未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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では三章に入りますが、ちょっと脇道へ、


三章 上洛
26.飛騨統一へ


美濃攻略から三日が経った。

晃助は大茶会の場にいる。

お茶の作法などロクに知らないが、付き合いというものだ。

 

織田信奈は美濃の本城・稲葉山城を岐阜城に改めた。

これは(いにしえ)の周王朝が岐山から天下を平定したという言い伝えから、日ノ本の天下平定を志すことを人々に示すためである。

そして同時に印章を新たに拵えた。

 

 

天下布武

 

 

武によって天下を平定するという意である。

信奈は自分が天下の大舞台に躍り出ることを宣言している。

その大義名分は、

 

「おーほほほほ。わたくしが将軍になる今川義元ですわ!」

 

「相変わらずお気楽な女だ」

 

豪華な十二単を着て、カン高い笑い声を上げる見た目だけ美人な女だ。

桶狭間で降伏したが、出家せずに毎日遊興三昧な金食い虫だったが、今は次期将軍として織田家の上洛に大義名分を与えている。

なぜ次期将軍かと言うと、

 

織田家が美濃を攻略している時に畿内を我が物顔で支配する松永久秀(まつなが ひさひで)と三好一党が将軍・足利義輝(あしかが よしてる)公を暗殺しようとしたが、義輝公は勝ち目無しと判断し、()足利義昭(あしかが よしあき)を連れて明へ逃げたからだ。

史実では、義輝公は所有する名刀の数々を畳に突き刺し、迫りくる敵兵を次々と切り捨て、刀が切れなくなったら次々と畳の刀を持ち変えて応戦したらしい。

その最後は四方から畳で取り囲まれて動きを封じられ、槍で串刺しにされたらしい。

その後、弟の義昭を擁立して織田家は上洛するのだが、足利宗家が国外逃亡したので、事実上断絶。

ならば、将軍家の血筋に近しい人物を擁立しようということで、

今川義元が選ばれたのだ。

もっとも、本人には何の権力もなくお飾りだが、そしてその策を献策したのは、

 

「あれが明智十兵衛光秀(あけち じゅうべい みつひで)か……」

 

長い黒髪を後ろで一つに束ねたおでこの広い美少女だ。

新参であるが美濃三人衆よりも上座に座っているのはそれだけ重宝されるということだ。

彼女は道三の小姓をしていたが、長良川の動乱の際に浪人し、元から備わっている土岐源氏の流れを汲む高貴な血筋と礼作で京や堺で見分を広めたため、今回の上洛で公家衆との交渉を任される。

 

 

そんな風にこれまでの事を振り返っていると、晃助の前に茶が出される。

 

「あ、あれ? どうやって飲むの?」

(こうよ、私の動作を見様見真似で構わないから)

 

産まれてこのかた茶の作法なんて習った事がない晃助に隣で同じように茶を出された頼隆が教えてくれた。

頼隆は茶碗を少し回し、チビチビ飲んでいる。

晃助は真似しようとするが、どうしてもぎこちない。

周りの視線が「何やってんだ?」「礼がなってない」と言いたげなモノで痛くなったので、晃助は思い切って茶碗の角度、飲む回数なんてお構いなく、緑色の液体をグイッと飲んだ。

 

隣の頼隆は勿論、周囲が唖然とする。

 

「うまい!」

 

周囲が唖然としている中で晃助は思ったことを言った。

 

「あれ? どうしたの?」

「このっ馬鹿! 茶の湯には礼接と言うモノがあって失礼があると最悪の場合切腹させられるわよ!」

「どこが悪いんだよ? 茶を飲むのにいちいち肩凝ってたら味を楽しむどころじゃないだろうが?」

 

茶の湯は茶碗の形やお茶の味を楽しみながら、飲む動作の美しさを表現するモノらしい。

確かに礼儀は必要だろうが、要はお茶を飲む、水分補給だ。

晃助に茶碗の造形を目利きすることはできないし、できるのは一番素直な五感・味覚で感じたことを伝えることだけだ。

見様見真似の不細工な飲み方に眉をしかめられるなら、思い切って飲むことに何の違いがある?

