とある奇跡の平行世界   作:雨宮茂

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たまにひょっこり出てくるので、ご注意ください。

まだまだ昔のように投稿できませんが


遊びではないゲームをしよう

「見ぃつけたぁぁぁああああああ!!!!」

 

原子崩しの脳裏に写りこんだのは、この忌々しい呪いをかけた一人の青年の姿。

 

上条当麻だった。

 

「ぎゃははははははははははははははッッ!! メインディッシュが向こうからきやがった!!」

 

純粋な殺意を剥き出しにして原子崩しは哄笑する。鳴り止まない反響は無機質な世界を揺らした。

 

「殺す! アイツを今度こそ引き裂く! クッククク、あは、あはははあはははははは!!!!!」

 

麦野を殺せない原因を抹殺する。そうすれば恐らく“あの壁”が消え去って会える筈だ。

 

もう一度、溶け合う。

 

でないと、でないと!!

 

「私が不完全なままなんだよォォォオオ!!!」

 

目には見えない曖昧な電子が次元を真っ二つに引き裂いた。

 

そこから0次元に干渉して3次元を渡る。一瞬で世界が変わった。無機質な壁に囲まれた部屋ではなく、外の世界に繋がる扉の近くで上条当麻が目を白黒させていた。

 

「え? あ、麦野!」

 

「死ねぇえええ!」

 

歓喜の声を上げた上条と違い麦野は烈火のように荒れ狂った怒りをぶつけた。

 

電子の極光が一本、上条に怒涛の勢いで迫る。反射的に跳ね上がった右腕が〈原子崩し〉を砕く。それを見た原子崩しは苦々しく顔を歪めた。

 

「……吐き気のする右腕だな。さっさと焼き殺されろッ!!!」

 

「お前はあの時の麦野か?」

 

怒り狂った原子崩しは上条の質問に答えず電子の弾丸を造り上げた。電子がループする事によって形を保ち発射されるのを待つ。

 

話し合いが無理だと悟った上条は腰を低くして、いつでも走り出せるようにする。

 

その姿に原子崩しは満足した。殺し合いの始まりを告げたのは原子崩しからだった。

 

幾つかの電子の弾丸が高速で飛翔する。上条を直接狙わず蛍光灯を破壊した。派手にガラスの破片を飛び散らせ二人に降り注ぐ。上条は慌てて回避したが、原子崩しは自分が傷付け事を恐れず彼に向かって突進した。破片が原子崩しの二の腕を切り裂く。熱を孕んだ痛みを無視して隙だらけの上条の腹に蹴りを放つ。

 

「あがぁぁ!?」

 

豪快に吹き飛んだ上条は壁に体を打ち付けたと同時に原子崩しの後ろの扉が勢いよく開かれた。

 

そこには渋面の本名不詳(コードエラー)がいた。

 

「原子崩し、見つかったなら逃げるよ。邪魔されると後から厄介だからね」

 

無理だと分かっていても、彼女は原子崩しに提案をする。だが、やはりと言うべきか原子崩しは視線だけで殺せそうな瞳で本名不詳を睨む。

 

「巫山戯んな! 私はコイツを殺したいんだよ。そうすればあの壁が消えるはずだ」

 

「そうだとは限らない。殺して永遠に麦野さんを閉じ込めるより情報を聞き出すべきだ」

 

触れれば噛み付く勢いでいる原子崩しは本名不詳の接触を拒んでいた。実は本名不詳は催眠スプレーを忍ばせていた為にその判断は正しいと言える。

 

なので内心彼女は舌打ちした。

 

想定外なのは、ここまで原子崩しが上条当麻という人間に執着していること。

 

これでは思うように原子崩しを誘導できない。

 

「だから今回は引こう。残念だが私は上条当麻との間に取引材料がない」

 

「必要ないでしょう。手足引きちぎって拷問でもしとけば勝手に言うわよ」

 

何かと押し止めたい彼女は上条を見た。余程強く頭をぶつけたのか指先すら動いていない。

 

今が殺す絶好のチャンスである原子崩しはついに本名不詳に牙を向けた。

 

「これ以上邪魔するなら先ず、お前から蜂の巣にでもなるかッ?!」

 

「君ね、なんでそんなに彼を殺すことにこだわるのさ? もっと時間を」

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね!!」

 

「ッ!!?」

 

