前回の投稿が去年の大晦日、そして今はこんにちは8月。
……どうにも、気分は浦島太郎です(遠い目)。
ヒラヒラと、ユラユラと。
花弁が風に乗り、色鮮やかに舞っている。
強い風が私の髪を靡かせ、薄いピンク色がくっついていた。
花が散るのは儚いなんて形容されるけれど、それさえ生命力を感じるのは暖かさが駆け抜けて行ったからか。
「春、ね」
「春です」
私の隣で、メディアが微笑む。
通学路、公園の桜並木の近くにて。
私は強く、春を自覚していた。
暖かな風も、桜の花弁もそうだけれど、それよりも……。
「折角の新しい制服が花弁塗れね」
「麗らの証拠ですけど、ちょっとだらしないです」
パッパと花弁をはたいているメディア、その彼女の服は制服で。
今日は新学期の初日、穂村原の制服がチラホラと行き交っている。
その中で時折視線を感じるのは、制服を着た外国人が一人から二人に増えたからだろう。
「綺麗な光景、です。
連なっている木々が花を咲かせて、皆に春を知らせている。
きっと、妖精の代わりなんですね!」
「春の花は、きっとアーモンドの方が有名でしょう。
けど、この国では、満開に咲き誇る桜の声が聞こえるのね」
だけど、メディアはそんな視線には微塵も気がつかずに、頭上の桜に夢中な様で。
芽が出ていた頃から気にしていたので、きっと待ち遠しかったのだろう。
私も、去年に似た事を思った覚えがあるので、少し懐かしく思ってしまう。
メディアの様子が微笑ましくて、私はメディアの任せるままにその様子を眺めている。
あなた自身が妖精みたい、なんて思ってしまうのは私の贔屓目なのだろうか?
いや、誰だって今の彼女を見れば、そう思うはずなのだ。
恐らくは、思わずといった風にこちらを見ている人達も。
「さぁ、行きましょう、メディア」
花舞う風に背を押され、ユルりと私は歩いていく。
きっと、何もかもがメディアを歓迎してくれているわよ、と彼女の耳に語りかけながら。
そして、そうして……。
「桜が学校を覆って、雲隠れしないでしょうか……」
「もう目の前にあるでしょう」
後は校門に入るだけ、というところで、メディアが急にぐずり始めた。
嫌ですというよりは、困りましたといった顔。
沢山の人集りが出来ているのが、その要因か。
「見られてませんか?」
「メディアが可愛いからよ」
「可愛くなんて……ないです」
意地悪を言わないでとニュアンスを含んで、拗ねた風に呟く。
厳然たる事実なだけだけれど、それでもこの視線がメディアにとっては毒らしい。
メディアを惑わしてくれていた桜並木の幻影はもう無くて、ただありのままに視線が刺さる。
メディアは私を盾にして、その幾つもの視線から逃れる。
その様子はまるで小動物そのもので、それを見た一部の生徒(恐らくは同じ学年の2年生から)から囁き声が複数聞こえた。
――可愛い
――キツイ性格じゃなさそう
――どっかのパツキンは鬼だったからな
――間桐が公開処刑されたんだっけ?
