P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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0-3 答え

「さっきのはジョークだって。裏技が使えるかどうかのチェックってわけ。で、ここからが本番。俺は日本人だってのはどうっすか」

 

「その理由を伺っても」

 

「簡単っす。今の俺には俺自身の記憶はないけど、不思議なことに知識は残っている。簡単に言えば俺と、その周辺にある記憶だけすっぽりと抜け落ちてるけど、それ以外はそのまんまなんすよ」

 

「ふむ、続けてくだされ」

 

「で、知識は残ってんだから当然、住んでたはずの知識は多いはずだろ。そう考えると自然とこの答えが浮かんでくるわけよ」

 

「なるほど。大分外枠の方から埋めてきましたな。あなた様はそれほど頭を使うのが得意ではないと思っておりましたが、そういうことでもなさそうですな」

 

 正解ですと拍手するイゴールに、馬鹿にしてるように聞こえるから拍手はやめてくれと頼む。クスッとマーガレットが笑うのが聞こえて、そして手を叩く音が消えた。2重に聞こえると思ったらあんたもしてたのかよ。

 

「それでは最初の質問はいかがなさいますか」

 

 俺の事柄に触れながらも、次にも繋がる質問か。意外に難しくて考えれば考えるほどにドツボにはまりそうだ。さっきイゴールも俺のこと間接的にアホだって言ったし、最初の問いかけも正解だったってことじゃん。あー、やっぱ俺って頭悪かったんだ。こんな時俺が天才だったら疑問ど真ん中の質問するんだけど。こればっかりは仕方ないか。

 

「じゃあ、俺という人物はどんな奴なのか教えてもらおうか」

 

 この質問だったらハズしようがないと思ったんだが、イゴールの答えは思いもよらないものだった。

 

「一言で言えば“魔術師”ですかな」

 

 えっ? なにそれ? 全然意味がわからない。せっかく貴重な質問を一つ使ったのに返ってきた答えが魔術師って、どういうこと。というか曖昧すぎんだろ。曖昧でいいって言ったのは俺だけどさ。どんな些細な情報でもプラスにしかならないこの状況で、更にわからなくなるって逆に難しいような気がする。でも、心のどこかではそれを受け入れている自分がいるのも本当だった。

 

「それってホントにヒントなの。あんたのこと疑ってるわけじゃねえっすけど、わざと間違った答え出してるんじゃないっすか」

 

「私としてはズバリな答えを出したつもりですが」

 

「そんなんじゃお手上げ侍っすよ」

 

 ではゲームは終了ですかな、と意地悪そうにイゴールが笑うが、俺にそんな気は毛頭ない。多分これは俺がせっかく見つけたチャンスなんだ。マーガレットの妹さんが繋いで俺に託した。そして俺もきっと望んでいることに対する希望が目の前にあるのに諦めるだなんて選択しなんざ、最初からありゃしねーっての!

 

「そいじゃ、次の俺の答えだが、二つ同時にさせてもらうう」

 

イゴールの返答はなく、それを肯定とみなした俺は言葉を続ける。

 

「一つは、俺が野球を長い時間――そうだな、少なくても年単位で経験していた事。もう一つは、俺がいた時代が最低でも2012年以降って事だ」

 

「ほお、なかなか核心を突くような答えですな。参考までに聞いてもみても」

 

「これも残ってた知識だよりっすよ。一つ目は、俺の中で残っているメジャーなスポーツの知識ん中で最も詳しいルールがあったやつ野球で、それでもって、プロプレイヤーの名前と顔が合致する数が多いものもそれだったからかな。その二つが合致してたらそれは間違いない情報だと思ったんすよ。例え俺っちがスポーツそのものをしていた記憶がなくても“興味が合って覚えた知識”は別モンでしょ」

 

「なるほど。それでは、もう一つの回答の根拠は」

 

 

「さっき言った野球の知識に関係するんすけど。俺が知っている限り一番新しいペナント優勝チームの年がそれだっただけ。でも新しく知っているってのは、それが俺がその時いたって証明でもおかしくないだろ」

 

「それだと、あなた様の知識の中であっただけで、もしかすると遥か遠くの出来事だったかもしれませんよ」

 

 イゴールは揺さぶりをかけるように笑うが、残念ながらそれはない。だって俺はきっとあんま頭の出来が良くなかったはずだ。一番最初の答えを導き出した歴史の知識だって、今だから言えるが結構穴ボコだった。これも俺の記憶と同時に消えたと信じてみたいが、きっとそんなことはないだろう。だからこそ、10年分は軽く思い出せるペナントレースの歴代優勝チームの知識は信用に値するのだ。そうイゴールに告げると満足そうに頷き、また掛け値なしの賞賛の言葉をかけてくれた。多分褒められるような人生を歩んでこなかったんだろう。裏のないお褒めの言葉を貰うと、嬉しいよりも小っ恥ずかしい気持ちが勝ってしまう。

 

 俺はムズ痒いような気持ちを抑えながら次のするべき質問を考える。

 