最後の言葉を聞く前に原子崩しは殺意と呼べる程の気を撒き散らす。

 

残りの全ての弾丸が本名不詳に向かって放たれた。しかし、本名不詳の常人離れした身のこなしで全弾すり抜ける。彼女は静かに後退すると長く息を吐き、深く呼吸をする。服の所々が被弾してしまったせいか、少し焦げ臭い。それが鼻孔を満たし、肺に溜まる。

 

心拍数を整え、本名不詳はとっさに動けるように少しだけ力を込めた。瞬発力を利用するためだ。

 

「原子崩し、なにを(いき)り立ってるの。話を聞いてくれるかい? お願いだよ」

 

「黙れ、まだ利用価値があるからって調子に乗ってると黒こげのミイラにする」

 

「上条当麻を殺しても価値はないだから落ち着いて、……!?」

 

しかし本名不詳の言葉は、ふらつきながらでも立ち上がった上条の姿により打ち切られた。

 

頭から血を流し、腹を押さえながらゆっくりと前に進む。その先には、原子崩しがいた。

 

「む……ぎ、の。お前…」

 

「まだ立ち上がれたんだ。良いわよ立ち上がれる足を消して上げるッ!」

 

音を立てて電子が収束する。上条は殺戮の一撃を撃とうとする原子崩しを無視して、その腕を見た。

 

「怪我、…し、てるじゃ……ねぇか」

 

「………」

 

どちらが怪我をしているんだ、と原子崩しは聞きたくなったが、口を閉ざしてその質問を飲み込んだ。

 

覚束ない上条の足は止まることなく歩み続けた。気づけば近くなった距離に原子崩しは反射的に電子の極光を撃つ。

 

上条はそれを左に半歩避ける。それだけで原子崩しの無慈悲の一撃は壁を突き破り外へ飛び出した。

 

本名不詳は誰もいないことをとっさに願う。

 

「む、ぎの!」

 

「まぐれで避けたくらいで調子に乗るな!」

 

今度は両側を焼き尽くす。上条はただ直進しただけで、制服の端を極光の一撃が掠めた。原子崩しは思わず舌打ちをする。彼女は上条がどちらかに避けると読んだが、予想を外し彼はただ前に進んだだけだった。

 

さらに近づく距離についに原子崩しは焦燥感に駆られ、辺り一帯を焼き尽くす為に〈原子崩し〉を七本、ロビーに放つ。

 

刹那、三人を真っ白な光が包む。あまりの事に聴覚と視覚は消し飛んだ。しかしそれだけでは終わらない。原子崩しは0次元の極点を使い上条が居るであろう場所を裂く。

 

その光景は本名不詳には見えなかった。

 

「…これで、死体なんて残らないわよね………」

 

まだ眩く光る世界のなか何故か原子崩しの頬に温かい雫が一筋となって伝う。

 

涙が流れている事にも気付かず俯く。世界が元の輝きを取り戻した。原子崩しは前を見たくなかった。何故だか、分からない。見てそこに何も無かったらとても、嫌だと思ってしまった。自分がやった事なのに。

 

すると少し離れた場所にいた本名不詳が息を呑む音が聞こえ、思わず顔を跳ね上げると原子崩しは絶句した。パクパクと口が動くが、言葉は出て来なかった。呼吸が乱れていくのが分かったが、目の前の状態が分からない。

 

原子崩しはこの恐怖にも歓喜にも似た感情を知っている。立ち上がってくれた、生きていてくれた。

 

死ぬほど殺したいと願った存在なのに、何故だか手放して喜びたくなった。彼が存命したことに熱いものがこみ上げてくる。

 

だが、相反する感情の板挟みになった原子崩しの精神は極度の混乱状態に陥り、上条が自分を睨んでいるように見えた。

 

なにか言っているが耳に入ってこない。罵っているのか、それとも諭しているのか今の原子崩しには判別できなくなっていた。

 

ただ残った理性が疑問を口にする。

 

「な、なんで! どうして生きてるのッ!!」

 

「さぁな。……麦野、それと原子崩し。そろそろ、終わりにしねえか?」

 

上条当麻は原子崩しの蹴りを食らって頭から血を流した怪我以外、増えていなかった。ただ服の端や頭髪の一部は焦げていた。

 

「終わってたまるか! わ、私は漸く完璧になれるんだ! ここで、ここで終わったら…………台無しなんだよぉぉぉおおおおおお!!」

 

