こちらからアリスのセリフと作中のシーンを幾つか提案させて頂きましたが、全文に渡ってドスみかんさんに執筆してもらっています。
作品の内容は、この作品の冬木市に、『その鴉天狗は白かった』の主人公である刑香が、とある理由で来訪したというお話です。
読まれる前に注意を少し。
①今回のお話は、本編からは外れている為に、起こりうる事象の一つでしかありません(つまりは、本編と関わり合いがあるのかどうか、定かではないのです)。
②キャラクターに、些細な差異があるかもしれません(自分で見た感じでは感じませんでしたが)。
③舞台はこちら冬木市、幻想郷は次元の壁の向こう側です(突破するには、紫様へ直訴ください)。
④コラボ作品ですので、そういうものが苦手な方はご注意ください(その鴉天狗は白かったをお読みでない方は、とても面白いですので是非読んでみてください)
⑤今日はこちらの小説を含めて二話更新してますので、まだ前話を読んでない人はリターンなされてください。
以上の点が宜しければ……
――ようこそ
――色香る、穏やかな冬木の断片へ
程よく雲が浮かぶ、伸びやかな一日だった。
アフタヌーンを回った時計が約束の時間を指し示すのを確認して、私は椅子から立ち上がる。同時にシュンシュンとヤカンが沸騰を始めたので、その中身をティーポットへと注いでいく。
お湯の中でジャンピングする茶葉はセイロンティー、癖の強くないということで選んだモノ。くるくると廻っている様子から見るに仕上がりは悪くはならないだろう。紅茶が出来上がるのを待つ間、お手製の焼き菓子を並べていくことにする。
ふむ、そういえば人間以外の舌に私のレシピは通用するのかしら?
地域や人種によって味覚は少なからず異なる、まして人外が相手となれば言わずもがな。ひょっとしたら口に合わないかもしれない。予測が足りなかった、これは私らしくない失態だ。
玄関のチャイムが鳴ったのは、ちょうど準備が終わろうかという頃合い。ここまで来れば仕方ない、初めから作り直す時間なんて無かったのだし、当たって砕けるしかない。
エプロンを外し、軽く畳んで椅子にかける。そして温めておいたティーカップを二組用意して完成だ。そういえば凛は私を迎える日に気合十分でドアを開け、突っ立っていた宅急業者に全力の優雅さを発揮してしまったらしい。後から聞いた話では性悪神父の策略だったということだが、あれも実に歪んだ男なりの親愛の証だったのだろう。まあ、私には関係のないことだが。
そんな実にどうでもいいことを考えながら、私は気持ちだけ足早に玄関へと向かった。
「ごめん、少しだけ遅れちゃったわ」
「遅刻は遅刻だけど、タイミング的にはベストだから気にしないでいいわよ」
「それはどういう……ああ、そういうことね。アリス」
ドアを開けた先には待ち焦がれていた相手。
私と同じくらいの背丈の人影が、まばゆい太陽を背景にして佇んでいた。ほんの少しだけ早まった胸の鼓動を誤魔化すために、小粋なジョークでも挟もうかと思ったが私はそこまで饒舌というわけではない。幸いにして相手もそれは同様なので、挨拶も程々にして家の中に入ってもらうことにした。
「今回はどのくらい滞在できるの?」
「アイツが言うには丸二日くらいが限度らしいわ。それ以上は私に負担がかかるから、あまり勧めたくないって」
「ふぅん、また随分と短いものね。そんなに貴重な時間を私とのお茶会に費やして良かったのかしら?」
「構わないわよ、今はまだ身体を慣らしている時期だし。それに貴重な時間を使っているのは、そっちも同じでしょう、多忙な学生魔術師さん?」
