冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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ちょっと最近忙しくて更新できなかったのですが……土日に少しずつ書き溜めてたら1話書けてしまいました。
なお、毒にも薬にもならない感じです(白目)。


第40話 朝と凛との合間の少し

 あの朝から、少しして。

 私とメディアは、遠坂邸のキッチンへと降りていた。

 遠慮気味に”私は英霊で……”と呟く彼女を抑えて、そのまま手を引いての移動。

 アリスちゃんって強引なんですね、と何故だか感心した様な彼女に、おでこをツンと人差し指でつつきながら歩いて。

 そうして、肌寒いキッチンにたどり着いた時――そこでメディアが驚きの声を上げた。

 私と彼女の目の前には、のっそりとした足取りで歩く怪奇の姿があったからだ。

 ……まぁ、それは流石に言い過ぎなのだけれど。

 

「おはよう、凛」

 

「おはよ……」

 

 地の底から、響いてくるかの様な声。

 触れれば最後、丸呑みにでもされるかといわんばかりの。

 何時も通り、家主たる凛は今日も今日とて低血圧。

 可哀想に、メディアは”ひぅ”と小さく声を上げて、私の背中に隠れてしまって。

 けれども、ダウナーがキマっていて、怖いじゃなくてヤバい雰囲気の人間でも、私以外の人ということで興味があったのだろう。

 私の服の袖を持って、恐る恐ると隠れながらも小さく背中から覗く様な位置で声を掛ける。

 

「あ、あの、コンニチハ」

 

 震える声での、少々怯えつつの挨拶。

 そんなメディアに、凛は……。

 

「あ?」

 

「きゃぅ」

 

 メドゥーサすら射殺せそうな眼光で睨みつける凛、彼女は現代に生きる魔物であった。

 そして、その邪眼でモロに見つめられたメディアは、怯えながら私の背中に抱きついて。

 

「牛乳、いる?」

 

「……ちょーだい」

 

 何時もの事と私は溜息を吐きながら、メディアを引き摺りつつ冷蔵庫へ。

 途中、凛を横切った時にメディアがどんな顔をしていたのかは、残念ながら見ることは出来なかった。

 けれど、ギュッと私の服を掴む力が強まったので……流石は寝起きの凛と言わざるを得ない。

 

 そうして、引っ付き虫のメディアと一緒に冷蔵庫を開けて。

 牛乳をコップに注ぎ、そのまま凛へと渡す。

 勿論、凛はゴクゴクと一気飲み。

 何時もの光景だけれど、あいも変わらず男らしい瞬間。

 正に鎧袖一触と言った体で、牛乳を飲み干してしまったのだ。

 そうして振り返れば、口をあんぐりと空けたメディアの姿が。

 愛らしいその姿は、まるで栗みたいね、と笑いそうになってしまう。

 

「アリスちゃん」

 

 ただ、それに気が付いたのであろうメディアは、ムッとした顔で私を見上げている。

 なので宥める様に、思わず彼女の頭を少しばかり撫でてしまっていた。

 すると、メディアは困惑へと表情を移ろわせて。

 

「何で頭を?」

 

「敢えて言うなら、丁度良い位置にあったからかしら」

 

「いじわるです……」

 

「私なんて、とても優しい方よ」

 

「じゃあ、優しいいじわるさんです」

 

 むぅ、と頬を膨らませて、私を見上げるメディア。

 可愛らしくて、つい癖になってしまいそうな表情。

 確かに、このままだと私も凛みたいになってしまいそうね、何て思ってしまえる顔。

 ふぅ、と軽く息を吐き、メディアから少し視線を逸らす。

 このままだと、変な扉を開けてしまいそうで、危なさを感じたから。

 

「あれ、あの人は?」

 

