とある奇跡の平行世界   作:雨宮茂

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少年の日常

いつもの登校風景の中に上条は、いた。

 

右を見ても左を見ても、学生でごった返す朝七時半。皆一様に制服を纏い、友人と喋りながら、若しくは携帯を弄りながらの登校である。そんな日常風景に上条当麻という人間は、馴染んでいた。どこから見ても、一般的で在り来たりな雰囲気の彼は、今友人と会話しながら学校を目指していた。

 

「あー、絶対小萌先生に怒られる」

 

「ははは、青ピの奴は羨ましがるだろうぜ」

 

「はぁ、でも怒られればまだマシだ。もしかしたら、謹慎処分に」

 

それについては、軽はずみな事を言えない土御門は上条と一緒になって遠くを見つめる。実際、ちょっとした事件になっていたのだ。武装集団(スキルアウト)に襲われたと言う者もいれば、喧嘩に巻き込まれもうこの世にいないだとか。眉唾ものでも、彼を心配する人にとっては不安を掻き立てる材料になる。特に日に日に元気を失っていった月詠小萌はそうだった。

 

上条が救った人がいた裏側で、心を痛めていた人がいるのを教えるべきか。

 

「甘んじて受け入れるにゃー。それだけの皆心配したんだぜい」

 

「そうだよな。土御門も心配してくれてたのか?」

 

「彼女を口説きに行って行方不明になった男の心配をする馬鹿がいるか?」

 

「グハッ!! い、今の言葉は上条さんの心にクリティカルヒット」

 

前かがみになり、胸の辺りを押さえる上条に土御門は内心、辛いものがあった。

 

その姿は道化じみていた。裏にあるものを隠す為に馬鹿を演じる。それは自分の役目だろう、と土御門は歯噛みする。悔しいとかそんな感情というより、情けない。

 

彼の本質を知る者として、やはり上条当麻という人間は“闇”に関わるべきではなかった。

 

「でも、そのお陰でカミやん彼女できて幸せなんだろ?」

 

「あぁ! 幸せだ。なんせ今日は沈利が弁当を作ってくれたんだからな」

 

だが彼は幸せだと断言した。

 

その頬は緩みきって、だらしない。今まで不幸が口癖になっていた人間と同じ人物とは思えないくらいの変化。

 

それをもたらしたのが麦野沈利か。なんとも皮肉である。

 

「羨ましくないんてないぜい。俺には舞夏という素晴らしい義妹が」

 

「シスコンもここまで行くと清々しいな。犯罪くさいけど」

 

「カミやん! この世に義妹に勝るものなんて、この俺が認めないぜよ!!」

 

非日常を知ってしまったからこそ、この日常を楽しむとしよう。土御門はサングラスの下に隠れた目を少し細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校門を土御門と上条が潜り抜けると、不思議なざわめきを感じ取った。登校生徒達がちらちらと生徒玄関の近くを盗み見ている。生徒玄関近くで、見知らぬ女が教員と話していたからだ。そしてそれが、交友的な空気ではないことに、生徒たちは気づいていた。

 

近づくと真っ黒のスーツを着た女性と、月詠小萌が話し合っているのが見えた。その隣にはこの学校でもう一人有名な先生もいる。じゃん、が口癖のジャージを愛着している巨乳教師、黄泉川愛穂である。

 

「で、ウチの生徒を勝手に借りてたのを連絡し忘れて、その原因の張本人は忙しいから午後に来る? そんなふざけたこと許されると思ってんじゃん?」

 

「思っているかどうかは、所長だけが知ることです。私は所長に言われた通り、伝言を伝えに来ました。貴女方がこの事に関して、どう思おうが私の管轄外です。これにて御前をを失礼させていただきます」

 

「ちょっと待ってほしいのです! 上条ちゃんは本当の本当に元気なんですか? 実験のお手伝いって、怪我してませんよね?」

 

スーツにしがみ付かれても眉一つ動かさず、女は視線だけを供に見える教師に向ける。最初こそは、その外見に瞠目したが、あっという間にこの鉄面皮に戻ったものだ

 

そんな無常の瞳にも耐え、教師として小萌は手を離さなかった。強情さに呆れた女は小さな手を振り払うと、自分の後ろを確認せずに指差した。

 

「そんなに気になるなら、自分で確認してください。貴方も困った人に目を付けられましたね上条当麻。所長は大層、貴方を気にってましたよ」

 

言うだけいって、上条がなにかを言う暇を与えず女は校門か堂々と出て行った。

 

