冬木の街の人形師   作:ペンギン3

58 / 58
皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

……去年一回しか更新してないとか、うせやろ?(震え声)


第47話 複雑模様な心の雲は

 カランコロンと音がする。

 お客様をお出迎えする、ドアベルの甲高い音。

 いらっしゃいませと、小さな、けれども彼女にとっては精一杯の声が聞こえる。

 来店したお客も、少しはそれに慣れたのか、ハイハイと気にすることなく椅子へと座って。

 注文されたお酒や料理を、間違いなく運んでいくのを見て、少しホッとする。

 

「なぁ、マーガトロイド」

 

「何かしら、衛宮くん」

 

 働く彼女、メディアに視線を向けていた私に、赤毛のバイト戦士が声を掛けてきた。

 勤務中のため、黒色のエプロンを身に纏っている彼は、何とも言えない顔をしていた。

 

「わざわざ来て見守ってるなら、助けてやっても良いんじゃないか?」

 

「別に、助けようと思って来たわけじゃないの。

 ちょっと、気になってるだけよ。

 それに、終わったら一緒に帰るもの」

 

「来てる時点で、ちょっとじゃないけどな。

 これ、注文の肉豆腐」

 

「ありがとう、貴方も同じ境遇になったらきっと世話焼きになるわよ。

 だって衛宮くんだもの」

 

「流石にお前ほどじゃないと思うけどな」

 

 そんな事を言っている衛宮くんだけれど、メディアが困った事にならない内に全部手を回してくれている。

 一家に一台、衛宮士郎とは学園での彼の風評だったか。

 そんな彼の行動故に、言葉に全く説得力が感じられなかった。

 本当に、ありがたい限りである。

 

「そうか、やり口が慎二と一緒なんだ」

 

「は?」

 

 余計な事を言いだした衛宮くんに視線をやると、そそくさと流れる様にその場を去っていった。

 間桐くんの事は嫌いではないが、同類にカテゴライズされると何故だか拒否反応が出るのは、日頃の行いというものだろう。

 衛宮くんも、時々トンチキになるから困る。

 本人は至って真面目に言っているのが、何とも衛宮くんらしい天然さなのだが。

 酷い話ね、と届けられた肉豆腐をモグモグ食べながら、脳内で楽しげに笑っている間桐くんを張り倒す。

 彼に罪はないが、間桐慎二という存在そのものが愉快すぎていけないのだ。

 

 それは兎も角、と私はまたチラリと視線を向けた。

 視線の先には勿論メディア……と衛宮くんの姿。

 やっぱり、衛宮くんという生き物は、困った顔を見過ごせないらしい。

 ただ……、

 

「ありがとうございます、衛宮さん」

 

「これくらい大したことじゃない。

 それより、皿洗いを片してくれてて助かった。

 メディア(・・・・)も、大分慣れてきたな」

 

「はい、お陰様で」

 

 ……なんか、距離感がおかしいと思うのは、気のせいなのだろうか?

 あの人間不信気味のメディアが、薄くではあるけれど衛宮くんに笑いかけているのだ。

 正直、何があったのか、400字詰めの原稿10枚ほどの提出を求めたいレベルの話である。

 それに、私との区別を付けるためとはいえ、衛宮くんはメディアの事を名前呼びしている。

 そのお陰で、何だか二人が妙に近く感じるのだ。

 

 桜がこの光景を見たら、どんな顔をするだろう。

 膨れている様な顔か、なんだか怖い笑顔を浮かべるのか、一周回って無表情か。

 どちらにしろ、面白くはないだろう。

 ただ、この状況は、桜も把握しているところの話で。

 メディアが私の、マーガトロイドの家の娘という宣言を聞いて、少し見守る姿勢を取っているのだとか。

 尤も、一度メディアが衛宮さんと気負わずに呼びかけたのを聞いて、無言で私に微笑みかけてくるのはやめて欲しい。

 私としても、理由が知りたいところではあるのだから。

 

 衛宮くんは、メディアと接する時も至って自然体。

 桜からメディアの事情、彼女がサーヴァントである事はきっちりと聞いているはずなのに、普通の人と接する様な態度の衛宮くんは、神経が鋼か何かでできてるのだろうか?