 そのお陰か、意識が私から離れたメディアが、この場から居なくなっている凛に気が付いた。

 何時も通りに、顔をバシャバシャと洗いに行ってるだけなのだけれど。

 牛乳を飲む、顔を洗うの過程を経なければ、凛はゾンビとしてこの屋敷を徘徊してしまうから。

 牛乳がなければ、妙に濃い紅茶かコーヒでも代用可能。

 但し、とっても渋い顔の凛を見る事となるが。

 

「その内に、着替えて戻ってくるわ」

 

「あぁ、お着替えでしたか」

 

「そうね、だから今の内に、朝ご飯でも作ってしまいましょう。

 メディア、貴女は料理が出来る?」

 

「え、えっと、コルキスのお料理と、ギリシアのでしたら……」

 

「どんな料理かしら」

 

「えっとですね、羊さんのスープにお魚さんのスープとか、他にも穀物のごった煮スープとか」

 

「モノの見事にスープまみれね……」

 

「私、お菓子作りなら兎も角、料理はあまりさせてもらえなかったんです」

 

 アルゴー船に乗ってた時は、お手伝いしたんですけど、と小さく呟く彼女に、これ以上はいけないと思い話題を転換する。

 ついでに、だったらという事で。

 

「そういう事なら、私が教えてあげるわ。

 メディア、見てるだけでも良いから、こっちに来なさい」

 

 凛がたまに着て、所々に油の跡があるエプロンを、私は差し出す。

 出来ないのなら、覚えれば良いのだから。

 それに、私がメディアに何か教えてあげたいと思っている。

 だから、と私はメディアに言って。

 

「良いんですか?」

 

「私が誘っているの、だから問題なんてないわ」

 

 おまけにちょっと明るめに微笑むと、彼女はそれなら、とおずおずとした手付きでエプロンを受け取った。

 それを身に纏うと、凛より小柄な彼女にはちょっと大きめでブカブカで。

 でも、それがとても微笑ましくて。

 

「さ、今日は見ておくだけで良いわ。

 次からは、少しづつ手伝って貰うかもしれないけどね」

 

「は、はい。

 頑張ります!」

 

 とても元気の良い声、沈んでいた彼女からは考えられない位に。

 なのでこれで良いと、確かに思えて。

 そのまま冷蔵庫を開けて、食材を取り出していく。

 後ろから覗き込むメディアは、雛鳥を連想させられた。

 

 

 

 

 

「で、これ何」

 

 そうして凛がキッチンに戻ってきて、出来上がったモノを見た時の第一声がそれであった。

 私達の目の前には、マーマレードを添えたトーストとベーコンエッグ、ちょっと雑だけれどもインスタントのコーンスープ……ここまでは問題ない。

 が、他にも、凛がチャーハン用に取っていた冷凍されたお米が目に入り、ついついトーストがあるのにピラフを作ってしまうという凶行に出てしまった。

 更に、ついでと言わんばかりに前に作っていたカスタードプティングを用意してしまっていたのだ。

 思わず凛がジト目になるのも理解できる惨状、悲しい事件である。

 だから私は勇気を出して、凛に告白する。

 

「凛」

 

「あによ」

 

「私ね、案外見栄っ張りだったみたいなの」

 

「んな事とうの昔に知ってたわよ!」

 

 スっと視線を逸らした私に、凛はお馬鹿と言わんばかりに声を荒げた。

 が、その直後に大きな溜息を吐いたのが、私にも聞こえて。

 呆れてるわという気持ちが、吐息に乗ってここまで届いてくる。

 

「良い格好しぃなのは、アリスがこの家に来て人形劇した時から知ってるわ。

 でも、限度を知れって言ってるだけよ。

 早速、仲良くなれてるみたいだし、気持ちは分からなくはないけど」

 

「凛だって、桜の前だと似たようなものじゃない」

 

「私はアリスほど極端じゃないもの」

 

