にもしかしたら帰る手段があるかもしれないと告げて行ったのだが、真喜は鉄砲を持って戦に出た。
「帰りたくもあるけど、こんな悲惨な世界は嫌だ。私は銃が使える。戦えるのよ。だからこの世界が平和に落ち着いたら帰るよ」
「そっか、じゃあどうやって平和にするの?」
「そこは考えてないや」
袖で目元をぬぐうと真喜は笑って言った。透子は溜息をついて親友に呆れる。
「飛騨に行った時に少し調べたんだけど、やっぱりこの世界はちょっとおかしい」
「有名武将が女性なところ?」
「うん、織田の主な武将も女性だった。それよりも驚いたことに秀吉がいないの」
「えーと、太閤検地とかやった人だっけ?」
真喜はそこまで歴史に詳しくないが、教科書の出来事くらいは知っている。
「合っているよ。実質的に戦国時代で戦を終わらせた人だよ」
「ええええ!! ヤバいじゃん! そんな人がいないなんて!?」
「けど代わりに同じような事をしている人がいるのよ」
「誰それ?」
「相良良晴、竹中半兵衛の調略、墨俣一夜城をやってのけた織田の部将だよ」
「知っているの?」
「いいえ、ただ秀吉の代わりをしているから、同じ……いや、もっと危険な人と見ていいわ。もしかしたら、その人は私たちと同じ未来人かもしれない」
「私たちと同じ……未来を知っているから何が起きるか知っている?」
「そうよだから織田家を破滅させるかもしれない」
真喜はそこで首を傾げた。
「早すぎるのよ。美濃攻略は数年がかりで行われた戦なんだけど、それを一月あまりで終わらせて、しかも今回の上洛戦も早すぎる」
「なんで? やること解っているいるなら、こう……簡単に天下統一! ってできるんじゃ?」
「天下が織田の元で早くまとまるということは滅びも早くなるわよ」
「明智光秀の本能寺の変!?」
歴史の教科書に触れなくなった大人達でもその事件の概要はよく知られている。あらゆる意味でインパクトの強い人物――織田信長(ここでは織田信奈だが)――が死亡した事件だからだ。
「そう、それもあるわね。私がその相良良晴の立場で織田信奈を天下人にしようと思えば、真っ先にその事件を警戒するわね。けど、本能寺以外にも信長さんは何度か危機にあった。それらが一気に訪れる可能性がある」
「その未来人でも対処しきれないような?」
「恐らくね。でも貴方の目的は天下が誰かの手で統一されることでしょう?」
「うん、平和にね」
「なら、こうしなさい」
透子は自分が未来にいた時に思っていた歴史解釈を真喜に教えた。
晃助は勝家の軍に混じって馬を進めていた。勝家の軍略はあまり良い物ではなかったが、その統率力と武勇に晃助は舌を巻いた。突撃ばかり主張し、普段の言動も馬鹿みたいだからギャップがすごかった。やはり彼女も戦国を武将として生きる者だ。
「勝家さま、偵察の兵が戻ってきました」
「どうだった?」
「三好の兵は四国へ逃げる模様です」
「よーし! 姫さまの命令を遂行できたぞ!」
「追撃しましょう」
「応! 今度こそ私が一番槍だからな」
「いいえ勝家さま、今度も私が一番槍です」
晃助は溜息をつく、指揮能力があるにも関わらず、これまでの戦で勝家は長頼と一番槍・一番首の功を争って前に突出するのだ。そのせいで勝家が前線で暴れている間の兵の動きは晃助が指揮していた。大将の振る舞いではない。少しだけ頼隆の気持ちが解った気がする。
「大将が前に出られると兵は落ち着か――」
勝家に苦言をしようとした時、複数の銃声が響く。
「敵襲! 背後より鉄砲で撃たれました!」
「なんだと!? 反転しろ! 突撃する!」