所長とは誰のことだか分からないが、この数日のことを考えれば本名不詳(コードエラー)のことだと考えるのが妥当だろう。

 

頭の中で自己解釈をすませると、上条の腹に重たい一撃が入った。

 

「上条ちゃぁぁぁん!! どこに行ってたんですか!? 先生は先生は心配したんですよ!」

 

「グエッ!!?」

 

全体重が一極に集中した小萌の頭突きは、上条の胃の中身を押し上げた。寸土で止めると、気持ち悪そうに手で口元を覆う。

 

「おいおい、小萌。そんなんじゃ質問に答えられないじゃん。よう上条だっけ? どうして行方不明だったじゃん?」

 

感極まった小萌を引き剥がし黄泉川が問いただした。この対応は職業柄と言える。警備員(アンチスキル)の部隊長をする彼女にとって、今回の上条の行方不明事件は見逃せないのだろう。もし本人の意思を無視して実験の手伝いを強要されたなら、彼女は部下を引き連れてその研究所に乗り込むはずだ。

 

ことの次第を説明できる自信が無い上条の肩を悪友が叩いた。

 

「どうしたんだにゃーカミやん? 行方不明になってたのは、誤解だって言ってなかったか」

 

「どういうことですか土御門ちゃん?」

 

小萌が首を傾げ尋ねる。

 

「昨日会ってどうして行方不明になったのか聞いたんですたい。でもコイツは自分の意思で手伝いしたって。そうなると、本当に相手さんが報告し忘れてたってことになるにゃー」

 

「そうか。まぁ学校が終わる頃に来ると言ってたからな。上条お前、今日ちょっと残るじゃん」

 

「えー、俺がいなきゃ駄目なんですか?」

 

「なに言ってんじゃん。相手側が都合のいいこと言ってたら誰がそれを見抜くじゃん。被害者と加害者交えて状況確認する」

 

逃げ切れない。そう判断した上条は首を縦に振った。本名不詳なら、巧妙に嘘をつくから心配ないとして問題は、自分がそれにどうやって便乗するかだ。

 

全部を肯定すると怪しまれるし、程よく抗議する必要があるだろう。登校そうそう、体が重たくなった気がした。早く学校終われと思う毎日を生きてきたが、このときばかりは終わらないで欲しいと願う。もちろん無駄だとしても。

 

引き摺る足取りで教室に入れば、吹寄から尋問された。先生から言うなと言われている、と返し仕方なく黙る彼女を見てその後上条にちょっかいを出す者もいなくなった。

 

この悪友二号を除いて。

 

「カミやんお帰り! どないして行方不明になったん?」

 

「だから、黙秘なんだよ。これについてはお終いだ」

 

「なら彼女さんの話でええわ。どんな人、どんな人?」

 

席についたとたんこれだ。

 

青髪ピアス、通称青ピは上条の腕を掴みそこだけしつこく聞いてくる。

 

彼女との出会いや話せない所を省いて話そう。ため息を諦めと悟った青ピの顔はこれまでに無いくらい、輝いた。

 

「そうだな。どんなこと知りたいんだよ?」

 

「先ずはやっぱり外見やろ! 巨乳? それとも貧乳?」

 

「それ外見じゃなくて、胸の大きさじゃねえか! まったく、えっと大きいな。うん」

 

「それで、どんな感じ?」

 

どんな感じ、それはどんな意味だろう。

 

上条はいまいち質問の意味が把握できない。

 

「どんな感じって、どういうことだよ?」

 

「もう、カミやんったら。わかっとるくせに、揉み応えはブホォッ!!!」

 

「お前の頭の中は万年発情期か、この野郎! まだ揉んでもねえよ」

 

殴られて床の上で悶えていた青ピはすぐさま起き上がると、上条に急接近した。

 

「まだ、“まだ”ってどういうことや! これからか、それとも何かイベントが!?」

 

「上条さんはゲームのようなイベントとは無縁です。一緒の部屋で寝れないから、風呂の中で寝たよ」

 

顔を押しのけ、自分の席に座ると背後から呪詛の声が確かに聞こえた。

 

「……ヘタレ」

 

言い返せない。自覚はある分、余計に青ピの言っていることが正しく聞こえる。

 

だが、上条にも弁解がある。

 

人と付き合うということは、相手側のと人生を少なからず共有する。それが短い間か永遠かは人それぞれだ。もし付き合いが短いなら、相手側に一生残る傷を付けたくはない。上条は麦野を離す気はないが、必ず一生苦楽を共にする、と決まった訳でもないのだ。

