日が経つに連れて、クルーの数も段々と増えていった。
俺が来るよりも先に乗艦していた、整備班の面々と食堂組。
俺より少し遅くに生活班、そして4人の運航班。
残りは艦長たち首脳陣と、出航してからが仕事の戦闘班だ。
その中では、やはり仕事として来ている分真面目なのか。
フクベ提督と、ムネタケ提督が同時に乗艦した。
……一応アドバイザーとのことではあるが。
データ管理担当のせいで、この艦の目的を多少知ってる分。
フクベ提督に、なんとも言えない感情を抱いてしまったり。
なんでこの人が来たのかなぁとかさ。
内心を色々想像しちゃうのは仕方ないと思うんだよね。
感情を読み取れない表情は、少し不安に感じた。
ま。
別に俺は軍人さんに、忌避感を抱いてるわけじゃない。
自分たちの為に命を掛ける人に、そんな感情は抱けない。
命、命かぁ。
人の為に死んでいくって、どんな気持ちだったのかな。
俺は、想像すら、彼らの死を汚すような気がして嫌だった。
ほぼクルーが揃ってきた今日この頃。
艦長と副艦長が数時間単位で遅れて乗艦してきたり。
その際の「ブイッ!」とか言うから反射でお返ししたり。
ダメである。振られたら返すのが俺の癖であるのだ。
それを見ていい笑顔をする艦長、ミスマル・ユリカさん。
中々に狂った思考回路をしてそうで愉快である。
天才と馬鹿とは紙一重というけれど。
共通しているのは思考の順路が他者に理解できない所にある。
天才は一足飛ばし、馬鹿はよく判らない方向に行くだけだ。
さぁて、この艦長はどっちなのかなってね。
隣りの副長は一挙一動にビクドキで苦労性っぽい感じ。
漸く俺と同じまともそうな人が現れて、ありがたいことだった。
そんな感じで、挨拶とかしていたら。
プロスさんから、唐突に一人分クルーが増えると紙を渡された。
手書きの資料を見ながら、結局入力するのは俺な訳である。
これだから下っ端はダメである。
プロジェクトのメンバーだからと、雑用頼まれ過ぎだ。
入力程度なら片手間……小指でちょいだが、それだけじゃないし。
テンカワ・アキト。18歳。
少し幼い感じの顔立ちの、まだ若い半人前コック、らしい。
本人の能力で特筆するべきなのは、ノーマルIFS持ちぐらい。
けれど、問題は住所に輝く“ユートピアコロニー”の文字。
もう、引越しをしたならちゃんと住民票移さないと。
そうじゃないのは、プロスさんに裏取りを頼まれたので判ってる。
どう調べても、地球、日本に入国した履歴なんて残ってないし。
かと言って偽装されたような様子も、そんなコネもない。
いやコネはあるけど、連絡をとった形跡もなんて一切残ってない。
金融系のデータも見てみるけど、普通の……普通の?
なんというか、あまり裕福でない社会人といった感じだし。
正直これで偽装されてるなら、バリバリの組織的なあれである。
個人が出来る程度の偽装は俺でも暴けるだろうけどさ。
それ以上とまでなると、正直俺では手に余ってしまうわけで。
クラックは出来ても、元々素人が出来る範囲を超えている。
というわけで、俺個人で判る範囲では、裏無しということで。
ま、どうせゴートさんとかも調べるだろうしさぁ。
大した驚異じゃないんじゃないかなって俺は思っちゃうわけよ。
経歴見る限りは、火星生まれ火星育ちの普通の青年。
地球生まれ地球育ちの俺は、宇宙なんて修学旅行振りである。
歳も近いことだし、ま友達ぐらいにはなれるんじゃないかな。
……ユートピアコロニーかぁ。
友達の死体が降り注いだ場所が、今どうなっていることやら。
彼の死に、意味はあったんだろうかって思っちゃうよね。
カチカチと、まあ比喩なんだけどコンソールを弄ってる内に。
格納庫でエステバリスが倒れたらしく、ナデシコが揺れて。
なんか早く来たパイロットが怪我したらしいと、連絡が来た。
……この場合、保険とかってどうなるのかしら。
全く職務中とは言えない気がするんだけど、とプロスさんに確認。
苦々しい顔をして、俺に乗艦予定日を弄るように指示をした。
――それしかないっすよねーとね。
ナデシコの記録と工場の記録とネルガル自体の記録をちょちょい。
なんだか最近は犯罪してばっかである。バレない限りはセーフ。
まぁいいのだーと思ってると、再度ナデシコが揺れる。
誰か天丼でもしたのかと思った俺に、鳴り響くアラート。
……まさかの、凄いタイミングでの敵襲であった。
――取り敢えず、情報収集が俺たち運航班のお仕事である。
ナデシコのセンサー類は元より、お外の観測システムをハック。
さぱっと同期化させつつ、戦況データを構築、更新。
ここから、各クルーに必要情報を提供出来るように調節である。
