冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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前回、グンマー県編を期待して頂いた方々。
誠に申し訳ございません。
グンマー編ではありません。

それが許せないという方は、ブラウザバックして頂けると幸いであります。


あと、お気に入りが1000件達成です!
皆さん、ありがとう御座います!


追記:あと、何か百合っぽい描写を突っ込んでみたら、絶賛不評中です。
   場合によれば、改訂する可能性もあり?
   ということで、百合が無理な人もこの話は飛ばしていただけると幸いです。

   一応『その頃の間桐くん』という短編っぽいのが下のほうにあるので、少し開けたところまで、スクロールしまくって見ていただけるのなら幸いです。


第7話 その湖はどう見えたか 上

 ガタンゴトンと音がする。

 目に見える風景は、次々と流れていく。

 だけれども、この自然の射影機が好みなのは私だけではないはずだろう。

 

 車窓から見えるものは、一瞬だけしか見えない。

 だからこそ目を凝らさずにはいられない。

 そういう理由があり、私はこの揺られながらの列車の旅はそれなりに気に入っていた。

 

 

 

 連続休暇、日本で言うところのゴールデンウィークと呼ばれてる日の初日。

 私は電車に乗り、グンマー県へと向かっていた。

 彼の土地の土を手に入れ、ついでにグンマーで栽培された野菜などを、紳士へ郵送するのだ。

 きっと顔を引きつらせるであろうが、それは自業自得だとも思ってもらおう。

 

 

 

 そんな理由で、私はかなり長い時間を揺られていた。

 ずっと窓を一心に見続けながら。

 だけれども、ずっと座っているのは少し辛いものがある。

 お尻が痺れてきてしまうのだ。

 

 だがこの流れていく風景の中で、それを忘れさせるような、一際目を惹かれるものが私の目に飛び込んできた。

 

 

「これは……」

 

 

 それは光に反射されていて、私の瞼には輝いて見えたもの。

 湖、妖精が住んでいそうな澄んだ湖がそこにはそこにはあったのだ。

 

 

「綺麗、ね」

 

 

 私が今まで見た中で、このように輝きを放つものは殆ど見たことがなかった、と言っても過言ではない。

 それほどの物と断言しても良い。

 

 

「そうね」

 

 

 旅に寄り道は付き物。

 グンマーへ行った後は、観光するつもりだったのだ。

 そこまで急ぎの旅でもない。

 などと自分でも言い訳がましいと思うことを内心でしつつ、荷物を詰めたバッグを手に掴む。

 

 

『まもなく諏訪、諏訪です。忘れ物がないよう、ご注意ください』

 

 

 扉が開くのと同時に、出て行く人に習い、私もそれに続く。

 さて、美しいものを見に行くとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降りた先には、温泉街だったらしく、宿や土産屋が散在しているのが見て取れた。

 駅の中にまで、足湯が存在したのには少々驚いたのだが。

 

 

 駅の周りにはタクシーが駐留しているが、やはり自分の足で歩いて向かいたい。

 湖までの道のりや街並みを見ることで、その湖がどのように街と一体になっているのかを見る。

 これが中々面白いものなのだ。

 

 昔は教会の隣に娼館などが存在する、聖と邪が入り混じっていた街が存在した。

 そんな突飛な特徴が存在している街などもあるので、つい探索がてらに歩きたくなるのだ。

 

 

 そんな訳で、私は探索しながら湖を目指し始めたのだ。

 街並みは上記の街の様に、明らかな特異点は存在しないが、温泉街など初めての私には何かと新鮮に映る。

 

 街は古めかしい建物が所々に混在しており、それが違和感を感じさせない様に街に溶け込んでいる。

 よく配慮して作られている、と感心せずにはいられない。

 調和、という言葉が日本にはあるそうだが、正にそれであろう。

 そしてある所で曲がり角を曲がった瞬間、私は思わず振り返らずにはいられなかった。

 

 

 そこは温泉街の一角だったらしいが、レトロな街並みで、時代を超えて迷い込んでしまったのかと一瞬錯覚してしまったからだ。

 

 木造建築の建物がずらりと並び、土産屋があちこちで呼び込みをしている。

 長期休暇なので客も多いらしく、大いに賑わっているといえよう。

 

 そしてもう一つ、レトロ?なものを発見する。

 

 

「嬢ちゃん、いいじゃねぇか。

 俺と遊びに行こう?な?」

 

