冬木の街の人形師   作:ペンギン3

29 / 58
はい、一応ご意見を頂いたので、早苗さん編を書きました。
結局書いたのか、冬木ぇ、と思っている方が大半だと思いますか、もう少しお付き合いください。
そして上と書いてある題名から分かる通りに、二話に分けて続く模様(白目)。
話書き始めると、無計画故に長くなるのです(遠い目)。
あ、あと、深夜テンションで書いた物体なので、妙な出来になっています。
何か色々とごめんなさいです(土下座)。


番外編 夏の避暑地へ行きましょう 上

 夏、風鈴が涼やかに鳴り響く季節。

 だけれどもその実。

 熱く熱く、陽の光は強くて。

 私にも汗がいくつも浮かんでいます。

 晴れやかな太陽も、この季節が疎ましい、とさえ思ってしまって。

 

 ただ、その中での清涼剤といえば、この独特の風味が乗った風。

 湖から吹いた風が、この神社にも運ばれてきているのです。

 それは優しく、撫でるように凪いでいく。

 その風が吹くたびに、私はやはりあの湖が好きなのだと感じてしまいます。

 

 それはさて置いて、私は悩んでいました。

 神社の一室の文机で。

 墨と汗を滴らせながら、ウンウンと。

 私を悩ませるそれはあの人、アリス・マーガトロイドさんへの手紙の内容。

 始まりをどの時候の挨拶にするとか、最近起こった事のどれを書こうだとか。

 

 一度、それら全てを書いてみたのですが、その手紙は8枚にも及ぶ長文と化してしまいました。

 細かいことまで一つ余さず、書き出していったらそうなってしまって。

 流石にこれは、と自分でも引いてしまった覚えがあります。

 アリスさんは優しいから、全てを読んでくださるのでしょうが、そこまで図々しくもなれず。

 だから私は書く内容を、すごく考えて吟味しているのです。

 

 一番とっておきの楽しかったことだとか、怒ってしまったことだとか。

 兎に角、感情を強く動かされた出来事を。

 そしてそれらの書いたこと。

 その一つ一つに、アリスさんは微笑ましさと苦笑を乗せた返事を書いてくれます。

 アリスさんの手紙が届くたびに、喜びと共に書かれた文字を追って。

 喜怒哀楽を全開にして、私はどんな内容でも、アリスさんの手紙を歓迎しているのです。

ちょっと子供っぽいかも、とも思いますけど。

それでもすごく嬉しくて、楽しくて。

 だから自身が送る手紙も、意識的に力を込めて書いているのですが……。

 

「まだ悩んでるのかい、早苗」

 

「あ、諏訪子様」

 

 書く事を吟味しすぎて、一向に進まない私の手紙。

 そこに諏訪子様が、麦茶を持ってきてくれました。

 何時もこの事になると夢中になりすぎて、お二人に気を使わせてしまいます。

 我が愛すべき二柱にも、心配され、呆れられてしまっているのです。

 何時ものこと過ぎて、呆れの感情の方が、日に日に先行するようになってきている気がするのですけれど。

 

「はい、中々難しいです」

 

「ふぅん、そうなんだ。

 ……難しい、ねぇ」

 

 諏訪子様は、私とご自身の分の麦茶を乗せたお盆を床に置いて、そして私をじぃっと見つめてこられました。

 諏訪子様が言いたい事は分かっています。

 これも、何時もの事ですから。

 

「ねぇ、早苗。

 もっと書く事は簡単なことでも良いんじゃないかい。

 アリスの手紙だって、もっと気軽に書いてあるだろう?」

 

 軽い調子で言って、麦茶に口をつけ始める諏訪子様。

 そう、諏訪子様は何時も、私に肩肘を張り過ぎだと忠告してくださいます。

 けれど、私も何時ものように、首を振ります。

 諏訪子様のアドバイスは、すごくありがたいのですけれど。

 だけど、私にも思うところと、見せたいところもあるのです。

 

「はい、でも、アリスさんには、格好いい私を見せたいんです」

 

 アリスさんは、自然体でこそらしいといえます。

 けれど私は、多少の虚勢で元気過ぎる位が丁度良いと自負しているのです。

 私が胸を張ってそう告げると、諏訪子様はとても呆れた顔をしておられました。

 

「早苗は……はぁ」

 

