実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
五月十一日
ゴールデンウィークの連戦が終わり、今日は休養日だ。
ゴールデンウィーク九連戦は六勝三敗。しかし、その内の二敗はバルカンズからで、キャッチャーが変わった所でチームぐるみで苦手な球団からはそう簡単に勝ちを取るのは難しかった。
現在の順位は一位キャットハンズ、二位パワフルズ、三位バルカンズ、四位カイザース、五位バスターズ、六位やんきーズ。
首位キャットハンズとのゲーム差は5,5。三位のバルカンズとは2,5だ。
明日は本拠地猪狩ドームでのパワフルズ戦だが、その前に。
「パワプロくん!」
「おっ、矢部くん!」
「久々ねパワプロ!」
「新垣! 久しぶりだなおい!」
「あおいちゃんたちもすぐ来るそうでやんすよ!」
長いこと会えなかった恋恋高校のメンツと、久々に同窓会をしようという話になった。
向こうから矢部くんと新垣が歩いてくる。
新垣と会うのは久々だな。戦力外通告され、二軍で日夜努力しているみたいだ。
「よう、新垣、調子はどうだ?」
「あははー。ドラ一め。殴るわよ」
「!?」
「すまんでやんすパワプロくん。調子はどう? とか最近どう? とか聞くとあかりの駄目スイッチが入るでやんす。そっとしておいて欲しいでやんす」
ひそひそ、小声でそんなことを言う矢部くん。
なるほど、確かに俺でも育成降格したらこんな風に聞かれたら辛いかもな。そっとしておこう。
「む、もう揃っているな」
「……久々だな」
「うわー、懐かしい!」
「友沢くん、東條くん、一ノ瀬くんおはようでやんす」
「よ、東條」
「……ああ、久々だな。パワプロ」
クールなほほ笑みを交え、東條が出迎えてくれる。
あいかわらずクールなやつだなぁ。
「久々だぞー」
「お、お前は……誰だ?」
「ひどいなー、明石だぞー」
「実は覚えてたけどな?」
「……玄人好みの七番ライトだぞ明石は。得点圏打率四割超えだ。まあ普段の打率は二割八分ほどだが」
「すげぇ……」
なんつー勝負強さ。そういや恋恋時代も地味にレギュラー落ちしたことないんだよな。俺たちが二年になるまではライト守ってたし、進がセンターを守って友沢がライトに移動してからはレフトを守りきってた。ある意味安定感の有る選手なのかもしれないぜ。
「お久しぶりです! 先輩!」
「ちわっす! パワプロ先輩!」
「おおっ! 森山に北前! ひっさびさだな!」
「うっす! キャットハンズ戦で連絡できなくてすんませんした。二軍落ちしてたもんで……」
「早く一軍に上がってこいよ?」
「あざっす。頑張ります!」
「森山も久々。最近まで上手いこと噛み合わなかったけど、お前はパワフルズで投手やってるんだっけ?」
「はい。館西さんに続く二番手ですよ」
「すげーな。館西か、南ナニワのあいつだな」
館西の顔を思い浮かべる。
変化球が多彩でコントロールが良かった頭脳派ピッチングだな。大量得点したけど、序盤に凄く苦戦した覚えがある。
にしてもすげぇな猪狩世代。大体の投手当たってるんじゃないか? しかもエース格は殆ど猪狩世だし。
キャットハンズのあおい、カイザースの猪狩、バルカンズの大西、パワフルズの館西に、バスターズの鈴本、やんきーズは鷹野という俺たちの世代の一個上だかなんだかだった筈だ。
うーむ、そう考えると凄い。大当たりだよな、やっぱ。
「明日のパワフルズって表ローテだっけ?」
「予定ではそうなる」
「つーことは森山。お前とは二戦目でぶつかりそうだな。楽しみにしてるぜ」
「はい!」
うわー、楽しみだな。後輩と真剣勝負って。
にこにこと笑う森山に、北前が何か言いたそうに口を動かす。
やっぱライバルがローテだと北前としては複雑か? 気持ちは分からんでもないけど。