 それとも、サーヴァントという概念を、良く理解できていないのか。

 ……なんて事を考えるのは、愚問なのだろう。

 大抵の事は、だって衛宮くん(お人好し)なのだから、で片付いてしまう。

 本当に彼は魔術師なのだろうか、時折疑ってしまうのは9割方衛宮くんに責任があるだろう。

 

 ……まぁ、それにしても、限度というものがあるのだけれど。

 ふぅ、と溜息をついたのは、メディアと衛宮くんの事を考えてか、それとも彼のお人よしさ加減に頭が痛くなったからか。

 おそらくは両方なのだけれど、だからといって衛宮くんにあたるのは、八つ当たりが過ぎるというものだろう。

 

 ただ、少しお話をする必要があるかもしれないとは思った。

 これも、それも、あれも。

 思っていたよりも、衛宮士郎という人間は、私の人間関係の中では複雑な蜘蛛の巣に絡めとられているのかもしれない。

 聞きたいことも色々あるもの、と今後の予定を考えて。

 そっと、私は手紙をしたためる事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 とある日の朝、下駄箱での事だった。

 朝登校して、上靴を履こうとした時。

 下駄箱から、一枚の封筒がフラッとこぼれた。

 蝋で口を閉じられたそれは、どこか時代錯誤な上品さを漂わせていて。

 

「なんだ、これ」

 

 いぶかしげながら拾って開封すると、そこにはこんな文字列が。

 

 ”放課後、衛宮くんに大事なお話があります。屋上でお待ちしています。”

 

 それだけの、素っ気ない文面。

 文面は丁寧だが、その実のない内容は手紙として落第点だろう。

 だから、これは……。

 

「果たし状、か?」

 

 微妙な丁寧さ、必要最低限さ、古臭さがそれっぽかった。

 少なくとも、これに他のニュアンスを見出すことが出来ない。

 心当たりは全くないが、手紙に衛宮くんと指定されてまでいるのだ。

 無視するのは悪いだろう、そう考えて手紙を鞄にしまう。

 

「藤ねえ……だったら、もうちょっと凝るよな」

 

 悩みつつも、答えは出ずに。

 そのまま教室へと向かったのだった。

 

 

 一方その頃、放課後に話ついでに偶には自分の茶でも振舞うか、と魔法瓶に紅茶を注いでる女子がいたらしい。

 ついでに、クッキーも焼いたとかなんとか。

 

 

 

 昼休み、何時もと同じく生徒会室に向かおうとすると、慎二が声を掛けてきた。

 時折ある事で、何時もの気紛れみたいなものだろう。

 

「衛宮、外で食おうぜ。

 特別に奢ってやるからさ」

 

 機嫌よさげな慎二だが、奢るとまで口にするのは珍しい。

 多分、何か頼みごとがあるのだろう。

 だったら、別に気にしなくて良いと口を開く。

 

「何か頼み事か?

 言ってくれたら手伝うぞ」

 

 そう尋ねると、慎二は、はぁ? と露骨に表情を変えて、少し不機嫌そうな顔になった。

 どちらかといえば、こちらの方が何時もの感じに近いが、どうやら機嫌を損ねたらしい。

 

「悪い、慎二」

 

 慎二はどれが正解か分からない複雑さがあって、正解はどれかが難しい。

 だからこういう時は、素直に謝るのが一番だと頭を下げたのだけれど……。

 

「何が悪いか分かってないよね、衛宮は。

 馬鹿だからさ」

 

 吐き捨てる様に言って、その場を後にする。

 最近は慎二をムカつかせる事が多く、それについては本当に悪いと思ってるのだが、それが余計にイラっとさせるらしい。

 大人しくその場を退散し、そのまま生徒会室に向かう。

 

「衛宮、待っていたぞ」

 

