ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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9.神秘部の戦い

 

 

 

 ハリーはぐらぐらと痛む頭を、懸命に我慢していた。

 開いた扉からロンとフレッド、ジョージのウィーズリー兄弟の三人が血相を変えて駆け込んできた姿を見たハリーは、そこで思考を元に戻して咄嗟にハーマイオニーの名を叫ぶ。彼らが来たという事は、ほかにも生徒たちが来ているということだろう。先んじて到着できたのは、ひとえに双子がホグワーツの抜け道に関する知識に優れていたからにすぎない。この光景を、ほかの生徒に見せるのはまずい。

 彼女の意志を察したハーマイオニーは、小さく呪文を唱えて杖を振るった。すると闇の魔術に対する防衛術の教室の扉が音を立てて閉まり、境目が接着されて物理的に壁とつながってしまう。それとほぼ同時に、騒ぎを聞きつけてきた生徒たちが騒ぐ声が扉の向こうから響いてきた。ネビルとジニーが叫んでいる声が聞こえてきたので、生徒たちが扉を破らないようにしてくれとハーマイオニーが叫び返した。しかしどうやらアンブリッジ親衛隊の皆さまもいらっしゃるようで、口論の叫び声と共に扉が叩き続けられる音が響いていた

 血みどろのアンブリッジの部屋において、騒ぎを聞きつけて集まってきた生徒たちには、この凄惨な光景を(作り出したのが、ほとんどハリー・ポッターであるという事実も含めて)見せない方がいいだろうという判断だ。この部屋には重症の闇祓いが二人と、人狼状態のまま絶命している死喰い人の肉塊、そして虫の息の死喰い人が一人いるのだ。

 

「おい、ドミニク……とか言ったな」

「うぐ……」

 

 ハリーは部屋の中で、唯一グレイバックに繋がる情報を持っている死喰い人に対して声をかける。ハリー自身が『白刃』の魔法で彼の両目を斬ったので、ぐったりしてうつ伏せのままでいるのは彼女のせいなのだが、死喰い人に対して一切の容赦はしない。

 あまり得意ではないが、ハリーは裂けた喉に『治癒』の魔法をかけてやる。それでも呻くだけで返事をしないドミニクの腹を蹴り飛ばし、無理やりに仰向けにさせた。短い悲鳴を漏らす男に杖を向けながら、彼の腕が届かないよう気を付けつつ会話を強要する。

 

「答えろ、グレイバックは何が望みだ。なぜ生徒を誘拐してまで、ぼくを神秘部……魔法省か。そこに来ることを望んでいる?」

「……く、クソ喰らえだ。帝王の人形め」

「もう一度だけ聞くぞ。グレイバックは、なにを、望んでいる?」

 

 ハリーが語気を強めて再度同じ質問を投げつけるも、ドミニクは見えないながらもハリーのいる方向へ向かって唾を吐いてきた。彼の唾液は当たらず、ただアンブリッジの私室の床を汚すだけにとどまる。

 溜息を吐いたハリーは、杖に魔力を集中させる。そしてそのまま躊躇なく、無言呪文でドミニクに魔力反応光を撃ち込んだ。衝撃を受けたドミニクは、自身の首筋に鋭い痛みと熱を感じる。そしてその直後、熱い液体が血管から勢いよく噴き出すような感覚をおぼえた。

 これに驚いたドミニクは、大きな悲鳴を上げた。目が見えないながらも、首筋を伝って服の胸元を濡らし続ける勢いは、致命傷だと確信することができる。眼から手を離して抑えても、まったく収まる気配がない。

 

「ひッ……こ、殺すのか!? 私を殺すのか、ハリー・ポッター!?」

「質問に答えないなら、君は必要ない。生かしておいても扱いに困るだけだしね。死体になったらただの肉の塊だし、『消失』させておくよ」

 

 冷たい少女の声に、ドミニクはただでさえ少ない血の気が、一気に引いていく思いだった。実際に体感温度が低くなってきたことを自覚した彼は、ハリーの声がする方へと顔を向けようと立ち上がり、しかしバランスを崩して膝をつく。

 

「ほッ、本気か!? 他人を殺すというのは、己の魂を引き裂くということだぞ!? おま、おまえ、まだ十五歳だろう。そんな、ためらいもなく……ッ」

「別に。殺されるより殺す方がマシだ」

 

 怯えを含ませながらも、脅しのように放った言葉は興味なさそうな声色で返される。ここで遅まきながらドミニクは、ハリー・ポッターが本気で自分を殺すつもりなのだと理解した。

 床にはいつくばって、ドミニクは裏返りそうな声を必死で抑えながら懇願する。

 

「い、いやだ。死にたくない。たのむ、頼むハリー・ポッター。たすけて……なんでも話す、話すから……」

「……」

「グレイバック様は、闇の帝王に、厳命されたんだ。あ、あんたを連れて来いって。魔法省に。小娘に仕事をやらせる、って言ってたらしいんだ。そ、それ以上は俺も知らない。ほ、本当だッ。知らされてないんだ……たす、助けてくれ……お願い、助けてぇ……」

 

 嗚咽を漏らして泣きじゃくるドミニクは、本気で死の恐怖に怯えていた。ハリーのやり方に屈服したのだ。これ以上の情報を喋らずに泣き続けるのは、本当に知らないのだろう。

 そう判断したハリーは、ドミニクに杖先を向けて呪文を唱えた。

 

「『フィニート・インカンターテム』、呪文よ終われ」

「えぁ……?」

 

 『終了呪文』によって、ドミニクの首に変身術の魔法で作られていた蛇口の穴が消え去り、同時にそこから流れていたお湯も蒸発して、彼の身体を濡らす感覚もなくなってゆく。流していたはずの血はなく、ドミニクは目が見えない自分は少女に騙されていたのだと気づく。目を斬り潰されていたならば、首に痛みを感じた直後から熱い液体が流れ出せば、それを血だと勘違いする。マグルの母親が子供の頃、そういう拷問があったことを脅し文句にして自分を寝かしつけていたことを思い出したドミニクは、騙されていたことよりも、拷問と同じ手法を躊躇いなく使ったハリー・ポッターという少女に恐怖した。

 死ななくて済む安心感とハリーへの恐怖から、ふらりと頭を揺らしたドミニクは、そのまま床に倒れこむ。じわじわとアンモニア臭のする液体を漏らしているあたり、失神したのだろう。汚物を見る目でそれを見やり、ハリーは接着した扉の向こうで騒いでいる声から、新たに増えたひとつの声を聞き取った。

 

「ポッター、開けろポッター! なにがあった!」

 

 スネイプだ。

 不死鳥の騎士団メンバーでもある、ホグワーツの教師である。おそらく発狂したアンブリッジが見つかり、ハリーが関わっていると確信したのだろう。そして来てみれば、扉が『接着』されている。

 彼だけには事情を伝えねばなるまいと思ったハリーは扉へと向かおうと脚を動かすが、胸の奥から激痛が走ってその場に膝をつく。目を見開いて自身の体に驚くハリーにハーマイオニーが駆け寄って、彼女が顔から床に倒れこむことを防ぐ。思い出したように、吐き気と痛みが濁流のように流れ込んでくる。ハーマイオニーの胸に抱えられ、ハリーは深く息を吸って痛む内臓がどれか確認する。確認したところで、肋骨の内側が痛いとしか分からなかった。

 しかしハーマイオニーはそこにある臓器が何かを理解したのか、杖を取り出して魔力を練り、ハリーの胃があるあたりを狙って魔法をかけた。

 

「『エピスキー・ヴィスラ』、癒えよ!」

 

 淡いオレンジ色の魔力反応光がハリーの腹に着弾し、腹の痛みを徐々に分解してゆく。

 小さな爆発のような音とともに、『接着』した扉がこじ開けられようとしている音が響いた。見遣れば、おそらくスネイプのものであろう杖が、火花を散らして扉を切り開こうとしているのが見える。この光景を、他の生徒に見せてはいけない。そう考えはハリーは、眩暈が消えると同時に杖へ力を入れて、無事にチョウを助け出せた未来を夢想して『守護霊』の呪文を唱えた。

 現れた蛇の尾を持つ雌雄同体の鹿は、物理的な法則を無視して、扉を通過することでスネイプの前へ踊りでる。伝言を持たせようにも、伝える暇がなかった。変わりに、ハリーの声を守護霊を通じてスネイプへ届けることにする。急いでいるために、出来る限り簡潔に。そして必要なことを伝えるのだ。

 

「暖炉から侵入したグレイバックに、チョウ・チャンが拉致された。彼女がグレイバックの手で殺されないうちに、ぼくは魔法省の神秘部へ向かいます。ヴォルデモートの望みは、きっとぼくだ」

 

 扉の向こうにいるスネイプは、当然それに反対するだろう。伝言は彼にだけ聞こえるよう調整したので、生徒たちがチョウ・チャンの拉致に気づくことはない。スネイプも、扉を開けず守護霊で伝言したことの意味は必ず察する。むやみに混乱と騒ぎを広めるようなことはしないはずだ。

 反対されるならば、その前に行動してしまえばいい。

 ハリーは杖で空間を裂いて、魔法空間から《両面鏡》を取り出した。シリウスには、アンブリッジに捕まった直後から連絡していない。せめて事情を伝えなければならないという気持ちでいたのだが、鏡の向こう側には、すでにハンサムな顔が神妙な顔つきで待ち構えていた。

 