「はぁっ、はぁっ、お、おまたせっ!」
「遅れてすみません、皆さん」
「来たぞ。今や球界のエースと、その名女房」
「あう、は、恥ずかしいこといわないでよ友沢くん」
「照れますから止めてくださいよー」
これでレギュラーメンバーは全員揃ったか。いやー、懐かしいな。
「あ、北前くん。おめでと!」
「えっ、あの」
「? 北前がどうかしたのか?」
「あ、うん。明日から一軍だから」
「あ、あおい先輩。いいんすか? バラしても」
「あ、駄目だったかな……でも問題ないよね。データを集めれるほど一軍で出てないでしょ?」
ぐはぁっ! とあおいの言葉の槍が北前を貫いた。
え、エグいな今のは。言外に『ボクの後輩なんだからしっかりしないと許さないよ』って感情が込められてて、関係ない俺もぞくっとしたぞ。
「おはよ、パワプロくん」
「お、おう。んじゃ、早速飯屋行くか」
「ここに着ていないメンバーはどうするんだ?」
「殆どの奴都合つかなくてさ。石嶺はミゾットの仕事が忙しいらしいし、三輪は社会人の試合日で来れない。赤坂は来れるから店をとっとくってさ」
「じゃあ、ここにいるメンバー以外で来るのは赤坂くんとはるかだけなのかな?」
「七瀬も来れるのか」
「うん。大学の研究所に入ってて、なんとか都合付いたって」
へー、七瀬は研究者になったのか。頭良かったもんな。
なんかそれっぽい。白衣とか似合いそうだぜ。
「んじゃ。ここに来てないメンツは三人か」
「三人でやんすか?」
「おう、彩乃も来るってさ。久々に会うから楽しみだな」
「……そうだね」
めらり、俺の横で何か炎が着いた気がする。
え? 何? どういうことこの威圧感。俺なんか言った?
「パワプロ、あんた彩乃と会ってたりした?」
「あ、ああ。つーか、言ってなかったっけ? 俺のアメリカ留学の支援してくれたの、彩乃の倉橋グループなんだ。彩乃は今野球選手をサポートする倉橋グループの会社の社長になってて……」
「き、聞いてないよ! ……うう、大人しいと思ってたらそんなことやってたなんて。ま、まだ、諦めてないんだ……。うう、ボクとパワプロくんが恋人関係解消しただなんて知ったらどういう絡め手を使ってくるかな……」
駄目だ、あおいが自分のゾーンに入っちまったぜ。こうなると暫く反応がないからなぁ。仕方ない。ちょっと放置するか。
さて、と、約束した場所は焼肉屋だ。さっさと行くとしよう。
「……パワプロ、調子は悪いみたいだな?」
「ああ、ダメダメだ。ここ五試合で平均失点五点だし、打率も三割切ってる」
「思うようには行かないでやんすよね。やっぱり。オイラも一年目のプロの速球には手間取ったでやんす」
「猪狩世代の野手の一年目で上手く活躍出来たのは東條と友沢、それと矢部だけだったわね」
「オイラの場合は対応出来たのはシーズンの後半でやんす。開幕レギュラーだったでやんすけど、監督が我慢して使ってくれたでやんすよ。八月の月間打率三割超えは嬉しかったでやんす。それまでは二割ギリギリでやんしたから」
うへー、それでも一年目で月間三割は凄いな。
矢部くんの場合は守備と走塁があるから球団側も使おうと思ったんだろう。ドラ一だし。
「月間三割はすげーな」
「でもそこにキャンプでショートになって開幕レギュラーになって、最初の二〇試合、打率四割を記録した化物が居るでやんすよ」
「それほどでもあるな」
「流石だな友沢……」
「ちなみに東條も二〇試合で七ホームランしたでやんす」
「お前らキモいわ」
「つまり当時の俺たちよりも今のパワプロの打撃能力は下ということだな」
「……そうなる」
「テメェらそこに並べや! パワフルキャノンと呼ばれる俺の鉄砲肩で尻に硬球ぶつけたらぁ!」
怒ったー、と棒読みで言いながら逃げる様子すら見せない恋恋高校のクリーンアップコンビ。こいつらー……!
