とある奇跡の平行世界   作:雨宮茂

12 / 26
失った過去と過失の過去

「ここは、どこだ?」

 

それはフレンダと彼女、木山春生が出会った時の出来事である。

 

木山春生は迷っていた。うっかり踏み入った裏道は、複雑でさっきから同じ所を行ったり来たりしているのではないだろうかと思ってしまうほどだ。

 

「………しかし、見間違いか?」

 

辺りを見渡すが灰色の薄汚い世界が広がるばかり。

 

仕方なく移動を開始するもさらに迷宮に迷い込んだように出口から程遠くなった気がした。

 

本格的に危険を察知した木山はどうするか悩む。下手に動かない方がいいのだが、早く出たい。しかし動くと更に迷う。

 

腕を組み打開策を模索するが、出た結論は――――

 

「偶々通りかかった人に助けて貰おう」

 

実に他力本願なものだった。だが、一番いい対策といえるのが悲しい。

 

そんな事を実行して五分。

 

小柄な天然の金髪少女が目の前を通過して行くのに声をかけた。

 

「ちょっとすまない、そこの君!」

 

「はい?」

 

「道に迷ったんだ。出口を教えてくれないか?」

 

振り返った少女は呆れたように溜め息をついた。

 

「いや、道に迷ってこんな所まで来るって、どんだけ方向音痴な訳よ」

 

「昔の友人を見かけて追い掛けたら途中で見失ってな。ついでに道に……」

 

「結局、迷った訳ね。まぁ、出口なんて沢山あるけど表に出られたらどこでもいい?」

 

その条件に木山は頷いた。

 

「よろしく頼む」

 

そして表通りに出て、最初に戻る訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついでに車の場所忘れるって本当に学者さんな訳よ?」

 

「そこは関係ないだろう? これでも立派な学者だよ」

 

「二個空振りしてるから愚痴も言いたい訳よ。大きいと言うけど、どのくらいの規模?」

 

暫く木山は考え込むと思い出したように声を漏らした。

 

「あ……。確か池があった」

 

「それ物凄く大切な特徴! えっと、ボートとかあった?」

 

「あぁ、とても池は大きかったからね。あったよ」

 

早速フレンダは携帯で検索すると、それは案外近くだった。

 

「結構近くみたいな訳よ。さぁ出発!」

 

「ふふっ……。若いなぁ」

 

また木山の手を掴み走り出したフレンダの無邪気さに、昔を思い起こした。

 

教鞭を振るい友に悩みや子供の事を話したりした、あの一番輝いていた色鮮やかな記憶。それは木山の胸の内を酷く重たく、針で突いたように鋭い痛みを伴わせた。

 

今の自分にそれを語る資格はない。あの忘れられない事件で大切な生徒達を無くし、唯一無二の親友を殺してしまった自分には、泥沼の道が相応しいのだ。

 

「眩しいな……」

 

――これでは麦野さんの事を笑えんな

 

同じように罪過に悩まされ光を拒んだ彼女は、罪を指摘されるのを何よりも畏れている。だから闇に手を伸ばしたのかも知れない。

 

総ての常軌が逸した世界は何者からも罪には問われないが、それを受け止めてくれる人もいないのだ。

 

しかし罪を見つめ、受け止めてくれる人に巡り会った麦野に木山は幸せになって貰いたいと切実に願っていた。

 

彼女がどんな罪を背負ったかは知らないが、光に触れ、その世界の息苦しさに戸惑い迷う姿は一瞬で分かった。

 

それは自身にも覚えがあるからだ。

 

「どうしたの?」

 

意識の全てが持って行かれていた木山はフレンダの心配したような声で我に返った。

 

「済まない。考え事をしていてね。フレンダはアイスは好きかい?」

 

「もちろん、女の子だし好きな訳よ」

 

「そうか、御礼に買ってあげるよ」

 

「やったー!」

 

子供のようにはしゃぐフレンダは見え始めた公園に駆け出し、木山はそれをのんびりとした歩調で追い掛ける。

 

木山が公園の入り口に入る頃にはフレンダは既に噴水近くのベンチに座っていた。そこで何やらコピー用紙と睨み合いをしているのを目尻に、近くの売店にあるアイスを一つ買った。

 

「なにを熱心に見ているんだい?」

 

「ひゃっ!?」

 

かなり熱心に見ていたのだろう。木山が近くに来るまで気付かなかったらしく、声を掛けると驚いて持っていた紙を何枚か落とした。

 

「驚かせたか? はい、アイス」

 

「ありがとう」

 

フレンダが落とした紙を全部拾い上げた木山は最後の一枚を見て、頭の中が真っ白になった。

 

忘れもしない過去の残滓がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝ご飯を終えた上条達は進展のなさに唸った。刻限は後二日。まだ時間はあるが残り少なく、それが面々を焦らせた。

 

作戦を指揮する絹旗には精神的に二人より重荷になっているのは確かである。

 

「麦野の能力に超関係ある施設は全部回りました。……でも」

 

「居なかったね。きぬはた、機材とか用意しようと思えば出来るから広さで考えたら?」

 

しかし上条はその考えを一蹴した。

 