「シリウス」

『全部聞いていたよハリエット。きみが通信を切り忘れたおかげだ。魔法空間の様子なんて見るもんじゃないな、目がちかちかする』

「じゃあ、都合がいい。そういうわけだから、ぼくは行く。まさか止めないよね」

 

 鳩尾のあたりをさすりながら、ハリーは愛する名付け親へと断定的な声色で告げる。

 娘のように大切に思っている少女の言葉に、シリウスは制止するどころか、嬉しそうな色を乗せた声を弾ませて、笑って返した。

 

『もちろんだ、行くといい。ジェームズはよく無茶をした馬鹿野郎だったが、君はそれ以上の愚か者だ。友人のために勇気を抱くことのできる君を、私は誇りに思うよ、ハリエット』

「ありがとう、愛してる」

『私もだ。騎士団も直に魔法省へ急ぐ。死ぬんじゃないぞ』

「シリウスが来るなら負ける要素がないね」

 

 念のために通信を切らずに、《両面鏡》を再び魔法空間へとしまい込む。これで闇の陣営と出くわした際に、向こうがうっかり重要な情報を漏らしでもすれば、それはシリウスへと筒抜けになるだろう。あまり可能性は高くないが、万が一そうなれば、それはかなりの宝となる。情報は闘争におけるもっとも重要な武器だからだ。

 聞いての通りだ。と前置きしてから、ハリーはロンとハーマイオニー、そしてフレッドとジョージの四人へと目を向ける。

 

「ぼくは、魔法省に行く。みんなはここで待機を」

「するわけないでしょうハリー。私たちも行くわ」

「いまの戦いで怪我したんだろ。僕らを頼りなよ」

「「かよわい一人の少女より五人の方が強いぜ」」

 

 ハリーの言葉に、ハーマイオニー、ロン、フレッドとジョージが即答した。

 四人とも、DA活動でも特に優秀だった魔法使いたちだ。二年生の時、秘密の部屋へ戦いに向かう際にロンに向かって足手まといだと遠回しに言ったことがある。その時と比べると、見違えるような力を彼は得ている。ロンだけではない、扱える魔法の種類ならハーマイオニーが圧倒的で、双子はハリーさえ想像もつかないアイディアで戦える。実に頼りになる戦力だ。

 チョウを助けに魔法省へ行くのは確定だ。だからと言って、そのために友達を危険に巻き込んでいいのだろうかという葛藤がハリーの中に生じる。しかしどれほど考えたところで、きっと彼らは無理やりにでもついてくるだろう。移動は《煙突飛行粉》を使って魔法省へと行く。本来ならばアンブリッジが見張っていて使うことはできなかっただろうが、彼女はいま正気を失っている。いまこそがチャンスなのだ。

 

「……いいか、ぼくから離れるなよ」

「離れたくっても無理だね。僕は《煙突飛行粉》の仕組みさえ知らないんだから」

 

 忠告のようなハリーの言葉に、ロンが冗談めかして即答する。その頼もしさに少しだけ笑顔を取り戻して、ハリーはドミニクのそばに転がっていた麻袋を手に取った。無造作に中身の粉を手に取って暖炉へと投げつけると、エメラルドグリーンの炎が燃え上がる。

 《煙突飛行粉》は一八二五年にオッタリン・ギャンボルという魔法使いが発明した代物である。英国内にある暖炉を魔法省がネットワークに登録し、登録された暖炉間限定での『姿あらわし』ができるという魔法的大発明は、ドクター・ギャンボルをのちの魔法省大臣にまで押し上げる功績であった。魔法学界においては、『姿あらわし』は高速移動術であるという考えがあり、《煙突飛行粉》はそれを利用した魔道具なのだ。

 『姿あらわし』とは、出発地から目的地の距離を目にもとまらぬ速さで移動する魔法を指す。出発地から『姿くらまし』することで、肉体を魔法空間(ハリーにはさっぱり理解できない不思議なスペース)に転移させる。術者はその空間内を光のような速さで移動し、目的地で『姿あらわし』することで現実世界に出現する。しっかり出口を設定していなかったり、目的地に現れる自分を完璧にイメージできていなかった場合に体が()()()()のは、勢いよく床に叩きつけたピーナッツが破裂するのと同じ理由だ。正確な知識を持っていれば、床に優しく置いてやればピーナッツは爆発せずに済むものだと知識が教えてくれる。

 なので、移動時間を限りなくゼロに近づけることのできる《煙突飛行粉》で魔法省まで行けるのは非常にありがたかった。とにかく今は、時間がない。

 

「あら。仕組みなら教えてもいいけど、かなり長いわよ」

「じゃあいらない」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ロンが《煙突飛行粉》への興味をなくしてしまう。

 その間、ハリーはフレッドとジョージに直接『神秘部』へは跳ばないほうがいいとアドバイスを受けていた。二人が死喰い人ならば、出口に罠を仕掛けておくというのだ。移動できる暖炉は決められている以上、どこに来るかがわかっていれば、ハリーだって罠を仕掛ける。のこのこと後を追ってきたマヌケな女を、ヴォルデモートは鼻歌を歌いながら好き勝手にいじめるのだ。跳ぶなら魔法省の共通玄関である暖炉がいいと言う、賢い悪戯小僧に礼を言って、ハリーはエメラルドグリーンの炎の中へと踏み込んだ。

 

「すぐについてきてくれ。『魔法省』!」

 

 緑炎がハリーの全身を舐めるように燃え上がり、彼女は自分のへその裏側を掴まれたような気分を味わう。《移動鍵》でワールドカップに跳んだことを思い出す感覚だ。このくらいの感覚ならば、『姿あらわし』を覚えた際に失敗することはないだろうと確信する。

 ぐるぐると世界が回転し始めたことを確認したハリーは、静かに目を閉じる。ピカピカのナイフになるよう殺意を研ぎ澄まし、右袖の中へと隠していた杖を滑らせて右手の中に握りこむ。

 再び地面に足の裏がくっついたことを確認したハリーは、眼を開いて眼前へと杖を向けた。どうやら誰もいないと見える。気配もなし。英国魔法省の巨大な吹き抜けホールに、合計で一〇基設置されている暖炉のうちひとつに到着したらしい。

 杖を構えながら暖炉から出ると、続いてロンがエメラルドグリーンの炎に包まれて姿を現した。慣れた様子で出てきた彼は、ハリーが臨戦態勢に入っている姿を見て、慌てて杖を懐から引き抜いて構える。

 ハーマイオニーがよろけながら暖炉から出てきたあとは、フレッドとジョージが珍しく黙ったまま暖炉から登場する。五人はそれぞれ別の方向へ杖を向けながら、急いで神秘部を目指して速足で歩き出した。

 

「誰もいない。今のうちにエレベーターに乗るんだ」

「地下の九階だ。パパにせがんで行ったことがある」

「「さぁ行こうハリー」」

 

 フレッドとジョージが交互に話し、それを黙って頷いたハリーはエレベーターの方へと向かう。マグルの作り出した科学の英知であるエレベーターを、なぜ魔法界にあるのかという疑問はこの際置いておく。どうせホグワーツ特急のように、マグルの骨董品を手に入れて魔法で改修したのだろう。

 守衛室の隣を通る際に、ハリーはそこに誰もいないことが気にかかった。ロンが言うには、魔法省という政府の中枢にあたる建物にガード魔ンがいないことは、通常ありえない。事務職員などは午後五時で帰宅するが、ガード魔ンや闇祓いなどといった安全を確保する職務に従事する職員は、交代勤務で常に誰かしら魔法省に居るようにしているのだ。つまり、明らかなる異常事態であった。

 死喰い人の一人や二人とは戦闘すると思いきや、何の障害もなくエレベーターまでたどり着く。すでにハリー達のいる一階にとまっているエレベーターは、下へ続くボタンを押すと金の格子扉を開いて、ハリー達を迎え入れる準備を完了させる。

 

「……ねぇハーマイオニー。エレベーターに、罠とかあると思うかな?」

「『インスペクティオー』、暴き出せ」

 

 ロンの不安がる声に対するハーマイオニーの返答は、『調査呪文』の詠唱であった。

 ハーマイオニーの杖先から軽い調子で飛び出した、淡い白の魔力反応光は球体になると、エレベーターの中へと飛び込んでその身を一瞬で膨張させる。エレベーターの中を白の光が埋め尽くすと、ハーマイオニーの脳内にその中身の情報が飛び込んできた。

 目を丸くするロンと口笛を吹いて才女を称賛する双子を放っておいて、ハリーがハーマイオニーに目を向けると、小さく首を横に振られた。

 

「何もないらしい。行こう」

 

 来いと手で示し、全員がエレベーターに乗る。

 ジョージが九階のボタンを押すと、格子扉がガチャガチャとやかましい音を立てて閉まり、ゆっくりと下降する。ロンがそわそわして落ち着かない様子なのは知っているが、構ってやる余裕はない。

 ハリーにとって、友人を救うために敵へ立ち向かうというのは、初めての経験だ。もちろん、ハーマイオニーやロンにフレッドとジョージもそのような経験はない。こんなことならば、ハワードやトンクスといった闇祓いとして働いている友人に救出任務の際にどうしていたかといった話を聞いておけば良かった。

 がりがりと黒髪を掻いて、ハリーはランプが点灯する階数表示をにらみつける。地下四階……地下五階……、あまりにも遅いエレベーターの動きに、ハリーは時代遅れのアンティークめと毒づいた。

 

「きゃあ!?」

 

