とある奇跡の平行世界   作:雨宮茂

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統括理事会の会合

まだ別段重たくもない空気。

 

まだ誰も先手を打たない静けさ。

 

そこで親船は紅茶をカップに注ぎ、差し出す。

 

琥珀色に色付いたそれから芳醇な香りが溢れ出し、紅茶が好きな人物なら思わず微笑んだだろう。

 

しかし、麦野はお礼を述べただけで特にリアクションをせず、本名不詳に至ってはずっと柔らかに微笑んでいる。この部屋で一番不気味な存在である彼女が意味ありげに微笑むのだから、二人は心の中で緊張のため息を吐いた。

 

「それでは、本題に入りましょう親船さん」

 

 心の吐息を読み取ったかのようなタイミングで本名不詳が切り出した話題に、麦野と親船の背筋が反射的に伸びる。

 

「そうですね。手紙に書いてあった内容ですと、暗部部隊の一つ『アイテム』脱退に一役買って欲しいとのことですが、私だけではまず不可能です。それに統括理事会直轄部隊なのですから、最終的に何が何でもアレイスター理事長にお目通りしなければなりませんよ?」

 

「えぇ、知っています。知っていて尚且つ、貴女にこうして頼み込むという事は、打開策くらいは持っています。私は、麦野沈利が脱退した後の後ろ盾が欲しい。LEVEL5で暗部、暴力に秀でた能力を持っている彼女が抜け出た所で、すぐに厄介ごとに巻き込まれるのは明らか。そのためにも、貴女には安全地帯誘導への手助けをお願いします」

 

理事長への手札を見せない本名不詳(コードエラー)。裏に潜む算段を読み取ろうと、二人の攻防が始まった。

 

「ですが後ろ盾なら、統括理事会の中で発言力の小さい私に求めずとも他に適任な方が居るのでは?」

 

「暗部組織の一端を無力化する提案において一番自然な発言になるのが親船さんだと思っています。それに他の統括理事会のメンバーは、大なり小なり暗部と関わっています。もちろん私もですが」

 

そこまで言って本名不詳は、一度言葉を切る。その表情は、薄っすらと笑みを刻んでいた。

 

本名不詳が笑う意味は、一体なんなのであろう。親船は彼女が敢えて語らない本質、それを見極めるべく本名不詳が意図的に開けた時間の中で思考し、仮定を組み上げ、様々な憶測を巡らせる。

 

統括理事会並びに理事長は、暗部を使い私欲に走ったり、より良い学園都市の運営、表には見せられないモノを消去させている。運営の中枢を担う理事会は、必然と暗部との繋がりが出来るし、個人的な部隊も持ち合わせている輩もいる。

 

その中で異質であるのが、自分だと親船は断言出来た。なぜなら彼女だけが特別に繋がりのある暗部も、部隊もいない。潮岸のように化学兵器開発に心血を注いで、暗部と少なからず渡り合える武力がある訳でも、貝積のように知力を駆使して暗部を手籠めにしている訳でも、トマス=プラチナバーグのように金に物を言わせて大規模な護衛を雇っている訳でもない。

 

その観点から見れば親船最中という重鎮はフリーであり、一見何時でも殺せるような立ち位置だ。人質を取られ全ての牙と力を搾取されたので、ほぼ無力化し殺すに値しないと思われているのかもしれないが。

 

力も発言力もない低落にどうして頼みごとをするのか。親船が本名不詳の立場なら、どうするか。本名不詳が一番望んでいることは何か。

 

親船は必死に考えた。

 

本名不詳の望みは恐らく、目の前に居る少女とその部隊の早期暗部脱退だ。そしてその後、表の世界で出来るだけ平穏に包まれた世界で生きてほしいのだろう。だが表に出てしまえば、力を同時に失う。人を殺めれば暗部に落ち、知ってはいけない事を知ると暗殺される。軍隊と渡り合う暴力を容易に振るえず、秀でた知力もまた宝の持ち腐れとなる。自分が出来る事を一気に抑制される生活を麦野沈利という少女は、強要しなければならない。

