P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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2-2 友人と夏のラーメン

 複数名で飲食店に入店したとする。そして、その店のお冷がセルフの場合、水を持ってくるのが誰かで、そのグループの関係性やら、人間性が分かると思う。とは言いすぎか。しかし、社会人や部活動など上下関係がハッキリと分かれていない友人間という曖昧な関係の中で、颯爽と席を立ってお冷を皆のために持ってくる人なんて、気が回る人であるかよほど自分を下に見ているかのどちらかだろう。

 

 寮の全員で行ったことはないが、まず間違いなく桐条先輩は行かない自信がある。というか行って欲しくない。率先していくのは気の回る男こと荒垣さんか、風花あたりが妥当だろう。彼女はちょっと気が抜けてるところがあるから、荒垣さんが水を持っているところを見て「手伝いましょうか」なんて言っちゃうんだろう。それはそれで見ているだけでほほえましく思えるのだから、彼女なりの美点と言っても差しさわりないだろう。他には理あたりが妥当か。ちなみにダークホースはゆかりッチ。持ってきたことさえ気づかせないほど自然に持ってきながらも、会話の中心にはしっかりといるイメージがある。その点、真田サンと天田少年はナイ。気が回る部類であるが、前者はあえて持ってこず、後者はまだ知らないといったところだろう。コロ丸は犬じゃん。入店禁止だからノーカンで。

 

 そして、オレが持っていく人間であるかといえば違うと断定できる。いつの間にかテーブルに置かれたお冷を飲み干したところで「あ、誰か水持ってきてくれたんだ。サンキュー」と脳天気に言っちゃう部類の人間だった。そう考えると、現在、友人のためにお冷を持って行ってやってやる自分はえらく成長したもんだと自画自賛しても、罰は当たらないはずだ。

 

「ともちー聞いてくれよー。はい、お冷」

 

 持ってきたお冷をコトンとテーブルに置いた。今いる葉隠ラーメンは昼飯時のピークが落ち着いたようで、席の埋まり具合は7割といったところ。忙しげに食事する人は少なく、みんな会話しながら楽しげに食事してしいた。

 

「ありがとな。あと、直すとは思わないが一応言っとくけど、オレ、友近だから。変なあだ名付けんな」

 

 ともちーは眉毛をピクリと動かせながらも口に水を運ぶ。

 

「でさ、ともちー」

 

「……はいはい、もういいよ。で、どうしたんだ?あ、すんません、ラーメン1つ。お前は?」

 

「あ、オレも同じやつで」

 

 あいよ、という元気のいい大将の声が店内に響く。高校を卒業してからは自然と距離をとってしまっていたが、最近ではまた同じようにココへやってきてはたわいもない会話を楽しんでいた。それがどういった心境の変化なのは心ではわかっているつもりだったが、頭では理解しないでおこうと思う事柄だった。

 

「でさ、ともちー」

 

「なんでもう一回最初からやりなおすんだよ。で、なに?」

 

「最近どうなのよ、年上のお姉さんとは」

 

 ピンと小指を立てていやらしく笑った。どうやら最近、彼には念願の彼女ができたとの噂を聴いた。理は相手を知っているようだが頑として口を割ろうとせずに、そのままだったので、今回は折角の機会ということもあり聞いてみることにした。

 

「それ聞いちゃう系」

 

よくぞ、という言葉がピッタリなように笑うともちー。「いやいや、これがなかなか上手くいってさー」と得意げに鼻歌を披露する彼は本当に上機嫌のようだった。ただ、少しばかり深めに相手のことを聞き出そうとすると途端に難しい顔を見せた。

 

「年上が相手だと。向こうにも事情ってもんがあるんだよ」

 

 確か秋口にはとうに振られていたと思うが、それは彼の言った事情故なのだろう。少しの間随分と落ち込んでいたが、理が相談相手になって数日も立つとケロッとしていたのを覚えている。どうしてか、理と関わるとプラス方面へと自体が収束するようで、コイツの場合も最終的にそうだった。

 

「そんなもんかね」

 

 オレが水を飲み、少しの間を持たせると、ウンウンと無駄に得意気な頷きを見せる。そして、それよりもさ、と話を変えた。

 

「さっき校庭のとこで寮生の何人かとお前たちが話し込んでたけど何かあったのか。理事長までいたし」

 

「あー、あれね。なんかさ、また一人寮生が増えんだとよ。しかもこれが男子小学生」

 

「うへー、夢も希望もない話だな」

 

 何が夢も希望なのか分からないが曖昧に頷くと、ちょうどラーメンが出来上がったようだ。胃が求める香ばしい匂いを出す丼がテーブルに置かれた。互いに割り箸をとった。オレは麺を、ともちーはスープから口に付ける。彼曰く「通は汁から飲むもんだぜ」とのこと。きっと焼き鳥は塩が王道なんていう大人になるだろう。別にオレは美味しかったら邪道でも構わないと思うが言葉には出さずにいた。

 

「明日からの連休はお前どうするの」

 