 するとエレベーターは、まるでハリーの罵倒に抗議するかのように室内の電気を消してしまう。驚いたハーマイオニーが短い悲鳴を漏らすものの、ロンのぶざまな狼狽えようにはかなわなかった。さらに、がこんと危なっかしい音を響かせて、エレベーターがその動きを停止する。

 フレッドとジョージが明かりの消えた天井を見つめ、ハリーもまた同じところを見る。

 

「……フレッド、ジョージ。このあと、どうなると思う?」

 

 ハリーが双子に視線を向けると、すでに天井に向かって杖先を向けている双子に、笑って返される。

 

「僕達なら、エレベーターとかトイレとか、逃げ場のない場所で襲うね」

「そうそう。相手の嫌がることを喜んでやっていくのが、喧嘩の鉄則さ」

 

 双子が同時に『断割呪文』を飛ばすと、天井の一部が硬質な金属音と共に割れる。

 ロンとハーマイオニーが驚いて悲鳴を漏らすも、ハリーは『身体強化』を使用して、開いた穴からジャンプして飛び出す。エレベーターのかごの屋根には初めて乗ったが、薄暗くて埃臭い閉所であるため、あまりいい気分はしなかった。

 それよりも問題は、エレベーターのロープが変色しているということだ。別に本来の色は知らないが、少なくともハリーの目に映るように、薄桃色に発光しているなんてことはあるまい。

 明らかに、なにかしらの魔法をかけられている。具体的には、きっとこのままエレベーターに乗っていれば死んでしまう類の、悪意ある魔法が。

 

「跳べ!」

「なんだって!?」

 

 ハリーの切羽詰まった声にただ事ではないと思ったのか、ロンが上ずった声で返してくる。

 それに対して懇切丁寧に説明してやる時間など、当然あるはずもなく、ハリーは猫のようにしなやかな動きでエレベーターのかごの中へ着地すると、ハーマイオニーの体を横抱きにしながら叫ぶ。

 

「いますぐエレベーターから脱出するぞ!」

「でも、どうやって!? まだ地下五階だし、扉が開いていない!」

「「こうするのさ、ロニー坊や」」

 

 ロンの必死な叫びに、半笑いのままフレッドとジョージがエレベーターの格子扉に向けて魔法を放つ。それは格子を派手に溶かし、密室状態のエレベーターを解放する。

 どうやら地下四階と地下五階の間で停止したらしく、腹ばいになれば、ようやく人が通れるほどの隙間が見えてきた。もちろん、通り抜けている最中にエレベーターが動き出せば……その先はあまり想像しない方がいいだろう。

 

「と、通れるわけないだろ。こんな危ない隙間」

「だったら通してやろう」

「お礼は要らないぜロン」

 

 ジョージがロンの脚に自分の足を引っかけて、優しくその場に転ばせる。人間を一人蹴り倒したというのに驚くほど少ない衝撃であったが、しかしエレベーターは不穏な音と共にがくりと数センチほどその高度を下げる。

 双子の兄が何をする気なのかを察したロンは、甲高い悲鳴を上げた。それに構わず、フレッドは杖を振ってロンの体を地下五階の出口に向かって吹き飛ばしてしまう。

 ずさぁと音を立てて滑り出て行ったロンは、何かに当たって止まったらしく衝突音と痛そうな呻き声が聞こえてきた。続いてジョージがエレベーターから滑り出て、フレッドもそのあとに続く。

 しかし、その瞬間。エレベーターの天井にあるロープが、連続したぶちぶちという音を立てて、しまいには大きくばつんという音を響かせて千切れてしまう。一瞬の浮遊感に気持ち悪さを感じる暇もなく、エレベーターが重力の鎖に引きずり降ろされてゆく。ハリーは心臓が止まる思いがした。

 

「フレッ――!?」

 

 ぢりっという音が、ハリーの耳朶を打つ。

 体重が軽すぎるために浮き上がりそうになりながらも、考える間もなくフレッドのいた床へ目を向ければ、そこには赤毛がほんの少しだけ残されていた。ギロチンのように千切られた首が残されているわけではない。多少の髪の毛で済んだことは、幸運であった。

 

「ハーマイオニー! ハリーッ!」

「ロンと双子はそこにいてッ! 呼ぶまで来るんじゃない!」

 

 ロンの絶叫が聞こえるたので返事を叫ぶも、ドップラー効果を伴って遠ざかってゆく。魔法省がいったい地下何階まであるのかは知らないが、もう確実に地下九階は通り過ぎている。

 ハリーは絹を裂くような悲鳴を上げるハーマイオニーを抱きしめなおし、その両足に魔力の流れを集める。エレベーターのかごの床を破壊する勢いで蹴り飛ばし、ハリーは青白い光をまとって天井の穴から勢いよく飛び出していった。

 ハーマイオニーを落とさないよう強く抱きしめ、轟音を立てて落ちてゆくかごを尻目に、ハリーは壁を蹴り続けることで徐々に落下してゆく。

 

「きゃああああああああああ!?」

「強く抱きしめて! ぜったいに離すなよ!」

 

 地下何階まで落ちてしまったかはわからないが、とにかく上を目指すしかあるまい。

 三角飛びの要領で次々と壁を蹴りながら、ハリーは上を目指してゆく。ぎゃりぎゃりと金属の擦れる耳障りな音を立ててエレベーターのかごが落下してゆくことを考えるに、もうしばらく経てばあれは一番下まで落下しきる。そうなれば爆発とか、爆発とか、爆発とか、きっとそのあたりの事態に発展するだろう。ハリーはエレベーターの構造に詳しいわけではないが、ろくでもない未来になることだけは分かる。

 何階でもいいので、とにかく閉まっている格子扉を蹴り破って入らなければなるまい。それもどこでもいいわけではない。なるべくエレベーターのかごが落下することによって発生する衝撃を回避できるよう、一階でも高い階のドアから逃げるべきだろう。そう思って頭上を見上げ、そしてハリーは手近な扉が殴りつけるような音と共にひしゃげて開かれ、黒いローブを被った人物が飛び込んできた姿を目にする。

 その数は三人。その全員が、顔面を狼のそれに変化させている。間違いなくフェンリール・グレイバック配下の狼人間たちだ。

 

「いたぞッ! どっちだ!?」

「黒髪のチビがハリー・ポッターだ!」

「生きてさえいれば、四肢を千切って構わん! 違う方のガキは殺せ!」

 

 彼らもまた、ハリーと同じようにエレベーターの狭い空間において壁を蹴りつつこちらへと落下するように向かってくる。その全員が、杖を使わず自前の爪で襲い掛かってくるようだ。

 舐められたものである。

 

「ハーマイオニー、戦闘に入る! 舌を噛むなよ!」

「き、気を付けてッ!」

 

 大声で叫んだハリーの声を聴いたハーマイオニーの激励を受けて、ハリーは口角を釣り上げて加速する。さらに脚へ回す魔力を増量し、よりパワーを増したのだ。それについてこれなかった死喰い人のひとりが、着地点をハリーと同じくしてしまう。慌ててその場から離れようとするものの、ハリーの動きの方が速い。逃げる間もなく、哀れな死喰い人はハリーの踏み台とされてしまう。

 肺から空気のみならず胃の中の物さえも吐き出しつつ呻く彼は、ハリーとハーマイオニーという女子とはいえ人間二人分の体重を、車のように加速した状態で背中に受けたのだ。気色悪い骨の折れる感触をハリーの足の裏に伝え、彼は力なくそのまま暗い口を開く昇降路を落ちていった。

 仲間の一人がやられたことで憤怒の声を叫ぶ死喰い人のひとりが、ハリーとハーマイオニーめがけて突っ込んでくる。上昇するためにそれを回避したハリーは、もう一人が避けた先の着地地点へと突っ込んでくる姿を強化した動体視力で見逃さなかった。杖を抜き放ち、『魔縄』を壁に撃ち込んで巻き取ることで、無理やりに三角飛びの軌道を変える。

 それによって二人の死喰い人を回避したハリーは、迷うことなく次々と壁を蹴って上を目指してゆく。

 

「逃がすな! ここで仕留めるんだ!」

「わっ、分かってるッ!」

 

 切羽詰まった叫び声が下方から聞こえると同時、先ほどまでとは段違いのスピードで二人の死喰い人が追いすがってくる。ちらと下の方へ目を向ければ、どうやら足で壁を蹴るだけでなくその強靭な手を壁に突き刺して、まさに狼のように四肢を使って壁を駆けあがっているのだ。

 このままでは追い付かれる。それに先ほど一人を倒せたのは、不意打ちによるものが大きい。流石のハリーでも、ハーマイオニーを抱えて両手を封じられ、杖も使えぬ上に彼女を気遣う必要がある状態であれば、まともな戦闘に入ることはできない。

 それならばとハリーは決断し、ハーマイオニーを抱える手を緩める。

 

「ちょっとごめんよ」

「へッ?」

 

 要するに、彼女を手放したのだ。

 間の抜けた声を漏らして、ハーマイオニーの体は落下してゆく。よもやハリー・ポッターが友人を落とすとは思っていなかった死喰い人達は、甲高い悲鳴を上げながらすぐそばを落ちてゆく彼女に驚きながらも、無視して二人同時にハリーへとその爪を振るう。

