今年も是非宜しくお願いします!!
という訳で、義理立て程度に番外編を投下。
案の定長くなったので、上下に分割するの巻。
これも全部、東風谷早苗とかいう美少女がいけないのです(真顔)。
題名はアレですが、別に早苗さんが冬木市に永住するとかそんな訳はないです。
というか早苗さん便利すぎて、何度も出してしまう不具合。
なんでや、この作品はFateやのに……。
※なお、何時もの荒い深夜行軍作品なので、結構ガバガバだと思います(言い訳)。
一月一日、新年の始まり。
欧州ではハッピーニューイヤーと各地で喝采され、日本でもまた新年明けましておめでとうございますと挨拶が飛び交う。
皆が新しい年の到来を祝う中で、ある場所でも寿ぎの言葉を述べられていた。
「神奈子様、諏訪子様、新年明けましておめでとうございます。
何卒、今年もよろしくお願いします」
「うむ、今年も息災であるよう努めよ」
「はいはい、今年もよろしくー早苗」
頭を下げて二柱に平伏する少女、東風谷早苗は毎年の年始の始まりの挨拶を、今年も欠かす事なく行っていた。
彼女の信仰心の高さ、真面目な性格が後押しをして、毎年しなければ落ち着かないとかなんとか。
二柱も己の風祝の勤勉さを喜びつつ、無性に甘やかしたくなる衝動に抗っているところである。
これとて毎年のこと、格式張った守矢神社での日々の一ページ。
けれども、真面目なのはココまで。
なにせ冬、凍てつく空気の冷たさは、何にも代え難き苦痛であるのだ。
そんな中で、可愛い自らの風祝を我慢させるなど、親バカじみたところがある二柱には不可能なことであった。
だから新年の挨拶も、直ぐに炬燵に潜り込めるように居間で行う始末。
それを怒るものなど、この場の何処にも居ないのであるから問題はないのだろうが。
「ほら早苗、早くおこたの中に入りよ。
あ、みかんもほら!」
「慌てるな諏訪子、炬燵は逃げも隠れもせん」
「いいや、私は慌ててる訳じゃないよ。
ただ単に急いでるだけさ。
さっきまでおこたに入ってたからか、どうにも寒くて適わないからね」
「年の瀬早々詭弁を並べよってからに。
少しは耐えろ、神が醜態を晒しては下に示しがつかん」
「大丈夫さ神奈子、既に手遅れだから」
「お前という奴は……」
そんな守矢神社の面々は、年を跨いで新年を迎えても一向に変わることがない。
時計がチクタクと針を刻む前からこの土地に居着いてるだけあって、何度も迎えた瞬間に他ならないから。
洩矢の神ジョークの中に、土着のプロ、なんて言葉を作るくらいには長くこの場所に腰を据えている。
ただ唯一言えることは、早苗と共に過ごす正月は、二柱にとって何物にも代用不能なひと時であるということ。
敬意を持って面倒を見てくれて、神様の事が大好きときている。
ここまで来ると、本気で可愛くて仕方がなくなってしまうのが親心ならぬ神心と言えようか。
それこそ、孫が可愛くて仕方がない祖父母の如き溺愛ぶり。
嫁に出すことになろうものならば、相手の人物は神々のお眼鏡に叶うように相応に鍛えられる事になるだろう……血も、少々は流れるやもしれない。
尤も、その可愛い風祝本人は、大好きで親愛なる人形師の友人にお熱であって、ご両神たる諏訪子も神奈子もどこか心配しているのである……非生産的な意味合いで。
だが当の人形師は、文を交わす事があっても、直接会う機会は少ない。
これで毎日でも会えたなら、スキスキ大好きなんてオーラを撒き散らして放課後辺りに守矢神社に拉致しかねないから、これで丁度良い距離感なのであろう。
「さて、じゃあ紅白でも見ましょうかね。
誰がいるのか、楽しみだねぇ」
「さて、誰がいるか。
私としては、小林幸子がいるので一定には満足しているが」
「神奈子好きだもんねぇ」
人形師がいなくても守矢神社は廻る。
むしろ居ることの方が少ないのだが。
それこそが、この場にいる者達の日常に相違ないから問題はない。
少々寂しい思いをしている少女も、明るい神達の遣り取りに頬を和らげる。
故に平和で、今年もつつがなく正月が訪れ、何時もの様に雑煮をもっちゃもっちゃと食べるのだろう。
概ね、二柱はそう考えていたし、早苗も大筋そうなるだろうな、と思っていた。