落ち着け俺。この二人は規格外なんだ。こいつらと自分を比べたら悲しいことになるのは目に見えてるぞ。ライバルだけどさ。
「でもま、それでも新人王は猪狩くんだったでやんすけどね」
「やっぱりそうなのか?」
「……当然だな」
「高卒一年目で開幕投手。それもその開幕戦で九回被安打二、四球〇、奪三振一六というゲームのような成績で勝ち投手になり、カイザース史上初の新人開幕投手完封勝利。そこから無傷の一五連勝でプロ野球タイ記録を作り、シーズンを終わってみれば、一七勝一敗。防御率1,96。奪三振二二九、完封五回、完投九回。最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手四冠。満場一致で沢村賞を獲得。投手五冠を取った」
「ば……」
バケモンじゃねーか! なんだよそれ!
初年度にキャリアハイのパターンか? 猪狩って。
「だが、この年でもカイザースは優勝出来なかった」
「……あ、そうか……」
「うむ」
ちらり、と後ろで悩みながらついてくるあおいに友沢が目をやる。
この猪狩に久遠や山口がいても尚、キャットハンズの――王者の牙城は崩せなかった。
「早川の成績は防御率2,08。奪三振一五三、完投完封は無かったものの、一五勝三敗だった」
「……すげぇ、な」
猪狩の後塵を踏んでいるものの、あおいの成績も新人王を取って何らおかしくない数字だ。
カイザースは先発が、キャットハンズは中継ぎ抑えが安定してる。
カイザースの勝利は殆どが先発につき、キャットハンズはエースや柱の投手には勝ち星はついているものの、中継ぎ抑えで乗り切って逆転した試合も多い。
キャッチャーに進ってのもデカい。打てる捕手だからな。それだけで深く語らなくても価値がある。
対してカイザースはここ数年捕手を固定できていない。昨年こそ近平さんが何とかレギュラーを獲得したものの、それでもレギュラーの捕手としては不満が残っただろう。
つまり、カイザースが優勝するためには――扇の要が重要なんだ。
だからこそ、カイザースは俺を一位に指名したんだ。要になってくれることを、期待して。
だったら、その期待には答えないとな。
「うし、ついたぞ」
「む、ここか」
「焼肉JAJA苑だな」
「すみません、赤坂で予約してあると思うんですが……」
「あ、こっちだパワプロ!」
「おお! 赤坂!」
「久しぶり。パワプロくん。皆さん! あおい!」
「はるか! 久しぶりーっ!」
先に来ていた七瀬と赤坂が出迎えてくれる。
うおーっ、懐かしい! マジで四年前に戻ったみたいだぜ。
どやどやと騒ぎながら席に座る。殆ど貸切状態だな、これ。
「よう、七瀬、調子はどうだった?」
「えと、まあまあ、かな?」
「ふふ、聞いて驚かないでよ、パワプロくん。はるかったら彼氏が出来たんだよ!」
「あ、あおいっ。言わないでってっ」
「おー、良かったじゃねぇか!」
「しかも大学生だよ。万通満大学に通ってる学生で野球部のエース。今年四年でプロ入りも確実なんだよねー♪」
「も、もぉっ!」
かぁ、と顔を真赤にして、七瀬がぷいっとソッポを向く。
七瀬に彼氏か。まあ七瀬くらい可愛くて頭の良い彼女を持ったらそいつも幸せだろうな。
にしても万通満大学ね。色々な大学高校があるもんだ。
「赤坂はどうだよ。我が母校の監督業は」
「めっちゃ大変だわ。お前すげーな。捕手やりながらキャプテンやって監督とか、正気の沙汰じゃないぜ」
ずぞぞぞぞー、とストローでオレンジジュースを飲みながら赤坂が答える。
「でもま、やっぱおもしれーよ。勉強もしてんだぜ、ちゃんと」
「赤坂が勉強……!?」
「おう、ドラッガーマネジメントってやつとか面白いぜ。二人くらいプロ入り出来そうな奴も居るし、楽しくてしょうがねぇよ」