大体ここまでに、艦が揺れてから40秒ほど掛かった。
元より基礎システムがあるから入力するだけである。
戦況データをウィンドウにして、ブリッジに表示する。
それに対して一番早く反応したのは、やっぱりゴートさんで。
続いて軍人さんたちが“どうするか”について意見を出し始めた。
彼らを尻目に、俺はやっぱりコンソールに向かい続ける。
……情報は片手間だけだとすぐ更新速度が落ちるのである。
俺ほど必死にならなくてもいいらしく。
ミナトさんとメグミちゃんは席から離れ、会議に参加。
ホシノさんだけは俺の隣りに座って、戦闘システム起動中。
……やっぱり戦闘するのかね、と。
ここまで来ても、俺は俺の命を大切には思えない。
死にたいわけではないけれど、なんというかさ。
思い入れを持てるほど、俺は必死になったこと、ないし。
俺よりも必死に生きていた人が、あっさり死んじゃったし。
拗ねてるだけと判っていても、なんか虚しく思えた。
「艦長は、何か意見があるかね」
「――海底ゲートを抜けて一旦海中へ。
その後浮上して、敵を背後より……殲滅します!」
それはともかくとしても、状況は背後で進んでいるようで。
作戦の正当性を検証するまでもなく割り込んで来るウィンドウ。
発信元は格納庫、発信者はヤマダ・ジロウさん。
俺が囮になるとか言ってたけれど、骨折中らしく無理らしい。
ってことはさっきナデシコが揺れたのはこの人か。
プロフィールの備考欄にロボオタの文字がキラキラ光る。
「囮なら出てるわ。
今、エレベーターにロボットが」
けれど。
みんなが、あれ?手がない?と思い始めるより早く。
ホシノさんが格納庫のエレベーターが動いていることを告げた。
そして開かれる通信。
……あれ、さっきのテンカワ・アキトくんだ。
フクベ提督の誰何に、ヒッという声が中々に美味しい。
ヤマダさんが騒いだり、コックとか色々揉めたりしてるうちに。
そんなことを思っていると、艦長が騒ぎ出した。
実は幼馴染だったらしい艦長とテンカワさんのラブストーリー。
幼馴染かぁいいなぁ。
俺は幼馴染とか、いないからなんとも言えないけれど。
なんかグダグダってるけど、エレベーターが地上につく。
――ま、ディストーションフィールドあるし、大丈夫かな?
誘導経路と回避経路さえ示しときゃ、なんとかなるっしょ。
現状のテンカワさんのアクセス速度なら普通に動かせるだろうし。
「――エレベーター停止、地上に出ます」
「えっおいちょっと」
「頑張ってくださいね!」
「ゲキガンガー返せよなぁっ!」
「うるせぇっ!」
なんだかんだであっという間に囲まれちゃうテンカワさん。
それでも、一瞬気を取られただけですぐに動き始めた。
やはり、IFSに慣れた感じのする操作をしている。
予測攻撃範囲をお出しすると、ちゃんとそこから逃げてくれる。
ま、そこらへんの予測は俺がするからいいとして。
10分は相手の手数的に厳しいだろうなぁという現実。
「――皆さん!
アキトの、新人パイロットの為に急ぎますよ!」
「どうするのぉ艦長?」
むぅ。
確かに急いであげたほうがいいとは思うんだけどねぇ。
現実的な限界ってものもあるんだけど、という視線が集まる。
けれど艦長は、決して感情だけで言った言葉ではないらしい。
強く握り締めた手は小さく震えて、緊張しているのが判る。
それでも静かに前を見る瞳は、揺らぐことなく決意を湛えていた。
「――海流に乗れる場所は海流に。
対流はディストーションフィールドで突っ切ります。
エンジン出力は主砲に限界まで回してください!」
「ゆ、ユリカ?」
「この地形とナデシコなら、4分は短縮できるはずです。
各員、最善を尽くしてください」
……結構なレベルの無茶言ってるぞこの人!
それってどう考えても、現状の潮流の把握が前提条件だしさ。
フィールドの切り張りでエネルギーロスト減らすってことだろ?
切り替えのタイミング次第では消費の増大が確定。
それだけではなくて、単純に目標地点にたどり着くのも遅れる。
っていうかまず海流に乗れなかったらそれでアウトじゃん。
――しかし。残酷なことに艦長は最初に俺を見た。
「タキガワさん、海流と敵の誘導を。
ルリちゃん、エネルギー管理とフィールド切り替えを任せます」
「……アイサー」
「行けます」
「ミナトさん、二人の情報からルート構築、操舵を。
メグミちゃん、センサーと艦内通信をお願いします」
「りょうかぁい」
「準備できてます」
……俺の名前と職務はバッチリ覚えちゃってるわけなのね。
この人も、脳みそ自体は人類上位の恵まれたアレらしい。
いや、もうなんでもいいけど。そんな余裕なんかないし!
