P3―希望ノ炎―   作:モチオ

7 / 18
1-3 巖戸台分寮

 昨日は色んなことがありすぎて、もしかしたら翌日は起きないかもしれない。そんなことを風呂場で思っていたが、一体どうしてか朝の4時には目が覚めていた。もちろんカーテンのない部屋の窓の外はまだ一片の光も見られない。ちょうど新聞配達の原付が近くの民家のポストに投函しているいた音だけが暗闇の中で聞こえた。

 

 懸念していた筋肉痛もそれほどというか、少しばかり筋肉が張っているのを感じるだけで普段とあまり変わらなかった。多分これはオレが引き継いだ回復能力所以だろう。確かめる必要あはあるが、その性能自体が向上しているように感じる。こちらへ来る前は傷などの外傷のみに働くだけだったが、筋疲労の回復などの日常にまで影響はなかったはずだ。しかし、そう考えると昨日の無茶な運動量をこなせたのも納得がいく。のちのちはその原因まで考えないといけない日が来るかもしれないが、今はその恩恵を大人しくあやかっておくことにした。

 

 昨日の話ではもうココ巌戸台分寮へ来てもいいとのことだったので、二度寝する気も起きず、時間ももったいないので準備をすることにした。手始めに談話室に書置きを残して家へと帰宅する。外へ出る際に鍵の問題があったが、全部屋に監視カメラが完備されていること、そして桐条の実質的後継者のいる建物がノーマークなはずがないと思いそのまま出る。徒歩で帰るのが多少距離もあり面倒くさかったが、携帯で始発の電車を調べてもまだ動くには当分時間があるようだった。

 

 暦ではもう春だが、実際はまだ日の照っていない時間はひどく寒い。春眠暁を覚えずという言葉は、外の気温よりも布団の中の温度の方が暖かく快適だからついつい惰眠を貪ってしまうことを指しているんだと、誰かが言っていたような気がするが、なるほどこの寒さならばその答えに全面的に同意せざるを得ない。

 

しかし、こんなに暇だといらん考えがついつい浮かんでしまう。道すがらちょうどいいサイズの小石を蹴りながら考えていたことは、当時の父親とのことだった。先輩たちが昨日随分と心配していたのはオレの家庭問題だった。曰く、こちらとしては全くではないが問題はない。ないのだが、それを君は一体どう親に説明するんだ、とのことだった。でも生憎、この時期のオレと父親の関係崩壊寸前で、もやは空中分解していたんだろうとも思う。向こうは向こうでなけなしの世間体でオレを高校に進学させてくれていて、オレも同じようなものだった。

 

だからオレが帰宅して、必要なもんだけキャリーバックの中に詰め込んでいて、その物音で父親が起きてきても、不機嫌にコチラを睨みつけるだけ。その瞳には経てていた騒音を避難するような色が滲んでいても、ついぞ声は出なかった。

 

「今日で家を出る。細かいもんは邪魔だったら捨てていい」

 

「……勝手にしろ」

 

 久々の父子の触れ合いがそれかよ。

 

 きっと今のオレなら前よりもっと父親と関係を良好にできるだろう。オールグリーンは無理としてもレッドからイエローにまでなら改善させられる自信もあった。ただ今回おれが過去に戻ってきた理由はそれじゃないのだ。そのまま何の言葉もかけずに出ようとしたが、玄関から出ると自然と「悪いな親父」と漏れた。

 

 流石に家を出る時間になると始発の時間はとうに過ぎていた。最寄駅から巖戸台駅まで乗り継ぎ、そこから歩いて寮に到着したのが6時20分を少し回ったところだった。

 

「まさかと思ったがこんなに君の行動が早いとはな。まあ、いい。たしか昨日説明したメンバーの中に、君のクラスメイトもいるんだったな。そろそろ起床するはずだから、その時にまとめて説明をしよう」

 

朝食中の桐条先輩は呆れ顔でポケットから鍵を取り出し、部屋は昨日使ったところだ、道案内は必要ないなと手渡す。ちなみになぜポケットに入っていたかというと、書置きにまた早朝に来ますと書かれていたので、万に一つの可能性も考慮して持っていたらしい。まさか本当に必要になるとはな、と苦笑する姿はなんだかとても新鮮だった。

 

 乱雑に部屋に荷物を投げ入れて、談話室に戻るとなんと桐条先輩が紅茶を入れていてくれた。昨日からバタバタ続きで、ベッドでの休息以外で初めて腰を落ち着せたようなきがする。味なんてわからないし、店でも頼むことなんてなから比較しようがないが、確かに出された紅茶は美味しかった。

 

「えっ、なんで順平がここにいんの」

 

最初に階下へ降りてきたのはクラスメイトのゆかりッチこと、岳羽ゆかりだった。無駄にくってかかってきた彼女だったが、桐条先輩が全員揃った時にまとめて説明する旨を伝えると、渋々頷き軽めの朝食をとり始めた。

 

 君は朝食は食べたのか、という先輩の言葉に、ここに来る途中に購入してきたパンをカバンから覗かせる。

 

「お、本当に昨日の今日でもう来たのか。随分と行動が早いな」

 