 

気まずい空気が場を満たす中で、一人の少女が笑いながら言った。

 

「千早さまはお茶の味を楽しむ事を重視する流派なのでしょう。味を褒められることはこの上ない礼儀ではないでしょうか? ねぇ、義元さま?」

「おーほほほ、そうですわね城が買えるほど高価な茶器があるようですけど見る目が無い者にとっては、土の塊にすぎませんわ! けれど味は庶民も貴族も関係なく楽しめるモノですから、何の問題もありませんわ!」

 

一応、この場で一番身分が高い義元が許したのでその場は丸く収まった。

 

 

 

 

「貴方は一体何を考えているの!?」

「いてぃ、いてぃ、いてぃよ」

 

晃助は茶会が終わった後で岐阜城の別室にて頼隆からお仕置きと説教を受けていた。

 

「三日前は口の中に刀を突っ込むし、今回は礼を無視するし、貴方は自殺をしたいのですか?」

「みっきゃ前のこてょを言うにゃら、口を引っぴゃりゅにゃ!」

 

何時ぞやの長頼のように口を引っ張られてまともに喋れない。

そんな時に来客があった。

 

「あら、虫歯の確認ですか? 口の中を見せ合うなんて仲のよろしいこと」

「姉小路どの!? い、いえっ違います!」

 

先ほど場を収めてくれた少女・姉小路頼綱が入室してきた。

姉小路家は織田家が美濃を平定した際に、同盟を申し込んだ。

それに対し信奈は承諾し今川幕府のお墨付きで飛騨を支配することを許されたのだ。

だが、義元はまだ将軍に就任していないので、その上洛軍に兵を出すことを条件にされている。

今回の茶会は今川義元が頼綱を歓迎するという形式で行われたのだ。

 

「先ほどはこの者の無礼を収めていただき、ありがとうございます」

「いいえ、気にしないで、お茶は楽しく飲む物よ。その考えに間違いはないのだから」

 

実光が病から快癒したので、晃助の城代職は無効となり頼隆と晃助は同じ千早の家臣になっている。

晃助は頼綱の来訪の理由を聞いた。

 

「それで? 一体何の御用でしょうか?」

「カラスさんを貸りに来たの」

「晃助を?」

 

頼綱の答えに頼隆がムッとなりながら重ねて問う。

 

「ああ、誤解しないで? 彼の知略を借りたいの」

(べ、別に勘違いなんて……)

「俺の知略なんて大したモンじゃない、他を当たった方がよいのでは? 竹中半兵衛とか……」

 

頼隆が俯いて何か言っているが、晃助はあだ名で呼ばれたことに機嫌を悪くし遠まわしに断る。

 

「ご謙遜を……それにこれは貴方の主命でもあるわ」

 

そう言って、懐から[天下布武]と印を押された書状を見せる。

 

 

 

カラスは同盟相手の姉小路家に与力すること。

期日は一週間。

さっさと問題を片付けて上洛に支障がないようにすること。

 

織田信奈

 

 

 

「何だコレは?」

「ご覧の通り命令書よ」

「それは見ればわかる。なぜ名前でなくあだ名で書いてる? 具体的な仕事内容がわからない」

「あだ名のことはよく分かりませんが、仕事内容は私と共に飛騨に向かい、諸将をまとめる手伝いをしてほしいの」

 

聞けば、姉小路家が信奈と同盟した際に信奈から飛騨の支配を許されたというより、直ぐに飛騨を統一して上洛の支援をしろということだったらしい。

頼綱は自分に服従していない飛騨の他勢力、江馬・塩屋・内ケ島の三家を説得したが、失敗したことを信奈に相談したところ、織田の兵を貸すからさっさと統一しろとのこと。

 

「クッソ、あの女め厄介な仕事を吹っかけてきやがる」

「ちなみに指名したのは私です」

「なんだって!?」

「なんですって!?」

 

