とある奇跡の平行世界   作:雨宮茂

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都市伝説の女

麦野と上条が研究所を後にして、残った本名不詳(コードエラー)は携帯片手にパソコンのキーを弾いていた。

 

「んー、麦野沈利の能力は確かに上がってた。けど、覚醒してはいないみたいだ。冥土帰しのパソコンにハッキングして分かったけど、彼女記憶が一部分欠落してる」

 

『なるほど、記憶の欠落、か』

 

「こちらの推測だが、〈幻想殺し〉のせいだよね?彼が殺した、若しくは麦野沈利の奥深くに閉じ込めたのは“原子崩し”だ。記憶が欠落してるのは、思い出しただけで覚醒して今度こそ麦野沈利が喰われるのを手前で食い止めてる程度。ギリギリ人間でいる状態。ねぇ、彼女に暗部の仕事回していいの?」

 

『推測は外れてない。そうなのだろう。彼が幻想殺しに願ったのは、人間を捨てた麦野沈利を元に戻すことだ。暗部の事、特に『アイテム』は君に一任しよう』

 

携帯端末の奥から、男にも女にも、老人や子供にも聞こえる悪寒のする声。しかし本名不詳は特別気にはしていなかった。彼女の器が大きいのではなく、ただ同じくらいの変人なだけだ。

 

「コイツ、全権私に投げ捨てやがったなこん畜生。……0次元の極点には支障はないから、別に覚醒促す事はしなくていいんだけど」

 

『いや、覚醒をさせてくれ』

 

珍しいアレイスターの欲求に本名不詳は指の動きを止める。情報処理に割いていた集中力を会話に集中させた。

 

「なんで、発狂するよ絶対だ。一方通行の比かどうかは分からないが損害は被る」

 

『プランの一つである〈幻想殺し〉の力があの戦いで鱗片を見せた。理由はそれだけだ』

 

「はぁ、なんだかややこしい。ついでに〈幻想殺し〉もよろしくって事かい?」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の時とは違い、粗雑で荒っぽい口調の本名不詳は椅子の背もたれに身体を預ける。こっちの方が本性なのかもしれない。

 

電話口の向こうで小さく零れた笑い声に本名不詳は肯定と受け取った。

 

「……今年は厄年だな」

 

抗いようがないのでせいぜいたっぷりの皮肉を込める。相手は特に意に介さず特有の声で別れを告げた。

 

『では、朗報を期待しているよ』

 

「アンタがやれ」

 

切実な言葉は携帯のツー、ツー、と言う音に飲み込まれ本人の耳以外入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーッ! やっと終わった」

 

「どんだけ仕事ため込んでたんだよ」

 

「さっきの五ヶ月溜めた奴と半導体切断の奴、三ヵ月分の仕事を溜めてただけよ。まぁ流石にヤバかったわ」

 

すっかり太陽が真上に来ていた。病院を早朝に出たのが嘘のようだ。

 

おかげで、外に出たら真上から太陽の日差しを浴びることとなる。これが驚くほど暑い。

 

毎年記録を更新する夏の猛暑は直ぐ底まで来ているのかもしれない。

 

「その口調だとあといくら放置してんだ?」

 

麦野は指折りに数えてみた。

 

「五個くらい?」

 

「悪いこと言わない。今から仕事を消化しに行こう」

 

「やだぁ」

 

「可愛く言ってもダメ!」

 

「……脱いでもダメ?」

 

思わず上条の視線が麦野の豊満な膨らみに向く。服の上からでも分かるくらい豊かな胸だ。

 

ふと、絹旗の言葉が回想された。

 

『背中に当たる感覚が妬ましい!』

 

無意識に喉が鳴る。

 

だが誰かに見られている気がして、視線を上げるとニヤニヤと笑う麦野と目があった。

 

あらぬ方向に思考がぶっ飛んでいた上条は、我に返るとさっきの自分を厳しく叱りつける。

 

邪念を振り払うのと同時に頭を振った。

 

「脱ぐのはもっとダメだ! 公衆の面前ですよ麦野さん!!」

 

「鼻の下伸ばしてたかーみじょうが言う台詞じゃないわよね?」

 

痛い所を突かれてぐぅの音も出ない。

 

「否定できません。でも、いきなり脱ぐだなんて言われたら驚くだろ!? ハッ、まさか最近の学園都市の都市伝説にある“脱ぎ女”は麦野だったのか?!」

 

