チューリップの中はやっぱり広く、外観より遥かに大きい。
クロッカスの攻撃で入口は壊れ、前に進むことしか出来ない。
この先に待っているのは、木星トカゲの本拠地かそれとも。
センサーではなく、カメラで見る外の光景は光の渦。
七色とまでは行かずとも、不思議な光がくるくると渦を巻く。
その光が、一層強くなる所で、その道の終焉は訪れた。
奇妙な違和感、この先に何かがあるという感覚のあと。
それが限界まできた時に、視界が白く染まった。
意識が薄く引き伸ばされるような感覚、俺は思わず手を伸ばす。
まるで、電子の世界で意識を再構成する直前のような。
そんな感覚だったから、自己の連続性を保つ為に、掴んだ。
バラバラになりそうな意識の中で、なんとかそのままで。
ぐるんぐるんと目が回り、ぐらんぐらんと世界が揺れた。
いつの間にか閉じていた目を開くと、変わらずナデシコの中。
妙な静けさが、少しだけ不気味だな、と俺は感じた。
「――本艦、通常空間に復帰。
座標、現在調査中」
「……ええと、周辺確認……戦闘中、ですね。
連合軍と、木星トカゲのようです」
ブリッジに誰かの声……ホシノさんの声が響いて現実に戻る。
咄嗟に周辺調査で安全確認を行うと、丁度戦闘中である。
どうやら、ナデシコは戦闘中のチューリップから出てきたようだ。
周りを見てみると、みんながコンソールテーブルに倒れている。
焦ってバッとバイタルデータを確認するも、気絶したようだ。
どうやら、取り敢えずは無事になんとかなったようではあるが。
「艦長、イネスさん、テンカワさんは展望室。
ほぼ全員が気絶中ですね、どうしますかタキガワさん」
「展望室?なんでまた……。
ともかく、ええと。指揮権貰っていいですか?」
「どうぞ」
さっきまでブリッジにいた艦長が、なんで展望室にいるのか。
それはまあともかくとしても、気絶してるんじゃしょうがない。
俺とホシノさんじゃ一応同格なので、指揮権の確認をする。
外を見る。勿論比喩表現で、モニターとセンサー越しに。
意外なことに、連合軍が優勢と言っていいほどに善戦中である。
いや、戦力的には極微小な差であるのは事実なんだけど。
なんというか、連合軍の皆さんが上手く戦えているというか。
上手く防衛をしながら、敵をきっちり削ることに成功している。
そこに無人兵器が無駄に攻撃をし続けてる感じである。
ナデシコは現在木星トカゲの陣のど真ん中、チューリップ前。
幸い戦艦級は連合軍を向いているので、こちらには向いてない。
機動兵器の類は、フィールドで何とかなっているようだ。
――うん、これは。
さっさと離脱してしまった方が邪魔にならないのではないか。
そう結論づけて、俺はその方針で考えることにした。
「連合軍に、離脱すると通信します。
その後、フィールド全開で戦場を離れましょう」
「はい」
「俺が通信をするので。
ホシノさんは、ルート構築と艦の制御を」
戦闘するにしても、この位置だと面倒臭いことになる。
そもそもナデシコも負傷中だし、只今皆さん気絶中でもある。
ここは敵さんがこっち見てないうちに離れちゃいましょう。
その前に、一応状況だけ再確認。
ナデシコの乗船員に緊急性のある要救助者は特になし。
離脱だけなら今のナデシコでも問題なし。よし行けそう。
「通信、開きます。
対象は適当に、連合宇宙軍の全艦隊」
「はい、どうぞ」
どの艦が旗艦なのかとか、判らなくもないけれど一応ね。
戦場での正しい振る舞いは知らないので、アイムヒアだけ。
返事をしてくれた人が、相手をしてくれる人である。
よし、と気合を入れる。
なんだかんだで通信をするってことは代表者ってことだ。
臨時とはいえ、戦場でまともじゃないことはしない方がいい。
「――こちら、ネルガル所属宇宙戦艦ナデシコ。
ネルガル所属宇宙戦艦ナデシコです、どうぞ」