絶対に外さない位置からの無慈悲な一撃は―――

 

「な、んで!? どうして!!?」

 

上条の耳元を掠めただけで終わってしまった。

 

いよいよ錯乱という深い渓谷に落ちそうになった原子崩しは必死に先ほどの不可解な現象を突き止めようと躍起になっていた。

 

決して外す事のない距離と位置。なのに上条を消し去る訳でなく掠めていた。彼は避けてなどいなかった。しかし狙いは外れ、彼は生きている。

 

まさか、光の屈折を利用した能力者だった?  いや、なら右腕はなに? 能力じゃなくて全く別の何かでそうすれば上条は二つの能力的なにかと能力を使える………、駄目、全然話にならない! こんな馬鹿げたことなんて有り得ない!!

 

決定打がない!  そもそもアイツは生きているの?!  だって何度も何度も殺す為に!!!

 

 

原子崩しの推測とは全く違う推測を本名不祥は弾き出した。しかもそれは確信を持って。

 

 

彼は避けてもいない。なのに外すのは、原子崩しは無意識で攻撃していないからだ。ギリギリのラインで当たらない攻撃しか撃てない。あの時の広範囲殲滅用の七本の〈原子崩し〉はどこか二つの極光が交わってお互い相殺し、安全空間になったところに上条当麻は入り込んだに過ぎない。

 

原子崩し、君の本能が彼を殺す事を避けているんだ。君が彼を避けているんだよ。感情がどんなに高ぶっても上条当麻は殺せない。だって、――――

 

 

 

上条は原子崩しに向かって右腕を持ち上げた。原子崩しは突然現れた竜の顎を思い出し身を竦み上げる。恐怖により絶望的な呻き声が漏れた。

 

「あ、ぁあ…や、」

 

子供のように震える原子崩しを見て上条は苦笑した。

 

彼女には自分が恐ろしい存在に見えて仕方がないようだ。

 

「大丈夫、だから手を伸ばしてくれ。俺はそれを拒絶しない。受け止めてやるさ、お前の怒りだって絶望だって悲しみだって、涙も全部だ。泣いて、助けを求めていいんだよ」

 

「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 

堰を切ったように、ごめんなさい。と謝り続ける原子崩しは崩れ落ちさらに体を小刻みに震わせながら小さくなる。

 

その彼女前に上条は膝を付きそっと語りかけた。

 

「原子崩し、麦野。俺に謝っても意味ないぞ。ちゃんと言わなきゃいけない人に言わないとな。だから、先ずはお前が俺の手を掴んでくれ。助けて、って言ってくれ。その一言が大切なんだ。そうしたら絶対に助けてやる。原子崩しに麦野、俺の声を聞いてくれ」

 

「うあっ!!?」

 

そっと触れようとした手前で原子崩しの体が跳ね上がった。驚いて見上げるより先にバチィ、と電気が火花を立てる音がした。

 

「本名不詳、テメェ!」

 

「危ない危ない。彼女を絆される訳にも連れて行かれるのもこっちの都合として駄目なんだよ」

 

スタンガンを指で弄びながら本名不詳は気絶して動かなくなった原子崩しを持ち上げる。肩に担ぐと彼女はまだ床に膝を付く上条を見下しながら赤く毒々しい唇を歪ませた。

 

「彼女を救いたいなら、情報戦略をしましょうか? このデータチップには私の所有する場所や、なんの目的で使用するかとか事細かに書いてある。その中から潜伏先を、そうだね五日以内に見つけられたら彼女を返してあげる。破格の条件でしょう?」

 

その提案に上条は吼えた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!! なんで麦野たちがそんな酷い事されなきゃいけないんだ!!!」

 

「あっはははは!」

 

しかし本名不詳は可笑しそうに高笑いをする。目尻に溜まった涙を掬い取ると、ニンマリと嗤った。

 

「ここまで彼女を追い詰めておきながらよく言うわ。よく考えるべきは君さ上条当麻君。麦野沈利を追い詰めた張本人なのに無自覚とは、悲しいね。彼女に同情するよ」

 

流し目で気絶した原子崩しを見て、それから不可解そうに皺を寄せる上条に視線を戻す。

 

そしてデータチップを渡した。

 

「それより、麦野を返しやがれ!」

 

