日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

5 / 43


 

ネルガルの新型戦艦ナデシコは、実験艦だ。

 

真空の相転移によりエネルギーを得る相転移エンジン。

斥力を展開し、艦を防衛するディストーションフィールド。

重力を収束発生させる主砲、グラビティブラスト。

 

最新鋭の、系図すら知れない技術が大量に使われ。

膨大なコストが掛けられた、どうあがいてもワンオフの戦艦。

なるほど、そのスペックだけでも実験艦でしか有り得ない。

 

けれど、実験艦ナデシコの本質はそこにはない。

 

ナデシコはスキャパレリプロジェクトの為に作られている。

全ての機能は、プロジェクト完遂の為のものである。

ナデシコのコンセプトは、“最新鋭の戦艦”ではないのだ。

 

では、どこにあるかと言えば。

プロジェクトの中での役割は、とある場所に行き戻ってくること。

その機能さえ果たせるならば戦艦でなくとも構わない。

 

ただそれが、宇宙空間を越える必要があり。

木星蜥蜴たちとの戦闘を無事に切り抜ける必要があり。

そのどちらも単艦でこなさなければならないというだけだ。

 

画して、ナデシコは最新鋭の戦艦として作られた。

それも単独で戦闘をこなし、単独で長期航海できる戦艦に。

そして“そのように”運営されるべく作られたのである。

 

木星蜥蜴の圧倒的な数の暴力。

たった一艦で立ち向かわなければいけないナデシコ。

数の利という現実は、明らかに敵に味方していた。

 

量に立ち向かうのは、同じ量か、あるいは質でしかない。

最新鋭の技術は詰め込んだ。後は、それを活かしきるかどうか。

スペックが発揮しきらなければ、プロジェクトの成功は有り得ない。

 

故に。

ナデシコを運用するのは、最高の人材でなくてはいけない。

少人数で情報伝達を早め、単艦のメリットを活かさなくては。

 

実験艦ナデシコは、誰でも運用できるようには作られていない。

普通の兵器のように、一定の基準を満たす者なら使えるわけではない。

選ばれたたった一人を掛け合わせ、理論値を目指しているのだ。

ネルガルの新型機動戦艦ナデシコは、実験艦である。

そのコンセプトは、最高の人材で最適化された最強の戦艦。

それは兵器というよりは、ただの科学者のロマンの塊だった。

 

今後、ナデシコの技術を継ぐ艦は幾らでも出るだろう。

ナデシコの戦闘データも、多くの人に分析され利用されるだろう。

けれど、ナデシコのコンセプトが引き継がれることはない。

 

だからナデシコは実験艦でしか有り得ない。

まともな理念で設計されていないから、系図には入らない。

――――けれど、俺はそれを少しだけ寂しく思った。

 

 

 

 

 

ナデシコに乗艦し、俺はシステムの構築を始めた。

実際の、各設備各機能はインストール済み。

けれどそれを統合的に運用できるようにするのは俺である。

 

最初の頃は、俺も真面目にブリッジで仕事をしていたが。

まだ誰もいないブリッジで、一人だと寂しすぎた。

外に羽ばたき出すまでに、時間はさほど掛からなかった。

 

何が問題って、ブリッジでなくても仕事出来るのが悪い。

速度に限界こそあれど、コミュニケとグリップコンソールは便利だ。

なんと工場の外で遊びながらでも、アクセス出来るのだ。

 

実質思考の二割から三割程度。

それぐらいのリソースを回せば、まあ何とかなる。

外部からのアクセスで、回線自体が細いから限界でもあった。

 

っていうか、幾らなんでも防壁硬すぎである。

正規アクセスでも、ここまで入力絞られるとか馬鹿である。

メガネとIFSがなければ死んでいた所だ。俺コンタクト派だけど。

 

そんなこんなで遊び歩く日が続いてきた今日この頃。

佐世保グルメツアー2196☆8日目。

流石にバーガー10個目はきついと思いながら食す俺。

 

一人だと、遊ぶにしても食い倒れツアーしかない。

買い物ばっかりするにも、そこまで時間潰せないし。

無趣味に近いと、こういうときって本当に困るものだ。

 

そう思いながら、半ば自棄に暴飲暴食をしているが。

幸い俺は非制限IFS持ちである。頭悪いレベルで燃費がやばい。

常時起動しているのもあり、この程度なら体重も現状維持だ。

 

……それを知らない店員さんは俺をすごい目で見るけどね?

 

そんなこんなでバーガーに飽きてきた俺の頭の中で警報がなる。

これは勘とかそういうものではなく、リアルに鳴り響く。

コミュニケに繋いだコンソールを通して擬似電脳が叫んでいる。

 

ナデシコのデータベースに繋がっていた俺の意識が一瞬飛ぶ。

リソースとして3割が飛んだことで、IFSが警報を出したのだ。

すぐに立て直して、状況の把握を開始する。

 

――ナデシコの中に、誰かいる。

いや、元より作業員や整備班の皆さんはいるんだけども!

