実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第五話 "六月二週~七月一週" vs聖タチバナ学園高校 前編

 速いもんでもう夏。

 栄光学院大付属高との試合が終わってから一ヶ月近くたつが、未だに女性選手出場問題は解決に至らないまま抽選日を迎えていた。

 今日中に結果が出なければ、今年の夏は諦めざるを得ない。

 

「……」

 

 ここまで緊張なんか知らずに練習してきた早川や新垣にも緊張の色が見える。ううむ……そういう集中出来ない状態で練習をするのは良くないんだがな……。

 

「よし、ストップ。今日は抽選会だ。……一応高野連の方から連絡は来てる」

 

 加藤先生からだいぶ前に伝えられた内容を俺はもう一度思い出して、復唱する。

 

「特例として当日まで出場資格のあるチームとして保留し、女性選手が出場して良いかの検討を当日までに行う。くじびきは昼の二時で総合体育館で行われるが、その一時間前までに連絡を行う。つまり、後十分以内だ。……その電話で俺たちが出場出来るか決まる」

「……うん」

「……分かってるわよ」

「凄いでやんすよ。あおいちゃんと新垣が全国の女性選手に道を開こうとしてるでやんすから」

「ああ、出場選手登録も事前に通達するというのから初戦のベンチ入りメンバーで大会最後まで固定するというルールになった。……それは、おまえたちの頑張りで達成出来たことだ」

「矢部くん、友沢くん……」

「……ありがと、矢部、友沢」

「っ、パワプロ様! 加藤先生から電話ですわ!」

「はわわわわっ、お願いします神様っ、どうかあおいとあかりちゃんが出場できますようにっ!!」

 

 七瀬が手を合わせて祈り、彩乃が慌ててケータイを俺にさし出してくる。

 皆が皆七瀬と同じ気持ちだ。一緒に出場出来るのを祈ってるんだ。

 頼む……! 早川達に道を示してくれ……!

 

「もしもし、加藤先生ですか?」

「ええっ! 今高野連から連絡があったわよ! 検討した結果――」

「……結果……?」

「――女子選手の出場を認めるって! 貴方達、夏の大会に参加出来るのよ!!」

「本当、ですか……!!?」

「ええっ!!」

「やっ――たああああ!!」

 

 それを聞いて、俺は思わず両腕を突き上げた。

 早川と新垣、矢部、友沢、明石や皆も顔を見合わせた後、想い想いのリアクションで喜びを表現する。

 

「加藤先生っ! ありがとうございます!!」

「ええ、本当におめでとう! それじゃ、今から私はクジ引きの会場に移動するわ」

「はい、俺達もすぐに行きます!」

 

 電話を切って、彩乃にケータイを返す。

 これで夏の大会に一年から出場出来る……! 関門は突破だ!!

 

「うーし! オメーら、聞いたとおりだ!! 俺らのエースとセカンドがしっかり出場出来ることになった!」

「やったー!! やったでやんすー!!」

「ぐすっ、あかりぃっ、ボクうれしいよぅ!!」

「ば、バカ、何泣いてんのよ! あはっあははははっ!!」

「……ふ、当然だ。参加出来ないなんて考えたくもなかったからな」

「よし! んじゃすぐクジ引き会場に移動だ! 初戦は七月の一週だけど今日で相手が決まる! 気合いれてクジ引き会場まで走るぞ!」

「「「「「「「「おー!」」」」」」」」

 

 全員に気合が入る。

 チームメイトが無事に大会に出場出来る。これ以上嬉しい事はないよな。

 うーし! んじゃ全員気合満タンでクジ引きに行くぞ!!

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 クジ引き会場である総合体育館。

 そこにはこの地区全チームの全ベンチ入り部員が揃っている。

 

「す、凄い人でやんすねぇ」

「全員ユニフォームだ……」

 

 矢部と早川が言葉を漏らす。

 たしかにすげー人だな。予想してたけどこんなに勢いがあるとさすがの俺も気後れしちまうぜ。

 ま、友沢はいつもどおり平然な顔で音楽聴いてるけど。

 

「ね、パワプロ。あんたってもう大体全部の高校リサーチしてあんでしょ? 解説してよ?」

「ん? ああ、良いぜ」

 

 新垣に言われて俺は頷く。

 明らかに顔が"冗談だったんですけど"って言わんばかりだけど、まあこいつらに教えておくのも悪くないし、解説くらいならいいだろ。

 

「あっちの白と赤のユニフォームはパワフル高校だな」

「パワプロくんとそっくりの名前でやんすね」

「うるせーな。あいつは尾崎竜介。一年ながら既に四番に座るチームの主砲だ」

「四番……」

「ああ、その隣に居るのは手塚、あいつも一年だけど、既に一三〇キロをマークする快腕だって言われてる。最高の武器はコントロールだそうだ」

「あおいとタイプが似てるわね」

「うん」

「ま、フォームは違うよ、あいつはオーバースローだし。更にその後ろに居るのは円谷。快速の一番バッターだ。練習試合だけのデータだけど、大体パワフル高校の得点パターンは円谷がヒットで出塁、走って、二,三,四番のどれかが打って返すっつーパターンだ。それを手塚をしっかりと押さえて勝つってパターンが殆どだ。スコアは三戦見ただけだけど4-3、3-1、4-2って感じで得点力は高くない。円谷をしっかり押さえりゃ勝てる」

「ていうかそんなの見てるの? 何時寝てんのよパワプロ」

「そりゃ俺じゃなくて七瀬と彩乃にいってくれ、こういうデータをまとめてるのはウチの誇る優秀なマネージャー達だからよ」

「て、照れます……」

「ふ、ふん、当然じゃない!」

 

 おーおー、二人とも顔を真っ赤にしちまってるぜ。

 でも、それくらいの礼じゃ足らねーよ。有力校のデータを全部調べ上げてきてくれたんだしな。

 