 袖から飛び出した杖を振るって魔力刃を創り出し杖にまとわせると、狼人間ふたりの爪を受ける。その膂力は人間の比ではなく、ハリーの華奢な体は大きく吹き飛ばされた。

 攻撃が当たったことで口汚く叫ぶ死喰い人だったが、ハリーが距離を取るためにあえて受けたのだと気づく機会は、もう彼らには残されていなかった。

 くるりと手首のスナップだけで杖を振るったハリーは、その魔力反応光を死喰い人の片割れに向かって放つ。空中に居ながらにして姿勢を崩すことで反応光を避けた死喰い人は勝利への笑みを浮かべるものの、自身の背中を強く殴られる衝撃に一瞬だけ意識を飛ばしてしまう。昇降路の壁を大蛇へ『変身』させて彼の両手足を縛らせた後に『変身』を解除する。これで鉄の塊に巻き付かれた、かわいそうな死喰い人の完成だ。

 手足を動かすこともできず、野太い悲鳴を上げて落下してゆく仲間を見て最後の死喰い人が吠える。壁を蹴って最後の死喰い人へと一直線に向かうハリーへ、彼は爪を振るって迎撃する。

 刃と爪が火花を散らし、ふたりは落下しながら切り結ぶ。時折壁を蹴って威力を増した攻撃を仕掛けるものの、死喰い人もハリーも互いに攻撃を通すことができない。

 イラついた死喰い人がしびれを切らし、その狼人間の顎を用いて咬みついてくる。ハリーが狙ったのはその瞬間であった。ばちんという信じられないような音を立てて閉じられた口をめがけて、ハリーは強化された拳を打ち込む。顎を殴り抜かれた死喰い人は、己の視界が白く明滅する感覚を覚えた。

 脳を揺らされて前後不覚になった敵を前にして容赦するような心は、この少女はすでに持ち合わせていない。死喰い人よりも下に位置していた彼女は、壁を蹴って威力を増した蹴りを死喰い人の胸へと叩き込んだ。 

 『身体強化』の影響もあって、死喰い人は肋骨を折られながら胃の中の物を空中にばらまいて呻き声を漏らす。確認はしていないが、間違いなく意識は奪ったであろう。一方で死喰い人を足場に加速したハリーは、まっすぐエレベーターの昇降路内を落下してゆく。杖から魔力を放出してミサイルのような速度を出すハリーは、未だ悲鳴を上げて落下する拘束された死喰い人を追い越し、同じく絹を裂くような悲鳴を漏らして落下しているハーマイオニーを抱きとめる。

 そしてすぐさま壁を蹴り、格子扉へと背中から体当たりしてぶち破る。その先は驚くことにロンとフレッド・ジョージの三人が待っていた。それを一瞬の動体視力で見つけながらも、ハリーとハーマイオニーは落下の勢いを殺しきれずに床を転がる。だが、そうのんびりもしていられない。しかしハリーの思惑を読んでいたのか、床を滑りながらもすぐに起き上がったハリーが目にしたのは、ジョージが杖を構えて叫んでいる光景であった。

 

「『フェネストラ・パリエース』、塞げ!」

 

 ジョージが『閉塞呪文』を叫んで、杖先から魔力反応光を射出する。それは砕け散った格子扉を再構成して、新たな壁に変えてしまった。これで、彼らはハリー達と同じ場所へ逃げ込むことは不可能になった。

 絶望の色を含んだ長い悲鳴が二つ、壁の向こうを通り過ぎて下方へと落ちていった。運が良ければ、死なずに済むだろう。致命傷とまではいかないが、重傷を負わせたのだ。それでなくとも、あの昇降路内を一番下まで落下すれば命はないように思える。ここは、彼らの生命力に勝手に期待させていただこう。ハリーは自らすすんで人殺しにはなりたくないが、敵を心配する必要など、どこにもないと考えているのだ。

 

「クソ野郎どもめ、エレベーターを落とすか普通。だいじょうぶ、二人とも?」

「熱烈な歓迎だったよ。ハーマイオニー、怪我はない?」

「はあッ、はあッ……。だ、大丈夫。オーケイよ。でも後で覚えてなさいねハリー」

「覚えていたらね。ちょうど地下九階に逃げ込めてよかった。よし、行こう」

 

 ロンとハリー、ハーマイオニーの会話に、フレッドとジョージは苦笑いする。

 エレベーターを落とされ、そこから脱出する際に死喰い人に襲われたというのに平常心で会話をできるくらいには、後輩の三人組は修羅場を潜り抜けてきているのだ。その中に甘えん坊ロニー坊やがいるという事実もまた、双子の表情に苦みを加えている。二代目悪戯仕掛け人として、弟などに負けてはいられない。兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえのだ。

 これから先の道でも、死喰い人から不意打ちで襲撃を受ける可能性がある。それ懸念したハーマイオニーは、慎重に進んでいこうと提案する。しかしハリーはそれを一蹴した。チョウ・チャンが拉致されてしまった以上、彼女が無事でいる保証はないのだ。ゆえにハリーは、チョウ・チャンのもとまで一直線に駆け抜けることだけを考えていた。

 

「遅かったら置いていくぞ!」

「『身体強化』したあなたに追い付けるわけないでしょう!」

「ああ、もう! 『カレス・エイス・ケルサス』、神秘よ!」

 

 駆けだしたハリーは、ある程度は速度を抑えてはいるものの、人間が走って追い付けるような速さではない。焦ってそのことに気づいていないのか、青白い軌跡を残してハーマイオニーたちを置き去りにしてゆく。

 ロンが『固有魔法』を発動して、魔法省の床を素材にチェス・ゴーレムに変えてしまう。ナイトを模した騎兵人形を選んだのは、ハーマイオニーと双子も一緒に乗せて移動するためだろう。

 チョウ・チャンを拉致した相手は、よりにもよってグレイバックなのだ。彼女の命が心配なのはもちろん、見目麗しい女性である以上、犯罪者集団に取り囲まれていては、女性として死より辛い目に遭うことも考えられる。さらに狼人間であるグレイバックが戯れに咬みつけば、それだけで彼女の人生は大きく変えられてしまう。ルーピンの事情を知っている以上、彼女が順風満帆な人生を送れなくなることだけは確かだと断言できる。

 神秘部は双子が言っていたように地下九階に位置している。その廊下は一直線に続いており、不気味なデザインの廊下がまっすぐ伸びた向こうには大きな扉が待ち構えている。その向こうに、神秘部と呼ばれる部屋があるのだろう。

 そしておそらく、敵も待ち構えている。そう考えたハリーは躊躇なく杖を振るうと、扉を吹き飛ばしながら部屋へと駆け込んだ。すると部屋は円形になっており、そのすべての壁面にドアが設置されている。

 ハリーが困惑すると同時、部屋が高速で回転し始めた。しかしハリーの立つ床には何も変化がないので、おそらくこれは壁だけが回転しているか、またはそう見えるよう幻術が仕掛けられているのだろう。きっと、侵入者への対策としてどこのドアから入ってきたか分からないようにするための魔法だとハリーはあたりを付ける。回転が収まった直後に、ハリーは背後を見た。吹き飛ばされて開きっぱなしのドア(だったもの)が見える。こうなっては、魔法省の対策も無意味だろう。

 

「ハリー、どこに入るんだ?」

 

 大理石の騎兵に乗ったロンたちがハリーに追い付いて、そう尋ねてくる。

 数々の扉は、ひとつひとつ開けて調べていれば日が暮れてしまうだろう数が見られる。だからといって適当な勘で探り当てるのも、また確実性がない。ハリーは試しに『探査呪文』を唱えてみるも、淡い水色の魔力反応光はしばらく杖先でもたもたしたのち、風に吹かれるろうそくの火のように消えてしまった。

 さてどうしたものかと焦る頭で考えるも、名案が思い付くわけではない。

 ハリーらが顎に指をあてて考えるうちに、たくさんある扉のうちハリー達から見て右側にあるひとつがパッと開く光景を目にした。明らかに魔法を感じさせる開き方に、ハリーはこの場に死喰い人が飛び込んでくることを考えたが、しかしそういう事態には陥らなかった。

 扉の向こうに、ルシウス・マルフォイが立ってこちらを眺めてるだけだ。

 

「……明らかに誘われてるけど」

「行くか? マルフォイのパパだぞ?」

「……明らかに罠としか思えん」

「行くよ。結局ヒントは彼しかいない」

 

 幾分か逡巡したのち、ハリー達はルシウス・マルフォイのもとへと歩みを進める。

 ほかに死喰い人の姿は見えない。『身体強化』の魔法をずっと発動し続けているハリーは、鋭敏にした感覚で伏兵がいないことに気づいていた。本当に、この場にいる死喰い人はルシウスのみ、彼だけなのだ。自信があるというべきか、なんというべきか。

 

「お久しぶりですな、ハリエット・ポッター」

「久しぶり、ドラコとスコーピウスのパパ。それで、何をしにここへ?」

「おっと、杖は向けないで欲しい。敵対しに来たわけじゃない」

 

 いけしゃあしゃあとのたまうルシウスは、余裕を保ったままハリー達へ背を向けて歩き出す。ロンはこの隙に『武装解除』してしまえばいいと小声でハリーにアドバイスするものの、それは無視することに決めた。まだその機ではない。

 

「ハリエット嬢、フェンリール・グレイバックに傷を負わせたそうだな」

「仲間をやられて怒り心頭ってか、マルフォイ」

「答えはノーだ、ウィーズリーの末弟よ。あれは私も嫌いな男だ、スカッとしたよ」

 