今年も始まりは平和でのんびり、緩やかに流れていくと予測していたのだ。
なので多少不健全でも、正月はやや無礼講じみたダラけ空間が形成される。
参拝客はご老人を含めて少々な為、何時もの巫女服にどてらを羽織るというスタイルで毎年職務に励んでいる早苗は、実質的に開店休業的な日々を過ごす。
神社の経営的には大変宜しくないが、二柱が長期に渡って居着いたお陰で、神社の劣化は非常に緩やか。
補修費用は殆ど要らないのが、この神社の経営を成り立たせているポイントである。
何であの神社まだ存続してるんだろう、とか影で思われているが、早苗的には守矢家の歴史は神話です! と意味不明な回答をするばかりで、異常に気づいても頭を傾げるしかないのが現状だ。
流石は守矢家、やっぱり変態である。
と、それはさて置いて。
今年も平和につつがなく、それこそが幸せな停滞であると言わんばかりの守矢家であったが、それに異を唱える風雲急を告げる出来事は直ぐそこまで迫っていた。
つまりはそれは……、
『東風谷早苗様へ
この度は明けましてオメデトウございます。
今年もどうか、何卒宜しくお願いします。
……で、良かったのかしら?
気の利いたことを書けなくて悪いわね。
けど、今年も宜しくしたいのは事実よ。
年賀状の作法なんて私は理解してないからこそ、唯々本音を書いたわ。
また、私の方からじきに会いにいくから。
もしよければ、貴女の側から会いに来てくれるのも一興かもね。
来てくれるのなら歓迎するわ、その時はこっちで遊びに行きましょう。
まぁ、言ってみるだけ言ってみただけなのだけれど。
それでは、これにて筆を置くわ。
貴女に良き日々が続きますように。
アリス・マーガトロイドより』
ただ一つの葉書き、日本の文化たる年賀状のそれであった。
その文字が綴られたものこそが、嵐を巻き起こす為のキーアイテム。
これを読んだ時、早苗はこう叫んだのだから。
「こ、ここここれは素晴らしい発想です!
そうです、アリスさんが日本にいても、自分から会いに行けば良いんじゃないですか!!」
神社から離れることをあまり考えていなかった早苗らしく、その事には気が付いていなかったらしい。
早苗には神社の管理がある為、早々にはここから離れられないのだ。
正気に戻った早苗がそれに気がつき、考える人の如くに苦悩する姿が神社で見られるようになったのは余談である。
哀れんだ二柱の慈悲により、今年ばかりは己の責務から早苗は解放された。
非常に泣く泣くであるが、二柱は早苗を送り出したのだ。
心で、アリスに僅かな呪詛の言葉を投げつけながら、ではあったが。
……こうして、東風谷早苗の冬木への冒険が始まった。
彼女の気分は、魔王に幽閉されたお姫様のアリス姫を助けに行く王子の心象であったと、ここに追記しておく。
「待っててくださいね、アリスさん!」
フンス、と鼻息荒くしての出立。
二柱がハンカチを振りながら見送ったのは、半ば出兵する子供を見送る親の心境だったのかもしれない。
そしてその頃……、
「……何かしらね」
「ん、どうしたのアリス」
遠坂邸で、餅をチョコに付けて食べるなどの暴挙に勤しんでいたアリスに、ふと予感が襲ってきたのだ。
彼女の目が、脳に信号を送ってる。
即ち――嵐の前日であるのだと。
「いえ、戸締り補強はしっかりしなきゃダメねって感じただけよ」
「唐突ね、しかも意味不明と来てるわ」
「そうね、私も自分の言ってることが分かってないもの」
はぁ? と訝しんでいる凛に対して、アリスはさて、と少しばかり考える。
何が起こるのか、もしくは迫っているのかと。
「……まさか、ね」
小さく、凛に聞こえない程度に呟く。
ふと過ぎった、元気印な顔が何故だか心によく響いた。
でも、本当に彼女がここに来ようとしているのなら……。
そこまで想像して、自然と微笑んでいる事に気がつく。
頭とお腹が痛くなるだろうけれど、その分楽しさだって負けてはいないだろうから。
成程と納得したところで、気味悪げに見ている凛に、アリスはこんな提案をした。
「どう? 凛もいるかしら?」
「結構よ」
スっと、チョコまみれになった餅を凛に差し出すが、即座に拒否される。