「そういえば、区間分けが変わったんでやんしたね」

「……ああ、そうだな。どう変わったのか詳しくは知らないが……」

「ま、厄介になったんだよ」

 

 そう、今年からここの地区の組み分けが変わったのだ。

 全く厄介になったもんだぜ。なんてったって――帝王実業高校が同じ地区とカウントされるようになったんだからな。

 巷では"死の地区"と言われるようになった。まあ強豪高校が集まってんだから仕方ねーけどさ。

 強豪あかつき大付属を初め古豪パワフル高校、球八高校が居るだけでも厄介だったっつーのに更にここに帝王実業高校、ハングリーさで一枚上手の灰凶高校。パワフル高校と同じく古豪の聖タチバナが絡んでくる。

 でも――。

 

「燃える、よな」

 

 俺がつぶやくと、周りが一瞬で静まる。

 矢部くんや早川たちだけではない。周りに立っていた他校の選手達も黙ってしまった。

 だが黙らない。俺はにやりと頬を釣り上げて、

 

「強い所をぶっ飛ばして上にあがってく快感を他の所の倍味わえるんだからよ」

 

 言い終えると同時に周りの空気が一気に変わる。

 チームメイトは驚き半々やる気半々ってところか。友沢は俺と同じ考えだったらしくイヤフォンを付けたままにやりと笑った。

 他は基本嘲笑か。そりゃそうだ。見るからに一年だけのチームが粋がってるんだからな。その次にあるのが失笑と驚愕、警戒する空気を出しているのは――。

 

「……猪狩」

 

 人垣の向こう。そこに見える勝気な瞳にプライドの高そうな面。

 間違いない、猪狩守本人だ。

 猪狩と目が会った。

 だが、猪狩はすぐに視線をそらして人ごみに消えていってしまう。

 

「……ふん、分かってるよ。猪狩」

 

 試合前に慣れ合うのはゴメンだってんだろ? ……約束したもんな。"グラウンドで会おう"ってよ。

 

「おや、久しぶりだねぇ。パワプロくん」

 

 そんな熱い気分に浸るのを邪魔するように、相変わらず鼻に付く声がかけられる。

 蛇島桐人――帝王実業だ。

 そのチームの登場に辺りがざわつく。

 今季からこの地区に参入する男子校である帝王実業。そこと女性選手が二人居る恋恋高校。

 かたや本命の一つ、かたや"今のところ"色物。その二つの交わりに周りはどよめいている。

 

「ふふ、出場おめでとう。さっきケータイのワンセグの昼ドラを見ていたらさぁ。上の方にテロップで女性選手が出場可能になったって出てねぇ。無事に出場出来てよかったよかった」

「うるせぇよ蛇島。テメェらはぶつかったらぶっ飛ばす。人の後輩をたぶらかしやがって」

「アハハハ!! チーム力が違うからねぇ! そう簡単に行くと思ってもらっちゃぁ困るよパワプロくん。まあぶつかったら――全力で潰してあげるけどね」

 

 高笑いをしながら蛇島は踵を返して歩いていった。

 ……野郎、んな事は分かってるんだよ。帝王とあかつきはこの地区じゃ頭一つ抜けてるってことくらい。

 

「……あ」

「ん?」

 

 そんなことを考えて難しい顔をしていると、早川が声をあげる。

 その視線の先には――ユニフォームに身を包んだ二人の女性が立っていた。

 

「みずき! 聖!」

 

 早川が可愛らしい声で名前を呼ぶと、名前を呼ばれた二人の女性が早川に気づいて嬉しそうに走ってきた。

 片方の女性は黒髪にリボンをつけ、もう片方はあかりと同じように勝気な目をしている。

 二人が近づいてきて新垣も気づいたのか嬉しそうに両手をあげて、

 

「久しぶり! あはは、やっぱあんた達も野球続けてたんだね!」

「いやねー、続けるつもりは無かったんだけど、野球バカが一人いてさ、あっという間に人を集めちゃうの。出場はムリかなーと思ってたらあんたたちが頑張ってくれたから、お礼言わなきゃと想ってて!」

「うむ、あおいとあかりのおかげだ。私も礼を言うぞ」

 

 きゃっきゃと四人は積もり積もったモノを吐き出すようにお互いの言葉を浴びせかける。

 友情の再開か。高木幸子もこの四人と一緒に野球をやってたんだろうな。それにしても野球バカか……誰の事いってんだか分かんねぇが、多分中心選手のことなんだろうな。

 

「みずきちゃーん、聖ちゃーん、そろそろ入館だよー」

「了解キャプテン! じゃ、ごめんねあおい、あかり、あたしたち行かなきゃ。聖タチバナと当たったら負けを覚悟しなさいよ!」

「ま、待ってくれキャプテンっ」

 

 二人は呼ぶ声を聞いて走っていく。

 聖タチバナ、か。

 

「……タレントが揃ってるところだな」

「ふぇ?」

「聖タチバナだよ」

「聖タチバナのこと調べてたの?」

「ああ、勿論」

 

 そりゃ対戦相手になるかもだしな。

 それにシニアでそこそこ名前が通ってた奴らが入ったって聞いたからな、マークするのは当然だ。

 

「さっきの聖とみずきだっけ? その二人はいまいちデータ不足だが、レギュラーのうち五人は中学三年のデータを集めた。宇津久志はエース候補、スタミナはいまいち物足りないがストレートにノビがあって捉えにくい。原啓太はセカンド、体が小さいがその分足が速く、守備とミートセンスに優れる一番打者タイプ。大京は一塁とレフトを守るやつでパワーヒッターだ。肩が強くてパワーがある四番。そしてもう一人――春涼太」

「春?」

「ああ、シニアからそれなりに有名だった奴だ。なによりも野球センスが良い。ショートを守ってるが地肩が強いな。打撃は荒く普段はあんまり怖くはないが――チャンスに強いんだ」