 

重圧に塗れた私生活を軽くする事と、うっかり闇を覗いてしまった時のアフターケア。

 

それが本名不詳が本当に望むものだろう。

 

だから麦野沈利の後ろ盾として、本名不詳は親船を指名したのだ。本名不詳自身が、麦野沈利を守れないと暗に親船だけにジェスチャーしていることに、漸く気が付いた。

 

席はあっても、今まで会議にも出てこなかった最後の統括理事会の構成員。名も知らされず『秘匿された首領(シークレットチーフ)』と噂され続けた者。彼女は、統括理事会の中で唯一基盤を持ち合わせてもいなければ、発言に力がある訳でもない。

 

出てこなかったことで得た物は、秘匿と言う神秘だけ。現実的な力が不安定な今、彼女は自身のアキレス腱にもなる少女を親船に託すと言うのだ。

 

「いいんですか?」

 

故に、親船はただ問う。

 

託していいのかと、もしかすれば裏切る可能性もあるのだと。

 

「えぇ、信じていますし、貸しもあります。あれで貴女から信用が勝ち得たと私は踏んでいます」

 

そして本名不詳の言葉に、親船は確信した。

 

先日、独自の情報の網に引っ掛かった親船素甘の暗殺部隊が壊滅、潮岸邸に誰かが襲撃したこと。全ては彼女が起こしたものなのだと。

 

「そうでしたか。でも、私は非力なままですよ?」

 

「いいえ、私と対話している時点で非力とは言えないでしょう」

 

だが親船が未だ全盛期の権力を取り戻した訳ではない。その言葉に本名不詳が大きく出た。

 

対話と言って本質は、取引である。

 

本名不詳と言う力と財。それを彼女は与えてもいいと言っているのだ。

 

力のない親船に本名不詳が望む力を与え、知名や名声のない本名不詳だけでは出来ない事を親船が行う。

 

とてつもなく平等で対等な条件。親船が権力を取り戻し、本名不詳の頼みである麦野沈利の安全と統括理事会の説得。

 

その条件を親船は飲んだ。

 

「それでは宜しくお願いします。本名不詳さん」

 

「はい。こちらこそ宜しくお願いしますね。親船さん」

 

断片的な交渉だったが、二人は意気投合し硬く手を握り合う。

 

傍から見ている麦野は、その光景を見て悪魔と魔王が同盟したようにも見えた。ベストマッチ過ぎてむしろ合わせてはいけない者同士が手を組む。きっと学園都市上層部は空前絶後に荒れに大荒れするだろうと麦野は予想した。

 

「では、早速で悪いのですが譲渡の話し合いでも」

 

「えぇ、こちらも全力でお応えしましょう。今回はどう攻めますか?」

 

弾んだ声で二人はこれからについて話し合う。

 

だが、さらに交渉をスムーズに行うために、退室してもらう人物がいた。

 

親船は邪魔者であると言う事を感じさせない穏やかな声音で、麦野に提案する。

 

「これからの話は特に面白い訳ではありませんし、お嬢さんには私の書室でお暇でも潰しますか? 自慢じゃないんですが、面白いものがありますよ」

 

「本当ですか? なら、お言葉に甘えて少々失礼させて頂きます。一度読書に没頭すると中々抜け出せないので、御用の際は呼んで下さい」

 

しかし麦野も暗部で仕事をし、相手の思惑を探るように生きていたのだ。このくらいの厄介払いは想定していたし、なにより権力絡みの話など聞いて良い事があった試しがない。

 

自主的にどう退室しようか考えていたのだから渡り船だと、麦野はその提案に飛び乗る。

 

親船が手元のリモコンのスイッチを押すと、直ぐに部下の一人が一礼をして入室する。その後親船が言葉添えをし、大きめのサングラスで表情を隠した彼は頷くと麦野を廊下の奥へと案内した。