考える余地もなく、凛の中ではギルティだったのだ。
「……そう、残念ね」
自業自得ながら、アリスは今苦しんでいた。
どうしてこんな暴挙に出たのかと、少し前の自分を罵りながら、彼女は餅を口に運んでいく。
……それは甘くて、餅独特の甘みと絡み合って、不可思議な味を構築していた。
なんとも言い難き、不味くはないが……を地で行くお味。
自然とそっちに集中して、アリスはさっきまで考えていた事を頭の片隅に忘却していく。
この事を思い出すのは、ほんのもう少し後のことであった。
「ここですね、アリスさんが住まう街は……」
感慨深げに、私は呟いてしまう。
だってこの街にはアリスさんがいて、私はそこに立っている。
それだけで震えてしまうし、震えに伴ってワクワクと喜びが増幅していく。
新たなる新天地を目指す、開拓者の気持ち。
それを心のピンで止めて、私は歩きましょう。
目指す場所はただ一つ、そこに向けて着実に。
手紙と地図の場所から、大体場所はわかっている。
冬木市深山町、そこの遠坂さんのお宅にアリスさんは居らっしゃる。
ならば後は、愚直にその場所目指して歩くのみ!
「アリスさん、今行きます!」
ちょっとした決意の様に呟いて、私は駅を飛び出しました。
この先に、きっと目指している場所があると信じて。
そうして私はアリスさんの下に、一直線へと――
「……ここは、どこでしょうか?」
……一直線へと、たどり着く事が出来ませんでした。
何故ここにいるのか、それすらさっぱり分かりません。
今いる場所、清廉さを纏った教会の前で候う、です。
本当に、どうしてこうなったのかが分かりません。
流石の私も、この状況には少々困ってしまっていました。
でも、私には既に決めていることがあります。
何かと言えば、至極簡単なこと。
それは目の前にあるこの教会、ここには一切頼らない事。
何が一神教ですか、実家に帰るがいいです。
神奈子様も、敵には容赦するなと言ってました。
つまりは回れ右しろということです。
という訳で、私はUターンして、坂道からオサラバと相成りました。
全く、こんな街を見渡せる場所に教会があるなど、この街は教会にでも牛耳られてるというのでしょうか?
もしそうならば、あまり愉快とは言えません。
そんな事を考えながら、私は坂道を降りて行きます。
教会が高い所にあるせいか、寒さも嫌に感じられて、足は自然と早くなっていき。
……そして、私は足を止めました。
目の前に、何だか背の高い男の人がいて、良く分からないけれど威圧されたような感覚に陥ったから。
思わず足を止めてしまうと、背の高い男の人も私に反応して、こんな質問を投げてきました。
「おや、お嬢さん、もしや我が教会に何か御用でしたかな?」
薄らと笑いを浮かべた男の人は、黒いカソックを着ていて。
商売敵だって分かるのに、咄嗟に体が反応しませんでした。
……何故ならば、彼からは不浄な気配を感じたから。
不味いものに憑かれていて、その影が私を哂っている気がしたのです。
「ん、どうかしたかな?」
「いえ、その……」
その瞬間には、商売敵がどうとかなど頭の中から吹き飛んでいて。
それよりも、一つの心配の方が、私の中で大きくなっていました。
「何かな?」
「あなたの、その、体で飼っているもの。
……それは大丈夫なのですか?」
我ながらおっかなびっくりにも程がある。
そんな情けなさを抱えながら、恐る恐る尋ねたのです。
すると、男の人は少し面白そうな顔をしながら、逆にこう訊いてきました。
「お嬢さん、貴女には私に何が憑いているのか、見えるのですかな?」
「気配を感じる、程度ですが」
そう告げると、ほぅ、などと彼は感心したように声を漏らして。
彼は、自覚してそれを飼っているのだと、私はようやく理解できました。
尤も、なぜそんな危ない気配のものを飼っているかなど、全く理解できないのですが。
「ではお嬢さん、もう一つばかり質問をさせて頂きたい」
「はい、どうぞ……」
この人から少し怖いものを感じながらも、私は頷きました。
私からも、一つだけ聞きたいことがありましたから。
「お嬢さんの目から見て、感じて、私のそれはどう思いましたかな?」