「チャンスに?」

「ああ、普段は打てて二割ちょいだが、こと得点圏打率になると打率が八割に跳ね上がる」

「は、八割って……」

「更に恐ろしいことに、その八割の打ちの六割が長打だ。つまり、打ってほしい時にデカイのを打てる奴ってことさ」

 

 ったく、本当に信じられねーぜ。普通得点圏になったら腕が縮こまったりしてもいいもんだが、コイツの場合勝負強さが異常過ぎる。

 友沢とは違う意味で嫌な打者って奴だな。

 

「凄いね……」

「ああ、守備でもピンチになると好プレーを連発する。つまりチャンスとピンチに強い野球センス型ってことだ」

 

 たぶん、チームの中心はコイツだ。

 本当に良かったぜ。もし矢部くんがこの学校に入ってたらと思うとゾっとする。矢部くんと原にチャンスを作られて春ってことになったら嫌だし。

 まぁたらればなんて考えても仕方ないか。

 

「ま、当たってから対策は考えるぜ。……他のチームも中に入ってった。俺たちも入るぞ」

「うん。はいろう!」

「おー、でやんす!」

「ああ」

「そうね」

 

 九人で扉をくぐった。

 中は三階建ての広いホールでホールの真ん中の舞台にはトーナメント表と発表するためのマイク、そしてくじ入れが設置してある。

 薄暗いホールの中、俺達は広く開いている場所を探して端の方に腰掛けた。

 

「なんかわくわくでやんす」

「うん、ボクも……高校野球に参加できるなんて、夢みたい……」

「……そうね、私も」

「はは、ここで満足するなよ。……目指すは頂き、甲子園優勝だ」

「そうだね。……パワプロくんは凄いな」

 

 俺の隣に座った早川が何故か俺の方を見て目をキラキラさせそんなことをいう。

 何が凄いってんだよ。志が高いってことか? ……よく分かんねーけど、ここが薄暗くて良かった。顔が赤くなるなんてなんか俺おかしいぞ……?

 ぶんぶん、と頭を振って俺はトーナメント表を見つめる。

 地区の分け方が変わったせいで今まで五回勝てば甲子園に行けた所が、七回勝ち抜かなければならなくなっている。

 シードがあれば六回で済むところだが俺達は初参加校、そんなものがあるわけがない。

 ちなみにこの地区のシード権は春の結果で与えられる三つのみだ。普通のA、B、Cなどに別れたシードではなく去年決勝戦まで上がった両チームがシード権を持っている。地区の分け方が変わった分、前回決勝に上がった学校が四つあるので今回はあかつき大付属高校、帝王実業高校、パワフル高校が高校が獲得している。

 

「七回か。最初は中五日、次が四日で三日、二日、一日、中無しの連投が二回か。……球数も考えてやらねーといけねーな」

「そうだね……もう一人投手がいれば楽になったんだけど……」

「ま、たられば言っても仕方ねぇ。俺が懸念してるのは楽とかそういうんじゃなくて、怪我を心配してるんだよ」

「え?」

「夏場に連投が続くからな。……俺がケアしても限界がある。早川が怪我したら終わりなんだ。なるべく球数少なく試合を終わらせて肩の疲労を軽くしないとな。お前しかいねーんだからさ」

「ぅっ……う、んっ」

「?」

 

 早川がぷいっとそっぽを向いてしまった。どうしたんだろ。……ま、良いか。 

 そんなことを考えているうちにフッ、と電気が消えて辺りが暗くなる。

 そして場内に流れだす"栄冠は君に輝く"――。

 舞台上でブラスバンドがスポットライトを浴びて演奏しているのだ。

 周りの雰囲気が明らかに変わる。

 緊張、あるいは期待か。スポットライトから漏れた光を頼りにちらりと隣に座る早川の顔を盗み見てみる。

 

「……わぁ……」

 

 憧れの舞台への扉。それを開けた期待感と満足感でいっぱいの表情。

 俺たちはまだ何も為しちゃいない。

 スタートラインが他校よりずっと後ろで必死でもがいてもがいて、その結果やっとスタートラインに立てただけなんだ。

 でもさ。

 今日くらいは――こんな顔で喜ばせてあげてもいいよな?

 そう思って俺は早川から目線を逸らす。

 キャプテンとして『まだ始まってすら無いんだぞ』とか『そんな顔をするのは甲子園で優勝してからだ』とか、言うべき言葉はいろいろ有るんだろう。

 でもそんな言葉を早川に伝えることは俺には出来なかった。理由はわからないが――多分、早川の苦労をしっているからだ。そうに決まってる。

 そんなことを考えているうちにブラスバンドの演奏が終わって、会場が僅かに明るくなる。

 

『ただいまよりトーナメントのクジ引きを始めます。各校のクジ引きの順番は前もって決めてありますので、その順番通りにお並びください』

「ごくり、でやんす。いよいよでやんすね」

「ええ、初戦の相手だしね。幸先良い相手を選んでほしいわ」

「どこらへんがベストだ?」

「できればバス停前高校とかでやんすかね、弱小で有名でやんす」

「相手はどんな相手でも良いさ。パワプロ、クジ引きの順番は何番だ?」

「全一四二校あるが、そのクジ引きする一三八校のうち、七〇番目だ」

「ぴったり真ん中らへんだね」

「凄いでやんすね。面白いでやんす」

「だろ」

 

 はは、と笑って舞台に目を映す。

 舞台では四つのシードの位置をあかつき大三年日比野、帝王実業の一年生キャプテン山口賢、灰凶の同じく一年生キャプテン豪腕と噂のゴウ、パワフル高校の三年生捕手石原がクジを引いていた。確か帝王実業は一番実力があるやつが帝王になるらしいからな。わずか入学して三ヶ月程で部内一の実力になったっつーことか、あいつは。

 

『続きまして、一般参加校のクジ引きを始めます。四番、そよ風高校』

 

 四人が舞台から降りて、いよいよノーシードのクジ引きが始まった。

 ワァッ! とそよ風高校のメンツだけでなくクジ引きが始まったことでにわかに周りが盛り上がる。

 