「あー、そうだ。忘れてた。バイバーイ上条君」

 

立ち上がろうとした上条の顎に鋭い蹴りが打ち込まれた。

 

それは一瞬で上条の意識を刈り取り、気絶させる。荒れた床に放置して行く事に若干抵抗を覚えた本名不詳だが警備員の事を考えると彼女はその場を立ち去った。

 

「鬼ごっこの幕開けだ」

 

楽しそうなその声を聞く者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄っすらと意識が浮上する中、上条が最初に聞いたのは聞き覚えのある少女の声だった。

 

「大丈夫って訳よ?」

 

「……ぅ」

 

鈍い痛みを訴える頭を起こす。

 

「かみじょう、生きてるみたいだよ。きぬはた」

 

頭の中を揺らされた感覚に吐き気を感じながら目を開けると、心配そうに覗き込んだフレンダの顔と、遠ざかる滝壺の後ろ姿が見えた。

 

「今、データを超解析してるんです。もう少し待って下さい」

 

「がんばってきぬはた」

 

さらに向こう側に絹旗がパソコンと睨み合いをしていた。一心不乱にキーボードを叩き流れていく文字を追う姿には何か鬼気迫るものがあった。

 

上条はゆっくり上半身を起こす。滝壺がコップ一杯の水を差し出した。

 

「ありがとな滝壺」

 

「どう致しまして。所でなんでフレンダはかみじょうを拾ってきたの?」

 

「あ、起きたら話すんだったね。……麦野の〈原子崩し〉が見えた場所に急いで行ったら、上条が倒れてた訳よ」

 

その言葉に滝壺は怪訝そうな顔をし、絹旗はパソコンから目を離した。

 

「で上条には何があったか聞きたい訳よ。突き放しといてなんだけど……」

 

目を会わせ辛いのかフレンダは上条を真っ正面から見なかった。

 

「条件がある。それを受け入れたら、話す。受け入れられないなら、データチップは返してもらうし、話さない」

 

「………かみじょう。条件はなに? それに条件を受け入れないでも、私達はデータチップを奪えるよ」

 

「アレがなんだか詳しく分かるか?」

 

「……それは」

 

皆の視線が、パソコンの画面に集中する。書かれているのは学園都市の施設や研究所の説明。特にめぼしい情報とは決して言えないものだった。しかし絹旗は画面を替えた。

 

「何か宝探しみたいなゲームをしてるみたいですね。敵については超知りません。しかし、調べていけば……」

 

「麦野がどんな状態か知ってるか?」

 

データの中にゲームの内容でも書いていたのか、絹旗は知っているようだが、上条の最後の切り札に絹旗は苦い顔をして歯噛みした。

 

「助けたいと思う気持ちは一緒だろ! なら、今だけは“暗部”とか考えないでくれ、我が儘だけど。俺は麦野に会って伝えたい事があるんだ」

 

「伝えたいこと?」

 

フレンダが首を傾げると、上条は頷いて恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「俺、麦野が好きなんだ」

 

「は?」

 

「かみじょう……」

 

「…………」

 

三人は同じような反応をした。何かを言おうとして失敗し、フレンダは石化している。

 

ただ沈黙だけが当たりを包んだ時、上条の携帯が鳴った。突然の事に皆、肩を震わせて驚いた。真っ白になった意識を呼び戻した携帯を開き上条は息を呑む。画面に出てきた名前は、麦野沈利。

 

渦中の人からだった。

 

三人はそんな事も知らず、青ざめた上条を心配そうに見つめる。ゆっくりと通話ボタンを押した。

 

「ハロー! 詳しくゲームの説明するよ。上条君、メモするもの無くて大丈夫かい?」

 

どこか絡みつくような抑揚のある声には嫌というほど覚えがあり、無意識で上条は声を低くした。

 

「なんの用だ本名不詳(コードエラー)

 

「やだな、ゲームの説明だよ。君の対戦者でありながら説明役をしてるんだから感謝してよねぇ。データチップはどう、解析してる?」

 

「それは……」

 

パソコンの前にいる絹旗を見ると彼女は頷いた。それは肯定の合図。

 

「してるぞ」

 

