東方闇魂録   作:メラニズム

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プロローグ

 篝火が、弾ける音を立てながら燃えている。

 

 奇妙にも篝火の中心には剣が突き立っており、その周りに薪のように骨が置かれ、燃えている。

 

 その篝火に当たり、暖を取っている一人の男がいた。

 

 肢体は鋼鉄の小手に足甲、頭には所謂フリューテッドと呼ばれる型の兜。

 胴は旅の者が着るような厚手のコート。

 腰には直剣を差し、背中に小型の盾を背負っている。

 

 臓器が密集しているが為に最も守るべき胴だけが軽装という、歪な具足に身を包んだその様相。

 

 常識で物を考えれば狂気の沙汰に他ならない。

 

しかし、仮に他者がその姿を見て、敢えて理由付けるとすれば、致命的になる胴への一撃を貰わない自信の表れなのやもしれない、と想像出来る。

 

 その実用性一辺倒のコートと兜、手甲、足甲を加味して察するに、彼は旅の騎士らしかった。

 

 骨を焚く篝火、そしてそれに当たる旅の騎士。

 

 それ自体も奇妙な光景だ。

 

 しかし、それ以上に奇妙なのは、未だ日は高く、明るいというのに篝火に当たっている事だ。

 

 無論、日が落ちる前でも火を焚く事はある。

 例えば何かを乾かす時や、調理をする時にも火はいる。

 その時に篝火を焚く事は珍しい事ではない。

 

 しかし、これはそのどれにも当てはまる事は無い。

 

 騎士はその周りに調理器具や食材を置く訳でもなく、その身が水に濡れている訳でもない。

 ただただ、篝火に当たっている。日が落ちたわけでもないのに。

 

 それは奇妙な光景であった。

 

 だが、意味のない行動ではない。少なくともそれが何なのか、知っている者は知っている。

 

 曰く、呪われた忌わしき者。曰く、終わらない旅路を行く者。

 地域地方によって呼称は変わるが、一般的に人は不死者と呼んだ。

 

 不死人は、例外なく瞳の奥に印が現れる。

 

 殺しても死なない。死者のような腐り果てた姿になり、生き返る。

 

 死んで生き返った後も知性は残っているが、しかしそれも死に続けることによって、やがては薄れ消える。そうなればそれは本能の赴くままに人を襲う化け物となる。

 

 そういった理由で、彼ら、彼女らは迫害される定めだった。

 

 だが、そんな彼らにも希望というのはあった。

 

 ドラングレイグ。

 

 どこからか彼らの耳に入るおとぎ話は、信憑性を差し置いてもその地に彼らの足を向けさせる物が有ったのだ。

 

 死ねば死ぬほど失われる理性。それを取り戻すことが出来るとされる物……ソウル。

 

 彼……焚火に当たっている旅の騎士……は、ドラングレイグにある城。

 ドラングレイグ王城の内部にいた。

 

 篝火の四方は壁に囲まれ、その一方にだけ、開かれた扉がある。

 

 彼が座っている所からでは見えないが、その扉の先には三方の道があり、右側には8つの扉がある大広間、真正面には石像が並べられている部屋がある。

 

 そして左側。こちらには巨大な鉄で出来た扉と、それを守るように二人の闇霊がいた。

 

 闇霊について、知られている事は多くない。

 

 ただ分かっている事は、彼らが皆赤いオーラを身にまとい、見境なく人を殺す事だけである。

 

 最も、旅の騎士はそれ以外にも"色々と"知っている。

 だがそのような知識など、今は必要ない。

 

 おもむろに騎士は立ち上がり、開いた扉の陰から、左側……扉と闇霊がいるところを覗いた。

 

 そこには両手に一本ずつ持った二刀流の闇霊と、身の丈ほどもある大きな弓を持った闇霊がいる。

 

 物陰から密かに覗いたのが幸を奏したか、闇霊は二人とも騎士に気付いてはいなかった。

 

 騎士は懐からナイフを取り出すと、顔を晒さぬよう手首のスナップをきかせて投げた。

 