「ごめんけど滝壺、どれもデカいんだよ。流石、学園都市全てを舞台にした宝探しと隠れん坊だ」

 

「どうしましょう。確かに能力研究だなんてやろうと思えば超何処でも出来ますし」

 

頭を抱えた絹旗に上条と滝壺は背中を優しく叩いた。

 

「大丈夫だって。まだ時間はあるんだ」

 

「そうだよきぬはた。頑張るきぬはたを私は応援してるし、助けになれるから」

 

「確かに超駆けずり回るウニ頭より滝壺さんはかなり助けになってますね」

 

「行動力も立派な戦力だろ!」

 

棘を隠さず上条を貶す絹旗との間に口喧嘩の嵐が巻き起こる。それを滝壺は急須にお湯を注ぎながら眺めた。

 

急須でちょっと蒸らし色づいたお茶を釜で焼いた湯飲みに注ぐ。湯茶の豊かな香りを感じながら一口啜ると、体の芯から温かくなる。

 

まだまだ続く歳の離れた兄弟喧嘩のような光景を見ながら滝壺は目を細めた。

 

「いい加減にしないと怒るよ?」

 

微笑ましいのだが、何時までもやってはいられない。怒る気はないが、咎めるとさっきまで元気に喧嘩していた二人は身を縮めた。

 

「ごめんな滝壺……」

 

「超すみませんでした」

 

「うん、気を取り直して頑張ろう。で、やっぱり条件としては広くて人のいない所がいいよね?」

 

「それは必須ですが、超人気のない施設が大半ですよ」

 

「質問なんだけど、なんで人気がない方がいいんだ?」

 

緻密に議論を交わしていた滝壺と絹旗が互いを見やり、そして上条に視線を戻すと、長く呆れた溜め息ついた。

 

「ちょっ! なんだよその反応は!?」

 

「いや、だって超今更過ぎますよ」

 

「でも上条はこっちの人じゃないし、仕方ないのかな?」

 

素直に毒づく絹旗より、どこか妥協した滝壺の対応に上条は精神的ダメージを受けた。

 

「なんだか俺って不憫?」

 

「そんなことないよ。それより人気がない方がいいって説明なんだけど……」

 

「本名不詳のやる事は学園都市の能力開発に関わる事ですが、特にその分野に対して科学者達は超非公開にしたがるんですよ。確かに超非合法な研究とかしたりしますが、根本の理由は他の科学者達に研究成果をかすめ取られたくないんです。多分、本名不詳もそうなんでしょうね。LEVEL5と言うだけでDNAだけでも破格の価値で、それを求めて裏では血生臭い争いとか起こってます」

 

その後に滝壺が続ける。

 

「むぎのもLEVEL5。そうなると下手に非合法な事をすれば後ろ指を指されるし、学園都市の宝を独り占めしたことを悟られないようにするなら、必然的に人がいない場所になるの」

 

「それに部外者が超不用意に入ってこれない場所、つまり人が沢山居るような所を住処にして、もし私たちが居場所を超特定してしまったら、困るのはどう考えても本名不詳です。あの女狐はそんな下らないリスクを犯すこと無いんじゃないんですか?」

 

なるほど、と上条は頷く。どれも利に適った事だ。

 

「なら、半分は今人が使ってない施設や研究所なのか」

 

「そうなります」

 

絹旗の肯定に、不意に部屋は静まり返った。

 

沈黙に耐えられなくなった上条が頭を掻きながら唸る。

 

「だぁぁあああっ!! 結局、ヒントは麦野の能力についてかよ」

 

「〈原子崩し〉の能力だと粒子や電子、素粒子研究所。でもむぎのはいなかった」

 

「麦野の能力は超応用が利かないから絞り込めたんですけどね」

 

また意気消沈し始めた時、不意に絹旗の携帯が振動した。

 

「フレンダからですね。超下らない事でしょうけど。………はいはい、何ですか?」

 

「聞いてよ絹旗! 本名不詳の知り合いを見つけた訳よ!」

 

それは突然舞い降りた朗報。今の絹旗たちにとってフレンダのもたらしたそれは最後の希望だった。

 

「迎えに行くから待っててほしい訳よ!」

 

「分かりました。超早く来て下さいね!」

 

するとフレンダは電話口で誰かに声をかけた。

 

「運転手さん少し急いで欲しい訳よ!」

 

「安全運転は譲れません」

 

急いでくれと懇願するフレンダと最後まで譲らない運転手、おそらくタクシーに乗っているのだろう。彼の口論は電話が終るまで続いた。

 

そして小さな静寂の中で上条が最初に疑問を口にした。

 

「でも、本名不詳の知り合いってなんだか怪しそうだな」

 

「もしかして、フレンダは超地雷を踏み抜いたんじゃ……」

 

一見すると行き詰ったのが進展しそうだが、相手側からのスパイもしくは、『アイテム』を潰そうとしている暗部からの刺客の可能性も棄てきれない。

 

不安そうに眉を下げる絹旗の意見に賛同するように滝壺も頷いた。

 

「うん。そうだね。心配だから戦闘準備をしておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 今誰かが噂をしたような。でも気のせいかな。運転手さん本当に急いで!」

 

