P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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1-10 荒垣サン

 やっぱりそうだよなと項垂れた。

 

 今日の夜に行われた2年生だけの怪談報告会。そこでゆかりッチは「怪談には元となった話がある」と言ってきた。事細かに調査してきただろう報告の中には、それがガセでないことを証明する手がかりになるものまで含まれていた。ゆかりッチの熱弁は続く。「騒ぎになった人の共通点を捜すべきだ」と。「駅前の裏にその鍵はあるかもしれない」とも言っていた。

 

 そして極めつけはこれである。

 

「だって、今まで私たち、先輩に言われたまんま動いてきたでしょ? このままでいいのかなって、そういう風に思わない?」

 

 本当に人間関係とは面倒くさい事だらけだ。腹を割って話をすればいいのに。普通の人なら難しいことでも、オレらは命を掛けて共に闘っている仲間のはずなのだ。……難しいことだって、自分を形作っている根底に関することってのも、オレにだってわかってるんだけど、ああ本当に面倒くさい。一応、あそこはヤバいと忠告するも、彼女は聞く耳を持たずに話を進める。本当ならスルーしたいイベントのうちの一つだったが、これがなければ風花が死んでしまう恐れもあったというのもあるだろう。理にも了承をとり、いよいよ断れなくなったので渋々受けることにした。話はトントン拍子で進んでいき、明日の夜、ポートアイランド駅前裏に行くことに決まった。

 

 そして次の日の夜。すなわち6月6日になった。

 

「あー、行きたくねぇー」と言うたびに、隣を歩くゆかりッチから「男らしくない」と蹴りやらチョップがとんでくる。それを2つ隣で傍観する理からはなんの感情も浮かばない。しかし、なんで夜に活動するのに制服でわざわざ行かないといけないんだろうか。そう彼女に聞くと「わざわざ着替えるの面倒くさい」とのことだ。

 

 ここを曲がるとすぐに目的地だ。前よりも覚悟も度胸もついているせいか、正直言ってそれほどビビってはいない。よく考えたら溜まっている不良たちは、オレよりも年下のやつらが多いのだ。

 

 しかし、まあ、と嘆息する。前を歩くゆかりッチの姿はなんと堂々としたものだった。まるで普段通い慣れた道を歩くように足取りはスムーズだ。これがポロニアンモールだったらなんて幸せなことなんだろうか。そう思っても目の前は荒廃した雰囲気を醸し出すコンクリートむき出しの道を映すだけだった。

 

 それから少し歩くと目的地についた。人数は暗くて全て把握できないが多くても十数人といったところだろうか。金髪の者、レザージャケットを着ている者、髑髏マークのTシャツを着ている者など格好は様々だが、どれもわかりやすく世間に反抗している者ばかりだった。

 

 その中の一人がオレたちに気付いて近づき、因縁を付けてくる。その静かな彼らの罵倒に、相も変わらずゆかりッチは空気詠み人知らずな物言いで返した。あちゃーと痛くなってきた頭を抑えながら、警戒しながら周りを見渡す。どうやら完全に場違いなオレたちは、溜まり場の不良どもに舐められているらしく、周りの連中は笑うだけで動く気配はない。

 

「ヒゲ男くんも大変だ」

 

ニタニタと笑う一人がオレに近づいてきて、腹に拳を入れてくる。パシッと両手でその拳を包み込むようにあっさりと防御した。

 

「い、いやー。そうなんです。ハハ」

 

「は? なにしてんのお前」

 

おどおどしたヒゲ男くん如きにパンチが止められたのが癪なのか睨みつけてくる。目の血走り具合から、本当に頭に血が昇ったことが伺えた。だって遅かったから、なんてことは口が裂けても言えない雰囲気だ。「おい」と周りに声を掛けると、さっきまでは見ていただけだった連中もコチラを取り囲むように集まってきた。さっき冷静に殴られておけば良かったかなと思ったところで懐かしい声が聞こえた。

 

「その辺でいいだろ」

 

 夏場に差し掛かっているにも関わらず身に付けているニットと臙脂色のコート。健康優良不良少年のような風貌をした荒垣サンがそこにいた。

 