――悲しい……事件だったね……
周りの囁きの中に、どうにも幾つか私に思うところがある人がいるらしい。
死ぬほど余計なお世話な上に、アレは自業自得だ。
メディアに、あの時の間桐くんと同じチョッカイを掛けようものなら……いや、過保護になりすぎるのも良くないだろう。
メディアは意外に一刀両断は得意で、断るくらいは自分で出来る、筈だから。
まぁ、それはさて置き。
今出来る事をやらなければ、そう思ってメディアの手を引く。
「どのクラスか見に行きましょう。
ここにいても、余計に目立つだけよ」
「……はい、アリスちゃん」
私達は校門を離れ、2年のクラスが掲示されている所に足を運ぶ。
特別人数が多いわけでもない学校が、今ばかりはマンモス校だったのかと思える位の人集り。
目にするメディアは少し困った顔で、それを眺めていて。
怖い、というよりは、直ぐにここから立ち去りたいと思ってるのだろう。
ただ、そういうことならば、今回は助かったと言えよう。
何故なら、私達の名前は嫌でも目立つ長いカタカナ表記だったのだから。
アリス・マーガトロイド
……
……
……
メディア・マーガトロイド
なんて堂々と表記がされている。
”あ”から始まる私の名前は、堂々と頂上に輝いていて、直ぐに見つけることが出来た。
故に、メディアが同じクラスである事も確認でき、少しホッとする。
他にも、知ってる名前が散見してて、思わず笑ってしまいそうになる。
ただ、私を知っている人には、思わず二度見してしまうくらいに、マーガトロイドという苗字のパワーがそこにはあったのだろう。
お陰で、メディアにまたも視線がチラチラと集中し始めていて。
「行きましょう、メディア」
また声を掛けた時に答えはなくて、メディアはただ、手を強めに握り返したのだった。
そうして、向かった場所は職員室。
最初は先生経由で、皆に挨拶が為されるようだから。
少しの間だけ、ここでお別れとなる。
「幸いな事に同じクラスよ。
自己紹介の時、困ったら私の方を見て喋りなさい。
少しくらい、気は紛れるから」
「……分かりました」
いつも以上に口数が少なく、起伏のない声で返事が返ってくる。
緊張と困惑がブレンドして、さて困ったとなっているところか。
「大丈夫、自分の名前と私の親戚だって言えればそれで合格よ」
「分かってますけど、なんだか場違いな気がして」
「そうね、分かるわ。
でも、家でジッとしているより、目に見える場所にいてくれた方が安心するの」
「そう、ですか?」
「えぇ、誰も貴女が居ちゃいけないとも思ってない。
だから安心して、色々やってみなさい」
学校は勉強するところですけどね、と少し笑って。
また後でと言葉を交わし、私はその場を後にする。
幸いな事に、今回の担任は葛木先生だ。
怖いと感じている生徒は多いみたいだけれど、メディアにとっては静かで許容できる先生だろう。
でも、今回はかしまし三人娘ともクラスが別で、そればかりは残念だった。
まぁ、休み時間に会いに行けば良いだけの事なので、問題ではないのだけど。
そんな事をつらつらと考えながら、私は扉を引く。
新しい教室、2年からのホームグラウンドへと一歩を踏み出し……そうして気がつく。
「凛以外に友達がいないじゃない」
「なにか?」
ボソリと呟いた一言を耳聡く聞きつけたのだろう。
後ろの窓際の席で外を眺めていた凛が、僅かに目を細めて私の方へと振り向いた。
流石に教室では猫かぶりモードで、いきなり毒を吐いたりはしなかったけれど。
「別に、自分の交友関係の狭さに辟易としてただけよ」
「そう、でもそういうものです」
「そうね、貴女も似たりよったりだものね」
そう言うと、一瞬だけお前と一緒にするなと言わんばかりの嫌そうな顔をしていた。
実に失礼極まりないが、向こうも同じことを思ってそうだ。
まずマーガトロイドさんは、と学校用の猫を被りながら凛は話を続ける。
「外国人で、ツンとしているから、みんな近づきづらいんです。