 

 古きから現在まで存在する、ナンパ師と呼ばれる奴である。

 

 

「えっと、その、あの」

 

 

 話しかけられてる、高校生くらいの女の子は、ちょっと困り気味に返答に窮していた。

 それもそのはず。

 話しかけている男の方(大学生と予測)は、顔を赤く染めている。

 

 罰ゲームなのか、それとも一目惚れでもしたのか。

 とりあえず、無茶苦茶照れくさそうなのは間違いないのだ。

 そのため、あまり女の子の方も無碍にできていなかった。

 

 

 ……だけれども、そのセリフ的はどう考えてもミスチョイスだ。

 どうしてそんなセリフを選んでしまったのか。

 

 そのセリフだけ聞くと、何だか軽い奴みたいで敬遠されるだろうに。

 やれやれと肩を竦めつつ、犬も食わないだろうから、私はその場を離れようとした。

 

 

「そこまでです!それ以上の狼藉は許しませんよ!」

 

 

 だけれども、そんな大声が聞こえたせいで足を止めてしまった。

 何事と思って振り向くと、そこにはさっきのナンパ屋に立ちふさがる少女の姿があった。

 

 

「な、何だよ、お前」

 

 

 男の方は引いたように、腰が引けた状態で動揺が見て取れる。

 それだけ、行き成りの事だったのだろう。

 

 一方、助けに入られた少女の方もポカンとしている。

 確かに私も事態に少しついて行けてない。

 

 

「あどけない少女を拐かすその所業。

 もし見捨てるようなら、それも悪です!」

 

 

 何やら、私も悪らしい。

 何事かと見ていた人達も、目を逸らしつつこの場から離れていく。

 そして私は、それを呆れたように見ているしかなかった。

 

 

「このまま去るか、正義の執行をその身に受けるか、好きな方を選びなさい!」

 

 

 これ以上ないほどの決まり顔で、少女は言い放つ。

 それは余りにも馬鹿らしかったが、何故かその少女が言うとそれ程の違和感を覚えなかった。

 

 

「ち、畜生!何時も俺はそうだよ!!」

 

 

 ウワーンなどと、今時滅多に聞かないような叫び声を上げつつ、男は走り去っていく。

 可哀想なのだろうが、余りのシュールさに特に同情を覚えられなかった。

 そして、それを見届けた少女は一言、こう言った。

 

 

「正義はなされました!」

 

 

 ……どちらにしろ、正義は執行されてしまうようだった。

 そして、それをやや忘失気味に眺めていた、ナンパされた少女が正気を取り戻したらしい。

 慌ててお礼を言い、急ぎ足でこの場を去っていた。

 

 

「ふぅ、良い事をした後は気持ちが清らかになりますね」

 

 

 汗を拭う仕草をしつつ、ドヤ顔でいる少女。

 あまりにあんまりとも言えた。

 

 

「物事をちゃんと見てから行動なさい」

 

 

 だから思わずツッコミを入れざるを得なかったのは、仕方なかっただろう。

 

 

 

「ムム?誰ですか?」

 

 

 声のした方角、つまり私のいる位置に少女が振り返る。

 振り向いた彼女は、緑色の髪が特徴の整った容姿をした女の子だった。

 紺色のブラウスに白色のスカートと、着ている服は大人びたものだが、表情はまだ少女のものだ。

 

 恐らくは中学生か、高校生であろう容貌である。

 この少女が、正義はなされた!などと喝采していたのだ。

 何だか良く分からないが、それ故に私の頭は頭痛に苛まれることになった。

 

 

「外国人さんですか!

 はろ~?あーゆーへるぷみー?」

 

 

「日本語を喋っているのに気付きなさい」

 

 

 こめかみに手を当てて、解しつつ私は答える。

 もしかして、この少女は頭で考える前に、口が勝手に動いているのかもしれない。

 そんな可笑しな憶測まで、私の脳裏によぎる。

 

 

「あ、そうでしたね。

 どうも初めまして。

 私、東風谷早苗と申します。あなたの名前は何でしょうか?」

 

 

 何事も無かったかのように話を進めようとする彼女に、最早諦めを覚えつつ、私も自分の名を告げる。

 

 

「アリス、アリス・マーガトロイドよ。

 ここには寄り道しに来てるわ」

 

 

「アリスさんですかぁ。どうぞよろしくお願いしますね!

