「……」
「……」
ひと気のないカフェテラス。俺たちの他に客も、従業員すらいない。カウンターで年老いたマスターが船を漕いでいるような、寂れた喫茶店だ。そこで、俺とレアは互いに向き合って座っていた。
テーブルの上には水の入ったコップが二つ。両方ともに道端で拾ってきた葉が載せてある。レアはその片方のコップを両手で包み込み、眉間にしわを寄せて唸っている。
もちろん、水見式だ。初めは俺が教える立場だということで、練の訓練をしていたのだが、まともな形になってきたのでレアの系統を調べることにしたのだ。コップと水、そして何か水に浮くものがあれば簡単に調べることができるので、水見式が最も一般的なやり方だというのもうなずける。
さて、そういうことでレアに水見式をさせてみたのだが、どうにも様子がおかしかった。確かに練はできているのだが、コップに変化が見られないのだ。
「ね、ねぇ、フェル。私何か間違えたかしら」
「いや、やり方はあってるはずだ」
そう、やり方はあっている。ということは、見た目以外に変化が起こっているということだ。
「水の味を見てみようか。変化系なら味が変わってるはずだ」
「……あぁ、そっか!」
険しい表情から一転して、レアは嬉しそうにコップに指を突っ込んだ。そして……
「……熱ぅぅうううううう!!」
……椅子からずり落ちて、のた打ち回り始めた。居眠りしていたマスターがびくりと肩を震わせた。
「……どったの?」
レアの動作が落ち着いた頃を見計らって声をかけると、涙目でこちらを睨んできた。
「どうしたもこうしたもないわよ!何で熱湯なんか用意したの!」
「熱湯だって?」
不思議に思ってレアのコップに指を浸す。確かに、熱い。だが、俺は熱湯を用意した覚えなんてない。と、いうことは、つまりだ。レアの練が水を熱した、ということになるのではないか。
頬が引き攣るのを感じた。レアにそう伝えると、彼女もまた頬が変に強張っていた。
「……特質系、かぁ」
今まで考えていたレアの修行プラン、見直しが必要かもしれない。
一呼吸おいて、俺たちは今後のことを話し合うことにした。
「まぁ、しばらくは普通の修行かな。系統別の修行をするには錬度が足りないし。ただ、今のうちにどんな能力にするかは考えておいた方がいいかもしれない」
「能力かぁ。特質系の能力って、どんなのがあったっけ」
「能力を盗む能力、相手の記憶を読む能力、あとは全系統の能力を100%の精度で使える能力とか」
「……うぅ~ん」
悩ましげに唸るレア。自分が特質系だということに、いまいちピンと来ていないようだ。
「一応教える立場だからいうけど、自分に一番必要なものを念能力にするといいよ。それか自分がこだわってるものとか」
「そういわれても、なかなか……。あ、そういえば、フェルの系統って何?」
「俺は具現化系だよ。ほれ」
そう言って、もう一つのコップに練を通し、レアに中身を見せる。
「……ねぇ、フェル。具現化系って、水の中に不純物ができるのよね?」
「そうだね」
「なんか水全体が結晶化しているのだけど……」
レアの言うように、コップの中は半透明の黒で覆い尽くされている。
「……多分具現化系だよ。」
「せんせーしっかりしてください」
目をそらしながら言う俺に、レアは冷ややかな視線を向けた。
「それで?せんせーの能力は?」
「せんせー言うなし。俺の能力は、これだよ」
黒目玉を具現化してみる。初期のころは2本の紐がついているだけだったが、今では6本の紐は俺の体にまとわりついている。目玉が開いているとレアの思考が読めてしまうので、まぶたは閉じてある。
そういえばこれ、モデルがあるんだよなと思ったが、レアは大した反応を示さない。原作を知らないようだ。
「わ、念獣なんだ。どんな能力なの?」
珍しそうに黒目玉のまぶたを触ってくる。
「思考を読む能力。」
「……へ?」
レアの手が止まった。
「い、今なんて?」
「だから、思考を読む能力だよ」
レアの手が震え出した。分かりやすいほど動揺している。
「……つかぬ事をお聞きしするんだけど……」
妙な言葉遣いで、レアは聞いてきた。
「その、私の思考も、読んじゃったりした?」
「二回ほど」
レアの動揺の理由は分からないが、聞かれたので普通に答えた。
「いつ?」
「ヨークシンで一回、飛空艇で一回だけど」
「……本当に?」
「本当だって。戦うとき以外はあんまり使ってないし」
レアは安堵したように息をついた。
「OK。信じるわよ、その言葉。……それにしても、結構やばい能力ね、それ」
「そう?」
「そうよ。私だったら、今の自分の思考を読まれたりしたら、て思うだけで怖くなっちゃうわよ」
以前思考を読んだことは大丈夫らしい。
「これと、あとは半具現化した手足が俺の能力だよ」
「手足を具現化?」
「そう、巨大化した手足を」
「……思考を読む能力に、巨大化した手足?何でそんな能力にしたのよ」
「前に話した、友達と戦うためだけど」
「どんな友達よ……」
呆れたように、レアは言った。
「まぁ、能力は考えておいて。しばらくは練とか凝の特訓になると思うから」
「了解よ」
「とりあえず明日、じゃないや。明後日からみっちりやっていくから」
「?私は明日からでも大丈夫よ?」
首をかしげるレアにいやいや、と俺は首を振った。
「レアじゃなくて、俺の事情。明日は試合があるんだよ」
翌日、200階のリング上に俺はいた。
『さぁ、今回対戦するのはこちら!フェル選手対インジェ選手だ~!!』
怒鳴るような勢いで喋るアナウンサーに、観客の歓声が応える。それと反比例して俺のテンションはダダ下がりだ。
今日、レアは観客席にいない。念のことで頭がいっぱいで、チケットを買っていなかったらしい。今はエントランスホールのベンチで中継されているこの試合を見ているそうだ。だが、正直この試合は別に見なくてもいいのだが。
対戦相手の、インジェと呼ばれた男。どぎつい色の髪にセンスの悪い派手な服。観客へのアピールのつもりなのか、いちいち動作が大仰だ。そして顔には嗜虐的な笑みを張り付けている。
黒目玉で読まなくても分かる。この男は俺をいたぶることと、勝ち数を上げることしか考えていない新人狩りだ。
俺がげんなりしている間に、対戦者の紹介はインジェから俺に移った。
『対するフェル選手は、何と180階まで一撃で勝負を決めてきた猛者中の猛者!サングラスに隠れたミステリアスな容貌と相まって、数多くのファンがフェル選手についているようです!かくいう私も……』
「猛者中の猛者、ねぇ……」
ククク、といかにもな笑いをもらすインジェ。なんかもう、さっさと試合を終えてしまいたい。そんなやる気のない俺を置いて、試合は始まった。
「おらぁっ!」
試合開始のゴングとともに、インジェが威圧感のない雄たけびをあげて突っ込んできた。オーラを手に込めて、一撃必殺を狙っているらしい。技術も何もないその拳からは、何も学べそうになかった。
いつものように懐に潜り込んで、一撃。流すらまともにできない彼は、その一撃で沈んでしまった。
『インジェ選手、ダーウン!これは決まったかぁ~!?』
いつもの通りハイテンションなナレーターの声を聞き流しつつ、俺はレアの訓練メニューを考えるのだった。