「安全運転の範囲でね」

 

初老の男性は柔和な笑みで静かに答えた。

 

この頃の歳になれば、フレンダくらいの子は孫と同じで可愛らしく見えてしまうらしい。つい構ってくるようなフレンダの行動に嬉しくなってしまう。

 

この年頃は難しく反抗的なこともあってフレンダのように天真爛漫で元気がある子は、彼のような人間には癒しになっていた。

 

「どうしてお嬢ちゃんは急いでるの?」

 

「友達の為って訳よ。結局、私は麦野のためならなんだってできるんだから」

 

「麦野ちゃん? 可愛い名前だね」

 

大好きな人を少しでも褒められてテンションが上がったのかフレンダの舌は滑らかになっていった。

 

「ふふふ、麦野はすごいんだから。なんて言ったって美人だしモデルよりも綺麗な訳よ! 見た目だけじゃなくて頭もキレて、でもちょっと怒りっぽいけど、とっても頼りになるわけ」

 

「ほぉ、大切な友達なんだね。随分信頼してるみたいだけど」

 

何気ない運転手の言葉にフレンダは花のような笑みをした。

 

「うん! 麦野は私達を助けてくれたから。……結局、私は、助けてあげられなかったけど」

 

自嘲する言葉は口の中で呟き、フレンダはタクシーの窓の向こうにある風景を見つめる。流れていく風景と同じように今、彼女の脳裏には麦野との出会いから思い出していた。

 

縁起が悪いようだが、それはまるで走馬灯のようだった。

 

ぱっと思い出しては、移ろい豊かな湧き水のごとく止めどない。麦野という少女とフレンダが過ごした時間は人生のたった何%のものだが、人生で一番濃密でもあった。

 

闇に転落した日から、フレンダの灰色の世界で数少ない輝きと鮮やかな色彩を放っていた麦野のと出会いは、設定されていたかのように廻り会った。

 

どこにでもありそうなファミレスに、今で言う電話の女に呼び出され行ってみたら約四人用の席にたった一人で麦野が陣取っていた。説得を諦めたアルバイトの子がとても印象的で、それを諸共しない麦野の態度には、衝撃的だった。

 

その後も萎縮するフレンダを引っ張り口で説明するより身体で覚えろと強制され、人生の全てを諦めたものだ。あの時ほど一生懸命になったのは、他にないだろう。

 

上手くやっていけるのか心配にはなったものの、いざ蓋を開けてみれば麦野はフレンダの短所を補うのではなく、長所を伸ばして足りないものを無くす事に集中させたのだ。最初の仕事の一軒だけでフレンダが何を得意とするのか見抜き、尚且つこの外人少女が苦手な事についての伸びが悪いことも看破した。

 

彼女の判断の結果でここまで生き残ってきた事を考えれば、フレンダという少女は麦野に救われた事にもなるだろう。

 

ならばフレンダは、麦野になにをしてきたのか。

 

何を提供して、どうやって貢献したのか。生き残る為に技術を磨いた事は、褒められる以前に当たり前のことで、誇れるようなものではない。

 

場の雰囲気を和ませたにしろ、チームとして動く時には必ず一人は居る役割というものだ。これも誇示するには値しない。

 

こうして思い返して、本当に自分が麦野にしてやらねばならなかった事とは、どんなことだったのかそれでも答えは出なかった。

 

だが、麦野が帰ってきたらやってあげたいことが一つだけある。

 

それは――――

 

「ちゃんと、一人の人として同じ人間として接してあげないといけない訳よ!」

 

想いを新たに、タクシーは第7学区の目的地まで進んでゆく。

 

 

 

 

 

 

 

その頃上条たちは、粗方準備を終え、後はフレンダを待つだけとなった。

 

やる事のないなんとも、もどかしい時間。

 

心配と期待が半々の絹旗は、腕を組み、指先が二の腕を一定のリズムで叩く。

 

上条もなんの理由もなく歩き回っていた。

 

「あー、何時に着くのか超聞いておけば良かったです」

 

「だな。心配だよ。フレンダ早く来ないかな」

 

だが、上条や絹旗と違う行動を示した人が一人居た。

 

「ふぅー。ふぅー」

 

急須で入れたお茶に可愛らしく息を吹きかけ滝壺は、火傷しないようにゆっくり飲む。半分を呑み終え、長く息を吐いた。完全リラックスモードの彼女は、茶器からじんわりと伝わってくる熱を楽しんでいる。

 

心配事などない、という姿は切羽詰っていた二人を落ち着けさせるが、ここまでのんびりして良いものかと疑問を与えた。

 

「なんだか滝壺さんは、超動じませんね」

 

「うん。心配したって結果は変わらないから」

 

平然と言い切る滝壺に絹旗は、それ以上なにも言わなかった。確かに今更心配をした所で、何かが変わるわけではない。こんな時、麦野の存在はあり難い物だと絹旗はかみ締める。

 

彼女が居るだけで、大体の局面はひっくり返せた。それに、一度も自分達の前で弱さや不安の影を見せた事がなったのが麦野というリーダーだった。不屈で不敵で不敗のリーダーだったからこそ、こんな殺伐として世界でも安らげた。

 