 私のことは早苗とお呼びください!」

 

 

 矢鱈とグイグイ来る娘だ。

 極度に人懐っこいのかもしれない。

 

 日本人としては珍しい種類の子だろう。

 むろん、凜や間桐君などの変人を除く、だけれど。

 

 

「私のことはアリスと呼びなさい、早苗」

 

 

「はい!アリスさん!」

 

 

 元気の良い答えに、大きな疲労感と、少しの親しみを覚える。

 が、早苗は私の内心など気にしてないのだろう。

 勢いに任せて、私に踏み込んでくる。

 

 

「それで、アリスさん。

 寄り道とはこれいかに?」

 

 

 自身の興味のあることを、ズバリと踏み込んで聞いてくる。

 既に私の話を聞けという忠告は、忘却の彼方にあるに違いない。

 

 

「すごく綺麗な湖を電車から見つけてね。

 それがあまりにも綺麗だったから、ついじっくりと見たくなったのよ」

 

 

 少しぐったりしつつ答える。

 まあ、早く解放されたいし、サッサと答える。

 

 

「……もしかしてそれって、この道を暫く行った先にある湖ですか!」

 

 

 どうやら彼女は湖を知っていたらしい。

 しっぽでも付いていれば、ぶん回してそうな勢いで私に聞いてくる。

 

 

「えぇ、そうよ。

 もしかして、道案内とかして頂けるのかしら?」

 

 

 少し嫌な予感がしたので、一応聞いておく。

 彼女は案の定、引く勢いで首肯しつつ、すっごい笑顔でこう言った。

 

 

「その湖、私の実家が管理しているんです。

 私の池みたいなものです。

 道案内だけと言わず、是非お持て成しもさせて下さい!」

 

 

 嫌な予感は見事に的中。

 それよりも、あれほど綺麗なものに私の池とは……、

 

 

「そうね、よろしくお願いするわ」

 

 

 だけれども、多少煩くなるとは言え、私にもメリットが存在するのは事実。

 効率的にあの湖に行けるだろう。

 非効率の街巡りも嫌いではないが、それでも肝心の湖を見る時間が無くなるのは本末転倒であろうから。

 

 

「はい、よろしく頼まれました!」

 

 

 だから私は、騒がしきお人よしの申し出を受けることにしたのだった。

 

 

 

 

 

「アリスさんはルーマニアから留学しに来たんですか」

 

 

 道中会話しながら、私たちは湖に向かっている。

 早苗は、すごいですねぇ、などと言いつつ私の言葉にうなずいていた。

 色々とオーバーなリアクションが目立つ娘だが、それ故に本当に感心してくれているのだと分かり、少し面映ゆくなる。

 

 

「ルーマニアって確か、吸血鬼が跋扈する暗黒の国でしたよね。

 も、もしかして、あっアリスさんも吸血鬼だったりしますか?」

 

 

「失礼極まりないわね」

 

 

 私にもルーマニアにも。

 死徒となんかと一緒にしないでほしい。

 精々、ブクレシュティには魔術師が巣食っているだけだ。

 

 ……今更なのだが、この娘は喧嘩を高値で売る才能があるのかもしれない。

 

 

「流石にそんな事は無いですよね、あはは」

 

 

 そう言いつつも、腰が引けている。

 物凄く正直に態度に出ている、まったく。

 

 

「違うに決まっているでしょう!

 私の国に勝手に魑魅魍魎を蔓延らせないで」

 

 

 そういうと、露骨に安堵したようにホッと溜息を吐く。

 本当に分かりやすい。

 

 

「でも私は、もしかしたら悪い魔女なのかもね」

 

 

 だから、意趣返しに少し脅かすことにした。

 そう言って、私は人の悪そうな笑みを浮かべると、早苗は顔を引き攣らせて3歩ほど後退する。

 

 

「ふふ、早苗?

 どうしたのかしら」

 

 

 後退に合わせるように、私が早苗に近づくと彼女はポケットから、何か棒のような物を取り出した。

 そして必死の形相で何か言葉を紡ぐ。

 

 

「汝、魔より這い寄りし者

 木の相克の元に命じる

 土に還りたまえ」

 

 

 早苗は何を言っているのだろう?

 もしかして何かを拗らせたのだろうか?