 露骨に、困ったように溜息を吐かれる諏訪子様。

 本当にわざとっぽくて、むぅ、と口が尖ってしまうのが自覚できてしまいます。

 でも、それが顔に出ていたのか。

 諏訪子様はつまらなそうに、こう言ったのです。

 

「早苗のそんなところ、神奈子の奴にそっくりだよ。

 私の方が早苗を可愛がってやってるのにさ。

 ほんっと、つまんないね」

 

 拗ねたように、諏訪子様はそんな事を仰ります。

 その姿はまるで子供のようで、私の苛立ちなんてたちまち掻き消えてしまいました。

 些細な苛立ちよりも、諏訪子様の珍しい姿をしっかりと目に焼き付けたかったからです!

 

「諏訪子様、可愛いです」

 

「はいはい、私はかわいー、かわいー」

 

 思わず、私の口が緩くなっていたようで、ポロリと心が漏れてしまっていました。

 これがまさに情報漏洩というやつでしょう。

 私の中にも、情報化社会の闇が押し寄せていたようです。

 しかし、そんなことよりも、今は諏訪子様のご機嫌が斜めなことが問題なのです。

 可愛いとは思いますが、流石にずっとむくれた顔をなされられては、心苦しく感じてしまいますから。

 だから、考えます。

 どうすれば、諏訪子様はご機嫌を直してくれるのかと。

 トントンと、頭を人差し指で小突いて。

 何か出て来いと、頭の中から解決策を叩きだすようにして。

 そして……、 

 

「私は諏訪子様を、心からご敬愛しています。

 心の底より、毎日です」

 

 少々わざとらしく、言葉に砂糖をふりかけました。

 神奈子様なら不興を買うであろう媚の売り方ですが、諏訪子様ならまた別のお話。

 

「ふふ、かわゆい奴め」

 

 あっという間に、諏訪子様は笑顔になって、私の頭を撫でてくださいました。

 ういやつ、ういやつ、と嬉しそうに。

 それは、諏訪子様が私の言葉を本音だと、知っておられるからです。

 言葉にするのは恥ずかしいですが、それでもこれで諏訪子様が笑顔になるのならば、安いものでしょう。

 

「はいっ、諏訪子様達の風祝。

 かわいい東風谷早苗です!」

 

 フンス、と鼻息を荒げながら私は言います。

 諏訪子様が頭を撫でてくださったから、思わず調子に乗ってしまってます。

 自覚は出来ているのですが、早々に直せそうにない私の癖です。

 ですけど、今のところは困ったことなどないですから問題ないのですけどね!

 

「ふふ」

 

「はは」

 

 私と諏訪子様、思わず笑みを零してしまいます。

 何時もの戯れあいですけれど、ずっとずっと飽きないものでから。

 それに、おかしみや嬉しさを覚えたのかもしれません。

 

 ――そんな、和やかなひと時のことでした。

 

 すぅ、と静かに、部屋の襖が開かれました。

 襖が開かれた先には、仁王立ちしておられる神奈子様の姿。

 

「あぁ、神奈子。

 今良いところなんだ、邪魔しないで欲しいね」

 

「馬鹿者、茶番はこれくらいにしておけ。

 そんなことよりも、だ」

 

 いきなり現れた神奈子様。

 諏訪子様の抗議を一蹴し、私に視線を注いでおられました。

 

「何かありましたか?」

 

 さて、何か。

 そう思って訊ねた私に、神奈子様はとても面白そうな顔で、こう言ったのです。

 

「早苗、お前に客だ。

 意識はしていないだろうが、待ち人なはずだ」

 

「お客様、ですか?」

 

 今日は誰とも約束などしていなかったはずですが……。

 記憶を辿っても、何も出てきません。

 あれ、と思ってしまいます。

 けれど、神奈子様はそれ以上は語って下さいませんでした。

 

「あぁ、成程ね」

 

 しかし諏訪子様は、先ほどの神奈子様の言葉だけで、理解なされてしまったようです。

 うんうんと頷きながら、私へとこう言いました。

 

「暑い中、待たせるのは可哀想だね。

 早く迎えに行ってあげな、早苗」

 

「……それもそうですね」

 

 確かに、考えても答えは出ず、こうしている間にも待たせてしまっているのです。

 私は、失礼しますとおふた方に告げて、その場を後にしました。

 急ぎ足で、けれども品を損ねないように。

 