故に不在が大きな穴になってしまったのだが。

 

まざまざと感じた。どれだけ自分が巨木の陰に甘えていたのかを。

 

「はぁー。まだまだ私は子供です」

 

「そういや、絹旗が一番幼いんだったな」

 

「む、別に実年齢の話じゃありません!」

 

年下という事を気にしているのか、絹旗は〈窒素装甲(オフェンスアーマー)〉の拳で殴りかかるが上条の咄嗟に出した右腕――――〈幻想殺し(イマジンブレイカー)〉に異能が掻き消され、ただのひ弱な一撃に戻ってしまう。

 

その現実に絹旗の苛立ちは増した。

 

「だー!! 超なんなんですかその右腕は! 麦野の〈原子崩し(メルトダウナー)〉消したり本当に一般人なんですか!?」

 

「一般人だよ! つい昨日までは普通に学校に行って友達と馬鹿やってたよ!」

 

互いに距離をとり出方を伺う。絹旗は、この戦うには狭いステージに歯噛みする。これが上条以外の人間なら、絹旗の独壇場にでもなったかもしれない。小回りを活かして〈窒素装甲〉で強化した拳でラッシュを決めてやった事だろう。

 

しかし無情にも相手は、天敵の〈幻想殺し〉だ。身体の一部、もしかすれば操っている窒素に触れただけで絹旗の鎧も剣も霧散してしまう。そうなってしまえば絹旗は、か弱い少女だ。

 

それを上条も分かっているからこそ、不敵な笑みで右手を構えている。

 

互いが踏み出せば大股一歩の距離。上条が大きく踏み出し手を伸ばせば絹旗の居るところまでは手が届く。

 

手の内の読み合いで、戦況が停滞する。

 

第二ラウンド開始の合図は、

 

「たっだいまぁ!!」

 

フレンダの登場で空しく掻き消えた。

 

「おかえり。それじゃ行こうか?」

 

「タクシーで来たから。ほら、こっちこっち」

 

いつの間にか湯飲みを片付けていた滝壺は、フレンダの案内で外に出る。

 

全ての勢いを殺がれた二人は、そっと構えを解いた。

 

「……なんか、あれだけど行くか?」

 

「そうですね。超殺る気が無くなりました」

 

「字が違う! テメェ殺す気だったのかよ!」

 

「馬にでも超蹴られて死んでしまえ!」

 

二人が外に出ると、タクシーの中でフレンダが手を大きく振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクシーが目指した先は、同じ第七学区内にあるとある研究所だった。上条は聞いた事もない名前の研究所でそこまで有名でもない事が伺える。

 

時間もそれほど掛からず、三十分ほどタクシーで移動した。

 

フレンダが沢山ある研究所の一つを指差し、タクシーの運転手もそこで止まる。外に出ると、一人の女性が近づいてきた。

 

「思ったより早かったね。……おや、君は?」

 

「あ! あの時の」

 

思い出すのも恥ずかしいあの事件。往来の真ん中で服を脱ぎ、服を着せようとした上条がなぜか犯人にされたあの一件。

 

そんなことを知らない三人は、二人の間にある空気に首をかしげた。

 

「なに? 知り合いな訳? それなら話が早くて助かるわけよ。この人は大脳生理学を専攻してる人で名前は」

 

「木山春生だ。よろしく、まぁなんだ立ち話もなんだから上がりたまえ」

 

一人先に木山が研究所に入る。その後を追うような形で四人が自動ドアを潜るとそこは、確かに研究所だった。

 

白衣を着た人間が数人何かの打ち合わせをしており、別のところでは研究の結果を紙媒体に写したのを資料室に運ぶ人が居た。

 

その中で木山に連れてこられた部屋は、彼女だけの部屋。とても広く、大きな本棚には数々の書がずらりと整列していた。整理整頓をしているらしく、部屋には埃は見受けられない。

 

研究所で個人の部屋が用意されているのは、極めて珍しく木山という人物は研究者として秀でているようだ。本人はそれを否定していたが。

 

そんな中、滝壺がふらふらし始めたので絹旗とフレンダが休むところがないかと尋ねた。上条は少々過保護にも思えたが、二人はそれなりに理由があるのだと言い、詳しくは語らない。

 

「ならば私の仮眠室を貸そう。ゆっくり休むといい」

 

「超ありがとうございます。それじゃ滝壺さんゆっくり休んでください」

 

「うん、ごめんね?」

 

そう言って滝壺は、木山の部屋に隣接してある小部屋に入って入った。

 

上条に適当に座るのを促すと、木山は向かい合うように座りストッキングを穿いた脚を組む。

 

「さて、私からの質問なのだが。木原の、木原神無について君達は何を知りたい?」

 

「それは」

 

「待ってくれ絹旗。これは俺が説明する。これは俺と本名不詳のゲームだ。……木山さん、俺達は貴女の言う“木原神無”が“本名不詳”だと認識しています。俺が本名不詳を知りたいのは、ソイツが麦野に能力開発を強いてるからです。公式の能力開発でしたら、こんな事をしませんでしたが……」

 

「なるほど、木原いや本名不詳は麦野さんを…………。彼女は……やはり生きていたのか、因果はまだ切れていなかったか」

 

