鳳凰院凶真と沙耶の唄   作:folland

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プロローグ

カルネアデスの板というものがある。

船が難破し、乗組員が漂流した。その一人が壊れた船の板につかまった。

そして後から板につかまりに来たもう一人を、捕まっている板では二人分を支えきれないと考え突き飛ばしてしまう。

自分のために他人を犠牲にする行為は罪に問われるか否か。

 

俺はどうするだろうか。

 

また、ある漫画でもカルネアデスの板の話が出ていた。

その漫画の主人公は、自分がその状況になったら二人とも助かる方法を考えると言っていた。

 

俺もそうしたのだ。

 

幼いころからの幼馴染。大切な存在。

いざとなったら頼れる天才少女。愛しい存在。

 

天秤で測ることなどできはしない。

もし、どちらかではなく、第三の方法があるなら誰でもその方法を選択する。

 

そして、俺には第三の方法を探す時間を得る力があった。

 

タイムリープ。

 

繰り返す永遠の時間の中で、ひたすら第三の方法を模索していたのだった。

 

 

 

「明日もまたタイムリープマシンをいじって終わるの?」

 

紅莉栖が少し疲れたような声で俺に問いかける。

実際、俺も疲れていた。

 

「それしか方法はないのだ。お前にタイムリープしてもらうつもりもない。それに」

 

「……やめましょ。この話、何度したかわからないわ」

 

俺も紅莉栖もその議論は語りつくしていた。

特に俺は何倍も同じ議論を過去の紅莉栖としていたのだった。

 

第三の方法。

まゆりも紅莉栖も、確実に救う方法。

α世界線でもなくβ世界線でもなく、二人ともが生きていられる世界線。

 

今いるα世界線では8月17日にまゆりが死んでしまう。

まゆりがSERN襲撃とは関係なく、8月17日に死ぬことは何度も経験した。

そう何度も。

 

β世界線に行くと7月28日に紅莉栖が死んでいることが確定している世界になってしまう。

紅莉栖が血溜りの中横たわっているのを俺が観測してしまっている。

 

 

双方の悲劇を回避するための方法を俺と過去の紅莉栖は一つ考えていた。

タイムリープマシンの48時間前までしか飛べない制約を解消すること。

 

今はなぜか48時間までしか時を遡れないが、もしその制約を解消出来れば、7月28日以前へ戻れる。

7月28日以前でIBN5100を使ってβ世界線に移れば紅莉栖の死の日に飛べる。

そこで、紅莉栖の死を止めればいい。

 

ただ、それも確実な方法ではない。

アトラクタフィールドに阻まれ、『紅莉栖の死』が確定した世界へと収束してしまうかもしれない

 

そのために、7月28日までにタイムリープを再作成する。

紅莉栖が死ぬβ世界戦ではタイムリープマシンが作られていない。

だが、電話レンジ(仮)はあるので、そこからの改良の手順さえ覚えてしまえばいいのだ。

間違って紅莉栖が死んだままになってしまっては……意味がない。

 

 

つまり、やることは二つ。

 

・電話レンジ(仮)からタイムリープマシン作成をできる知識を得る

・タイムリープマシンの48時間制限の解除

 

一つ目については、現状ほぼクリアしている。

実際に紅莉栖の監修の元では4日ほどかかったが自力での作成に成功している。

あとはタイムリープマシンの48時間制限の解除だけだ。

 

問題は二つ目だ。

 

これは実際は紅莉栖にタイムリープしてもらってタイムリープマシンの制約解消を目指してもらう手もある。

だが、俺はそれを許せない。

過去は自分では変えたくないという紅莉栖の意思も尊重したい。

なにより、これは俺の招いた失態の報いだと思っている。

俺がやらなけばいけないのだ。

人に背負わせるつもりはなかった。

 

だからこうして何回も、何十回も、もしかしたら何百回もタイムリープしているのだ。

 

だがそれでも、制約の解消に至っていない。

いまだ、わずかな進展すらなく足踏みをしていた。

 

「それじゃ……私はホテルに帰るから……」

 

「ああ……」

 

口だけを動かし紅莉栖に返事を返す。

俺が、俺だけしか二人を救えない。なのに、いまだに何のめども立たない。

そのことが俺を盲目にしていた。

ただタイムリープマシンを弄るだけのからくり人形となっていた。

 

 

 

 

 