『そよ風高校、…………八番!』

「シードがないから、この組み合わせ番号は138まででやんすね?」

「そういうこった。シードは一回戦が終わってから参加だからな。もうトーナメントシートに張ってあるよ」

『聖タチバナ学園高校、…………二九番!』

「あ、みずき達だ」

 

 どのシードと戦うことになるかはまだわからない。だが――どの場所が来ても関係ない。全力で戦うだけだ。

 そうこうしている間に、あっという間に六十五校が埋まる。

 

「んじゃいってくるわ」

「うん、いいとこ引いてきてね」

「いいとこでやんすよ! 頼むでやんす!」

 

 早川達に見送られて列に並ぶ。

 近くまで行くとトーナメント表の大きさに圧倒されそうだ。

 これが一試合終わって半分になる。もう一試合で更に半分。

 六試合が終われば、シードを含めて僅か二校――それに勝てば代表の一校だ。

 

(いくぜ、甲子園)

 

 心の中で言って、壇上に上がる。

 

『バス停前高校、……一二七番!』

 

 六十九番目のバス停前が引き終えていよいよ俺達の番だ。

 目の前の白い箱。その中には紙がいれてあって、それを掴んで腕を出せば対戦校が決まる。

 

『恋恋高校』

「さ、どうぞ。ここから引いてください」

 

 促されて、手を箱の中に突っ込んだ。

 まだ一杯紙が残っているもののうち、一枚を掴んで腕を出す。

 それを横から係の女性が受け取ってマイクを持つ男性の所に見せに行った。

 

『……二十八番!』

 

 特別な盛り上がりもなく終わり、俺は壇上を降りて席に戻る途中振り返ってトーナメント表を見つめる。

 ……一つ。

 一つ勝てば帝王実業との対戦。そして帝王実業も含めて四つ勝って準決勝であかつき大付属だ。

 

「……上等じゃねぇか」

 

 つぶやいて俺は席に戻る。

 面白くなってきたぜ。

 溜まっていた闘志が更にみなぎるのを感じる。うーし、んじゃ張り切って初戦行くか。対戦相手どこだっけ。

 

「……あれ? 聖タチバナ?」

「ぱーわーぷーろーくーんー」

「うわっ!? は、早川っ!?」

「いきなりみずき達の学校ひくなんて……」

「わ、悪い、でもこればっかりは……」

「ありがとうっ。みずき達とまた野球出来るなんて、うれしいよ!」

 

 そっちかよっ! と思わず突っ込みそうになるが俺はそれを半笑いでごまかす。ちくしょう、ちょっと怒られると想ってビビったじゃねーか。

 ……そうだよな。今まで一緒にやっていたのにわかれざるを得なかった仲間達と、敵同志とは言えまた野球出来るのは嬉しいよな。

 

「嬉しいだけじゃ困るぜ。勝ちたい、って思わないとな」

「やだなパワプロくん。……いつでも想ってるよ」

「……はは、そりゃそうか」

 

 にやりと笑っていう早川の頭をぐりぐり、っと撫でて椅子に座る。

 そりゃそうだ。野球やってる上で負けたいやつなんていやしねぇよな。

 一緒にやってた奴が相手なら尚更負けてらんねぇ。そういう事なんだ。

 

「……あ、頭撫でるのは、その……」

「ん?」

「や、なんでもないよ。……みずき達に勝とうね」

 

 早川に頷いて、俺は前を見据える。

 これから長い戦いが始まるんだ。下を向いてる暇はないぜ。

 

 

 

 

             七月一週

 

 

 

               

 第二市民球場の第二試合。

 一番日差しが降り注ぐ時間帯である午後一時――いよいよ、俺たちの公式戦の初戦が始まる。

 既に両チームともベンチ入りしていて、今はグラウンドの整備中だ。

 

「彩乃、準備出来たか?」

「はいっ!」

「付き合ってもらっちまって悪いな。重かったろ」

「大丈夫ですわ! 七瀬さんがデータ班な以上、サポートは私の役目ですもの! 加藤先生のこともお任せください!」

「そうか。頼んだぞ。……にしても赤くなってるな肌、ちゃんと日焼け止め塗ってきたか? ほら、濡れタオル。頭に当てると気持ちいいぞ」

「は、はわ、は、はい……」

「?」

 

 俺が彩乃にタオルを彩乃の額に当てると、彩乃は目線を逸らしながらもおとなしくしている。

 この暑さの中、ベンチにじっと座ってをお嬢様の彩乃がスコア(七瀬か書き方を教わったらしい、えらいぞ)をつけるんだからしんどいだろう。試合中は気を使ってやらねぇし、先に気を使っといてやらないとな。

 

「むぅ、パワプロくんっ! 試合に集中してよね!」

「おわっ、わ、悪い早川!」

「ぷん。扇の要のキミが集中出来てないとめちゃくちゃになっちゃうんだから!」

「悪かったって。彩乃。水分補給しっかりしろよ。あとにウォーターサーバーだっけ、あれにパワリンいれとくの忘れないでくれな。早川に投げ終わる度に飲んでもらうからさ」

「……了解ですわ。がんばってくださいまし」

 

 んん? さっきまでご機嫌気味だった彩乃の顔があっという間に不機嫌になったぞ。いったいどうしたことだ。

 まあ早川の言うとおり集中しねーとな。スタメンもまだ発表してないから、発表しとかないと。

 

「んじゃもう審判にスタメン提出したし、向こうの春キャプテンとスタメン交換したからな。スタメン発表すんぞ!」

「おうでやんす!」

「ああ」

「ボクは九番投手だから緊張することないんだよね」

「ま、早川はな。んじゃ発表するぞ」 

 