 生徒会室の扉を開けると、嬉々とした表情を浮かべる一成の姿が。

 その視線は、俺というより、持ってきたタッパーの方に目が行ってるのだが。

 

「茶は用意できている、席に座れ衛宮。

 ……して、浅ましくて憚られるのだが、持ってきているか、衛宮よ」

 

「あぁ、今日は唐揚げを持ってきた」

 

「おぉ!」

 

 子供みたいに顔を輝かせている一成は、毎日が精進料理みたいな殆ど緑一色の弁当に参ってるらしく、こうしておかず、主に肉を持ってくると、びっくりするくらいに喜ぶ。

 ただ一成は、食べ終わった後に、申し訳なさそうな顔をする事がある。

 

「すまんな、衛宮。

 こうして上手い手料理を振舞ってもらっても、中々返せるものが見当たらん」

 

「だからさ、一成。

 こういう時は、ご馳走様、美味しかったって言ってもらえるのが一番なんだ」

 

「菩薩にでもなるつもりか、衛宮。

 少しは見返りを求めてもよかろう」

 

 そうさな、と一成は少し考え、そういえば、と鞄から何かのチケットを二枚取り出した。

 それは、最近話題の映画のチケットで、流行り物に興味がない一成が持ってるというのは少し不思議なものだ。

 

「商店街の福引で当たったものだ。

 確か、仲の良い婦女子が居ただろう。

 一緒に行ってくると良い」

 

「いや、桜はそういうのじゃなくて、家族だからさ」

 

「古典的だがな、衛宮。

 誰も間桐の妹だとは言っていない」

 

 本心を告げたつもりでも、一成は微塵もそう受け取ってくれない。

 むしろ、生暖かい目をされるのだから、始末に困るとはこういう事か。

 はぁ、と溜息を吐くが、誤解は解きようもないので諦めるしかない。

 大人しく食べ、素直にご馳走様をして立ち上がった。

 

「ん? 衛宮、もう行くのか」

 

「あぁ、桜が藤ねえにさ、弓道部に来ないかって誘われてるらしくて。

 昼に見学に行くらしくて」

 

「そういう事か、それならばここに寄らずさっさと行ってやれば良いものを」

 

 

 早くいけ、と今度は逆に追い出す様にする一成に、また後でと告げて生徒会室を後にする。

 一成らしい気の使い方に感謝しつつ、道場を目指していた道中――

 

 

「ふぅん、柳洞と食ってたんだ」

 

「慎二か」

 

「ふん、来いよ、衛宮」

 

 急に現れた慎二に、少し面喰いながら立ち止まる。

 さっきと同じ様に不機嫌そうな顔だが、今は怒ってるというほどでもないらしい。

 だけれど、見逃してくれる気もないらしく、そのまま隅の階段まで引っ張られる。

 そこで、慎二は壁に手をつき、覗き込むような眼で話しかけてくる。

 

「あのさ、衛宮。

 別にどうこう言うつもりはないけど、僕はね、話があったんだ。

 それを一々、柳洞への餌付けで不意にされても困るんだよ」

 

「慎二と話ならどこでもできるだろう、それだってここでも。

 あと、餌付けなんてしてない」

 

「確かにそうさ。

 でも、それがアッチの事だったから、腰を据えて話したかったんだ。

 長い話になるから、面倒だろう?

 それに、最近はそれだけじゃない。

 一々一々! 衛宮と話そうとすると茶々が入るっ。

 衛宮、お前に友達面して利用してくる奴らの事は無視しろ。

 もっと大事なことがあるだろう、なぁ?」

 

 諭す様な、けれどもどこか言い聞かせる様な声。

 ただ、慎二には悪いが、訂正しなくてはいけない。

 その思いに駆られて、口が勝手に動いていた。

 

「別に、俺がしたいからしてるだけだよ、慎二。

 でも、慎二を疎かにしてたのはそうかもしれない、ごめん」

 

「別に、お前に構ってほしい訳じゃない!