「……あ、ああ、こちらは連合軍第二艦隊だ。
無事、なのか……生存者はいるのか?」
……なんだろうか。まるで亡霊にあったかのように。
まあ地球からすれば、チューリップに消えたのが最後だけど。
生きてるのが不思議な程度にはあれなことはしてるけどね。
少なくとも、相手様は俺たちを心配してくれてるようで。
俺たちがどれぐらいピンチなのかを測りかねているご様子。
多分、その想像の中では相当マシな状況ではあると思うけれど。
「――ほぼ全員生存、ただし気絶者多数、です。
一度、戦場から離脱させていただいていいですか?」
「そう、か、よかった。
離脱に、援護は必要だろうか」
複雑そうではあるが、生きていて良かったと言ってくれる。
サングラスに隠されていてもその瞳は暖かく、優しいもので。
なんだか、俺は凄く色々なことに申し訳なく感じてきた。
「……いえ、大丈夫です。
お心遣いに心より感謝申し上げます」
「構わん、気にするな。
それでは早期に離脱したまえ」
「ありがとうございます。
一度失礼いたします」
また、挨拶に伺うべきだろう。行くのは俺以外の誰かだけど。
あ、でも良かったらその場について行かせて貰ってもいいか。
生きていて良かったと言外にでも伝えられたのは初めてだ。
それに物凄い感銘を受けたわけでもなんでもないけれど。
誰だって死ぬより生きてた方がいいって思うからの発言だけど。
それでもやっぱり実際言われてみると、少しだけ嬉しかった。
うん。小さく頷いてから、俺はホシノさんに振り返る。
それを見たホシノさんは頷きもせずにルート案を此方に投げた。
俺が確認するかしないかの内にナデシコは静かに動き始める。
その動きと予測図に、一抹の不安も感じなかったので。
俺は一度は閉じた通信ウィンドウを、今度は艦内全域に。
……取り敢えずみんなを起こしましょ。さみしいし。
――8ヶ月。
チューリップに飛び込んでから、それだけ経っていた。
ナデシコは瞬間移動ではなく、時間を飛び越えていたらしい。
俺の年齢は17歳のままだが、世間はそうではない。
なんか色々と情勢が変わっているようで、またややこしい。
気にしない方が気楽でいいかもしれないとふと思った。
えっと、まず地球規模で大きいこととしては。
ネルガルが宇宙軍と和解し、木星トカゲとの戦線が進行。
月までを奪還出来たということで、人類の危機は遠のいた。
それに付随することではあるが、兵器類の一新。
ナデシコ級二番艦コスモスが建造されて、月軌道上で大活躍。
その他諸々、全体的に良くなったらしい。フィールド出力とか。
まあ其処らへんは、またデータ更新の時に考えればいい。
おう、それこそ更新用のデータの束は幾らでもあるぜ大丈夫。
電算担当者としては目をそらしたくなる量だが、まあいい。
これらの話はナデシコ級コスモスで教えてもらった話である。
流石にボロボロになっていたナデシコも、そこで大改修。
俺に回ってくるデータ更新依頼も、大好評順番待ち中だ。
ああ、こんだけ忙しいと中々手の回らない所も出てくる。
以前からやっていたオモイカネの識別異変とかがそれである。
現在はウリバタケさんと押付けあった結果、俺が勝った。
俺の仕事が終わらないと、あっちも仕事になんないからね。
これはしゃーないことだと思う。必然的な結果である。
俺的にはどっちにしても忙しいことには変わらなかった。
んで、話の規模がナデシコにまで小さくなる。
なんか、ナデシコ及びナデシコの乗船員が軍属になるらしい。
一部の自由人たちはそれを若干以上に嫌がっているようだ。
俺自身は、ナデシコに乗ったときからそんな積もりだし。
軍に対しても極端に嫌な感情は抱いてないので、なんとも。
寧ろ遂に落ち着くところに落ち着いた感すらある。
あと、なんかネルガルの会長が乗ってきた。