 一番ショート矢部。

 二番セカンド新垣。

 三番キャッチャー葉波。

 四番センター友沢。

 五番ライト明石。

 六番サード石嶺。

 七番レフト三輪。

 八番ファースト赤坂。

 九番ピッチャー早川。

 これが今日のスターティングメンバーだ。

 相手は宇津久志と早川の話では凄い変化球を持つ橘みずきの二枚看板が武器だろう。打力もなかなかにあるからな。こっちも打ち勝つ事を考えるぜ。

 栄光に引き分けたあの形を引き続き使うのも良いがさすがに久遠レベルの投手ではないだろうから俺にも手は出せるはず。

 一番の矢部くん、二番の新垣三番の俺までが繋ぎ、友沢が決める。これがウチのベストな得点パターンだ。

 グラウンド整備が終わって、グラウンド整備をしてくれていた人たちがグラウンドから出て行く。

 

「うし、んじゃノック行くぞ!」

 

 俺が一声かけると、全員が声を上げてグラウンドに飛び出していった。

 目を相手のベンチにやる。

 向こうも準備完了といった感じだな。

 暫くノックを続けるとノック終了のアナウンスが流れる。

 それを聞いてから俺達はベンチ前に整列し、全員でありがとうございました! と大声でお礼を言ってベンチに戻った。

 

「相手のスタメンを発表しておくぞ。傾向とかはちゃんと頭に入れてあっからお前らは守ることに集中してくれ」

 

 言いながら俺はベンチにあるホワイトボードに名前を記入していく。

 一番セカンド原。

 二番ピッチャー宇津。

 三番キャッチャー六道。

 四番ショート春。

 五番ファースト大京。

 六番センター篠塚。

 七番サード大月。

 八番レフト中谷。

 九番ライト大田原。

 思った通りの打順だが、やはり一から五番までが怖い。

 データを調べて解析したが特に厄介なのは一、三、四のコンビネーション。三番の六道聖が特に厄介だ。

 今までの試合のデータを確認しても一番の原が出塁し、二番が送ってから三番の六道がタイムリーで一アウト一塁か二塁にするか、ワンアウト一、三塁で四番の春につなげるというケースが殆ど。

 前に言ったとおり得点圏の春は打率八割の長打率が一〇割超えしている超スラッガー。

 初回ピンチの場面で長打で点を取られて更にピンチ、その後に強打者である大京――そこで長打を打たれてそのまま大量得点という黄金パターンを持っているのがこの聖タチバナという学校の特徴なのだ。

 それの証拠に、初回に大量得点を作った場合の勝率は実に八割。

 つまり初回の攻撃で勢いを与えると致命傷になりかねない、ということだ。

 

「早川、今日は初回から決め球解禁で行くぞ」

「え? っていうと……えと、"第三の球種"?」

「ああ、そんでこっちは宇津から先に点を取る。いいな」

「わ、分かった」

「うし。……向こうのノックも終わったな。全員挨拶行くぞ!」

 

 全員に声をかけて、ベース前に整列した。

 向こうも整列が終わると球審が礼! と声を俺達にかける。

 お願いします! と全員で頭を下げて、目の前の相手と俺たちは握手をした。

 その際、向こうは友好的に微笑みながら話しかけてくる。

 

「よろしくお願いします! あおい、お手柔らかにね」

「うん、みずきこそね」

「負けはしないぞ、あかり」

「私たちも負けないわよ」

 

 女性同士が握手をしながらお互いに挨拶をしている横で、俺の前で春がにっこりと笑いながらぎゅ、と手を握ってきた。

 

「宜しくお願いするよ。葉波くん」

「こっちこそな。春涼太」

「あはは、うん。なかなか大変だったからさ、みずきちゃんにお願いして部活に参加させてもらったり、練習試合をしたり、聖ちゃんと特訓したり。……でも、おかげですごく良いチームになったから、負けない」

「俺たちも負けられないんだよ。……試合楽しみにしてるぜ」

「俺もだ」

 

 春と別れてベンチに戻る。

 皆がグラウンドに飛び出していく中、俺もさっさと防具をつけてグラウンドに出る。

 春涼太、か。橘みずきか六道聖あたりがリーダーかと思ったが、違うみたいだな。

 聖タチバナ高校の野球部をここまで引っ張ってきたのはどうやらあの春らしい。だからこそあいつらは春についてってるんだ。俺に付いてきてくれるチームメイトのように。

 チームカラーは全く違うけど、チームのでき方とかはある程度似てるかもしれない。多分、あの春も六道や橘が出場出来るように四方手を尽くしたんだろう。

 

「……ふ。行くぞ早川!!」

「うんっ!」

 

 早川の投球練習をミットで受けて返す。

 疲労もなく調子も良さそうだ。

 球をある程度受け、審判からボールバックの指示が出される。

 

「ボールバック! 早川ラスト。セカンド送球するぞ!!」

 

 バシッ! と最後に早川のストレートを受けてそのままセカンドへ全力で送球する。

 ストライクで矢部くんのミットに収まったのを確認して、ベンチ前から打席に足を運んでくる原を見つめた。

 

『バッター一番、原くん』

 

 うぐいす嬢の声に反応して、聖タチバナの応援団がわぁっと声を上げた。

 それと同時に応援歌が流れ始める。

 なんか知らねーけど聖タチバナの野球部は公式戦自体が久々の割に人気だな。応援まで来てるなんてよ。

 ま、それに臆すこともない。こっから先に強豪とやるときはもっと凄い応援なんだからな。

 

「一回表、しまっていくぞ!」

「おおおー!!」

 

 全員の元気な声を聞き、俺は満足してその場にしゃがむ。

 さーて、夏の初戦だ。早川も緊張している様子はなかったけどもしかして緊張してるかもしんないしな。初回に大量得点だけはさせないとして、この一番の間に緊張してるかどうか確かめないと。

 

(んじゃまずは――磨いたカーブを外角低めからボールゾーンに落とす)

 