 

最後に、部屋から出るとき麦野が一度振り返った時、本名不詳が小さく手を振っていたが特に応えず扉は閉ざされた。

 

数秒だけ訪れた静けさに、親船は紅茶に口を付け、本名不詳は手元の情報端末からデータを呼び起こす。

 

「一つ聞いてもいいですか?」

 

「何なりと」

 

「どうして、麦野沈利を脱退させるためだけにこれだけの事をするのです?」

 

暗部を脱退させるにしては、とても大がかりであるように親船には見えた。暗部に関しては、統括理事会の尖兵として扱われていても実情は理事長の手駒である。本来なら理事長一人に脱退の話を持ち掛け、何が何でも説得すればいいだけの話だ。

 

麦野沈利がこうして理事会メンバーの元に出向く事もなければ、五日後に行われる統括理事会の会議の場に出る必要もない。全てが裏の裏で密かに終わらせられる筈である。まるで何もなかったかのごとく。

 

だが本名不詳は、とても回りくどく統括理事会並びに統括理事長この二つに許可を取りに来た。しかも本名不詳が正体を公然に晒し、恐らく麦野の脱退を霞ませるのが目的か。そうであったにしても、秘匿してきた存在を表に出すという事は、それなりの危険が付きまとう。

 

全てを含めてどうしてそんな大がかりにしなければならないのか。親船には何も理解できない。

 

本名不詳は一連の作業を終わらせると、昔を思い出すように語る。

 

「大掛かりでしょうね。こんな事をする必要がないのは理解しています。ですが、権力だけで脱退させても先がありません。彼女自身が自由を掴み、罪を償う意志を芽吹かせる。そして全闇に知らせるんです。麦野沈利はもう闇の住人ではないと。そして、私が戻って来たのだと」

 

「貴女が、闇に戻るという事はどのような意味合いを持つのですか?」

 

「あぁ、そうですね。木原神無が戻って来たとでも言いましょうか、それとも学園都市最悪の木原が生み出した化け物がついに動き出す狼煙とも取れます。つまり、今回麦野沈利が脱退した元凶が私であり彼女に手を出せば火傷では済まない。それを全てに伝えに来ただけです。それに、暗部の完全脱退なんて前代未聞で、噂に憶測が飛び交うこと間違いないでしょう。少しでも抑止力なればいいのですが……」

 

大きなため息とともに、本名不詳は困った様な笑みを浮かべた。

 

「まぁ、いつまでも日陰でのんびりしていられません。すでに世界は動き始めている。地盤を作っていて損はしないでしょう」

 

親船は、本名不詳が垣間見せる義務的な笑みと私情を挟んだ穏やかな表情に、狐にでも包まれた気がした。ただ単に利益で動いている訳でもなく、だが時に冷酷に指示に従い死を下す本名不詳の雰囲気に呑まれ、それ以上の追及が出来なかった。

 

「そう、ですか。では、権利の譲渡について話し合いましょう。私が欲しいのは食品関連のプラント、及び食物生産技術を開発をしている研究所の全てを下さい。それだけで結構です」

 

「生きて行く上で必須になる物一式を、それだけ、ですか。いいでしょう。私が持っていても宝の持ち腐れでしたし、ついでに関連する物もいくらか付けましょう。どうせ後からぶん取られるのなら、先に渡して起きますよ」

 

少し痛い所を突かれたと言わんばかりに本名不詳は、顔を顰め、端末情報の中にあるいくつかの権限を選び、それの譲渡条件を捏造していく。なるだけ自然な流れで親船に流れていくよう操作する。

 

「それで、護衛部隊はどうするおつもりですか? 少なくとも、それは来ると思ったのですが」

 

「確かに魅力的ですが、そればかりは自分の目で判断した者たちで構成された方が安心できます。これは他の人に頼れないんですよね」

 