「なら簡易説明あったでしょう? 五日以内に私を見つけられたら勝ちだ。勿論、学園都市にいる。でも規模はデカいよ、なんて言ったって学園都市全域だから。データに入っている建物や研究所の情報を頼りに捜索頑張ってね。人海戦術が出来ない君にはちょっと多いけど、麦野さんの為だ。早く不肖不出来のこの私を見つけないと、どうなるかは保証しない」

 

一々人の怒りに触れるような言い方に上条は携帯を強く握り締めた。

 

ミシッと嫌な音が部屋に響く。

 

「単純なかくれんぼだ。規模が大きければ大きい程見つけるのが困難だけどねぇ。君の推測を聞くのを楽しみにしてるよ。待たねー」

 

通話が切られ、上条はため息をついた。このゲームにはルールと言うルールが存在しないことが分かった。

 

ただ五日以内に見つければいい。上条が何人仲間を作ろうとも恐らく違反ではないだろう。

 

穴だらけのゲームは危険が付き物だと理解している『アイテム』の三人は思考の海に飛び込み、今回の事を整理している。各々は自分の世界から帰ってくると上条を見た。

 

「上条、先ずは麦野がどうなったか教えて欲しい訳よ」

 

「次に本名不詳について超詳しくお願いします」

 

滝壺は二人の意見に同意して頷く。

 

「その前に、俺が麦野を探す事を認めてくれ。そして蔑ろにしないこと。それが条件だ」

 

「超今更ですウニ頭。もう“闇”に狙われてるも同然なんですから、たぶん本名不詳はこちら側の人間です。なので超巻き込ませて貰います。それにゲームの参加者はウニ頭だけ。ルールに従って麦野を取り戻すならどちらにせよウニ頭は必要です」

 

「………結局、巻き込んじゃったねかみじょう、ごめんなさい」

 

割り切って晴れ晴れとした絹旗と違い滝壺は後悔の念に駆られた。本当に巻き込みたくなかった彼女は自分の膝に視線を落とし、うなだれる。その肩をフレンダが優しく叩いた。

 

「滝壺が悪い訳じゃない。このバカ条が首を突っ込んだからよ! ね、元気だして滝壺」

 

「……フレンダさん、もう少しソフトに言って下さいませんか?」

 

「ウニ頭、否定はしないんですね」

 

トドメに絹旗が痛いところを突くと上条が唸るばかりで何も言えなかった。その光景に滝壺は口元が綻んだ。

 

「そうだね。でも本当に危なくなったら引き返してもらうから」

 

「分かったよ」

 

「本当に? かみじょうは知らないうちに戻って来そう何だけど」

 

「確かに」

 

それでも上条を疑う滝壺にフレンダは同意した。

 

この短期間でたわいなく話せるようになった四人は笑い話を含めて暗い気分を吹き飛ばすと、絹旗の声で本題に入った。

 

「では、今リーダーの麦野はどんな状態なんですか?」

 

「麦野は、別の人格に乗っ取られてる。自分の事を“原子崩し”だと名乗ってた。それに精神的に不安な状態なんだよ」

 

「原子崩し、ってまんま能力名じゃん」

 

フレンダの呆れたような、なんとも言えない呟きに上条は首を傾げた。

 

「そう言えば、麦野の能力ってどんなんだ?なんかビームをぶっ放したり、テレポートして来たり色々あるのか?」

 

「うん? ちょっと待って下さいウニ頭。前者のビームは超分かりますが、麦野は空間移動出来ませんよ。それが出来たら多重能力者になります」

 

「でもいきなり麦野が現れたんだぞ。生で空間移動する奴見たの初めてだけど、間違い無く麦野は空間移動した」

 

「それって結局、近くに居た空間移動系能力者が麦野を飛ばしたんじゃないの?」

 

フレンダの意見が一番可能性の高いもので、誰でも思い付く事でもあった。

 

しかし上条にはそう思えなかった。本名不詳が麦野を勧誘した理由。それがあの空間移動だと思ったからである。

 

「なら、空間移動するとさ。その空間が歪んで見えたりとか、するのかな?」

 

「歪んで? ……ないよ。いきなり現れる。普通の空間移動じゃないのかな?」

 

「でも、やっぱりフレンダの意見が超現実味があります」

 

「埒が明かない訳よ! 麦野は置いといて、えっと本名不詳ってどんな奴?」

 

平行線を辿る会議に三人は頭を抱えた。でも今は麦野の能力はどうでもいい。一番必要なのは本名不詳についてだ。

 