 魔術の話があったんだ!

 勘違いするなよ衛宮!」

 

 早口気味でそう捲し立てた慎二の顔は、やや赤い。

 飄々としてるようで、直ぐに頭に血が上るのが慎二の特徴だ。

 こういう時は、普通に謝っても納得してくれない。

 どうするか少し考えて、丁度ポケットに手掛かりが存在していたのを思い出す。

 

「慎二、映画のチケットがあるんだ」

 

 二枚のチケットを取り出すと、慎二は怪訝な顔をする。

 

「お前、映画なんて見ないだろ」

 

「一成に貰ったんだ」

 

「……あっそ」

 

 そのまま事実を告げると、慎二は興味を無くしたかのように素っ気なくなる。

 どうにも、慎二は一成の事が苦手なのか、度々衝突しているところを見かける。

 一成の名前を出したのは失敗だったか、と考えていると、慎二はふっと、何かを思いついた様な顔をした。

 時々見かける悪い顔、正直な話ロクでもない事を考えている時の慎二の顔だ。

 

「衛宮ぁ、放課後に時間を空けろ。

 一緒に映画館に行くぞ」

 

「はぁ?」

 

 と思ったのだが、もしかしたら勘違いだったのか。

 思っていたよりも、ずっとまともな提案だった。

 

「別に、女の子と一緒に行ってくればいいぞ」

 

「いや、お前じゃなきゃダメだ、衛宮」

 

 そう力強く断言する慎二に、まぁそれならと承諾する。

 今日は幸い、バイトも無いし用事もない。

 いや、何かあったような……。

 

「断るなよ、衛宮」

 

 強い口調で告げる慎二に思考が妨げられて、俺は素直に頷くしかなかった。

 最近は慎二と出かける事も少なくなっていたし、丁度いい機会かもしれないと思いながら。

 

「そういえば慎二、今から桜の所に行くけど、一緒に来るか?」

 

「弓道がどうとかってヤツ?

 藤村も面倒な事に誘うね、全く。

 桜も、さっさと断れば良いものを」

 

「そういうなって、もしかしたら興味が出るかもしれないだろう?

 桜の好きにさせてやろう」

 

 ぶつくさ言いながらも、慎二はしっかりとついて来ている。

 素直になれないのが慎二らしさではあるが、これで結構優しいのだ。

 もう少し、それを桜にも素直に示せたら、つっけんどんにならずに済むのにと思ってしまうのは、やや贅沢なのか。

 去年の、かなり冷たい時期の慎二と比べると、これでも雲泥の差なのだから、これでいいのかもしれない。

 そんな事を考えながら、その場を後にする。

 ――隣に慎二がいたからか、小さく囁かれた誰かの言葉に気が付くことはなかった。

 

 

「すごいもの、見ちゃったかもしれません」

 

 呆然と呟いたのは、紫髪をポニーテールに結んだ少女。

 今日は、彼女のマスターが髪をセットする時間がなかったので、自分でしたものだ。

 濃密ですね、と再び小さく呟いた彼女は、3割方何かを勘違いしている。

 残りの7割は、差異はあれど、円周率のおよそ3みたいなものだ。

 トコトコとその場を後にする彼女が、思わずこの事を金髪の少女に報告してしまうのは仕方ないものだったのだろう。

 

 

 

 

 

「すっぽかされたわね」

 

 夕方、屋上で体育座りしていた少女が、無表情で呟いた言葉には、幾分かの毒があったことは否めない。

 少女は、その場でノートを一ページ分破り、再び手紙を作成する。

 筆圧強めに、固めの字で。

 流石に圧が強すぎるかもと、空白部分に妙にリアルなフランス人形の絵を描いたのはご愛嬌……なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 翌朝の事、衛宮士郎が下駄箱を開けると、昨日と同じ様に手紙がふわりと落ちてくる。

 そこで、そう言えばと罪悪感を抱いた彼は、手紙を拾い開封して――そして、凍り付く。

 

 

 衛宮くん、放課後、屋上、来てください、来い

 怒ってます、でも我慢しますから

 次、来なかったら、人形に 蹴ります

 

 

 心なしか、文字が震えて見える。

 添える様に描かれているフランス人形も、見張っているぞと言わんばかりの眼力で士郎の方を向いていた。

 それ故か、今度無視すれば次が酷い事も想像出来てしまう。

 そう、例えば……。

 

 

 

『はろー! えぶりばでぃ。

 急転直下で即座にドボン、奈落の底な貴方の命綱なコーナー。

 タイガー道場でーす!