 すまし顔でそう答えるルシウスに、ロンが訝しげに呻く。

 ハリーは四年生のヴォルデモート大復活祭のとき、彼と対峙したことをよく覚えている。彼の魔法の腕を。彼の見せた、自分以上の戦闘力を。

 通常の魔法戦闘においては、無駄話などする方が難しいとされている。なにせ呪文を叫ばなくてはならないのだから、余計なことをしゃべる暇があれば『武装解除』のひとつでも叫んだ方がいいのだ。

 一方でルシウスは、呪文を発声せずに魔法を発動する『無言呪文』の達人である。一度の対峙で、三十発の『武装解除』を浴びせられたことは鮮明に記憶にこびりついている。ドラコにも教えているようで、彼もまた『無言呪文』を得意としている。さらに二年生のとき、ハグリッドが秘密の部屋の怪物を再び解き放ったという無実の罪でアズカバンへ送られる際に見せた、ジュージュツにもにた体術。魔法を貴ぶ純血主義者のくせに、魔法を使わぬ格闘の術を会得しているのが、目の前にいる英国魔法貴族マルフォイ家当主のルシウスという男なのだ。

 こうして油断して背を向けて、杖をステッキの中に仕込んだままの状態でいる隙だらけの状態というのに、ここで不意討つことは悪手であるとハリーは直感している。

 

「グレイバックが拉致してきた女生徒。魔法運輸部のヴァネッサ・チャンの娘だが、あれは生きている。私が個人的に保護しておいた」

「……どういうつもりだ?」

「今この時点で、ホグワーツの生徒に無用な犠牲を出すわけにはいかん。それは私の考えでもあり、帝王の意向でもある。あれは完全にグレイバック個人の暴走だ。まず間違いなく、怒りを買うことだろう」

 

 ルシウスの言葉をすべて信じることはできないが、しかしそれが事実ならば、ハリー達は彼に借りを作ってしまったことになる。命の借りは重い。彼の発言が事実かを確かめるまで、ハリーらは行動を制限されてしまったことになる。それに気づいたハリーは苦い顔をして、ハリーが気づいたことを察したルシウスはくつくつと含み笑いを漏らした。

 長い廊下を歩き、脳みそがぷかぷかと浮かぶ水槽が並べられた不気味極まりない部屋を通過する。そして辿り着いたのは、《逆転時計》がたくさん棚に納められた部屋だった。出口の扉が二つあり、片方は明らかに魔法で作製された即席の扉だった。ここは神秘部の最奥、これを抜ければもう部屋もないだろうという場所までやってきたのだ。

 

「では、要求を伝える」

「聞けるわけないだろう!」

「チャンの娘は、右の扉の向こうにいる。グレイバックが連れてくる際に殴ったようで意識を失っているが、命に別状はなかろう」

 

 こちらとしては都合のいいことだが、まさに至れり尽くせりで、本当に彼が何を企んでいるのか理解できない。死喰い人の、しかもリーダー的存在である彼がハリー・ポッターの助けになるという事は考えづらい。

 フレッドが警戒しながらも扉を開けると、確かにそこにはチョウ・チャンが縛られた状態で事務机に付随している豪華なソファに座らされていた。慌ててロンとジョージが駆け寄って彼女に呼びかけるも、気を失っているというのは本当のようだ。

 ルシウスはいったい何がしたいんだと考えながらフレッドとハーマイオニーに続いて部屋へ駈け込もうとすると、ルシウスはふと思い出したかのようにハリーを呼び止めた。

 

「待ちたまえ、ハリエット・ポッター。君にはお願いがあるのだ」

「なに?」

 

 警戒心をむき出しにして、ハリーはその足を止める。

 ルシウスはステッキの頭に取り付けられた銀色の蛇の装飾を指先で撫でながら、ハリーの姿を眺める。父親譲りの真っ黒な髪に、母親譲りの顔つき。アーモンド形の目つきも母親にそっくりなのだろう。瞳の色は、ポッター夫婦のどちらとも違い、ワインレッドに染まってしまっている。二年生の最後、ドビーの件で謝罪したときはリリー・ポッターと同じエメラルドグリーンであったため、憤怒と憎悪が彼女の色を変えてしまったのだろう。いまはルシウスに対して、訝し気な表情を隠しもせず向けている。体つきは実に女性らしく成長しており、謝罪した時のように少年と見間違えるようなことはないだろう。

 二人の息子からの評価は、それを見る視点が兄のものか弟のものかによって、一変して違う。弟スコーピウスからは、高慢で嫌な性格のマヌケ女と評される。挑発してもとぼけた返答でうやむやにされることが多いといら立っていたが、それはおそらく愚息をからかって遊んでいるいるだけなのであろう。兄ドラコからは、力を求める愚かな女と言われる。闇の帝王に抵抗するための力を身に着け、事実彼女は六大魔法学校対抗試合において十分な力を見せつけた。ドラコの事情を考えれば、嫌そうな顔をしながらもそう評価するのは納得だろう。

 そしてルシウスからの評価は、一言で表せば未熟な闇祓いのようだと言える。闇祓いの卵のように周囲を警戒し、敵地にいるという認識ができているため周囲に気を配り、なおかつ会話しているルシウスに対する警戒も怠っていない。そして、会話をするという選択をした時点で未熟である。

 

「君にはしてもらいたいことがある」

「内容によるかな」

「ヴァネッサ・チャンの娘を助けた借りがあるはずだが?」

「ヴォルデモートを倒す一助になるなら、踏み倒す恥知らずにだってなれるさ」

 

 帝王の名を間近で口にされてぎくりとするも、ルシウスは平静を装って話をつづける。

 その動揺をハリーは見逃さなかったが、プライドの高いであろう彼を無意味に刺激するのは賢い選択ではないと分かっているので、それを指摘することはなかった。

 

「予言を封じ込めた水晶玉というものがあってだね。それは予言された本人しか干渉できないとかいう、奇異な魔法がかかっているのだ。無論、触れられぬ上に魔法も効かない」

「それがこの魔法省に保管されているとでも?」

「その通り。もう察しているとは思うが、」

「それを、ぼくに取ってこいと」

「左様」

 

 ルシウスがステッキを向けると、チョウがいる部屋とは別の扉が音もなくぱっと開いた。

 その向こうにはハリーの見たこともないほど背の高い棚が並んでおり、よく目を凝らして見てみれば、そこには水晶玉らしきものが収められている。それが何百、何千と飾られているのだ。いっそ不気味な光景でさえある。

 ハリーは不思議そうな顔でルシウスを見上げると、彼はつまらなそうな顔で言う。

 

「我が君が、予言をご所望だそうだ」

 

 やはりヴォルデモートが欲しがっているのだろう。

 そうと決まれば、もうその水晶玉はルシウスの目の前で叩き割ってやるほかあるまい。

 

「ハリーを一人で行かせるとでも思ったか、マルフォイ?」

「いや、思わんが。しかしウィーズリーの末弟よ、チャン家の娘はどうするのだ」

 

 いつの間にか話を聞いていたらしいロンは、咬みつくようにルシウスへ言葉を投げつけたが、そう指摘されてアッと息をのんだ。

 呆れた顔をするルシウスに何でもいいから文句を言おうとしたのか、口をパクパクと動かすものの何も言えずじまいとなってしまう。そうしているうちに、彼女を抱えたフレッドとジョージがこちらへ戻ってきた。

 その表情に悲痛なものはないあたり、チョウ・チャンには本当になんの傷もないらしい。下手をすれば生きてはいてもグレイバックに咬まれているかもしれないと考えていたハリーにとって、それは朗報でもあった。しかしそうなると、ルシウスの指摘した通りに彼女をどうするのかといった問題が浮上してくる。意識を失った少女を抱えたまま死喰い人と戦闘できると思うほど、ハリーは愚かではない。

 

「僕たちが連れて帰るよ」

「こればかりは仕方ない」

「君の助けになればと思ってついてきたけど、まさかこんな早く離脱するとはね」

「まあこれも助けになることには間違いないし、ついてきた甲斐はあったかもな」

「フレッド、ジョージ……」

 

 双子が申し出てくれば、ハリーにとって否やはない。

 正直言って、この中で戦闘力で劣るのはこの双子だ。トリッキーな手段を用いて翻弄することは得意かもしれないが、なにせDAの戦闘訓練を始めたのは今年からであり、彼らには地力が足りない恐れがある。ロンとハーマイオニーは修羅場を経験してきたという強みがあり、ハリーには扱えない『固有魔法』による独特な戦術がある。足手まといにはならないのだ。

 それじゃ、頼む。と言いづらそうにしながらも頼めば、双子は快活に笑って引き受けた。華奢な少女であろうとも、意識がない状態では驚くほど重くなる。フレッドはチョウの両手を持ち、ジョージは彼女の両足首を持って飛ぶように近場の暖炉に向かって走っていた。およそ思春期の少女に対する仕打ちではないが、死喰い人と遭遇する危険性を考えれば移動速度がはやいに越したことはない。

 双子があっという間に姿を消してしまうと、ルシウスがかつかつと高級そうな靴の音を立てて水晶玉の部屋へ歩いて行ってしまう。それについていくと、天井が見えないほどに高く広い部屋へ入ってしまった。水晶玉がずらりと並ぶさまは壮観でもあり、やはり不気味でもあった。

 

「あれだ。あれが帝王の欲するらしき予言の水晶玉だ」

「『一九八一年十一月一日 闇の帝王とハリエット S.P.T.』? 何だこれ?」

「帝王と君に関する予言だ。手に取って、私に渡してくれたまえ」

 