その人物を全く知らないフレンダたちは上条の言葉を待った。

 

「アイツは形容し難い奴だな。底が全く見えない。ちょっと遊び癖があると俺は思う。わざわざこんなゲームしなくったっていい筈なのに」

 

「そうですね。超意味不明です。私ならそのまま逃げますよ。まるで捕まえて欲しいみたいじゃないですか」

 

「きぬはた、本当にその情報にある建物の中にいるのかな? 実は全く違う場所とかに隠れてるとか?」

 

「結局、どこまで信用すればいいのか分からない訳よ」

 

『アイテム』三人の見解に上条は、反対の意見だった。

 

「いや、必ず本名不詳はこの中にいる。アイツは対戦者って言った。それは自分自身がゲーム盤に居ないと言えない事だ。それに、このゲームを降りて麦野が絶対に助けられる訳でもないなら、俺は小さなこの可能性に賭けたい」

 

しかし三人は不安そうに腕を組んだ。確かにこのゲームを降りたとして麦野に辿り着ける保障はない。あるのは広大な学園都市を舞台として宝探しだ。暗部の仕事を遣り繰りしながらでは身が保たない。

 

どちらにせよ希望は小さいのなら、と絹旗は腹を括った。

 

「超仕方ありません。ウニ頭に協力します。失敗しても恨みっこ無しだから安心して下さい!」

 

思いっ切りのよい絹旗につられたように滝壺も言った。

 

「何があっても諦めないかみじょうを応援するよ。私も微力だけど、頑張るから」

 

今でも悩んでいるフレンダは遠くを見た。

 

「……なーんか、本名不詳って引っかかるんだよね。私はあの女をちょっと調べたいから、みんなとは別行動って訳よ」

 

「藪をつついて超蛇を出さないで下さいよ」

 

心配そうに絹旗がフレンダを半眼で見つめるとフレンダは憤慨した。

 

「へまはしない訳よ! 私だって『アイテム』のメンバーなんだから! それに麦野の為なら例え火の中水の中って訳よ」

 

「そうだよきぬはた。フレンダはできる子なんだから」

 

「えー、そうですか?」

 

「仲が良いのか悪いのか、まぁ良いんだろうけど。そうと決まれば、絹旗に滝壺よろしくな。フレンダ無茶すんなよ」

 

頷くとフレンダは部屋から出た。急いでいるのか、バタバタと音を鳴らしながら何処かに行った。そして上条は漸くここが麦野の家でないことに気づく。

 

「えっと、この家って誰の?」

 

「『アイテム』隠れ家です。超普通のマンションでしょう?」

 

「少し広めのな。もっとこう、陰気臭いの想像してたよ」

 

「そんな所に超住みたくないんですけど……」

 

絹旗はそんな家を想像したのか、頬が引きつっていた。

 

「できれば一日中、日向ぼっこできる家が良かった」

 

「滝壺さん。それは超不可能です。夜に日向ぼっこなんて出来ませんよ」

 

「日の沈まない国に行きたい」

 

「滝壺そんな国ないぞ。あったとしても大昔のイギリスだ。実際は植民地増やして国土が広がったことにより、国内の何処かでは日が昇ってるってだけの話だ。今じゃ小さな島国だけどな」

 

「それよりも遥かに小さい学園都市でも一人の人を見つけるのは超苦労しますがね」

 

絹旗の呟きで、改めてたった一人を探すことの難しさを自覚した上条はため息をついた。

 

このゲームは負を押し付けるために用意されたものかもしれない。圧倒的に不利だ。どこが破格の条件なのか知りたいくらいに難解だ。

 

気を紛らわせるために上条は絹旗にデータについて尋ねる。

 

「場所は何箇所あったんだ?」

 

「知りたいですか? 正直超目を疑いましたよ。ざっと300の施設や研究所を所有してるみたいです。でも、おかしいことに、所有者名は殆ど木原幻生の名前なんですよ。譲り受けたんでしょうか?」

 

絹旗の口にした数に上条は目の前が遠くなった。300もの場所をどうやって五日で回れと言うのだ。

 

しかし反対に滝壺は冷静に画面を見た。

 

「譲り受けたとしても所長じゃなかったら好き勝手に使えないんじゃないかな?」

 

「えぇ、だからある程度使用頻度が少なく麦野の能力に関係するであろう研究所、施設を中心的に探しています。そうすればかなり絞り込めますんで」

 