 言い返そうとも考えたけど、目の前の光景が凛の言葉を何よりも証明していて私は口を噤んでしまう。

 凛だって、という気持ちが無い訳ではないけれど、それで言い返しても泥沼になるだけ。

 そう言い聞かせて、ふぅ、と小さく息を漏らした。

 少しばかり、負け犬チックな感覚。

 なので、吠える代わりに提案する。

 

「……食べるわよね、凛」

 

 ジッと、凛を見つめる。

 この状態で、この場を去るなと意思を込めて。

 逃げたら道連れよ、なんて思いながら。

 けれど、凛はそんな私の視線なんて一顧だにもしていなくて。

 

「ま、作っちゃたんなら仕方ないわね。

 冷める前に食べちゃいましょう、アンタも一緒で良いのよね?」

 

 何の気負いもなく、そんな事を言ってのけてくれたのだ。

 確認の言葉をメディアに向けて、規定事項の様に椅子を引いて座る。

 その流れる様な動作に、事の成り行きを見守っていたメディアは、え? と小さな声を漏らしてキョトンと、まるで化かされたみたいな顔をしていた。

 

「メディア、座りなさいな」

 

「はい、それは良いんですけど……喧嘩は終わりなんですか?」

 

「何時もの事よ、喧嘩なんかじゃないから良いの」

 

「そう、何ですか」

 

 感心した様に呟く彼女に、私はそういうものだから、と小さく返して凛へと視線を向ける。

 何か言いたそうにしている彼女に、今この場は口を出さないでと。

 一瞬の逡巡の後、ま、いっか、と言わんばかりの表情で、小さく凛は頷き返してくれた。

 なので、ようやく私はこの言葉が言える。

 

「それじゃあ、頂きます、よ」

 

「はいはい、頂きます」

 

「えっと、頂きます?」

 

 首を傾げながら復唱したメディアに、日本のご飯を食べる時の挨拶みたいなものよ、とだけ伝え、食べる様に勧める。

 私もトーストを咥えて、でも目線はメディアへと向けたままで。

 もしゃもしゃと、マーマレードの柑橘味を舌で転がしながらも意識は食べるのとは別の方向へ。

 ……つまりは、メディアの反応を伺っている、という事なのだけれど。

 

「――これ、は」

 

 最初にどれを食べるか、逡巡していたメディア。

 そんな彼女が最初に手をつけたのは、手にスプーンを握っていたのが決め手となったのかピラフであった。

 一口食べて、思わずと声を漏らす。

 

「どう?」

 

 微笑みながら、返事を待つ。

 何らメディアは悪感情を見せてないから、ちょっと気楽に、それでいて自信有りな感覚。

 そんな私に返って来た感想は……。

 

「すごく、美味しいですっ」

 

 私が笑顔を浮かべるのに、十分過ぎる理由をくれる言葉であった。

 お上品に、けれども目を輝かせながらスプーンを運んでいくメディア。

 見ているだけで嬉しくて、どこかこそばゆい。

 朝の日差しはこの場に差し込んでいないけれど、どこか眩く感じてしまう。

 これが王女の気品か、などと少し巫山戯た事を考えていたら、飛んでくる視線が一つ。

 その主の方に振り向いて、アイコンタクトを交わす。

 

 ――可愛い、でしょ?

 

 ――わざわざ、それが言いたかった訳?

 

 ――そうね。

 

 ――バッカみたい。

 

 ――でも、凛は分かってくれるでしょう?