「ダメです! 後列の兵が動揺して動きが――」
「ええい! どけどけー」
「あっ、ちょっ!」
勝家は晃助の制止を聞かず味方を押し分けながら後列に向かった。
「どうすっかなー」
「追いましょう。晃助さま」
「いや、後列の事は後列の奴らに任せないと混乱するからな。動かないほうが――」
「敵襲ー! 今度は前からー!」
逸る長頼を諭そうとしていると、またしても銃声で遮られる。
「あ~もう、盾を前に出せ、弓・鉄砲隊は盾に身を隠しながら応戦!」
摂津での戦いで一時的とはいえ晃助が指揮を執ることが多かったためか、兵たちは落ち着いて指示に従ってくれる。だが、前後から襲撃を受けたことに晃助は苛立った。
「偵察は何をしていた? 敵兵がこんなにいるのにそれに気付けないなんて……向こうの隠密が相当だってか? それならば――」
「「 おおお!! 」」
側面から槍を持った兵が飛び出してきた。
「狼狽えるな! 前は変わらずに落ち着いて弓・鉄砲で応戦! 彦、側面の敵に挨拶してこい!」
「は、はい! こんにちわーー!」
予想できた展開なので晃助は落ち着いて兵に指示を出す。迎撃しろという意味だったのに長頼はアホだ。本当に挨拶しやがった。槍を持って突っ込んだので結果的には良いのだが、
「数は少ない。ならば最初の勢いが無くなればこちらのものだな」
前方と背後から聞こえる鉄砲の数、側面から来た敵の数は少ないので恐らく撤退支援の伏せ勢だろう。三好の旗が無い事から傘下の豪族か傭兵だろう。半刻(一時間)程戦うと側面の敵から退いて行き、戦は終わった。損害は大きくないが、港まで進むと三好三人衆は四国へ船に乗って撤退した後だった。三人衆の首を上げられなかった事に勝家はガッカリしたが、中央から追い出すことに成功したと励ますと上機嫌になり、信奈に報告しに行ったが、
「六。なんで逃がしてんのよ。四国まで追いかけるのが面倒じゃない。これからは、ただ勝てばいいってわけじゃないのよ。褒美は割れ茶碗よ」
「姫さま!? うわあああ!?」
褒められなかった。報告の席では他にも長秀がやまと御所の修復や大通りの整備をして地味だが堅実な働きを褒められていた。
「……泥棒はあらかた捕まえた。盗賊家業に詳しい五右衛門と櫻井のおかげ」
「ご苦労さま……あらかた?」
「にん、にん、どういう訳か多くの泥棒が逃げだちたこんちぇきが……」
「何を言っているかサッパリわからないわ! 京からいなくなったなら、それでいいわ」
五右衛門が補足で説明しようとしたが、カミカミすぎてよくわからない。逃げ出したことに疑問を持ったが晃助は信奈の言う通り、京から退去したなら悪さをしないだろうと納得した。
だが、肝心な者の仕事が上手くいっていなかった。
「関白
明智光秀の公家衆との交渉が上手くいかなかったようだ。
「十兵衛。どんな条件をつけられたの?」
「今月の内に銭十二万貫文を御所に収めよ――無理難題かと」
「たっ、たいへんだー! ってどのあたりが無理なの?」
勝家が場を和ませようとしてか、冗談を言うが面白くないので滑った。
「……あの、あたし、ほんとうにわからないんですけど……」
冗談ではなく本当にわからないようだ。どこまで馬鹿なのだろう? 騒がしいので晃助は説明した。
「途方もない額を要求されたんですよ。恐らく貴方の百年分以上の……」
「そっ、そんなー!? じゃあ分割払いで……」
「今月中ですよ? 無理無理」
一同が「とんでもない話だ」「……厚かましい」などと言うなかで、使者が慌てて入って来た。
「川中島で睨み合っていた武田・上杉が電撃的に和睦しました」