ただ色素が薄いのではなく、透き通るような白色が彼女のトレードマーク。肩にかからない程度で整えられたミディアムショートの髪も、露出の少ない服装からチラリと見える肌も、磨き抜かれた純白だ。例え魔術を併用してもこの色彩を表現するのは苦労しそうである。そのうちに人形作りに取り入れてみたいとも思っているのだが、どうなることやら。
さて、観察はこのあたりにしておこうと思う。
「ふふ、そうね。時間がないのはお互い様、それなら手早くお茶会を始めましょうか。歓迎するわ、刑香」
少女の名前は白桃橋刑香という。
今は隠しているようだが、本来はその背中には双翼があり、もちろん人間ではない。この国に住まう鴉天狗という種族らしく、これでも千年近く生きているとか。長く生きた者に特有の威圧感があまり無いので、そうは見えないが。
つまり彼女は裏の世界に足を踏み入れた者でも、近頃はめっきり出会うことの少なくなった幻想種だ。それも千年モノとなれば極めて希少な存在である。髪の毛の一本でも採取できれば、必ずや何らかの役に立つだろう。そんな打算的な考えは生憎と、今の私にはないんだけどね。
世にも珍しい私たちの出逢い、始まりは数週間前へと遡る。
その日、私は通学路で変なモノを見つけていた。
いや正確にいうなら変な『者』というべきなのだろう。日曜日ということもあり、淑女としてどうかと思うくらい朝に弱い家主をそのまま寝かせて、いつもの商店街へ買い物に向かっていた最中のこと。
曲がり角を曲がったところで食パンくわえた何者かにぶつかることはなかったが、代わりに出食わしたのはブロック塀に背中を預けて座り込んでいる女の子だった。血色の悪い顔で気を失っており、背丈は私とあまり変わらない程度で年齢も同じくらい。意識の無い相手を放っておけるほど、私も非情ではなかったので助けることにしたのだ。
情けは人のためならず、ならば貸しはあちこちに作っていて損はない。そんな言い訳を魔術師としての自分にしてやりながら、しかし不用意に少女へ近づいた私は言葉を失うことになる。
「ねぇ、あなた、大丈夫かしら……?」
思わず立ち止まる。
道端で倒れていた相手の背中に『翼』があるなんて誰が予想できただろうか。間抜けな声を上げてしまった私の反応は至極妥当なものだと、日記を書くことがあるなら明記しておくとしよう。
細い肩と腰回り、無駄な肉が一切ない無い手足、総合的に見て、かなり華奢な身体つきをしていた謎の少女。それこそ絶対にしないだろうが、仮に殴り合いになったとして私でも勝てそうな体格であった。そんな身体の背後から生えた双翼が雄々しく、誇らしげに存在を主張している。私はしばらく指先を動かすことすらままならなかった。
驚いたからではない、いや確かに驚愕もしたが些細な問題だ。
畏れたからではない、後から考えれば失礼だが恐怖はなかった。
私の心にあるゼンマイを停止させたのは、もっと別の理由。
「…………綺麗」
雪の少女とはベクトルの違う美しさ。
人工的に生み出された白銀と、自然のままに零れ落ちた純白。どちらが上というわけではない、どちらも手を延ばして触れたくなってしまう『魔』が宿っていた。それは私にとって、人形作りのインスピレーションが湧き出す泉のようなモノだ。この瞬間から私の中では、この人間かどうかも分からない存在を取り零すという選択肢は無くなった。
今から考えると、頭がどうかしていたとした思えないのだが、あの時の決断は我ながら迅速だった。
強化の魔術で自分の身体能力を向上させて、さっさと少女を遠坂邸に運び込んでしまったのだ。聖堂教会の関係者に知られてしまえば面倒なことになるのは確実で、得体の知れない者をホームステイ先の家に連れ込むなど凛が許すはずもない。普段の私なら有り得ない行動だった。
ええ、きっと正常な思考を失っていたのね。それくらいあの『白』は魔的で病的だったのだから。
◇◇◇
ーーそんな訳で、ちょっと外の世界を見てきてね?