だけれど、彼の質問はやや意地悪く感じて。
だって私は最初に、不浄の気配と言いました。
それなのにもう一度言えということは、別の答えを求めていることに他ならず。
もっと率直に伝えろと、私には理解できたからです。
「……貴方から感じるそれは」
けれど、なんとか答えようと努力はしましょう。
自分からも求めようとしているなら、応答するのは礼儀とも言えるのですから。
「黒くて、濃い、心に巣食うモノ。
普通の人なら、触っただけでどうにかなってしまいそうです。
貴方がそんな物を止めていられるのは……」
きっと、絶望的なまでに相性がいいから。
つまり貴方は……。
そこで、考えるのを強制的に止めてしまいました。
全てを言おうかと考えましたけれど、それを言うと言葉に魂が宿ってしまいそうだから。
今相対している人が、そんな怖い人だとは考えたくありませんでしたから。
だから私は、そこで物を言うのも、考えるのも止めてしまって。
この時、私は確かに怖いと、そう感じていたのです。
だからこそ、
――そんな私を見て、哂っている目の前の人が、何よりも怖い。
背中が冷えて、手が震える。
全てが寒さのせいでないことを、私は理解しまって。
私の言葉に、何か満足そうなものを感じているようにも見えたから。
「私からも一つ」
だけれど、だからこそかもしれませんが。
そんな中で、私は言葉を絞ります。
正体不明の鼓動を感じて、それが分からないと余計に怖いと思って。
「貴方の飼っているそれ、妖怪か何かの類ですか?」
聞いてしまう、聞かずにはいられない。
そしてもし悪い答えが返ってくるなら、私は容赦なく戦うことを選ぶでしょう。
守谷が秘めし神理の力、私の未熟さを持っても大きさ余るもの。
それを行使して、私は力を振るいます。
だからできるだけ強い目をして、私は睨む様に黒い男の人を見上げました。
――すると、彼は微笑んで。
こんな状況でそんな表情ができることに、やっぱりこの人は悪い人だと確信させられます。
あまりにも堂々としている辺り、かなりの大物かもしれません。
だから私は、バッグの中に手を突っ込んで。
お祓い棒を手にしたその時、彼はサラリと告げたのです。
「なに、これは生まれられなかった赤ん坊の怨念だよ」
「赤ん坊?」
「あぁ、そうだ」
一瞬、彼が告げた言葉の意味が良く分かりませんでした。
赤ん坊? 貴方のそれが?
言葉を理解した時、思わず乾いた笑いすら浮かべてしまいそうになって。
よくもそんな分かりやすい嘘をと、好戦的に私はなって。
そうして、顔を上げて彼を見た私は……次の瞬間、言葉を失ってしまう。
――だって彼の顔、嘘の欠片も見えなかったから。
本当に真実を心から告げていると、その表情だけで読み取れて。
私から、戦意も何もが抜け落ちてしまう。
……こんな人、本当にいるんですね、と妙な関心と共に。
「分かりました、そういう事にしておきます。
では、そろそろ私は行こうと思いますので」
聞くだけ聞いて、私は足早にここから去ろうと思いました。
この人と私は、きっと相性が悪いでしょうから。
だから出来るだけ急いで立ち去ろうとしたのですが……。
「待ち給え、お嬢さん、最初にここに来た訳をまだ聞いていない」
「……道に、迷いまして」
聞かれたから反射的に、私は答えてしまっていました。
それだけの凄みのような物を、この神父さんは持っていたからです。
「行き先は?」
「深山町の住宅街の方です」
スルりと心の隙間に入られるように、弱ったところでそう訊かれて。
私もポロリと漏らしてしまって。
流石は聖職者さん、と異教の技術に戦慄させられるのでした。
「ならば、駅前のバスを使うと良い。
バスが大橋から冬木市に運んでくれる」
「はい、ありがとうございます」
神父さんはそれだけ聞くと、そのまま上の教会へ歩いて行ってしまいました。
きっと悪い人でどうしようもない人だと思いますが、その分真面目さで社会に溶け込んでいるのでしょう。
そう考えて、私は彼を危ない人から、危ない真面目な人へと評価を上げることにしました。
さて、では忠告に従って行くとしましょう。
……ところで、結局私は神父さんに頼ってしまったのでしょうか?
