インド洋会戦。第103後方支援部隊こと、ナデシコ一艦。
前線から100キロ後方で待機、開戦してからずっとこの位置だ。
苦戦はしてなさそうだけど、すっこんでろとばかりに後方待機。
それというのは、軍にもナデシコ内のグダグダが伝わっており。
それが、軍の本体に伝染らないかと不安視されているようで。
あんまり関わり合いになって欲しくないということらしいけど。
……戦わなくてもいいってならそれはそれで誰も文句はない。
戦闘待機中ではあるが、みんなだらだらと好き勝手にしている。
雑誌読んでいたり囲碁やっていたり、ゲームしてたり様々だ。
エリナさんがなんとかみんなを真面目にさせようかと。
色々煽ってたりはするけれど、あの人そういうの下手だよね。
斯く言う俺も、IFSは繋げているけど正直やる気はない。
だって作戦行動中であるから、一応メンバーは揃ってるし。
みんな完全に集中力途切れてるかっていうと、そうでもないし。
なんかあっても対応できる程度には、準備は出来ているのだ。
というわけで暇である。暇であるからには何かしようか。
そう思って足元の私物ボックス(共用)の中から、色々取り出す。
少し考えてから4つ取り出し、近くのアオイ副長に一つ渡した。
「こんな所にコントローラーがあります」
「……はい、コントローラーがあります」
頷きながら受け取られたので、テンカワさんとアカツキさんにも。
これで4人の面子が揃いましたが故に、ぴぴぴっと起動する。
起動するのは大乱闘でアクションな格闘ゲームのシリーズだ。
アイテムとか設定は、出来るだけ戦いが派手になるように。
技術的な差を埋めるために、当然オートハンデは実装しておく。
そしてゲームスタート。ちなみにみんな持ち場でプレイだ。
それぞれが離れた所で、無言。ゲームは段々と進行していく。
特に何も打ち合わせなしで、連携したり裏切ったり裏切られたり。
白熱するゲーム内容とは真逆に、誰一人として喋らない。
レートとしてはアカツキさん>俺=副長>テンカワさんである。
技術はそれなりだが、判断が早く安定しているアカツキさん。
ノリで裏切ったりネタプレイに走りがちで、落とすし落ちる俺。
副長は堅実に立ち回り、派手な戦績はないが大きなミスもない。
技術で劣るテンカワさんは重ねたハンデで爆発力が断トツだ。
総合すると、極端に誰かが突出した勝ち数というわけでもない。
そうして、ただひたすら無言で、開戦より4時間が経過。
段々熟れてきたテンカワさんが俺と副長に並び始めた頃である。
唐突に副長が立ち上がって、ガタンと座っていた椅子を鳴らした。
「――不毛すぎる!」
「なにを今更」
「せめて遊ぶんなら会話しようよ!
なんで無言で大乱闘してるんだよ!」
本当だよ。もっと早くに誰かが突っ込むと期待していたのに。
開始直後ぐらいにアカツキさんあたりがマトモなこというだろうと。
なんで無言でこんな時間までやってるんだ。楽しかったけどさ。
その言葉を皮切りに、テンカワさんとアカツキさんが近寄ってくる。
表情に疲れがあるのは事実だが、どうやら楽しんでいたようだ。
苦笑しながらも、その顔は決して暗いものであるとは感じない。
「――いやぁ。
こんなゲームなんて久々にやったよ」
「俺もっす」
「人が揃わないとやらないからねぇ」
流石に人数揃って遊ぶお祭りゲーを、一人でやる気にはならない。
いやキャラ開放とかの為だったり、状況と場合による部分はあるが。
……俺は別にやり込みの為に、修行を重ねたりはあまりしない。
それにしても、まあ楽しんでくれたのは結構なことであるのだが。
なんで今の今まで、誰も突っ込まずに無言でプレイしてたのか。
まさか誰も疑問に思わなかったのかとかそういうことはないよね。
「……突っ込み遅いよね?」
「いや、だって。
無言でコントローラー渡してきたから」
「俺も突っ込み待ちかなと思って。
そのままノってみたんだけど」
大体あってる。しかし、なんて無軌道な若者たちなのであろうか。
空気を読むのもいいが、まさか無言でお祭りゲーをやろうとは。
その発端が自分であることには、この際目を瞑ってスルーである。
取り敢えず一度中断されたが、続きをするかそれともどうするか。
そう問いかけた所、みんなそれなりに疲れたようで休憩を所望。
それならと取り敢えず一度目の前のコンソールに手を向けてみた。
――戦闘はまだ続いている。俺たちが大乱闘している間にも。
連合軍は指揮官がいいのだろうか、上手く連携を取り合って優勢。
下手にナデシコが入ると、足並みが崩れると思う程度ではある。
もしナデシコが参加するとしても、背後に回っての奇襲だとか。
或いは大物相手に機動戦挑んでジャイアントキリングするかだろう。
それぐらいならやらなくても、この艦隊に問題はないと俺は思う。
そんな感じで戦況を眺めていたところ、なんか変な挙動の艦。
チューリップを出てから、かなりの速度で戦場を一気に通過中。
その速度からするに最新艦、というか、ナデシコと同レベルかも。
あの速度、あのコースだと軍を置いてナデシコに接近するか。
もしかして1ON1でナデシコとの殴り合いをしたがっているのかな。
此方にくると確定したら報告しようと思った、その瞬間に。
強烈な違和感というか、意識にスッと割り込まれる感覚がある。
俺よりも後ろの方に、大量の情報の束が何処かから送られるような。
その情報が質量を持つような未来を――――幻視した気がして。
「……緊急回避!