 

 そんな感じで笑いかければ、ジトっとした視線を凛は寄越して。

 けれども、メディアに何か言いたげだった視線を、引っ込めてくれた。

 もうしばらく、私達に猶予をくれたのだ。

 つまりは、キャスターのサーヴァントを家に置いておけない、というごく常識的な凛の言葉を飲み込んでまで。

 ここには魔術師ではなくて、普通の人として居るのだと露骨にアピールしたから。

 ……まぁ、しばらくメディアから魔術と引き離していたい、とそういう気持ちもあったからだとは思うのだけれど。

 遠坂凛は情が深い女の子だから、必要以上に甘えてしまう。

 凛も嫌がりながら、けれども甘やかしてしまう。

 それが私達の関係、だからこそ今日もこのお屋敷でこうしていられる。

 

「ありがとう、凛」

 

「口に出すな、バカアリス」

 

 照れ隠しなのか、凛がコーンスープで満たされたスプーンを私の口に突っ込んでくる。

 対して冷めてもいない、熱々のそれは見事に私の口内で躍り狂った。

 具体的に言えば、灼熱の液体が私の口を蹂躙したのだ。

 

「ん~~~~~~っ!?」

 

 味なんて感じる暇なんてない。

 唯々熱いそれは、口の中の粘膜を丁寧に溶かしていっている様にさえ感じてしまう。

 本能的に冷たい物を求めて、コップを掴んで冷蔵庫まで一直線。

 口の中にあったスープは既に嚥下したけど、そのせいで気持ち喉までひりついている気がする。

 なので容赦なく冷蔵庫を開け、置いてあった牛乳をコップに注いだ途端に飲み干していく。

 感覚的に、鼻にツンと来るモノがあるけれど、それよりも今はこの喉の潤いこそが何よりも有難かった。

 

 ……さて、と顔を上げる。

 幸いな事に、牛乳を鼻から垂らすという古典的芸能は回避出来ていたみたいで、まだひりついている喉以外は至って快調である。

 流石に不快なので、少し魔力を通して体調は整えるのだけれど。

 真っ先に、私は顔を上げて見た人物は、無論ツインテール垂らしてる方で。

 

「何か言い訳があるなら聞くわ」

 

「……悪かったわよ」

 

「良かった、返事次第では凛を泰山の麻婆送りにしていたわ。

 もれなく神父のおまけ付きよ」

 

「毒喰らって死ねって事ね」

 

「今度酷いことされたら、間違いなく実行するわよ、凛」

 

 露骨に嫌そうな顔で顔を逸らす凛に溜息を吐きつつ、落ち着いた足取りで席へと戻る。

 あまりに慌てていて余裕のなかった私なんて、いなかったと言わんばかりに。

 こっちを見ているのは、現状ではメディア一人だけ。

 食べて良いのか分からずに、ジッと私を伺っていたのだ。

 まるで飼い犬みたいね、と少しばかり失礼な事を考えながら私は席に着いて。

 待っていた彼女に、大丈夫だから、と告げる。

 

「気にしないで、食べてしまいなさい。

 私もそうするから、ね」

 

「は、はい。

 でも、アリスちゃん、本当大丈夫ですか?

 痛かったら、私が治しますけど」

 

「問題ないし、自分で解決したわ。

 でも、今度私が凛に意地悪されたら助けてね」

 

「勿論です!」

 

「……そこ、私が悪いみたいな体で話を進めてるんじゃないわよ」

 

 何時の間にかジトっとした視線を凛が向けていたので、恨みも込めて同じ視線で見つめ返す。

 イジワル、イジワルと気持ちを込めて。

 膠着する視線、絡み合いながら睨み合う私達。

 ……そうしていると、先にアクションを起こしたのは凛だった。

 はぁ、と分かり易い溜息を一つしただけだけれど。

 

「子供かアンタは」

 

「凛にだけは言われたくない言葉ね」

 

「私のはもうちょっと違うわよ」

 

 凛の言葉に、そういえばと少し口を休める。

 代わりに思い返した事柄があったのだ、たまたま知った四文字熟語を。

 

 

 そう、それはある日のこと。

 教室でのんびりとしている時に、たまたま聞こえてきた話の内容。

 

『え~、本当に知らないでござるか、衛宮殿!』

 

『さっきから知らないって言ってるだろ。

 なんだよ、その……つんでれ? とか言うやつは』

 

『カーッ、嘆かわしい!

