日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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最終話

 

 

 

チューリップから何かが出てきた瞬間に、カキツバタが被弾した。

ディストーションフィールドを張っていたのに、貫通してダメージ。

つまりは、それだけの出力を持った戦艦であるのが即座に判る。

 

というか顔を出しているのは、明らかに木星の有人戦艦である。

それも、ボソン砲を備えているタイプ。ナデシコ級の天敵である。

有人戦艦が続けて2隻。2隻目は後方から無人兵器を出している。

 

今までと違って、ボソン砲を使える戦艦が2隻。対象も2隻。

そこに無人兵器までつくのだから、要求される予測精度も遥か上。

神経がちょっと灼けるのを覚悟して、コンソールに手を置いた。

 

無人兵器に囲まれるカキツバタ。被弾して機動力も落ちている。

遺跡に身を隠しているナデシコより、そちらを優先したのだろう。

投入されたゲキガンタイプ3機も、カキツバタを攻撃している。

 

2隻分のボソン砲。そして織り交ぜられるグラビティブラスト。

ボソン砲を予測されることは、前の戦いで恐らく気付かれていた。

だからこその2隻かもしれない。だからこそ速攻かもしれない。

 

直前にしかどこにくるか想像できない分、回避も緊急になる。

慣性もあり方向転換もあり、一回避けるごとに選択肢は狭まる。

グラビティブラストを考えれば、逃げ場なんてすぐになくなる。

 

回避技術自体も、ナデシコよりもカキツバタの方が低い。

ナデシコの方がミナトさんとホシノさんと俺と人材は揃っている。

なんだかんだで最前線で戦ってきて、連携も取れているのだ。

 

結果として、俺の最善も虚しくカキツバタは追い詰められる。

一回避けた所で、次のボソン砲が二弾連続で当たれば意味がない。

頼みのテンカワさんも、現在は遺跡に向かったきりである。

 

ナデシコのエステバリス隊も、ナデシコから離れられないし。

相転移砲を撃つのにも、カキツバタの位置が余りにも悪い。

……相手さんの指揮官の、溢れる殺意に涙が出てきそうである。

 

下手に囮として結構な距離を開けていた分、援護も出来ない。

結構本気で、打つ手が尽きかけていた時に駆け込んできたのは。

白い制服が目立つ、木星軍人の白鳥九十九さんその人だった。

 

「――私に通信させてください!

 彼らに停戦を呼びかけてみます!」

「ユリカ!」

「……はい白鳥さん、お任せします!」

 

ある意味で、最高の助けかもしれない。無意味かもしれない。

だって敵は軍人であるのだ、命令違反をするとは俺は思わない。

だけど、それでも信じたいぐらいには万策が尽きていた。

 

艦長も、一瞬瞳を閉じて考える素振りを見せたが直ぐに頷く。

白鳥さんの前に開かれるウィンドウ、数秒で準備が整い繋がる。

この場にある全てのものに繋がれた通信。白鳥さんは始めた。

 

「――こちら、木連少佐白鳥九十九。

 戦闘中の全部隊、どうか戦闘を中断してくれ!」

「……九十九か!

 今更貴様が出てくるな!」

 

白鳥さんの通信に反応を返したのは、見覚えのある長髪。

あの人、俺を撃った人だ。……つまり白鳥さんを殺そうとした。

でも、確か白鳥さんはあの人を親友と呼んだけど、どうして。

 

白鳥さんは、あの時の和平会談の経緯については触れない。

どう失敗したかは告げず、ただ失敗したがまだ次があると訴える。

諦めるには早く、今はまだ歩み寄りが足りなかっただけだと。

 

……しかし敵の攻撃は止まない。当然だ、止まるわけがない。

白鳥さんの言葉は段々と感情的なものになり、長髪もそれに返す。

ゲキガンガーの正義に言及されるまで、時間はいらなかった。

 

「ゲキガンガーの正義は!

 手を取り合える人と戦うものだったのか?!」

「お前が正義を語るな九十九!

 地球は悪だ!悪を倒して何が悪い!」

 

――その時。ゲキガンタイプが撃ったグラビティブラストが。

カキツバタを直撃して撃沈。機関部に当たったのか爆発が起こる。

乗艦員は……あ、大丈夫っぽい。普通に離脱出来てるみたいだ。

 

感情的な言い合いに加えて、撃沈されてしまったカキツバタ。

このまま決裂、更なる戦闘の激化、次はナデシコかと思った瞬間。

……白鳥さんのでない女性の声が、戦場全てに響いて聞こえた。

 

「――おかしいです、そんなの。

 そんなのを正義と呼ばないでください!」

「なんだ貴様。

 男の戦いに女が口を挟むなぁ!」

「口を挟むなというなら。

 私たちを戦争に巻き込んだりしないで!」

 

メグミさん、だ。即座に怒鳴り返されて、ビクッと肩が震える。

しかしメグミさんは眉を引き締めて、引くつもりはない様である。

何を思って口を挟んだのかは知らないけれど、止めるべきか。

 

俺がシステムに割り込みを掛けようとした、その時に。

ウィンドウが開き、そこには静かに微笑んで首を振る艦長がいた。

……意味があると。見守るべきだとそういう意味と受け取った。

 

「正義だと言うなら!