 投げられたナイフは緩い放物線を描いて飛んでいく。

 

 そして、ナイフは闇霊……ではなく鉄扉に当たる。

 

 硬い物同士がぶつかる甲高い音が響き、二人の闇霊は振り返る。

 

 その瞬間、騎士は飛び出した。その手には腰に差した直剣でなく、短剣が握られている。

 

 短剣を両手に持ち、傍らに抱え込むようにしながら、二刀流の闇霊に走る。

 

 その足音に二人の闇霊は振り返るが、その反応は遅すぎた。

 

 二刀流の闇霊の振り返る向きとは逆に回り込み、心臓に向けて短剣を突き刺す。

 

 そして剣をねじり込むように抜く。

 傷が少しでも広がり、致命傷となるように。

 

 臓腑を切られた闇霊は、その身から血飛沫を上げることはなかった。

 

 その代わりのように赤いオーラが漏れ出、崩れ落ちる二刀流の闇霊。

 その体は端から砂が風に舞うように消えていった。

 

 彼らはその肉を残さぬ死に方から霊魂の一種であるとされているが、ドラングレイグ以外で目撃される事は少ないためにその真否を知る者は少ない。

 

 だが、騎士にとって、今はそんな事などどうでもよかった。

 もう一人の闇霊は、既に弓を曳いている。

 

 その姿を視界にとらえた時、騎士の体は反射的に行動していた。

 

 崩れ落ちていく闇霊から離れるように飛び退き、数瞬までいた所を槍ほどもある巨大な矢が飛んでいく。

 

 外れた矢はそのまま城の壁に当たり、轟音を上げて砕け散る。

 

 竜狩りの大弓。

 

 文字通り竜を狩る為に作られた弓は、その名に恥じる事の無い威力を持つ。

 

 騎士は一瞬、懐かしい物を見た眼で竜狩りの大弓を見た。

 しかし、体は彼の抱く感傷とは無関係に動く。

 

 一瞬で背負っていた小盾と手に持つ短剣をどこかに仕舞い、岩のような頑健さを感じさせる大盾をいずこからか取り出した。

 

 巨大な大盾はハベルの大盾という。

岩壁のようなその盾は、岩でできた大樹から切り出した物。

 

 片手で構えた大盾と共に騎士は距離を詰めた。

無論闇霊もみすみす距離を詰めさせる事は無く、第二射を放つ。

 

 十分以上の筋力と技量に支えられたその一射は、並みの盾では防ぎきる事は出来ない。

 

 だが、ハベルの大盾は並みの盾では無い。

 

 その分厚く重い盾は使用者を選ぶ。

 だが、その重さを片手で支えられるような者にとっては、その重さは盾であり武器でもある。

 

 着弾。その衝撃に耐えるべく、騎士の走りが止まる。

 その健脚には走る為でなく、耐える為に力が加えられる。

 

 しかし、それも一瞬の事。

 止まったのは一瞬だけで、すぐさままた距離を詰めるべく走り出した。

 

 竜鱗すら貫く矢は、盾の分厚さ、重さに対して競り勝つ事は出来なかったのだ。

 

 闇霊が第三射を構える間は、無い。

 

 騎士はハベルの大盾を両手に持ち直し、その大きな弓ごと横殴りに殴りつけた。

 

 竜すら狩り取る事ができるという事実から成る威圧感を持っていた大弓は、その巨大な重量に易々とへし折れる。

 

 背後を刺された闇霊を見ていた大弓の闇霊は、同じ轍を踏むまいと壁に背を向け陣取っていた。

結果論ではあるが、それが仇となる。

 

 殴りつけられた闇霊は、その衝撃で吹き飛ぶ事もかなわず壁に叩きつけられた。 

 

 鮮血が噴き出し、硬い物が圧し折れる音が響く。

 

 最早虫の息である倒れ伏した闇霊に、騎士はハベルの大盾を振り下ろした。

 最早人の形を保つ事もなく、赤い粉となり闇霊は消え去った。

 