当事者である晃助が驚くの当然だが、

 

「おい、智慧はどうしていちいち驚いているんだ?」

「え、えと……貴方はどうせ一人じゃ仕事ができないでしょう? だから必然的に私が手伝うことになるから私の仕事でもあるのよっ! そういう事!」

「むぅ~言い返せない」

 

「本当に仲がよろしいようで」

 

「「 ち、違う! 」」

 

頼綱は笑っているが、直ぐに真顔になって言う。

 

「長良川から織田家の美濃攻略までの貴方の暗躍を見込んで指名したのです。斎藤飛騨守からよく聞きましたよ。カラスさん?」

 

晃助も表情を消して問う。

 

「斎藤飛騨守を保護したのですか?」

「ええ、飛騨守を自称する者が、飛騨の大名を頼るのは滑稽でしたが、助けを求めて来たので助けましたよ。その際に自分が斎藤家を出奔した理由から、貴方の戦での活躍などを聞きました」

 

その表情からして、晃助が斎藤家への牽制の為に姉小路家を利用したことがわかっているのだろう。

両者が暫く視線をぶつける。

 

「飛騨の国司を務める姉小路氏を名乗ることで飛騨の大半の小豪族を取り込み、従わぬ者は攻めることで勢力を大きくすることができたが、他三家は従属を受け入れず、かと言って姉小路単独で攻めるのは厄介。そこで隣国になり脅威のある織田家と半ば従属とも言える同盟を行い。飛騨を我が物にする。そんなところですか?」

「そうね。今は亡き父・三木良頼(みつぎ よしより)が朝廷に掛け合って私に飛騨国司たる姉小路氏を名乗らせてくれたけど、それだけでは従わぬ者もいる。だから武で天下を治めんとする織田を頼るのよ。グズグズしていると信濃から武田が来る恐れがあるわ」

「それで統一を急ぐのですね?」

「そうよ。父の悲願と私の夢のために」

「夢とは?」

 

頼綱はそこで笑顔になると、

 

「戦の無い誰もが笑って暮らせる世を創ること」

「その為ならば戦をすることもやむなし……と?」

「賛同してくれないなら攻めるまでよ。そして相手が降伏するならを受け入れるの。越後におわす上杉謙信のように義の戦を……その後でみんなが幸せになれる政を行うの」

「義か……」

 

晃助は感慨深げに呟く。

 

「だからその知略を以て私の飛騨統一を手助けして下さい」

「どこまでできるか分かりませんが全力を尽くしましょう」

「そうして下さい。では、私は先に飛騨に戻っていますのでよろしくお願いしますね」

 

頼綱が部屋を出て行っても、晃助は動かなかった。

頼隆が声をかける。

 

「晃助……?」

「聞いたかよ? [義]だってさ、どう思う?」

「それは……美徳だと思います。この明日をも知れないで世で高潔な夢を抱けるのは素晴らしいことかと」

 

頼隆の答えに晃助は笑った。

 

「はっはは、確かにそれは美徳だ! だけど綺麗ごとじゃ戦はできない。乱れた国をまとめられない。あのお姫さんが古の役である国司を名乗りながらソレを有効活用しないからちっぽけな飛騨一国すら統一できない!」

「だけど、権力を振りかざすのは下々の者に反感を抱かせるわ」

「その通り! だけど……まぁいいや、今話してもしょうがない。とにかく支度をしようか」

 

晃助は言葉を切って部屋から出て行った。

頼隆は晃助がどうして言葉を切ったかわからなかったが、深く追求せずに支度をする為に彼の後を追った。

 

 

 

竹山城の奥に戻ると実光と道三が碁を打っていた。

隠居してから道三はこうして実光と碁打ちをしたり茶を飲んだりして過ごしている。

 

「おう、晃助どの! 次の一手を迷っておるのじゃが、お主なら何処に打つ?」

「…………コレ、詰みじゃないですか?」

「うむ、それを実光どのは認めずに延々と悩んでおる」

 