「なんで麦野の能力に関わるところだけなんだ?」

 

「そのことについてはですね」

 

一旦、説明を切り上げると絹旗は、パソコンの前に移動する。その後を追って上条と滝壺は、パソコンの画面を覗き込んだ。

 

画面を切り替え所注意、と書かれたところを押すとリンクにより別の画面に飛ばされ、そこに書いてあることを読み上げた。

 

「この五日間の間に行うことを簡潔に記す。一つ、我々は留まり動かない。しかし隠れることをする。二つ、麦野沈利の能力開発を進める。三つ、本名不詳に限っては諸事情により外出していることもある。見つけたら捕縛してよい。戦闘許可。……二つ目の項目のおかげですね。これで80までに絞り込めました。あとは、最近使って無い所や無人で人気の無い工場、研究所、施設を探せば案外、五日もいりません」

 

「むぎのの能力は希少なの。だから関連する場所は限られててさらに条件に合うところを探せばもっとすくなくなる」

 

上条が質問する前に滝壺は答えると、一緒になって場所の特定に勤しんだ。所々見えた文字には、素粒子研究所や電子研究所などのものがあった。

 

しかし上条の胸の内には不安が巣くった。あの本名不詳がここまで特定できるヒントを残すだろうか。例えこのヒントが間違っていなかったとしてもあの女は一筋縄ではいかない。もっと別の見方が必要になる。

 

根拠のない考えだが、上条にはあの時突然出現した麦野が誰かの助けを借りて自分の目の前に来たようには思えない。

 

ぐるぐると思考がとぐろを巻く。

 

上条はゆっくりと自分の世界に浸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広い空間に不釣合いなほど何もない。からっぽの世界を眺めながら木原数多は後ろの扉から出てきた人物に嫌悪の眼差しを向ける。

 

女は気にせず歩み寄ると手を伸ばす触れる手前で止まった。威嚇する獣との距離にしては極めて近い。

 

「はい、0次元の資料。ついでに結果。あの能力はやっぱり素晴らしいね。アレイスターは、そんな高見まで麦野さんが昇華しないだろうと思ってるみたいだけど、0次元に干渉して4次元まで操れるだけの方式は手に入れた。この方式をもうちょい調整したら、宇宙を本当の意味で掌握できそうだ。天体望遠鏡いらずだね。地球に似た星が見つかるかもよ?」

 

楽しくて愉しくて、たまらない。と顔に書いた本名不詳(コードエラー)は上機嫌で資料を木原に渡す。彼は一度目を通すと白衣の下にしまった。

 

「で、第四位はどうしたんだよ?」

 

「おや、レディの心配とは知らない間に紳士になったねぇ。心配ないよ。宇宙までお取り寄せ範囲に入れてもピンピンしてたし。ただ、ある程度の広さなら360度見渡せるらしくその調整に手こずってるみたいで、歩けないんだよ。見えすぎて。だから今それを直接見る、じゃなくて感じる程度にしてるみたい」

 

「今日は饒舌だな。テメェの事情は知った事じゃねえが、お偉方が化け物を恐れてんのさ。今更だがな」

 

木原はうんざりしたように話す。

 

「確かに、化け物怖くて研究なんて出来ないよね。私の分野は幅広いから色んな人見て来たけど、今回ほど危険な事はないかな」

 

しみじみと呟く女に木原数多は驚いた。存在自体がトップシークレットの本名不詳は、さらに表沙汰に出来ない仕事、かつての木原幻生がしていた研究の後継ぎとして選ばれ、統括理事会、秀ではその理事会長からの依頼が頻繁で木原数多から見ても危険で残忍な研究をニコニコ笑顔で実行出来る最悪のマッドサイエンティスト。

 

裏の世界からは木原幻生の再来とも言われている曰く付きだ。

 

その人物が危険と判断した今回の事態。もしかすれば、学園都市の全てが揺れる大事件の始まりになるだろう。それは小さな波紋であったとしても、世界を震撼させるものとなる。

 

木原数多の見た幻想は現実に昇華する。そう遠くない未来。

 

しかしその事をまだ知らない本名不詳は恐怖の中にある甘い可能性の箱にに身を震わせていた。それを開ける事しか今頭にない。

 

しかし思い出したように声を上げた。

 