 二人の闇霊を片付けた騎士は、指に着けていた指輪の一つを外し、鈍く光る銅色の指輪を着けた。

 

 その瞬間、巨大な鉄扉は独りでに開く。

 

 ドラングレイグ王城は、ある強大な力を誇った王の居た城である。

 その中には、王でしか開けられぬ扉がある。

 

 その扉を開ける為、王である証を示す為の指輪。

 それこそが、先ほど騎士がつけていた"王の指輪"である。

 

 開かれた扉の先には、長く降りる石の階段が有った。

 

 石段の両脇は深い闇が広がっており、落ちれば即死である事が見て取れる。

 

 騎士は、少しばかりのデジャヴを感じながら、石段を降りて行った。

 

 石段の行きつく先は、白い霧で仕切られた扉であった。

 

 白い霧は、ドラングレイグでは一つの区切りのようなものである。

 基本的に区切りの先は、その場所を支配する存在が居る事が多い。

 そして例に漏れず、場所を支配する存在は強大な力を持つ。

 

 霧の正体は何なのか、何故霧が有るのか。それは騎士には知り得ぬ事だったが、騎士にとっては霧に踏み入れる前に準備が要るというだけで十分であった。

 

 騎士は、ハベルの大盾をどこかに仕舞い、またいずこからか取り出したロングソードと、暗い銀で作られた盾、黒銀の盾を取り出した。

 

 このいずこからか物を取り出す術は、ソウルの力を使った物である。

 物品自体をソウルに還元し、自らの中に仕舞い込む。

 そうする事により、空間と重量を気にする事無く物を持ち歩く事が出来るのだ。

 

 他にも魔法類は例外無くソウル由来であり、更に不死人はソウルを用いて己の能力を魂から強化することが出来る。

 常人には持つことすら叶わないハベルの大盾を騎士が扱うことが出来たのも、ソウルによる強化があってこそである。

 

 閑話休題。

 

 騎士はこのソウルによる収納術を利用し、相手や状況によって扱う武具を変えて戦う術に長けていた。

 

 だが、相手が判らなければ、必要な武具を選ぶ事も出来ない。

 故に、一番扱い慣れている直剣と盾の組み合わせにした。

 

 そして、剣を握る腕で霧に触れ、入り込む。

 少しばかりの抵抗の後、受け入れる様に霧の抵抗が無くなる。

 

 その場所は荒廃していた。

 

 綺麗な正方形で形作られていたであろう床板は、一定の範囲より先は崩落している。

 

 崩落した先の正面には、祠のような場所がある。が、扉らしきところは今は閉じられている。

 

 そして、二人の長躯の者が居た。

 白い鎧を着た長躯の者と、鋼色の鎧を着た長躯の者。

 

 二人は侵入してきた騎士を目掛け、その騎士の身の丈ほどもある大剣を振りかざし、突撃してくる。

 

 騎士はそれに対し、両手に持った剣と盾を仕舞い、二本の小型の曲剣……シミタ―という……を取り出しながら、二人の間に入るように突撃する。

 

 曲剣を取り出す時の騎士の隙は、本来ならば長躯の者たちにとって悠々と突ける程大きな隙である。

 

 だが、勢いをつけたその巨体とそれに見合った大きい剣が邪魔をする。

 

 その巨躯はついた勢いを容易には消せず、長い剣は間に入った騎士を切り裂こうとすれば相棒すら切り裂いてしまう。

 

 つけた勢いこそ殺したものの、振るおうとして止めた剣は二人の長躯の者に明確な隙を作らせた。

 

 鋼色の鎧の足元に、二本のシミタ―を持った騎士が回り込む。

 

 騎士と鋼色の鎧の距離は、あまりに近い。

 騎士の持つような小型の曲剣でも無い限り、振るう事すら不自由するほどだ。

 

 鋼色の鎧は、大剣を四苦八苦しながら振るう。

 白い鎧は、騎士を攻撃する事が出来なかった。

 

 長躯の者と騎士の余りに近い間合いは、騎士のような普通の大きさの人間ならともかく、長躯の者には中々手を出せる物では無い。

 