 

それに、彼女の内に抱えるものを彼女が消化しない限り、一線を越える事など夢のまた夢。

 

“学園都市に来る前のとある少女の話し”を麦野の口から聞くまで、彼女の全貌は見えないのだ。

 

好きだからこそ、ここまで慎重になってしまうのかも知れない。

 

自然とため息が零れ落ち、それは本人も知らない間に空に溶けた。

 

自分の周り以外騒がしい教室に子供の声が木霊した。

 

「はーい、それじゃ出席とります。皆さん席に着いて下さい」

 

見た目小学生の教師は出席をとるために教卓に立った。各々席に座りホームルームが始まる。

 

いつもの風景と日常がやって来た。

 

その頃麦野は――――

 

病院に来ていた。

 

フレンダにサバ缶、絹旗に雑誌といった暇つぶし用の品。滝壺は入院していないので特にいらないだろう。

 

この二週間ですっかり馴染んだ病院のとある一室を目指していると、カエル顔の医者が廊下の向こうからやって来るのが見えた。お互い、相手を認識すると軽く会釈を交わす。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは。お見舞いかい?」

 

手に持っているのを指差し、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が尋ねると麦野は頷いた。

 

「はい。暇そうだから、そのために。先生は診察ですか?」

 

「そうだよ。皆順調に回復してるみたいだね? あと麦野さん」

 

「なんですか?」

 

「どうだい、身体の調子は? どこかおかしいと感じたことはあるかい?」

 

予想していなかった質問に、ここ数日のことを思い返す。不調を訴えたこともないし、あれ以来原子崩しは息を顰めている。なにも無さ過ぎて、不安になるくらい何事もない。

 

「いえ、なにも無いです。それがどうしました?」

 

「いや。ただ気になってね? 僕もこの職について長いが、君のように綺麗に乖離した精神は例がなくてね。いつひょっこり出てくるか、予想もつかないんだよ」

 

「そう、ですか。……ただ、不調はないんですけど、なんだか能力を使うとき違和感があるんです。専門外だと分かってますけど、これもそのせいですか?」

 

麦野の感じる違和感、それは能力を行使する際、感情が揺らいでしまうことだ。別の何かが混じる感覚と反発している何か。

 

違和感程度だからいいが、症状が酷くなれば能力の使用自体危うくなるだろう。

 

彼女はそれを懸念していた。いざと言う時に使えなくては、困るのだ。『暗部』の世界は弱肉強食であり一日一日が生死を決める。

 

「確かに専門外だね? その分野を極めているのは本名不詳(コードエラー)か木山くんだろう」

 

冥土帰しの口から出てきた名前に麦野は顔を顰めた。本名不詳にどうやってコンタクトを取ればいいのだ。この原因はあの女であることは間違いないのだが、素直に答えることはないだろう。

 

そして表の住人である木山に迷惑は掛けたくない。もし自分と接触をしたことで目をつけられたりしたら悔やんでも悔やみきれない。

 

「どっちの所にも行けそうにないですね。やっぱりAIM拡散力場と自分だけの現実が問題なんですか?」

 

その問いに冥土帰しは難しそうに唸る。

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。これはきっと個人の問題なんだろうね?」

 

「分かりました。もし本名不詳の所在を知っていたなら教えてください。殴りこみにいきます」

 

「おやおや、不肖の弟子が迷惑をかけるね。分かり次第、教えるよ」

 

和やかに返事を返して、二人はすれ違う。

 

消毒液の匂いが仄かにする廊下を進み一般病棟の一室の扉をノックした。

 

すぐに返事が来たので、麦野はスライド式の扉を開けると、滝壺とフレンダが備え付けのテレビを見ていた。

 

「サバ缶でよかったのフレンダ?」

 

「うん、麦野ありがとう。これで少しは病院食にも耐えられる訳よ」

 

「よかったねふれんだ」

 

肋骨が折れていなったら小躍りしそうなフレンダに暖かい視線を送る麦野は、適当に椅子を引っ張り出し誰もいないベッドを指差した。

 

「絹旗どこ行ったのよ?」

 

「リハビリに行ったよ。腕は普通に動かせるけど、パンチの威力が落ちたからって」

 

「本名不詳が仕事を肩代わりしている間に完治するといいわね」

 

借りを作るのは癪だが、この状況で仕事が出来るわけがない。

 