「教えて下さい木山さん。俺は麦野を助けたいんです!」

 

だが、木山は険しい表情して組んだ指を唇に添えるように持ってきた。

 

「しかし非公開なら、君は死ぬことを覚悟したほうがいい。公式の実験も偽れば人を殺せるが、非公開ならさらに簡単だ」

 

「頼む! 俺は死にに行くんじゃない。麦野を助けに行くんだ」

 

なんとしても助けたい。その思いが上条からありありと伝わってくる。しかし木山は思い悩んだ。

 

もし本名不詳が、木原神無がまた過ちを犯そうとしているならそれを止めるべきは自分ではないのだろうか? だが、会って彼女に何を伝えよう。

 

つまらない意地を張っていると思う。麦野が関わっている時点で、情報を提供しなければならない筈だ。

 

しかし重たい蓋が彼女心を塞ぐ。

 

「君が麦野の救いたいのは分かった。しかし、時間をくれ」

 

「無理は言わねえ、だけど俺達にも時間は無いんだ、今夜までに決めてくれ」

 

「ありがとう。好きに寛いでくれ」

 

そう言って木山は別の部屋に姿を消した。

 

彼女は隣接してある個室に入ると一冊のアルバムを取り出す。懐かしそうに表紙をなぞり、悔しそうに唇を噛み締めた。

 

 

 

 

「生きていてくれたんだな」

 

 

 

そこに挟まれた手紙を取り出し、黙読する。内容は遺言書のような物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしくて、物悲しく。暖かくて、酷く冷めた昔の出来事。その出来事の始まりの点が木原神無なら、その災厄に終止符を打ったのもまた彼女だった。空気を掴むことができないように、彼女を体現することは不可能とさへ思われる。

 

初めての出会いは、とても在り来たりなもので私は直ぐに木原神無のことなど忘れてしまうだろうと思っていた。研究者として走り出した自分は、個人での研究を許されていなかった。最初は新米研究者とそこそこの実績がある先輩とでも言える研究者とペアを組み共同で全てをやっていくというものだった。

 

研究と言っても大層な物ではなく、殆どは過去の結果を紐解き理解し、纏めるというのが主流だ。本当に研究よりも“昔の人物の足跡を踏む”という感じである。しかし、そんな事をするはずだったのだが、幸か不幸か私、木山春生はそんな在り来たりや主流をゴミ箱に捨ててきたような人物――――木原神無とペアを組む事になっていた。

 

子が親を、親が子を選べないようにこの時の私はそのことに対して、拒否する権利もペアを好きに決められることも出来なかった。しかも木原神無自身が私を指名していたことに後から驚かされる。

 

最初の挨拶は、よろしく程度だった。あっさりとして、最低限喋らないような人かと思ったら……

 

「色々と挨拶を準備してきたんだけど、緊張して忘れちゃった。普段、他人と話さないからねぇ」

 

他人との交わりが極端に少ないらしい。私も交友関係や人との繋がりは希薄で定かではないが、挨拶程度で緊張するほど閉鎖的でもない筈だ。となると彼女は誰かと何かをすることも初めてなのだろう。何気なく聞いてみると木原神無は恥ずかしげも無く淀みなく肯定した。

 

小さい頃からその才能を揮い部屋に引きこもり新たな法則を見つけることに幼少時代と中高生時代を費やし、気が付けばもう二十代でありながら他人との接点が無かったらしい。ついでに言うと、事務的なもの以外で話すのは私が初めてとのことだ。

 

だからなのだろうか?彼女は私に滅法甘く、そして厳しかった。厳しかったのはその最初の研究だった。通常を無視して木原神無は文字通り私に研究と言うものを突きつけた。

 

「聞くけど、木山さんって何を研究しにこの役職になったの?」

 

だが、何を研究するかは私に決めさせてくれた。

 

「はぁ、AIM拡散力場です。それが?」

 

「なら、最初のお仕事それね。私はオマケで木山さん、君がメインでAIM拡散力場の研究をするよ。解明されてない不可思議な分野だからやること多いだろうねぇ」

 

悠々とした彼女は自分なりに調べた事があるのだろう、AIM拡散力場の資料や現在解明された部分を渡してくれた。

 

「でも私を極力頼らないでねぇ。困った時の対処って言うのは教えてもらうんじゃなくて、自分で探すものさぁ」

 

しかし、こんな所が厳しい。まだ木原神無、本人が手を引いてくれるうちから私を一人でやっていけるスキルを身につけさせるらしい。

 

彼女には悪いが、私はずっと一人でやって来た。この程度、造作もない。と、思い込んでいた。これは私の過失だ。慢心があったのは大いに認めよう。

 

研究を初めて二週間、私は躓いた。

 

AIM拡散力場とは簡単に言ってしまえば、能力者が出すとても微弱な力であって、それだけだ。

 

なにか法則があるわけではない。なにか意味があるわけでもない。つまり自然に発生した歪みとも言える。

 

能力者なら当たり前すぎて、論じる事も馬鹿馬鹿しく感じてしまう分野だろう。

 

不可思議であるが、調べて知るには無意味だと言われた分野でもあった。

 

完全に手詰まりな私に木原神無は懐かしいものを見るような瞳で、私を見ていた。

 

そして、安物の固い椅子に腰を掛けコーヒーのカップを差し出した。

 

私が大人しく受け取ったのを嬉しそうにしていたのが印象的だった。彼女が差し出したら皆逃げたり拒んだりしたのだろうか?