 私の疑問を他所に、早苗はソレを謳い上げていく。

 

 

「祓い給え!清め給え!」

 

 

 早苗は私にひらひらの紙が付いた棒を、私に突きつける。

 それを可哀想な目で見ていた私だったが、何だか急に違和感を覚えた。

 何かが壁をドンドンと叩いている気がして、背中に冷や汗が流れて止まらない。

 

 ただ、それだけ。

 だけれど、それがとても薄気味悪く感じた。

 もしかして、早苗に少し当てられてしまったのだろうか?

 

 誤魔化すようにジトッとした目で、早苗を睨む。

 そして早苗はアレ?と疑問符が頭に飛び交っているように見える。

 

 

「何を本気にしているのよ」

 

 

 少し威圧するように言ってしまったことに嫌悪しつつも、努めて呆れた風な表情を作り出すことにした。

 そうすると、早苗は頬を膨らませて、明らかに、私怒ってますと言わんばかりの表情をしていた。

 

 

「アリスさん、酷いです。

 私本気にしてしまいました」

 

 

「じゃあ、あなたは私を本気で土に返そうとしたのね」

 

 

 そう、早苗はプイッと顔を背けて、トコトコと先を歩き始めた。

 

 

「アリスさんは揚げ足取りです」

 

 

「拗ねないの」

 

 

「拗ねてなんていません!」

 

 

 その態度こそが拗ねてしまっている左証なのだが、言うと更に拗れそうなので胸に閉まっておく。

 だから代わりの物を用意する。

 

 

「早苗、こっちを向いてくれないかしら」

 

 

 そう言うと、ピタッと早苗の足が止まる。

 そして多少ぎこちないながらも、振り向いてくれる。

 まだ表情はむくれているが、キチンと用は聞いてくれるつもりらしい。

 

 良い子ね。

 そう内心で呟き、早苗の唇にブツを突っ込む。

 

 

「ん、むぅ!?」

 

 

 早苗は驚いたのか、口の中に入ったものをフゴフゴと言わしていた。

 だが、それが何であるか悟ったらしい。

 

 

「飴玉、ですね」

 

 

「おいしいかしら?」

 

 

 ちょっと間をおいて、頷く。

 そして早苗は、私の隣へ並ぶように、自然に後退してきた。

 どうやら許されたらしい。

 

 安心して、駄菓子屋で買ったドロップ(定価250円)に感謝を捧げておいた。

 この安っぽい味が、落ち着けて良いと凛が言っていたが、確かにその通りだと思う。

 因みにだが、このドロップは凛の口に突っ込む様の物でもある。

 

 

「アリスさん」

 

 

「何?早苗」

 

 

 ボーとしていて、特に何も喋っていなかった早苗が、私に語りかけてくる。

 顔は少し赤く、私の顔をじっと見つめている。

 そして唇を確かめるように、触っていた。

 

 

「……私、人に初めて唇を触られました」

 

 

「はい?」

 

 

 何を言ってるのだろうか、この娘は。

 

 

「だから!初めて他の人に唇を触られたって言ったんです!」

 

 

 再び大声で、私に繰り返す早苗。

 無論周りにも響き、周りの通行人達に凝視される。

 ……また、頭が痛くなってきた。

 

 

「女の子同士だからノーカンよ」

 

 

 むしろ、責任を取れと言われたら、非常に困る。

 

 

「女の子同士はノーカン……」

 

 

 初めて知ったことを、噛み砕くように早苗が口に出す。

 何か悪いことを仕込んでいる気がして、罪悪感が私の中で芽生える。

 だからそれに対応できなかったのだろう。

 

 

「えい!」

 

 

 早苗は人差し指を、思いっきり突き出す。

 そしてそれは、私の唇を確かに捉えたのだ。

 

 

「これもノーカン!ですね」

 

 

 お返しと言わんばかりの所業である。

 そして気分はルンルンといった感じで、ステップ気味に私の手を掴み前進し始める早苗。

 必然的に私は引っ張られる形となった。

 

 

「もうすぐ、湖ですよ」

 

 

 楽しそうに、そういう早苗に今度は私が無言で首肯する。

 

 ……唇のやつ、やられる方は驚きで動悸が早くなる。

 何時もやる側だったので、初めて知った。

 

 全くもって心臓に悪い。

 変に動悸が早くなったのを、息を速めに何度もして、落ち着かせる。

 

 もしかして変な遊び、覚えさせてしまったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着です!」

 

 