本名不詳の問いに流石の親船も困った様に笑う。学園都市のVIPだ。実の所暗殺なんてよくある事でもあり、こうして権力を幾らか回復させたのなら、狙われる可能性も十分上がる。だが彼女は本名不詳が持つ人的戦力を貰おうとしないのは、やはりまだ信頼関係が出来てないからだろう。

 

親船が信頼しているのは、本名不詳の人間性ではなく権力と立ち位置と、今回動く理由である。

 

「だから謝っておきますね。御免なさい」

 

「いいえ。信頼を勝ち得なかったのは私の思慮不足、力不足、あと私の怪しさでしょう。むしろ謝るのはこちらです。すみません。話せない事が多くて」

 

親船に本名不詳が深々と頭を下げる。

 

「それでは、譲渡する権限の一覧です。あと、これからの世界情勢についてですが、『魔術』についてどこまで知っていますか?」

 

『魔術』の単語に親船の眉がほんの僅か跳ね上がる。

 

面と向かい合っている本名不詳には、その些細な動きまでよく見た。

 

瞬きもせず、ただじっと石造のように動かなくなった親船は、なにか考える様に目を逸らし、深く力ないため息を付く。一気に重くなった空気の中、親船は縋るような瞳で本名不詳を見た。

 

「えぇ、我々とは理が大いに違う集団。そしてアレイスターが徹底抗戦の姿勢を崩さない敵と認めた勢力という事です」

 

徹底抗戦。それは魔術を行使する者たちと戦争をする可能性があるという事。つまり、人が少なからず死ぬという事。

 

彼女はそれを避けたいのだろう。だが権力も今しがた上向いた程度の親船では、統括理事会の抗戦の空気に逆らうだけものがない。親船の疲れ切った表情には、本名不詳に向けた切願があった。

 

「戦争を回避したいのです。貴女なら、出来ると思うのです。あのアレイスターが隠すほどの人物である貴女ならあの方に口添えが出来る。戦争を遠ざける事だけでも出来ませんか?」

 

「……どうでしょうか。私でも必ず、とは断言できません。私が秘匿されていたのは、暗部創立の際にその中心人物に抜擢され、無暗に矢面に立てなくなったからで、アレイスターが特に気に掛けているようには思えません。近代魔術史にある本当の『秘密の首領(シークレットチーフ)』のように暗部部隊の結成を受諾するのが主な使命。そして暗部部隊の運用法を編み出し、闇全体の監督が私の仕事とも言えましょう。恐らくアレイスターに口添え出来るとしたら、木原神無です」

 

心苦しい心境で訴えかける親船に、本名不詳は事実だけを端的に伝える。

 

そして、本名不詳の口から出てきた人物の名に、親船は数日前に訪れた本名不詳が言っていた昔の名前である事を直ぐに思い出した。

 

「それは、貴女の事では?」

 

「木原神無は、この学園都市最高の能力者の名前です。彼女は、私が―――――死ぬことでこの世界に再誕する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、本名不詳と親船が権利の譲渡で意気投合している頃、麦野は親船の部下に連れられ書室に案内された。

 

「こちらです」

 

押し開かれた扉の先には、小さな図書館規模の書物の類が本棚にぎっしり詰められていた。どちらかと言うと歴史書物が多く、学園都市ならではの科学や関連技術の本の類は少ない。

 

麦野は、一歩書室に入り、振り返ると丁寧にお辞儀した。

 

「有難うございます」

 

「いいえ。それでは、時間になりましたら迎えに来ます。どうぞ、ごゆっくり」

 

黒服の男は、扉を閉め退室する。

 

書室に一人残された麦野は、ちょっと肩の力を抜いて凝り固まった緊張を解す。

 

「ふぅ。あっちはあっちで盛り上がってるでしょうし、私は自由に本でも漁ろうかしら」

 