 って、まだ本編始まってないのに死ぬとは何事かーっ!!』

 

『師しょー、今日もツッコミが冴えわたってるっす』

 

『うむ、まだ会った事の無い、未来の愛弟子一号よ』

 

『それよりも、師しょー』

 

『どしたの、弟子一号』

 

『無茶苦茶言いたい事がありますっす』

 

『聞こうか』

 

『それなら言わせてもらうけど……アリスに先をこされたーーー!』

 

『チェストッ!』

 

『あいたっ!?

 そのクソ痛竹刀で叩かないでぇ!』

 

『愛憎混じってイケない事する弟子は、即座に指導これ鉄則』

 

『でもぉ、私がシロウにしようとした事、先にされたのは納得いかなーい』

 

『うん、でもこれはまた忘れた士郎が悪いわ』

 

『残酷、冷酷、非道!

 血の通って無い者の方が好きかー! アリスー!』

 

『怒らせたらダメな相手を怒らせると、本当に怖いことになっちゃうんだから。

 気を付けるのよ、士郎』

 

『シロウ、今すぐセーブデータをロードして、ちゃんと屋上にイケー!

 私以外のモノになるなんて、ユルサナイんだからーっ』

 

『悪魔っ子の戯言は兎も角、マーガトロイドさんはお人形でも友達なのよ。

 そこのところ、留意しておかないと後がヒドイぞ☆』

 

 

 

「ウッ、頭が」

 

 何か、質の悪い白昼夢を見たのだろう。

 本能からの警告か、もしかしたら将来就職先候補の抑止力からの優しい忠告なのかもしれない。

 故に、次は忘れてなるものかと、彼の心のメモに明記したのだった。

 

 

 

 

 

 六限目が終わるチャイムが鳴る。

 帰る人や部活に精を出す人、その他諸々の人を掻き分け、やってきたのは無人の屋上。

 この学校には、高いところや煙が好きな人が少ないのか、あまり利用者がいない場所なので、手軽に話し合いをするにはとても便利な場所。

 そこで静かに、彼を待つ。

 手に持っている赤毛の人形に、他意は少ししかない。

 

 ぎぃ、と鉄が擦れた音がする。

 少し古くなった屋上の扉が開かれた音、誰かが来たのだ。

 その相手について確信しつつ、私は下を見下ろしながら声を掛けた。

 

「今日は校庭を見張ってたのだけれど、ちゃんと来てくれたのね」

 

「悪い、言い訳しようもないけど、昨日は忘れてた」

 

「そうね、間桐君とのデートは楽しかった?」

 

 振り向くと、衛宮くんは怪訝そうな表情をしてそこに立っていた。

 恐らくは、なんで知ってるんだというところだろう。

 まぁ、だからといって、わざわざ答える義理はないのだけれど。

 

「マーガトロイドだったんだな、この手紙」

 

「えぇ、衛宮くんとお話ししようと思って」

 

 本当は、もう少し和やかな雰囲気で話すつもりだったのだけれど、今用意できてるのは微妙に硬くなってしまったクッキーくらいだ。

 尤も、これ以上何か意地悪するというつもりにもなれてないが。

 

「そうか、でもそれなら言ってくれれば良かったのに。

 あの手紙、果たし状か何かかと思ったぞ」

 

「女の子はね、一度くらいは手紙で男の子を屋上に呼んでみたいものよ」

 