 

そして二人でのんびりコーヒーを飲みながら語った。話し出したのは木原神無から。

 

「私はこの研究と平行して“自分だけの現実”について調べているんだ。AIMと同じくらい、不可思議でありながら当たり前な存在さぁ。能力の源でありながら、未だ正確に解き明かした者はいない。もし、解き明かしたらLEVEL5以上が産み出せる。私はそんな夢物語を信じて研究してるの」

 

「研究や学者なんてそんなものでしょう。昔は地球が太陽の周りを回る事が絵空事だった時代があったんですから。私達は1を知るために10の可能性を殺す生き物です」

 

「あっは! 面白いこと言うねぇ。1を知るために、か。確かに知らなければその事象には無限大の可能性が宿る。夢でありロマンだねぇ。千変万化をたったの1に引きずり降ろしているのは、間違いなく我々学者や研究者だよ。………だからこそ道のりは遠いんだ、急くのはよくないよ木山さん」

 

ハッとした。ここ最近、きちんと眠った記憶がない。相当、無理をしていたらしい。

 

そして見透かしているのか彼女、木原神無は私にヒントをくれた。

 

「AIMは共鳴と言うか、同じ能力者に触発される事例があるんだ。有名なのが、空間移動系は同じ空間移動系の人を移動させられない。つまり個人に対して能力が使用不可になる。AIM拡散力場がお互いに干渉しあう説が一番だから、その辺りから調べたら? AIM拡散力場は私の知りたい“自分だけの現実”に繋がるヒントだし。君がその専攻になるなら、心強い」

 

微笑みを浮かべ彼女は私に手を差し伸べた。私にはそれが天啓に思えた。

 

彼女とならやっていける。恐らく人生で出会う最高の人物だと、その当時の私は盲信したのかもしれない。

 

木原さんとなら大丈夫。

 

よく分からないが、彼女が素晴らしく見えた。今でもそう思える部分があるが、彼女は一途すぎた。

 

飽くなき新発見の欲求の為なら、彼女は人を道具として扱う面もあった。その時は特に何も思わなかったが、今思えば彼女は人を人と認めてはいなかった。一部を除いて。

 

「使えないなぁ、やはり同じ能力の生産は無理か。私の能力では人数限定だし。もう下げていいよ」

 

「ですが、もう少し……」

 

「見て分からないのかい? 私が望む成果ではない。こちらで調べている能力が、かなり貴重な能力でねぇ。それに目をつけたお偉方がその能力を生産が目的でやった実験だ。仕事は生産の糸口を探すこと。でも不可能だと知れたんだ、いらないんだよソレ」

 

最初、木原さんが何を指しているか分からなかった。私と木原さんが使う研究室に入ってきた男は食い下がると、すごすごと部屋を退室した。

 

木原さんは何事も無かったように自分のメインの研究を進めていった。

 

気になった私は聞いてみることにした。

 

「何を研究しているんですか?」

 

「ん? あぁ、聞いたと思うけど同じ能力の生産。人為的に能力を造ろうってねぇ。つまり演算パターンと“自分だけの現実”を植え付ける実験から初めてみたんだが、機械では無理だったよ」

 

薄ら寒いものが背を這っていくのが分かった。AIM、脳波、極めつけに“自分だけの現実”それを研究するには頭を切り開いたりする場合がある。

 

今回はそれを行う大規模な実験ではないだろうか?

 

しかし、実らなかったからと一蹴した彼女は気にした風はない。

 

被験者はどうなったのだろう?私の頭の中はその疑問で覆い尽くされた。

 

しかし彼女が気にしていない所を見ると大事ではないのだ。そう思った。

 

いや、思い込んだ。そうしなければ、潰されそうだから。

 

その時、部屋の電話が鳴った。近かった木原さんが電話を取る。

 

「あぁ、じぃ様か。あん?……いるけどぉ…。なにすんの? いや、まぁだけどさぁ」

 

やけに渋る木原さんは一度私を見ると、足元に視線を移し、思い悩むように額に手を置いた。

 

「しかし彼女にだってやることはある。じぃ様には悪いが駄目だ。専攻科目を優先させるから」

 

何かを拒んだが、しかし電話の向こうの言葉に木原さんの表情は歪んだ。

 

「でも駄目。私は譲らないよ」

 

それから長く二人は話し合った末に、電話をかけて来た方が引いた。だが、木原さんの表情は険しいまま机を睨みつける。自然と訪れた静寂はこの日ずっと続くことになった。

 

それから歳月はいくらか過ぎ、私の才能と研究は認められるようになり始め、神無は私の成長を一番に喜んでくれた。もう酒が飲める私たちは部屋で飲みながら、今までのことを思い返す。

 

「君も立派になったねぇ。もう教えることはないよ」

 

「そうか? 私はまだ神無には及ばないと思うが」

 