 あれから、すっかり元の雰囲気に戻って(私もそうなるよう振舞った)早苗に誘導されるままに、目標の場所に到着してしまった。

 近道やら、裏道やらを駆使しての最短距離での道を通ったらしい。

 すごく自慢げな顔で、早苗がそう告げていた。

 

 できれば、私としては分かり易い大通りなどの道から、ここまで来て欲しかった。

 妥協したとはいえ、建物なども少しは見て回りたかったし、帰る時に道順を思い出すのが、非常に面倒に感じるからだ。

 

 だけれども、それを言うとまた早苗が顔を曇らせてしまうんじゃないか。

 そう思うと、つい胸に自身の意見を秘めたままにしておいてしまう。

 

 凛なら容赦なく言ってやったのだろうが、早苗はあってまだ1時間程度なのだ。

 多少は、私と言えども気を使ってしまう。

 めんどくさかっただけとも言えようが。

 

 

 

「ここが、そうなのね」

 

 

 そこは矢張り車窓から見た景色と同様に、幻想的とも言える美しさを保った湖が存在していた。

 陽の光で水面が一面輝いて見えて、湖の水は透き通っていて、よく中を見渡せる。

 妖精が住んでいると、思ってしまったのも、あながち間違いではないと思えてしまう。

 

 

「素晴らしいわ」

 

 

 それに、だ。

 私がそう漏らしてしまう理由は、美しさの他にも存在した。

 この湖、強力な神秘を感じさせているのだ。

 

 神秘、それは魔術を使う上でとても重要なファクターだ。

 幻想とも置き換えられるそれは、薄れていくにつれて、魔術の効力も落ちていくのだから。

 

 現代の一般人に知られる毎に、その神秘は薄れていく。

 人々に知られていないものだからこそ、神秘は絶大な力を秘めているのだ。

 

 

 だからこそ、この様な神秘に満ちた自然が、こんな街中に残っているのは驚愕に値することであったのだ。

 

 このように美しい場所、通常は他の一般人にも知られているはずであろうから。

 それに不自然さを感じさせながらも、その美しく同時に不気味な湖は、ただそこに存在するだけであった。

 

 

「アリスさんもやっぱり、そう思いますよね!!」

 

 

 私の内心など知る術のない早苗は、目を輝かせながら私にそう言う。

 そして私の手を握って、上下に何度も振るのだ。

 

 

「他の皆さんにそう言っても、身内びいきと言われてしまうんです。

 よかった、ちゃんと分かってくれる人がいて」

 

 

 本当に感動したと言わんばかりの喜びよう。

 自信と意見や感覚を共有してしてくれる人がいるのは、人にとって救いになる。

 つまり早苗にとって、私は同士でもあり、同じ視線の人間だということなのだろう。

 

 意味もなく、反発したくなるのは何故なのだろう……。

 

 

「そう、これだけ綺麗なのにね」

 

 

 だがこの綺麗さの前では、個人の人格の違いなどは瑣末なものに過ぎないのだろう。

 それを分からないとは、地元の人間は当たり前にあるから、大したものではないと思ってしまているのだろうか?

 勿体無いことだ。

 

 

「ですよね」

 

 

 あれだけ騒がしかった早苗にしては意外なことに、この風景を静かに眺める風情はあったようである。

 互いに静かに時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

 ずっと見入っていた。

 時間しては少ししか経っていないのかもしれないが、それでもこの雄大な湖はずっとそれを眺めていたかのような錯覚を私に与えていた。

 

 

「あっ」

 

 

 私か早苗か、それとも両方が発したものだっただろうか。

 強い風が吹き、水面に写っていた太陽や木々などが揺らいで見えなくなってしまったのだ。

 

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 

「そうね」

 

 

 それが合図になったのだろう。

 私と早苗はこの素敵で素晴らしい自然を十分に目に焼き付け、踵を返した。

 ……早苗に引っ張られる形になって。

 

 

「あ、すみません」

 

 

 少し照れたように顔を赤くしている早苗。

 私の手を握った時に、ずっと繋いだままになっていた手。

 それに今、気付いたのだ。

 

 

「別に良いわ、このくらい」

 

 

 別段不快なわけでもないわけだし。

 そう言うと、早苗は嬉しそうに手を繋いだまま歩き出す。

 どうやら、今の言葉が手を繋いだまま歩いて良いとの了承と取られたらしい。

 

 嫌でもないのだけれど、この歳でずっと手を繋いだまま歩くというのは、気恥ずかしいものがある。

 だからつい、繋いだままの手をじっと見てしまって。

 それを早苗がキョトンとした目で見つめて、更に私が恥ずかしくなってしまう。

 