 

「それにしてもイキナリだねぇ」

 

「まぁ、それもまた一興だろう。

 早苗も、嫌がることはあるまい」

 

 

 諏訪子様達の声が、離れゆく部屋から僅かに聞こえました、

 それを聞いた私は、何故だか品無く駆け足気味になって。

 どうして? と思ったのですが、自分でも良く分かりませんでした。

 でも、恐らくは第六感のようなモノが働いているのかもしれません。

 急げ、早く行け、と。

 何かに急かされるように、私は境内へと向かいました。

 

 ――そうしたら、

 

「早苗」

 

 そこに、彼女が居たのです。

 先程まで、私を悩ませていた原因の彼女が。

 

「ア、リスさん?」

 

「フフ、そうよ。

 その様子だと、意図はしていなかったけれど、サプライズにはなった様ね」

 

 愉快そうに、小刻みに笑っている彼女。

 金色の髪をしていて、ルーマニアから来たと言っていた人。

 

 ――素敵な人形師、アリス・マーガトロイドさん。

 

 前よりも少し背が伸びている彼女は、前の時と変わらない表情で。

 私の目の前に立っていたのです。

 

「久しぶりね」

 

 アリスさんのその一言が、とても現実的で。

 だけれど、何故だかふわふわと浮いたように、私には聞こえました。

 まるで、白昼夢を見ているかのように。

 それ程に、唐突のことだったのです。

 

 そんな困惑して、呆然としている私に、アリスさんは小首を傾げていました。

 ……今日も綺麗で可愛い人なのは、変わってないようです。

 

 

 

 

 

「早苗?」

 

 私が呼びかけると、ぼぉっとしていた早苗は急に現実に戻ってきたようにハッとする。

 驚いていたのか、それとも暑さにやられていたのか。

 どちらにしろ、この炎天下にこの場所にずっといたら熱中症になるであろう。

 

「あ、済みません」

 

 えへへ、と早苗は照れ笑いのようなものを浮かべながら、頭を掻いていた。

 頬が赤いのは、照れてるのか暑さのせいか。

 そのほんのりと赤く染まった肌が、妙に艶かしい。

 

「ささ、中にお入りください。

 神奈子様も諏訪子様も、歓迎なさっていますよ!」

 

 何時も通りの元気な声で、早苗は大きな声を出す。

 本当に、前に会った時と同じ。

 思わず、クスリとしてしまう。

 けれど今は、早苗は背を向けているのでそれには気づかない。

 神社の中へ、そそくさと早苗は入っていったからだ。

 

「懐かしいわね、この場所も」

 

 僅か3ヶ月の間。

 そう言えるのだろうけれど、それでも過ごしていた密度的に、久しく感じてしまう。

 この空気も、雰囲気も、感触も。

 こうして触れて、ようやく実感できるような、儚さを持っているように感じる。

 そんな空気を、この場所は持っているのだ。

 ここの主たちが、そうであるのと一緒の理由であろう。

 

「はい、懐かしい空気を堪能してください」

 

 だけれど、そんな郷愁を抱かせる儚さを、この娘(早苗)は見事に崩している。

 それだけで、ここの神様達は大いに助けられているであろう。

 彼女は、なるべくしてこの神社の風祝になったのであろうから。

 人はそれを、運命だとか、必然と名をつけている幸運。

 彼女はそれを運んでくる。

 とても、優しく素敵な娘なのだ。

 見ているだけで、感じて分かってしまう。

 ある種、彼女の人徳なのであろう。

 

「えぇ、雰囲気もだけれど。

 こうして直に顔を合わせることが出来るのって素敵ね」

 

 しみじみと、今感じたことが口から溢れ出る。

 これも、きっと早苗が近くにいるから。

 手紙は手紙で伝わるものはあるのだけれど。

 それはそれ、また別の風情だというものだろう。

 

 そんな事を考えながら、私は神社の中へと足を踏み入れたのだけれど……。

 入った瞬間、私の目に映ったのは目を輝かせている早苗の姿。

 キラキラと輝きでも放っていそうな、純粋な目。

 思わず一歩、後退してしまいそうになる。

 が、それより先に早苗が私に踏み込んできた。

 そして、がしっ、と私の手を掴んだのだ。

 

「そうですよね!