下手をすれば、取り返しがつかない事にもなる。主戦力の二人がダウンしている中、自分だけで滝壺を守れる自信は無い。その気になれば、軍隊にだって引けをとらないLEVEL5だが、場所と条件でその力は大きく削がれる。特に暗部の世界は矢面に出来ない分、麦野も制限しながら能力を行使していた。

 

長距離から一方的に攻めるのが彼女の能力を一番発揮しているスタイルだが、それでは目立つ。圧倒的火力も大半無意味だ。

 

日常で一番使えない能力だと自負していたが、ここまで使えないと悲しくなってくる。

 

「超能力ってなんなのかしらね?」

 

「は?」

 

「え?」

 

唐突に呟かれた言葉に、フレンダと滝壺は困惑、もしくは意表を突かれた。

 

「なによ、揃って馬鹿みたいな声出して」

 

こんなことを言うのは自分らしくないと分かっているが、どうにも反応が気に入らない。

 

人一倍、超能力者だの無能力者だの格差を主張してきた人間が、今までの行いをひっくり返す事を言えば誰でも驚くのも仕方ない。

 

しかし今の彼女は違った。

 

変化の兆しは上条当麻という人間であり、その事象を利用した本名不詳の暗躍とも言える。彼女に感謝するきは、全く無いが上条がもたらした切欠に感謝はしている。

 

無能力者と侮っていた自分が、彼なしでは生きていけないくらいの心情変化を起こしている。

 

後悔はない。でも自分が犯した罪を受け入れるのには、時間が足りない。

 

「でも本当に、この力ってなんなのかしら? こんな力で出来ることなんて、人殺しくらいでしょ」

 

「それは、麦野次第じゃないかな?」

 

サバ缶を置いてフレンダが麦野と向き合った。

 

「どういう意味?」

 

「結局、使い方次第って訳よ。能力がなんなのかって考えるより、それをどう使うかって考えた方が、気楽な訳だし」

 

「それじゃ自分が楽してるだけじゃない」

 

指先に光を発生させる。パチンコ玉サイズの小さなそれは、少し大きくなり形を変えていく。最初は蛹の形だったが、背中と思われる部分に亀裂が入り広がっていく。割れ目が盛り上がり、そこから出てきたものは、静かに羽を広げ宙にふわり、舞い上がった。その姿は優雅で、その形は蝶。

 

幻想の蝶は白い部屋を青白い光で満たしながら、ひらひらと飛ぶ。

 

「わぁ!」

 

「きれい……」

 

そっと手を伸ばした滝壺を麦野が止める。

 

「見た目綺麗でも触ると怪我するわよ。あれは電子をループさせてるから実質、〈原子崩し(メルトダウナー)〉よ」

 

「でも、きれい。どうしてこんな風に使わなかったの?」

 

「使ってどうすんのよ? 一人イルミネーションって悲しいでしょう」

 

「それなら私たちに見せて欲しい訳よ」

 

命の鼓動を発しない蝶を眺めつつ、フレンダが唇を尖らせる。

 

「演算の無駄遣い。それに危険なの」

 

指先に蝶を乗せ、麦野はそれをかき消した。あっという間に消えた幻想に二人はもう少し見たかった、と呟きを洩らしながら気を落とす。

 

いつかまた見せる、と麦野がいうと二人は無邪気に喜んだ。

 

「結局、どうして蝶を見せてくれた訳よ?」

 

「アンタが使い道がどうだとかいったから、久しぶりにしてみようかなって思っただけよ」

 

「むぎのそんな風にして遊んでたの?」

 

ふと、昔のことが思い出された。

 

この力で暇を紛らわす切欠になった出来事。

 

「まぁね。施設の中は暇で暇で仕方がなかった時、専属の研究者がこんな使い方もあるんじゃない? って教えてくれたの」

 

初めての時は形造るのに失敗して、その人物に盛大に笑われたものだ。苦いようで、懐かしい思い出のなかにある人物の顔は相変わらず思い出せない。

 

見返してやろうと、躍起になって毎日コントロールの難しい自分の能力と向き合ったものだ。一ヶ月してまともに動かせるまで進歩したときは、その人は頭を撫でて褒めて、麦野の成長を一番に喜んでくれた。

 

「あの人、元気にしてるのかしら?」

 

「誰のこと?」

 

滝壺が尋ねると、麦野はすっかり日が高くなった空に視線を流す。

 

「名前も顔も覚えてないけど、やけに私に構ってくれた研究者よ」

 