もうちょっと、みんなに優しくしてあげたらどうです?」
「比較的に優しいわよ、直ぐに逃げられるけど」
「立派な人望ですね、日頃の行いがよく表れてます」
「……胡散臭い敬語ね」
分かりやすく問題児と詰られ、思わず逃れる様に言葉が漏れた。
学校での凛は本当に優等生で、言い返せるところがなかったから。
ただ、私にとっては苦し紛れの一言だけど、凛にとってはシンプルに罵倒だったのだろう。
こめかみがピクリと動き、笑顔の輝きが少し増していた。
「ちょっとお話がしたいのだけど、屋上に来れる?」
意訳、面を貸せワレ。
ついて行ったら最後、哀れな変死体として発見される可能性がある。
凛はやるときはやる女で、半殺し程度なら許されると思ってるのだから。
「もうすぐチャイムが鳴るわ。
新学期のホームルームからいないというのは、如何にも不良よ。
……言い過ぎだったわね、ごめんなさい」
「貸し一つですね」
そう言った凛は、しめたと言わんばかりの悪い顔。
お金が増えた預金通帳を見つめる凛の横顔に、少し似ていた。
……皆に、その顔を見られてしまえばいいのに(特に楓辺りに)。
「追々ね」
「利息は十一で」
「返しきれそうになかったら、自己破産するわ」
「その前に取り立てるから安心して」
遠坂金融、全くもって高利貸し過ぎる。
その内に摘発されてしまうくらいに、とっても邪悪な取り立て屋でもある。
尤も、私は既に負債塗れで、凛の一言でイエスマンになりかねないレベルだけれど。
「覚えていたらね」
「覚えておいてね」
圧を掛けられているのに気が付かないフリをし、私は近くの席に座った。
因みに名前順ではなくて、皆がそれぞれ好きに席を選んでいる。
先生が来て、何か指示をするまではそれで良い様だ。
そして、タイミングを見計らったかの様に、チャイムは鳴る。
皆がそれぞれ席に座り……何故か、私の隣には誰も座っていなかった。
別に問題はないのだけれど、何とも言えないのは何故なのか。
凛を少し見遣ると、軽くであるが隣に座った女子と会話をしている。
騙されないで、化け猫か妖魔の類よとその子に思念を送っても、もちろん気付かれることはない。
凛に化かされているその子は、楽しげだったのが唯一の救いだけれど。
ガラガラと、突然扉が開く。
どうやら、今年の担任が姿を現す。
静かな、影のみたいな人。
のっぺらぼうだから余計にそう思うのだけれど、彼はそれが普通なのだろう。
皆の背筋が伸びた事が、緊張が走った事で分かる。
「葛木宗一郎だ、一年間君達の担任を務める」
彼の自己紹介はそれだけで、多くの生徒の目が点になる中、それから転校生を紹介するとそのまま彼は廊下に呼びかけた。
「来なさい」
そう呼ばれて、一瞬扉を開くのを躊躇した気配が伝わってくる。
扉に手に掛けたけど、迷いがあるのだろう。
まぁ、嫌でも注目されるのだから、仕方ない事だろうけれど。
「くしゅん」
音がしなかった教室の中で、くしゃみっぽい音が響いた。
……私がした、くしゃみっぽい何かである。
「花粉かしら?」
そう言うと、幾らかの注目が私に集まった。
小さな声で、アイツもくしゃみをするのかと呟いた狼藉者もいた様だ。
誰なのかは分からないけれど、縁があったら厄払いをしてない流し雛を一つばかりプレゼントしてあげても良いかもしれない。
そんな事を思っていると、意を決したのか扉がやっと開いた。
教室に足を踏み入れたのは無論、私の親戚、という事になっている彼女の姿。
教室を見回していた彼女の視線が、一瞬私に留まったのは間違いない。
緊張の糸を引いていて、恥ずかしそうなのはご愛嬌である。
「自己紹介を」
「はい……メディア・マーガトロイドと申します」
その名前を聞いて、思わず私の方に振り向いたのは何人いたか。
私が意識してニッコリと笑えば、恐ろしいものを見たかの様に振り向いた全員が顔を背けた。
心のメモ帳に全員分の名前を記載しつつ、私はメディアを見守る。