 ハリーは水晶玉を乗せている小さな台座に張られているラベルに目を付けて読み上げるも、特に興味なさそうに言うルシウスに従って予言の水晶玉を手に取る。

 そして息をする間もなく、即座に全力で床へたたきつけた。

 

「これで可愛い帝王ちゃんの目論見はご破算だよね」

「いや、そうでもない」

 

 ふふんとしたり顔でルシウスに言い放てば、相変わらず落ち着いた声で返答がされる。目の前でヴォルデモートの望むものを破壊したのだから、てっきり大慌てするものかと思えば、いやに落ち着いている。

 不思議に思ってルシウスをよく見てみれば、その手には先ほどハリーが床で叩き割ったはずの水晶玉がおさめられていた。キャッチしたのか? いや、そんなことはできようはずもない。あらかじめ床に何かの魔法を仕掛けておいたとしか思えない。例えば、ハリーが女子トイレでシリウスの『両面鏡』にそうしたように、水晶玉が割れぬよう床に魔法空間を開いておいたとか。

 

「……」

「考えていることが見え見えだ。今後はもう少し、ポーカーフェイスを保つといい」

「…………ご忠告どうも」

 

 水晶玉を魔法空間へしまいながら余裕たっぷりに言うルシウスに向かって、袖口から飛び出させた杖を振るって向けるものの、しかし魔力を練り上げる前に、その杖が手の中から引き抜かれてしまった。

 たしかに距離は近かったが、まさか自身の手から魔法も使わず杖を抜き取られるとは。完全に不意打ちで魔法を放つつもりが、逆に不意打ちのようにやり返されてしまった。まさか、バカな。とハリーは息をのむ。ハリーの肉体に張り巡らされた『身体強化』の効果は切らしていないし、そもそも、この呪文を得意としているウィンバリーのように途切れさせず常に発動し続けることさえ可能になったのだ。彼は、その反応速度を上回ったとでも言うつもりか。

 伸ばしたままの右腕へ蛇のようにルシウスの左手が這いより、円状にハリーを振り回したかと思えば思いっきり吹き飛ばされてしまった。それに驚いたのはロンとハーマイオニーであり、自分たちへ向かって飛んできた親友の体を咄嗟に受け止めたことで団子になって倒れこんでしまう。

 珍しく呆然としたハリーを見下ろしながら、ルシウスは言った。

 

「落ち着きたまえ」

 

 口汚くクソッと漏らして、自分を支えるハーマイオニーの手を振り払ってハリーは立ち上がる。勢いよく手の平をルシウスへと向ければ、彼の手に握られていたハリーの杖は主のもとへと飛んで戻ってくる。

 そして再びルシウスへ呪いをかけようとするものの、ステッキをひょいと振るうことで数えるのも面倒になる本数の『武装解除』の魔力反応光が飛んでくる。近距離にいたハリーはそれを避けきることができず、ばちんと肌を鞭でたたかれる音と共に、再び杖を奪われることになってしまった。

 

「ハリエット・ポッター。今後とも息子たちと仲良くしてやってくれ」

「……このタイミングで、いきなり何を言い出すんだ」

「私はもう家に帰るからさ。ほら、とうに定時を過ぎている」

 

 のんきに懐から銀の懐中時計を取り出し、午後七時をすぎている針を示す。

 ハリーに杖を投げ返しながら言った小粋な冗談のつもりだろうが、ハリーにとって今は笑うべき状況ではなかった。それを気にせず、かかとでくるりと一回転したルシウスは『姿くらまし』しつつ、口角を持ちあげて最後に台詞を残していく。

 それは周囲でいくつも鳴り響く空気の押し出される音と、ほとばしる魔法式が視えたことで、会戦の合図であることを知らせていた。

 

「もっとも、君が無事に帰れたならばの話だがね」

 

 ルシウスが姿を消すタイミングと、白い髑髏の面をつけて黒いローブを纏った者たちが姿を現すタイミングは完全に同時。彼らの手には杖が握られており、すでに魔力を練り終えて発動する寸前である。

 咄嗟に伏せろと叫んだハリーは、ロンとハーマイオニーがともに床へ伏せて赤い魔力反応光を避けたことを確認すると、一番手近にいる死喰い人へ青白い軌跡を残して襲い掛かった。

 

「ぐッ、ご!?」

 

 隙だらけの顎を殴りつけて、黄ばんだ白い欠片と赤い飛沫を飛ばすことで意識を奪い、その身体を砲弾代わりに蹴り飛ばす。すると狙い通りに杖を向けてきていた魔女に直撃し、もんどりうって倒れこむ。

 振り返りながら魔力を練り、背後から『死の呪文』を撃ち込もうと叫んでいた死喰い人へ無言呪文で『武装解除』を放つ。断定には早すぎるかもしれないが、この場にいる死喰い人は全員呪文を発動する際に叫んでいるので無言呪文を習得している者はいないのだろう。随分とお粗末な刺客を差し向けてきたものだ。

 ハリーは続けて何らかの呪文を撃ち込もうとしていた男女の死喰い人の間を風のように通り抜け、奥にいた大柄な死喰い人がその顔を狼人間のそれに変えようとしている隙をついて、駆けながら突き刺すように『失神呪文』を撃ち込む。

 狼人間特有の耐性によって一瞬息の詰まった大柄な死喰い人は、『失神』の効果に耐えたようで変身を完了させたが、その時にはすでにハリーが背後で飛び上がっていた。それに気づいて振り返れば、その顔面に彼女の杖が叩き込まれる。杖には赤い『失神呪文』の魔力反応光がまるでハンマーのようにまとわれており、大柄な死喰い人の顔を打ち抜いて、今度こそ彼の意識を『失神』させて闇へ沈めた。

 着地して振り返れば、ハリーが追い抜いた男女の死喰い人がその膝をついて、倒れこむところであった。二人が床に倒れ伏したその先には、起き上がって杖を構えているハーマイオニーとロンの姿がある。二人ならば、ハリーがわざと見逃した死喰い人をきちんと仕留めると確信していたからこそ、任せたのだ。

 襲撃してきた死喰い人たちを一分もかからず片付けたハリー達は、迷わず魔法省から脱出する選択をした。チョウを助けた以上、もうここにいる必要はない。呼び出したグレイバックが怒り狂うだろが、そんなことは知ったことではないのだ。勝手に怒って、勝手に狂っていればいい。

 

「――、ちっ」

 

 しかし物事は、そううまくは運ばない。

 ハリーたち三人が目にしたのは、通ってきた扉の向こうから幾人もの死喰い人がこちらへ駆けてくる姿だった。同じルートを逆走して戻ることはできまい。それに何より、先ほど想像した通りの男が先頭を()()()で駆けてくるではないか。

 いや、想像通りとはいかない。想像以上に()()()いる。おそらく人質として拉致したチョウ・チャンをルシウスに横取りされた怒りもハリーにぶつける気なのだろう。英語になっていない叫び声を上げながら、彼は一瞬でハリーのもとへと接近してきた。

 

()ッターァァァアアアアアアアアアアアアッ! 殺す(ごおう)ッ! 殺す(ごおう)ゥウウ!」

「くそっ! 『ラミナ・ノワークラ』、刃よ!」

 

 杖に白刃の魔力反応光をまとい、ハリーはグレイバックの爪撃を受け流す。

 火花が飛び散り、ハリーの華奢な体は大きく吹き飛ばされた。空中で姿勢を直そうとあがくも、グレイバックは先ほどハリーが『失神』させた大柄な死喰い人を投げ飛ばしたことでそれを砲弾代わりとして空中を泳ぐハリーへ命中させる。

 それによってさらに大きく吹き飛ばされたハリーは、姿勢を直す暇もなく回転しながら予言水晶の大広間を飛ばされ、いくつかの棚にぶつかって床へと転がされる。自分を斬りつけないように、白刃を消すのが精いっぱいだ。

 ハリーの体がぶつかったことによって水晶玉がいくつか床に落下し、叩きつけられ割れてゆく。ぶつぶつと何かを呟く霞のような幻影が現れるも、それは連撃を目論んで駆け寄ってきたグレイバックが踏みつぶしてしまった。

 

「この(はが)と、左腕ェェ。お(あえ)だ。お(あえ)が、奪ったんだァ、()ッターァァア……」

「殺し合う以上は甘ったれてんなよ、バカかオマエ」

「……………………殺す(ごおう)

 

 ハリーの挑発によって理性を飛ばしたのか、低い声でつぶやいた彼は、右腕を尻ポケットへと突っ込む。そこから出てきたのは、例の狼をかたどった仮面だ。

 あれを装備させるのはまずい。そう思ってハリーは杖を振るうものの、『武装解除』の魔力反応光は、なんと彼が顔を突き出し、その歯で噛み砕いてしまった。あまりの離れ業に、目を丸くしてしまった隙をグレイバックは逃さなかった。仮面を顔にかぶせ、その魔力の質をガラッと変化させる。荒々しく品の欠片も感じない魔力は、冷たいベッドのように包み込む悪意をイメージさせる魔力に変貌する。

 

「『モース・ウォラトゥス』……。死の、飛翔ォオ……ッ!」

 

 忘れもしない今年度のはじめ、ハリーが殺害したバルドヴィーノの弟、ハロルド・ブレオのもちいた魔法。いまやグレイバックから感じられる魔力は、ヴォルデモートのそれと同一としか思えなかった。

 この魔法式は、視たところで理解ができない。しかしハロルド・ブレオは明らかにその能力が上昇していたことから、ヴォルデモートのコピーでもしているのだろうか。当てずっぽうの推測でしかないが、グレイバックから感じる魔力の質が別物と言っていいほど変質したことから、当たらずとも遠からずといったところだろう。