「学者、研究者としての時間が君より長いからねぇ。顔の広さならまだまだ私の勝ちさぁ。でも春生も主任を任せられたりとかするんじゃない?」

 

神無の言葉に私は寂しくもあり、嬉しくもあった。彼女から巣立ち、一人前と認められたことが頬を緩ませる。前は木原神無主任の研究チームとして名を馳せたが、今では一個人として信頼が得られた。言っては何だが、自分はまだ若い。そんな私が世間や社会に認められたのは、支えてくれた神無のおかげだ。

 

「どうした、ニヤけてるぞ」

 

「いや、昔を思い出してね」

 

「まだ若いだろうに。そうそう、一人前になった記念に何か食べにでも行くかい?」

 

しかし私は申し出を断った。何故なら、そんな時は自宅でこんな風に祝ってもらいたいからだ。二人で思い出を語り合ったり、これからについて漠然とした希望でもいい。そんなゆっくりとした時間が欲しかった。

 

神無は苦笑しながら了承した。

 

「なら、その思い出について語るか。私が最初、春生を選んだのは才能があったからさぁ」

 

「そんな冗談を」

 

「本当にそう思ったんだ。でも接して分かったのは才能だけじゃなくて君は優しいよ。そして我慢強い。私はねぇ、隣に並ぶ人を選んでしまう人なんだ。だから、大変失礼な言い方だが春生は結構まともじゃないかもねぇ。こんな私と年単位で付き合えるんだから」

 

語る声が妙に無機質で、私は歯がゆい思いをした。

 

返す言葉が出てこない。

 

「ねぇ、これからは私の了承を取らなくていい。春生はどごの研究者の下につく?」

 

神無は私の気持ちを他所に話題を変えた。そのことについて、最近私も思うところがあった。

 

私の行くべき道と神無の歩んでいる違う。見習いから巣立ちしたのだから、私は新たな場所を見つけなければ為らない。いつまでも専攻と違う研究所には居ていられないのだ。

 

「誰の所か分からんが、神無とはもう同じ場所に居られないだろうね。私にも行くべき道がある」

 

「ふふふ、だろうねぇ。学者なんだから当たり前か。……学会で会うの楽しみにしてるよ」

 

「気が早いと思うが」

 

そして私と神無の最後の飲み会は静かに終わった。

 

それからは二人してめまぐるしく忙しく、のんびりとした時間が重なることはなかった。私は“木原幻生”という人物の側近的存在になっていた。今思うと、名前に同じ漢字が使われていることが非常に遺憾である。

 

神無は専攻の研究ではなく統括理事会からの要請で特殊な機器を造るため第一八学区・霧ヶ丘女学院の近くにある素粒子工学研究所に派遣された。そして私にとっての悪夢の事件まで彼女は帰ってこなかった。

 

置き去り(チャイルドエラー)”の教師に抜擢され、私の日常は大きく変化した。その時から私は神無にメールや電話が出来なくなるくらい忙しくなる。仕方がないと、彼女は笑ってくれた。

 

子供は嫌いだ。馴れ馴れしくて、デリカシーがなくて、論理的じゃないし、直ぐ懐く。

 

連絡が取れればそんな愚痴を話したり、お互いの近況を打ち明けたりした。しかし神無は一点について譲らなかった。

 

「君にデリカシーがないとか言われても困る。暑いだけで服脱ぎだす奴に言われたらマジギレするぞ」

 

「エコじゃないか」

 

「うん。モラルって大切だよね。だから白昼堂々道の真ん中で服脱ぐな。春生にデリカシーがどうとか言われたガキが逆に可哀想だよ」

 

結論、子供より私の方がデリカシーが無いとのこと。

 

何故だ、納得いかない。そう思うのは私だけだろうか?

 

離れても、こんな他愛無いやり取りをしたものだ。

 

あの日が来るまで

 

 

 

いつの間にか私の大切な生徒になっていたあの子たちが、目覚めなくなったあの日。私の世界は色を失った。いや、光が消えた。信じていると言ってくれたあの子を裏切り、私は生きている。そのことが私の心を引き裂く。そして神無が言った言葉に、私は絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君はあの子達が捨て駒だと知って成長過程を調べていたんじゃないのかい?」

 

 

 

なんだそれは―――

 

昔の見る影をなくしたくらい憔悴した私に神無はそう言った。彼女が私の前に姿を現したのは、あの出来事から大分経っていた。

 

そして私と神無は決別した。私から一方的に罵り、罵倒し怒りをぶちまけ、神無はただそれを聞いていた。黙って聞いて、私の口から言葉が出てこなくなると目を閉じゆるゆると首を振り平坦で冷たい声で囁く。

 

「やはり、君には学者は向かないね。特に学園都市の学者なんて駄目だ。だから言ったのに、じぃ様め。木山春生どうやら君と私は見ている風景が違うようだ。……じぃ様も君の才能を認めこの実験に精神的ダメージが少なければ、学者として道は無限に広がっただろうに。“無駄な感傷”をしたね」

 

その時、私の中の何かが崩壊し、後を覚えていない。ただ覚えているのは神無、アイツのどこか決意したような表情だったことだけ。

 