大丈夫よ、メディアならと思いながら。
「そちらに居るアリス・マーガトロイドさんの親戚です。
今日からご縁があって、穂群原学園に通わせて頂く事になりました。
……よろしくお願いします」
小さく頭を下げたメディアに、パチパチパチと拍手が鳴る。
私と、ついでに凛だ。
もう終わりかという顔をしていた人も、私達に釣られるように拍手をする。
決して万雷の喝采みたいなものではないが、疎らなそれは今のメディアをホッとさせるには十分だったのだろう。
安心して、席に座れとの先生のお達しに従いこちらに歩いてきた。
何故なら、私の隣は空席だから。
「お疲れ様」
「いえ、緊張しただけです。
でも、もう少し笑顔でも良かったかもしれません」
「笑えるの?」
「最近、笑顔の作り方を思い出してきましたから」
「愛想が良いのね」
「アリスちゃんよりかは、良いかもです」
小さな声で、こそこそとお喋りをする。
緊張の糸が解れたからか、ちょっとだけメディアは饒舌で。
この分なら、クラスに溶け込むのも案外直ぐかもしれないと思えた。
……尤も、ここまで調子良く皆の前で喋れるならと但し書きは付くけれど。
「静粛に。
では、各々自己紹介を」
葛木先生が告げると、ザワめきは波の様に引いていく。
この先生の独特な気配が、有無を言わせないのかもしれない。
そうして、前から順の自己紹介が始まった。
新鮮だけれども懐かしい光景、一年前にも見た光景。
ただ、このクラスでは担任が滑っても助け舟を出してくれないので、ひどく真面目な自己紹介が殆どになるだろう。
ここに後藤くん辺りが居れば、壮大に滑って勇者と呼ばれるのかもしれない。
「遠坂凛です。
去年同じクラスだった人も、今年から一緒の人も、よろしくお願いね。
家の用事が忙しくて部活動には入っていません。
放課後は遊べないけど、学校では話しかけてくれたら嬉しいです」
凛はソツのない挨拶を、面白みもなくスラスラと述べていく。
ただ、如何にも優等生な顔を見た者は、いたく感心した風に流石は遠坂さんなんて呟いている人もいて。
独りでに、勝手に高嶺の花へと押しやり、遠坂凛を見守る会でも発足させかねない勢いだ。
本当はラフレシアだと気付く人は、今年は何人居るだろう。
「アリス・マーガトロイド。
趣味は人形劇、特技は裁縫、以上よ」
幾つか順番を挟み、今度は私の番。
代わり映えしない挨拶をし、去年より一言だけ多く添えて私は席に着席する。
そういうところなんだよなぁ、マーガトロイド、と聞こえてくるのは良くも悪くも皆が私に慣れてしまったからか。
去年は”え? それだけ?”なんて空気に包まれていたが、今年はハイハイと言わんばかりの空気が漂っている。
1年も一緒だと、あまり交流がなくてもどういう人物かというのは皆感じ取れるものらしい。
「メディア・マーガトロイド、です。
その、よろしくお願いします」
喋りたいこと、というよりは語りたい内容がないのだろう。
2回目の自己紹介であったのもあり、それだけ言うとメディアは座ろうとして。
一言だけ、漏らすように言った。
「あの、頑張ります!」
それは、今の自身に向けていった言葉なのだろう。
逃げ出さない様に、踏み止まるための楔の言葉。
多分、ここに連れてきた私を思っての。
少し無理をさせているかと思ったけれど、でもメディアは頑張りますと言った時、俯いてはいなかった。
だから、まだ大丈夫。
ここまでお膳立てをしておいて、直ぐに猫可愛がりをする様では、一体何をしたいのか分からない。
まずは、メディアが居て良いと思える場所を増やそう。
寂しさを感じても、俯かずに前を向いていられる場所を。
駆け寄るのは、転けそうになった時。
獅子は我が子を崖に突き落とすというけれど、この学校は崖よりも傾らかで登りやすい場所なのだから。
”健気だ””かわいい””これは……トキメキ!”なんんて囁き声が小さく聞こえる。