 もちろん、浪漫はここにはない。

 手紙にしたのは、別のクラスになったので、わざわざ衛宮くんの教室まで行くのが億劫だっただけの事。

 まぁ、男の子に手紙を出す事は、本当に一度やってみたかった事なので、私情が入り混じっていた事は否定しないけれど。

 

「今度からは、もう少し可愛い手紙を出す事にするわ。

 ピンクの便箋に、可愛いシールを貼ってね」

 

「いや、いい。

 それはそれで、疲れそうだ」

 

「我儘ね、衛宮くんは」

 

 既に疲れた顔をしている衛宮くんは、何をげっそりとしているのだろうか。

 昨日、一日忘れられていた私の方をこそ、労わってほしいものだ。

 何なら、一日衛宮くんがバトラーとして私に仕えてくれるとか、そんな感じの請求を通してくれたりとか。

 

「それで、なんの話なんだよ、マーガトロイド」

 

 けれども、私の内心なんてお構いなしに、衛宮くんは話を進める。

 このままだと、私の玩具にされると思っているのだろう。

 でも、確かに話が進まないのも落ち着かないので、素直に流れに乗る。

 

「メディアの事と、サーヴァントについて。

 桜や間桐君から聞いてくるでしょうけど、一応ね」

 

 半ば、私が探りを入れる為の話題選択である。

 衛宮くんも、それは理解できているだろう。

 彼が拒否するのなら、それはそれで仕方が無い事だと思う。

 だけれど、衛宮くんはそんな素振りも見せずに、素直に分かったと頷いた。

 別に、何ら困ることはないという事だろうけれど、ノーガードな姿勢にはこちらが逆に心配になってきてしまうのだから、困り者だ。

 

「あの娘が普通とは違っている事、あなたは知っているでしょう?」

 

「あぁ、サーヴァントってヤツで、確か聖杯戦争で活躍する使い魔なんだろう」

 

「えぇ、そう、使い魔。

 人間じゃないの、魔術師はサーヴァントを使い潰す為に呼ぶの」

 

 そう告げると、衛宮くんは表情を変える。

 真剣で、少し透明な。

 何かのスイッチが入りかけている衛宮くんの顔。

 

「でも、マーガトロイドはそうしない。

 すごくあいつの事を大切にしてる。

 俺に、メディアの事を頼むって言ったのだってそうだ」

 

 もし、私が間違っている、残酷な事を言えば、衛宮くんはどうするのか。

 申し訳程度の興味はあったけれど、この場でそんな事を口走るほどに私も馬鹿ではない。

 事実の確認をするために尋ねた彼の言葉に、頷く。

 

「そうね、おためごかしではあるけど、それが全てじゃないわ。

 家族よ、あの娘は」

 

「……素直じゃないって言われないか、マーガトロイド」

 

「いいえ、私は常に正直よ」

 

 空気が、霧散する。

 衛宮くんは何時の間にか呆れた表情をして、謂れの無い事を言ってくる。

 きっと、彼の鈍い唐変木なところが、そう感じさせているに違いない。

 

「それでマーガトロイド。

 なんでメディアを、サーヴァントを召喚したんだ。

 元々は、聖杯戦争の時に呼ぶものなんだろう?」

 

「ちょっと研究している事があってね。

 お手伝いしてもらうために来てもらったの」

 

 尤も、全く進んでいないのだが。

 今は、それどころではないといったところか。

 

 今、メディアは自我が少女と大人の合間にいる。

 混濁していて、謂わばコーヒーとミルクが混ざり合った状態。

 子供の彼女と、大人の彼女では、恐らく別人な程に乖離があったのだろう。

 早く自己を確立しなければ、何れは自我が崩壊する恐れすらあるのだから。

 故に、決めたのだ。

 メディアが、メディアとして立っていられる様にしようと。

 

 勿論、私が彼女に優しくするのは、元気になった時に手伝ってほしいという打算はある。

 それ以上に、入れ込みすぎてしまっているのは……否定のしようがないけれど。

 