 正義を守ってくださいよ、戦わずに!」

「倒すべき悪を倒すのが正義だ!」

「守るべき正義も守らずにですか?!

 人を傷つけない正義すらも守らずにですか?!」

 

感情論、だ。正義なんてものを語るのなら、感情論になる。

だって正義には明確な基準なんてない。あくまで主観に過ぎない。

正義と名乗るのなら、それはその誰かにとっての正義である。

 

――だけど。だけどメグミさんのそれは、何故か不思議と。

何故か不思議なくらいに、この戦場を埋め尽くす力を持っていた。

それ程に、響く。物理的に阻害するものがなく、ただ響き渡る。

 

「あなたたちの正義は!

 人を傷つけることを許容するものなんですか!」

「――ッ!」

「正義の味方であるなら……。

 傷付けずに守ってくださいよ、私たちみんなを!」

 

その理由に俺は気付いた。彼女は今この戦場のヒロインなのだ。

圧倒的な声量。ノイズの混じらない、声質を維持する確かな技量。

メグミ・レイナード。彼女は、一線級の声優であった人である。

 

その悲痛な声は、意識して作ったものかどうかは俺には判らない。

ただ、彼女の声は非常に儚く美しく、悲劇的な少女の声に聞こえた。

その声は、熱血アニメオタクたちの元に、何の加工もなく届く。

 

木星連合の軍人にとって、どれだけの意味を持つのだろうか。

彼らの目の前に現れた、正義を訴える現実のヒロインの意味は。

……それこそ、人生観を変えてしまうのではないかと予想する。

 

「……30分後だッ!

 30分待つ、その間なら投降を受け付ける!」

「月臣……!」

「それ以上は待たん!

 連絡なき場合は覚悟をしておけッ!」

 

一方的に切られた通信も、今までとは違って与えられた猶予。

事実として戦力的に絶体絶命であるナデシコに、残された選択肢。

その中の一つとして見逃せないそれを与えてくれるものだった。

 

近く、通信席で瞳を潤わせて、肩で息をしているメグミさん。

その正義の主張は、また彼女の主観であるものでしかないけれど。

メグミさんの正義を願うその声は、確かに届いたと俺は思った。

 

 

 

 

 

カキツバタの乗員はナデシコに来たものの、状況は変わらない。

ナデシコ単艦で切り抜けられるような戦力の差では既になく。

遺跡もどうにかしなくてはいけないものとして、頭を悩ませる。

 

遺跡の奥でテンカワさんとイネスさんには何かあったようだが。

流石にそんなことを気にする時間はなく、また今度の話だ。

テンカワさんはイネスさんと遺跡、そしてもう一人回収してきた。

 

そのもう一人。亡くなったと思われていたフクベ提督である。

木星トカゲに捕虜として保護されていてなんと無事だったのだ。

現状の解決には繋がらないが、決して悪いことではなかった。

 

投降はない。艦長は通信が切れた後、即座にそう言い切った。

その選択肢を選んでしまえば、遺跡の確保も放棄も出来はしない。

地球を襲うボソンジャンプの危険は、今までよりも強くなる。

 

かといって遺跡の破壊も現在のナデシコでは確実ではなかった。

相転移砲が効かない今、それ以上の威力はナデシコの自爆だけ。

それですら確実とは言えず、歴史も壊れてしまうはずである。

 

歴史が壊れることに一番反対をしたのは、ホシノさんだった。

ボソンジャンプがない歴史が、今より良くなってると限らない。

正論だけど、きっとホシノさんの本心はそことは別にあるだろう。

 

ピースランドよりもナデシコにいることを選んだホシノさん。

……ナデシコに乗らなかったら。そんなことを想像したのかも。

その真意がどうにせよ、ナデシコは遺跡の破壊を選ばない。

 

投降も破壊も。どちらも選べなければ、後は逃げるだけである。

幸いながらこのナデシコにはテンカワさんという最終兵器がある。

あ、僭越ながら一応俺もその類であるかもしれないですけども。

 

遺跡のジャンプフィールドを利用して、遺跡ごとジャンプ。

とにかく誰もいない場所に逃げてから今度は遺跡の処理に移る

ナデシコの一部に遺跡を載せて切り離し、遥か外宇宙へ。

 

遠く遠くに投げ捨ててしまえば簡単には見つからないだろう。

そんな艦長による提案は、意外な所から否定されることになった。

……通信後、黙り込んでいた白鳥九十九さん。彼からである。

 

「――それではいずれ見つかりますね。

 在り処を変え続けることは出来ないのですか?」

「それは……」

 

在り処を変え続ける、つまりは逃げ続けるということだけど。

それは無人で行うには、ちょっと複雑すぎる行動である。

思考はなんとかなるかも知れないが、燃料の方が持たないだろう。

 