静かな教室なだけあって、小声であっても聞こえてきてしまうのだけれど、決してそれは悪いニュアンスのものではなくて。
メディアの方を覗き見ると、彼女もまたこちらを見ていて。
視線が交わると、照れていたのだろう。
頬が、ほんのりと赤かった。
それから、順調に自己紹介が終わり、今日は大した連絡も無くてホームルームだけで終了した。
先生からは、次回からは名前順で、というお達しくらいが連絡と言える連絡だ。
授業は次回からという事で、既に各々が自分の思うままに過ごしている。
「遠坂さん、カラオケ一緒に行かない?」
「ごめんなさいね、帰ってやらなきゃいけない事があるから」
「今日もダメなんだ」
「えぇ、そうなの。
でも、誘ってくれてありがとね」
凛は当たり障りなく受け答えをして、スラリと教室から居なくなっていた。
相も変わらずの逃げ足である。
本人の言うところでは颯爽と、という事らしいけれど。
「他には……」
さっき凛を誘っていた娘が辺りを見回して、私……というよりも、隣に居るメディアに目を付けたのだろう。
どうしようかと、躊躇する様に視線を彷徨わせていた。
「メディア、帰るわよ」
「はい、アリスちゃん」
立ち上がって、二人でそのまま教室を後にする。
さっきの娘には悪いけれど、まだメディアも本調子ではない。
声を掛けられても困るだけだろうから、私が決断してしまった方が良い。
小さく、あっ、と後ろから声がしたけれど、私は聞こえない振りをして、そのままその場を立ち去る。
今はその親切が、彼女にとっては毒だから。
困っている時に、その優しさを分けてあげて欲しい。
トコトコと隣に付いてくるメディアを横目に、頑張ったから今日は帰りにはどこかに寄って行っても良いかも、なんて考えていた。
そうして、私達は帰宅しようと校門を出たところで。
ふと、誰かが私の名前を呼んだ。
アリス先輩と、思えば久しぶりだと感じる声。
あまり大きな声ではなかったけれど、それでも私の耳にはハッキリと聞こえた。
振り返れば、そこにはやはり、今年から名実共に先輩後輩となった彼女の姿が。
「桜、久しぶりね」
「はい、お久しぶりです」
微笑んでいる彼女は、とても春が似合う少女だった。
柔らかくて嫋やかだから、自然とそう思ってしまうのかもしれない。
「本当は少し顔を見せられたらと思ってたけれど、色々とやりたい事が多くてね。
同じ学校なら、これから気軽に声が掛けられそうね」
放課後に寄り道も出来そうだしと言うと、程々にですけどね、と笑顔で釘を刺される。
大方、あまり帰りが遅くなって、衛宮くんに心配を掛けたくないのだろう。
いじらしくも、去年の内に少し強かになった。
こうなればいっその事、衛宮くんの事をお尻に敷けるところまで行き着いて欲しいとも思わなくもないが、そこは本人達次第と要観察が必要であろう。
「ところでアリス先輩、そちらの方は……」
私の影に隠れる様に姿を隠していたメディアに、桜は恐る恐るといった風に意識を向けた。
恐らくは、あの妖怪辺りから何か聞かされているのだろう。
警戒されているけれど、怖いとも恐ろしいとも思われていない事は幸いだった。
「アレから聞いた?
説明は必要かしら?」
「いえ、概要は知ってます」
そう返した桜の声は、少しだけ硬い。
妖怪のいう事を1から10まで間に受けた訳ではないだろうが、それでも警戒してしまうのは魔術師として当然だろう。
むしろ、そういうところまでノーガードで来られたら、私の方が心配してしまうのだから、その点では安心したといっても良い。
尤も、常に重苦しくなられては困るので、少しばかり打ち解けてくれたらと思わなくもないけれど。
「アリスちゃん、この娘……」
「分かるわよね。
えぇ、彼女も魔術師よ」
メディアが、小さな声で話しかけてくる。
その様子は、まるで初めて会った相手を隠れながら見つめる子犬の様だ。
尤も、メディアは何かが引っかかっている様な、そんな感覚があるみたいで。
「……魔術回路? それとも体の方?