皆さん何かに掴まって!」
とにかく、動いた。推進器をひたすら動かして飛び出るように。
重力制御をする余裕がなくて、小さくナデシコ全体がふらついた。
呼びかけたし、直ぐに制御も取り直したから大丈夫とは思うが。
何もなければそれでいいと、よく言われる言葉ではないか。
直感を信じられるほど、自分を信用したことなんてないけれど。
それが馬鹿げた幻想というには、余りにはっきりとしていた。
ブリッジに小さな悲鳴が響いて、何かが落ちた音もする。
犯人が誰であるかについても、艦内放送をしたので丸分かりだ。
いっそ怒号が来るのを待ち構えていたら、ホシノさんの声。
「――ナデシコ後方に。
ボース粒子反応、異常増大中」
その直後に衝撃。先程とは質の違った揺れがナデシコを襲う。
艦長が何事かと叫び。それに対してホシノさんが現状を報告した。
……曰く、ナデシコ後方で爆発が発生、被害状況は軽微だと。
「前線より入電、チューリップより出現した大型戦艦一隻。
一直線に、ナデシコに向かってきます!」
「大型戦艦……。
タキガワさん、回避専念!」
「了解でっす!」
メグミさんの報告に、艦長が何も聞かずに即座に俺へ指示をだす。
流石、艦長である。俺にだってなんで避けられたのか理解出来ない。
ただ次弾がすぐに来ることだけは判って、その回避を任された。
集中するまでもない。違和感は何故か脳裏に直接叩き込まれた。
先程ボース粒子の異常発生も見られたし、これはボソンジャンプだ。
ボソンジャンプのデータ予測より早く予測が出来るのは判ってる!
「――次弾、Yユニット先端部。
ミナトさん、回避お願いします!」
「了解よぉ」
ウィンドウに予測地点をマーキングしたものをミナトさんに投げて。
即座にミナトさんは、慣性を利用してナデシコを急旋回させた。
今度は俺が重力制御を最初からしているので、ナデシコは揺れない。
やはり、直後に揺れが来る。今度は判っていたのでデータ収集。
爆発物は敵兵器、恐らくはミサイルのようなものだと推測される。
月周辺であった、ボソンジャンプ利用攻撃の無人バージョンだろう。
今回も被害は軽微、どころかほぼ無しでなんとか済んだけど。
敵を倒さなければ何時までも攻撃は続くわけで、対応が迫られる。
敵艦はまだ42キロ程離れた地点、もうすぐ視認ができるはず。
「タキガワさん!
敵弾予測の精度はどれくらいですか?!」
「なんとなく判りますけど……。
データとしての信用度は全くないです」
「わっかりました!