それか私と彼女は互いに会うたびに罵り、怒りと憎悪を増幅させていった。いつしか、私にとって木原神無は憎い敵のような存在として確立された。

 

そして生き残った生徒を恢復させるため、私は樹形図の設計者の使用許可を求め何度も申し込みをすることとなる。

 

そのことに時間を費やしていると、とんでもない事件が私の耳に飛び込んできた。

 

それは―――――――

 

木原神無の死亡。彼女は自身の能力の実験を失敗させ、死んだ。

 

あれだけいがみ合ったせいだろうか。私はなんの感情も出てこなかったのだ。ただ、死んだか、その程度。

 

しかし、思いもしない結果が転がり込んできた。それは全て、木原神無が仕組んだ最高の戦略だった。

 

「な、どうしてこの子達が!!」

 

「木原神無様の能力テストのモルモットでしたが、もう要らないので彼女の意思により貴女に相続権が移り、専用装置一式とそれに見合う広さの施設。ついでに申し上げますと遺言により財産の一部の相続が認められました」

 

私が無理やり連れてこられたのは、私の生徒が昏々と眠る施設。そして元は木原神無の所有していた物だったという。そして今この施設は私のもの。

 

おかしい。なぜこんなことが。罠か?

 

そう疑いもしたが、押しつけられるように渡された茶封筒の中には私に宛てた手紙が入っていた。

 

読み終え、全てを把握した私は、唐突に理解した。私は多くの大切なものを失ったのだと。私の不注意で生徒を失い、私の勝手な思い込みで親友を殺してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝ていたらしい。つまらない夢を見てしまった。

 

懐かしくて、物悲しく。暖かくて、酷く冷めた昔の思い出。神無との出会い。そして別れ。

 

体を起こすと紙が擦れる音がした。夢の最後で読み上げた、手紙がそこにあった。目の前のものは、ずいぶんと古びていた。

 

 

 

春生へ

 

月並みで申し訳ないが、君がこの手紙とも遺言書とも区別が付かないコレを読んでいるということは、私は死んだらしいね。

 

全てについて謝ろう。君の生徒を使った実験も、私が身勝手に行った実験のことも許して欲しい。しかし私は君が死ぬんじゃないかと恐れていた。吃驚するくらい憔悴した君を見て思ったよ。彼女には人生を賭してでも撃つくらいの敵が必要だと。そうすれば復讐心からか憎しみからでも君は生きていく。いや、人なら誰しも生きようとしただろうね。

 

だから会うたびにあんなことを言った。もう友人を名乗らない覚悟で私は君を傷つけた。これに関しては許さなくていい。

 

ついでに私が死んでも悲しまないならそれに越したことはないと思っていたしね。

 

さて、次からは私が行う実験についてだ。春生も知らないだろうが、私の能力でもしかしたら君の生徒さんを目覚めさせることが出来るかもしれない。これは私の真の目的で、表向きには能力実験として伝わってるはずだ。能力については伏せるが、その可能性が浮上したから試してみることにした。

 

でも、失敗したらしいね。ごめん。木原の罪科は木原が背負い生きていかねば為らないのだろうが、生憎と我が一族は総出で狂ってるから、この子達を目覚めさせる木原の人間は居なかったよ。だから全てを君に託す。

 

最後まで情けなくてごめんなさい。貴女ならきっとこの子達を救えると信じています。

 

木原神無より

 

 

 

 

悔しくて涙が止まらなかった。悲しくて慟哭が衰えなかった。

 

でも、後戻りも立ち止まることも出来なくなった。親友の最期の願いであり自分の悲願でもある。

 

記憶の中の懐かしい声が胸の内側に染み込む。まだ果たせてないが、もう直ぐ悲願は叶う。そのためにやってきたのだ。

 

しかし、また彼女がとんでもない道に足を踏み入れている。寄り道をしている暇はない。だが上条当麻に託すには気が引ける。どうどう巡りだ。

 

木山が悩んでいると、不意に仮眠室の扉が開いた。まだ眠そうにしている滝壺が木山にお辞儀すると当たり前のように隣に座った。

 

「どうした?」

 

「うん。きやまさんは話すか決めた?」

 

「難しい問題だ。私の言葉で彼や君たちを死なせるわけにはいかない」

 

部屋に入ってくる夕日が妙に赤かった。

 

「逃げないで。過去から逃げないできやまさん。またきはらさんを犯罪者にするのが恐いのは分かる。でも私たちには時間が無いの。約束する。ちゃんとむぎのを連れ帰るから」

 

しっかりとした眼差しに木山はどこか諭されているような気がした。

 

「私にとって神無が大切なように君たちにとって麦野さんは大事な人なんだね」

 

「うん、特にかみじょうにとってはとても大事な人」

 

滝壺の言葉で大体を把握した木山は面白がるように笑った。

 

「そうか、なるほど。………分かった。私が知りうる限りの情報を話そう。それに恐らく、神無は止められても麦野さんを救えるのは彼や君達だろうからね」

 

「ありがとう」

 

上条達が待つ部屋に向かって木山は歩き出す。その後を滝壺は追いかけた。

 

 

 

 

 

運命のピリオードは撃つために木山は目の前の現実を受け入れる。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。