 橘や六道から早川の特徴は聞いているだろうが、恐らくはカーブと制球が良いくらいの報告な筈。

 俺と同じチームになってから早川は大きく成長したんだ。あいつらの当時の印象のままじゃ絶対に打てないぜ。

 早川がサインに頷いて振りかぶる。

 踏み込みからしなやかに振られる腕。

 カーブのコントロールも十分に磨いた。

 今の早川なら狙ったところに八割方投げれるようになったはず。

 そして、その予想通りにボールが変化する。変化球をコントロールするっつーのは予想以上に難しいはずなんだが、早川はそれを努力であっという間に乗り越えてしまう。我ながらいい投手を捕まえたもんだぜ。

 バシッ、とカーブを受け止める。原はしっかりと見極めた。

 

「ボール!」

 

 0-1。うし。緊張はしてねーみたいだな。

 

(それならこっから本気で攻めるぞ。早速"第三の球種(インハイのストレート)"だ)

 

 

 早川が頷いたのを見てから、インハイにミットを構える。

 早川から投げられたボールはミットへと吸い込まれるような絶妙にコントロールされている。

 原はそれをコンパクトにスイングした。

 コキッ! と軽い音を響かせて白球はセカンド方向へふわりと浮かび上がる。浅いフライだ。

 

「オーライ」

 

 新垣が両手を広げてそれをしっかりと捕球する。続いて審判からアウトとコールがされた。

 よっしゃ、原を二球でワンアウト。上出来だ。

 

「ナイピッチ!」

「ん!」

 

 早川に声をかけると、早川はにっこりとしながら新垣からボールを返して貰う。

 おっと、相手さんの方を見てないとな。原は二番の宇津に何かを報告しているようだ。

 たかだか二球だがそのうちの一球は独特の軌道の"第三の球種(インハイのストレート)"だからな。それに注意しろと言っているのかもしれないぜ。

 ま、注意して見極めれるような球じゃないから凄いんだけどな。

 

 

『バッター二番、宇津』

 

 うぐいす嬢からの呼び声を受けて宇津が打席に入る。

 宇津は打撃は驚異ではないが送りバントがそこそこ上手い。だからこその二番起用だろう。

 原が圧倒的な出塁率だからな。それを鑑みればわからなくもないが原が出れなきゃただの自動アウトだ。特に早川みたいな好投手相手にゃ心許ない上位打線だぜ!

 ストレート二球を外角低めに決めるぞ。この打者の間に審判にコントロールがいい投手ってことを植えつけとかねーとな。

 2-0から最後はアウトローにカーブを落として2-1にした後、最後はインローにストレート。

 結果、宇津はバットにボールを当てることすら出来ずに空振り三振に終わる。

 

『バッター三番、六道さん』

「……」

 

 六道聖――早川に聞くに"目と集中力が凄い"捕手だ。

 新垣も当てるのは部内で一、二を争う程上手いがパワーはない。だからこそクリーンアップには入らずに繋ぎの役割が大きい二番という打順なわけだが、この六道は三番だ。新垣より当てるのが上手いとは思えないのに三番ということは恐らく、その"目"という部分が抜きん出ているんだろう。

 

(しっかり見られると厄介だ。外角低めにしっかり投げるぞ)

 

 外角にミットを置く。

 じっと六道は早川の持つボールに集中しているようだ。

 早川からボールが投げられる。外角低めに完璧なコース。

 それを六道はフルスイングした。

 

「何っ……」

 

 キィンッ! と痛烈な当たりでボールがファーストベースの右を抜けていく。

 ファール、これで1-0。

 にしてもあのきわどいコースを迷うことなくフルスイングかよ。目が良いって聞いて慎重に攻めておいて良かったぜ。

 

「聖ちゃん! 俺につないでくれ!」

「わ、分かっているっ。は、春はしっかり座ってみていてくれっ」

 

 春の突然の声かけに、六道は顔を真っ赤にして言う。

 ……ん? なんか彩乃が俺にする態度に似ているけど、気のせいか……?

 しかしその呼びかけで更に気合が入ったらしく、六道は深く吐息を吐いてバットを構えた。

 下手にコーナーを変化球でついても見極められる。

 だったら――回転が同じで見極め難い二球種で勝負するほうが得策かもしれない。

 だが駄目だ。この目の良い六道に見られて後ろにヒントでも与えられたら、もしかしたらということもあり得る。

 

 

(ならばここはストレート勝負、インローにストレートだ。1-0。おもいっきり腕振ってこい)

 

 早川が頷いてすぐさま投球に入る。

 インロー、鋭い回転のボールがミットに向かって投げ込まれた。

 しかし、六道はしっかりとそれを引っ張る。

 ッキィンッ! と鋭い音を響かせてボールは赤坂の左を痛烈な勢いで破っていく。

 ライト線への長打コース。六道は迷わずファーストベースを蹴って二塁を陥れた。

 上手く引っ張ったな六道の奴。さすがに球威は無いからな。六道と早川は一緒に野球をやってた仲だというし、目が良いというだけでは早川の独特の軌道のボールは捉えきれない筈だ。慣れられてるってのはやっぱり怖いもんだぜ。

 今の早川のストレートは一一五キロ程度、それなら高校生でも目が良くて慣れていれば打てるのかもしれないな。

 

「おっと、早川、気にすんな。こんなバッティング出来るのは六道だけだよ。お前のボールは悪くない」

「うん、分かってる」

 

 早川が再び新垣からボールを受け取って俺に安心したような笑みを向ける。

 うし、動揺はしてないみたいだな。

 問題はこいつだ。

 

『バッター四番、春くん』

「絶対に聖ちゃんを返す!」

 

 得点圏において打率八割、長打率一〇割超えのスラッガー、春涼太。

 得点圏以外での打率は一割ちょいっつーんだから得点圏の強さが際立ってるな。恐ろしい話だぜ。

 さて、と。何処を攻めるかだが――ここはシンカーを使っていこう。

 

(こいつを打ち取れば向こうの勢いも消沈するはず。ならばここでシンカーを使っても釣りが来るぜ。高速シンカーの方だ。コイツは初球から来るぞ)

 