無限に続く燃料なんて、無限に劣化しないものなんて有り得ない。

いや、確かに遺跡は時間で悪くなったりはしないだろうけれど。

……遺跡?遺跡か。確かに遺跡そのものは、経年劣化しないな。

 

「……イネスさん。

 ボソンジャンプでどうにか出来ません?」

「そうねぇ艦長。

 入力の仕方次第だと思うけど」

 

そういって、艦長とイネスさんを始めとして俺に視線が集まる。

入力、かぁ。条件次第で別解を出す数式を入力すればいいのでは。

それだけだったら、入力はともかく作るのはそう難しくない。

 

寧ろ入力者が、ちゃんと意図を理解して正確に入れられるか。

そっちの方が余程難題じゃないのかなあと思って、頭を振った。

だって艦長もイネスさんも入力者である。無駄な心配だろう。

 

「……人類がいない場所に。

 一秒毎にボソンジャンプとか、どうですか?」

「まあ、そのあたりよね。

 方法もボソン砲の応用だしすぐ出来るわ」

 

そうだよね。物質単体で飛ばすのなんて既に実例があるもんね。

普通に機能する解析機もここにいるし、難しい話ではない。

それこそ今から30分の間に間に合ってしまうほどのことである。

 

うん、だが。それにしてもまさか白鳥さんが口を挟もうとは。

何かちょっと意外だったので、軽く言葉にして聞いてみた。

すると、白鳥さんは目を丸くして俺を見て。少し男臭く笑った。

 

「――君が言ってたじゃないか。

 鬼ごっこは逃げ続けなくちゃ、だろ」

「……なるほど」

 

道理で。道理で凄く俺的に納得しやすく、受け入れやすいのか。

あまり記憶にないけど、恐らく和平会談の時に言った言葉だろう。

白鳥さんに背負われて逃げ出していた、たった半日前ぐらいの。

 

気がつくと俺はいつの間にか、撃たれた胸を手で押さえていた。

痛み止めは効いているのか、痛みはない。呼吸も苦しく感じない。

サポーターで分厚く感じる胸は白鳥さんを生かした証だろうか。

 

準備は着々と進んでいく。ナデシコをボソンジャンプさせ。

その後居住区と切り離したナデシコ本体をボソンジャンプさせる。

荷物の片付けは急ピッチ。同時にプログラミングも急ピッチ。

 

イネスさんとホシノさんを含めて、6テイク後にOKが出て。

組まれたマクロを艦長に説明し、小物で何度か練習してもらい。

俺の観測では、永遠に宇宙を逃げ続けるボールペンが生まれた。

 

そして遂に本番を迎えた。ナデシコ展望室に参加者が並ぶ。

入力者はテンカワさん、艦長、そしてイネスさんの3人。

オペレートと機器による観測は、ホシノさんとエリナさん。

 

それと俺。入力が正確であることを確認する人力観測担当。

この中で誰が一番重要かって言われたら、流石に俺であろうか。

まさかナデシコに乗艦時には、こんなことは想像もしなかった。

 

――色々あったと思う。こんな言葉で流しちゃいけないぐらい。

俺は何の答えも見つけてないし、この戦争もまだ終わらない。

この遺跡を飛ばした所で、戦争の激化を止めることで精一杯だ。

 

和平会談も漕ぎ着ける所から再スタートだし、始まってもない。

本当に残念なことながら、俺たちはまだ何も解決をしていない。

だが。それでいいのだ。俺たちだけでは戦争は終わらせられない。

 

正義の復讐から始まって。それに立ち向かうのもまた正義で。

誰もが正義のヒーローだったけれど、誰もがそうではなかった。

この戦いを終わらせるのは、英雄なんかではなくて人である。

 

「この戦争に、英雄なんていらない。

 都合のいい正義のヒーローも悲劇の英雄もいらなかった」

 

ヤマダさんはヒーローに成りきれず、夢半ばで死んでしまった。

白鳥さんは悲劇で終わることなく、平和の為にあがく人の一人だ。

戦いを終わらせるたった一人の英雄なんて俺たちにはいらない。

 

この戦争は、平和を求める多くの人たちで終わらせるべきだ。

クローズアップされ、スポットライトが向けられる英雄ではなく。

この時代を生き延びて、それでも平和を望む一般人たちの手で。

 

「艦長、終わらせに行きましょう。

 誰も陽に当たらない、この日陰者たちの戦いを」

 

俺の言葉には、すぐさま返事が返ってくることはなかった。

そりゃそうだ。これはただの俺の妄想で、ただの厨二病である。

ぽかんとした艦長は、それでも何となく察してくれたらしい。

 

満面の笑みで「勿論!」と鮮やかに。

一瞬その綺麗さと強さに目を奪われかけて、直ぐに目を逸らした。

こんなのがバレたら、あの二人にまたなんて言われることか。

 

光り始めた周りの空間。ジャンプフィールドが形成されていく。

安心感と共にぐにゃりと曲がっていく世界は、虹色で綺麗だった。

戦争は終わらないけど、俺たちナデシコの戦いはこれで終わった。

 

 

 


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