どういう訳だと小一時間は問い詰めたい。
いきなりやってきたかと思ったら、こちらの事情も聞かずにスキマを足元に開いてきた。そうなってしまえば抵抗なんて出来るわけもなく、気づけば見知らぬ街に放り出されていたのだ。
座り込んだ自分の前に広がっていたのは、あまりにも人工的過ぎる世界。石でも鉄でもない素材によって覆われた地面は硬く、雲一つないはずの空は埃にまみれたかのごとく煤けてしまっている。
しばらく周囲を伺うこと数十秒。特に危険があるわけでもなさそうだと判断して、ため息をついて立ち上がる。やることは突拍子もないが、あの賢者の行動にはいつも意味がある。とりあえずは探索でもしていれば、何か指示の一つくらいはしてくるだろう。
悪寒が背筋を突き抜けたのは、その瞬間だった。
「これ、は……!?」
世界から自分が『否定』されるような感覚。
グラつく視界と共に体力がごっそりと持っていかれる。幻想の許されぬ外界という場所を甘く見ていた、ここまで妖力が不安定になるなんて思わなかった。
自らの生命を支える『能力』のバランスを失ったことを感じ取りながら灰色の塀に背中を打ち付ける。ガリガリと一本歯下駄が地面を擦るが、とても身体を支えられない。意識を手放し、糸の切れた人形のように倒れ伏すことになった。
「ああ、目が覚めたの?」
「っ!?」
微睡みを彷徨っていた意識が覚醒する。
頭を殴られたような衝撃とともに目覚めた思考は、自分が寝具の上で横になっていたことを認識する。すくに起き上がろうとするが、しかし身体は思うように動かなかった。シーツに付いた手の平は震えるばかりで、体重を起こせるだけの力はない。しばらく試みてみるが、どうにも駄目らしい。そのまま力尽きて、洗濯したばかりの清潔な匂いのする枕に再び顔を埋めることになった。
「安心して、なんて言葉が信じられるはずもないでしょうけど、私はアナタに危害を加えるつもりはないわ」
どうにか顔だけを声のした方へ向ける。
そこにいたのは骨董品らしい木製のチェアに腰掛けながら、人形のようなモノを弄っている少女だった。背丈は自分と同じくらい、もしくは少し高い程度のもの。光の粒子を散りばめたように美しい見事な金髪と、青いガラス玉を思わせる碧眼が、まるで人形のごとき印象を与えてくる。その瞳をこちらに向けることなく、少女は小さな部品を組み立てていた。片方の目にはモノクルをぶら下げており、それが冷たくも知的な雰囲気を漂わせる。
少なくとも、いきなり襲い掛かってくるような相手には見えなかった。なので、ひとまず起き上がることは諦めて問いかける。
「ここは、アンタの家?」
「お世話になってる友人の家よ。道端で倒れているアナタを見つけてね、放っておけなかったから私の部屋に運んだの」
「それは、お礼を言うべきなのかしらね」
「別にいいわ。それより名前、教えてくれない?」
「……刑香、白桃橋刑香よ」
言葉の全てを信じたわけでないが、寝床を借りている以上は名前くらいは教えてもいいだろう。まだ『能力』が安定していない、今の自分は単なる人間にすら勝てないかもしれない。心臓が警鐘のように鳴り出すのを感じる。目の前にいる人物が何者なのかは知らないが、善人であろうと悪人であろうと何かをされた際に抵抗が出来ないのは望ましくない。
刑香からの答えに人形のような少女は手を止める。
「ちょっとだけ意外ね、ファミリーネームがあるとは思わなかった。それにファーストネームにしても予想していた候補が尽く外れたわ。聖書にある名前を片っ端から思い浮かべていたのだけど、やっぱりアテにならないものね」
「いや、何の話よ?」
「こっちの話、ところで名乗ってもらったんだから私も名乗り返すべきかしらね」
残念そうな様子はどこにもなかった。
本人が言ってる通り、純粋に予想が外れたことが意外だっただけなのだろう。そして金髪の少女はモノクルを机に置いて椅子から立ち上がる。
「私の名前はアリス、冬木の街の人形師よ」
勝ち気そうな一方で聡明な光を宿した眼差し。
青いワンピースがふわりと揺れて、それに合わせるかのように部屋に置かれた人形たちもまた立ち上がる。そして一糸乱れぬ様子で一礼した。小人の国の女王、もしくは楽団の指揮者とでも言い表せばいいのだろうか。いずれにしようと見事だった。後から気づいたことなのだが、この時に自らの手の内をみせたのはアリスなりに警戒していたかららしい。
魔術師として、妖怪として、それぞれが危険度の低い相手と向かい合っていたと分かった今となっては笑い話だ。
こうして、アリス・マーガトロイドと白桃橋刑香、魔術師と鴉天狗は出会うこととなった。
◇◇◇
「あの時は、てっきり空から天使が落ちてきたのだと思ったわ」