 インに構えてシンカーを促す。

 早川はこくんと頷いて、俺の要求通りにシンカーを投げる。

 この間までのシンカーではない。大会までの一ヶ月ちょっとの間練習に練習を重ねたシンカーだ。

 キレも変化の仕方も格が違う。本物の決め玉になるボール。

 それを春は見事に初見で当てた。

 打球はサード方向。しかし勢いはない。

 

「おっしゃ!」

 

 だが。

 

「なっ……!」

 

 丁度三遊間の三塁より、石嶺も矢部くんも届かない場所へボールはてんてんと転がり抜けていく。

 その間にスタートしていた六道はサードベースも蹴った。

 なんとかレフトが捕球してボールを送球しようとするが遅い。六道は既にホームベース手前だ。

 

「っ、バックホームすんなっ! セカンド!」

 

 俺はバツを腕で作ってセカンドを指示する。

 その間に六道が生還した。

 マジかよ。完璧に打ち取った当たりが三遊間に上手いこと飛んでタイムリーって、こいつ運までもってやがんのか?

 まあ良い、長打にならなかったし、選択は間違いじゃなかったはずだ。

 

「早川、良い球きてるぞ!」

「うんっ」

『バッター五番、大京くん』

 

 一点先制されてなおもランナー置いて大京。たしかに並の高校だったら崩れかねないクリーンアップだな。

 だが大京は荒い打者だからな。早川のカモだぞ。

 

(出会い頭すら許さない。カーブを真ん中から外角に落とす)

 

 早川が頷いて腕をふる。

 それと同時にランナーの春がスタートした!

 エンドラン! なるほどな! 先制を許して動揺しかける相手を足でも揺さぶるっつー魂胆か!

 だが俺達にゃそれは通用しないぜ?

 大京がおもいっきりバットを振るうがボールは大きく変化し大京の空振りを誘った。

 それを捕球すると同時に俺は素早く二塁を送球する。

 久しぶりの機会だからな、しっかり見とけよ。

 パァンッ! と矢部くんがそれを受け取ってセカンドベース上からバッと春の方を見る。

 春は走るのを途中で辞め、ファーストベースへと戻ったようだ。

 これが世代最高投手と言われる猪狩守に認められたスローイングだぜ。そう易々と走れると想ってもらっちゃ困るしな。

 どよよっ! とスタンドがざわめく。

 高校一年生のスローイングではないとかそういう声が聞こえる。やべ、これちょっと気分良いな。

 

 

「ナイスパワプロくん! 凄い!」

「ありがとよ。お前のピッチングのおかげでリードは楽させてもらってるからな。これくらいやってランナーをファーストに釘付けしとかねーとお前に釣り合わねーだろ」

「は、わ……うん!」

 

 早川がはにかむ。うし、面目躍如。これで早川は投球に集中出来るはずだ。

 大京は一発にだけ気をつければ良い。こっから下位出しな。

 カーブを使ったから次はストレート。インローに決めてから外へシンカーで大京を打ち取る。

 これでチェンジだ。

 

「ふぃー、なんとか一失点で抑えたでやんすね」

「ああ、その当たりも良くなかった。春も薄々感じてるだろうぜ。いつもの勝ちパターンではないって事はな」

「じゃ、すぐにその一点を取り戻さないとでやんすね」

「そういうこった。任せたぜ。リードオフマン」

「任せるでやんす」

 

 ヘルメットを被って矢部くんはにやりと笑う。

 

『一回裏、恋恋高校の攻撃は、バッター一番、矢部くん』

 

 金属バットを肩に担いで打席に向かう矢部くんを後押しするかのようにチームメイト達が大声を上げて矢部くんを鼓舞させる。

 その声援を受けて矢部くんはバットを構えた。

 相手の投手は宇津。球種は高速スライダーと縦のスライダーだ。ストレートは一三五キロがMAX。まだ一年だからな。十分速い。

 けど一三五キロなら、いつも一五〇キロのマシンで打ち込みしてる俺たちなら捉えられないという球じゃないはずだ。

 

「来いでやんす!」

「ふ……僕のボール、受けてみろっ!」

 

 バシュッ! と宇津のボールが六道のミットに向かって投げられる。

 

「ボールッ!」

 

 ストライクゾーンから僅かに外れたボールを矢部くんはしっかりと見送った。

 球速と球威はある分コントロールはかなりアバウトだ。この投手はボールをしっかり見ていけば甘い球が必ず来る。

 それを狙い撃ちすれば――。

 

 ッカァンッ! と矢部くんが高めに浮いたストレートを左方向へ流し打つ。

 打たれたボールは三遊間を痛烈に抜けてレフト前ヒットとなった。

 

「ナイバッチ!」

「ふふん、デビュー初打席で初安打でやんす!」

 

 ぐっとガッツポーズをする矢部くん。

 そんな矢部くんを呆れた表情で見ながら新垣はバッターボックスに立つ。

 ここでバントのサインは出さない。矢部くんには自由盗塁――グリーンライト、新垣には自由に打てだ。

 たしかにバントをして手堅い野球をやるのもいいかも知れないが、初戦だしな。伸び伸びやってもらって一回り目は緊張をほぐす。それが一番ベストだ。

 っと俺ネクストに出ないとな。

 ヘルメットを被ってネクストバッターズサークルに腰を下ろす。

 その間に、新垣は投げられたスライダーとストレートをバットの先っぽで捉えて二球ファールにした。

 相変わらずすげぇバットコントロールだな。わざと先っぽに当てて外に出すとかやんねーぞ普通。

 

「ふー。いいとこ来るから手が出ないわね」

 

 

 バットを構え直しながら新垣は言う。

 構え直すと同時に、宇津が構えを取る。

 その瞬間、矢部くんがスタートした。

 縦のスライダー。これを待っていたのか完璧なタイミングでのスタート。

 

「走るのを待ってたのよ!」

 