「そか。それなら何よりだ」
――俺達は、高校の時、確かに同じ道を歩いていた。
けど、今は違う。
道を違って、互いに違う道を歩き始めた。
また交差した奴もいる。でも、殆どの奴とは敵同士になったり、そもそも野球を一緒にできなくなったりしてる。
それでも、皆歩いてるんだ。
自分だけの道を。自分だけの、球道を。
また一緒に歩きたいとも思う。
いつかまた共に歩める道が来ると、そう思う。
無数に分かれて、無数につながってる俺たちの未来。
だから今は、こうして笑って話し合えるだけで満足していよう。敵同士でも、全く関係無い所で頑張っているのだとしても。
それでいいよな。……皆。
「うし、んじゃ肉食うか!」
「はぁ、はぁ、ま、全くもう。忙しくてかないませんわ。おじゃましますわね。えっと……あ、パワプロ様!」
赤坂が張り切って肉の皿を網へひっくり返したと同時。
金髪を揺らしながら、彩乃が店に入ってきた。
一年前と変わらない相変わらずの美貌だ。
俺の顔を見るなり頬をゆるめて、俺の隣にそそくさと移動する。
ちなみに俺の隣には赤坂とあおいがいたんだけど、赤坂の方が押し出される形になって俺の隣が彩乃になった。強引だなぁ、相変わらず。
「よ、彩乃」
「はい。四ヶ月ぶりですわ」
「……四ヶ月ぶり?」
メラリ、とあおいが炎を背に、俺をじっと見つめて威圧感を溢れさせる。
え、ちょ、ミートポイントがちっさくなりそうなくらいの威圧感なんだけど! やべぇ! 俺殺される!?
「あら、早川さんは知らなかったみたいですわね。パワプロ様の留学費を出したのは私の会社……倉橋ベースボールサポート社ですわよ。優秀な選手の海外留学から、オールスター、日本シリーズなどの出資も行なっています」
えへん、と胸を張りながら彩乃が宣言する。
まあ実際そうだからなんとも言えないけど、そのセリフを聞いてすぅっとあおいから目の光が消えていくのが気がかりでしょうがない。死刑執行されたらどうしよう。
「……ということは、彩乃さんはパワプロくんがどうだったかって知ってたってこと?」
「いいえ、神童様に年度の終わり以外は会わないように言われていましたから……」
彩乃が残念そうに言う。
実際、他のことやってる暇は無かったけど――そうだよな。皆にも寂しい想い、させちまってたよな。
「ま、なんだ。お陰で俺は成長出来たと思う。ありがとな」
ぽんぽん、と彩乃の頭を叩くように撫でてやると、彩乃はかぁっと頬を赤く染めた。
流石にこの年になって頭ぽんぽんは恥ずいかな。まあいいか。
「……むぅ」
あおいが膨れて視線を外し、とぽとぽと小皿に焼肉のたれを注ぐ。
うーん、難しい。あちらを立てればこちらが立たずか。
「ジゴロやってないでさっさと食べるぞ」
「ジゴロ? ってなんだ?」
「調べてみろ」
ぐっ、くそう、人の教養が少ないことを盾にしやがって……っ。
でも、せっかく焼肉屋に来てるんだもんな。飯くおう、飯。
わいわいと雑談しながら、食事を進めていく。
そのうち、自然と話は野球の方向へと向かっていった。
「パワプロくん、最近リード変だよね?」
「やっぱ分かるか? 色々考えて見てんだけどな。低め全部使ったら完全に読まれるし、かと言って安易に高め投げさせるのもなぁ」
「あのね、パワプロくん。そういう時は……」
「ダメですよ、早川先輩。パワプロ先輩にヒントをあげちゃ。少しのヒントでぐーんと成長する人なんですから」
「進くんのケチ」
「オイラは別にパワプロくんの攻めに疑問を持ったことはなかったでやんすけどねぇ」
「対戦したことがないから何ともいえないわね」
「……同じく、だな」
「俺も無いからなー、なんとも言えないぞー」
「アマがプロに口出しは出来ないぜ」
「俺もあんまり滅多なことは言えないかな、ていうか、俺はパワプロのリードで不利益を被ったことはないし」
