日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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「テンカワがシミュレータ訓練をしないんだ」

「俺帰るね」

 

実家に。

即座に立ち上がろうとする俺の服の裾に、副長の手が伸びる。

反射的にその手を払うと、縋り付くような視線に気がついた。

 

その目を見て一瞬揺らぎかけて、すぐに気を取り直した。

これ以上、こんな下らない関係を続けることなんて出来ない。

粘着く視線を断ち切るように、俺は拒絶の言葉を口にする。

 

「――今度こそ愛想がつきました。

 俺、実家に帰らせていただきます」

「無理だよ?!」

 

ここ宇宙空間だからね?!とアオイ副長は判らんことをいう。

そんなのはどうでもいい、ホームと決めた場所がホームだ。

具体的には、なんていうか、狭くて暗い机の下みたいな場所。

 

このブリッジみたいな広くて明るい空間はなんかちょっと違う。

全体的に俺の居場所じゃないっつーか、妙に落ち着かない。

多分なんか文明的すぎる。あとなんか湿度的なものが足りてない。

 

「いつもいつも都合の悪い時ばかり……!

 あなたは俺を一体何だと思ってるんですか……!」

「部下だよ!迷うことなく部下だよ!

 都合の悪いときってのは本当謝るけど!」

 

副長って厄介事は俺に押し付ければいいと考えてる節あるよね!

俺も、そりゃ大概器用な立ち位置と性格だとは自覚してるけどさ。

だからっていい加減俺だって面倒臭いと投げ出してもいいはずだ。

 

逃げ出すのを一度止め、俺はその鬱屈した気持ちをぶつける。

一瞬は怯んだ副長もすぐに立ち直り、俺をキッと見返してきた。

俺を追い詰めるように立ち上がり、両手で俺の肩をそれぞれ掴む。

 

「頼むからちゃんと話を聞いてくれないか!

 僕には君が必要なんだ!」

「アオイ副長、もうやめてくれ!

 もう君のそんな言葉には騙されたくない!」

 

必要だからって言われて誤魔化されるもんかよ、この状況で。

勢いでなんとかなると思ったら大間違いだと知るべきである。

耳元で騒がれる五月蝿さに嫌気がさして、俺は手で耳を塞いだ。

 

外音がなくなり、今度は強く訴える瞳が俺を貫こうとする。

それからも俺は逃げ出すように、眼を閉じて顔を背けた。

光と音を感じなくなり、ただ肩を掴む手の熱だけが残った。

 

――――それから、どれくらいかの時間が経って。

静かな世界の中で、何故か俺の身体に不思議な悪寒が走った。

言うなれば、誰かに熱視線を送られている感じ、みたいな。

 

妙に歪な気配にそっと目を開くと、そこにはやはり副長。

ただ、その副長もなんだかそわそわとしている。

どうやら、俺と同じように変な視線を感じているらしかった。

 

二人でキョロキョロと、他に誰もいないブリッジを見回し。

そして恐らく同時に、自動なのに何故か半開きの入口に目をやる。

……そこから、明るい茶髪で眼鏡の女の子が半身で覗いていた。

 

見慣れない顔だが、赤い制服で補充パイロットだと直ぐに判る。

判るけれど、その妙に清々しい感じの視線が何か判らない。

副長を目を合わせ、無言でどっちが声を掛けるかを押し付けあう。

 

いつもだったら割と平気で誰にでも話しかける積もりなのだが。

なんだか何処か達観した、というか悟りを開いた視線が怖い。

二人で怯えている間に、女性は身じろぎもせずに小さく呟いた。

 

「――――キテル」

「……え?」

「キテルネ……」

「なんだか知らんがキテナイよ」

 

取り敢えず否定しなきゃいけないような気がした。色んな都合で。

その言葉を聞いた女性は、少し淋しげな表情でスゥと消えていく。

……いや、単純に閉まっていく自動ドアで見えなくなっただけである。

 

見えなくなる瞬間、「キテマスワー」と小さな声が聞こえた気がした。

それはやっぱり多分気のせいだと思ったので、記憶から消去する。

ともかく、肩に置かれたままの手を払い除け、副長をチラリと見る。

 