「ちょっ、変な言い掛かり止めなさいよ! 誰が人前で脱ぐか!!」

 

道の真ん中で堂々と喧嘩し始める二人は周りの視線を否応なく集める。しかし殆どの人はチラ見程度だ。

 

陽炎が立ち上る歩道の上で、二人の喧嘩がヒートアップする。

 

「言っとくけど露出癖なんてないから!!」

 

「説得力がないと感じてしまうのはなぜだろう……」

 

「かーみじょう」

 

「はい! なんでもありません!!」

 

麦野の周りに不健康な色をした発光体が浮遊する。上条は反射的に敬礼をした。

 

幾ら右手で〈原子崩し〉を無効化できるからといって、一歩間違えば死に繋がる光線を自分から受けにいく馬鹿はいない。

 

ひたすら麦野に謝る。

 

すると不意に予想だにしない方向ら声を掛けられた。

 

「すまない、青い車を見なかったか?」

 

「はい?」

 

声をした方を二人同時に振り向くと、なんだか眠たそうな顔をした、そして目の下に隈を深く刻みつけた女性が少し困り顔で立っていた。

 

「実は車を止めた駐車場を忘れてしまってね。交差点の近くだったんだが……」

 

風紀委員(ジャッジメント)に聞けよ」

 

突き放したような麦野の対応に上条はギョッとしたが、女性は気にせず腕を緩やかに組んだ。

 

「あぁ、そう思って歩いて居たんだが見つからないものでな。暇そうな君達に手伝って貰おうと思ってね」

 

初対面の人に向かってさらりと酷い言いようである。

 

しかしそんな物言いにも二人は動じなかった。上条当麻という人間はお人好しな為、この発言は麦野の物言いに対する皮肉だろうと思いなにも言わない。

 

だが麦野は既に話しかけてきた女性の話を聞いていない。思考はこの暑さをどうするかに移っていた。

 

「時間あるよな麦野?」

 

もう真っ直ぐ帰ろうか、と麦野が思案していた矢先に上条が行動に出る。

 

「ん、なに助けるの?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「はぁぁ、発病した」

 

「なんだよ、その言い草は」

 

早く帰りたい麦野と車を探す手伝いをしようと言う上条で意見が分かれる。

 

どうするかを言い合いをしていると、輪からはじき出された女性は手で自分を仰ぎポツリと呟く。

 

「熱いな……」

 

この言葉がある意味全ての始まりだった。

 

女性はここが白昼炎天下の真下と言う事を全く気にせず、ワイシャツのボタンをプチプチと外していく。あまりにも普通に外していくために唖然として行動を起こせない二人を他所に行為は進む。

 

周りの反応など無視して女性はワイシャツを脱ぎ、見事上半身下着になった。

 

「っ!??」

 

絶句するしかない。

 

女性はシャツを腕にかけると額を拭う。

 

「炎天下の中歩くと疲れるな」

 

「……それよりシャツ着ろよ」

 

麦野は声を絞り出して女性に命令するが、彼女は腰に手を当てよく分からない顔をした。

 

「なぜだ。暑いじゃないか」

 

「いやいや、早く着て下さい!!」

 

今まで石になっていた上条はシャツを奪い取ると女性に着せようとした。

 

麦野はその対応はちょっとマズいと思って注意しようとしたら、何処からか悲鳴が上がった。

 

「女の人が襲われてる!」

 

一足遅かった。

 

あぁ、やっぱりそう思ったか。と麦野は独白する。

 

こうして第三者の目撃者から上条は見事、犯罪者の烙印を押されることとなったのだ。

 

「あ、アンタ! なに公衆の面前で女性襲ってんのよ! ………天誅ッ!!」

 

場を収集するにはどうすべきか悩んでいた麦野の耳にまだ幼さの残る声が怒気を孕んでいた。それは自分に向けられてものではなく、隣でワイシャツを持ったままうろたえていた上条に対してだった。

 

知り合いらしい上条は、さらに顔色を悪くして顔が引きつっていた。

 

その理由は、

 

「ゲッ! ビリビリ、これは違っ」

 

「問答無用だぁぁああああ!!!!」

 

シャンパンゴールドのショートヘアーの女の子から、青白い火花らしきものが飛び散ったからだ。

 

麦野はそれが発電能力系のものだと見抜く。

 

中学生くらいの女の子が上条に突進する。上条はシャツを麦野に押し付けると、中学生から逃げるために走り出した。

 