 やっぱり直接顔を合わせることも、大切ですよね!

 あぁ、アリスさんもそう思っててくれるなんて。

 この東風谷早苗、一日千秋の思いで待っていた甲斐がありました!!」

 

 驚く程のテンションの高さで、早苗はマシンガンのように語りだした。

 掴んだ私の手をブンブンと振りながら。

 赤みがかった顔で、嬉しそうに笑っていて。

 

「早苗は待ってくれる女の子なのね」

 

「いいえ、私は機会があればアグレッシブにも動いちゃいます!」

 

 まるで子犬のようだ、と私は思ってしまう。

 早苗の頭に犬耳、お尻の部分に尻尾を幻視しながら。

 ……この娘は、可愛いからそういうのも似合いそうだ。

 いや、十分にアリだろう。

 

「アリスさん?

 何か考え事ですか?」

 

 しかし不純な事を考えていた私に、早苗は顔を覗き込ませるようにして、私の目を見つめていた。

 近い距離で、グッと顔を寄せて。

 無垢な瞳が、子供の様な真剣さで私を覗き込んでいて。

 はぁ、と私は溜息の一つでも、吐いてしまうのだった。

 

「ど、どうしましたか!?」

 

「近いわよ、早苗」

 

 ムム、と顔を更に近づけてくる早苗を、一言告げて引き剥がす。

 どうにも、この娘はプライベートスペースというものが狭いらしい。

 別段不快ではないけれど、怯んでしまう私がいる。

 勢いに押されているのだろう。

 だから、早苗を丁度良い距離まで、押し返したのだ。

 

「むぅ、アリスさん、少しケチになりましたか?」

 

「早苗は無防備になりすぎね」

 

「元からですよ!」

 

「もっとタチが悪いわよ」

 

 糠に釘、暖簾に腕押し等の単語が頭に過る。

 話は聞いているが、ゆるりと流してしまっているあたりが、特に。

 

「将来、あなたに勘違いする人が出てきそうね」

 

 だから、嘆息代わりに捨て台詞を吐く。

 格好は悪いけれど、早苗はこれくらい言わないと、きっと聞かないだろうから。

 呆れを多分に、意地悪を少々混ぜて。

 

 そんな私の、ささやかな抵抗。

 だけれど、それは……。

 

「えっとですね、アリスさん」

 

 逆に、早苗の意地悪っ子な部分を、擽ってしまったみたいで。

 

「私、ですね」

 

 いたずらっぽい顔で、早苗は。

 

「勘違いされて良い人だけにしか、そんな事しませんよ」

 

 そんな事を言ったのだ。

 

 ……この子、本当に将来的に、悪い子にならないかが心配である。

 本当に良い子なのだけれど、無意識の内に。

 

「イケナイ子だこと」

 

「アリスさんの前だから、ですよ」

 

 全く、隙だらけの様で油断できない。

 甘い甘い言葉で、相手を蕩けさせようとする。

 きっと将来、彼女の恋人になる人は大変だろう。

 まぁ、それが幸せのスパイスなのかもしれないけれど。

 

「いっその事、魔女にでも転職してみる?」

 

「私が祀るのは、ここの二柱だけです。

 悪魔さん達は間に合ってますよ」

 

「そう、残念ね」

 

 軽く冗談を言ってみるも、見事なまでに一蹴される。

 こういう類の事は、冗談でも乗ってこない様だ。

 身軽なようで、すごく真面目な早苗らしさとも言えるだろう。

 

「そんなこと言うアリスさんは、カボチャを馬車にしてくれるのですか?」

 

「ごめんなさい、今は甘いリンゴしか持ってないのよ」

 

「わ、悪い魔女さんじゃないですか!?」

 

 そんな風に、キャッキャと騒ぎながら、私達は歩いていく。

 ここは神社で、静謐さに満ちている場所なのに。

 この時は、私達はそんな事を忘れていた。

 それだけ、久しい会話に花を咲かせていたのだ。

 

 そうして、歩いて行った先にあった部屋。

 前に一度だけ訪れたことがある早苗の部屋。

 その襖一枚に遮られた境界から、感じるものがあった。

 

 ある種の望郷や郷愁を感じさせるその気配。

 威容さと儚さを併せ持った、チグハグな存在。

 覚えがある、何時しか感じた気配だった。

 