理系である麦野は、数学や物理、生物などに秀でている。もちろん歴史や国語なども優秀であるのは、間違いない。だが、考古学者ほど詳しくもない。歴史学や地理まで精通していない麦野としては、この書室にある書物は、生きて行く上であまり必要ないものだが、自分が知らないものが埋まっていると思うとちょっとした興味が湧く。

 

取り敢えず、背表紙に書かれている題名に面白いものがあったら適当に読もうと考え、麦野は先ず、書室全体をぐるっと巡ってみる事にした。

 

個人の書室にしては大きく、膨大な書物。

 

それを納める為に、これまた多くの本棚が並べられていた。まるで迷路のような書室を歩きながら麦野の視線は右へ左へと忙しく動いている。なにか興味が惹かれるようなタイトルを探していた。

 

そして、一番奥まで来て、麦野の足は止まった。単に行き止まりで足を止めたと言うより、奇妙な物を見て思わず立ち止まってしまったそれだ。

 

麦野の視線の先には、古めかしい古書が並べられていたり、真新しい最近出版された物と思わしき書物があった。年代や作者に一貫性がないが、どれも同系統の書物であることが分かる。

 

それは、どの背表紙にも学園都市では見慣れない文字が並んでいたからだ。

 

 

『黒魔術』『魔法』『原典』『神話』『伝記』『神々』

 

 

おおよそオカルトと言われる信憑性も低く非科学的な書物。それを統括理事会の一人がこれほど膨大に所有している事実に、麦野も可憐な眉を顰める。

 

「なにこれ? 魔術の原点? こっちは魔術の原典、ね。なんのギャグ?」

 

年代や作者別ではなく、細かくジャンル分けされている。その分ける目安である物を声に出し読んで、思わず麦野は失笑した。

 

なにを熱心に調べているかと思えば、こんな眉唾で存在自体曖昧な魔術ときたものだ。何よりこの科学の、能力者の街で神秘など神など魔術などましてや、空虚な空想でしかない。中身のない箱とも言うべきか。

 

既に超能力が世界に浸透して、魔術やスピリチュアルなど死語にも等しい。昔人々が面白半分であり、一部の人間が熱狂的に支持したオカルトは、超能力とは違い実を結ばない妄想とまで言われている。

 

地に落ちた神秘。既にその摩訶不思議な領域を踏み越えた能力者の登場で世界情勢は確かに一変していた。

 

「まぁ、老後の楽しみは人それぞれだし、文句は言わないけどね。でも魔術って、時代遅れにも程があるでしょう……」

 

半ば呆れながら、麦野は絵本感覚でどれか一つ読んでみる事にした。

 

神話など、誇大妄想で描かれた代物で、その昔、科学と言う叡智を知らない人間が考えた矛盾だけのライトノベルだと言うのが麦野の感覚であり、今の世界の人々の多くがそう考えてもいる。

 

いわば、お伽噺。子供の頃読んでもらった絵本や、ファンタジー小説。麦野は手軽に読めそうな〈世界の神々について〉というタイトルの本を手に取った。

 

神話に登場する神々をピックアップして軽い説明を書いた説明書もどきだ。

 

小説の登場人物紹介みたいなもので、麦野は流すように読み、読破に二十分も必要としない。

 

目を通したら、後は元の場所に戻す。すでに麦野の関心はオカルトから消え失せていた。

 

「神なんている訳ないでしょうに。だから、学園都市が生まれたんだから」

 

麦野のその言葉は、一種の真理とも言えた。

 

学園都市が掲げる目標がある。それは、神ならぬ身にて天上の意志に辿り着く事だ。つまり人間の体のまま、神の領域に到達する前人未到で前代未聞の栄光を掴む、と言うもの。

 

神が居ないなら作りましょう。人間を神にしましょう。神話が語るように、救世主が述べるような妄想まがいの曖昧なモノではなく、現代に神を。裏を返せば、この甘言を受け入れた人間の殆どは、神と言う存在に一定の疑問があったのだ。