「メディアは可愛いわ、色々と。

 だから、優しくしてしまうの」

 

 でも、全てという事なんてなくて。

 一部の、ほんの端っこだけを伝えて。

 凄く微妙な顔をされているのは、何だこいつとでも思われてるからだろう。

 でも、残念ながら衛宮くんに対しての話はこれからなのだ。

 

「その可愛い娘がね、最近男の子と仲が良いみたいなの。

 人見知りの子が、笑顔を見せるくらいにね」

 

 何か、空気が変わった事を感じたのであろう。

 衛宮くんは戸惑った顔をしてから、もしかしてと口にする。

 

「俺、か?」

 

「えぇ、そう。

 女誑しの衛宮くん。

 桜だけじゃ満足できない?」

 

 軽い冗談、全く本気ではない戯言。

 僅かに、釘を刺す程度の。 

 でも、衛宮くんといえば、面白いくらいに慌てていて。

 

「ちょっと待て、冤罪だ!」

 

「そうね、冤罪ね。

 衛宮くんが変な事なんて、する筈ないもの。

 けれど、距離が近い事は確かよ。

 ――何が、あったの?」

 

 自分でも、驚くくらいの猫撫で声。

 ただ、正直に話しなさいなと促しただけの事だけれど。

 衛宮くんは焦った顔をして、けれども難しそうに”うーん”と唸っている。

 もしかすると、本当に心当たりも、覚えもない?

 ジィっと、衛宮くんを窺っているといると、そういえば、と一つだけ出てきた話題があった。

 

「一度だけ、メディアと下校した事がある。

 確か、その時にメディアと呼んでくださいって言われたな」

 

 本当に、ちょっとした事を話す様に言う衛宮くん。

 彼からしたら、事実としてそうなのかもしれない。

 でも、メディアから提案したのは、やっぱり彼女が何か感じた事があったからで。

 

「何を話したか、覚えてる?」

 

「確か、コペンハーゲンの事と、学校の事。

 あとは、マーガトロイドと桜の事を話したな」

 

「私と桜の?」

 

「あぁ、一年生の時のお前の事と、桜が家に下宿してる事を軽く」

 

 別に、それも大して話してないという衛宮くん。

 何とも不可思議そうな顔をしている彼から、これ以上探れる事はないだろう。

 そう思い、私は衛宮くんにビニール袋を一つ手渡した。

 

「そう、ありがとう。

 これは、ほんの気持ちよ」

 

 渡したのは、少し前に焼いたクッキー。

 本来なら昨日渡すはずだったもの。

 別に、意趣返しなんてつもりはない。

 ただ、ちょっと固くなって食べにくくなってるだけだ。

 

 そのまま、私は屋上を後にする。

 帰って、メディアに話を聞くために。

 ただ、その私の背中に、声が掛けられた。

 

「マーガトロイド、昨日は忘れてて悪かった。

 この借りは、また返すから」

 

 ……本当に、こういうところであろう。

 抜けているところもあるけれど、とても律儀者で。

 きっと、この借りとかいうのを、衛宮くんは忘れることが無く返してくれる。

 私は、また鞄から取り出した物を、衛宮くんの方に二つ放った。

 無事にキャッチした衛宮くんはそれに目を落として、それの名前を呟く。

 

「マーマレード?」

 

「借金は貸した分が多いほど、利息も多いもの。

 しばらく、返済は受け付けないわ」

 

 本当は、バイトでメディアを助けてくれる分だけで十分助かっているけれど。

 衛宮くんは、それを何とも思ってない。

 自分が困らせたら、今までの事を他所にして、動かずには居られない人。

 そうしてしまう衛宮くんが、やっぱり私は嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、メディア」

 

「はい、アリスちゃん」

 

 遠坂邸の自室で、カップを片手に。

 何でもない風に、日常会話の延長として尋ねる。

 わざわざこんな事で、と煩わしく思われるかもしれないが、それでも何か手掛かりになると思ったから。

 

「メディアは、衛宮くんの事、好き?」

 