 思わず悪態をついてしまいそうになる。

 だけれども。

 

 繋がったままになった手は。

 少し汗ばんでいたけれど。

 それでもその暖かさが心地よく感じた。

 

 だから、何も言わずに繋いだままにしておくことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その頃の間桐くん』

 

 

 

 

「オイッ!?衛宮!!お前自殺する気か!!」

 

 

「な、何だよ慎二。

 急に怒鳴ったりなんかして」

 

 

 何時ぞやの締約通りに、僕は衛宮の家に魔術を教えに来ていた。

 咽び泣いて感謝すればいいと思うぞ、衛宮。

 

 だけれども、聞いてみれば使える魔術は強化だけという有様。

 もし僕が魔術を使える人間だったら、絶対衛宮よりは魔術師としての実力はあったね。

 

 そして、仕方ないからそれを見せてみろといえば、魔術回路を一から精製し始める始末。

 もうね、馬鹿としか言い様がなかったよ。

 馬鹿の極み、馬鹿は一回死ななきゃ治らないってマジなのかな?

 

 

「魔術回路はなぁ!一回作ればそれを使いまわせるんだっ!

 それを何回も何回も作り直すなんて、正気じゃないんだよ!!」

 

 

 僕が思わず怒りを露わにしていると、衛宮は阿呆面を晒しながらこんな事を囀った。

 

 

「魔術って死を容認してこそ、見えてくるもんがあるんじゃないのか?」

 

 

「常時死にかけてたら、元も子もないでしょうがっ!?」

 

 

 もうこの時点で正気の沙汰じゃない。

 僕はありもしない、頭の幻痛に襲われそうな気がする程に、動揺していた。

 ……衛宮の頭の悪さに、である。

 

 

「こんな訓練を何時もしていたのか?衛宮」

 

 

「こんな訓練って、魔術師だった親父から教えられた方法だぞ。

 毎日していたけど、それが何だって言うんだよ」

 

 

 ……こいつはよく今まで死ななかったと、ある種の感心さえ覚えた。

 人は一種の現実逃避とも言うかもしれないが。

 

 

「子供にこんな訓練法を教えるなんて、お前の親はロクデナシだよ。

 更に言うと、間抜けでもある」

 

 

 だけれども、それでも何とか気を持ち直して、馬鹿に理を説いておく。

 大概の場合、魔術師の親なんていうものはロクデナシだ。

 外道なのだから仕方がないことだろう。

 だが、だからこそ、その行動には何らかの意味があるのだ。

 こんな意味もない、自分を傷つけるような行為だけを強いることは絶対にない。

 

 

「親父はロクデナシでもないし、間抜けでも……多分ない。

 整理整頓ができなかったり、家事が全くできなかったり、胡散臭かったりするけど、それでも胸を張ることができるような親だったよ」

 

 

 僕の言いように何か気に障ったのか、食って掛かってくる衛宮。

 何だか、生意気だ。

 

 貶しているように見えて、その実は全幅の信頼を置いている。

 それが解る分だけ、たちが悪く見えてくる。

 

 

「だけれどもだ、その訓練法が間違えているのは事実だし。

 お前が何時も死にかけていたのも事実だ。

 それは分かるよなぁ、衛宮」

 

 

 僕がそう言うと、衛宮は憮然としたまま何も喋らなくなる。

 

 勝った!

 イライラさせられていた分だけ、爽快感がある。

 フンッ、と一つ鼻を鳴らし、衛宮に続きを聞かせてやる。

 

 

「僕は何も貶しているだけじゃない。

 ちゃんと正しい訓練法も教えてやる。

 だからちゃんと言うことを聞けよ、言った通りにしろよ。

 絶対だぞ!」

 

 

 僕がそう言うと、無言で頷く衛宮。

 それに満足しつつ、僕は立ち上がった。

 

 

「どうしたんだ、慎二?」

 

 

 衛宮が何事かと、僕に尋ねる。

 だから言ってやった。

 

 

「お前があんまりにもポンコツだから、家に道具を取りに行かなきゃいけないのさ。

 おとなしく、労いの茶でも用意して待っておけよな」

 

 

「分かった。

 っていうか、子供じゃあるまいし、一々そんなこと言われなくてもだなぁ」

 

 

 衛宮が何やら騒ぎ立てている。

 面倒なやつだ、全く。

 

 

「分かっているなら良いさ。

 じゃあ、一旦家に戻るからな」

 

 

 だが僕は寛大な心でそれを許し、さっさと玄関に向かう。

 世話の焼ける奴だよ、衛宮は。

 

 

「あ、ちょっと待て」

 

 

「……何だよ」

 

 

 いくら寛大で温厚な僕でも、二度手間を取らされるのは好きじゃない。

 言いたいことは一括して言えばいいものを。

 

 

「手伝いはいるか?」

 

 

 荷物、運ぶんだろう?