こんな能力でも、素晴らしいと思わせてくれた不思議な人だった。たぶんあの人が居なかったら、ここまで能力を発現できなかっただろう。

 

「途中で左遷されて、それから一度もあってないけど。それじゃ、滝壺昼ごはん食べに行くわよ」

 

「あー、羨ましい訳よ。私は早く退院したい」

 

「退院したらまたパーティーしようね」

 

ごねるフレンダを言いくるめ、麦野と滝壺は近くのファミレスを目指す。

 

「次はどこでパーティーするの?」

 

「どこか貸し切る?」

 

どこにするか思案する二人。金銭感覚がズレたコンビはこの後、どうするか誰にも予想できない。

 

 

 

 

 

 

 

学校での楽しみ。それは昼休みの時間であり、弁当だ。

 

この高校には学食もあるが、上条は弁当派だった。単に食費が浮くという理由だが今回は、違う。

 

学園都市に来て初めて、誰かが作ってくれたお弁当。それが楽しみだった。いつもの弁当箱の蓋を開けるのにこんなに期待したことはない。自分で作っているのだから、中身がなんなのか知っているのは当たり前で、そこに期待感を持ち込めることは無理だ。

 

だが今回、中身を知らされてない。

 

麦野はマメで、朝食のサラダに食パン、オムレツなどお弁当の中身を知るヒントは決してなかった。

 

殆どの生徒が食堂に向かい、数少ないお弁当持参の人々は知らず知らず、机を寄せ合い昼食を共にする。上条は土御門と青ピの三人で一緒に食べていた。

 

「今日も舞夏の弁当は最高だにゃー。カミやんはやけに豪華な中身ですたい」

 

「ほんまや。あれか、彼女さんの手作り?」

 

「あぁ、そんじゃ先ずから揚げから食べてみるか」

 

箸でから揚げを摘む。一口大のそれを口の中に放り込み、噛むと甘めに味付けされた肉の旨みが溢れ出す。

 

「お、うまい」

 

自分がする味付けとは一味違う。肉特有の臭みが抑えられ、箸が進む。

 

その光景に土御門は出汁巻卵を食べながら意外そうに言った。

 

「カミやんの彼女料理できたんだな。なんか作らなそうな人だったから驚いたぜい」

 

「沈利にあったのか? そうだな、確かに作らなそうなんだけど、ちょっとした所で女の子だし」

 

そこまで気にしない上条は、やっぱり入っていたシャケをつつく。身をほぐし、骨を抜き取る。

 

御飯と一緒に食べると、シャケの風味が口の中に広がる。麦野のように固執するほどではないが、シャケも結構美味いと感じた。

 

「えぇな。この三馬鹿のうち、春が来のは僕だけや」

 

「青髪ピアスは小萌先生一直線だと思ってけど、違うのか?」

 

「カミやん、それは誤解や。僕は女の子なら誰でも歓迎するで!」

 

それは問題だ、と思うこの思想こそ青髪ピアス。

 

女の子という条件が当てはまれば、幽霊でさえ守備範囲に入るのだから尊敬を通り越して、恐怖に値する。

 

ハンバーグを食べようと、箸を伸ばすがそれよりも早く、青髪ピアスがそれを奪い取った。

 

「いただき!」

 

「おいコラ返せ、俺のハンバーグだぞ」

 

「幸せのお裾分けってことで、いただきまーす!」

 

奪われる前に青髪ピアスは一口で食べた。上条の悲鳴に近い声が聞こえるが、ここは気にしない。

 

力が抜けたように、椅子に座りなおすと土御門が笑っていた。

 

「彼女さんの手作り取られて悔しいのは分かるが、明日も作ってもらえばいいにゃー」

 

「そうだな、っておい土御門なにげに俺の弁当からエビチリ抜き取るな。せめて貰っていいか聞いて下さい」

 

「背中を押してやったのは誰だ?報酬として貰うってことで」

 

諦めて、食事を再開しようと弁当の中身を見て上条はとある事に気づいた。

 

おかずが減ってる。

 

ゆっくりと青髪ピアスを見てみると、変に口を動かしてなにかを咀嚼している。上条と目が合うと、笑顔で親指を立てた。

 

「このハゲタカどもがぁぁぁ!!」

 

「カミやん昼の時間は戦争なんやで」

 

いつも以上に騒がしい昼時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三時半。

 

時計の針はその時間をさしていた。

 

一仕事を終えた本名不詳(コードエラー)とオリアナは数あるアジト一つ、上流階級御用達のホテルの一室に居た。

 