 近すぎる間合いで振るわれた長剣は速度が乗らず、太刀筋もぶれている。

 

 騎士にとって恐れる物では無い。

 

 振るわれた腕の奥に潜り込み、その足を二本のシミタ―で切り刻む。

 

 騎士にとって、今が勝負どころであった。

 

 白い鎧は鋼色の鎧と挟み撃ちを出来る位置に移動しようとしている。

 

 白い鎧も、手練れの者である。

本来ならばその剣筋こそ鈍りはするものの、味方に張り付かれていようが斬る事自体には不自由する事は無い。

 

 ならば何故手を出せなかったのか。

 

 鋼色の鎧が盾のようになる位置に居たから、白い鎧は手を出せなかったのだ。

 では、挟み撃ちにされればどうなるか。その結果は考えるまでも無い。

 

 多少の傷を厭わず、鋼色の鎧は飛び退こうとする。

 

 その瞬間、騎士は片手のシミタ―を投げ捨て、長躯の者の鎧と体の隙間に手を突っ込んだ。

 

 鋼色の鎧に掴まった騎士は、飛び退いた勢いを利用し鋼色の鎧の頭に取りつく。

 

 そして、片手に持ったシミタ―をその兜の隙間に突っ込んだ。

 突っ込んだ曲剣を離し、柄を垂直に殴りつける。

 

 杭を槌で刺すようなものだ。

 

 幾ら強靭な肉体を持つ鋼色の鎧であっても、その死は免れなかった。

 

 それとほぼ同時に、騎士の背を熱い物が突き抜ける。

 

 騎士が振り返れば、何かを投げつけた姿勢の白い鎧がいた。

 

 背から腹にかけて貫いたそれは、騎士が投げ捨てたシミタ―だったのだ。

 

 騎士はシミタ―を背から抜きながら、懐から瓶を取り出し呷る。

 

 すると、暖かい光が体を包み、突き刺さったシミタ―の傷が癒えていた。

 

 エスト瓶。

 普通の人間が飲めば猛毒となるが、不死となった者がそれを飲めば、深い傷でも癒す事が出来る。それ故に、不死人の宝とも言われる。

 

 曲剣を抜き、エスト瓶を呷る数瞬。

 

 それを見逃す白い鎧では無く、それに気付かない騎士でもない。

 

 白い鎧は騎士に向けて走りながら大剣を突き刺そうとし、曲剣を抜き、エスト瓶を飲んだ騎士がそれをすんでのところで白い鎧の長躯の者に飛び込むように回避する。

 

 追撃を予感し、通り過ぎた白い鎧に向き直る騎士。

 しかし白い鎧は崩れ落ちた鋼色の鎧の前に跪き、祈るような姿勢になっている。

 

 幾ら共に居たとはいえ、白い鎧は敵を背にして冥福を祈るだろうか?

 否。あの行動には何か意味が有るのだ。

 敵に背を向く事すら許容出来るだけの何かが。

 

 騎士は直感した。あれは、鋼色の鎧を甦らせる物だ、と。

 

 祈るような姿勢の白い鎧を、長大な剣が貫いた。

 

 騎士の身の丈より長い鉄塊のようなその刀身は、普通、人間では振り回す事など出来はしない。

 

 大剣を超えた、更に長大な剣。

 ハベルの大盾同様、扱える者を選ぶ剣。

 それら剣を、人は特大剣と呼び。

 

 白い鎧の長躯の者を貫いた剣を、人はグレートソードと呼んだ。

 

 騎士はグレートソードを振り回し、砲丸投げの要領で白い鎧に投げつけたのだ。

 

 並みの人間では持つ事も出来ないその重量は、それを振り回せるほどの騎士の腕力により、一撃でもって白い鎧を突き抜け、白い鎧を死へと誘った。

 

 放り投げたグレートソードと、二人の長躯の者の強大なソウル……玉座の守護者のソウルと、玉座の監視者のソウルを回収した騎士の背後に、這い寄るモノが有った。

 

『不死よ』

 

