鳳凰院凶真と沙耶の唄   作:folland

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昼間のじっとりとした熱気に包まれたラボの中。

俺はいつものようにタイムリープマシンをいじっていた。

 

周りにグロテスクな肉塊もいないし気味の悪い不快な声もしない。

今、ラボメンは皆コミケに行っているのだった。

 

ダルやまゆりだけでなく、紅莉栖も二人についていく形でコミケに行っている。

 

しばらくタイムリープマシンを弄った後、ふと時間を確認する。

 

もうすぐ夕方に差し掛かろうかという時間。

 

「もうこんな時間か……」

 

最近は沙耶の家に行く時間が段々と早まっていた。

やはり楽しい時間はできるだけ長くしたいのだった。

 

夕方になれば沙耶も家に帰ってくるのでそのあたりに沙耶の家に行くのだ。

 

すぐに支度をし、駅へと向かった。

 

 

電車は地獄だが、沙耶のためなら耐えられる。

吐き気を我慢しながら電車に揺られた。

 

 

「沙耶……?」

 

空き家につき屋根裏部屋へと足を進めるが、いつもと違って気配がない。

隠れいるのだろうか。

 

「おーい沙耶ー?」

 

そのまま屋根裏部屋への階段を上る。

怪談から顔をだし、屋根裏部屋を見渡す。

 

どこにもいない。

 

「……沙耶?」

 

いやな想像が頭を駆け巡る。

 

まさか誰かにここがばれた?

いや、それならそいつの死体が残っているだけだ。沙耶がいない理由にはならない。

沙耶がどこかに行った?

いったいなぜ?そしてどこに?

まさか俺のことが嫌いになったのだろうか?

 

混乱する頭でそこいらを見渡していると、紙が落ちているのを見つけた。

これは?

 

拾って見てみる。

ノートの切れ端のようで丁寧に破ってある。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

――――――

 

倫太郎へ

 

あたしは今外へ出かけています。

驚かせちゃってごめんね?

 

実は倫太郎にプレゼントをしようと思ったの。

焦らなくていいから、ラボに来て。

あたしはそこにいます。

 

倫太郎の喜ぶ顔が見れるといいな。

 

沙耶より

 

――――――

 

読んだ後、ひとまず安堵した。

さらわれたわけでも、愛想をつかされたわけでもなかった。

沙耶のやつめ。驚かせるな。

 

しかし、ラボとは。

外にでて人に会うのもダメだしラボメンとも接触するのはまずいのではないだろうか。

そもそも、プレゼントとはなんだろうか。

ラボで沙耶が見繕えるものなどそうないと思うのだが。

 

不思議に思うが、行ってみないことにはわからない。

焦らずにラボに来いと書いてあるので、ゆっくりラボに戻るとするか。

ここですることも特にない。

 

トンボ帰りとなるが、沙耶がプレゼントを用意し待ってることを思えば別段苦でもない。

 

 

沙耶が何を用意しているかを楽しみにしながら、帰りの電車へと乗った。

 

 

 

 

 

日がちょうど沈んだ頃、ラボの前へと着いた。

人の気配はしない。

中で沙耶が待っているのだろうか。ラボメンはいるのだろうか。

 

少し緊張しながら、おもむろにノックをする。

 

しばらくして、返事があった。

 

「倫太郎!入って入って!」

 

沙耶の声だ。

ドアののぞき穴を確認したのだろう。

俺以外は入れないようにうまくしているのだろうか。

 

そう考えながら、ドアを開ける。

 

ラボの中は薄暗い。

窓にもなぜかカーテンがしてある。沙耶がつけたのだろうか。

 

その沙耶は開発室前に佇んでいる。満面の笑みを浮かべながら。

 

「……ただいま、沙耶」

 

「ふふっ。おかえり、倫太郎♪」

 

なんとなく、ただいまという言葉を使ったら、沙耶もそれに乗ってくれた。

そのやり取りが面白くて、二人して少し笑う。

 

「沙耶はラボに来るのは初めてだけどな。どうだ、うちのラボは」

 

「ごちゃごちゃしてちょっと狭いけど、倫太郎がここにいるんだなーって気がして、なんか居心地がいい」

 

「よくわからんが、それはよかった」

 

俺にとっては今のラボは臓器や肉片に彩られた不快な場所である。

しかしそんなことも、沙耶がいるだけで安心できる場所のように思えてくる。

 

「それで、わざわざ俺を往復させてどんなプレゼントを用意したんだ?」

 

「あ、電車の件はごめんなさい。どうしても驚かせたくて……」

 

「いや、気にするな。沙耶がプレゼントしてくれることの方がうれしい」

 

「えへへ、ありがと♪」

 

沙耶はいちいちかわいい。

少し喋るだけで日々感じる不快感が拭い取られる。

 

「それでね、プレゼントなんだけど……」

 

そう言って開発室を覗き込む沙耶。

 

「開発室に用意してるのか?」

 

「うん。準備できるか不安だったけど、大丈夫だったからよかった~」

 

そういって再びこちらを見る沙耶。

 

「心の準備はいい?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「それじゃ、じゃ~ん!」

 

開発室の仕切りが開けられた。

 

 

 

そこには全裸で横たわっているまゆりがいた。

 

 

 

 

まゆり。

 

人の形をした。

 

肉塊でない。

 

まゆり。

 

透き通る白い肌をした。

 

すんなりと伸びた手足を持つ。

 

不快さもグロテスクさもない。

 

美しい。

 

 

「……ぁ……ぅあ……」

 

その形のいい唇からは言葉ではない声がこぼれている。

 

 

人間のまゆりがいる。

 

「ま……ゆり……こ、これは……?」

 

「驚いた?すごいでしょ~!」

 

沙耶は満面の笑みでこちらに語りかける。

 

「倫太郎の大切な人をちゃんと人間に見えるように調節したの!ちょっと苦労したけどね

 

 最初はやっぱりあたしのことを化け物~って言ってきたけど、調節するうちに静かになったよ!