エステバリスのパイロット、アカツキ・ナガレさん。
俺よりちょっと年上の、ロン毛のイケメンさんである。
ネルガルの、とか、会長、とか。
そういうのと関係ないという振舞いで、名乗ってすらいない。
それなら俺もなんとなくでそれに乗ってあげるだけである。
次は個人的なこと。俺自身の話と、テンカワさんの話。
まず俺自身は、8ヶ月の間に起こってしまったあれである。
要する所、実家とか両親とかそういう関係の話である。
元々下宿していた学生であるけど、一応ですね。
ナデシコ乗るときには話だけしていた関係がありました。
勿論了承などされず、半分家出とかのノリになったけれど。
一応ね、一応ですよ、本当に一応ね。
流石にこのまま連絡なしは不味かろうと思ったので。
連絡したところ――――泣かれた。それはもう盛大に。
もうちょっとだけ、俺は自分を大切にしようかと思えた。
なんかもう、なんだろう、よく判んなくなってきた。
投げやりに生きていくには、俺は普通すぎるのかもしれない。
俺の話はここまでにして、テンカワさんの話。
フクベ提督の最後に、色々な感情を隠しきれなかったり。
軍属になったことに、一番顕著な反応を返したり。
アカツキ会長に、なんか煽られてるっぽかったり。
どうしてかテンカワさんの周りはいつでも騒がしい気がする。
なにかな、人徳ってやつかな。本人は喜んでなさそうだが。
それはともかく、木星トカゲからの襲撃があって。
PTSDを再発したテンカワさんが、ナデシコから逸れて遭難。
テンカワさんを迎えに、艦長が一人戦闘機で追いかけた。
俺も行きたかったけれど、俺は免許持ってないからなぁ。
艦長を一人行かせるのもアレだが、戦況は落ち着いていた。
戻ってきたテンカワさんの症状も安定しているようで。
それでも、やっぱりパイロットを続けるのはどうかなぁ。
本人がやる気を出しちゃったみたいなので止めないが。
正直、周りが止めてあげた方がいいような気がしなくもない。
戦闘後、ナデシコに更に2人の乗船員がやってきた。
その内片方は、ネルガルの会長秘書、エリナさん。
副操舵士としてきたお陰で、ブリッジメンバーが増えた。
そしてもう一人。
この人は、やってきたというより、戻ってきただろう。
――――連合宇宙軍の提督、ムネタケ・サダアキである。
「判ってる、判ってるよ副長。
大丈夫だよ、復讐なんて無益だからね!」
「どうしよう。
信じられるのに信用できない」
彼の姿を見かけた時から、俺の笑顔が止まらない。
フルスロットルの満面の微笑みを見て、ドン引くのは副長。
先ほどから俺が何処かに行こうとするのを阻止してくる。
……不思議だなぁどうして信用してくれないのかな。
平和主義者な俺が人に酷いことをするわけないじゃないか。
そう言って説得しているのに、中々退いてくれそうにない。
「――いや、大丈夫だとは思うんだよ?
ただ予想を超えることをしでかしそうで怖い」
「超えないよ。
ほんのちょっと釘を刺してくるだけだから」
いや、本当に。
見てるぞ知ってるぞって言いに行ってくるだけだから。
次はねえぞって全力で脅しかけてくるだけだから。
何も言わないよりも、きっとお互いにいい関係に出来るよ。
敵ではないからね、ちゃんと共存関係であることをね。
ムネタケ提督にちゃんと伝えてくるだけだからさ……そう。
「HeyHeyと全力で煽ってくスタイルで!」
「……タキガワさん程々にね」
なんだかんだで、副長も色々思うところはあるだろう。
結局は俺を止めることなく、行かせてくれた。
ならば俺は俺らしく、話し合いでケリをつけに行くだけだ。
別に俺だって、敵を増やしたいワケじゃないからね。
味方でいられるなら、その方がいいと感じるものだしさ。
仲良くやっていくためにも、話し合いをしなくては。