何でしょう、何かがある様な……ううん、気のせい?」
「どうしたの、メディア」
「何でもない、と思います、多分」
何か引っ掛かる物言いながら、私の背中からひょっこりとメディアが出てきた。
そうして、ペコリと桜に頭を下げる。
「初めまして、メディア・マーガトロイドです。
アリスちゃんの従姉妹、です。
アリスちゃんのお友達の方ですよね、よろしくお願いします」
その自己紹介を聞くと、桜は何だか変なものを見たかの様に、目をパチクリとさせる。
従姉妹、という言葉を小さく反芻するのは、恐らくマジで? という言葉と同義語だったのだろう。
戸惑いはそのまま声に、桜はメディアにこんな問い掛けをしていた。
「その、メディア・マーガトロイドって名前は、本名なんですか?」
「はい、アリスちゃんがくれた、大事な名前です」
微笑んだメディアに、桜は何かを感じ取ったのか。
もう一度、メディア・マーガトロイドと転がすように呟いたのだ。
そんな、独特の空間を形成しつつあった二人に、私は声を掛ける。
本当はもう少し見ていたかったけど、今は場所が悪かったから。
「桜、一緒に帰りましょう。
校門前で何時までも喋ってるのは邪魔よ」
そう声を掛けると、桜はハッとして、”そうですね”と恥ずかしそうに同意する。
メディアもまた、周囲の視線に気が付いたのだろう。
そそくさと、また私の後ろに隠れてしまったのだった。
そうして、校門から退去し、帰り道の道すがら。
必然的に、私達の話題はメディアの事に終始していた。
真っ先に話題になったのは、メディアの真名について。
「あの、もしかしてメディアさんって、コルキスのメディア、さんでしょうか?」
メディアという名前は、それこそ名が知れている。
それこそ、遠く離れた日本にまで。
それもあまり良い意味合いではなくて、裏切りという言葉を添えられて。
やっぱり気になるのはそこか、とメディアの代わりに私が答える。
「この娘はマーガトロイドさんの家のメディアちゃん、その内に裁縫を仕込むつもりよ」
少しおどけて言うと、桜は申し訳なさそうな顔で、無神経でしたとメディアに頭を下げる。
それに対して、メディアは複雑そうな顔を浮かべながら、桜に対して自分は、と語り始めた。
「想像の通り、私はコルキスのメディアです。
でも、コルキスという国は私にとって愛おしい故郷で、その出自に恥じ入るところは微塵もありません。
だから、ありがとうございます。
もし違う呼び方をされていたら、貴方の事を嫌いになっていたかもしれません」
普段はもう少し物怖じしているメディアが、ハッキリと、それも真っ直ぐに回答をした。
恐らくは、故郷の名前が出たからか。
コルキスのメディア、ギリシアの果ての王女。
その想いが、メディアの中には未だに息づいて居るのだろう。
桜もそれを感じてか、それ以上メディアの身の上について触れる事はなかった。
詮索しすぎると、図らずもがなメディアの触れられたくない部分にまで触れてしまうだろうから。
「嫌われなくて良かったです。
アリス先輩の家の娘ですし、これからも会うと思いますし。
……あの、メディアさん、と呼んでも良いですか?」
「はい、どうぞ桜さん」
メディアの返事に、ホッとした表情を浮かべる桜。
こうして話をしている内に、メディアが話が通じる人であると感じたのか。
さっきよりも、桜の態度が少し柔らかになっていた。
ただ、桜は少し思い違いをしている事がある。
少し悪戯心が擽られ、桜にあのね、と切り出していた。
「桜、メディアの方が年上よ」
「サーヴァントですからね、分かってます」
「違うわ、メディアは2年生。
実は戸籍の上でも、貴方の先輩なの」
そう言うと、先輩なんですか、と虚を突かれた様にメディアの顔を見る桜。
見つめられたメディアは、さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、私の背中にそそくさと隠れて。