「けど、な」
久遠のあの一球は明らかに不用意と言われても良い球だった。
思考無しでボールを投げさせたりはしてない。だからこそコーチも監督も厳しいことは言ってこないけど、バルカンズからの試合では近平さんが先発復帰したりして、俺との併用状態が続いている。
あの試合は久遠のスライダーが良くなかった――そう言ってしまえば終わりかもしれないけど、何とか出来る方法はあったはずなんだ。
本当の意味での扇の要になるためには、その方法にたどり着かないと行けない。
そうじゃなければ、進や六道を超えることなんて出来やしないだろう。
「……あ、そうですわ。パワプロ様。パワプロ様はアメリカに行っていましたから、オールスターのこと、知らないのではありませんこと?」
「オールスター? ってあれだろ、アメリカでリーグ別にファンの選出で行われる……」
「はい、ファン投票の上位でチームを造るあれですわ」
「……でもどうすんだ? 日本って今、レリーグしかないだろ?」
アメリカにはリーグが二つあるから、各リーグごとにファン投票するって形で問題ないだろうけど、こっちはそういかない。なんせレリーグの六球団しか無いんだし。
「それについては問題有りませんわ」
こほん、と彩乃は咳払いをする。
「日本では、AチームとPチームのふたチームに分かれさせて選手を選出しますの」
「ふたチームに?」
「Aチームはファン代表。ファン投票の結果選ばれた選手達で構成されたスーパースターチーム」
「普通のオールスターのメンバーってことだな」
「そうですわ。そして、Pチーム、これは選手間投票で選ばれるものです」
「選手間投票……」
「はい。ファン投票で選ばれなかった選手の中から、選手たちの投票によって選ばれる、プロフェッショナルが選んだプロの中のプロ、プロフェッショナルチームですわ」
ちなみに監督も選手と同じようにファン投票で選ばれた監督と、プロ達が投票して選んだ監督によって決まるらしい。
なるほど、だからオールスターのAとプロフェッショナルのPか。
このルールは彩乃が経営する会社がオールスターのスポンサーになってから取り入れられたルールらしい。ちょっと前まではオールスターはAクラスとBクラスの戦いになってたようだ。
でも、このルールなら同じチーム内で対決が起こりうる。矢部くんか友沢のどちらかがAチームとPチームに別れるだろう。
捕手なら、AチームとPチームに六道と進のどちらかが分けられる。……俺はファン投票で選ばれない限り、オールスター出場は難しそうだけどな。
「パワプロ様に優秀選手の看板を渡せることを楽しみにしてますわ。社長として、毎年商品の手渡しには参加してますから」
「そうなのか。じゃ、その期待に答えれるように頑張らないとな」
「頑張ってください」
にっこりと彩乃が微笑む。
そうか、オールスターか。もうすぐファン投票も始まる。ファンも普段見れないチームメイト同士の戦いや、普段敵同士の選手の共闘を見たいと思って投票するだろう。
もしかしたら、あおいや鈴本とバッテリーを組めるかもしれない。
「パワプロくんが出れば……上手く行けばボクと……」
ぼそり、とあおいが呟く。
確かにいろんな奴と話せるだろうし、楽しそうだけど、今の俺の成績じゃ呼ばれるはずもない。
今は背伸びをしても駄目だ。ゆっくりゆっくり、一歩一歩前へ進んでいこう。
自分に言い聞かせて、拳を握る。
「ほれ、パワプロ、箸止まってんぞ!」
「あんがとよ赤坂……でもこれ以上肉だけ食うとカロリー消費が大変そうだぜ。一応プロだし摂生しないとな」
「んなこと言わずによ。高校の時は多少の無茶はしたもんじゃね?」
「無茶、ねぇ」
「だぜ」
赤坂はけらけらと笑う。