 筋張った肉と骨で出来た出来そこないの人のようなそれは、女性のような丸さと骸骨のような気味の悪さを抱かせる。

 

『試練を越えし不死よ』

 

 赤黒い肉塊のようなそれは、スカートのように広がりながらも先端が蛇のように這い、その躯体を移動させる。

 

 赤黒さの中で目立つ人の頭蓋の白は、悪趣味極まりない。

 

 人ではあり得ないその長すぎる腕の先は、魔女のように長い爪に、その手に握られた鎌と相まって死神を思わせた。

 

 その指が、艶やかささえ感じる動作で鎌を撫でる。

 

 肉のように動く頭蓋のような頭部が、吐息を漏らした。

 

『今こそ、闇とひとつに…』

 

 騎士は、醜悪なソレを敵であると認識した。

 

 ソレは、手をかざして周囲を撫でる様に緩く振るう。

 

 すると、ソレの四方に闇の塊が四つ現れた。

 

 その内の一つが、騎士の手前に現れる。

 

 騎士は虚脱感を覚えた。ただの虚脱感では無い。

 不死人が死んで、理性が薄れていく時と同じ感覚。

 騎士にとっては久しぶりに感じるそれは闇の物。

 

 "不死の呪いが闇由来のものである"と知っていた騎士は、このままでは不味いと判断した。

 

 取り出した直剣で、闇の塊を斬る。

 試しに切ってみただけだったが、それで闇の塊は消え失せた。

 

 闇の塊を切り裂いた騎士に、ソレは禍々しく光る光玉が浮かぶ手の平を向けた。

 

 反射的にソレの直線状から飛び退いた、その後に禍々しい光玉と同じ色の光線が切り上げるように地を抉る。

 

 光線を避けた騎士は、ソレの懐に飛び込むのを躊躇していた。

 

 闇の塊といい、近づけばどうなるかが分からない。

 

 これまでの肝の座った立ち回りは、死んでも終わりでは無い不死人だからという点もあった。

 

 だが、ソレに殺された場合。

 

 闇に関するモノに殺された時に、果たして無事に復活するか。

 

 どちらにせよ何をしてくるか分からない相手に突っ込む気は騎士には無い。

 

 騎士は様子を見る事にした。

 

 故に、騎士は遠距離戦を選択する。

 

 騎士は更に距離を取り、直剣を仕舞い、錫杖を取り出した。

 

 ただの錫杖では無い。その先端は魔力が結晶化した物が付いている。

 

 ある偉大な魔道士。

 騎士も教えを乞うた事のある、その魔道士は魔術の深奥に辿り着き狂った。

 

 この錫杖は、その狂った魔道士が最後に残したものである。

 

 結晶の錫杖。

 

 騎士は、誰とも無しに錫杖をこう名付けた。

 

 触媒すら結晶化するほど強い魔力が備わっているそれは、使用者に高い技量と負荷を要求する。

 

 しかし、その威力はそれを持って余りある。

 

 ソレの動作は鈍く、武器を入れ替えた後でも隙を覗かせる。

 

 それを逃す騎士では無かった。

 

 結晶の錫杖を掲げる。

 

 高い魔術の技量を持つ騎士ですら発動に間を置くそれは、アン・ディールの遺産と伝えられた。

 

 ソウルの奔流。

 

 一発一発でも強力な威力を持つソウルの槍。

 

 その魔術を4本まとめて撃ち出すそれは、ソレの体に4つの大きな風穴を開けた。

 

 しかし、まだソレは倒れない。

 

 お返しと言わんばかりに、手の平に光玉を浮かべる。あの光線だ。

 騎士はソレの手の先から逃れる様横っ跳びに飛んだ。

 

 そして、ソレは光線で薙ぎ払った。

 

 不意打ちとも言えるそれを騎士がそれを回避できたのは、強靭な肉体と長い間戦い続けたその経験による処が大きい。

 

 飛び込みながら光線を薙ぎ払うソレを見て、騎士は先についた両手の腕力のみで跳ねた。

 