「……居るのね、早苗」

 

「わかるのですね、アリスさんも。

 でも、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。

 気楽に、無礼講だと思って接して下さい」

 

 何げに、風祝にあるまじき発言である。

 だけれど早苗は、神様としてより家族としての感覚が強いであろうから、こんな物であろうけれど。

 早苗は気軽に、入りますという言葉と共に、襖をスライドさせた。

 そして、その先には……。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

「よく来た、アリス・マーガトロイド」

 

 寛ぎながら茶を飲んでいる八坂の神と、寝転んで漫画を読んでいる洩矢の神の姿であった。

 いくらなんでも、寛ぎ過ぎでは無いだろうか。

 いや、まあここの神様達は、大体毎日こんなものだろうけれど。

 

「アリス、すごく視線が不躾だね。

 うん、図が高い」

 

「……申し訳ございません」

 

 洩矢の神は、ペラリとページを捲りながら、そんな事を言う。

 神様らしく、傍若無人と言える振る舞いであろう。

 なら、もう少し威厳を持って欲しい……とは言えなかった。

 仮にも神様であるのだから。

 でも、代わりにではあるが。

 

「諏訪子様、寝っ転がっていてはアリスさんも自然と見下ろす形になっちゃいますよ。

 まずは起き上がらないと」

 

 どこかズレた早苗の諫言。

 洩矢の神も、まぁ、そうだねぇ、などと言っている。

 ……違う、そうじゃない。

 

「阿呆どもが」

 

 そして、様子を見ていた八坂の神が、どこか呆れを滲ました声を出したのだった。

 恐らくは、早苗と洩矢の神に向かって。

 断じて、私は含まれていないと思いたい。

 

「全く……それで、久しいなアリス」

 

「お久しぶりです、八坂の神」

 

 一瞬静かになった時間で、八坂の神は私に不敵な笑顔を見せた。

 あぁ、この神様もいつも通りであるようだ。

 お茶飲んで寛いでは居たのだけれど、洩矢の神程酷くは無かったのだし。

 安心と共に、少し複雑な感情が入り混じる。

 具体的には、神様って……、みたいな感じのものが。

 まぁ、この国の神様はこんなものだと、理解はしたのだけれど。

 

「遠路遥々ご苦労。

 いきなりの訪問、事情はあったのだろうが歓迎しよう。

 ゆっくりとしていくが良い」

 

 八坂の神はそれだけ言い終えると、洩矢の神の首根っこを掴み、立ち上がった。

 洩矢の神は、視線を一瞬だけ八坂の神に向けたが、直ぐに漫画の方に意識を戻したようだ。

 ある意味器用ともいえよう。

 

「では、私達は引っ込むことにしよう。

 後は若いものに、というやつだな」

 

「私も若いよー」

 

「お前は私と対して変わらんだろうが」

 

「えー」

 

 漫画を読んでいた洩矢の神が、若いの云々の行にて妙な反応を見せる。

 が、即座に八坂の神にツッコミ返されていた。

 洩矢の神は不満そうな声を漏らすが、その反面とっても笑顔であった。

 ……洩矢の神は、単に適当なことを言って、反応を楽しんでいるだけだろう。

 間違いなく、愉快犯の類の人物である。

 

「ま、良いさね。

 アリス、また後でー」

 

「はい、また後で」

 

 それにも飽きたのか、あっさりと洩矢の神はそれだけ告げた。

 だから私も、小さく返す。

 大仰に言おうにも、状況が余りにそぐわないから簡素に。

 そしてそのまま、八坂の神と共に洩矢の神はフェードアウトしていったのだった。

 その後ろ姿を見て、私は思わず呟いていた。

 

「気、使わせちゃったかしら?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 私と早苗、互いに顔を見合わせる。

 早苗の表情は、アハハ、と曖昧な笑いが浮かんでいる。

 私も似たり寄ったりだろう。

 騒がしかった部屋が静かになったから、少し寂しさを感じたせいかもしれない。

 

「賑やかな神様たちね」

 

「お陰で何時も楽しいですよ」

 

 特に考えずに口にすると、早苗は素直に笑顔で答える。

 確かに、と私も頷く。

 あれだけ騒がしかったら、退屈することはないだろう。

 

「騒がしい神様達が気を利かせてくれたのだし、何かしましょうか」

 

「はいっ!