「だって、一点ならいいとか言いつつ目の前の打者に全力を尽くして抑えにいってたじゃねぇか。このメンツ集まるとさ。二年の時のあかつき大付属の試合思い出すんだよ」
赤坂は手を止めて、遠い目をし始めた。
あかつき大付属戦か。懐かしいな。
猪狩からツーランホームランを打った試合。
目をつむっても思い出せるあの光景……そうか、もう五年前なのか。
「目の前の一個のアウト、一個の打席に必死で、そうしないと絶対に勝てなかった。一打席の油断が、一打席の慢心が――そのまま負けに繋がる。そう思えた」
「だ、な」
「……高校時代はもう帰っては来ないが、楽しかった、胸を張ってそう言える」
赤坂の言葉に全員が頷く。
俺もそうだ。目の前の打席、一個のアウトに必死で、この打席で打てば皆が何とかしてくれる、そういう気持ちで頑張ってたっけ。
特に赤坂なんてその気持ちが強いよな。ベンチウォーマーとして、代打での一打席に集中してきたんだから。
「だから、なんつーの? そう"プロだから"とか言わず、一人の"選手として"、目の前の出来事に必死になろうぜ。つーわけで今日は食う日! 野球選手たるもの焼肉の時はがっつくんだ!」
言いながら、赤坂が俺のグラスにビールを注ぎ込む。
選手として、目の前の出来事に必死に。赤坂のやつ、滅茶苦茶良いこと言うな。
並々注がれているビールを見つめながら思う。
俺に足りなかったのは多分、これだ。
結果を残さなければとは思ってた。実際、それが正しいだろうし、真理でもあると思う。結果を残さなくても良いだなんて思ってる選手は一人も居ないだろうし、この打席で打てなかった分、次の打席はしっかり打とうだとか、二点取ってるから一点やっても同点にはさせないだとか、そういう考え方も必要だとも思う。
でも、それ以上に、俺は目の前の勝負に必死になってなかった。
アメリカでは、この打席はこういう課題を持ってやろうとか、今日のリードはこの選手だから決め球を上手く使おうとか、そういう風に課題を持って望む試合ばかりだったから、忘れてたんだ。
目の前の一打席への気迫を。目の前の打者に対する闘志を。
目の前の勝負に全力を出せない奴が、結果を残せるはずがない。
一日スタメンかどうか。一日ヒットを打てたかどうか。この試合に勝てたかどうかというスパンで考えるからダメなんだ。
目の前の一個のアウトを全力で取れ。目の前の一つの打席に全力で挑め。
それが出来る人物でなければ、生き残れない。
目の前の場面場面で全力を尽くすと俺は誓った。でも、それじゃ足りないんだ。
一球一球に集中しなければ、目の前に立ちふさがる強力なライバルたちに、立ち向かえる筈ないんだから。
「……ありがとな、赤坂。目が覚めた」
「おう? そうかい。飲み過ぎて眠かっただけか。ほらほら、行けって!」
「ん……んぐんぐ」
ぐいっとグラスのビールを飲み干す。
グラスの中は、今の俺を悩みを示すかのように綺麗さっぱり無くなっていた。
☆
夜。
焼肉屋で解散し、俺達はそれぞれの帰路につく。
「じゃあ、また明日だなパワプロ」
「いいなぁ、お前ら。自宅持ちで……」
「そう言っちゃダメだよ、パワプロくん、二年目までは寮ぐらし。そういうルールなんだから」
「分かってるって、んじゃまた」
「またね、パワプロくん!」
「あはは……それではまたです。パワプロ先輩」
「赤坂、今日はありがとな。お陰ですっきりした」
「おう、良かった。今年の夏は恋恋高校が熱くするからよ。またな!」
「ああ、皆またな」
「はいですわ!」
全員と別れ、ゆっくりと夜道を歩き出した。
夜風が気持ちいい。ちょっとゆっくり帰るか。門限までまだ時間有るしな。
寮近くまでゆっくりと歩く。
寮近くの公園に差し掛かった所で。
ビュンッ! ビュンッ! という風斬り音が木霊した。
これ、スイングの音か?