囲碁が苦手な晃助は何もできず、実光に負けを認めるように勧めた。

 

「いいや、まだ打てるじゃろ」

「いやいや、無理ですよ」

「左様、ここまで来ると投了の二文字しかあるまい」

「……ならば、こうじゃ!」

 

実光は自分の白い碁石を一つ掴むと、碁盤の真ん中に叩き付けるように石を置いた。

そうすると当然、それまで置かれていた碁石が吹き飛ぶ。

 

「な!? これは悪手じゃろ!」

「実際の戦場なら一人の猛将が戦局を覆すぞ」

「ええいならば!」

 

道三も自分の黒い碁石を掴むと、先ほど実光が置いた碁石を吹き飛ばすように置いた。

 

「小癪な! もう一度!」

「なんの!」

「ほりゃ!」

「そりゃ!」

 

二人ともルール無視でとにかく相手の碁石を吹き飛ばし始めた。

晃助は見てられず碁盤の上でおはじきをする老人二人を止める為に最後の手を打つ。

 

「やめんかい!」

 

「「 なんと!? 」」

 

碁盤をひっくり返した。

 

「真の勝者は俺だ!」

「しかし晃助どの、この行動を実際の戦で何と説明する?」

「そうじゃ、ワシらは猛将同士の一騎打ちをしておったぞ?」

「……不毛な戦を止める為に第三の勢力が調停した」

 

「「 なるほど 」」

 

二人は頷いているが、一体何をしていた?

碁を打っていたよな?

三人でわけのわからない事を悩んでいると、長頼がやって来た。

 

「あ~! 晃助さまが部屋を散らかした! 普段私に片付けろって言うのに~」

「え!? いや、これは……」

「ワシは岐阜城に戻ろうかの……」

「ワシはななの所に行こうかの……」

 

老人二人は理由をつけて逃げ出した。

 

「あっ! 待って……」

「私も手伝いますから片付けましょう、智慧に見つかると大変です」

 

確かに飛騨に行くために兵糧や武器の手配を任せている頼隆がコレを見ると、般若を召還して文鎮を投げてくるだろう。

晃助は長頼の手伝いを受けながら、碁石を集め始めた。

 

「そういえば兵の調子はどうだい?」

「みんな元気ですよ。新顔の人達も馴染んできました」

 

晃助は美濃攻略の時に一時的に大勢の兵を抱えていた。

戦が終わった後で、織田家の家臣になって土地を貰ったり、各地へ浪人する者もいた。

その中で僅かに千早家に仕官してくれた者もいる。

古参の兵と新入りの兵でいさかいが起きてないようでなによりだ。

 

「晃助さま、こちらでしたか? ……っと、何をしているのですか?」

「片付けだ、手伝え珠之介(たまのすけ)

 

庭に散らばった碁石を拾っていると新入りの一人、妻木広忠(つまき ひろただ)・あだ名は珠之介が声をかけてきた。

彼は十五歳の少年で、道三の紹介で千早家に仕官した。

彼の親は長良川で道三を守る為に亡くなったが、新たな働き場を隠居した自分より実光・晃助の元がよいと勧められた。

小柄だが、美形で晃助自身は内心悔しく思っている。

 

「一体なにをしたんですか?」

「老人二人が碁を打っていた」

「それでこんなことに……」

「でも、ひっくり返したのは晃助さまですよ。私見ましたから!」

「なんでもいいだろ? よし! 全部だな」

 

三人でやったので碁石は全て拾えた。

 

「ところで珠之介、何か用があったんじゃないか?」

「はい、主要館で政務を執っている頼隆さまがお呼びです」

「なんだろ? なんか書き間違えたかな?」

「晃助さまは字を書くことを嫌って、まず書かないではありませんか?」

「そんなことは無いぞ珠之介、俺だってちゃんと書類を書いている」

「でもそれって智慧にせかされた時だけですよね?」

「ああ、やっぱり」

 

広忠が呆れている。

どうやら新入り達にも千早家における上下関係が知れ渡っているようだ。

いい事なのか?