 それでも日本男児でござるか!』

 

『何で怒られてるんだ、俺?』

 

『いや、拙者も言いすぎたでござる。

 衛宮殿は真面目が故に、やや世情には疎い模様。

 故に、教えてしんぜよう。

 ツンデレとは、普段はツンツンと素っ気ないくせに、ふとした切っ掛けでデレデレとする人の事でござる!

 イイ、むっちゃイイのでござるよ。

 文化、そうこれは文化! 分かるでござるか、衛宮殿!!』

 

『……えっと、素直じゃない奴が素直になったら可愛いって事か?』

 

『いぐざくとりぃ! 流石は衛宮殿、話がわかる』

 

『……それよりも次は倫理だぞ、レポートあったけどやってきたか、後藤』

 

『だ~いじょうぶでござるよ。

 遂に我が秘技、ジャンピングアルティメット土下座を見せる時!』

 

『大丈夫じゃないだろ、それ。

 それが切腹にならなきゃイイけどな』

 

 

 あとで、葛城先生の無言の圧力の前に泣きべそを掻いていた後藤くんだったけれど、その妙なテンションのせいで頭にこびり付いてしまっている。

 つんでれ、素直じゃない人の事。

 

 チラッと、凛へと視線を向ける。

 何よ、と私の方へと目をやってる凛。

 素直じゃない、ツンツン……何だろう、親和性はあるけど、少しズレてる様な感じ。

 凛は自由に振舞っているからか、それともトコトン優しいからか。

 ふむ、と一瞬考えて、私は口を開いた。

 

「凛って自分がつんでれだと思う?」

 

「……はぁ?」

 

 良く意味が分からない、凛の目は大体そんな目だった。

 なので概要を説明すると、今度は心底バカにした目を私に向けてきて。

 

「そんなスラング、とっとと忘れてしまいなさい。

 というか、さっさと食え!」

 

 そこでバッサリ、一刀両断。

 もうこれ以上不毛な口を開くなと言わんばかりに、凛は料理を急ぎ気味に詰め込み始める。

 まぁ、確かに料理を沢山作った私が一番食べないというのも迷惑な話なので、私も料理をモグモグと食べるスピードを上げていく。

 無言の時間が、やっとの事で訪れたのだ。

 

「とっても、仲が良いですね」

 

 そんな私達を見て、どこか羨む様な目をしたメディアが小さく呟いて。

 ポンポンと、私はメディアの頭に手を置いた。

 気にしないでという様に、大丈夫よと伝える為に。

 

「私と凛は一年間ずっと一緒だったもの。

 メディアだって、直ぐに私とも凛とも、これくらい仲良くなれるわ」

 

「アリスちゃん……」

 

 瞳を揺れさせながら、私を覗き込むメディア。

 何を思っているのか、感じているのか、それは分かりやすいぐらいに伝わってくる。

 出来るのかなという不安と、怖いという感情。

 ただひたすらに後ろ向きなメディアの姿勢だからこそ、分かってしまう。

 

 ずっと不安がってる、それが今のメディア。

 パスを通じて、表情を見て、瞳を覗いて分かってしまう。

 それも、恐らくは私のせいで、とそういう事まで。

 不安定に召喚したから、メディアの心も不安定で揺れているのだ。

 時間を掛ければ抑えられると思うけれども、それまでずっと付きっきりで見ていてあげなくちゃいけない。

 私のせいだから、私が呼んだから――私の為に、来てくれたから。

 

「私もメディアとは仲良くなりたいわ。

 だから……そうね、暫くは鬱陶しがられてもメディアの傍に居たいの。

 良いかしら?」

 

「え、えぇ、アリスちゃんが良いなら、私はとっても嬉しいですけど」

 

 少し面食らった顔をしたメディアに、思わず笑みを浮かべてしまう。

 構ってあげたくなるから、彼女は笑ってくれるかと考えてしまうから。

 さわさわと、ほんわかと、軽く抱きしめて頭を撫でる。

 メディアには不思議な魔力があるのか、思わずそうせずには居られないのだ。

 