うーん、と悩みながら私は駅へと向かっていきます。
そしてバスに乗る頃には、私は神父さんに強迫されたのだと結論づけて、納得をしました。
あんな怖い気配、有無を言わせない雰囲気はそうですよね、うん。
そんな心理的決着を付けて、私はバスに揺られてユラりと行きます。
今度こそ、待っていてくださいね、アリスさん!
という訳で、どんぶらこと流される桃のごとく。
バスに揺られて出発進行……しようとしたのですが。
『おーい、まぁちぃやぁがぁれぇーーーーーーー!!!』
そんな声が、どこからか聞こえてきて。
バスの中でも気付いてる人と気付いてない人がいますが、気が付いてる人はキョロキョロと辺りを見回します。
私もその中の一人、外から聞こえる声に、キョロキョロと見回して。
でも声が段々と小さくなっていく事に気がついたので、後ろに振り向きました。
幸い一番後ろの席に座っていたので、直ぐに振り返れたのです。
そうして、私が見えてしまったのものは……。
『待てやゴラァァァァァ!!!』
恐ろしい形相をして、鼻水と涙で彩られた日焼けが眩い女の子の姿。
とてもじゃないですが、見てられないものがあります。
次のバスを待ちましょうよ!
どうして追いつこうとしているのですか!!
そう言ってあげたいです、女の子がして良い顔をしてませんから。
敢えて言うならば彼女は人にあらず、一匹の疾駆する獣なのです。
「運転手さん、向こうからバスを追いかけてきている人がいますよ?」
そのあまりの有様に見るに耐えず、私は運転手の人にそう告げて。
バックミラーを見てドン引きしていた運転手さんを宥めながら、ギリギリまで彼女を待ってもらいました。
あまりにあんまりですしね、仕方ないですね。
そうして待っているバスに、全力で走っていた彼女は直ぐに追いついてきて。
全力ダッシュの真髄ここに極まれり、大会に出ればかなりの上位に食い込めそうな程の健脚。
表情が凛々しければ見惚れたかもしれないそれは、ただ寒さと必死さに塗れる彼女の全力さの前に脆くも崩れ去ってしまいました。
何が彼女にそこまでさせるのか、全く持って分かりませんがその懸命さだけは理解できます。
頑張って何かをする、そういうのは私大好きですから。
そんな懸命な彼女は、あっという間にこのバスへと追いついて。
十五秒も待っていた気はしません。
必死さ目立つ彼女は、転げるようにこのバスへと乗り込んできたのでした。
「ハァハァ、な、何とか、なった、ぜ…………」
乗り込んだ途端、満身創痍、乾坤一擲を掛けた後の如き惨状の女の子。
妙に、やりきったぜと言わんばかりの表情が光ってました。
そこまでして彼女が何を得たのか、私には分かりかねます。
でも、彼女が納得しているならそれで良いか、とも思いました。
「お疲れ様です、ビックリするくらいに速かったですね」
ただ、その頑張り屋な人に、興味が俄かに湧いてきて。
私はバスの中でなら、と話しかけていたのです。
振り向いた彼女は、億劫げでしたがどこか得意げな顔をしていました。
「おう、この穂群原学園の黒豹の渾名は伊達じゃないからな。
ラン&ランで私に付いてこれる奴は、そうそういないってな!」
「おぉ、それはすごいです!」
渾名、二つ名、何とも心擽られるフレーズ。
私も何か欲しいです、例えば”祝祭の風祝”だとか、”守矢千年の守り手”とか。
”ミラクル早苗ちゃん”も捨てがたいですけどね!