主要館に向かうと頼隆が腰に手を当てて待っていた。

 

「遅い」

「お待たせしました。何かありましたか?」

 

いきなり弱腰で話す晃助(一応当主の養子)の姿に広間で書類仕事をしている家臣たちが笑い出す。

ただ一人を除いて、

 

「この者のことです」

「ああ、サダーのこと?」

 

頼隆が指さす男は周囲が笑う中で黙々と図面を引いている。

だが、異様であった。

なぜなら、

 

「その男に編み笠を外すように言ってくれない?」

 

その男は室内にも関わらず、頭部をすっぽり隠す編み笠を被っているのだ。

 

「顔を見せないから何度も外すように言ってるけど、貴方の命令だと言って聞かないのよ」

「なんで外さなきゃならんの?」

「顔を隠すなんて怪しいでしょう? それにさっき実光さまと道三さまが通ったのよ」

 

主君や目上の人に対して礼がなってないと言いたいのだろう。

 

「お二人はなんか言ってた?」

「な、なにも言ってないけど……」

「それならいいじゃん」

「でも相手がよく知っている人だから良かったものの……」

「コイツになんかあったら俺が全責任を負うよ」

 

頼隆の抗議を切って、晃助が編み笠の男の肩を持つ。

その行動に周囲が息を飲む。

それは自分であっても、よその貴人であっても、どんな無礼を働いても許し、その罪を受けると言っているも同然である。

それは晃助が初めて見せる明らかな贔屓であった。

それまで黙っていた編み笠の男が口(見えないが)を開く。

 

「晃助さま、俺なんかの為にそこまで言っちゃならんですよ」

「だって、ホントに思ってんだもん」

「こんな俺に何を期待しているんですか?」

「だってお前、水田整備が得意じゃん」

 

編み笠の男の机の上には水田の図面が描かれている。

紙の端にはその責任者の名前が、つまりこの図面を描いた者の名前が書いてあった。

 

溝口定勝(みぞぐち さだかつ)

 

それがこの男の名である。

ちなみに晃助からはサダーと呼ばれている。

 

「水田整備なんて頼隆さまも……」

「智慧は最近、長秀姉さんに教えて貰ってそれなりにできるようになったの、お前は最初からできる!」

「そういえば晃助は最近、長秀さまの所によく訪ねるわね?」

「だって、狙ってるもん」

「なんですって?」

 

晃助はじりじりと出口に向かって移動する。

周囲の家臣は皆こう思う。

始まったか。

 

「狙っているってどういう事?」

「俺達も元服を迎えた大人だぜ? わかるだろう?」

「…………貴方、書類を全て書いて訪ねているの?」

「いや……あと六枚ほど……残っているかな?」

 

数字を聞くと頼隆の背後から般若が出て来た。

やぁこんにちわ。

 

「そう、仕事を残してフラフラと遊びに出て、しかも相手が織田家の重臣・丹羽長秀さま?」

 

織田家の傘下に入ってから頼隆は長秀に内政や城造りのことを教えて貰っており、仲がいい。

米五郎左(こめごろうざ)、織田家で語られる長秀の評価だ。

今は万千代と信奈の小姓時代のあだ名を呼ばれているが、長秀の本来のあだ名は五郎左である。

そのあだ名に日々の生活に不可欠な米を冠されている。

どんな任務もこなす織田家の米のように大事な人と言う意味だ。

そんな長秀のことを頼隆は敬愛している。

 

「だって前に智慧が二十歳くらいの大人の女性ならいいって言ってたよね?」

「な、長秀さまはだめです!」

「なんでさ? お前の言う条件は満たしているだろう?」

「う……えと、そう! 長秀さまは織田家の重臣で私たちよりも忙しいの! 政務の邪魔をしてはいけないわ!」

「大丈夫、休憩時間をあらかじめ聞いてあるから、その時に訪ねる」

「え!? そ、それでもだめー!」

 