バットの振る音と気づいて、俺は公園に近づく。
すると、そこに居たのは――。
「ち、っくしょう! ちっくしょう!」
泣きながら素振りをする、近平さんだった。
がむしゃらに振っている訳ではない。しっかりと一回一回、要点をチェックしてスイングしている。
だが、その瞳からは雫がこぼれ落ち、汗と共に地面を更に黒く染め上げていた。
「はぁ、はぁっ……」
「……近平さん?」
「ッ!? パワプロかっ! ……なんだよ、笑いに来たのか?」
俺が声を掛けると、近平さんは一瞬驚いたような顔をするが、すぐに涙をタオルで拭った。
その瞳からは、溢れんばかりの悔しさが滲んでいた。
二軍行きでも、言い渡されたのか? いや、最近近平さんは代打で結構打ってるし、その可能性は低いんだけど……。
「笑う理由がないですよ。流石に努力してる人を笑う程性格悪くないです」
「……は? なるほどな……聞いてないのか」
「? 何が、ですか?」
「コンバートだよ!」
首をひねる俺にイラついたのか、近平さんが言葉を荒げる。
コンバート……? って、まさか!
「近平さんが、コンバート、するんですか?」
「するんじゃねぇ! させられるんだ!」
ガンッ! とバットを投げ捨てて、近平さんが俺の胸ぐらをつかむ。
させられる、って、どういうことだよ?
酒のせいで頭の回りが遅いのか、状況が全く理解できない。一体……?
「酒の匂いプンプンさせやがって……! 俺はな、ここまで捕手一筋で来た。甲子園にゃ出れなかったけど、地元ナンバーワン捕手って言われてたこともある。それに対して俺は自信もあったしプライドも持った。カイザースで正捕手を取れた時なんか寝れねぇ程嬉しかったぜ。……でもな、テメェに、その場所を奪われたんだ」
近平さんが吐き捨てるように言う。
その言い方には、悔しさや無念さが滲んでいるようで。
「監督に今日呼び出された。お前をレギュラーに据える為、俺の打力を代打で腐らせとくには勿体無いから、肩を生かして外野手になってくれ、ってな。……分かるかよ……その気持が! 甲子園優勝捕手にもなって、猪狩に頼られて――そのままそのポジションを貫けるお前に! 俺の気持ちが!」
「でも、それは――」
言いかけたところで、はたと気づいた。
嫉妬の感情は向けられているけど、悔しさの矛先は、俺に向いてない。
「黙れッ! わかってんだよ……! 俺に捕手のセンスが足りないってことも。――慢心して努力してなかったってことも!! だからこそムカつくんだ腹が立つんだ! 全力でやってりゃテメェなんかに負けねぇのに! 全力でやってなかった自分に!」
バッ、と俺の胸ぐらから手を離し、息を荒げながら俯き、近平さんは再び涙を拭う。
「……俺は……お前に負けたよ。たった一つしかない、捕手のレギュラーを守れなかったさ」
そして次に顔を上げた時には――近平さんの目に、嫉妬の感情は見えなかった。
「でもな、二度は負けねぇ。捕手としては負けても、打撃ではお前に勝つ! 勝負しろ葉波! どっちが先にクリーンアップを打つか! 友沢、ドリトンと続く五番打者! そのポジションは譲らねぇ!!」
ビシッ! と俺に指さす近平さん。
はは、流石だぜ。この人。メンタルが強い。
伊達に三割打ってないんだ。俺より打撃センスは有ると思う。勿論捕手センスじゃ俺の方が上だろうし、打者として負けてるつもりもないけどな。
「ええ、いいですよ」
「後その口調止めな! ライバルに敬語とか何のつもりだ! 先輩だからって遠慮か? んな言い訳させねぇぞ!」
「……わかりました――いや、分かった。近平さん。どっちが先にクリーンアップを打つか、勝負!」
「へへ……そう来なくちゃな。休日だからっつって酒飲んでる後輩のお前に、俺が負けるかよ!」
ニヤリ、と近平さんが笑う。
課題が見えてきた上にライバルと勝負か。上等、熱くなって来たじゃねぇか!
「負けた方がおごりでディナーフルコースだ!」
「財布に万札入れとくといいぞ?」
「後輩の分際で生意気な。テメェこそ契約金降ろしとけよ!」
ゴツン! と拳をぶつけあい、互いに挑発しあう。
おもしれぇ。この勝負、絶対に勝つ!