「え? ……え?」

 

 質問の内容に、意味が分かりませんと言わんばかりに目を白黒させるメディア。

 いきなりこんな質問をされても、こうなるだろう。

 むしろ、当たり前の反応と呼べる。

 けれど、どう? と促すと、メディアは困り眉になりながら、素直に答えてくれた。

 

「嫌いではないです、衛宮さんの事は」

 

「そうね、私もそうよ。

 衛宮くん、一生懸命だものね」

 

 人助けとか、他人のためとか、そういう事に。

 衛宮くんは、誰にも手を伸ばしてくれるから。

 だからか、と思ったけれど、メディアは小さく首を振る。

 どうにも、私と感じている事が違うのか、何とも言いにくそうな顔をしている。

 そこに、恋情も友情も見当たらず、むしろ後ろめたさも感じてそうで。

 

「無理に、言わなくてもいいわ」

 

 そこで、詮索を打ち切った。

 そんな顔をさせてまで、聞き出す事でもない。

 元々、メディアの交友関係にどうこう私が口を出すのは、余計なお世話が極まっている。

 そうしてしまわずにはいられないが、それも度が過ぎれば害悪そのもの。

 お茶でも飲んで、忘れてしまいなさいと言おうとした。

 その時に、小さな囁きだが、確かに聞こえた。

 

「――すごく、辛そうですから」

 

 誰が?

 決まっている、話の流れ的に衛宮くんこと。

 何故? その答えを、私は知らない。

 でも、それをメディアは感じたのだろう。

 

 もっと、詳しく。

 そう思ったが、私は口を噤んだ。

 メディアが、酷く後悔した顔をしていたから。

 

「苦い紅茶には、砂糖を混ぜなさい。

 そうね、沢山入れれば入れるほど、素敵なスパイスになるわ」

 

 私とメディアの二人分のカップに、何杯も砂糖を掬い、投入する。

 本来の味は損なわれて、それはただの甘いお湯になっていく。

 でも、今はそれで良いと思えた。

 

 衛宮くんの事を同類だと思ったのか。

 それとも、辛そうだと感じた衛宮くんを見て安心したのか。

 それ以上、聞き出す気になれない。

 でも、きっとそれは綺麗なものではなくて、どこか粘ついたものなのだろう。

 

 だから、今は砂糖が必要なのだ。

 柔らかく、丸く、心をするのにはそれが一番なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫しの沈黙、無言で砂糖水を飲む私達。

 気まずさと同居している静けさ、それを掃おうとメディアに声を掛けた。

 

「手紙、持って来てくれたのね」

 

「はい、アインツベルンと東風谷さんという方から」

 

 作業台の上に置いてあった二通の手紙。

 文通友達ともいえる二人からの、恒例のモノだ。

 

「メディアも、誰かと文通する?

 桜なら、きっと受けてくれるわ」

 

「そうですね、私はアリスちゃんとしてみたいです」

 

「それなら文通じゃなくて交換日記ね。

 そうね、一度くらいやってみたかったの」

 

 会話しながら、そっとペーパーナイフで封を切る。

 目を通して、会話の種にでもしようと思ったから。

 

「……ねぇ、メディア」

 

 目を通して、確認したのは早苗からの手紙。

 そこに書いてあった内容は、パターン的には今までであった事。

 端的に、その内容をメディアに伝えた。

 

「――私の友達が、近い内に遊びに来るらしいわ」




活動報告で新年の挨拶をしようとしたところ、間違ってタブを消してしまったので大人しく本編を書いて更新しました……。
次は近い内に更新……これ、前にも言ってた気がしますねぇ(遠い目)。


補足説明

慎二、一成のチケットで士郎と二人で映画を見て、翌日感想をペチャクチャ一成の前で喋ったとかなんとか。
なお、最近は士郎の事を”変な奴”から”おかしい奴”に格上げしたとかなんとか。
慎二の好感度を適度に上げないと、士郎的には苦労するかもです(新たなタイガー道場への扉)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。