 空中を跳ぶ騎士のすぐ真下を光線が薙いでいく。

 

 兜が少し軽くなった気がした。

 光線は兜の端を掠めただけだったが、掠めた部分は消し飛んだらしい。

 

 ソウルの奔流からの一連の流れはかなり際どかったが、その分見返りは大きかった。

 

 ソレはソウルの奔流によって開いた四つの穴を苦しげに鎌を持たない片手で抑えている。

 

 攻め込むべきは、今だ。

 

 騎士は結晶の錫杖を仕舞い、ある特大剣を取り出した。

 

 これは、闇に抗う為の剣だ。

 

 その剣を継いだ騎士は、剣から漏れ出る青白い光にいつも勇気を抱く。

 

 深淵歩き。そう呼ばれた騎士の持つ大剣。

 

 闇の眷属に対して大きな威力を発揮するその剣は、深淵歩きの騎士の名を冠して、こう呼ばれる。

 

 アルトリウスの大剣。

 

 時はあまりに移ろい過ぎて、その名も彼の結末も、知るのは騎士のみである。

 

 しかしそれでも騎士の心には彼の強さが焼き付いていた。

 故にこの剣を持った時、騎士はその力を借りているような気がするのだ。

 

 ソレは、その剣の光に怯えたような動きを見せた。

 

 やはり、ソレは闇に類する物だったのだ。

 

 騎士はアルトリウスの大剣を両手に持ち、ソレに突撃した。

 

 それに対し、ソレは光線を放ち迎撃しようとする。

 

 だがそれは悪手だった。

 

 切り上げるようなその光線は、手から直線上に居なければ当たる事は無い。

 

 騎士は微妙に進路をずらし、光線を避けた。

 

 勢いを載せて、大剣で薙ぎ払う。

 

 闇の眷属であるソレは、ソウルの奔流とその一撃のみで虫の息であるように騎士には見えた。

 

 そう、苦しみに悶える様に胸に当たる位置に手を当て――胸に闇の光玉がある。

 

 咄嗟に大剣をかざし、防御した。

 

 剣はそれで攻撃を防ぐことを想定していない。

 

 それ故本来は剣で防御してもたかが知れているが、今回攻撃を防いだ剣がアルトリウスの大剣であった事は不幸中の幸いだった。

 

 闇の力であるその衝撃波は、闇に対し力を発揮するアルトリウスの大剣により多少はその威力を弱まった。

 

 だが、それでもその威力は大きい。

 

 減衰こそしたものの、騎士は痛手を負っていた。

 

 肢体の鎧は体を圧迫する程では無いものの至る所がへこんでおり、身軽さを優先していた胴体は、着ている厚手のコートの各所が赤く染まっている。

 

 その痛みに悶える騎士。

 

 痛みによりソレから意識を離し、また意識を向けるまでの数瞬。

 

 それまでの間に、ソレは手に持った鎌を振り被っていた。

 

 騎士はその場から飛び退く。

 鎌が騎士の代わりに空気を裂き、風切り音が響く。

 

 空振った鎌を取って返し、第二撃を繰り出そうとするソレ。

 今度は先ほどより早く飛び退いた騎士。

 

 今度は騎士にとっての右から振り下ろされた鎌。

 勢いの載ったそれを、更に加速するよう大剣で右に向かって叩きつけた。

 

 鎌は叩きつけられたことによりソレの想像より勢いよく右に振られ、ソレの姿勢が鎌に持って行かれる。

 

 そして騎士が飛んだ。

 

 騎士の体重、落下速度を載せたアルトリウスの大剣が、大上段から振り下ろされる。

 

 それは、弱り切ったソレの致命傷となるには、十分以上の威力を持っていた。

 

 ソレのソウル……デュナシャンドラのソウルを回収すると、崩落して向かう事が出来なかった祠の方に変化があった。

 

 暗くて見えなかったが、崩落したところには巨大な出っ張りのようなものがあった。

 

 それが、動き出した。

 

 屈んで居た為判らなかったが、それは巨人であった。

 

