P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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0-2 ゲーム

「は?」

 

思わず、そう言わずにはいられなかった。きっと体があったら俺は思いっきりずっこけていたと思う。覚悟を決めて、身構えて、いざ蓋を開いてみたら名前を言えだなんて、そりゃ拍子抜けしても仕方ないことだと思う。

 

「おや、どうかなさいましたか」

 

 からかっているのかと勘ぐってしまうが、イゴールのその言葉からは何も感じ取ることができない。

 

 どうやら俺は自分でハードルを高く上げすぎてしまっていたようだった。まあ、見知らぬ場所でいきなり試練だなんだ言われたらそうなってしまうな、と自分で誰に対してするわけでもない言い訳をしながら、イゴールへと意識を向ける。

 

「やっぱ、これって夢なんだなと思ったよ。だって馬鹿にしてるとしか思えないぜ。今時3歳児だって自分の名前くらい言えらぁ」

 

「さてさて、それはそうですかな」

 

「ヘンっだ。今にそのちょいと偉そうな声で、すみませんでしたって言わせてやっからな! よーく耳かっぽじって聞いとけよ! 俺の名前は!」

 

そこで時が止まったような気がした。

 

「俺の名前は……。名前は……。あれ、俺の名前ってなんだっけ」

 

 突然の喪失感。いや、今更なことじゃない。俺はこの場所にきた瞬間から感じていたはずだった。自己の曖昧さに気付いていたはずだった。だが、今思えばそれは名前だけじゃなかった。

 

 俺の顔ってどんなだっけ? 声ってどんなだっけ? 身長は? 体格は? そもそも男だっけか? いや、俺っていう位だから男だとは思うが、一人称が俺っていう女くらいいそうだし……。

 

 

 

「ちょ、ちょっとタンマ」

 

「どうぞ、時間は沢山ありますゆえ。先も申し上げたとおりここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。なにもありませんが時間だけは腐らせるほどにございます」

 

 それは死刑宣告に似た響きだった。この何もない、自分という存在すらもない空間で永劫を過ごすことは、永遠に抜け出せない牢獄に閉じ込められたと同義だ。いやむしろ死刑宣告の方が終わりがある分、有情に感じてしまうから始末が悪い。

 

 安請け合いはするなと言ったイゴールの言葉が、今になって真綿で首を絞めるようにゆっくりとゆっくりと這いながら近づいて俺を苦しめる。今まで積み重ねてきたものがポロポロと崩れ、ほつれていく。

 

 いや、ネガティブな考えはもうやめだ! こんな時こそ冷静になって、もう一度最初から自分が一体何ものなのか考えよう。まずイゴールやマーガレットと会話ができている時点で、知識面は残っていると考えられる。問題は俺の中で何が喪失しているかだ。

 

 確実なのは俺の、自分に対する記憶だ。さっきも思い出そうとしたが何も欠片も思い出せなかった。次は、俺と付き合いのある人物についてだが、これもどうやら無くなっているらしい。あと、今気づいたことは、どうやら俺はあんまり頭の中で考えるのが苦手だったということだ。これは記憶じゃない。本能がそれを告げている。だって今まさに感覚がねーのに頭痛がする気がするもん。

 

 くそー、俺って知的じゃなかったんだ。そんなどうでもいいことに毒づきながらも、自分への取っ掛りが増えていくことに不思議な満足感を覚えた。

 

 そういやまてよ、確か最初にイゴールは俺と一度会ったって言ったな。しかもマーガレットという女性は、俺のことを、妹の思い人の関係者とも言ってた。でもな、これを考えると、俺っていう存在はこの変な空間に一度来たことがあって、さらにこの空間の変なネーチャンの関係者の恋人か片思いの人と何らかの関係があったってこと?言葉にするとわかりにくすぎるぜ……。

 

 でもさ、俺っちてば実は一代スペクタクルってない?

 

 っとここまでの情報でいくつかわかったことがあるから、問題はこれをどうやって料理するかだな。やれることなんて限られてるし、いっちょやってみますか。

 

「イゴール……さん?」

 

「どうですか、答えは見つかりましたかな」

 

「いんや、全然。でさ、ヒントくれよ。ヒント」

 

「ヒント、ですか」

 

「もちろんタダって訳じゃない。俺がどんな人物か具体的に当てられるたびに質問1回ってどうよ。もちろんアンタの答えは曖昧でもOKだ。今はほんの少しの取っ掛りすら欲しい状況なんでね」

 

 俺の言葉に対し考えているのか、無言になった瞬間に言葉を続ける。

 

「いいじゃねっすか。だってこちとら正規の契約者じゃないイレギュラーな存在っすよ」

 

「いいのではないでしょうか」

 

あんまりよろしくない反応に内心ビクビクしているところに、マーガレットからの助け舟が出た。これを逃す手はないとさらに言葉を続ける。

 

「あんただって言ってたじゃねーか、俺が久々の客人って。俺とお喋りしながらさ、楽しくゲーム感覚ってのも乙なもんじゃないっすか」

 

「ふむ、そうですな。今回ばかりはイレギュラーでこちらの不手際もあったことですし、その話に乗ってみましょう。しかしですぞ、これはあくまであなた様が仰ったように具体的内容がなければ話になりませんこと夢々忘れられぬように。それとその内容の成否は私めが判断しますがよろしいですか」

 

「勿論っす」

 

よしっ、と内心ガッツポーズを決めながらどの順番で手札をきるか考える。俺が持っている手札はそれほど多くないから慎重に行かなければならない。 

 

「それじゃあ、早速だけど、俺は頭が悪かったってどうよ」

 

「ダメですな。そんな2択同然の回答は無効とさせていただきます。以後、故意的に同系統の回答があった場合にはこのゲームも終了と致します」

 

 取り付く島もないとはこのことか。少しの考える素振りも無くイゴールは言い放った。

 

 でも、これはこれで想像は付いていた。これを許すと、男やら女やら身長やら体重など俺の回答率が50%を超えることになる。まあ、今からが本当のゲーム開始って訳だ。


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