「名が知られた選手さんなのですね」
「ヘヘヘ、そう褒めるなよ」
話してみるととても素直な方の様で、直ぐに笑顔を浮かべられました。
そういう方は話しやすくて、私的には大変宜しいです。
勿論、一番良いのはアリスさんなんですけどね!
「にしても、お前見ない顔だな。
高校とか、どこ行ってるんだ?」
「私他所から来たんです。
今日は友達と一緒に遊んだりしようと思って」
「あー、道理で」
どこか納得したように呟く彼女に、私は小首を傾げてしまいました。
だって大抵の場合、初めて見る人や覚えてない人が殆どでしょうから。
だから不思議に思って、なんでと思ってしまったのです。
けど私は分かりやすかったのか、彼女は聞くより早く答えてくれたのです。
「お前、何か目立ちそうな外見してるじゃん?
ゴージャスって感じじゃないけど、デリシャスみたいな?」
「私は食べ物か何かですか?」
「え、褒めたつもりなんだけどなぁ」
あれ、私の英語力、低すぎ? と呟く彼女はどこか味のある表情をしていました。
かぼちゃの煮物に、醤油をドバドバ掛けたような。
「ところでですが」
「何だよ」
あまりに不毛な気がしたので、デリシャス云々は横に置いておきましょうそうしよう。
そういう訳で、私の脳内議会(マスコットはミニアリスさん)で全会一致で通り、先程から気になっていることを聞くことにしました。
まぁ、つまりはですが。
「貴方はどうしてあんなにも懸命に走っていたんですか?」
「はい?」
「次のバスを待っておけば良かったじゃないですか。
だから、どうしてかなって思って」
そう尋ねると、彼女は顎に手を当てて考え始めてしまいました。
理屈ではない何かに突き動かされての行動だったのでしょうか?
もしそうならば、それはそれでびっくり箱のような人だと思いますが。
数秒して、彼女は口を開きました。
何故か先ほどと同じ得意げな顔をして、こんなことを告げたのです。
「まあ私ほどの玄人になるとだな、こうしゅぱっと感覚が頭に囁くんだよ。
お前、今走ればヒーローになれるぞってな」
「女の子なのにヒーローなのですか」
この人の英会話力は、結構まずい域にあるのかもしれません。
とまあ、そんなことはさて置いて。
成程、脳内が囁いてくる。
……えぇ、その感覚、分かります。
正しく典型とも言える感触です。
「一流はやっぱり違いますね!」
「はっはーっ、お前見る目あるね!」
そう言って私達は互いに肩をポンポンと叩き合います。
何だろうこの一体感、着実に風が吹いているような気がします、私達の方に。
「よっし、じゃあ今日は私がたい焼きを奢ってしんぜよう」
ところどころ調子に乗ってますが、中々に気前も良いです。
有難い申し出に笑みが溢れそうになりますが、しかしです!
「申し訳ありませんが、今日は用事がありますので」
「例の友達って奴に会いに行くんだろ?
別にそんくらい寄り道したって、罰は当たらない当たらない」
「いえ、単純に私が早く会いたいだけなんです」
アリスさん、あぁ、アリスさん!
貴女の友である東風谷早苗は、すぐ傍まで迫っています。
再開の鐘の音は、もうすぐ鳴り響こうとしているのです!
「……ぃ、おい!」
「へ?」
「おぉ、戻ってきたか」
「あ、済みません」
どうにも最近アリスさんに会えていなかったせいか、アリスニウム(アリスさんと一緒に居たり手紙でやり取りするで摂取が可能。美容に良い……気がします)が足りておらず、こうして意識を飛ばしてしまうことがたまにあります。
主にアリスさんの事を深く考えすぎたりした時とか。
「えーと、まぁ取り敢えずだ。
お前はその友達が好きで好きで仕方ないから、わざわざ会いに来たってことなのか?」
「はいっ、その通りです!」
即座に肯定すると、目の前の人はどこか呆れた顔をしていました。
何故でしょう、全く持って解せません。
「何ですか?」
「もしかしたら男か?」
「は?」
アリスさんが男?