そうだ。俺に答える余裕なんて与えられていない。
統合済みの潮流データを、リアルタイムで作れと言われたのだ。
どこにそんなものがあるというのだ。自力しかないじゃないか!
取り敢えず、近隣の観測所を完全掌握。
あと気象観測衛星落として、現在のデータを閲覧。
……無理!過去のデータから予想データ出した方が早い!
過去40年間で、日付と気温と湿度と風量で近いデータ。
比較的近いデータから差分出して、平均値のパラメータ検出。
誤差予想を出来るだけ大きく、再構成開始。
――なるほど。確かにこの海流使えそうだわ。
「ホシノさん、データどうぞ」
「……最短ルート構築完了、ミナトさん」
「はいはい、ちょっと待ってねぇ。
――はいできた。ルリルリ、どうぞ」
――ルリルリ?
思わず顔を見合わせたのは、俺とメグミさんであった。
なんというセンスだろう。驚愕の一手である。
「……るりるり?」
「可愛いでしょ?
フィールドのタイミングはお任せするわねぇ」
舌っ足らずになったのは、生来のものだけではないはずだ。
なんというか、ショックであることを隠しきれていない。
――――美味しい!と俺が思ってしまうのは、避けられない。
「ルリルリ!
誘導予測どうぞ!」
「る、ルリルリちゃん!
衝撃発生スケジュールください!」
「……ちゅ、注水8割方終了」
流石のルリルリも、俺とメグミさんの畳み掛けに声が震える。
開き始める工場のゲート。同時に修正される予定ルート。
震えているのは感情と声だけで、お仕事は問題ないらしい。
「エンジン状況よし。
いつでも行けるわよ」
「……はい、それでは。
――――ナデシコ、発進!」
「ナデシコ発進します」
「衝撃来ます」
エンジンから、各機関に出力が回っていく。
水中で大質量が動いたことによって、ナデシコも揺れる。
まだドック内だから、流れは弱いけど、反動は結構ある。
そのうちに、俺はテンカワさんを再誘導。
現状の予想到着ポイントから、敵の誘導の為に若干修正。
……主砲発射タイミングを確認して、更に再修正。
「3秒後、対流突入するわ!」
「フィールド60%で2秒間展開」
「右側に揺れます、各員体勢を!
4秒後、ナデシコ左部のみ上下に衝撃来ます」
ミナトさんは最速を目指してナデシコを只管ぶん回す。
水の抵抗や、ナデシコの自重による慣性を考慮してなお。
ずっと加速に入れっぱなしで、それでもコースから外れない。
それをナデシコの機動とフィールド発生のラグを全て把握して。
必要な一瞬に必要な強度だけでフィールドを張り続けるホシノさん。
エネルギーのロスなんて、既に本来の7割はカットしている。
ホシノさんから回された衝撃予測と、各通信を全部並列。
ジェットコースター紛いの艦内で、必要な情報を最速で正確に。
機器の操作、通信の内容と精度、全てが余人では成し得ない。
馬鹿みたいな、現実離れした作戦を実現するために。
馬鹿みたいな、現実離れした実力をみんなで発揮して。
そして成し遂げた、予定時間よりも4分24秒の短縮。
水面に上がったナデシコに、エステバリスが着地した。
「――お待たせっアキト!」
「お待たせったって……。
まだ十分経ってないぞ……?」
「あなたの為に急いできたの!」
文字通り、人類トップクラスの知識と技術を総動員してね。
この一瞬を作り出すために、どれだけの無理が重ねられたか。
それをテンカワさんは知らないし、知る必要はないだろう。
「敵残存兵器、有効射程内に殆ど入ってる」
「目標、敵纏めてぜぇ~んぶ!撃てぇ!」
そして、収束された重力波が数体の兵器を除いて、塵にする。
直撃しなかったのも追跡調査を掛けようとしたら爆発した。
全敵データを最新に更新すると、敵戦力データは残存0となった。
フクベ提督の報告指示に従って、各班から報告が上がってくる。
それを聞きながら、各部の情報と戦闘データを記録しながら。
テンカワさんのエステバリスを回収誘導し、ハッチを開けながら。
なんだかんだでこの艦は、馬鹿げたレベルの天才と。
それを活かせる化け物が乗せられているんだな、と俺は思った。
……火星まで、案外なんとかなっちゃうのかもねってね。