 

殺す(ごおう)ッ! 殺す(ごおう)ッ! (ごお)じでやるゥゥウ(ごォお)じでやるぞォオアアアアアアア――――ッ! 『アバダメンブルム』、死の爪ェ――ッ!」

 

 グレイバックが杖先を自らの胸に当てて奇妙な呪文を叫ぶと、彼ののっぺりした指揮棒のような杖は、その毛むくじゃらな胸へと埋め込まれてゆく。ぎょっとしたハリーは、続けてグレイバックが叫びながら右腕を広げて、その五指の先に緑色の爪が噴き出したのを見た。

 ハロルド・ブレオがやったことと、視える魔法式から察しはつく。あの一本一本が、『アバダケダブラ』と同じ効果を持つに違いあるまい。左腕を奪っておいて本当に良かった。あれの手数が倍になると考えただけで、ぞっとする。

 ハリーは小回りよりも間合いを意識して、再び杖にまとわせた白刃は短刀サイズではなく大刀サイズにした。ちょっとでも掠ったら死んでしまうような攻撃など、少しでも遠ざけておきたいのは当然の心理だ。乙女としてもあんな気色悪い爪に近づくなど、ご免被る。

 もはや軽口をたたく暇など、ありはしない。

 大刀を振り回し、次々と振るわれてくるグレイバックの爪を受け流してゆく。日本の魔法学校、不知火のソウジロー・フジワラから基礎の基礎だけでも教わっておいて本当に良かったと思う瞬間である。

 大振りに右手を振り上げたグレイバックの隙を見て、ハリーは素早く大刀を振り抜く。それは狼人間の胸元をすぱっと切り裂いて鮮血をまき散らすも、その手ごたえは堅かった。硬すぎると言ってもいい。致命傷どころか、かすり傷程度にしか考えられないだろう。グレイバックはその右手を思い切り床に叩きつけることで、神秘部の床を砕く。足元がグラついてバランスを崩したハリエットは、たまらず空中へと飛び上がった。

 

「そォごだァッ!」

 

 空中で姿勢制御のできないハリエットに向かって、グレイバックは床に手をついたままの状態で素早く逆立ちすると、その右足を鋭く伸ばしてハリエットに強い蹴りをお見舞いした。

 しかしそれを読んでいたハリエットは、彼の靴の裏に自分の靴の裏を合わせて、グレイバックの蹴りを踏み台のようにして、さらに遠くへ跳んでゆく。周囲の予言の水晶玉が落ちて割れてゆくことも気にせず、二人は神秘部の中を高速で移動しながら刃と爪をぶつけ続ける。

 狼人間は皮膚一枚を斬らせるほどにギリギリで斬撃を躱し、少女は死爪を触れさせないよう大降りに杖を振るう。互いに死線を越え合う近接戦闘は、しかしその実かなりの差が生まれ始めていた。いくらハリーが優秀な『身体強化』使いとはいえ、狼人間の身体能力に、人間が追い付けるわけがないのだ。

 

「ごォラァア!」

「――ッ!?」

 

 グレイバックの雄叫びは、ハリーが咄嗟に杖を振るうのに十分な理由であった。

 死の爪どころか腕のないグレイバックの左腕の切断面が、ぼこぼこと泡立つ。それは闇の魔術に対する防衛術の教師私室で見せた、あの異形腕の出現を予感させる前兆。あの濁流のごとき肉塊に押し流されれば、捕まるのは間違いない。その後、甚振られて死を与えられるというのは簡単に予想できる。

 彼女は『浮遊呪文』を用いて、両者の足場でもあった周囲の棚から無数の水晶玉を吹き飛ばす。それはグレイバックの身体に次々と当たるものの、気にも留めない彼は左腕の切断面から肉塊を噴き出し始めた。自分の集中力を高めることで、クィディッチの試合中にも感じた灰色の世界に入り込んだハリーは、スローモーションのようにその様子を見る。同様に、宙を舞う水晶玉の数々も彼女の視界に飛び込んできた。今までは棚と棚を蹴って空中戦を行っていたが、それではもはや肉塊から逃れるには遅すぎる。

 

「く、ぅ……ッ! 『アニムス・トリスメギストス』、接骨木の力よッ!」

 

 全身から魔力が杖に吸い取られる感覚を覚えながら、ハリーはその全身を青白く輝かせる。宙を舞う水晶玉のひとつに足を乗せ、それが沈む前に次の水晶玉へと飛び移る。それを高速で繰り返すハリーは、光の残像を残してグレイバックから一気に距離を取った。

 その次の瞬間、肉塊の濁流が押し寄せてくる。しかしハリーの身体は、もはや、その津波を置いてけぼりにするほどの速度を叩きだしている。確実に仕留めたと思っていたグレイバックが思わず驚きの声を口にすると同時、その背中へ『武装解除』の魔力反応光が着弾する。

 さらに驚愕の表情を浮かべたグレイバックは、自らの胸から自身の杖がはじけ飛び、加えて右手から『死の光』が解除される感覚を覚えつつも、余剰魔力によってハリーの逃げていった方角へと吹き飛ばされる。きりもみ回転する身体を何とか制御しようとするも、追撃の『射撃呪文』が連続で全身を打ち据えた。

 

「ぐッ、うごォぁぁあああああ!?」

 

 まるでマグルの用いるマシンガンのような魔力反応光を撃ちだしているのは、床に倒れ伏した死喰い人の上で杖を振るう、全身を真っ黒に染めたハーマイオニーだ。

 純血王とやらが残した手記から体得した『固有魔法』によって、彼女は全身を魔力反応光と化している。それによって杖先のみならず全身から『射撃呪文』を繰り出すことができているのだ。

 そんなことはまったく知りえないグレイバックは、小娘にいいように吹き飛ばされている現状と自身に胸が張り裂けそうな怒りを覚えながらも、しかしどうすることもできない。

 加えて、自分が吹き飛んでいく先にはハリー・ポッターがいる。

 不自由な空中にいながらもなんとか姿勢を制御して左腕の肉塊を振るうも、驚くべきことにハリー・ポッターは魔力反応光よりも速く振るったはずの肉塊に着地して、不安定なその上を駆け寄ってきた。流動する肉塊の上を足場にできるという異常事態もさることながら、己の身体を踏みつけられているという事実にグレイバックは、一瞬だけ呆けてしまう。

 そして、それが命とりだった。

 

「は、リィー……ポッターァァアアアアアッ!?」

「終わりッ、だッ! グレイバッァァ――クッ!」

 

 左拳を振りかぶったハリーは、青白く発光するそれを何度もグレイバックに振り下ろす。華奢な少女であるハリーの拳程度、狼人間のグレイバックには何ら問題ないであろうが、それは本来の話だ。

 『身体強化』を超えた『身体昇華』、その呪文は巨人のような威力をハリーの肉体に与えていた。

 

「ぐぶォぁぁぁあああッ!? あァアアッが、ばがァアアアアアアア――――ッ!」

 

 『身体昇華呪文』で人間の限界を超えて強化されたハリーの拳は、一撃一撃がグレイバックの骨をラムネ菓子のように粉砕してゆく。一秒にも満たない時間で何十発も殴られたグレイバックは、文字通りボロ雑巾のようになって衝撃と共に吹き飛ばされる。予言の水晶玉を乗せた棚を二つほど砕きながら、彼の肉体は巨大な鉄の扉に叩きつけられた。

 八〇キロほどの重量物が突き刺さってひび割れた鉄扉には、大鍋の中身をぶちまけたように真っ赤に染まり、千切れ飛んだ左腕の肉塊と、白目をむいて痙攣しているグレイバックが張り付いている。

 

「……ハリー。倒したの?」

「ハァッ、はあッ、……さ、さすがにね。……あー。殺す気で殴ったけど、どうだろう?」

 

 『固有魔法』を解いて通常の色合いになったハーマイオニーの問いに答えるハリーは、息を切らしながら床に着地した。それと同時に、彼女はその全身から青白い光を霧散させる。『身体昇華』の効果が切れたのだ。

 『身体強化呪文』はハリーの得意とする魔法だが、《純血王》の書いた手記にはその神髄まで書かれていた。王自身は実現できるほど適性がなかったようだが、おそらく成功すれば『身体強化』した魔法使いが子供に思えるほどのパワーとスピードを手に入れられるだろうと手記に記してあったが、まさにその通りであった。『身体強化』した状態のハリーより素早く力強いグレイバックを、ああも徹底的に撃破できたのだから。

 ハリーは『身体強化』を会得するにも何年もかけて安定した運用を手に入れたが、『身体昇華』に要する魔力と運用の繊細さは、前者の比ではない。

 

「……ハリー。あれ見て」

 

 ロンの引きつった言葉にハリーが目を向ければ、蝶番が使われているのかまでは分からないが、ハリー達三人は剥がれ落ちたグレイバックとともに、鉄の扉が崩れ去ってゆく様を目にする。

 轟音を立てて埃の煙を巻き上げる扉は、床に倒れ伏したグレイバックの上に降り注いでいった。その鉄塊に潰されながらも、うわごとでハリーの名を呟くグレイバックの頑丈さには、呆れ果てるほかない。しかし今は、それよりも気にするべきことがある。

 

「あーらま。グレイバックがやられちまったよォ」

 