男、男の娘、それがアリスさん……じゅるり。
「い、いけない、それ以上考えてはダメです、早苗っ」
「お、おい、どうしたんだよ?」
「何でもありません、何でもないんです!!」
「お、おう」
引き気味に答える彼女に、私は軽く深呼吸をします。
どうにも浮つきすぎている感がありますので。
そうして何度か吸って吐いてを繰り返して、ようやく落ち着けて。
「そういえばなのですが」
貴女の名前は、と聞こうとしたところで、丁度バスが停車しました。
よく見てみれば、ここが私の降りようとしていたバス停。
乗る前に地図でしっかりと確認したのだから、間違いはありません。
「あ、ゴメンなさい、ここで失礼します!」
「え、あっ、おい!」
呼び掛ける彼女の声を背に、私はそのまま小銭を投げて、バスを飛び降りました。
そして降りてからバスを見上げると、どこか憤然とした彼女が窓から私を見ています。
はえーんだよ馬鹿、とでも言いたげな視線が突き刺さって、こうなんとも言い難い痛さを孕ませてくるのです。
でも、一々気にしていては始まりません。
全ては、アリスさんに会うがためなのです!
だから私は、手を振って彼女とバスを見送ります。
また会う日、縁が合えばというやつですね。
すると彼女は、やはり呆れた表情をしてから、私に手を振り返して頂けました。
ならばきっとまた、何時か出会える機会もあるでしょう。
そういう訳で、私は歩き始めました。
アリスさんアリスさん、貴方はどこにいるのでしょうか?
できれば私に姿を見せて、でなきゃ私は泣いちゃいます。
……なんて、迷惑かけそうな想像をしながら歩いて。
どこに道がつながっていて、どう通ればたどり着くの?
運命で道は舗装されているのよ、という答えが是非とも欲しいものですが、中々に上手くいかないのが世の中の常。
なんて非情な問答を頭で繰り広げたりして。
私はさまよい歩いていた……そんな時のことです。
――ほんの道にそれた脇道に、神社があったのです。
どうしてこんなところに? 洋館がひしめくこの一帯で?
教会なら理解できるのに、これは正しく不可解でした。
謎が謎を呼ぶ、とはこのことでしょう。
なので、私はその寂れた神社に足を踏み入れて。
そして、そこで、
――神の御使いを、見たのです。
純白の白と、活力漲る赤の衣服、つまりは巫女服に身を包んだ人が、そこにはいました。
しかして、その人物の容貌は金髪碧眼、絵に描いたような欧州美人。
とても可愛く綺麗な人形が、独りでに動いてるかの様な錯覚すら得ることが出来て。
顔を上げた彼女を見て、私は自然と走り出していたました。
そうせざる得ない事情があったのです。
だって、その人は……。
「アリスさん、愛に参りました!
東風谷早苗ですーーーーーっ!!!」
勢い良く私はアリスさんに抱きつきました。
驚いた顔が印象的で、何時までも見つめていたい蒼の瞳は澄んでいて。
でも、それよりも、アリスさんを体温で感じたかったから。
私は抱きつくことを選んだのです。
行き成りでしたが、アリスさんは私をしっかりと受け止めてくれて。
驚いた表情は、何時もの涼やかだけれど暖かな微笑へと変わっていました。
そして……、
「よく来たわね、早苗。
いらっしゃい、歓迎するわ。
ようこそ、冬木市へ」
暖かな言葉と共に、私はアリスさんの体温を感じることができました。
寒空の下に在っただけに、お互いに体は冷たかったですが、それよりも心が、とっても暖かく感じました。
アリスさん、貴女を感じれて、私は今幸せです。
遠坂神社、アルバイト、巫女服。
大体こんな感じなアリスさん。
結局チョコなお餅は全て食べてしまった模様。
何度も口直しに紅茶を飲みまくっていました。
因みに次回も割かしテケトーで行きます。
早苗さんが正気に戻ると、巫女服にあっているアリスさんに妙に腹が立ってくる何か。
夏には自分の服を着てきゃっきゃと楽しんでいたのに、今身に包んでいる別のもの。
それが妙に悲しくて、同じ神社なら私の服を着て欲しいと感じてしまう早苗さん。
ムラムラ……じゃなかった、イライラしてしまうのです。
という訳で、次あたりにバイト先の店主である凛に、拗ねてから見に行くのかも、ですです。
追記:続きは6日まで待ってくださいね!
……間に合いそうにないので、10日まで猶予をください(1月6日の追記)。