「不幸だぁぁぁぁあああぁああ!!!」

 

お決まりの台詞を絶叫しながら全力で駆け出す背中を黙って見つめ、手の中のシャツを上半身ほぼ裸の女性に突き出した。

 

「自分の為じゃなくて、私の為だと思うならコレを着ろ。いや、着て下さいお願いします」

 

もう土下座してでも着てほしいくらいだ。それくらい、周りからの目線が痛すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

彼女はシャツを着る事を承諾した。しかし涼のある場所に行くと言う条件で。

 

そこで麦野は近場にあった軽い飲食店に入った。もちろん女性にシャツを着せてから。

 

「ここは涼しいな。生き返ったようだ」

 

「私はアンタを殺したい気分だ」

 

お詫びにと飲み物を買ってきた女性は、快適な気温について感想を零す。麦野は悪態をついた。

 

麦野は頭痛のする原因を半眼で睨むが女性は椅子に座ると、スープカレーのカンを差し出した。

 

「なんでホット?」

 

麦野はオープンカフェの安いプラスチック製の椅子に深々と座りながらそう尋ねた。

 

さっき目の前の女性が言ったようにオープンカフェなのに涼しいのは空調を工夫しているからだ。

 

「暑い時には熱い物が健康にいい。それにカレーのスパイスには疲労回復を促す成分がある」

 

「いや、理屈は理解できた。でも暑いと冷たい物を飲むのが普通じゃない?」

 

「む、そうか。若い娘はそう考えるものなんだな。買い直してくる」

 

「大人しく座ってて。それにゲテモノ買ってきそうで怖いから。で、アンタ名前は?」

 

こんな暑い中わざわざホットを買ってくるような猛者だ。イチゴおでんというネーミングからして危ないものを買ってこないと誰が断言できるだろう。

 

もはやつっこむ気力の無い麦野は、車探しの任をさっさと終らせたかった。

 

「私は木山春生だ。君は?」

 

木山と答えた女性は椅子に座りながら質問した。

 

「……麦野沈利」

 

淡泊に答えると木山はスープカレーを飲む手を止める。

 

「麦野?」

 

「聞いたことくらいあるんでしょ。第四位〈原子崩し〉くらい」

 

「君がか。なんだか普通の人だな」

 

「外見まで化け物でたまるか」

 

記憶を掘り返すような表情が引っ込むと木山は、合点したような表情をした。

 

木山は再びスープカレーを飲みながら流し目で麦野を見つめる。

 

「どうした、飲まないのか?」

 

「……いや、それは」

 

「…………」

 

無言の圧力に屈した麦野は、自棄になって缶を開ける。

 

「いただきます」

 

麦野は一気に飲み干すと体温が上昇したのを感じた。

 

「いい飲みっぷりだね」

 

「酒の方が飲みたいくらいですよ」

 

「だがしかし君は学生さんだろ? 高校生ならまだジュースだ」

 

その言葉に麦野は感動し打ち震えた。

 

今の今まで大学生だと散々思われていた中で、恐らく唯一彼女が自分の学生の位を一発で見抜いたからだ。

 

ちょっと嬉しくて泣き出しそうだったりする。しかし泣くことだけは、麦野のプライドが許さなかった。

 

「木山さんっていい人ですね」

 

それだけで良い人なら安いもんである。

 

しかし木山は瞳を伏せた。

 

「いい人か……」

 

「どうしました?」

 

小さく振りかぶると木山は顔を上げた。

 

「いや何でもない。さて……」

 

「うわぁっ!」

 

立ち上がろうとした彼女に不幸な出来事が起こった。

 

それはとある少年がアイスを買ってもらいはしゃいでいると転けてしまい。しかもアイスが木山のスカートを汚した。

 

「ご、ごめんなさい」

 

うなだれて涙声になりながら謝る少年に麦野は少し感心した。きちんと謝れるなら許すべきだ。

 

木山は少年の頭に手を優しく置くと微笑みながら言った。

 

「心配するな。脱げば大丈夫だ」

 

そう、脱げば……って!!