 鉄の扉の向こう側、奇妙な石造りらしきアーチだけが設置された大部屋には、数人の人影があったのだ。その全員が黒い衣装を身にまとっている。先ほどの死喰い人たちのように黒ローブに髑髏の仮面という、統一した装いではないことから、ある程度ヴォルデモートに近い連中であることがわかった。

 それでも死喰い人に他ならない姿に、三人は杖を手に警戒心を跳ね上げる。

 

「ポッターを殺すなんて息巻いていたが、返り討ちに遭うとは情けない奴よ」

「わんこちゃんが負ァーけた! 無様に負ァけた! ぎゃははは!」

「……笑える!」

 

 黒いドレスローブを着た、豊かな黒髪に厚ぼったいまぶたをした酷薄な印象をぬぐえない女性。黒いスーツを着て紳士的な態度をとる口髭の男と、同じ服装をしていながらがっちりした肉体をした顎髭の男。

 それぞれベラトリックス、ロドルファスのレストレンジ夫妻と、その弟のラバスタン・レストレンジに間違いない。ハリーが読んだ日刊予言者新聞に載っていた、記憶の中にある脱獄犯たちの顔と一致する。その背後で一言だけつぶやいた口髭を細く整えた男は、ハグリッドのヒッポグリフを処刑した執行人、ワルデン・マクネアであろう。

 一斉にこちらへ視線を向けた闇の魔法使いたちに、一瞬でもひるんだのが間違いであった。ハリーがそう気づいたのは、すぐ背後から密やかな含み笑いが聞こえてきたからだ。

 

「がッ、ぁ……!」

 

 衝撃にハリーがもんどりうって正面から倒れると、背後へ視線をやることができる。青白いあばた面の男が、ハリーの背中に何らかの魔法を撃ち込んでいた。

 霧散してゆく魔力式の残滓を読み取るに、どうやら『失神呪文』だったらしい。だというのにハリーを失神させていない。やけに威力が低すぎるが、おそらく意識が飛ばぬように調整していたのだろう。

 ハリーは知らなかったが目の前の死喰い人、アントニン・ドロホフは魔法戦闘の天才である。中でも彼は、『姿あらわし』を得意としている。この魔法はかなりの集中力が必要とされる代物であるため、普通なら短時間に何度も使うなど狂気の沙汰であるが、ドロホフはそれを研鑽して超近距離での連続『姿あらわし』を可能にしている、魔法戦闘の鬼才なのである。

 親友が不意打ちで倒れこんだ姿を目にしたハーマイオニーとロンは、慌ててドロホフに杖先を向けるものの、二人の背後へ『姿あらわし』したドロホフに杖を取り上げられてしまう。その際にハーマイオニーは腹へ拳を受けて胃の中の物を戻しながら崩れ落ち、ロンは肘で顔を殴られたために歯や鼻が折れ、血が吹きだす顔を抑えながらうずくまってしまう。

 黒い詰襟に羽織ったローブをひるがえして、不精髭で覆われた口をにぃと歪ませたドロホフは痛みに悶えるハリーから杖を抜きとり、彼女の身体を軽々と抱え上げた。

 

「はな、せ……!」

「ん? 分かった。離そう」

 

 ドロホフの肩の上で弱々しく暴れるハリーが苦し紛れに漏らした言葉に、ドロホフが素直に応じる。ただし乱暴な動作であったため、ハリーは大部屋の中央に放り投げられたことで、石の床に背中を打ち付けてしまう。

 咄嗟に杖を抜いてドロホフへと向けようとするものの、袖の中に自分の杖は見当たらなかった。ドロホフをにらみつければ、彼の手の中でくるくるともてあそばれているではないか。

 痛みと悔しさうめいたハリーは、甲高い笑い声をあげるベラトリック・レストレンジが腹を蹴り飛ばしたことでさらに痛みに声を漏らす。仰向けにさせられて荒い息を吐きだすハリーの髪をロドルファス・レストレンジが掴み、乱暴に助け起こすと無理やりに歩かされる。

 咳をしながら空気を求めて喘ぐハリーは、なぜ歩かされているのかが理解できない。

 ぱちんと鞭で打つような音と共にドロホフが、石のアーチの目の前へと『姿あらわし』する。そこには、先ほどまでなかったはずの真っ白なテーブルとイスが設置されている。あまりにも場違いなそれの片方へハリーは座らされ、その身を『魔縄』で拘束されてしまう。ベラトリックスが『魔罠』を放ったため、痛いほどにキツい縛り方をされてしまった。

 

「人様の、扱いが、なってないぞ……。ベラトリックス・レストレンジ」

「あァら、ポッターちゃん。これが死喰い人流の、最高のおもてなしでちゅよォ」

 

 人を舐め腐った言い回しで、わざわざハリーの顔すれすれまで自分の顔を近づけてベラトリックスはハリーの憎まれ口を嘲笑う。

 唾を吐きかけてやろうかと思ったが、やれば最後、たぶん殺されるだろう。

 なのでハリーは遠慮なくベラトリックスの目をめがけて唾を吐き捨てた。左目へ直撃したそれは、彼女に短い悲鳴をあげさせることに成功する。ふんっと鼻で笑えば、ドロホフが口笛を吹いた。ベラトリックスは気性の荒い女だ。まさか挑発するとはだれも思っていなかったのだろう。

 

「……死にたいらしいね」

 

 ベラトリックスはオペラグローブに包まれた手で唾をぬぐうと、その手でハリーの頬を張った。ぱぁんと乾いた音を立てて平手をお見舞いしたものの、それでは気が済まなかったらしく自分のドレスローブから杖を引き抜く。

 そして杖先を彼女に向け、ベラトリックスは鬼のような形相で『死の呪文』を叫ぼうとした。しかし口が開いたその次の瞬間に、彼女は杖をしまってその場に平伏してしまう。

 目を丸くしたハリーが他へと目を向ければ、ドロホフやロドルファスといった死喰い人が全員その場に膝をついて恭しく頭を下げていた。

 

「お転婆は相変わらずといったところか」

 

 ごく至近距離から聞こえてきたその声に、ハリーはドロホフに向けていた視線を対面へと向ける。テーブルの上にはいつの間にかティーセットが現れていた。ティースタンドには色とりどりのケーキが乗せられており、ハリーの前には芳醇な香りを放つ紅茶の入ったカップが置かれている。

 そして目の前で優雅にカップを傾けている男は、闇のように黒いローブを身にまとい、美しい黒髪を揺らして夜の紅茶を楽しんでいる。

 

「……ヴォルデモート」

 

 カップをソーサーに戻し、他人が安心するような柔和な笑みを浮かべた男へ、ハリーは憎々し気にその名を呟く。

 彼が復活した際に見たときよりも、かなり老け込んでいるような印象を受けた。以前に見た際は二〇代後半から三〇代前半と言ったところだが、いまや五〇代と言っても差し支えないだろう。口元に深いしわが刻まれ、ハリーを愛おしそうに眺めて細める目元にもシワが見られる。

 しかしその美貌は、失われてはいない。

 トム・リドルとして数々の魔法使いを惑わし、だまし続けてきた優等生の仮面は彼を依然として覆い隠したままであった。その仮面のまま、彼はにっこりと微笑んで暖かい言葉をハリーへと投げかける。それは背中を這いまわる蛇のように、悍ましい言葉だった。

 

「久しぶりだな、ハリエット。お父様とお話をしようじゃないか」

「死ね」

 

 思わず端的な言葉で返答をしたところ、ヴォルデモートは冷たい声で嬉しそうに笑った。大部屋に響き渡るその声を聴きながら、ハリーは寒々しい思いを味わう。

 シリウス、早く来て助けてくれ。いまのハリーにはそう願うことだけが、現状できる精いっぱいのことであった。

 

 




【変更点】
・神秘部へ向かう人数の減少。チョウを一刻も早く助けなければ。
・魔法省への侵入経路。セストラルはエサでも食ってます。
・ルシウスの行動。子供の浅知恵などお見通しである。
・ロンとハー子なら、クソ雑魚ナメ喰い人など相手になりません。
・グレイバック撃破。まだ死んでません。まだ。
・早くもお辞儀しろ。

【オリジナルスペル】
「インスペクティオー、暴き出せ」(初出・59話)
 探査呪文。作中で使ったように、術者の周囲にある物を確認する。
 元々魔法界にある呪文。『ドケオー』の上位呪文にあたる。

「モース・ウォラトゥス、死の飛翔」(初出・51話)
 死喰呪文。詳細不明。
 1990年代にヴォルデモートが復活後、開発したと予想される。

「アバダメンブルム、死の爪」(初出・59話)
 死爪呪文。狼髑髏の仮面を装備したフェンリール・グレイバックが使用した。
 1995年、ヴォルデモートが開発。『死の呪文』の実験で生まれた副産物。

「アニムス・トリスメギストス、接骨木の力よ」(初出・59話)
 身体昇華呪文。身体強化より数段上の能力を得られる変身術。
 1996年、ハリエット・ポッターが開発。《純血王》の考察にヒントを得た。


グレイバック撃破。前回の強そうな様子は何だったのか。
DAで鍛えて立派な戦力となったロンとハーマイオニー、そして悪鬼修羅女ハリエットの三対一だったので、何が悪かったかといえば運が悪かった。フレッジョは早々にチョウを連れて離脱しましたが、力になれなかったことで内心では忸怩たる思いでしょう。
そして優雅にお辞儀登場。かなりご機嫌のハイテンションで、老けてやつれています。
次回は、不死鳥の騎士団編のラスト。シリウスはよ来いや。

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