「――あれって」

「パイロットの、アマノ・ヒカル……のはずなんだけど」

 

赤い制服、そして身体情報は間違いなく彼女でしか有り得ない。

だがしかし先ほどの彼女は、人というよりはもっと何か違うもの。

多分なんか邪神とかそういう系列の存在じゃないかなと思う。

 

「よく判らない、判らないけど……。

 取り敢えず関わらない方がいい気がする」

「それは多分間違いないわ」

 

とにかく、君子危うきに近寄らず的な何かだと同意に至った。

あれに下手に触れるとあまりいい方向に進まないような気がする。

色んなフラグがポッキリ折れた音がした。多分気のせいである。

 

 

 

 

 

「――ふと思ったのですが」

「うん?」

「俺より先に相談する相手がいるのでは」

 

具体的に言うと、現パイロット長スバル・リョーコさんとか。

或いは、コック長のホウメイさんでもなんとかしてくれそうな。

直接テンカワさんに関わる人の方が良くないかなと思うんだが。

 

その人達より先に俺に相談するのは、なんというか、お門違い?

別に俺とテンカワさんは特別仲がいいわけでもないわけで。

時々喋るし、まあ……ヤマダさん関係でも話はあるけれども。

 

あの時は、俺以外に適任が本当にいなかったからやっただけだ。

今回に関しては、そもそも俺が口出しするのもおかしい程。

そう思っての問いかけに、アオイ副長はああうんと小さく頷いた。

 

「流石に君が一番じゃないよ。

 スバルからきた話でもあるしね」

「ならなんで?」

 

スバルさんから話があったのなら、そこらへんで解決すれば。

俺が関わる要素がほぼないと思うと、ちょっと言葉が強くなる。

副長は「ホウメイさんにも聞いたんだけど」と前置きをして。

 

「……本人にやる気がないみたいで」

「あー」

 

そりゃそうだ、と俺は頷く。そもそも最初から嫌がってたわ。

あれでしょ、診断されてるかは知らないけれどPTSDでしょアレ。

パイロットとして乗ったわけでもないし、そりゃやる気ない。

 

現状としては、押し付けられている以外の何物でもないだろう。

緊急時ならともかく、平時に訓練としてやるかって言われるとねぇ。

勿論緊急時のための訓練と、理屈で判らんわけはないと思うけど。

 

「――っていうかさぁ。

 テンカワさん、やっぱりパイロットとして扱うの?」

「……まあね、言いたいことは判るんだけど。

 それでも、一機でも残っている以上は使っておきたい」

 

副長は微妙に苦々しい顔で、現状における最適解だろう答えを言う。

やっぱり良心的には咎めてるっぽいのが、色々言うのを制止する。

これで何も考えてないとかだったら喜んで精神的フルボッコだけど。

 

――戦場での手数の必要性ってのは、サツキミドリで明らかだし。

エステバリスの場合、単純な手数ではなくもっと大きな一駒である。

特に問題がなければ動かさない理由がないっていうのも現実で。

 

「テンカワさんでないといけない理由は……。

 やっぱり、あのIFSの習熟度、かな」

「ああ。

 搭乗時間ゼロで、最初からあれだけ戦えたからね」

 

その上で問題なのが、テンカワさんが普通に動かせてるってこと。

IFS式の機動兵器の操縦は難しくはないが、簡単なものでもない。

少なくともIFSか、機動兵器の操縦のどちらかの技術は必要になる。

 

そのどちらかさえあれば、もう片方の経験がゼロでも動かせはする。

俺も“動かす”ことだけなら、まあ出来なくはないってところ。

でもそこから上に至るのは、流石にちょっと難しい話かもしれない。

 

両方ともある人が当然最高だけど、そんなのはパイロット3人だけ。

どちらか片方だけで候補を上げると、俺とかゴートさんとか副長とか。

多分その中で最優かつ、他に役職がないのはテンカワさんだろう。

 