 そう衛宮が言っている。

 

 む、確かに色々と持ってくるつもりではある。

 衛宮の為に働かされるのも業腹である。

 しかし、だ。

 

 

「いや、良い。

 僕だけでも持ってこれる量だからね。

 非力に扱ってもらっちゃ、困るよ」

 

 

 衛宮をあの爺いに会わせることだけは避けたい。

 何を吹き込まれるか、分かったもんじゃないからな。

 

 

「そうか、じゃあ悪いけど頼むな」

 

 

「ふん、精々期待して待っておけよ」

 

 

 そう言って、僕は今度こそ衛宮の家を出て行く。

 さて、何が必要だったかな。

 そんなことを考えながら、僕は間桐の家に向かう。

 

 

 

 

 

「うん、これで全部揃ったね」

 

 

 間桐の家。

 その奥のほうの倉庫に、埃をかぶっていた機材などが整頓されていた。

 そこから、必要なものを取り出したのだ。

 属性を判断する天秤やら、開いた魔術回路のスイッチを固定する丸薬などである。

 

 

「さてと、戻らなくちゃね。

 おっと、その前に」

 

 

 どうせ衛宮の家には、大した茶菓子が置いてあるわけがないんだ。

 折角だし、僕が持っていってやろう。

 むせび泣きながら、食べるといいさ。

 

 

 というわけで台所へ行ったのだが……。

 

 

「……お爺さま、何を食べておられるのでしょうか?」

 

 

「ほぅ、今日はマトモな口をきいている様じゃな」

 

 

 ククっと、何時もながら不気味な笑いを浮かべて爺いが食べていたのは、僕が衛宮に食わせてやろうと思っていた、僕が買ってきたどら焼きだった。

 

 

「ほれ、主らも食むが良い」

 

 

 そう言って、どら焼きを床に落とすと、どこからともなく蟲が何匹か現れて、どら焼きを蚕食して行く。

 僕はそれを眺めることしかできなかった。

 

 

「どうやら慎二、お前のどら焼きだったようだな。気付かなんだわ」

 

 

 スマンのぅ、とどこか小馬鹿にしたように呵呵と笑っている爺い。

 クソッ!腹立たしいが手出しが出来ないぞ。

 

 

「謝罪変わりにこれをくれてやろう」

 

 

 そう言って、爺は何やら丸薬のような、黒い球体を僕に投げてきた。

 それをキャッチすると、何やら妙な臭いがする物体であった。

 

 

「それは妙薬でのぅ」

 

 

 聞いてもいないのに、爺いが語りだす。

 

 

「それを体に取り込むと、腑に膜が形成されてな。

 毒を受け付けなくする優れものじゃ」

 

 

 ほぅ、と少々の感心を覚える。

 伊達に長生きはしていないらしい。

 毎日、健康グッズの番組を見たりしている位に、健康に気を使っているだけはある。

 

 

「フンコロガシの糞を煎じて作ったものでのぅ」

 

 

「死ねっ!?」

 

 

 反射的に糞から出来た薬を投げつける。

 どおりで妙な臭いがすると思ったよ!?

 

 

「ファファファ」

 

 

 だがそれは爺いに届く前に、周辺の蟲どもに阻まれて届かなかった。

 

 

「で、終わりかぇ、慎二」

 

 

 思わずハッとする。

 自分の対応の悪さを殴りつけたくなる。

 ここは我慢して、糞を口に含んで入れば良かったのかも知れない。

 

 

 だが、それも既に手遅れだ。

 早くこの屋敷を脱出しないと。

 

 

「申し訳ありませんでしたーーーーー!!」

 

 

 そう叫びながら、全力で玄関を目指す。

 僕はこんなところで死にたくない。

 早く逃げないと!