「ぶっ!? ……随分と恥ずかしいことを口にするのね、アンタ」
「するわよ、本心なんだから」
「何がどうなったら妖怪である私がそんな存在になるんだか。審美眼はキチンと鍛えておきなさいよ、そのままだと節穴よ?」
「空から降ってくるのは、雨か雪って相場が決まっているの。だから貴女は特別……敢えて言うなら御使いに見えてしまったの」
バツが悪そうに顔を背ける刑香。
どうにも自己評価がそれなりに低いせいで、褒められること自体に慣れていないらしい。
「これでも昔よりは前向きになったんだけどね。荒れてた時期なんて親友以外から何を言われても皮肉か罵倒にしか聞き取れなかったものよ」
「それは難儀なことね、会話もままならないわ」
「そもそも私と会話してくれる相手がいなかったから問題なかったのよ。まあ、これは楽しい話でもないから気にしないで……興味を持つのは勝手だけど」
「ええ、興味はあるかもね。でも尋ねるのは止めておこうかしら。私が出会った刑香は今の刑香だから、過去は過去ということにさせてもらうとするわ」
「そっか、ありがと」
「どういたしまして」
そう言ってティーカップを傾けた。
紅茶に添えたフレイバーは桃のマーマレード、わざわざ手作りした自家製だ。溶けたフレッシュな甘みが舌の上を優しく転がっていく。そんな風味を楽しみつつ、二人は焼きたてのスコーンをお皿に取り分ける。
簡単に説明するなら外側はビスケット、中身はパンに似た食感をしたスコットランド料理であるスコーン。その表面にジャムを塗ってから、滑らかなクロテッドクリー厶をたっぷりと乗せていく。カロリーなんて気にしない、甘いモノ好きな乙女の夢もついでに乗っけてやるのが良い。
このまま口に含んで、そのまま紅茶を飲んでやるとスコーンが溶けて、クリームとジャムが混ざり合う。その伝統ある味わいを楽しむのが、この焼き菓子の食べ方の一つである。
懸念していた味覚の相違については、問題はなかったらしく刑香が小さく笑みを浮かべた。
「……うん、美味しい。アリスは料理が上手いわね。やっぱり人形を作っていると、他のことに対しても手先が器用になるのかしら?」
「それはあまり考えたことがないわ。必要に迫られてこなしていたら、いつの間にか上達していた。世の中の万事はそんなものよ」
「いつの間にか上達していたのなら、才能があったのよ。魔術師だけじゃなくて、洋菓子屋でも上を目指せるんじゃない?」
「パティシエになるつもりはないわね、魔術師を廃業したら考えてみようかしら」
何でもない話が繰り返される。
ちなみに二人がいるのは、古色蒼然という言葉が似合う衛宮邸。家主が後輩と一日デートで帰らないから留守番をしてやる条件で借りているのだ。遠慮はいらないと言われているので、気楽なものである。もちろんアリス・マーガトロイドならば下手なことをしないという信頼があるからこそ、あそこまで簡単に了承してくれたのだろうが。
妖怪を連れ込んでいると知られたら、どんな顔をするのか少しだけ見てみたい気はする。正義の味方的には自宅に人間の敵である妖怪がいるのはアウトなのか、セーフなのか興味がないこともない。
「茶葉は同じみたいだけど、この間のやつとは少し違うわね?」
「ええ、今回はジャムを入れてみたの。一応はロシアンティーという名前になるわね。まあ。本場では紅茶を飲みながらジャムを舐めるというものなので、まったく別だったりするんだけど」
「ふーん?」
ちゃぶ台で頂く紅茶というのも案外と悪くない。
元は古い武家屋敷であったのを、士郎の亡き父親が買い取ったらしい邸宅。瓦葺きの木造建築、そこまで大きくないとはいえ庭や土蔵まで付いているのだから立派なものだ。しかし流石に洋室は無かったので、こうして和室でのお茶会となっている。ミスマッチでアンバランス、しかし参加者が世間から外れた魔術師と妖怪ならば許されるだろう。別に誰かから許しが欲しいわけでもないし、許されなくても強行するだけなのだが。
まさか居間に写真が飾られている故人も、こんな怪しげな二人組が自分の家で談笑する未来など予想もしなかったに違いない。気のせいか写真の顔が困ったように笑っている気がした。
「そこの花はアリスが飾ったの?」
「ああ、あれは家主さんの可愛い後輩が持ってきたのよ。今は二人でデートの最中ね」
「デート?」
「要するに逢引よ、逢引」
「あ、ああ………なるほどね」
少し顔を赤くした刑香が指摘したのは、小さなガラス瓶に挿されていたスミレの花。何日か前に桜が持ってきたもので、基本的に殺風景なところのある居間を可愛らしく彩っている。花言葉は『小さな幸せ』なのだから、あの子らしい花なのだと思う。もちろん衛宮士郎はそのことには気づいていないし、周囲の人間も教えてあげるつもりはない。知らなくても気づかなくても、あの子からの想いが色褪せることはないのだから。