「忘れてた。ゲームしてたんだ」

 

「この前は囲碁してたな。なんだ次は将棋か?」

 

「いや、まだ囲碁してるよ。因みに一番得意なのはリバーシブル。黒一色にする爽快感がたまらない。今回は宝探しさ」

 

「はぁ、頑張れよ」

 

適当に受け流し木原は帰っていく。たったの数分と言えどこの女と一緒に居たくないらしい。本名不詳は笑顔で見送ると、小さくなった背中に囁いた。

 

「頑張るのは、私じゃないの。騙されたかな、今頃〈原子崩し〉の能力を使った素粒子研究所を下見してるのかねぇ?」

 

喉に引っかかるように笑うと来た道を戻る。ここはそんな物を扱う場所ではない研究所。

 

上条達が〈原子崩し〉ばかり見ていると、期限を過ぎ本名不詳の勝ちになる。

 

しかし本名不詳は別に勝ち負けに拘っている訳ではない。人と言う者は期限をつけるとその間にどうにかしようと躍起になる。

 

短期間勝負でも長期間でもないこのゲームは相手の疲弊を誘うもの。長くすれば余裕を与え、短期間にすれば手段選ばず何かをしでかす。

 

そういった危険を回避するだけのヒントと時間を巧みに譲渡した結果、早く勝負を終わらせようと相手は躍起になる。つまり思い込みが生まれ目先だけが問題視されがちだ。

 

何より相手の思考を読み先手を打つ人物、麦野沈利は今はいない。彼女なら二日も無しに本名不詳を見つけただろう。

 

有能な人に頼りすぎたツケがいよいよ回ってきた『アイテム』は本名不詳の敵ではない。そして、あのデータチップには残り時間が2時間を切ると彼女の潜伏先が表示されるようになる。

 

それは必要な物を揃えさせず相手を誘い込む罠。本来の『アイテム』なら時間が過ぎても物資を充実させるが、本名不詳の読みは真っ直ぐ来る、だった。

 

「だってゲームにもう彼らは忠実に従ってる。その時点で負けさ」

 

鼻歌を歌いながら軽やかに歩く。

 

彼女は自分の勝利を微塵も疑ってはいなかった。経験がそう言わせるのか、計画の完成度がそう言わせるのは謎だが上条達が術中に嵌ったのは確かである。

 

無機質な扉を開けるとその先はまるで普通の家を思わせる部屋だった。研究所の中だと忘れるくらい違和感のない。

 

「さぁて、原子崩し体は大丈夫かい?」

 

本名不詳は小難しそうな分厚い本を読んでいた彼女に話し掛けた。

 

それに応えるように顔を上げると、また視線を本に走らせ、そっと呟く。

 

「もう見えすぎる事はない。感じる程度で詳しく分からないけど、見ない事で3次元の動きはよく分かるようになったわね」

 

「何かが動いた、ってのを感じる事になったのか。興味深い」

 

「ねぇ、あまり遠くに行かないで……」

 

「寂しがりやだね原子崩し?」

 

本名不詳の言葉に原子崩しと呼ばれた彼女は否定するように頭を振った。

 

「不安になるから。何だか分からない気持ちになる」

 

「そう、一人にさせてごめんね」

 

慈愛に満ちた声と眼差しで語り掛け、本名不詳は原子崩しを抱き締めた。

 

今こうして怯えた子猫のようになった原子崩しは、その確かな温もりを感受する。

 

原子崩しとしての心を上条当麻に砕かれてから、彼女は変わった。自分に自身が持てず、弱気になる事が多くなってしまったのだ。

 

まるで大きな子供だと、本名不詳は気づかれないように笑う。

 

それと同時に、上条当麻という人物が本名不詳の中で要注意人物として扱われることとなる。

 

今、麦野を押しのけ現れたのはAIM拡散力場を基礎とした人格だ。LEVEL5のこれは、強靭な意思として確立される。常に『普通』が付きまとう中で、個人が突出した者達。これこそ、高位の能力者が人格破綻と言われる所以だ。それをこうも容易く突き崩す彼をどうして放っておけよう。

 

腕の中の存在を確かめながら、本名不詳は口元を歪ませた。

 

彼女には、もう麦野沈利と原子崩しの関係を破綻させた上条が憎いのか、超能力者である事を強いた自分ら科学者が憎いのか分からなくなっていた。

 

 


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