隠れ家的意味合いになるアジト。それにしては目立つのでは、と思うかもしれないが実はこのような所は裏路地にある廃ビルよりも目立たない。

 

それは、この近隣全てセレブや金持ちしか訪れないのだ。

 

つまり人の目が限定される。一般階級者も、この周辺に来ることを嫌う。単に生きている世界が違うと、それだけで場違いであり、息苦しい。そしてこの様な高級ホテルは個人情報などの流出を防ぐように細心の注意を払っている。金持ちが羽伸ばしで来ていたり、たまの休日に訪れたり。その情報が不届きな輩に伝わればなにが起こるか分からない。信用を無くせば、経営も立ち行かないだろう。

 

だが、同時に権力と財力がなければ出来ないのが唯一の難点だ。

 

いくら高級ホテルだからと言って、どうして直ぐに入れるのか。それは裏で本名不詳が永久契約しているからだ。

 

この一室だけ実は買収されている。もちろん掛かった金は一般の者から見れば馬鹿にならない金額だ。そしてこの行為を悟らせない為の根回し。

 

そこらの人物では先ずできないことばかりをやってのけた結果がこれだ。

 

広い部屋で本名不詳が汚れたスーツから新品のスーツに着替えていると、オリアナは低反発のベッドで仰向けに倒れていた。

 

「次もお仕事? 反発した組織のお掃除かしら?」

 

「いや、これは違うよ。なんというか、謝りに行くんだよね。時間はまだまだあるけど」

 

「悪いことしたの?」

 

ネクタイを締めながら頷くと、鏡の前に立ってみる。

 

唸ってから、ネクタイを解く。どうやら上手く決まらないようだ。

 

「たくさんしてるよ。あと今回のこと調べたんだけど、どうにもめんどくさいね。『スクール』と『ブロック』が協力関係を結んで、外に学園都市を攻撃させているウチに裏側を叩くつもりだったみたい。しかもあいつ等の考えに賛同した暗部の奴らって結構いるんだよね。学園都市壊滅運動」

 

その話を聞きながら、オリアナはごろりと身体を回転させてうつ伏せになる。

 

「そうしたらどうして、最初から問題になる情報を流さなかったの?」

 

「タダじゃ働かないってことでしょう? メリットないのに、この学園都市とドンパチやりたくないし。でも最低ラインは守ったから大丈夫でしょう。あの研究者はほとんど実態しらされてないから情報源として全く役たたなかったわ」

 

「ふーん。ならどうやって貴女はそこまで情報集めたの?なにか秘密があるってことよね。それに『スクール』に『ブロック』はどうして反発したり、貴女は彼らを粛清できないのかしら?」

 

その問いに本名不詳は大きくため息をついた。

 

「情報収集については、いっぱい秘密があるから簡単には言えないけど、特権ってやつかな?私個人の問題として、特に『スクール』とは対峙したくないのよねぇ。『スクール』リーダー、垣根帝督。アイツをこの暗部に引き摺り降ろしたの、私だから。それに上からも極力避けろって言われるし」

 

「その子強いの? あと、ネクタイ結んであげましょうか?」

 

まだ結びきれてない本名不詳は頷く。

 

オリアナはベッドから降りると、ネクタイを受け取り本名不詳と向かい合う。目線が大体一緒なので、そうするだけで顔が近い。

 

「身長高いな。あと、もう一つ『スクール』を叩けない理由は、あれが思ったより能力者を集めてる。全部殺したら、こっちも成り立たないのさ。それに垣根帝督はそれなりの抑止力だし」

 

「………LEVEL5、お姉さんとどっちが強いかしら?」

 

最後にキュッと締める。形の整ったネクタイに本名不詳は満足そうにした。ソファに掛けられてあった上着に袖を通すと、柔らかいソファに腰を下ろす。

 

後ろを仰ぐと、オリアナが覗き込んできた。

 

「第三位から下は勝てると思うよ。でも第七位には勝てないねぇあれは規格外だからさ。因みに垣根帝督は第二位だから」

 

「勝てないって言われると燃えてくるわね。どうしても負かしてあげたい」

 

まだ見ぬ敵に対抗心を燃やすオリアナには恐怖と言う感情はなかった。

 

見方としては、頼もしい。驕りも惰弱もない彼女は、おそらく勝つために何重にも策を練るだろう。〈未元物質(ダークマター)〉と言えど、魔法で創造された未知の物質やエネルギーに対応できない場合もある。同じ魔法を使わない彼女の存在は、垣根帝督の対抗策として活用できるかもしれない。

