P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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1-9 梅雨と夏服

 特別課外活動部とはシャドウを駆逐し世間から悪の手から守っている。いわば正義の味方といっても良い存在だろう。各々が人間を超越した力を持ち、その力を持って弱きを助け強気を挫く。そんな日曜朝からやっている童子向けのテレビ番組が現実に現れたような組織だ。

 

 とはいっても、そのまんまと問われれば「違う」とも言える。まず、前提が違う。ブラウン管の中を所狭しと暴れまくる彼らの行動は、言ってしまえば世間に認知された行動だ。敵を倒せば賞賛されるし、番組内では描かれないが被害を出せばその対応に追われるだろう。比べてこっちは行動時間も深夜で、その活動内容どころか、そもそもそんな活動をしていることを知っている人も関係者のみだ。夢や希望なんてそこらに転がっているわけでもなく、ましてやハッピーエンドが用意されているわけでもない。現実は現実のままだ。

 

 そして何よりも彼らと違うことは仲の良さじゃないかと、最近思うようになってきた。

 

 内情を知っているオレからすれば、それはある意味仕方ないとも思えるが、これは些かひどすぎじゃないだろうか。特に顕著なのが美鶴先輩とゆかりッチだろう。美鶴先輩は、シャドウの発生原因が自分が将来担うであろう企業が関係しているから、ゆかりッチは自分の父が背負った罪である実験の真相を探そとしているから。全てシャドウ絡みという共通はあるものの、その根ざしているところは全く違う。隠蔽と暴露。この二つは決して相まみえることはなく、各々がそれぞれの妥協点を探さなくてはならなない。

 

「だからっすね、オレは思うんすよ。ちょーっとばかし、部内の雰囲気が良くなってもいいと思うんすよね」

 

 病室で真田サンと約束した筋トレが始まってから約一ヶ月が経った6月5日。オレは首にかけていたタオルで汗を拭きながら言った。季節はもう夏に片足を突っ込んでいて、しかも梅雨入りもいたせいか、オレたちが今いるボクシング部が使っているトレーニングルームはひどく湿っぽい。そのせいでむさくるしい男たちが放つ汗の臭いの不快感も倍増どころの話じゃない。4月と比べて幾らか筋力が向上したといってもこの環境は辛いものがある。

 

「なんだ順平いきなり。あいつらや俺たちがみんなを信用してないってのか」

 

今日の練習もひと段落し、隣に座り運動終わりのストレッチを始めた真田サンは言った。すっかり体も完治し、そのせいもあってトレーニングやシャドウ討伐ではこれまでの鬱憤を晴らさんばかりの勢いだ。彼も今日スパーリングで倒された部員は安定して10人を超えているだろう。

 

「んなことはないっすよ。そりゃみんな先輩方含めても良い奴ばっかてのわかってますけど、なんか部内がギスギスしてるって言うんすか、んー、なんか欠陥住宅っぽいんすよね」

 

「その例えはあんまりわからんが、要は表は綺麗だけど裏はボロボロってことか」

 

「そーっす。理が何考えてないのわからないってのはいつものことなんすけど、ゆかりッチや美鶴先輩がなんか他人行儀っていうか、よそよそしいってか。ぶっちゃけ、なんか隠し事してんじゃないのかー、って思っちゃたりして」

 

「もしそれが本当でも隠し事がないやつなんていやしないさ。だろ」

 

「まぁ……そっすけど。でもでも、なんか居心地悪くないですかー」

 

「しかし、先月のモノレール内でのチームワークは、直に見たわけではないがなかなか良かったと聞いているぞ。今無理に直さないと思うんだが。全ては時が解決してくれるさ」

 

 ふむ、と頷く。確かに先月のモノレールでの大型シャドウ討伐はスムーズだった記憶がある。たしかに前回の障害が事実オレだったわけだし、それがなければ滞りなく進んだのも釈然とはしないが納得できる。

 

「時が……って真田サンは言いますが。じゃあ、オレたちの活動がいつまで続くと思ってるんですか」

 

「なにが言いたいんだ」

 

 今までとは違う不機嫌を隠そうともしない瞳で睨みつける真田サン。痛くない腹を探られるのが不快と言わんばかりの表情だった。

 

 話題振りをミスったかとも思ったが、振った手前こちらもある程度の覚悟は必要だ。踏み込みすぎず、けれども外れすぎない言葉を考える。しかし、真田サンも真田サンだ。これではなにか隠し事があることを半ば認めていることも同然だろう。過去から戻ってきたオレは精神年齢的にはみんなより上になるが、これはちょっと煽り耐性がなさすぎるのではないだろうか。もう少し過去のみんなの精神年齢は高かったと思ったが、美化しすぎていただけなのだろうか。

 

「そんな怒らんでくださいよ。だってそうでしょ。オレたちはまだ卒業まで2年ありますけど、先輩たちは今年で卒業でしょ。卒業したらそれぞれの道を行くわけですし、いつまでもシャドウを倒してばかりはいけないでしょ。いくら桐条グループの後ろ盾があってもオレたちの人生を全てカバーしてくれるとも思いませんし」