3つ買ってきたパンのうち2つ目のパンの袋を開けたところで、早朝トレーニング上がりか、汗だくの真田サンが戻ってきた。着いた頃にはまだうすらぼんやりとしていた外も、いくらか明るくなったようで、開けた扉の向こうから眩しい朝日とスズメの鳴き声が入ってきた。どれだけ運動したのか体からは今だ湯気が立ち上っていた。

 

「やっぱ迷惑でしたかね」

 

「俺は気にせんさ。必要な書類も随時提出すればいいし、最悪、美鶴の力でどうにかなるだろう。数日は不自由な生活が続くかもしれんがよろしく頼むぞ」と真田サンはハハッと軽快に笑うが、反対にそれを見る桐条先輩の目はそんな横着させんと冷ややかだ。オレのためにもやんわりと否定しておくことにした。

 

「そう言えば、岳羽たちにはもう会ったか」

 

「ゆかりッチは奥で朝食食ってますよ。理にはまだ会ってないですね。でも本当にクラスメイトが特別なんちゃら部にいるなんて驚きっすよ」

 

 あたかも昨日知った情報を早速使ってみましたと言わんばかりの口調で言ってみる。実際に構成メンバーを説明を受けたのは昨日なのだから何もおかしくはないが、新鮮な驚きをここは見せておくべきだろう。いずれバレルにしても不信感を抱かれるにはまだタイミングが早すぎる。

 

「特別課外活動部な。でも昨日も言ったが、結城は影時間自体に適正があるようだが、まだシャドウのことは何も知らない。お前が仮メンバーなら、あいつはそれにすら達していないのが本当だ。くれぐれも感ずかれないようにな」

 

これが先程言われた不自由な生活と言われた理由だった。本来ならメンバーになるには数日の事前調査が必要らしいが、今回のオレは本当に特例らしい。確かに前回は保護されてメンバー加入までたっぷりと10日はあったような気がする。特別課外活動部が桐条グループの根底を覆す、いわば弁慶の泣き所に密接に関係し、ストレガのような反体制組織もある以上、最低限信じられるだけの人物だと確証が得られるまではやはり多少の時間が必要なのは当たり前か。

 

押忍と元気のいいオレの返答に気をよくしたのか、笑顔で自室に戻る真田サン。それを見送って、先程まで見ていた談話室のテレビに再び視線を戻した。ブラウン管の向こうじゃ、まだ名前こそ付いていないが無気力症候群の特集が組まれていたが、オレはその内容よりも、一昨年前に突如変死した記憶のあるアナウンサーが未だ生存しているに、今更ながら本当に過去へ来たことを一層意識した。そのニュースが終わる頃には全ての惣菜パンは食べ尽くしていて、昼の分に一個は残しておこうと思っていた考えは虚しくも砕けたのだった。

 

 それから一通り目を通したい番組がひと段落して、どこのテレビ局でもしているような血液型占いが始まろうとした時に、身支度を済ませたゆかりッチがその綺麗な眉毛を釣り上げながら詰め寄ってきた。

 

「ご、ご機嫌麗しゅう。ゆかりッチ」

 

「なにそれキモいんだけど。ってさっきも言ったけどなんでアンタがいんの」

 

「まあ色々あって。オレも特別なんちゃらに入ったわけよ」

 

「特別課外活動部ね。ふーん」

 

「あれ、反応薄くない」

 

「ここにいるってことは、そうなんだろうなって薄々思ってただけ」

 

手鏡取り出した手でそのまま前髪を弄る彼女は興味が本当に無さそうだ。

 

「でも、興味本意で入っただけならホント迷惑だから。邪魔するんだったら場合に依っちゃ容赦しないから」

 

「ま、そうならないよう善処するよ」

 

これ以上この話を続けると重くなりそうだったので話題を変える。あくまでオレはクラスのお調子者で、かつ何も知らない存在でいなければならないのだ。流行りのこと、クラスメイトのことなど他愛もない話を続けた。

 

「あっ、結城くんおはよう」

 

 その言葉にギュッと胸が捕まれるようだった。とうとうこの瞬間がやってきたのだ。理やゆかりっちにとっては昨日ぶりかもしれないが、こちらにしてみれば実に年単位ぶり。正直アイツと顔を合わせて冷静でいられるかはオレ自身にもわからなかった。

 

「よう、理」と気軽に声かけると眠たげな瞳でおはよう順平と返された。今のあいつにはオレが何故いるのかそいう疑問はわかないらしい。しかし結果的には落ち着く時間が得られたので良かった。これから同じような事を山ほど迎えなければならないのだ。高ぶる感情を無理矢理押さえ込んで「いつまで寝ぼけてんだよ。早く顔でも洗ってこい」と放つ軽口は思いのほか普通に言葉として出た。

 

「えっ、いつの間に順平と結城君って名前で呼び合う仲になったの」と、ゆかりっちは先の無関心はどこに置いてきたのかと思うくらいに食いついてきた。ニュアンス的には合っているが、その言い方がイヤらしい。それだと違う意味でオレとアイツが特別な仲みたいに聞こえるので、そこだけは訂正させる。ついでに色々と男にはあんだよ、と答えるも、何が彼女の琴線に触れたかは知らないが、この謎の質問攻めは全員が揃って、桐条先輩がオレを紹介するまで続いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。