 と、その前に全体的な情報を整理することにした。どうやらイゴールやマーガレットは俺に敵対しているわけでなく、それどころか親交的だ。余程のヘマをしなければ時間的制限をかけられることはないだろう。そうなった場合この時間が腐るほどあるというのは非常にありがたい。最初にそれを告げられたときは絶望しか感じなかったが、結果オーライというやつだろう。これのお陰で今の俺の平静は保たれていると言っても過言ではない。

 

 そうだな。俺の情報は差し置いて、まずは一番気になっていることから考えようか。ここで一番気になるのが、それぞれの関係性だ。イゴールは俺のことを招かれざる客だと言った。これはつまりここ――ベルベッドルームに来る奴ってのは招かれた者だけ。そして久々の客人ということは、その招かれた者ってもは極少数の人数を指してるんだろう。そして、その選ばれた客人の一人が俺の関係者だった。多分こいつが鍵なんだろうけど。やっぱり何の情報も思い出せない。まあ、そいつと俺の関係は少しは深いもんだったんだろう位は察しがつく。人の身から外れたであろう彼らが叶えたい事の鍵である俺が、当人と小学校時代に一度話したことがあるだけのクラスメイトレベルであるはずもない。

 

 やっぱり次に聞くとしたらこれしかないようだ。

 

「俺と、俺を呼び出すきっかけになった奴は何を成し遂げたのか教えてくれよ」

 

「一言で伝えると陳腐に聞こえますが、世界をお救いしたと、申しましょうか」

 

少しだけ返答に間があってイゴールは答えた。真剣な声色で、先までの試すようなでもなく、最初の人のいいわけでもない声。まるで神聖な、声にするのもおこがましいと言わんばかりの様子だった。

 

 世界を救った。 

 

 それは絶対にこの場所、このタイミングで言われなければ嘲笑したであろう答え。だけど、今の俺にはまるで笑えなかった。それはその物語が決して簡単なハッピーエンドではなかったことを知っているから。童話が必ずめでたし、めでたしで終わるような誰もが望んだ結末を迎えなかったことを俺は知っていたから。知っていた? 何故? きっとそれが俺の答えであり、その理由の一つなんだろう。もう少し、もう少しともどかしさが俺の気を侵していく。ここに首があったらな掻き毟りたい衝動にかられながら、それでも俺はその答えを探しながらただただ考えを巡らせ続けた。

 

 呆然としている俺には関係ないとイゴールは勝手に話し続ける。

 

「彼は今まで私が出会った客人の中でも最高の逸材でした。愚者であったはずの彼は多くの仲間を携え、数々の苦難を乗り越えておりました。未完成であるが故の可能性とでもいうのでしょうか。悩み、憎み、戸惑い、躓き、怒り、悲しみ、喜び、愛し、そして託していった。その中には貴方もいらっしゃいました。愚なる者を原初の炎にて照らす旅人は、三重の輝きを持って賢人へと至る……」

 

 イゴールが発する言葉の一つ一つが俺の中に染みていく。いや、そんな生易しいもんじゃない。最初は砂漠の上に水を撒くように、だけどそれはどんどんと勢いを増していって、スコールのような莫大な量へ変わっていく。だけどもそれは俺の中に確実に溜まっていって、いつしかそれが俺を形を成しているのが分かる。足先に、指先に、心臓がわかる。

 

 そして初めて俺が呼吸をしたのが分かると同時に誰かがオレの肩をトンっと叩いた。

 

「さて、お客人。正解は分かりましたかな」

 

 目を開けると俺は青い部屋にいた。急な感覚の芽生えに体が驚いたのかふらつくも、背後にいた金髪のネーチャンに支えられた。どうやらさっき肩を叩いたのもこの女性らしい。すんませんと感謝すると、お気になさらずと答えて、その声で彼女がマーガレットだと理解した。それじゃあ……。

 

「あの時にイゴールさんって俺たちに自己紹介しましたっけ」

 

 目の前に映る長い鼻の人物へと声を掛ける。確かに見覚えるある人だった。

 

「そういえばあの時はご紹介しておりませんかもしれませんな」

 

「されてねえっすよ。されてたとしてもきっと覚えていないんでしょうが。まあ、……なんだかんだ言って、アイツのこと買ってるんっすね。一友人としてそれはとれても嬉しいっす」

 

 あの時見たエレベータのような部屋ではなく単純な真四角のような部屋だったが、不思議と圧迫感は感じなかった。そこにポツンとある不自然なほどに高級そうなソファに座ったイゴールは嬉しそうに、ただ頷いた。

 

「順平っす。伊織順平。これがオレの名前で、答えだ」

 

もう少しもったいぶって答えようと思ったけど、その言葉はすんなりと表へと飛び出した。

 

「いつ思い出されたので」

 

いつもの好々爺のような口調に戻ったイゴールが言う。

 

「あんな盛大なヒント貰っといて、分かりませんでしたっていうわけないっしょ」

 

 覚えがないと肩をすくめるイゴールと、いつの間にかソファの隣へと移動していたマーガレットは上品そうに笑っていたのが見えた。きっと問い詰めても同じように暖簾に腕押しといった感じでのらりくらりと躱されるだろう。残った質問を使って問い詰めるのも大人げないのでここは大人しく施しを受け取っておこう。とりあえず、受け取りはしないだろうがありがとうとだけは伝えておくことにしようと思った。


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