 

しかし、と本名不詳は心の中で付け足した。

 

垣根帝督がもし、気づけば負けるのはオリアナの方だ。彼がオリアナの単語帳、構成物質は至って普通の紙でしかない。それを『未元物質』で分解させれば、彼女は攻撃手段を失う。

 

そして、第一位には死んでも敵わない。

 

彼こそが、もっとも規格外で、誰よりも一方的な虐殺(ワンサイドゲーム)を展開させる。魔術がいかに常軌を逸したベクトルだろうと、彼はそれを上回る暴力で捩じ伏せられる筈だ。

 

「それじゃ、今回は垣根帝督の能力で相手をしようかな」

 

「予行練習? なら本人より激しくしてくれなきゃ」

 

「おいおい、それじゃ本人相手にした時、満足できないよ。攻めが下手に感じるんじゃない?」

 

あえてその発言に乗った本名不詳は、起き上がると腕時計を見た。

 

長い針は10の数字をさしていた。

 

「そんじゃ行きますか。お留守番でも、外に遊びに行ってもいいよ。はいお金と携帯と身分証明書」

 

「はいはい。携帯は壊れやすいから気をつけないと駄目ね。あら、大学生なのねお姉さん。えっとダンガイダイガクでいいのかしら?」

 

免許書のようなそれには、もう自分の顔写真が載っていた。

 

「大学生活も満喫したいなら行ってもいいよ。書類上ちゃんと在籍さてるから問題ないし」

 

「お仕事に支障をきたすんじゃないかしら?」

 

「その辺はカバーできるし問題無し。行ってくるわ」

 

手を振り上げたときには、もう本名不詳は居なかった。オリアナは誰もいない部屋を一回見渡すと、カードキーを財布に入れオートロックの電子ドアを開ける。

 

本名不詳が外出許可を出して行ったので、なんの気兼ねもなく外を闊歩できる。気分転換含めて彼女は外に出た。

 

そして、本名不詳はとある高校の目の前にいた。

 

敷地に踏み込み、お客様用の出入り口を探す。生徒玄関前を通りかかると、

 

「お客さんじゃん? どんなご用件できたじゃん」

 

緑のジャージを来た女性が話しかけてきた。

 

「ここの教師さんの生徒さんの件で謝罪に参りました。木原です。職員室はどこに?」

 

出来るだけ爽やかに返したつもりだが、ジャージを着た女性は怪訝そうな表情で上から下までくまなく見た。

 

どこか変な所があるのかと思ったが、生徒を勝手に拉致したようなものだ。怪しむのは当たり前か。甘んじてその視線を営業スマイルで受け入れた。

 

「職員室は一階の特別棟じゃん。小萌は生徒が居なくなった間、飲食まともに出来なかった。それを踏まえてほしいじゃんよ」

 

「……善処します」

 

重苦しい声に本名不詳は簡潔に答えた。

 

革靴で地面を蹴る。

 

どうにも真っ直ぐな人が苦手だと愚痴りながら、来賓用の玄関を潜る。適当にスリッパを履く。

 

ぺたぺた、と音をならしながら廊下を歩いていると簡易地図を見つけた。一階にある職員室を探していると、視線を感じる。

 

後ろを振り返ると、そこには桃色のショートヘアーの小さな女の子が居た。一生懸命に見上げてくる真摯な視線に本名不詳は屈んで視線を合わせる。

 

「どうしたの、迷子?」

 

「違います! 先生はここの教師です」

 

子供特有の高く幼い発音。それに外見年齢はどこから見ても小学校低学年。今度は膝をついて語りかける。

 

「うーん。迷子は職員室でいいのかな? おばさんも丁度職員室に用事があるから一緒に行ってあげるよ」

 

「ですから、小萌先生は教師なのですよ! 今から上条ちゃんを誘拐していった人のお話を聞かないと」

 

「小萌? ………それってお母さんの名前?」

 

外で会った職員らしきジャージの女がそんな名前の人物について言っていたな、と思い返しながら目の前の涙目になった女の子の頭を撫でる。

 

言いたいことがどうにも空振りする小萌は、どうやったら自分が教師なのか理解してもらう為に辺りを見渡す。肝心な時に、生徒はいなかった。こうした訪問者から間違われてる事にも慣れたが、今回の人物は中々信用してくれない。

 

「それじゃ、行こうか。大丈夫だよ直ぐにお母さんに会えるとおもうから、泣かないで」

 