 

本当に存在するのか、本当に神は世界を、そして人を創り出した創造主なのか。

 

どんなに信じても応えてはくれない神に、見えない神に、人は疲れたのかもしれない。そして神に至ると言うグノーシス主義にも似た学園都市の理想に共鳴した人々の思惑は、こうして世界を知らないうちに浸食したのだ。

 

大した時間つぶしにもならなかったオカルト関連書の一角から麦野は、離れる。

 

それから、麦野は面白そうな歴史書を手に取って備え付けられているテーブルに本を乗せ、椅子に座ると黙々と読み始めた。

 

古本の独特の香りに紙の感触を感じながら麦野は、ページを捲っていく。神々の本を読んでいた時は違い、ゆっくりしっかり目は文脈を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が真上に来た頃、麦野が読破した本の数は二桁に到達していた。だが彼女の本を読むスピードに衰えはなく、最初と同じ速さで目は文面を追っていく。

 

変わり映え無く本を読んでいると、麦野は何かの気配に気づいたかのように顔を上げ、扉の方を振り向くと同時に黒檀の扉がゆっくりと開く。

 

そこにいたのは、バスケットを片手に下げた親船最中その人だった。

 

どこかピクニックにでも行くような雰囲気でやった来た親船は、バスケットを樫の木のテーブルにおいて、中からサンドウィッチを取り出し、皿に乗せると麦野に差し出した。麦野は受け取ったものの、どうすればいいか分からず視線を巡らせると、アンティーク調の振り子時計は、十二時を指しており昼食の時間である事を教えていた。

 

親船は、大きめの水筒から茶をコップに注ぎ、麦野の前に座る。

 

「お腹が空いたでしょう? 御免なさいね歳を取ると話が長くなりがちで」

 

「お気遣い有難うございます。面白い本が沢山あってとても楽しかったです」

 

「あら、そう言っていただけて幸いだわ。それじゃ、食べながらちょっと雑談でもしましょうか」

 

麦野は取り敢えず、貰ったサンドウィッチを一口食べる。硬めに焼いたパンの中には、厚めの肉をシンプルに潮と胡椒で焼いて風味を閉じ込め、こってりとした味を和らげるためにレタスも挟まっていた。

 

意外と美味しい、と麦野は素直に思いさらにもう一口食べる。そこでふと、気になったがこれは、一体誰が作ったのだろうか。普通に考えれば、親船の雇っているコックだろう。

 

特に振れる話題も無いので、麦野は思い切って尋ねてみる事にした。

 

「これは、親船さんが作ったんですか?」

 

「いいえ。これを作ったのは、本名不詳(コードエラー)さんですよ」

 

「……え?」

 

耳を疑う返答に、麦野の表情は引き攣ったまま凍結し、視線はバスケットの中にある彩り豊かで美味しそうなサンドウィッチとデザートに向けられる。

 

麦野は咄嗟に気持ちを落ち着けさせるために紅茶を飲む。それは、麦野がとても好きな味だった。適度な渋さに深い味わいと、バラの香りにも似たほのかな香りが特徴である所を推察すると、この紅茶の種類は『ウバ』であろう。一般的にウバは、ミルクとの相性も良く、麦野もミルクティーにして飲むこともある。

 

馥郁たる紅茶で揺れた精神を落ち着かせている所に親船が思い出したかのように手を叩く。

 

「そう言えば、その紅茶も本名不詳さんが淹れたの。うちのシェフも手慣れたものだって驚いてたわよ」

 

危うく吹き出しそうになるところだったのをぐっと堪え、麦野は好きな味である紅茶が本名不詳の淹れたモノだと聞いて一気に渋みを帯びた気がした。どうして本名不詳がサンドウィッチを作ったり紅茶を淹れたりしたのか、その経緯を聞きたいものである。

 