しかし鉢植えならともかくとして、花瓶に挿された花の寿命は短い。もう既に花は枯れかけており、間もなく生命を終えるだろう。せっかく今日はデートなのだから、せめて二人が帰ってくるまでは元気に咲いていて欲しかったが。
すると、おもむろに刑香が立ち上がった。
「どうかした?」
「余計なお世話かもしれないけど、お茶代の一部くらいは払っておこうと思ってね。まあ、気楽に見ててくれると助かるわ」
かざした右手、溢れたのは魔力に似た青いチカラ。
単なる魔術の行使でないことは即座に理解できた。人間とは根本的に違う、世界に定められた概念そのものに抗う何か。きっと魔術師の理解を超えたモノ、身構えはしたものの不思議と恐怖を感じることはない。清らかな空気の流れが髪を梳いていくのを私は黙って見守っていた。しばらくすると、刑香が手を退けて振り向く。
「こんなところね。きちんと水を変えて、陽射しに気をつけてあげれば、この子もあと二日くらいは持ってくれるはずよ」
「……何を、したの?」
「ちょっと『寿命』を延ばしてあげただけよ。草花は私よりもっと詳しいヤツがいるから、いつもは手を出さないんだけどね」
スプーンが手の平が零れ落ちた。
ちょっと待ってほしいとアリスは絶句する。枯れかけていたはずの花が甦っているのだ。もし魔術に疎い者が見たとしたら、ちょっとした手品だと思うくらいだろう。しかし今、目の前で起こったのは『現実』だ。
魔術でも同じようなことは出来る。しかし難解な術式を組み立てる必要があるため、ここまで簡単に出来ることではない。それに出来るのは時間の流れを逆流させたり、生命の規範から対象を逸脱させるモノ。封印指定、その単語がたやすく浮かんでくるレベルの禁忌である。
他の魔術師なら、この瞬間に白い少女を研究サンプルとして捕らえるために襲いかかっているのは間違いないだろう。それなのに刑香は何でもないことのように、アリスへと語りかける。
「これが私の鴉天狗としてのチカラよ。どうかしら、私に話しかけるヤツがいなかった理由が分かったんじゃない?」
アリスを試すような光が空色の瞳に揺らめいていた。
自分を狙うかもしれない相手の選別、そして自分と付き合うことによるリスクの提示といったところだろうか。わざわざ手の内を明かしてしまうとは、とんだお人好しである。
それが可笑しくて、我慢できなくなった少女は笑ってしまう。寿命の延長、それは人類における永遠の課題だろう。しかし生憎だがそんなもののために友人を犠牲にするほど、アリスという魔術師は切羽詰まっていないのだ。そういったものに異常なほどに執念を燃やしていそうな蟲の翁がいるにはいるが、それはそれ。対策は追々に考えよう。
しばらくして怪訝な顔をしているお人好しの妖怪へとアリスは口を開いた。
「貴方の白は、人を惹きつける。可憐で、透き通っていて――病的だもの。色々な意味で目が離せそうもないわ」
答えはこんな感じだ。
こんな東の端にある世界で、これまでも多くの出会いがあった。それでも抱えきれないくらいの思い出なのに、ここに来て更に土産話が増えてしまったと、西洋産の少女は笑う。どれも捨てるつもりはない。一つ残らずトランクに突っ込んで、いずれホームステイが終わる時は故郷へ帰ってやるつもりなのだから。
それは、目の前にいる天狗少女とて例外ではない。
「そう……後悔するかもしれないわよ」
「反省はするかもしれないわね、でも後悔はしないつもり。これでも訳ありの知り合いには事欠かないの、今更一人くらい増えたところで関係ないわ」
「私もそういう顔見知りは大勢いるわ。それこそ同族の天狗から吸血鬼、覚妖怪や鬼とか色々ね。あとは今、金髪の人形師が加わったかな」
「私も白い翼の天狗が加わったところよ。ところでその吸血鬼とか他の妖怪の話、聞かせてくれるかしら?」
「ええ、もちろん」
心地良い風の吹く休日、午後三時のティータイム。
多めに用意されたお茶菓子はまだまだ尽きる気配がなく、紅茶のポットもまた豊かな香りを立ち昇らせる。ならばお茶会が続かぬ理由はどこにもなかった、お互いの友人のこと、学校や寺子屋のこと、魔術のこと、能力のこと。尽きぬ話の種は春に芽吹く草花のごとく、その一つ一つが小さく心を彩っていく。
ずっと昔からお互いを知っていたような、そんな気持ちさえ浮かんでくるアフタヌーン。のんびりと葉を揺らすスミレの花が見守る中、人形使いと鴉天狗の少女はいつまでも語り合う。
それは、何でもないお昼の一幕にあったお話。
この場において、ドスみかんさんへ格別の感謝をさせて頂きます。
綺麗で落ち着ける作品、ありがとうございました!
……あと、タイトルはこちらで付けました。