一度、敵から距離を置きましょう!」
艦長の問いかけに正直に答える。正直信用されても困るのだ。
ナデシコのセンサーより早いけど、精度は誰も保証してくれない。
当然だ、何せ俺の勘が由来なのである。命は掛けられない。
その思いを艦長も察してくれたのだろうか、後退を選んだ。
クルーからは今一な反応が返るが、気にせずにミナトさんに指示。
宇宙空間へと飛び立つその時、今度の違和感は通り過ぎた場所。
「次弾予測、次はもう当たらないです」
「ボソン反応再び増大。
今度は、先程ブリッジがあった場所の真下です」
動き始めたナデシコは、それを置き去りにするような形で。
前の2発とは違って、今度は爆発すらナデシコには届かない。
ナデシコは急速に高度を上げて、宇宙空間へと旅立った。
宇宙空間へ進路を向けたナデシコを、敵戦艦は追いかけてきた。
幸いながら3発目以降次弾が飛んでくる様子は見られない。
その間にイネスさんを初めとして、解析は進められていった。
それほど時間が掛らずに、やはりあれはボソンジャンプと判明。
であるからして、脅威なのはそれがフィールドを無効化すること。
無効化というと少し違うけど、中に入られたら防御できない。
事実上として、対抗するには回避するしか方法がなく。
それを回避するのは、ボース粒子が発生してからでは不可能だ。
敵の攻撃精度によるが、ブリッジや機関部に当たったらアウト。
艦長が命名したボソン砲。まさに一撃必殺の新兵器。
イネスさんの推測するボソン砲の射程は、およそ100キロ。
ナデシコと同クラスの戦艦だから、撃ち合いでは分も悪い。
単純に考えてしまうと、割とどうしようもないんだけど。
回避する手立てとして俺の予測があるってのが、また如何とも。
当然、艦長を初めとした面々が俺のことを注目しちゃう訳で。
「それで、どうやって予測を?
なんでデータに信憑性がないんですか?」
「……勘だから、です。
どうして判るか、俺にも判んないですもん」
「何か予兆を見つけても?」
俺は艦長の言葉に首を振る。ホントのホントに何もないのだ。
なんというか、何処かから情報が送られてくるような感覚。
その情報が実体化するというのは、何故そんな予感がするのか。
今現在までの結果からすると、間違ってはないかもしれない。
けれどいつどこで間違うか、それか判らなくなるかもしれないのに。
そんなので誰かの命を預かるのは、流石に俺は致しかねる。
それも、艦長が他にないと命令してくれるなら別だけど。
それなら仕方がないと覚悟を決めかけて、艦長の言葉を待ち。
しかし艦長は「それなら大丈夫です!」と小さく笑って言った。
「予測が頼れなくても。
撃たせなければいいんですよ!」
「でも、どうやって?」
「えっへーんっ!
撒き餌と待ち伏せ大作戦です!」
艦長の説明した作戦は、ある意味で非常にシンプルだった。
ナデシコの相転移エンジンを切って、敵のセンサーから逃れ。
慣性に乗りながら潜水用のバラストの圧縮空気で進路変更。
進路変更によって、ナデシコの位置を判らなくさせてから。
エステバリス全機を発進させて、そのままの場所で待機。
敵進路に向けて時限発火に設定したミサイルを大量放出する。
その後、再度元の進路にナデシコを戻して、進行。
近づいてきた敵に対して、待機していたエステバリスで襲撃。
エステの接近戦で撃破する、というのが作戦の主軸である。
この作戦のキモは、敵戦艦が“考えて行動する”ということ。
最初にナデシコが進路変更するのは間違いなく読んでくる。
その後、ミサイルを撃った方向から進路を予測するのも確実。
そして、その方向には既にナデシコがいないと読むのも、だ。
そのタイミングでどの方向にいるか、相手はどう考えるか。
相手は人間、こちらと同じ様にこちらの思考を読もうとする。
その時点で、こちらの視点からどこが一番安全かと考えると。
元の進路に戻るのが、一番予想しにくいと考えられるはず。
だからこそ、敵戦艦は進路を変えずに突っ込んでくると読む。
そうして、真っ直ぐ突っ込んできた敵戦艦は、まんまと。
エステバリスが待機していたすぐ近くを通ってくるという訳だ。
……なんというか、くっそ悪辣な気がするんですけどこれ。
危険、だとか。希望的要素に溢れすぎてるだとか。
イネスさんやエリナさんから反論は出たものの、これで決定。
相手が想像ほど賢くなくても、対応出来る作戦だからだ。
それでも、一抹どころじゃない不安をみんなが抱えつつ。
センサーに引っかからないように色々切って無重力の世界で。
人生の最後を覚悟した人も、多分いたりするんだけども。
――結局、ナデシコはこの一大決戦に大勝利した。
艦長の予測通りに進行し、なんとかかんとか無事に終了。
敵巨人タイプも出現したが、アカツキさんがクリティカル。
ボソン砲の発射装置をぶち壊しただけで撃破はしてないが。
戦闘の内容としては、確実にこっちの大勝利ってやつである。
……やっぱり、この艦長って普通に天才なんだなぁと思う。
近くをグラビティブラストが通過したりと怖い思いはしたが。
例え人間相手でも、その反応を見越した作戦を実行する当たり。
脳味噌の出来よりも、その度胸にビックリする俺であった。
この艦長ならば、もしも有人戦艦を撃破する時であっても。
きっと間違えずに、最適な判断をしてくれるのでは、と。
俺は少し苦い思いを何処かで感じつつ、信じられそうだと思った。