 

 

 

 

「呵呵、相変わらず愚かな孫よ」

 

 

 臓硯以外、誰もいなくなった台所で、彼はそう愉快そうに笑う。

 無論、どら焼きは臓硯と蟲の腹の中に収まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ、くっそ!

 ふざけやがって、僕が魔術師なら2秒で殺してやるところなのに」

 

 

 怒りに打ち震えながらの敗走。

 決して逃亡でないのがミソだ。

 

 

「全く、衛宮への土産まで食いやがって。

 やっぱりあの爺いは、どこまでいってもクソだわ」

 

 

 怒りに打ち震えながら、僕は衛宮の家に帰宅する。

 許さない、この恨みはいつか晴らす……衛宮が。

 

 

「おい、帰ったぞ」

 

 

 僕がそう言うと、買い物に出ていた桜が帰ってきてたのか、とてとて歩いて出てきた。

 

 

「お帰りなさい、兄さん。

 ……どうしたんですか?」

 

 

 僕が不機嫌そうにしていたのが、見抜かれたらしい。

 それに更に苛立ちながら、乱暴に靴を脱ぐ。

 

 

「何でもない!

 それよりも、魔術の鍛錬の続きをする。

 お前も同席しろ」

 

 

 それだけ言って、僕はとっとと廊下を抜けようとする、が。

 

 

「ちょっと待てよ、慎二」

 

 

 そう言って、衛宮が今から顔をひょっこりと出したのだ。

 

 

「何だよ、衛宮。

 悪いけどさぁ、僕は今、少しイラついているんだ」

 

 

 僕がそう言うと、衛宮はヤレヤレみたいな態度を取る。

 何だよ、それは……。

 

 元々は衛宮の為に、こんな目にあったんだぞ。

 なのにその態度はないだろう!!

 

 

「オイ!!」

 

 

「なぁ、慎二。

 焼き芋があるんだけど、皆で食べないか?」

 

 

 唐突に、衛宮がおかしな事を言う。

 何を言ってるんだ、コイツは?

 

 

「桜が買ってきてくれたんだ。

 1つしかなかったけど、3人で分ければいいし」

 

 

 コイツは何を阿呆なことを抜かしているのだろうか。

 思わず脱力してしまう。

 

 

「どうしますか、兄さん?」

 

 

 桜が上目遣いで僕に問いかける。

 その目は怯えと……期待があった。

 

 少し前の僕に怯えていて、そして今の僕には何かを望んでいる。

 恐らくは、昔のように、ということだけだろう。

 

 

「フン、どこまで行っても、お前らは貧乏臭いな」

 

 

 そう言って、今にドカっと座り込む。

 

 

「ほら、さっさとお茶と一緒に用意しろよ」

 

 

 そう言うと、衛宮は呆れたように。

 桜は、顔を嬉しそうに綻ばせた。

 

 

「全く。

 それが味とは言え、もう少し素直に言えばいいのに」

 

 

「兄さんらしくて良いじゃないですか、先輩」

 

 

「お前ら、好き勝手に言うな。うるさいぞ」

 

 

 こいつらは、一人では僕に何も言わない癖に、二人になった途端に煩くなる。

 本当に鬱陶しい。

 

 

「ほら、茶と焼き芋だ」

 

 

 ちゃんと噛めよ、何てトボけたことを衛宮はほざく。

 そして、それを聞いた桜が陰険なことに、口元を押さえて笑うのだ。

 こいつら……。

 

 そんな雰囲気の中で食べた焼き芋は、やっぱり田舎な雑さを感じさせて。

 二人の煩わしさや、うるさい喧騒を感じさせて。

 

 その面倒くさい暖かさの中で、僕は安堵や平穏を感じることができるのだった。




早苗さんとイチャイチャできて、幸せでした(白目)

書き終えて、ふぅ、ん?
これでは単なる現代入りの東方じゃないか!(愕然)

だったので、慌てて『その頃の間桐くん』を追加しました。
これでfate分は保管です。

ぶっちゃけ、『その頃の間桐くん』を書いてる間が一番楽しかったです。
もしかして、タイガーころしあむの世界線で書いてた方が、僕的には一番幸せだった?

初の分割、次は守矢神社編です。
ご両神、上手く書いてあげれると良いのですが……。
あれ?この小説の趣旨ってなんだったけ?
早くfate本編に戻らなくちゃ(使命感)


どうも今回も最後まで読んでいただき、ありがとう御座いました!

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