それで、桜は何かを悟ったのだろう。
過保護ですね、と少し呆れながら私に呟いたのだ。
恐らくは、私がメディアを近くに置いておきたくて、同学年にした事を看破している。
悪びれずに、サーヴァントは近くに置いておくものでしょう? と言えば、そうですけどね、と苦笑される。
そうして、メディアにまた一つ問いを投げかけたのだ。
「メディアさんは、先輩と呼ばれるか、さん付けで呼ばれるか、どっちが良いですか?」
「桜さんの、お好きな方で」
そう返されると、桜はあまり悩まずに、ではメディアさんでとあっさり決めたようだ。
珍しいと思って桜を見遣れば、ごく自然な事だというように、彼女は注釈を付けた。
「別に大したことじゃなくて、さん付けの方が自然に感じただけです。
アリス先輩のサーヴァントで、この時代の人でなくて。
単にメディアさんを、先輩と括るのが難しかっただけなんです」
……まぁ、確かに。
他人のサーヴァントを学生と区分して、先輩と呼ぶのは些か奇妙な感があるのは確かである。
そもそも、メディアを学校に通わせる事自体、桜……というよりも、その向こう側に居る奴らは滑稽に感じているだろう。
なら、それはそれで良い。
偏屈な老人どもが何を思って様が、今はメディアの事を第一に考えていれば。
元々メディアを召喚した目的は、魔術の教えを請う事だったけれど……。
それも、メディアが良いと思えた時、彼女の心の傷が和らいだ時で。
案外、遠くない事かもしれないのだから。
「私も桜さんって呼びますから」
メディアは事も無げに桜にそう言い、少し空を見上げた。
そこには、時折舞っている桜の花弁。
宙に舞うそれを手にし、メディアは少し微笑んだ。
「素敵な名前だと思います、桜」
花の名前だけれど、それでもドキリとしたのだろう。
まるで呼び捨てにされた様に、桜は少し顔を赤くしていた。
「あ、ありがとうございます。
あの、それではこの辺りで」
気がつけば、もう分岐路。
桜は照れているのを見られるのが恥ずかしいのか、急ぎ足気味にその場を後にしていった。
私に言われても、はいはいで済ませていたけれど、シミジミと純粋な気持ちで言われればああなるのだろう。
舞い散る花弁を背に帰る姿は、隠れてどこかに消えてしまうのではと感じる儚さがあった。
だからだろうか、と私はメディアに声を尋ねていた。
「凛相手にはもう少しそっけないのに、桜には緩いのね。
もしかして、気に入ったの?」
「そんな事はないですよ」
素っ気ないと感じるけれど、どこかメディアの口調は重さが伴っていて。
無言でいると、でも、とやっぱり言葉が続いた。
「どこか、放っておけない気がして」
モヤモヤがあるのか、メディアは消化不良気味に、遠くなる桜の背中を眺めていた。
メディアは桜に似てると思う何かがあるのか、あるいは無意識に共感しているのか。
分からないけれど、そう言えばと思い出す。
時折、桜は暗い雰囲気を纏っている事を。
それを、メディアもどこかで感じ取ったのかもしれない。
ただ、それを祓えるのは、恐らくは私たちじゃなくて……。
「帰りましょう、メディア」
そっと、メディアの手をとり、促す。
メディアは、やんわりと手を握り返してきて、何でもないという風に頭を振りかぶり、そのまま一緒に帰路へと着いた。
時折、顔を上げてメディアが見上げているのは、桜の花。
妖精の囁き声が、もしかしたら間桐桜という少女と重なったのか。
風が吹く度にフワリと舞う桜の花弁が、メディアには別のモノに見えているのかもしれない。
次回からは、流す様に季節を進めていきたいです。
まぁ、投稿が何時になるかは分からないのですが(白目)。
ちょっとずつ、書き溜めれていければなぁと思います、はい(失われていく語彙力に苦しみながら)。
7月中旬に更新すると小声で公約を出していましたが、案の定遅れてしまいました(活動報告版で)。
今度締切提示するときは、守れる様にもう少し努力します(きっと、たぶん、おそらく、めいびー)。