 

 ただ、お話はできなくなっちゃったけど、時間をかけたら喋れるようになるから」

 

まゆりの目は光がなく虚空を見つめている。

両手足も満足に動かせないようで、もぞもぞと不規則に動かしている。

 

「まゆり……?」

 

近寄って、その頬に手を添えてみる。

 

あたたかく、柔らかで。

 

しばらくぶりに、俺はまゆりに触れることができた。

 

「まゆり……」

 

くしゃくしゃの黒髪を、そっとなでつける。

癖があるがしなやかな潤いを持った髪。

指をするりと抜けていく。

 

「……ぉ……あぃ……」

 

再び言葉にならない音が口からこぼれる。

優しい声。

人間の声。

まゆりの声。

 

 

 

俺はただひたすら、まゆりの存在を確かめ続けた。

 

 

 

「沙耶……」

 

しばらくまゆりに触れた後、立ち上がる。

 

「なに、倫太郎?」

 

振り返り、おもむろに沙耶を抱きしめる

 

「きゃっ」

 

白いワンピースが翻る。

柔らかな体躯の感触がある。

涼やかな匂いがする。沙耶の匂い。

 

「沙耶……ありがとう……」

 

万感の思いを込め、沙耶に言う。

 

「ありがとう……ありがとう……」

 

地獄だった。

孤独だった。

 

それを沙耶が癒してくれた。

沙耶がまゆりを戻してくれた。

 

久方ぶりに大切な人のぬくもりに触れた。

それがたまらなく、嬉しかった。

 

「うん……辛かったんだね……もう大丈夫だよ…」

 

「ああ…」

 

優しく抱きしめ返してくれる沙耶。

その言葉も聖母のようで。

 

 

俺は気づけば涙を流していた。

 

 

 

 

 

ひとしきり泣いた後、俺はまゆりに向き合う。

 

「さすがに、着るものがないのはかわいそうだな」

 

そういって白衣を着せた。

ただそれでも裸に白衣である。

何か着せるものを考えねばならないだろう。

 

「服か……それもあたしがどうにかするよ」

 

頼もしい限りである。

 

「まゆり……すまんが今は我慢してくれ」

 

「……ぉあ……ぃ……」

 

虚空を見つめたまゆりは聞こえているのかどうかわからない。

それでも辛そうではないので、きっと大丈夫だろう。

 

「さて……ところで沙耶、他のラボメンはどうするんだ?」

 

すると沙耶は思案顔でこちらに問いかける。

 

「ん~倫太郎はやっぱりみんな一緒にいたほうがいいよね」

 

「そうだな」

 

「ならみんなも調節しよう!けど一気に来られてもまずいから、一人一人地道にやらなきゃ」

 

「さすがに多人数だと沙耶でも無理か」

 

「一対一しか無理だし、あたしは基本的に不意打ちだしね」

 

 

ならばなんとかラボに呼び出して、不意打ちできる状況にせねばいけないか。

 

 

「あと、まゆりは今後はちゃんと話せるようになるのだな?」

 

「それはもちろん!今はただ新しい体に慣れてないだけだよ」

 

「慣れてない?」

 

「そう。体の構造を一から作り変えたからね。赤ちゃんと似たような感じ。そのうちちゃんと喋れるようになるよ」

 

「それならよかった。まぁどうせタイムリープするのなら、今はまだそこまで気にしなくていいか」

 

「うん、そうだね。あ、倫太郎!タイムリープするときは一緒だからね!」

 

「それはもちろんだ」

 

タイムリープに関しては沙耶と一緒にすることに決めていた。

ラボにはどうやって連れ込めばいいか悩んでいたが、その心配もなさそうだ。

 

これで、ラボの居心地もよくなるだろう。

 

「本当に……沙耶には感謝しきれないな」

 

「えへへ」

 

嬉しそうにする沙耶。

頭をなでると、さらに撫でるのを要求するように頭を寄せてくる。

 

苦笑しながら俺は頭をなで続ける。

 

 

ガチャ

 

ドアの開く音。

 

 

 

 

チョrット置かkべ、(ちょっと岡部)イぃ帯こトgAヤマほdおAル(言いたいことが山ほどあるん)……得ッ(えっ)…」

 

D推したン牧セしSい(どしたん牧瀬氏)……宇あっ(うあっ)!」

 

ドウ始端デsuか(どうしたんですか)?……緋っ(ひっ)……」

 

 

 

 

肉塊のラボメン達だった。

 

 

 


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