文鎮が飛んできたので晃助は外に逃げる。

今回は般若の威圧があまりないが、飛んでくる文鎮の威力・飛距離はいつもの変わらないので油断せずに逃げよう、そう考え晃助は馬屋を目指して走る。

 

馬屋に辿りつく前に頼隆に捕まり暴行を受ける晃助を眺めながら、長頼と広忠は定勝に尋ねる。

 

「それにしてもなんで、編み笠を被っているのですか?」

「晃助さまの命令と聞きましたが?」

 

二人の質問に対し定勝は編み笠をトントンと叩いて言う。

 

「初めてお会いした時、この中にある顔を見て晃助さまはこう仰ったのです『こっち見んな! そうだ、編み笠をやるからそれをいつも被っていろ!』と……」

 

傘のせいでくぐもって聞こえるが、声の調子からして笑っているのだろうが、なんとも可哀想な対面である。

広忠が追加で尋ねる。

 

「えっと、少なくとも直接勧誘されたとは思いませんね、どういうツテで仕官したのですか?」

「出身が尾張なのですが、櫻井さまからお声掛けいただき仕官となりました」

 

櫻井、その名を聞いて長頼は少し警戒した。

彼女の千早家への貢献は確かだが、何か怪しい。

長頼はよくわからないが、勘でそう思うのだ。

 

頼隆がボロ雑巾にされた晃助を引きずって来たので、書類仕事は再開された。

それ以後、定勝の編み笠についてもう誰も気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

晃助と頼綱が話した次の日。

遠野宮透子は桜洞城に来ていた。

 

「初めまして、紀州雑賀衆の一派、土橋傭兵団の遠野宮透子、階級は曹長です」

「初めまして、姉小路家当主、姉小路頼綱です」

「長い自己紹介で申し訳ありません」

「いいのよ、公家の人達は自分の親の名前、官位、お家の来歴を長々と話すから貴方たちは短い方よ」

「フフ、そうですか」

 

頼綱は話がしやすいように冗談を言って場を和ませた。

 

「それで、これが?」

「はい、注文の品だそうです」

「うーん、やっぱり鎧と言うより服に近い物になっちゃったな」

 

木箱の中には戦装束が収められていた。

 

頼綱は海斗に合う武具を手に入れようと、鍛冶師に注文を出した。

彼は兵士たちが着ている一般的な具足を使いにくそうにしていたからだ。

だが、飛騨には腕のいい鍛冶師がいない。

そこで隣の美濃にある井ノ口の町に店を出している鍛冶師に注文したのだ。

注文した当初は同盟を結んだばかりであったが、斎藤家がお家騒動を起こして周辺の治安が悪化したため、注文した鍛冶師が傭兵を雇って品を送ってくれたのだ。

 

全体的に黒い色合いをしている。

右肩、胸、両手足に甲があり袖には意匠として、獣の毛皮でファーがついている。

防御箇所が少ないが、甲を調べてみると頑丈な物だ。

これならあの少年は存分に戦えるだろうか。

そして、

 

「変わった意匠の槍ね」

「……」

 

その槍は長さにして七尺(210センチ)、穂先と柄の間には輪がある形状だ。

そう先日、櫻井森羅が修理し――――

 

(この槍は私が紀州から持ち込んだ物だ。へえー、一度鍛冶屋で修理させてからお客さんに運ぶ仕事ってあるんだなー。)

 

遠野宮透子が土橋重隆に命じられて紀州から持ち込んだ槍である。

 

 

 

それは、土橋真喜と遠野宮透子がこの世界に着いて数週間たったときだ。

透子は身内にも中々姿を現さない重隆に一人で呼ばれた。

 

「……お呼びでしょうか?」

「よく来た」

 

相変わらず重隆は簾越しにしか人と会わない。

 

「お主を呼んだのは遣いを頼まれて欲しいのじゃ」

「……どこまでですか?」

「美濃じゃ」

「あ、あの、私には土地勘がありません」

 

美濃は現代で言う岐阜県だ。

電車もないのに紀州からそんなところまで行くのに道がわからない。

 