 

「だから脱ぐなッ!!」

 

「へ?」

 

スカートを太股辺りまで脱いだ木山は突然怒鳴った麦野に疑問の声をぶつけた。

 

少年はもう真っ白になっていた。

 

「ったく、こっちに来い!」

 

スカートを穿かせると麦野は木山は女子トイレに強制移動させた。

 

少年には悪いが暫く放置である。

 

「ほら、個室に入ってて。スカート洗うから」

 

「うん。悪いね」

 

「それよりいきなり脱ぐな」

 

それから麦野は無言でスカートを洗い始めた。クリームはまだ固まっていなかったから直ぐに落ちた。皺がつかないように丁寧に絞る。雑巾絞りなんて厳禁だ。

 

それから空気乾燥機にスカートを突っ込み乾かしていく。

 

学園都市が誇る空気乾燥機は濡れている物に合わせて風圧、温度を変え素早く乾かす優れもの。後三分もすれは乾くだろう。

 

「すまないね」

 

「……まぁ、今回だけだと思う」

 

「そうだ。君はさっき化け物だと言っていたが、最初に居た彼と一緒に居たときも今も君は普通の女の子に見えるよ」

 

その言葉に麦野の身体が固まった。

 

息を飲む気配を感じた木山は言い聞かせるように麦野に囁く。

 

「君は君が思っている以上に女の子だよ。だって麦野さん、彼のこと好きなんだろう?」

 

「はぁっ?! なに言ってんの。アレはそんなんじゃない! 上条は…………」

 

萎んでいく声に木山は小さく笑った。

 

「何について悩んでいるか私には分からないが、有耶無耶してしまえば、多分君は後悔する。好きか嫌いか。特別か友人かの区別はしておいて損はないはずだ」

 

「っ! うるせぇ!」

 

麦野は乾いたスカートを個室に投げ込んだ。雑に扱った割には木山は怒ってなどいなかった。

 

それどころか感心の声を上げる。

 

「綺麗に乾かすね。皺が全然ない」

 

「ふん!」

 

「素直じゃないのも青春か………」

 

どこか悟ったような響きに麦野は久しぶりに子供扱いされて戸惑った。精神面で比べたら恐らくこの人に適わない。そう納得させるだけの何かがある。それは傷ついた者を包み込む母性のようなものなのかもしれない。

 

麦野はこんな人がすこぶる苦手だ。境界線を無視してズカズカ割り込む奴は大っ嫌いなのに、また違う強引さには戸惑ってしまう。

 

木山は個室から出てくると顔だけじゃなく耳まで真っ赤にした麦野を見て微笑んだ。

 

「やっぱり青春だね」

 

「次なにか言ったら真っ二つにするぞ」

 

「む、それは凄いな」

 

「驚くな!」

 

まったくもって苦手である。

 

内心で麦野は、ここは怖がるところだろう、と苦言を呈す。だが別の所で望んだ反応が来なかったのを喜んでいるのが分かった。

 

「車を探しに行こうか」

 

「おい、そう言えば手がかりもないんでしょう?」

 

「そうだが?」

 

当たり前だと言わんばかりの木山に麦野は肩を落とした。もう抵抗する気力も皆無だ。

 

「分かったわよ。はぁ……」

 

溜め息が最近多い気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくなんで駐車場を忘れるかな」

 

「でも無事に見つかったよ。有り難う麦野さん」

 

そう言って木山はエンジンをかける。

 

麦野はその車を凝視していた。ランボルギーニ・ガヤルド。イタリアのスポーツカーであり、ガルウィングドアのタイプ。しかもかなりの高級車だ。

 

コイツ、ぼーっとした見た目の割には凄いもんに乗ってんだな。と言うのが麦野の素直な感想だった。

 

「教鞭を揮っていた頃を思い出して楽しかったよ」

 

「へぇ、なら今はなにしてるの?」

 

「あぁ、AIM拡散力場を主に大脳生理学を専攻とした学者だよ」

 

「学者さんね。でもアンタ学者よりも学校の先生が似合ってるよ」

 

迷子やどこか影のある子供を導いてきたのだろうか、それがこの数時間共に過ごした麦野の木山へ対する評価だった。

 

麦野の言葉に木山は嬉しそうに目を細めた。

 

「そうか、そう言って貰えて嬉しいよ。またどこかで」

 

「その時は車無くしてないでよ」

 

うんざりしたように言ったら木山も苦笑した。

 

「善処しよう」

 

それだけを言うと彼女は車をゆっくり発進させた。見栄えのいい車は直ぐに見えなくなり麦野は今日一日が、長く思えた。

 

「帰るか」

 

麦野はすっかりパーティーの事を忘れて自宅へと、その歩を進めた。

 

 

 


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