この知らせは十二万貫よりも重大であった。戦国最強と呼ばれる武田家はかねてより上洛を望んでいる。上杉という強敵がいなくなれば、上洛してくる可能性は大ありだ。
「……いいわ。畿内の敵はあらかた討伐したから、本国の守りを固めましょう」
「守りの兵はいかがされます?」
「十兵衛、サル、犬千代、あとカラス。それだけでいいわ」
「武田を相手に備えるとなれば、この人選でいいでしょう。六十三点」
長秀がそう締めくくると評定は解散となった。
評定がお開きになった後、良晴と晃助は信奈に呼ばれた。
「信玄のことも気になるけど将軍宣下を諦めるつもりはないわ。サル、あんたは私と堺に行くわよ」
「堺に行ってどうするんだよ?」
「商人から金を借りんだろ?」
晃助はゲームの知識から予想したことを言ってみる。
「カラスの言う通りよ。アテがあるのよ。カラスはその間に京の守りをお願い」
「了解」
あまり気が進まなかったが、仕事とはそういう物だと割り切って、晃助は自分の陣所に戻り頼隆と広忠を呼び出した。
美濃――
岐阜の町から遠くない山小屋の中で櫻井は訪れた。粗末な衣を着た男たちが、櫻井に話しかける。
「よぉ姉ちゃん。約束通り攫って来たぜ」
「ご苦労です」
小屋の中には同じような格好をした男たちが数人いた。皆盗賊である。
「助かったぜ、織田家の忍びに捕まりそうになった時はどうなるかと思ったが、姉ちゃんのおかげだぜ」
「交換条件の仕事もこの人数でやれば大したことなかったしな」
そう言った男は小屋の奥を見る。後ろ手に縛られ目隠し猿ぐつわをされた若い女が五人いた。櫻井は一人ずつ容姿を確かめる。その内の一人、厳重に縛られた女をよく観察し、その女を担ぐ。
「おい姉ちゃん。必要なのはその一人だけか?」
「そうだが、それがどうした?」
「へへ、決まってんだろう? 残りは俺達が貰ってもいいかって話だ」
男たちは自分の股間を撫でながら、下品な笑みを浮かべている。櫻井は察すると、残りの女たちの衣服を剥ぎ又を探る。女たちは悲鳴を上げる。その悲鳴に男たちは興奮する。全ての女の又を調べると櫻井は入り口に向かった。
「こちらの準備に四半刻(三十分)かかる。それが過ぎたら好きにしろ」
「やったぜ!」
「最高だぜ生娘だ!」
櫻井が出て行った後、男たちは時間まで女達の悲鳴や泣き声を楽しむ事にした。そして時間がきた。
「よーし、時間だ」
「おいどけ、俺からだ」
「ふざけんな! この女は俺が運んだんだぞ!」
「それを言うなら、俺が見つけたんだ!」
「いいや、俺が」
「俺だ」
男たちは順番を決める為に争い合うがやがて異変に気付く。
「おい、なんか燃えてないか?」
「ああ? そういやなんか焦げた匂いが……」
「おい!? 火がっ……!?」
「「「 !? 」」」
「扉が開かねぇ!?」
男たちは今更になって気付いた。自分たちが小屋に閉じ込められて火をかけられたことを、森羅は燃え盛る小屋を眺めながら祝詞を
「天照大神、聞之而曰、吾比閉居石窟、謂當豐葦原中國必爲長夜。云何天鈿女命㖸樂如此者乎」
「アマテラスは外の騒がしさを聞いて言いました。我は岩屋に籠っている。トヨアシハラナカクニは長き夜にあるというのに何故、アメノウズメはかように楽しげにするか――兄上、仕上がりはいかがですか?」
「上出来だ。不浄の魂だけでは心もとなかったが、四つの乙女の魂を混ぜたから良い物ができるよ」
淡々とした森羅の言葉に文は少し寂しげに呟いた。
「本当に申し訳ありません。晃助さま」
燃え盛る小屋から黒い鋼が陽炎の中で輝いていた
年末年始が忙しいので今年はこれで最後です。また来年。