 それから食事もひと段落した時にともちーは言った。どうせ彼のことだ。オレの予定を聞くことで自分の用事を言いたいだけだろう。桐条先輩の別荘に行くといっても反感の買うだけなので、寮内で用事とだけ簡単に告げるだけにした。そういえば全く用意をしていなかったことを思いだし、帰ったらボチボチ準備でもするかと思った。

 

「お前らって仲いいのな。寮生ってだけで別に他に何かあるわけでもないんだろ。勝手なイメージだけどさ、そんなに特別仲が良くなるってイメージあんまないんだよな」

 

「そうか? オレはほかの寮生ってのは知らないから何ともいえねーけど。まあ、なんだ。あれだよ。所変われば、ってやつじゃね」

 

「それにさ。オレは実はお前ら怪しいと思ってんだぜ」

 

「なにがよ」

 

「いやさー、だってさー、胡散臭さマックスだぜお前らのとこのメンバー。さっき小学生も入ってくるって言ったけど、それがまますます怪しいのよ」

 

「ふふん、その理由を訊いてもいいかね友近警部」

 

「いやはやこれはゆゆしき事態だぞ伊織巡査」

 

 肘をつき、両手に顎を乗せてともちーは言った。

 

 意味が分からないし、巡査かよオレ。せめて警部補辺りにしてほしかった。さっきお前のに向けてのオレの台詞タメ語だったじゃん。明らかに敵対していたか、同格もしくは各上だったよね、なんて野暮ったい諸々の突込みを飲み込んで寸劇を続ける。

 

「どういうことですか。どうも学のない私にはさっぱりで」

 

「いいかね。まずはメンバーが個性豊かすぎるとは思わんかね。あの桐条の後釜、無敗のボクシング部主将、謎の転校生。そして今回の小学生の来訪だ。他にも一癖も二癖もある住人がいると訊いている。ああ、ちなみに君のことは頭数に入ってないから安心するといいよ」

 

「……気になる単語があったと思いますが、ここは不問にしましょう。ですが、それだけでは、星の数ほどある高校のどこかには、同じようなところがあるのではないですか。警部の考えすぎという線はありませんか」

 

「ないな。なによりも美男美女が揃いすぎているというところが怪しいと私は思っているんだよ。ああ、伊織巡査、もちろん君は頭数に入ってないから安心したまえ」

 

 どうしたらそんなにしょうもないセリフを力強く言えるのだろうか。たっぷり間を持って、そして最上のドヤ顔でともちーは、いや、友近は言った。

 

「……乗せたオレが言うのもなんだけど、これ、もうやめね?」

 

「んだよ、急に素に戻られるとコッチが恥ずかしいじゃねーか」

 

 顔を赤く染め、バンバンとテーブルを叩くともちー。少し迷惑になると注意しようと思ったところで、厨房の大将と目が合った。迷惑ではないとその瞳は語っていたが、目配せで礼し、正面に座る彼に向かい悪かったって、と言った。

 

「ふうー、まあいいや。とにかく俺が言いたいのは、美女尽くしの寮内でイベントなんてそうそうないってことだよ。最近、なにあったか知らんけど暗いからさ、お前。楽しんでくればいいんじゃねえのってコト」

 

「へ?」

 

 オレが間抜けな返事をすると、フッと吹っ切れたような小馬鹿にしたようなため息をついた。

 

「だからよ、俺くらいの余裕のある男になるとさ、色々と見えてくるのさ」

 

 顔に出ていたといえば、それはきっと月初めの桐条先輩のシャドウ実験に関する云々の話だろう。桐条先輩の祖父。つまり先代当主桐条鴻悦が人外の神器を得ようと始めた実験。その暴走により、数体のシャドウが暴走し、結果的にシャドウと影時間が出来上がったという話だった。そして、俺たちの活動は言ってしまえばその尻拭いでしかなかったという話だ。仕方はないと思うが、それにゆかりッチが激昂。S.E.E.Sはあわや空中分解寸前のところで表面だけは現状維持を留めている。その一環として明日からの連休を桐条家の別荘宅で過ごすことも含まれているのだが、そこでのもうひと悶着を考えると頭が痛いのが本音だった。

 

 ともかく顔には出さないようには努めていたが、どうも力及ばずだったらしい。このオレに劣らずお調子者のツレは人の機微には敏感で、いつもいつも落ち込んだ時には助けてくれる。柄でもない言葉を吐いたせいでまた顔が赤くなっているが、そこには触れないで上げるのが男の友情というところだろうか。

 

「流石は年上の彼女がいるやつの余裕は違うね。そんなお前の連休の用事を聞きたいもんだ」とおちゃらけながら、残っていたお冷をぐいっと飲み込んだ。

 

 ここじゃ話せねえ。待ってましたと言わんばかりに破顔してともちーは言った。場所を移そうぜと行きつけのカフェを挙げる。まだまだ時間はあるし、持っていくものは既にリストアップ済みだ。

 

 聞いて驚くなよ、と少しうざったく肘でつついてくる彼をあしらいながら伝票を持ってレジへと向かった。


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