「うぅぅ、小萌先生は貴女に言いたいことが伝わらなくて泣いてるんです」

 

泣き出しそうな小萌を軽々と持ち上げて、本名不詳は地図に書いてあった職員室を目指そうとしたが、そこに聞き覚えのある声がした。

 

「あー、やっぱり勘違いされたか……。おーい、木原さんだっけ?その抱えてるチビはウチの教員じゃん」

 

職員玄関から急いで入ってきた体育会系教師。それは先ほど外で立ち話をした職員だった。

 

「ふえぇん黄泉川先生、助けてくださぁい」

 

「え、コレ教師なの? ちょっとこの学校労働基準法も守れないの?」

 

心底驚いた本名不詳は小萌を観察したが、小学生認識は変わらなかった。それどころか、学校の認識が下がった。

 

「そいつは成人じゃんよ!」

 

慌てて黄泉川が補正すると、その発言を本名不詳は鼻で笑い馬鹿にした。確かに、身長百三十ほどの見た目幼い女の子。一体誰にこの女の子が酒を飲んでタバコを吸っている風景を想像できるだろうか。

 

行動はいちいち子供染みて、直ぐにムキになって生徒と騒ぎ出す。たまに黄泉川でさえ小萌の扱いを間違えてしまう。付き合いの長い彼女でも気を抜くと子供扱いをしてしまうのに、今しがたあったばかりの人物に、この幼女を大人扱いしろというのは、少々無理があるのかもしれない。

 

しかしここで妥協すると、後が取り返しがつかないので引き下がる訳にはいかない。特に学校の威信に関わる。

 

「だから、そいつは月詠小萌っていう立派な大人で二十歳以上の人間じゃん」

 

「違法から逃げるには少し強引過ぎるいい訳だね? これのどこが二十歳以上なのか説明してほしいくらいさ」

 

「うーん、そこを言われると辛いじゃんね。私だって小萌の外見は大人だって思ってないし」

 

「ちょっと黄泉川先生、見捨てないでほしいのです!!」

 

証拠を提示しようにも外見はどうしようもできない。むしろ年齢を改竄したと言われるだろうし、過去にそんなことがあったと記憶する黄泉川はどうやって説得し尚且つ月詠小萌を大人だと理解させるか策を巡らせるが、いい案は一つたりとも出てこない。

 

途方に暮れ黄泉川は、もうこの問題を投げ出したい気分になっていた。

 

「黄泉川先生! 諦めたら駄目ですよ先生が教師だって、そして成人なんだって教えてあげて下さい!!」

 

「えーもう疲れたじゃん。それは元々小萌の仕事じゃんよ」

 

「いやぁー!! 諦めないで助けて!」

 

本名不詳の腕の中で悲鳴を上げる同僚を本格的に見捨てようか悩んでいると、視界の端を黒髪ツンツンした頭がちらり、と見えた。

 

「おーい上条!」

 

猫の手も借りたい黄泉川は呼び止めた。

 

「どうしたんですか黄泉川先生。というか小萌先生見てません? 待ちくたびれて探してるんですけど」

 

「小萌ならここに居るじゃん」

 

上条からは見えない位置を指差した。当の本人はまだ抱きかかえられている。

 

探し人が意外と近くに居たことに安堵したのか、上条は小走りで黄泉川に近寄る。そして彼は抱きかかえられた小萌を見て、僅かに噴出した。

 

「っ!」

 

「上条ちゃん人を見て笑うだなんて失礼でしょう!」

 

「いや、なんか似合ってますよ。その人誰ですか?」

 

笑われた原因の人物は上条に対し、片手を上げ知り合いだとアピールするがどうにも思い出せない。

 

とりあえずお辞儀をするとスーツを着こなした麗人はため息をついた。

 

「おいコラ、この短期間でよく忘れられるな」

 

「その声ってまさか」

 

上条が名前というより識別名称を言う前に本名不詳は声を張り上げた。

 

「“木原”さんを思い出してくれたかい?」

 

「え、うん。ばっちり思い出したよ木原さん。あとなんで小萌先生を抱いてるの?」

 

「そうそうこの学校どうなってるの? 小学生に教師をさせるって正直おかしいよねぇ」

 

その時、目に見えて上条が噴出した。仕舞いには腹を抱えて浅い呼吸を繰り返すようになった。

 

「上条あんまり笑ってやるな。小萌がかわいそうじゃん」

 

「先生の方が可哀想なんですか!?」


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