それとは違った、全くの異物が現実と電脳の両方に存在していた。

 

まず最初に、ナデシコの電脳の方に、異様な何かがいた。

俺もよく判らない、驚愕のスピードで何かを構築している誰か。

激流のようなアクセスで、あっという間に出来ていく砦みたいな何か。

 

そのアクセススピードで、外部アクセスではないとすぐ気がついた。

ナデシコ内部から、明らかに非制限IFSの速度で干渉している。

それにしたって、異様な速度だ。手出しの隙間が見当たらない。

作られているのが、領域を確保する為の城壁と気付いたときには遅く。

結局、俺が割り込むことも何かを潜ませることも出来ない内に。

その誰かはナデシコの中に、自分だけの王国を作り上げてしまった。

 

 

 

流石にやばいと思ったので、俺は全速力で帰った。

いや、大体誰がやったのかとかは想像は出来ていたのだけど。

それでも色々と、そのまま放置出来そうにはなかったのである。

 

絶対にナデシコの中からのアクセスで、間違いなく関係者。

その上で、こんな処理速度のIFSユーザーなんて一人しかいない。

……っていうか、ナデシコの関係者とか関係なく一人である。

 

その人が来ているならば、尚更俺は早く帰るべきだった。

だって常識的に考えて、職場が同じで同職の方なわけである。

微妙に職務が違うけれど、大体にして上司と言っても構わないのだ。

 

帰りがけで買ったクレープを食べながら、工場に入り。

そして早足にナデシコに乗艦し、俺はブリッジへと向かった。

そこに割と見慣れた姿を見つけ、思わず声を掛けた。

 

「――プロスさん!」

「ああ、タキガワさん。

 帰ってきましたか」

 

そこにいたのは、いつもの赤ベストのプロスペクターさんだった。

訓練中も、ネルガルのIFS研究所に時々様子を覗きに来たり。

早めに乗艦してきたから、俺にとっては馴染みのある人だった。

 

「ええ、来たんですよね?

 それで、どこに」

「把握されてましたか。

 そちらにいらっしゃいますよ」

 

そうして、プロスさんが手で指し示したのは入口の奥。

艦長席に近い今の場所からは見下ろす位置。

俺の仕事場セカンドオペレータ席の、すぐ隣だった。

 

階段を転がるように降りて、背凭れ越しに背中を見つけた。

どう声をかけたものか、一瞬悩んで。

その間に、すっとこちらを振り返ってきた。

――その人は、座っていてもかなり小柄と判る女の子だった。

明らかに何かの調整を加えられた、ブルーシルバーに輝く髪。

白い肌は、人よりも熱の薄い、硬質な印象を俺に持たせた。

 

ただ、それでも。

人形でも、アンドロイドの類でもないと思ったのは。

彼女の全身と表情の倦怠感が、不釣合に人間臭かったからだ。

 

「ああ、ホシノさん。

 こちらセカンドオペレータのタキガワさんです」

「タキガワ・トオルです。

 主に電算管理を担当します」

 

俺を追いかけてきたプロスさんが、口止まる俺の紹介をする。

取り敢えずその助け舟にのって、テンプレ自己紹介。

興味のなさそうな、熱の薄い視線が俺を遠慮なく貫いた。

 

そも、きっと振り返ったのも、騒がしかったからだろう。

プロスさんが口を出さなければ、きっと目を逸していたはずだ。

微かに不安そうな色を浮かべたその瞳に、俺はそう思った。

「――――ホシノ・ルリ。

 ……………………よろしく」

「宜しくお願いしますね、ホシノさん」

付け足すように加えた言葉は、本当に付け足しだと思った。

一番当たり障りがなくて、その上で短い言葉。

端的に呟いたそれは、視線がなければ独り言と勘違いしていただろう。

 

そうして、銀髪の少女は顔を前に向けてしまった。

見る必要もあまりないだろう画面を、ホシノさんは見ている。

俺に興味がないのか、それとも一体どう思っているのか。

 

チラリと見たプロスさんは、なんとも言えない表情で。

どちらもフォローしにくいというか。

下手に何かを言えないというのが、俺にはよく判った。

「――それにしても凄かったです。

 先ほどの領域確保と防壁には驚きましたよ」

「……オモイカネが、嫌がってたから」

むう。

そりゃ確かに、まだ整理が行き届いてはいないけれど。

というかそこは、納入してきた企業さんが悪いというか。

 

俺は取り敢えず外枠だけ固めて、後で片付ける派である。

というかまだまだ出航までに日にちがあるし。

……などというには、遊んでいたのも事実なんだけど。

 

それにしても人馴れしていないというか、なんというか。

どれぐらいの距離感にするかが掴めない俺には、反論も難しい。

そう思って悩む間に、ホシノさんは更に続けた。

 

「下手、でも。

 雑でもいいけど」

「はい」

「オモイカネが嫌がるのは、やめて。

 ……しないでほしい」

淡々と。ホシノさんは、熱のない声で俺に告げた。

そも、きっとあまり声を出し慣れてないのだと俺は思った。

どこかもごもごとした感じと、言葉の区切りが変な感じ。

 

IFS適合強化体質。

俗に、週刊誌でマシンチャイルドと揶揄された実験の被験者。

プロスさんに、難しい方だと聞いていたけれど、本物かもしれない。

 

「それだけ……守って。

 ……後は、なんでもいいけど」

「……気をつけますね」

実力差が果てしない、10も歳下の人馴れしてない半上司。

距離を測りかねる俺と違って、そもそもそうする気もないらしい。

……これは流石に、思っていたよりも前途多難かもしれなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。