 かつて、ドラングレイヴに侵攻してきたとされる巨人。

 それが、よりにもよってドラングレイヴの王城、その奥深くに大量に居たとは。

 

 巨人は人と見れば見境なく襲い掛かってくる。

 それ故騎士は身構えた。だが、巨人はこちらに見向きもしない。

 

 祠の両脇に居たそれぞれの巨人は、肩を組むように並び、対岸の巨人とぶつかった。それきり動かない。

 

 その背は平たく、ちょうど良く祠までたどり着くことが出来そうだった。

 

 これは橋なのだ。騎士はそう直感した。

 

 騎士は巨人の橋を渡った。閉ざされていた扉が独りでに開く。

 扉の奥は真平らな地面と玉座があった。

 

 だが、騎士は知っている。

 

 かつてそこはでこぼことした地面であった。

 

 玉座の場所には、篝火があった。

 

 その場所であった後は何も残っていないが、その場の空気が騎士の知る場所と同じだった。

 

 かつてここは、最初の火の炉と呼ばれていたのだ。

 

 独りでに開いた扉が、閉まっていく。

 

 騎士が玉座に座る。

 

 その瞬間、玉座の下の方から火が湧き出てくる。

 火は足元から燃え移り、足から腰へ、腰から胸へ。

 全身に火が燃え移る。しかし、熱くは感じない。前に体験したように。

 

 そう、騎士は知っている。

 

 神の名すら忘れ去られるか捻じ曲げられて伝えられる。

 それだけの年月を超えて、今この場に騎士はいる。

 

 何故か。

 

 全ての原因はこの玉座、いや篝火だと騎士は考える。

 今では何百年、何千年とも知れない過去。

 騎士は同じように篝火に燃やされた時が有ったのだ。

 

 当時、世界を光と闇に分けた火、始まりの火と呼ばれたその火は消えようとしていた。

 その火が消えぬよう、強いソウルを持った者を薪としてくべる必要が有った。

 

 その時薪となった者。それが、騎士だった。 

 

 前回篝火に燃やされ、意識が飛んだ瞬間。

 今の時代へと騎士は降り立っていた。

 

 騎士は数百、数千年前の事を知っている。

 今の時代では火の英雄と呼ばれている伝承、騎士はその当事者であった。

 だが、騎士に分かる事は己が体験した事と、それによる考察のみでしかない。

 

 篝火に燃やされ、変化した事は二つあった。

 

 一つは、騎士にとっては遠い未来へ飛ばされた事。

 そしてもう一つが、"死んでも不死人の呪いが進まなくなった"事。

 

 後者については、ドラングレイグを探索している間にある程度気づいた事が有った。

 

 不死人の瞳にある刻印。

 

 瞳孔を囲むようにある赤い円が火に包まれ、円の輪郭が見えなくなっていたのである。

 

 世界を光と闇に区切る始まりの火。

 

 それが闇の呪いである不死人の刻印を蝕んでいるから、死んでも理性が失われないのでは無いだろうか。騎士はそう考えていた。

 

 だが、騎士にとって分からないのが前者であった。

 何故未来に飛ばされたのか。これだけが分からない。

 

 騎士は知らないままでいる事が嫌いだった。

 

 騎士の経験からして、今また篝火に当たれば、また数千年後に行く可能性が高い。

 そうでなければ、一体どこに行くのだろうか…?

 

 どちらにしても、もう一度火に包まれなければ、あの時何が起こったのか。

 それは解らないままである。

 

 勿論、それでも何も解らないままなのかもしれない。

 

 ただ、もし解らなかったとしても。

 

 その先にはきっとまた長い旅路が待つのだろう。

 騎士には、それだけは自信を持つ事が出来る。

 そして、騎士にはそれだけで十分だった。

 

 期待と不安。その二つが入り混じる感情は、旅に出る時にいつも感じる物だ。

 幾度と感じ、しかし何時まで経とうが慣れないその感情。

 

 兜の下で騎士は笑った。 

 

 篝火の火はついに騎士の頭まで包み込む。

 

 そして、騎士の意識は暗転した。


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