「あ、アリスちゃん、私いまは大丈夫ですっ」

 

「メディアが心配だから抱きしめてるんじゃないわ。

 ただ、私がそうしたいからそうしてるの、分かる?」

 

「恥ずかしいですよぉ」

 

「ごめんなさいね」

 

「謝るのは離してからにしてください!」

 

 うーっ、と私の胸元で唸るメディアに、ハイハイと笑いながら彼女を解放する。

 メディアには悪いけれど、つい反応が良いからからかいたくなってしまう。

 最近みんな擦れてしまい反応が薄くなってしまったから、そういう意味合いでは特に。

 

「これからもしてしまうかもしれないわ、その時はお願いね」

 

「……強引な上に意地悪さんだったんですね、アリスちゃん」

 

「友情の発露、これが芽生えね」

 

「人肌は暖かすぎて、芽が萎れちゃいそうです」

 

「友情の芽は人肌で暖めるのよ」

 

「アリスちゃんって、割と屁理屈が得意なんですね」

 

 ボソッと、小さくそんな事を呟いて、メディアはしょうがないですねと言わんばかりに反論をそこで止めた。

 ただ、僅かに頬を染めて、一言だけ更に付け加えて。

 

「人前だと恥ずかしいですから、意地悪しないでくださいね」

 

 チラリと凛の方を見ながら、メディアはそう囁いたのだった。

 

 

 

 

 

「で、十分にイチャつけた?」

 

「えぇ、凛に皮肉を貰える程度には」

 

「そう、それは良かったわ」

 

 なんて言葉を交わしながら、私とメディアは凛と向かい合っていた。

 こっちを見ている凛は、至って澄まし顔。

 けれども、ふとした拍子にお腹を気にしているのは、お腹周りを気にしてのことだろう。

 余分なお肉は密かに忍び寄っている、油断も隙もありはしない。

 こちらも同様に、体内エネルギーが食べ過ぎたご飯を消化するのに振り向けられてるのだからお互い様だけれど。

 

「ごめんなさいね、食後のお茶は用意できそうにないわ」

 

「良いわよ別に……これ以上お腹に入れたらタプタプになっちゃうし」

 

 アンタもでしょ? と目を向けられれば、私としても同意せざるを得ない。

 兎角、女子にお肉は天敵なのだ。

 自業自得とは言え、今回は凛ごと巻き込んでの自爆と言える。

 

「溜めるのは簡単なのに使うのは一苦労。

 贅肉はままならないわね」

 

「お金とは正反対で、たまったもんじゃないわ」

 

「凛の宝石には足が生えてるものね」

 

「アリスは結構隠し持ってるみたいだけれど」

 

「あげないわよ?」

 

「私は乞食じゃないし、必要なら自分で手に入れる」

 

「こうして今日も、預金口座が減っていくのね」

 

 そう言うと、まるで株が暴落した投資家みたいな顔をした凛が遠い目で天井を見上げ始める。

 今日も今日とて、遠坂家の家計簿は赤字続き。

 借金まではまだ遠いけれど、減っていく通帳の数字は凛を持ってしても覆らない。

 魔術とは、斯も残酷な現実との戦いであった。

 

「と、そんな事はどうでも良いのよ、凛」

 

「良くないわ、全然これっぽっちも良くないのわよ!」

 

「嘆いていても、空からお金は降ってこないわ。

 それより、今はもっと大事なことがあるもの」

 

 ね、とメディアの方へと視線を向ける。

 声を掛けた瞬間、ビクリとメディアは震えたけれど、それでもうんと一つ頷いて。

 あの、とか細い声で凛へと声を掛けた。

 

「私の名はメディアと言います。

 アリスちゃんのサーヴァントで、えっとその……」

 

