P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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0-4 決意

「先ずは試練を突破されましたことにつきまして称賛の言葉を送らせていただきます。しかしここは一度落ち着いてくだされ。そうですな、まずはあなた様の情報を再確認してはいかがで。いざという時に情報に齟齬があっては困りますからな」

 

 そいつはそうだと頷き、今一度自分自身のことを基本的なことだけでもいいから思い出してみる。名前は伊織順平。歳は1993年1月16日生まれの19歳。今現在はフリーター兼少年野球のコーチ。だがそれは世を忍ぶ仮の姿であり、その正体は世界を守るシャドウワーカーの一員なのだ! ……非常勤だけど。

 

 どうしようもない圧倒的現実に押しつぶされそうになりながら、ため息を一つつく。

 

 何か問題でもありましたかな、というイゴールに、世の中には気づかなければ良かったことって沢山ありますよねとだけ返す。今の自分のこと嫌いじゃないけどなんか虚しい。そう思った今日この頃だった。

 

 気持ちに一整理つき、本題の方をイゴールへと促す。そして始まった話を聞くとどうやらオレがここに招かれたのは本当に偶然の産物だったらしい。今はいないマーガレットの妹さん――多分、最初にベルベットルームへと招かれた時に、メティスとは反対側に立っていた青色の女性のことだろう――が想い人である結城理を救う可能性がある人物をここへ連れてきたとのことらしい。だから例えばここにいるのが、本当はゆかりっちであったり、桐条先輩やアイちゃんであったり。もしかするとコロマルや、オレの知らない誰かだったった可能性すらありえたらしい。でもその連れてきた当の本人はやっぱりここにはおらず、今も別の救う算段を立てているとのことだった。

 

 なんだか偶々というか偶然に連れ回されている人生な気がする。たまたま影時間に適性があって、たまたま真田先輩に救われて、それがきっかけで色んな経験して。果てには世界を2回も救っちゃったし。悪いことばっかじゃなかったけど、なんだか流されて生きてるなー。

 

「あっ」

 

 なるほどこれがアイツとの違いかと唐突に思った。ずっと前から考えていた。ずば抜けた知識に運動神経、そして圧倒的な皆を導くリーダーシップに、年齢性別を問わず魅了するカリスマ性。同じだけの時間しか生きていないはずなのに、どうしてこんなにも違いすぎたのか。嫉妬したこともあった、両手じゃきっと足りない位の迷惑をかけたこともあった。あるがままを自然と受け入れているアイツに醜く当たったこともあった。だけどきっとアイツは、結城理という男は自分で選んだ道を受け入れていたのだ。流されることなく、己の意思でしかと前を見据えて。その覚悟の差だったんだと今更ながらに気づいた。

 

 改めて自分の小ささを感じたオレは、イゴールが説明してくれているにも関わらず、ひどく惨めな気持ちになり涙が出てきた。オレが今まで無為に過ごした時間さえも、理が自分を捨ててまで切り開いてくれた平和の上に成り立っていた。今のオレをアイツが見ても、なんの文句を垂れることなく、もしかすると、どうでもいいなんていつもみたいに言うかもしれないが、それじゃオレの気が済まない。ぐっと溢れ出しそうになる涙をこらえ、でも流れ出た鼻水はそのままで拳を力の限り握り締めた。

 

「どうやらこれ以上長いだけの前説は必要ないようみたいですな」

 

 先までの弛緩した空気は消え去り、眼前のイゴールはじっとオレを見つめていた。彼が指を鳴らすとマーガレットがオレにハンカチを差し出してきた。手にとったそれは今まで触れたことのあるどれよりもしなやかで、一目で高級品とわかる代物だった。恥も外聞もなく色々と溢れ出したものを拭うと、頭の中がスッキリしたように感じた。どうやらオレは馬鹿のくせに考えすぎていたようだった。もちろん今後考えなければならないことも山のように出てくるだろう。でもオレが考えても思いつくことなんてたかがしれている。馬鹿が人よりも動かなくてどうするんだ。今は前だけを見よう。自分で選んだ道だけをひたすらに進むのだ。

 

「それでオレはどうすればいいんすか」

 

 ようやくこれで、この部屋に来て初めてイゴールと対等になった気がした。言葉としてのお客ではなく、本当の意味で求められる人材になれた気がしたのだ。

 

「先に進むのです。もうあなた様には説明は必要ないみたいですからな。逆にこれ以上の言葉はきっとあなた様を惑わす結果にしかならないでしょう。しかし、老婆心ながら申し上げさせていただきますと、これからのあなたの進むべき道は決して平坦ではありますまい。再び決心が鈍ることもございましょう。けれども、後ろを振り向いても決して道はございません。あなた様が選んだ道こそが、あなた様の未来へと続くことだけは忘れませんようお気をつけなされよ」

 

「ああ、わかったよ」

 

 それだけ言うとどこか満足げにイゴールは笑って目を閉じた。

 

「あなた様も形は違えど間違いなく、私どものお客人でした。誇りを持ち、前を見据えは必ずしや目的は達せられることでしょう。今回は渺にも足らぬわずかな時間でしたが、またお目にかかれますことを願っております」

 

その言葉を言い終わると同時に、まるで舞台の上のスポットライトが消えたように、スッポリと二人を影が包んだ。そしてそれは止まず、徐々にその数を増やしながら光の場所を削り取っていく。だが、その時のオレにはなんの動揺もなく、それをあるがまま見つめ続けていた。

 

そしてオレも闇に飲まれ、それと同時に意識も深い混沌へと沈んでいったのだった。


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