「バァカかてめーは」

 

 激高し、聞く耳を持たない不良は邪魔とばかりに荒垣サンに突っ込んでいく。大ぶりなパンチを放つも、荒垣サンが一瞬早く足を進めカウンターの頭突きをかます。繰り出そうとしたパンチの勢いと、荒垣サンの頭突きの衝撃を同時にくらい、一瞬意識が飛ぶ不良。荒垣サンがポンと軽く手を押し出すだけで、後ろによろめきながら尻餅をついた。

 

 ざわめく周囲。顔を真っ赤に染めた不良が立ち上がり再び威嚇する。どうやら今のところ、ビビっていいる奴と反撃しようとしている奴は半々みたいだ。前者は一歩後ずさりし、後者はこぶしを握って一歩前へと進む。それをみて、すぐに荒垣サンを加勢できる準備だけはする。このメンバーで、この人数なら問題はない。

 

 だが思った以上に早くことは沈静化したようだ。不良の「ただで帰れると思ってんのか」という言葉に、荒垣サンが「思っているさ。試すか」と答えた瞬間に一気にそこにあった熱が消えた。そして周囲に霧散する熱に引っ張られるように、テンプレ通りの言葉を残して不良は引き上げた。

 

 フーっと息をする。見れば理もいつの間にか臨戦態勢に入っていたようで、左手で彼女を守りながらも右手にはしっかりと固めた拳が見えた。もう一度周囲を見回す。見る限り待ち伏せの様子はなく、そこで張っていた力を脱力させた。

 

「すんません。ありがとうございます」

 

「ッチ、今すぐ帰れ。ココはお前らがいていい場所じゃねえ」

 

「待って」

 

来た道を戻ろうと振り返る荒垣サンにゆかりッチが声を掛ける。振り返るのを確認し言葉を続ける。

 

「ごめんなさい。でも私達知りたいことがあって来たんです」

 

 どうやらここでオレたちが真田サンの関係者ということに気づいたらしい。軽い問答の後に、怪談に関係する話を始めた。

 

 入院していた女生徒がこの溜まり場に連日たむろっていたこと。風花をイジめていたこと。その犯人が風花の怨霊と騒がれていること。そして、その風花が一週間も家にも帰らず、死んでるかもと噂されていること。

 

「あれ、山岸さんって病欠じゃなかったっけ。ねえ」

 

 荒垣サンから告げられて言葉に、顔を見ずとも動揺しているのがわかった。しかしそれも無理はないだろう。現時点でオレたちが手に入れている情報にはそんな内容は一切ない。

 

「そうだと思う」

 

ポツリと理が言った。

 

 あの時はこの話を聞いて驚きしかなかったが、今聞くと胸糞悪い内容だ。イジメた内容を自分の誇り話のようにようにいう奴もそうだが、純粋に風花がイジメられていたという事実にも腹が立つ。

 

「ちょっと順平どうしたの。なんか顔色が悪いよ」

 

 そんなオレに気付いたかゆかりッチが話しかける。さっきまでの動揺はナリを潜めて、心配する声色だった。

 

「いやさ、なんか胸糞悪くって」

 

「そっか。うん、そうだよね……」

 

 それからもう少しだけ話を続け、知っていることはそれだけという荒垣サンに礼を言った。舌打ちと、もう来んじゃねえぞ、という厳つい置き土産こそもらったが、成果は上々だ。

 

 帰る荒垣サンを見送って、オレたちも来た道を戻る。

 

 先頭を歩くゆかりッチが力強く言う。

 

「E組の担任って江古田だよね。なにしてんの、アイツ」

 

 どうやら次にすることは決まったようだ。隣の理を見ると気持ちは同じようだ。同時に肩をすくめ、笑った。だが、オレの中にはそうしても消化できないわだかまりが出来ていた。風花がイジメられていたことに起こったとき気付いてしまったのだ。それを知りながらも防ぐ努力もしなかったオレも同罪なのだ、と。

 

 結局その時オレに出来たことといえば、醜い自己弁護を延々と頭の中で繰り広げることで、自分の罪を少しでも薄くしようとすることだけだった。


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