「本名不詳さんはまだ、貴女と同じぐらいの歳の頃、名家のお子さんに仕えてたらしくてそこで家事一式の技術を身に着けて磨いてきたらしいわよ。本人は和食が好きだけど得意料理が洋食なんですって」

 

「そう、なんですか。私は、本名不詳が料理を作れる事も知りませんでした」

 

「あの人は、自分の事について深く語りませんからね。でも、これが美味しいのは確かでしょう?」

 

親船に言われ麦野は頷いた。

 

今振る舞われている物全てが本名不詳の手掛けた料理だと言うのが未だに信じられない。いわばそれ程、この紅茶にしてもサンドウィッチにしても美味しい。まるで麦野の嗜好を知っているかのような味付けだ。

 

不思議な懐かしさを感じながら麦野は、食事を再開した。

 

そして食べ終わる頃に親船がカップを置いて麦野に視線を合わせる。

 

「では、本題に入りましょう。私の役割は、貴女の暗部脱退の空気を作る事ですが、他の理事会の方々が何の見返り安全性なしに納得するのは無理です。残念ながら麦野さん、貴女にも出血を強いる事になります。貴女は、表に帰る為に何を差し出しますか?」

 

やっと来た本題に麦野は、準備し考えてきた答えを差し出す。

 

「私は、『アイテム』の脱退も視野に入れてます。だから、私とアイツらを引き離して双方を人質状態にして私の牙を削げばいいでしょう。それが理事会に対する安全性になります」

 

「なるほど、そうなると明日を生き抜けるか分からない暗部に彼女たちを置いておく意味がない。そして、例えばお互いが生きている確認として一週間に一回会う、という条件を付ければ生存確認できる。幾らか悪知恵が働くようですね。で、安全性は示されましたが見返りは?」

 

麦野の答えは、優しい侵略者から見ても及第点のようだ。そのことにほっとするのも束の間、親船はこれが本題だと言わんばかりに麦野が暗部から抜け出る最大級のメリットの提示を求めた。

 

暗部から抜け出た方がいいと思わせる材料がなければ、学園都市の闇のパワーバランスを崩したり、暗部の無法共の連中から見ても『アイテム』の依頼の遂行率の高さと、忠犬とも言える態度は理事会の中でも実は高評価なのだ。

 

絶妙な厄介ごとは、『アイテム』と言わしめるくらいに。

 

その重要な基盤を失ってでも手に入れたい見返りを必ず求められる。

 

それに麦野は毅然と答えた。

 

「上条当麻の監視です」

 

麦野の口から出てきた名前に親船は、思わず動きを止めてしまった。

 

「知っているんですか? 私たち統括理事会があの少年を危険視している、と」

 

「憶測でしかなかったんですが、やっぱりそうでしたか。元から疑問があったんです。あの能力を知ってあの異常性を理解した時から、どうしてコイツは、学園都市の中で生きているんだろうと。あなた達ですね? この世界から意図的に遠ざけていたの」

 

「えぇ、そうです。あの能力は、未知数です。故に我々は決断できませんでした。もし、未来で戦争が起こった場合、あの少年の右手の力は、学園都市を勝利に導くものだと確信したからです。だから学園都市の闇の運営上、邪魔であるあの少年を殺すことが出来ない。私たち統括理事会の優先順位は、LEVEL5の貴方方よりもあの少年の方が上なのです」

 

親船の言葉に麦野も押し黙る。

 

上条当麻には、その能力者殺しとも言える能力が危険視され、能力者で構成された暗部組織が無力化される事を恐れていたものとばかり思っていたが、どうやら事は想像を遥かに絶する。

 

運営上、爆弾であると分かっていても容易に捨てる事が出来ない稀な力は、戦争に利用されるらしい。だが異能でない限りただの右腕でしかないアレが戦争で役立つように麦野には思えなかった。

 

ならば未来で想定されている戦争とは、いったい何なのか。もしかすれば、学園都市はその複雑な運営の仕方で生まれた闇が理事会に牙を向く事を危惧しているのではないだろうか。