テンカワさんは機動兵器に乗った経験はともかく、IFSは熟練である。

なんと搭乗時間ゼロから動かすだけでなく応戦までしてのけた。

機動兵器自体に慣れるだけで完成する以上、最適と言わざるを得ない。

 

――というわけで。

必要であるという理屈も、そしてテンカワさんであるのも判るけど。

理性と感情が結びつくかと言われると、俺は別個に動かすタイプ。

 

「何とかしてもいいけどさぁ。

 ……正直、俺は気が進まないからね」

「いいよ、判ってる。

 僕も、積極的に乗せたいわけじゃないよ」

 

……本心なんだろうなぁ。積極的に乗せる理由はないはずだし。

動かせて応戦出来るとはいえ、あくまでただの素人に過ぎないわけで。

危険なのは間違いなく、使いたい手札ではないと想像はできるけど。

 

ただ実際には使える駒が増えるメリットを考えて、すぐ使うはず。

残念ながら、状況的には段々と厳しくなっていく一方ではあるしなぁ。

使いたくないのが本心だろうけど、現実には切る手札だと思う。

 

ここで手伝わない、というのは勿論俺の感情に沿った行動だけど。

でも手伝わなかったら訓練が足りてない状況で戦場に出てしまうのだ。

恐らく、俺がどうしようとテンカワさんが乗るのは止められない。

 

どちらにしても、多分誰かに戦場に強制で出されるのが確定ならば。

きっと最善なのは、ここで俺が協力して訓練を受けさせる事だと思う。

それがみんなにとってより安全な流れなんだとは思う、思うけど。

 

――――ってアレ、これ俺が考える余地があることじゃないわ。

もう乗せることが上の方で確定してて、今の話は訓練の話だけだ。

訓練の話だけに主眼を置くのなら、させない理由が俺にない。

 

だってしなけりゃ本人も俺も危ないし、するに越したことはない。

本人にやる気がないっていうのなら、やる気を出させるだけである。

……俺、もしかして副長よりで考えすぎてドツボに嵌ってたかも。

 

「――うん、思い違いしてた。

 アオイ副長、俺がなんとかするわ」

「いきなり方針転換?

 いやありがたいのはありがたいけど」

 

自分の気にすることじゃないと気がつくと、急に気が楽になる。

そのままの調子で口を開くと、副長は軽く戸惑った様子で頷いた。

俺はそれを見て、勘違いしていたことが少し恥ずかしく思えた。

 

「訓練してもらうってだけならね。

 それ以上の責任は、俺は持たないよ」

「それで十分だよ。

 ……で、手はあるの?」

「ん、要はやる気だしてもらえばいいんでしょ。

 多分、なんとかなるかなぁぐらいだけど」

 

なんで訓練しないのかについたら、幾つか理由が考えられるけど。

結局的に言えば、訓練してもらうには大まかに二つしかないわけで。

詰まるところ、強制か本人にやる気を出してもらうってことだ。

 

やらない理由だけで考えたら、そりゃもう多分戦闘の恐怖とかさ。

後は職業がコックでパイロットではないし、寧ろやる理由ないよね。

マイナスを除いたところで、プラスが一個もない辺りが駄目である。

 

強制って手段を俺は取れないし、副長も取るつもりがないならば。

じゃあ後は、本人がやる気になるように仕向けるしかないってこと。

戦闘そのものか、或いは訓練へのモチベーションかどっちかを。

 

どっちが簡単かなーと、両方のパターンをそれぞれ考えてみて。

そう対して難易度に差はないけれど、俺の胃に来るダメージが違った。

あれだ、こっちだとテンカワさんだけじゃなく俺まで追い詰める。

 

折角なら、あんまりキツイ感情をぶつけ合うよりも、さ。

もっと前向きに生きていけた方が、きっと楽に生き方なんだと思う。

そう思って、俺は迷いを飲み込んで、副長に笑顔を向けてみた。

 

戸惑ったまま曖昧な笑みを浮かべる副長を横目に、俺は深呼吸した。

そして胸元にしまったままの小さなお守りを片手で握り、願う。

…………“どうか俺に、誰かを導く勇気を貸してください”ってね。

 

 

 


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