 何を言えば良いのか、凛に何を伝えるべきなのか。

 必死に言葉を探して、気持ちをどう乗せるかに頭を悩ましている。

 そんなメディアに、凛は口を挟む事なくジッと耳を傾けていて。

 

「こ、これからは凛さんとも仲良くしたくて。

 お世話になっても、宜しいでしょうか!」

 

 ここに降りてくる前に、ほんの軽くだけれどメディアに今の状況を説明した。

 内容を並べれば、マスターは私、凛は家主、聖杯戦争で呼んだ訳ではない、凛はキャスターのサーヴァントであるメディアを警戒している、暫くは貴女とここで暮らしていたいから頼み込んで、などの事を。

 だからこそ、ここで勢い良く頭を下げているメディアがいて、凛に恐らくは心臓をバクバクと鳴らしながらお願いをしている。

 メディア自身が無茶だと思っていて、けれども私を信じて頭を下げてくれているのだ。

 自然と、私は視線を凛へと集中させてしまう。

 未だに口を開いてない凛に、あまり苛めないであげてと視線を向けた。

 ……もう、答えなんて決まってるのでしょう、と。

 

 それに気がついたかどうか、凛はこちらを一瞥すらしないから分かりようがない。

 ただ、少しの沈黙の後に、凛は短く答えた。

 単純に、あるいは投げやりに。

 

「……魔術に関係する活動をしちゃダメ、それが条件よ」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 メディアが嬉しそうに返事をし、対して凛は本当にそれで良いのかと言いたげな目をしていた。

 凛からすれば、メディアは私が師事する為に呼んだサーヴァント。

 それが師事どころか、サポートすらしないのはどうなのだろうと思うのは至極自然な事だろう。

 尤も、今のメディアに何かやらしても、手に付くとも思えないから全然問題はないのだけれど。

 半ば納得気味に、けれども安堵混じりの溜息を吐く私を他所に、凛はもう一言だけ付け足した。

 勿論私にではなく、メディアに。

 

「私は遠坂凛、この街のセカンドオーナーよ。

 聖杯に知識貰ってるだろうし、分かってると思うけど」

 

「は、はい。

 遠坂さん、よろしくお願いします」

 

「凛で良いわよ。

 凛ちゃん、はちょっとキツいけど」

 

 チラリと私を見て、凛はそんな事を言う。

 どう言う意味よ、と睨み返したいけれど、単純に気恥ずかしいだけだろう。

 実際、凛ちゃん何て外で呼ばれた日には、対面的に問題があろうから。

 

「はい、では凛さんとお呼びします。

 これからお願いしますね、凛さん!」

 

「はいはい、よろしくメディア」

 

 手を差し出した凛に、握り返すメディア。

 少し緊張気味だけれど、それでも笑っているメディアを見れて、少しホッとする。

 このまま順調にメディアが落ち着いていくかもと、そういう道筋が見えてきたから。

 

 現在のメディアは、どうやら人生の転落期の状態が色濃い形で召喚されてしまっている。

 だからこそ、何かにつけて怯えずにはいられなくて、私に気安いのは夢やラインを通じて私という形が何となくで伝わっているから。

 もし私が何か間違ってしまえば、メディアに愛想を尽かされるかもしれない。

 凛と仲良く出来そうになってるのは、元からあったメディアの人の良さに、凛の人柄が信じてみたいと思わされたからだろう。

 だからこそ、今は魔術という手段は横に置いて、メディアに付いていてあげたい。

 呼び出しておいて”ごめんなさい”なんて言えないから、せめてメディアが今を楽しいと思ってくれる様に努力する他にないのだ。

 

「話は付いたわね」

 

「わざわざ誘導してたくせに、よく言うわ」

 

「メディアとの会話は茶番だって、そう言いたいの?」

 

「別に、そこまでは思ってないわよ。

 アリスがわざとらしいって言ってるだけ」

 