不意に携帯の音楽。反射的に着信相手を見る。

『助手』

紅莉栖か……と落胆してしまった。

未来からの俺がこの現状を打破してくれるかもしれないと一瞬思ったのだ。

未だ鳴り続ける携帯をしぶしぶとる。

 

「ねぇ!まゆりが死んじゃったの!もしかしてあんたは知ってたわけ!?そうなんでしょ!?」

 

「あぁ……そうだったな」

 

そうだった。すっかり忘れていた。

今日はまゆりが死ぬ日だ。

時間間隔が曖昧になっている。

紅莉栖にも説明をし忘れていたかな。

 

「そうだったなって……あんた、まゆりが死んだのよ!?どうしちゃっ」

 

プツリ

 

通話を終了し、そのまま着信拒否にする。

面倒だった。

今はタイムリープマシンの調査に没頭したかった。

この後通夜やら葬儀やらで色々大変になるだろう。

それすら、面倒くさい。

 

 

俺は静かなラボの中でタイムリープマシンを研究し続けた。

 

 

 

 

 

時間がわからない。今、何時だ?

日付感覚もない。

まゆりが死んでから何日たっただろうか。

あのあと紅莉栖やらダルやらが来て何かをわめいていったが、どうでもよかった。

 

ただ、進展が何もないことが悔しい。

同じ場所をぐるぐるとまわっているような閉塞感。

 

しかし、そろそろタイムリープをした方がいいだろうか。

そんなことを考えていた矢先。

 

バン

 

乱暴に扉を開ける音。

バタバタという複数の足跡。

振り向けば、もう何度と目にしたかわからない光景があった。

ポロシャツやアロハシャツで銃を持った男たち。

黒いライダースーツに身を包んだ、陰気な女。

桐生萌郁。

 

SERNの、ラウンダーの襲撃だった。

 

今日だったか?

考えてみて、そういえばまゆりの死後に長い間タイムリープをしなかったのは初めてかもしれないと思い至る。

 

「両手を上げて」

 

萌郁が銃をこちらに向ける。

おとなしく従う。

 

「あなたには付いてきてもらう。牧瀬紅莉栖、橋田至はすでに確保済み」

 

そういえば鈴羽はもう過去にいってしまっている。

まずいんじゃないか?

 

「抵抗するなら、殺す」

 

段々と頭に血液が巡ってくる。

これは、まずい。

なんとかして状況を打開しなければ……。

 

「その前に、確認したいことがある」

 

今俺はタイムリープマシンを背にしている形である。

42型ブラウン管も実験のために運よく点灯済み。

時間設定も48時間目一杯してある。

あとはヘッドセットをつけて動かすだけ。

なんとか時間を稼がなければ。

けど、どうやって?

 

「このタイムリープマシンもお前らが回収するのか?タイムマシンのために、俺たちを?」

 

チャンスを見つけるため、どうでもいいことで時間を繋ぐ。

考えろ。考えるんだ。

 

「そう。タイムマシンの研究のため、あなたたちを連れて……」

 

「岡部!!!」

 

ふいに紅莉栖の声が開け放っていた窓から聞こえる。

紅莉栖?捕えられていたはずでは?

 

「っ……」

 

萌郁が目線を後ろに向ける。

男たちも階段の音から、今にも上がってくるであろう紅莉栖に対し身構えている。

ここだ。

 

瞬時にモアッドスネークを取り作動させる。

 

「うおっ」

 

「なんだ!!」

 

「岡部!?無事!?」

 

タイミングが良かったようで萌香と男たちは混乱しているようだ。

 

「タイムリープする!!!」

 

紅莉栖に向け叫び、ヘッドセットをつける。

あとは携帯で電話するだけ……

 

パン パン

 

腹部に激痛。

撃たれたか。

意外に冷静な思考のまま携帯を操作する。

痛みはドーパミンが紛らわせてくれているらしい。

そのまま通話ボタンを押す。

バチバチと放電現象が発生する。

跳べる。

 

パン パン ガチャン

 

左耳に激痛。

またか。

そう思い左耳に手を当ててみると、ヘッドセットの壊れた感触がある。

 

壊れた?

 

そして放電現象もいつもと何かが違う。

 

まさかさっきの俺の腹に当たった弾も、そのままタイムリープマシンにあたって。

 

マズイ。

だがいまさら止められない。

跳ぶしかない。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

自らの迂闊な行動に後悔しながら、俺は48時間前へと跳んで行った。

 

 

 

 


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