「船で尾張まで行き、そこから北上すればよい。傭兵団の者を数十人連れて行け」

「……それを私に命じる理由は?」

 

そこまでするなら自分に頼む必要はないはずだ。

自分に透子だからこそ頼む理由があるはずだ。

質問に重隆は含み笑いと共に答えてくれた。

 

「ふっ……良い機会だと思うてな、これを」

 

重隆の影のような従者が、透子の前に小さな巻物を置いた。

広げてみるとミミズのようによれたアルファベットが並べられている。

英語? いいや、この並びは別の言語かもしれない。

そう思いながら文字に触れると――――

 

「――――ッ」

 

なぞった部分が読み取れた。

そこには、

 

 

   それはふとしたことだ。

   ある日私は、流れ出た。

 

 

どういうことだ、これだけでは意味がわからない。

私とは誰だ? 流れ出る?

この巻物はいったい何を伝えたい?

 

「重隆さま、これはいったい……」

「それを読める者はこの世で私とお主くらいじゃろ」

「以前仰っていた五色について……ですか?」

「五色の中でもお主は特別じゃろうな、そう感じる」

「教えて下さい。五色について調べると私は未来に帰れるのですか!?」

 

透子は泣きつくように重隆に叫ぶ。

簾に詰め寄って問うと従者に引きはがされるだろうから。

 

「その巻物を手に入れてから、夢の中で不思議な声を聞くようになった。途切れ途切れであったが、長い年月をかけて繋げたよ『未来から五人の色が迷い込む、五つ揃った時に世は疾走する』とな、その事をあらゆる人に知らせようとしたが、奇怪な者を見るような目を向けられたよ」

 

声に悲しみの感情がこもっている。

 

「そして最近になっておかしな気を感じるようになった。最後は二つ同時だったが、合計五回」

「それで、私たち未来人が来たと?」

「そうじゃ何処にいるかはわからないが、それぞれの気を感じる。お主は私と近い気を感じる」

「だから、読めるというわけですね」

「そうじゃ、巻物についてだが、中途半端なのは恐らく複数に分けられているのかもしれん」

「探せばまだあり、全て揃えた時になにか分かるかもしれない!? そういうことですね!」

 

簾越しだが、重隆が頷いたように見えた。

それから重隆が手を叩いて合図すると、隣の部屋の襖が開き、木箱が並んでいる。

 

「それで、外部への依頼をさせて探す機会を与えようと思ってな。荷はそれじゃ」

「ありがとうございます!」

「探索は自由じゃが、傭兵団の仕事を疎かにすまいぞ」

 

その言葉を最後に簾の前に更に厚い幕が下りた。

 

従者が下したのだが、その従者は仕事内容が書かれた書類と手紙を透子に渡して静かに部屋を出て行った。

一人残された透子は木箱の中身を覗くと、

 

「……槍と鉱石?」

 

 

 

その次の日に透子は二十人の部下と共に出発した。

水軍大将の狐島に船を出してもらい海路で尾張へ、尾張から美濃へは陸路で向かった。

関所の検問が厳しかったが、傭兵団は諜報の仕事をすることがあるので、忍びのように関所破りをしてしまった。

井ノ口の町で最初の仕事、鍛冶屋に槍と鉱石、そして手紙を届けた。

この町では巻物に関する情報が収穫できなかったが、アクシデントが起きた。

原因不明だが一晩で収まったので仕事を続けた。

鍛冶屋から武具を受け取り飛騨の姉小路家に運んだ。

重隆からの仕事は完遂しつつある。

後は傭兵団の仕事を宣伝するくらいだ。

 

「武具を買われるということは戦が近いのですか?」

「ええ、ちょっと厄介な展開になったけどこの飛騨を統一する日がやってきたわ」

「その戦に我ら土橋の力はいかがです?」

「そうねぇ……」

 

頼綱は少し悩んでだが、

 

「じゃあ雇うわ」

「ありがとうございます」

「暫く城下のお屋敷に部下の皆さんとお休みください」

「わかりました」

 