 

麦野の知りうる限り、あの右腕が存分に振るえる場面を想像してみたが、どれも学園都市の内部分裂で起きた能力者同士の戦争として結びついてしまう。

 

「私たちには、いずれあの少年の力に縋るでしょう。安全装置の護衛が最大のメリット、尚且つ闇を知る貴女が上条当麻をこの街の闇に近づけさせない役割を持てば、確かに統括理事会の輩も頷くかもしれません。ですが、貴女に対する見張りも必要です。いくら『アイテム』という人質を取って首輪を付けても、その手綱を近くで握る人物を選ばなければ」

 

「すみません。そこまでは、考えていませんでした」

 

「まぁ、おいおいそれは打ち合わせましょう。後は、本名不詳さんも呼んで総会に向けてのミーティングと言った所です。それでは、今日は一旦お開きにしましょうか。時間は幸いまだあります。でも、最後に聞いてもいいですか?」

 

親船が何を言いたいのか、麦野にはおおよその予測はついた。

 

それが、今回一番鋭い質問になる事を承知の上で、麦野は無言で頷き、親船は喉を震わせた。

 

「どうして、今になって暗部を出たいと?」

 

予想通りの親船の問いは、麦野の心を的確に射抜く。

 

心情を顔に出さないよう努めていたかったが、麦野は、知らずの内に苦笑しながらこう、答えた。

 

「身勝手で馬鹿な理由ですが、恋をしてしまったからでしょうね。上条当麻っていう人間に」

 

 






超電磁砲アニメでアイテム出てきたから、戦闘描写を特に麦野とか学ぼうと思って見てたら、案の定麦のんの身体能力の高さにツッコミが追いつかない。

御坂の場合、磁力で落下速度の軽減を図る描写があったり、特に最終話の身軽に飛び回る時にもそんな描写とかあったけど、麦のんにそんなのない。なのに、御坂を追い詰め橋の上に降り立つシーンとか、何メートルの高さから飛び降りたと思ってんの!? ツッコミ無いけど最終話の疑似メルトダウナーの多脚戦車の上に飛び乗る時、麦野自身と比較して大きさを想定すると三メートルくらいのジャンプしないと、その戦車の上に飛び乗れませんよね?

…………すでに人間を辞めていらっしゃったか。流石です。

ただ今回のアニメで、メルトダウナーの使い方は何となく掴めた。
噴射口の角度を変える様にしてビームを直線的に移動させるのが可能。
一度作り出したメルトダウナーの噴射口みたいな光の玉は、連射性に欠けるものの再利用して撃つ事が出来る。
最終話を見る限り、とても殲滅型ですね。確かに威力だけなら御坂を上回っている。
ビームの減退描写はあるが、距離が測れない。施設ぶち抜いてすっごく遠くまで飛んでいったみたいだが、どうなったんだろ……。取り敢えず、今の所麦野のメルトダウナー飛距離は四キロだったかな? 新約の会話を見る限り、それでも余裕の範囲みたいだけど。
歩きながら攻撃可能。たぶん走りながらも出来る。

ゲームを参考にしていたので、今回のアニメ化はかなり収穫があって良かったです。


ただ気になるのが、実際のビームの直径と壁が解けて広がった穴の大きさが釣り合わないのだが。流石に高熱のビームでも、あんなに広がったりするものか?
今回のシナリオにも言えるのですが、誰か理系物理щ(゚д゚щ)カモーン!!
生身で大気圏とか死んじゃうから! 血液沸騰しちゃうから! それにしても、よくミサイル撃ち落とせたね。目の前宇宙空間で、距離感どころか、どこにあるのか分かんない物を当てるとか。奇跡だ。



そしてこの後、学園都市はエンデュミオン崩壊でもう一度滅亡の危機を迎えるのでした。
……この学園都市の滅亡危機周期の速さに脱帽。

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