 

「なんだ……。そういうことならそう言えばいいんだ。そうだな、俺はそんな先のことは考えてないな」

 

 額の皺がなくなった真田サンは一度立ち上がり違う体制に変える。途中、水分補給をする為にペットボトルに口をつけた。

 

「へ?」

 

「ん、聞こえなかったのか。そんな先のことは考えてないといったんだ。お前は戦闘中の高揚を感じないのか。生をより一層感じられるあの瞬間を。あの時間だけが俺に生きる意味を教えてくれる。だから俺はシャドウどもを戦える今が最高に楽しいんだ」

 

クリスマスプレゼントを貰った子供、というには少々物騒なほどギラついら目で真田サンは嬉しそうに語る。オレが話を振ったものの、少しは他の人の目を忘れないで欲しい。ボクシング部でないオレが今、トレーニングルームで鍛えることができているのはエースである真田サンの影響力が全てといっても過言じゃない。いわば外様なのだ。1ヶ月がたってもそれは変わらない。少しは仲良くなったものの、同じ夢を見ないオレという存在はどこまでいっても異物でしかないのだ。トレーニングウェアこそもうすっかり着馴染んだが、この疎外感はいつまでたってもなれそうにない。

 

 やっぱり、と思った。オレが知っている真田サンと今の真田サンは完全に別物だ。いや、荒垣さんが亡くなったあの日からこの人は本質的に変わったんだろう。いまはまだガキなのだ。残った問題を先送りにして、それを忘れたいがために戦う。しかし、そう考えるとやはり足りないのは戦うための覚悟か。戦うための意味か。時間が全て解決してくれるという真田サンの言葉を全て肯定したくはないが、それも答えの一つなのだろう。だが、

 

「オレは残念ながら感じないっす」

 

「ふむ、つまらん奴だな。ほかの奴らじゃ味わえないことをしてるんだぞ。もっと楽しんでみろ」

 

「はいはい。考えておきます。あ、そだ。真田サン背中押しましょうか」

 

「ああ、お願いする」

 

 股を広げ、手を伸ばした彼の背中を押す。流石は運動エリート。ぴったりと開脚したままでお腹がついた。

 

「んっ、もう少し強く押してもいいぞ」

 

「うっす」

 

「もういいぞ。ありがとう。ふぅー。しかし、あの話は今どうなった」

 

 お前もしろ、と真田サンに勧められ同じストレッチをする。運動はしてきたもののまだ体は発展途上で、柔軟性はそれほどない。股割りも痛みを耐えながら、息も絶え絶えだった。

 

「あ、いったたたた! もう少しお手柔らかに。で、あの話って」

 

「情けないな。もう少し基礎練習を増やすのもありだな。ああ、あれだよ。怪談話。ほら、終わりだ。立て」

 

「あざっす。あー痛かった。怪談はぼちぼち集まってる……かな」

 

 怪談話か。6月1日にオレが行った伊織順平アワーで披露した怪談話。その怪談の元となった事件を調べようと、ゆかりッチがやけに突っかかってきたのだ。期限は週末の6月5日。そう今日である。オレは特に何も調べてなかったので、今回もそれでいいやと思った。

 

「なにを企んでいるか知らんが気をつけろよ。あと、これにて今日の練習は終わりだ。体を冷やす前にシャワーを浴びて、お前はもう帰れ。俺はこの後、部内で少しミーティングをして帰る」

 

 そう言って大声で部員を集める真田サン。オレはそれを見ながら、顧問に礼をしてトレーニングルームを出て、シャワー室へと向かう。あくまで汗を流すだけなので、ものの数分でシャワー室をあがり制服を着る。6月に入りもう衣替えが終わっているので制服は夏服だ。ズボンと紺のシャツ。そして半袖の制服を来ると、最後に帽子を被って準備万全。

 

 おつかれっしたー、と最後にトレーニングルームで挨拶をして校外へ向かう。途中で理を見かけたが、知らない人と親交を深めているようだ。しかし、前回はあまり気にかけていなかったがいつも違う人と一緒にいるなアイツ。前に、人に興味自体はあるというのは本当らしい。今回は大人しめのメガネをかけた真面目そうな女の子と一緒だったので声を掛けるのもちょっとどうかと思ったので、そのままそそくさと寮へと帰ることにした。

 

 ただ、オレの足取りは重い。記憶が正しければ今日は怪談話の報告会で、その流れで不良の溜まり場に行くことになるのだ。やっぱりこれも桐条先輩とゆかりッチが仲が悪いことも関係あるんだよな。仲良きことは美しきかな。

 

 ホント、なんというか、オレにできることって少ないな、と今更思ってちょっとブルーになった。空の夕日は赤いのに、オレの心は一面ブルーとはこれ如何に。そう考えずにはいられない下校途中だった。


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