 ……アリスさんは、何かありますか?」

 

 ではこれからどうするか。

 早苗の返事は良かったが、何も考えてなかったようだ。

 恥ずかしげに、声を小さめにして訊ねてきた。

 早苗らしいといえば、そうであろう。

 

「そうね……」

 

 チラリと早苗を見ると、どこか期待に満ちた目をしている。

 アリスさん、早く!

 と、そんな急かすような声すら聞こえてきそうな目だ。

 これは下手な話題を振りづらい。

 だから何かないかと考えて、考えて……。

 ふと、早苗の服装が目に付いた。

 前の時にも着ていた服。

 確か巫女服だったか、そんな名前だったと思う。

 

「その服、涼しそうね。

 可愛いし、似合ってるわ」

 

 露出は多いけど、という呟きは心の引き出しに仕舞う。

 別に言わなくても良い事であるのだから。

 

「あ、ありがとうございます。

 アリスさんも気になりますか!?」

 

「えぇ、そうね」

 

 そして早苗は、水を得た魚のごとく元気になっていた。

 ハニカミながら嬉しそうに微笑みつつ、早苗はその場で一回転。

 フワリと、白と青が基調となっている服が揺れる。

 早苗の緑色の髪と合わさって、露出が多いのに清楚さを感じさせる。

 素直に、早苗にとても合っていると思える服だった。

 

「えへへ、それなら、ですね……」

 

 急に、早苗が部屋の箪笥へと近づいていく。

 ガサゴソと、服が入っているその中を漁り出したのだ。

 そしてその中から、服とスカートを取り出す。

 それは、その服は……。

 

「早苗の巫女服?」

 

「はい、そうです!!」

 

 呟いた私に対して、早苗は大きな声を上げる。

 それと共に、輝くばかりの笑顔を浮かべている早苗。

 ニコニコと、だけれどもどこか悪戯っけが混じった笑顔。

 ……嫌な予感しかしない。

 

「どうしろと?」

 

「着てください」

 

 予感、的中。

 全くもって嬉しくないのだけれど。

 そもそも、である。

 

「私と早苗、体型が違うのだから着れるわけないでしょう」

 

 そういうことなのだ。

 私の方が、早苗よりも少し背が高い。

 正直に言えば、着れないことは無いのだが、着てしまえば浮き彫りになるものが一つある。

 その為に、私はひどく気乗りしないのだ。

 

「大丈夫ですって!

 アリスさん、可愛いですもん!!

 だから何を着ても似合いますよ!」

 

 早苗は興奮気味に詰め寄ってくる。

 嫌よ嫌よも好きの内、などと言わんばかりに。

 

「神職用の服なのでしょう?

 それなのに、私みたいなのが着て良いのかしら?」

 

「大丈夫です!

 高々そのようなことで、神奈子様も諏訪子様も腹を立てたりなど致しません!」

 

 何が何でも着せてやる。

 そう言わんばかりに服を押し付けてくる早苗。

 さぁ、お着替えしましょう、と満面の笑みが語っている。

 

「本当に良いの?」

 

「えぇ、だからこちらからお願いしてるんです」

 

 私に、逃げ場は無かった。

 結局、私は早苗にゴリ押しを通されてしまったのだ。

 早苗から、服を手渡される。

 見下ろすと、妙に通気口が多い衣装であることが良く分かった。

 ……少し、着るのが気恥ずかしいが、最早逃げ場は無い。

 

 故に、仕方なく服を脱ぎ始めた。

 汗でベタついて、服を脱ぐのがちょっとだけ面倒。

 ペタリとシャツなどが張り付いてるから、ゆっくりとした速度での着替えになってしまう。

 そんな中で、早苗といえば、

 

「アリスさんのパンツの色って――」

 

「それ以上言ったら、叩くわ」

 

 妙な事を口走る。

 そのせいで、着替えが何だか恥ずかしかった。

 変なところに注目してないで欲しい、切実に。

 

 と、そんな紆余曲折はあったのだけれど、無事に巫女服に袖を通すことができた。

 少しホッとし、けれど複雑な気持ちにならざるを得なかった。

 何故か?

 その理由は至って簡単である。

 

「わぁ、アリスさん!

 きちんと似合ってますよ!