 全くもう、と凛が呟いているのに、私はクスリと笑って頷く。

 実際凛の言う通りで、上手く落着してくれた事には安堵している。

 まぁ、凛がうまくこちらの思惑を察して乗ってくれた事が大きいのだけれど。

 

「ありがとう、凛」

 

「自分が不利になったら、露骨に誤魔化そうとするんだから」

 

「誤魔化しているだけじゃないわ」

 

「分かってるわよ、尚の事タチが悪いって事でしょ?」

 

「そこまで言われる程の事でもないわ」

 

「言っとくけど、褒めてないから」

 

「知ってるわ」

 

 分かりやすく凛の顔が顰められて、こいつはと小さく呟く。

 全く持って心外だ、私はいつも正直に努めているだけなのだから。

 凛からすれば、調子の良い奴と見えてしまっているのかもしれないけど。

 

「良かった、ところで凛。

 そろそろ時間も良い頃合よ、着替えて学校に急がないと初めての遅刻になるわ」

 

「なぁっ!?」

 

 思わずといった感じで、凛が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 時刻は八時十分、凛でも全力で走って十分であるから本当にギリギリの時間帯。

 それに凛的には、あまり走っている姿を見られるのは宜しくないらしい。

 こう、家訓的な意味合いで。

 

「決まり事とは言え、大変ね」

 

「あれ、アリスちゃんも学校という所に通ってるんじゃないですか?」

 

「そうね、でも今日は良いの。

 お休みするって伝えたから」

 

 遠坂家の黒電話、彼は今日とて現役選手。

 学校にはそれだけで連絡が取れるのだから、実に良い時代と言わざるを得ない。

 魔術云々を置いておいて、便利なのは基本的には良い事なのだから。

 

「どうしてですか?」

 

「言ったでしょう、今日一日はメディアと一緒にいるって」

 

 ドタバタと凛が行ってきますと声を出したのを確認しながら、私はメディアへ語りかける。

 彼女の姿に、下から上までゆっくりと視線を向けて。

 

「何時までもその格好じゃ外を出歩けないわ。

 とっても似合ってて素敵だけれど、もう少しカジュアルじゃないと街中を歩きづらいの」

 

 メディアが現状着ているモノは、ドレス風味で透明感のある装い。

 正直に言って、街中で見たら二度見した挙句に目を離せなくなるだろう。

 私としてはすごく良いと思うけれど、女の子なら服は幾らあっても困るものではない。

 無駄遣いにならない程度に、だけれどもバリエーションを考えて購入しなくてはならないのだ。

 

「アリスちゃん、良いんですか?」

 

「問題ないわ、むしろ私から頼みたい位よ」

 

「ありがとうございます!」

 

「えぇ、買ってからもう一度言ってちょうだい。

 ……それに、今日は一日それで過ごすつもりなのよ」

 

「あれ? 何だか一瞬悪寒がしました。

 サーヴァントは風邪を引かないんですが、一体どうしたのでしょうか」

 

「気にしては駄目よ、メディア。

 それより、付いてきなさい。

 行きは私のお下がりを着せるから、今から選ぶわよ」

 

「は、はい!

 アリスちゃん、宜しくお願いします!」

 

 トコトコと私の後ろを雛の様に付いてくるメディアに、私は笑みを零しながら彼女の手を引く。

 今日は幾つか服を買ってあげようと、そんな事を考えながら。

 出来るだけ楽しい思い出を、メディアへと届ける為に。

 なので、私は想いながら行動する。

 

 

 ――どうか今日も、明日も、メディアにとって素敵なモノでありますように、と。




よーし、これからは調子も出てきたし、また月1更新だ!
……と行きたいのですが、まだ忙しくてちょっと無理そうです。
また、暇な時間帯には書き溜めていこうと思うので、不定期ですがこれからも宜しくお願いします!(次の投稿まで遠そうですが……)

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