 その矢部くんの盗塁を新垣は待っていた。

 キンッ! と新垣が縦のスライダーを右方向へ軽打する。

 縦のスライダーを捉えたボールは一二塁間に飛んでいく。通常ならばゲッツーコース――だが、今は違う。

 矢部くんがスタートした事によりセカンドがセカンドベースカバーに行く。それによって一二塁間は大きく開くのだ。

 つまりヒットエンドラン。

 新垣は一塁、ライトが捕球する間に矢部くんは快速を飛ばして三塁を陥れる。

 足を使った攻撃――これがウチの得点パターンの第一段階だ。

 さて、この攻撃を成就させるには俺が続かねーとな。

 

「バッター三番、葉波君」

「打つでやんすよー! キャプテーン!」

「打ちなさいよね! せっかく繋いだんだから!」

「同点にして! パワプロくん!」

「お前が打たないと大量得点にはならないからな。しっかりつなげ」

 

 矢部くんと早川はともかく新垣と友沢、おめーらもうちょっと俺に優しくしろ。きつすぎだろ。

 まあたしかに練習試合でもあんまり打って無いからな。俺の仕事は捕手だけじゃない、打者としての役割もあるんだ。しっかりやらないと。

 さて、目の前の宇津のデータをまとめよう。ストレートが一三五キロ、コントロールはアバウトでスライダーは縦のと速いの。どっちかというと縦のスライダーのほうが変化する。だからこそ矢部くんはこの球種を狙ったんだろう。

 

(さて、相手としてはここはゲッツーを取りたいはず。ゲッツーを取るには低めの直球を引っ掛けさせてゴロにするか、変化球でつまらせるか……だがコントロールがアバウトだからな。あんまりストレートでゲッツーを打たすっていう選択はしたくないはずだ)

 

 

 そうこう考えている間に、宇津がサインに頷いた。

 考えてる暇はなさそうだな。なら初球スライダーを狙って打つ。

 ブオッ! と宇津が投げる。

 初球はストレート。俺はわざと反応したようにバットをピクリと動かす。

 

「ストラーイク!」

「ナイスボールだぞ宇津」

 

 六道がボールを返しながら、俺の様子をじろりと見てくる。

 いい捕手か、たしかに厄介そうだ。

 今のバットの動きを演技と見極めていたら恐らくスライダーは投げてこないだろう。ならストレートに的を絞って……。

 宇津からボール投げられる。

 予想通りのストレートだ。

 

(引っ張る!)

 

 カァンッ! と捉えた打球は良い音を響かせて右中間へと飛んでいく。

 手応え完璧。久々に自分を褒めれる当たりだぜ。

 矢部君がホームへ帰る。俺もそのままセカンドを陥れた。

 これでノーアウト二,三塁、同点にしたぞ。

 

「ナイバッチキャプテーン!」

「ないすでやんすよー!」

「おう!」

 

 うし、何とか面目躍如だぜ。

 ……にしてもあの動きを演技と見極めるあたりはさすがの洞察力だ。相手のピッチャーのコントロールが良かったら苦労した所だな。

 そのコントロールのいいピッチャー、橘みずきは後半に控えている。なるほどな、徐々に点を返していって波に乗りかけたところで橘みずきで完全に勢いを消す、投手リレーもなかなかに考えられたチームだ。

 だがその前に得点をとっちまえば問題ない。

 頼むぜ。四番。

 

『バッター四番、友沢くん』

 

 友沢が左打席に入る。

 ノーアウト二、三塁だ。勿論俺は打ったんだし返してくれるんだよな? 四番バッター。

 宇津が一球目を投げる。

 縦のスライダー。

 結構な変化を伴ったそのボール。

 それを友沢は。

 

 フルスイングした。

 

 僅かに遅れてッキィィンッ!! と音が響く。

 歓声すらない。あまりの衝撃に誰も声を出せないのだ。

 ボールは遙か上空。ネットを超えて場外へと消えていく。

 

「……凄過ぎるだろ、四番」

 

 つぶやきながら、俺は三塁ベースを回ってホームベースを踏む。

 新垣とぱしんと手を合わせながら立役者がゆっくりベースを回ってホームインするのを待っていた。

 

「ナイスバッティング」

「甘く入ったスライダーだったからな。……ついこないだ高校一のスライダーを見たところだ。これを打ち損じたらそいつに失礼だろう?」

 

 ふ、と笑って友沢と俺たちはベンチへ帰る。

 早速四得点、幸先良いぜ。

 

『ば、バッター五番、明石くん』

 

 次のバッターをうぐいす嬢が呼ぶ。

 それと同時に、せきを切ったようにスタンドがざわつき始めた。

 高校一年生の打球じゃない。プロ入り選手――それも複数球団競合選手でも問題ないほどの打球だったからな。そりゃ度肝も抜かれるだろ。

 これで4対1。あっという間にこちらのペースに引き込んだぜ。

 

「んっ!」

 

 ざわめきが覚めやらぬ中、再び快音がこだまする。

 明石の放った打球が飛ばされる音。

 しかし不運か原の真正面で捕球されてしまう。

 これでワンアウト。

 続く石嶺はストレートを引っ張り三遊間を抜けてランナーが出るが、続く赤坂が縦のスライダーを引っ掛けてしまいゲッツー。

 これでチェンジだ。

 このまま一気に一〇点差がつけば早川の決め球を完全に解禁してコールド狙いもってのが一瞬頭をよぎったが、どうやらそう上手くは行かないらしい。

 

「よし、三点差ある! 抜かずにさっさと三者凡退でリズムつくるぞ早川!」

「うんっ!」

 

 早川の集中力も切れてない。打順も六番からだ。

 これならさっさと打ち取れる。

 "第三の球種"は封印して、高速シンカーとストレートでさっさと打ち取っていく。球数も節約出来るならしたいしな。

 六番篠塚を高速シンカーでセカンドゴロ。

 七番大月をストレートでキャッチャーファウルフライ

 八番中谷を再びストレートでセカンドゴロに打ち取る。

 二回終わって一五球、一点取られているが球数的には大成功だ。

 


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