 それにお揃いです!!」

 

 早苗はそう褒め、喜んでいた。

 だけれども、足りてない部分があるのだ。

 えぇ、そう。

 見ただけで分かってしまう、とても大事な部分が。

 私は、その足りない部分を持ち上げてみた。

 ……やっぱり、足りてない。

 

 ――具体的に言えば、胸の部分が、である。

 

「……ック」

 

「え、っあ」

 

 早苗が、しまったと言わんばかりの顔をする。

 全ては今更であるけれど、もっと早めに気づいて欲しかったものだ。

 そして早苗は、俯いて何かを考え始めた。

 何か慰めの言葉を考えているのだろう。

 

 どんな言葉をかけられようとも、私が惨めなことには変わりないのだけれど。

 泣きはしない、というかこんな事で泣いて堪るか。

 などと自分を叱咤している時のことであった。

 早苗は、唐突にくわっと顔を上げて、私に近づいてくる。

 そうして、無言で私の両手をスカスカの胸の部分に当てさせて、それから……。

 

「アリスさん、こうして見ると何だかエッチですね」

 

 ちょっぴり赤い顔で、そんな事を宣ったのだ。

 は? と困惑しつつ下を見てみると、私は両手を胸の部分に当てて握りしめていた。

 まるで、女の子が恥ずかしがっているように見えて。

 

 ――顔が、赤くなっていってるのが自覚してしまった。

 

 一歩二歩、私は思わず後退していた。

 早苗を睨みながら、両手に手を当てたままで。

 

「馬鹿、貴女は何を考えてるの!」

 

「えっと、お馬鹿をすれば、空気が良くなるかなぁって思いまして」

 

「そんなわけ無いでしょう!」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 思わず、大声を上げてしまう。

 それには、流石の早苗も怯んでしまっていたようだ。

 けど、妙に気持ちが収まらない。

 ひどく辱められた気分だ。

 

「……すごく、すごく恥ずかしいわ」

 

 早苗と暑さのせいで、頭がグルグルする。

 意味が分からなくらいに、混乱してる私がいるのだ。

 ただ、今私にできるのは、鋭く早苗を睨むことだけ。

 酷いわ、と視線に乗せて。

 

「えっと、その、あの……」

 

 それが効いてきたのか、早苗はアタフタし始めている。

 どうしよう、どうしようかと、早苗の頭をグルグルとさせながら。

 そうして、二人して黙りこくってしまう。

 訳が分からない沈黙に抱かれながら、妙な気まずさが私達の間に発生しているのだ。

 

 ……早苗が、ほんの悪ふざけだったと分かっているけど。

 でも、こんな事されたのが初めてだったから。

 びっくりして、過剰に反応してしまった感が否めなかった。

 沈黙が段々と熱を下げてきてくれたから、ようやくそういう事が考えれるようになってきたのだ。

 

 さて、どうしたものかと考える。

 私が頭を下げれば早苗も同じ事をするであろう。

 それで手打ちにしても良い、けど。

 そこまで考えて、早苗をチラリと見る。

 するとそこには、煙でも吐きそうな勢いで唸っている彼女の姿。

 こっちから話しかけても、自分の世界に旅立っているから、聞こえるかどうかが問題だろう。

 

 だから、どうやって現実に帰還して貰おうか。

 それを考え始めようとした時の事であった。

 どこか既視感を覚えるように、早苗はグワっと顔を上げたのだ。

 どうやら、自力で帰還したらしい。

 

「アリスさん!」

 

 だが、冷静であるかは別のようで。

 早苗は唐突に私の手を握り、こう宣言したのだ。

 

「湖の方へ、行きましょう!」

 

「頭の中で、どういう理論飛躍があったのかが知りたいわね」

 

 グイグイと引っ張っていく早苗に、乾いた笑みを浮かべていた私がいた。

 そして、咄嗟に思ったことがあったのだ。

 

 私、この格好で出かけることになるのかしら?

 ……考えると、頭が痛くなってきた。

 半ば、もうどうにでもなれと思っている自分がいたのだったのだから。

 

 もう、早苗の馬力に逆らうことを、私はしなかった。




早苗さん、胸はアリスより上だった模様。
そしてアリス、早苗さんに羞恥プレイを強要されて、顔真っ赤。
早苗に初めてを奪われたアリスはどうするのか!?(誤解を招く表現)
次回に続きます!(何故のテンション)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。