小姓がやって来て透子を案内する。

入れ替わりで長近と業兼が海斗を連れて入って来た。

 

「光、呼んだか?」

「ええ、貴方の武具が届いたわよ」

「コレか? どれ……」

 

海斗は用意されていた戦装束に袖を通すと、一周回った。

 

「ほう、なかなか着心地がいいな」

「気に入った?」

「デザインが気に入らないがな」

「出座飲? なんですかそれは?」

 

長近が首を傾げる。

英語を言っても通じないなと海斗はちょっと反省した。

 

「あ~その、このファーとかがな……」

「ふぁー?」

 

海斗はまたやっちまったと思いしょうがないので、デザインについては目を瞑ろうと決めた。

 

「いや、何でもない。とにかくありがとな光」

「どういたしまして」

「槍はどうだ?」

 

業兼に試してみるように言われたので、槍を取って外に出た。

海斗は目を瞑り呼吸を整えると、練習相手になってくれる業兼を見据える。

 

「よろしく頼む」

「できるだけ努力しよう」

「刃が付いているから寸止めにしなさい」

 

海斗は真槍を使うので業兼も真槍だ。

頼綱は注意はするが、止めるようには言わない。

二人の実力を信じているからだ。

先に仕掛けたのは業兼、

 

「……フッ」

 

海斗は素早い連続突きを同じく連続突きで対応する。

海斗が対応する連続突きは二十四撃だが、頼綱と長近には十七撃までしか見えなかった。

それくらい早い。

 

「むんっ!」

 

業兼は強く槍を打ち、海斗の脇に隙を作る。

右脇を狙う突きを海斗は右に払う。

業兼は払われた勢いを殺さず体を素早く回転させて石突きで頭を狙う。

同時に距離を詰めて足を踏みに行く。

 

「シッ!」

 

海斗は半身になって頭を振り石突きを避けると、手元で引き寄せて短く持ち直した槍で突く。

 

「チッ!?」

 

業兼の胴を捉えた穂先はその手で槍の柄を掴まれて届かなかった。

業兼は息を乱さず、ニヤリと笑いながら言う。

 

「お主、随分と勢いが付いておったが寸止めを忘れておらんか?」

「当たり前ェだ。ビビッて先に止めちゃぁ世話ないな」

「吐かせ!」

 

業兼は再び距離を取ると、下段から上段へ、飛び掛かる蛇のような突きを放つ。

それを海斗は、防ぐでもなく避けるでもなく前へ(●●)出た。

 

「なんと!?」

「ヨッ!」

 

業兼の槍が腰より高くなる前に槍を踏み、自分に届かないようにしながら、そのまま槍を辿り彼の肩を踏み台にして前方宙返り。

宙返りをする為に強く肩を踏まれた業兼は体が沈んで素早く動けない。

 

「くっ、!?」

 

体制を立て直して振り返った時には海斗の槍が目前で止められていた。

 

「ワシの負けか……」

「久しぶりに良い試合ができたぜ」

 

海斗は争いが嫌いだが、お互いに向き合って始め、互いの技を競うスポーツが好きだ。

今回は真槍を使ってしまったが、こういう模擬戦は楽しかった。

 

「やはり動き易い、槍の太さも丁度いい」

「それなら次の戦で存分に戦えるわね」

 

頼綱が笑っている。

 

そうだ、これから日ノ本でも小さな飛騨という国で、小さな争いばかり起きるこの土地を頼綱の元に統一させるのだ。

そうして争いの無い世に近づけるなら戦ってやる。

海斗は槍を見上げながらそう覚悟を決めた。

 

 

その穂先は黒く日の光を弾いていた。

 




没ネタ

晃助は思い切って茶碗の角度、飲む回数なんてお構いなく、緑色の液体をグイッと飲んだ。

「まずい、もう一杯」

隣の頼隆は勿論、周囲が唖然とする。

「まずいのになんでもう一杯欲しいの?」
「ごめん、なんか言いたくなった」

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